呪われた花嫁 2




 ――あれ?


 空を見上げ、破れた着物の袖で目尻をぬぐっていると、丘の上に見慣れないものがあるのに気がついた。駕籠だ。袖をまくりあげた体格のいい男たちが、黒塗りの立派な駕籠を背負っている。お役人様が乗っているのだろうか。でも、こんなところを通るなんて珍しい。

 そう思いながら見上げていると、急に駕籠が止まって戸が開いた。



「わぁ……」



 思わず声がこぼれる。

 中から颯爽と現れたのは、絵巻物にでも出てきそうな美しい男だった。

 さらさらと風に揺れる漆黒の髪。都女のように白い肌。きれいな鼻筋に切れ長の目。紅の内衣に墨色の着物を重ねた着流し姿で、藤色の帯を緩く結んでいる。

 きっと山二つ向こうの都からやって来たのだろう。

 袴をつけていないので、お武家様ではないようだ。どこぞの店の若旦那か、はたまた豪農の跡目か。

 ひながぽぉっと見惚れていると、男が「そこの」といきなり声を発した。しんと涼やかで、それでいて一本芯の通った凛々しい声だ。



「わ、私……でしょうか」


「他に誰が?」



 男は怪訝な目つきでひなを見やった。

 慌てて二、三歩坂を上って木立の間を抜け、ひざまずいて深く頭を下げる。



「も、申し訳ありません……!」


「お前、どこの村の者だ」


「はい。この丘のふもとにあります、小さな村でございます」


「そこへは、どう行けばいい」


「このまま道をまっすぐ行かれまして、あすこに見える坂をぐるっと下りましたら、すぐでございます」


「そうか」



 男はそっけなく言うと、するりと駕籠に乗りこんで戸を閉めた。男たちが担ぎ上げ、さくっ、さくっ、と静かな足音を響かせながら去っていくのを呆然と見送る。


 ――あの方は、村へ……?


 一体何の用事があるのだろう。

 にわかに胸騒ぎがした。

 何か悪いことが起きるのではないだろうか。あの余所者が、不吉なものを村へ運んでいくのではなかろうか。

 なぜそう思ったかわからない。けれど、煮汁が沸き立つように喉元が熱くなり、早鐘がどくんどくんと音を立てて胸の内から押し寄せた。もう居てもたってもいられず、ひなは両親のいる村へ向かって駆けだそうとした。

 が、すんでのところで思いとどまる。

 腕の中の籠を覗けば、野草はまだ少しの量しか採れていない。これでは一人分の夕餉をこしらえるにも足りないだろう。病み衰えた父に、なんとしても食べるものを持ち帰らねば。そうでなければ帰るに帰れない。不安で落ち着かない胸を手で押さえ、ひなはすごすごとまばらな林の中へ戻った。

 けれどもいっかな胸騒ぎは収まらない。

 なぜだかとても、とても嫌な予感がする。


 ――どうして?


 赤い唇をきゅっと噛みしる。

 これまで以上に悪いことなど、起ころうはずもないのに。



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