第4話 悩みとバイト

 

 体育の授業。


 校庭でみんながサッカーをする中、俺は一人脇に座ってボーっとしていた。

 

 なぜこんなことをしているのか。

 別に友達がいないから、という理由だけじゃない。

 最近、俺が伊与木さんと付き合っているんじゃないかという噂が出回っているからだ。


 おかげさまで俺が試合に入ると全員に睨まれる。

 改めて伊与木さんのアイドルさを感じさせられた。


「ほんと、なんで俺なんかが構われてるんだろ」


 伊与木さんと一緒に帰って以来、明らかに伊与木さんと遭遇する頻度が増えた。

 それは学校外でもであり、もはや不自然である。

 

 まぁ、意図的に伊与木さんが俺を待ち伏せてしてるなんてあるわけないけど。

 でも、あの時の瞳が頭から離れず、馬鹿げた憶測に妙に説得力を持たせていた。


「はぁ、どうしたもんかな」


「ため息ついちゃって、何か悩み事でもあるんですか?」


 俺の顔を覗き込むようにして声をかけてきたのは伊与木さんだった。

 

「い、伊与木さん?! どうしてここに?」


「私も体育だったんですけど、疲れちゃって。休憩しようと思ったら入明くんが見えたので」


「そ、そうですか」


 よいしょ、と伊与木さんが俺の隣に腰を下ろす。


「それで、どうしました?」


「いや、それは……」


 流石に本人に言えるわけがない。

 かといってうまく誤魔化せる能力もない俺は、


「な、なんでもないですよ」


「それ、何かある人の答え方ですよ?」


 あっさりダウト。

 ほんと俺、対人ダメだな。


「もしかして、ですけど」


 伊与木さんが人一人分距離を詰めてくる。



「好きな人でもいるんですか?」



「っ?! す、好きな人なんていませんよ」


「へぇ? そっか」


 なんてことを聞いてくるんだこの人は。

 ひとまず難を逃れられたことにほっと胸を撫でおろす。


 すると伊与木さんはあの時の目をして呟いた。


「ふふっ、よかった」


 体がゾクッと震える。

 やっぱり伊与木さんは、どこか変わっている。




   ♦ ♦ ♦




 放課後のチャイムが鳴り響く。

 

 ざわつく教室をいち早く出て、家とは反対の駅に向かって歩き出す。

 今日はこの後、ファミレスでバイトがあるのだ。


「そういえば今日、伊与木さんに会わなかったな」


 放課後になると大体伊与木さんが俺を待っていたり、偶然遭遇するのだが。

 まぁ伊与木さんにも予定があるのだろう。


 バイト先に到着し、店長に軽く挨拶をして控室に入る。

 制服に着替え、まもなく業務開始というところでコンコンとドアが叩かれた。


「入明くん。ちょっといいかい?」


「はい、大丈夫です」


「実は今日から新人さんが入ることになったんだ」


 店長の後ろから一人俺の前に出てくる。

 見覚えのある綺麗な黒髪に特徴的な銀のインナーカラー。


「伊与木紗江さん。よろしくね」


「え」


 ぺこりとお辞儀をする伊与木さん。

 俺を見て、「あ」と小さく声を上げた。


「い、伊与木さん……」


「入明くん?! ここで働いてるんですか?」


「は、はい」


 まさかの偶然だ。

 俺が学園のアイドルと同じバイト先になるなんて。


「あれ? もしかして二人知り合い?」


「そうです。入明くんとは同じ高校なんです」


「あっそうなんだ。じゃあ入明くんに伊与木くんの教育してもらおうかな」


「えっ! 僕ですか?!」


「じゃ、あとは頼んだよ」


 そそくさと店長が出て行ってしまう。

 残されたのは俺と伊与木さんの二人だけ。


「あはは、すごい偶然ですね」


「そ、そうですね」


「でも、入明くんに教えてもらえるなら安心ですね。ここで結構働いてるんですか?」


「はい。もう一年くらいですかね」


「へぇそうなんですか。じゃあより頼りになりますね」


「あははは……」


 この偶然に明らかに動揺している自分がいる。

 変な汗すらかいてるし。


「それにしても、ここの制服可愛いですね」


 ただのファミレスだが、女子のデザインはメイド服に近い。

 

 伊与木さんがくるりと回る。

 可愛い系より綺麗系の伊与木さんだが、良く似合っていた。


「どう、ですか? 変じゃないですか?」


「変じゃないと思います」


「そっか。ならよかったです」


 満足そうに頬を緩ませ、俺を見る。


「じゃあ色々とお願いしますね、先輩?」


 どっと肩が重くなるような、そんな気がした。




   ♦ ♦ ♦




 21時過ぎ。


 今日は客も少なく、時間通り退勤できた。

 裏口から外に出ると、5月のひんやりとした風が頬を撫でる。


「今日は疲れました」


「お疲れ様です。伊与木さん、仕事の飲み込み早くてすごいですね」


「そんなことないです。入明くんが丁寧に教えてくれたからですよ」


「そ、そうですか」


 美人な人にそう言われて照れないわけがなく。

 極力伊与木さんと目を合わせないように並んで歩く。


「いやぁほんと、入明くんがいてくれてよかったです。初めてのバイトだったから、すごい緊張してたんです」


「そうだったんですね。でも、どうしてバイトを?」


「単純に遊ぶお金が欲しくて。あとは、人生経験? バイト自体に興味ありましたし」


「なるほど」


 伊与木さんも高校生なんだな、と当たり前だが思ってしまう。

 伊与木さんって遠い存在だし、同じ年齢とは思えない。


「入明くんは、確か結構シフト入ってるんですよね」


「そうですね。まぁ部活入ってなくて時間ありますし、お金も必要ですから」


「そうですよね。入明くん、一人暮らししてますしね」


 何気ない一言。

 それがどこか引っかかった。


「あれ? 一人暮らししてること伊与木さんに言いましたっけ?」


「言ってましたよ?」


「そ、そうですか」


 伊与木さんに言った覚えがなかったけど、どこかで言ったのかな。

 まぁ俺が言わなきゃ知る由もないか。


「一人暮らしどうですか? 結構大変なんですか?」


「そこそこ大変ですね。最近は光熱費が高くて」


「へぇ、そうなんですか。一人暮らし、かぁ」


「伊与木さんも興味あるんですか?」


「うーん……まぁ、少しだけ。そういえば、昨日――」


 なんてことない話をしながら伊与木さんと帰る。


 

 この時の俺は全く気付けていなかった。

 もうすでに伊与木さんの術中にはまっていたことに。

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