第11話 密着と問い詰め


 日直の仕事を終え。

 辺りがうっすらと暖色に包まれる中、ようやく帰ろうと校門に足を向けた。


 それにしたって、伊与木さんに会った後の佐藤さんは変だったな。

 気のせいかもしれないけど、俺と話すのを躊躇っている感じがあった。


「俺と話したくないってことなのかな……」


 人それぞれ好みがあるから仕方がない。

 気にせず足を進め、下駄箱に到着する。

 

 俺の下駄箱の目の前。

 そこには黒タイツの似合う彼女が立っていた。


「伊与木さん?」


「あっ、入明くん。仕事終わったんですね」


「さっき終わりました。もしかして、俺のこと待ってくれてました?」


「はい。一緒に帰りたかったので」


「そ、そうですか」


 面と向かってそう言われるとさすがに照れる。

 おかげでこんなつまらない返しになってしまった。


「お待たせしてすみません。一緒に帰りましょうか」


「ですね!」


 ふふん、と鼻歌混じりに俺を見る伊与木さん。

 靴を取り出して履き、並んで歩きだした。


「……あのー、伊与木さん?」


「なんですか?」


「その……近くないですか?」


 歩き始めたはいいものの、伊与木さんが俺に肩を寄せ歩きづらい。

 なんなら俺に頭を預けているまである。


「近くないですよ?」


「いやいや、近いと――」


「近くないですよ?」


「あっ、はい」


 美人の放つ圧は末恐ろしい。

 きゃいん、と小動物のごとく黙るしかなかった。


 必死に意識を密着しているところからそらそうとしていると、伊与木さんが口を開いた。


「いいじゃないですか。今は周りに誰もいないですし」


「そ、それはそうですけど」


「ふふっ、ふふふっ」


 怖い。

 伊与木さんがすごく悪い顔をしている。


「入明くんは、私だけのもの」


「えっ?」


「なんでもありません。うふふっ」


 ぼそっと呟いたからはっきりと聞き取れなかった。

 だがまぁ、言い直さないという事は独り言なんだろう。


 その調子で伊与木さんと密着しながら歩くこと五分。

 青と白が目印のコンビニの前に来るとぴたりと足を止めた。


「ちょっと寄り道しませんか? 最近暑いですし、アイスでも」


 コンビニの前に置かれているベンチを指さしながらそう言う。

 この後の予定は特にない。

 断るのも変な話だろう。


「いいですよ。暇ですし」


「やったっ!」


 無邪気に喜ぶ伊与木さんを見て、思わず頬が緩んでしまった。






 アイスを購入し、ベンチに並んで座る。

 二人ともあまり多くは食べれないという事で二つに割れるものを購入した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 割ったものを分け合い、夕陽に包まれた空を見上げながら口をつける。

 しゃりっ、という食感とほのかに甘いコーヒーの味が広がる。


「美味しいな」


「ですねぇ」


 ちなみに、アイスを食べている今も肩は触れ合っていた。

 一体何の意図があって俺にくっついているんだろうか。


 聞くなと言わんばかりに伊与木さんはアイスに夢中だった。

 まぁいいか。今はこの甘いアイスを堪能するとしよう。


「そういえば、さっき一緒にいた女の子とはどういう関係なんですか?」


「ぶはッ!!!」


 話題が急すぎるだろ。

 さっきのほんわかしていた雰囲気がぶち壊れだ。


「どういう関係なんですか?」


「どういう関係って、さっきも言いましたけど日直が同じだったってだけで、普通にクラスメイトですよ」


「へぇ?」


 なんだこの問い詰められてる感じ。

 俺、別に悪いことしてないよな?


「でも、随分と仲のよさそうな感じでしたけど?」


 優しそうな表情をして、目が笑っていない。

 こんな伊与木さんを見るのは初めてだ。


「そんなことないですよ。なんならさっき話したのが初めてくらいですよ」


「さっき話したのが初めてなのに、あんなに仲がよかった、と」


「仲良くないですって。第一、俺がクラスの女子と仲いいわけないじゃないですか」


「そうなんですか?」


「そうですよ。前も言いましたけど、俺同性の友達すらいなかったんです。ましてや異性なんて……俺には無理ですよ」


「ふぅーん」


 いまいちしっくりと来ていない様子の伊与木さん。

 一体何を言えば伊与木さんは納得するのだろうか。


「でも、その子に優しくしてましたよね。明らかに入明くんの方がノート持ってましたし」


「それは……まぁ、重そうだったんで」


「……入明くんは、私以外の女の子にも優しくするんですか?」


「え?」


 伊与木さんがさらに体を寄せてくる。

 むにっ、と俺の腕に胸が当たっていた。


「入明くんは、私以外の女の子に優しくしちゃダメ。ダメですから」


「は、はい」


 言われてる意味がよく分からないがとりあえず頷いておく。

 するとようやく満足したのか、ふふっと笑みを漏らした。


「約束ですからね? 破ったら――許しませんから」


 絶対に破ってはいけない。

 この時の俺は、本能でそう思った。


「あっ、アイス垂れてますよ?」


「ほんとだ! 拭くものとか持ってませんか?」


「すみません、持ってないです」


「ちょっと取りに行ってきます」


 そう思って立ったその時。

 伊与木さんが俺の腕を掴み、そして俺の指に顔を近づけた。


「――っ⁈」


「ふぅ、これで綺麗になりました。もう大丈夫ですよね?」


「あ、は、はい」


 突然のことで思考が止まる。

 何かの間違いじゃないかと思うが、やはりどう考えてもそうだ。


 ――伊与木さんは、俺の指を舐めたのだ。


「ふふっ、空綺麗ですね」


「で、ですね」


 伊与木さんがぺろりと唇を舐める。

 そして嬉しそうに、小さく微笑んだ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る