第7話 好きと好き


 私は今まで、恋愛というものが分からなかった。


 幼い頃から誰かに好かれるのは当たり前で、自分から求めたことはなかったのだ。

 何を言われても、何をされても心が動かない。

 私の心は、動かないまんま。


 でも、あの日から私の世界は変わった。


「う、嘘でしょ……」


 制服から同じ高校だってことは分かるけど、名前も知らない男の子。

 彼が私のことを助けてくれたのだ。


 心がきゅっと閉まる感覚があった。

 心が激しく動いた。

 世界でただ一人、彼だけがカラフルに色づいていた。


 ――あぁ、きっと彼なんだ。


 それがきっかけ。 

 それから私は彼のことしか考えられなかった。

 寝ても覚めても、頭の中には彼の姿が浮かんでいた。


「入明友成、って言うんだ」


 名前を知って、クラスを知って。

 そして入明くんに会って確信した。


 私は入明くんを愛しているんだ。


 入明くんのことをもっと知りたい。

 入明くんの笑顔がみたい。

 入明くんの傍にいたい。いや、ずっと一緒にいたい。


 私の想いは止まらなかった。

 気づけば私は入明くんの後を追うようになった。

 でもそれだけじゃ我慢できなくて、声をかけちゃうこともあった。


 私を見てびっくりする入明くんの顔、すっごく好きだなぁ。

 そんな入明くんの顔が、私だけのものだったらいいのに。


 いつも通り入明くんの後をつけて、家を見つけた。


「えへへ、ここに毎日入明くんがいるんですね」


 ほんとは押しかけたかったけど、そんなことしたら引かれてしまう。

 ずっと一緒にいたいけど、今はこの距離感が限界。

 

 それからも後をつけて、入明くんのバイト先も見つけた。

 もちろんすぐに応募して、入明くんの同僚になれた。

 仕事をする入明くんも最高にカッコいい。


 だんだんと私は入明くんにのめり込んでいった。

 でも、グイグイ行きすぎたら絶対に入明くんは引いちゃう。

 つい欲求のままに動いて、入明くんに引かれちゃったことあるし、気をつけないと。


 そう思ってたけど、私はどんどん我慢が出来なくなっていった。

 後をつけるだけじゃ満足できなくなっていった。


 そしてとうとう、私は入明くんの家に足を踏み入れた。

 入明くんの匂いがする。

 お腹の下がきゅっと閉めつけられる。

 呼吸も荒くなる。


 私、どんどん入明くんのことが好きになってる。


 でも我慢しないと、我慢しないと……。


「きゃっ!」


 ――でも、私はダメだった。


「ほ、ほんとすみません!」


 焦る入明くんの顔がすぐそこにある。

 入明くんのたくましい体が私に触れている。

 幸せが、入明くんに対する愛が、体からドロドロと溢れ出てくる。


「今のは事故で! ほんと、わざととかでは……って、伊与木さん?」


 もう入明くんのことしか考えられない。

 私の欲望をせき止めていた壁がぴきぴきと音を立てて壊れていく。

 

 入明くんに私の全部を受け止めて欲しい。

 入明くんの全部を私が受け止めたい。


 入明くんのことだけ考えていたい。

 入明くんに私のことだけ考えていて欲しい。


 入明くん、入明くん……!


 入明くん、入明くん、入明くん、入明くん、入明くん!入明くん、入明くん、入明くん、入明くん!

 好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き!

 愛して、愛して、愛して、愛して!!


 私だけを愛して!!!!!!


「だ、大丈夫ですか? 伊与木さん?」


「……大丈夫です。怪我とかはないですから」


「そ、そうですか。ならよかったです。濡れっちゃったんで、タオルとか――」


 それからのことはよく覚えていない。

 気づいたら家に帰ってきていて、こっそり撮った入明くんの写真を見ながら体を火照らせる。

 

「はぁ、入明くんっ♡」


 もう私は、我慢できない。




    ♦ ♦ ♦




 翌朝。


 私は一番に入明くんに会いたくて、できるだけ長く入明くんと一緒にいたくて。

 スマホを鏡にして前髪を整えながら、ドアが開くのを待っていた。

 待つ事十分。


「ふはぁ~」


 あくびをしながら出てきた入明くんに、私は笑顔で言った。



「おはようございます、入明くんっ♡」



 はぁ、入明くん。

 愛してる♡


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