第24話 談笑と囁き


「こんにちは、入明くん! この度、隣に引っ越してきました」


 数秒脳がフリーズする。


 目の前にはささやかな笑みを浮かべる伊与木さん。

 学園のアイドルである彼女だが、俺はその美しさに見惚れて固まっているわけじゃない。


「……え? 今なんと?」


「この度、隣に引っ越してきました! あ、すみません忘れてましたね。これ、つまらないものですが」


 しっかりと梱包された箱を渡される。


「あ、ありがとうございます」


 そうとしか言えない。

 普通だったらもう少し何かしらの反応ができるのだが、今回ばかりはできなかった。


 それは何故か。


 ようやく落ち着いてきた頭が活動を始める。

 そしてようやく、ちゃんとしたところから言葉が出てきた。


「い、伊与木さん、俺の隣の部屋に引っ越してきたんですか?」


「はい!」


「それはご両親とかと……」


「いえ、私一人です!」


 ということは、伊与木さんの一人暮らしというわけか。

 

「それにしても、ずいぶん急ですね」


「確かにそうかもしれません」


 まさか、伊与木さんがお隣さんになるなんて。

 全く想像していなかった。


「でも、どうして一人暮らしを? 一人暮らししてる俺が言うのもあれですけど、高校生でっていうのは珍しいですよね?」


 俺以外に一人暮らしをしている人は、正直見たことがない。


「あぁー。それは……まぁ、色々あったんですよ」


「そ、そうですよね! すみません、無神経なことを聞いてしまって」


 何してるんだ俺は。

 そんなの相当な理由があるに決まってる。


 それを軽い気持ちで聞いてしまうあたり、本当に自分の対人スキルが低いことを思い知らされる。


「いいですよ! たぶん、入明くんの想像している理由と違いますし」


「そ、そうですか」


 伊与木さんは本当に優しい。

 こんな人が俺の友達だなんて信じられないなほんと。


「それより、私すっごく嬉しいんですよ」


「そうなんですか?」


「はい! 早く早くここに引っ越したいって思ってましたから」


 伊与木さんがそういうなら、マイナスな理由で引っ越したわけじゃなさそうだ。

 よかったなぁ、とほっと胸を撫で下ろす。


「へぇ、そうなんですね」


「ふふっ、ついニヤけてしまいます」


「そんなに引っ越したかったんですか? 俺が言うのもあれですけど、かなりボロいですよここ」


「そんなことは気にしてませんよ。場所がいいんですよ場所が」


「場所、ですか?」


 このアパートは別に学校からも駅からも近いというわけではない。

 どちらかと言えば、立地は悪い方だ。


「もう最高です。これ以上ないですよここは」


「そ、そうですか……」


 伊与木さんの発言には、やはり違和感が残る。

 首を傾げていると、クスッと伊与木さんが小さく笑った。


「入明くんには分かりませんよ。入明くん、鈍感さんですから」


「俺鈍感ですかね? まぁ確かに人付き合いの経験があまりないですし、鈍い方ですけど……」


「ふふっ、そういうところですよ」


 伊与木さんの言っていることがさっぱりな時点で、これ以上ない鈍感の証明か。


「とにかく、これからは隣人としても仲良くしてくださいね?」


「それはもちろん。お互い過ごしやすくしましょう」


「はい!」


 俺としては伊与木さんが隣に引っ越してくれたのはやはりプラスなことだ。

 だから、これからより楽しい生活が始まるような、そんな予感がしていた。


「じゃあ、私は荷解きの続きをしてきますね」


「了解です。何か手伝えることがあれば言ってください」


「ありがとうございます! じゃあ、また」


 バイバイ、と手を小さく振る伊与木さん。

 俺も同様に手を振りかえして、扉をゆっくりと閉めた。


 扉がガチャリと閉まるその直前。


 誰にも聞こえない声量で、伊与木さんは呟くのだった。











「これからはずっと一緒だね?」






 


 

 


   ♦︎ ♦︎ ♦︎




 壁に指を這わせ、ぺたりと頬を、体を寄せる。

 ガチャガチャと響く生活音。


 それは全て。

 そう、彼の全てを教えてくれる。


「はぁ、入明くんっ♡」


 これからは、彼の全てを知っていきたいな。


「えへへ」



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