祓い屋稼業 7
やがて冷たい風がどこかへ去り、ようやく夏らしい暑さの訪れた昼下がり。
玄関先を掃いていると、与吉と六助がそろって中から出てきた。ひなは箒を手ににこりと笑って、
「お出かけですか」
と声をかける。
すると二人がぎょっとしたように振り向くので、こちらも吃驚して固まってしまった。
「あ」
途切れ──
「その」
途切れに──
「………だ、旦那様、の、お遣い、で」
答えたのは六助だった。隣の与吉はむすっとした顔で黙り込んでいる。
「そ、そうですか」
ひなは戸惑いながらうなずく。
六助の口元はかすかに笑っていたが、慣れないものを無理に引っ張り出してきたような、なんともぎこちない笑みだった。与吉などは明らかに居心地が悪そうだ。
いけない、とひなは思う。彼らに不快な思いをさせている。
「ごめんなさい! ……お引き留めしてしまって」
「あぁっ、いや、えっと」
六助が慌てふためくように手を振った。続けて何か言おうとして、口だけがぱくぱくと動く。ひなはますます申し訳なくなって身を縮める。
互いにうつむいてしまい、長いこと沈黙して──
「な、慣れ……ましたか?」
聞き逃しそうなほど小さな声で、六助が言った。
「………はい?」
首をかしげると、みるみる六助の顔が赤くなる。
なぜだか、隣の与吉はそっぽを向いてぐいと汗をぬぐっている。どれだけ走っても汗ひとつかかなかったあの男が、だ。
これは、なんだか、まるで。
照れて──いるような?
まさかと思いつつ、なんだか急に心が楽になった。
「あ……はい。お陰様でだいぶ慣れました」
「そ、そっか。そりゃ、よ、よかった」
「はい。ありがとうございます」
「う、ん、じゃ、じゃあ、あっしらは、これで」
六助の気まずそうな、でもちょっとうれしそうな顔がなんだかおかしくって、思わずくすりと笑いが漏れる。屈強な男たちが、まるで人見知りする童のように思えた。
「はい。いってらっしゃいませ」
「い、いって、まいります」
六助はへたな傀儡人形のような動きで向きを変え、与吉はすでにずんずんと歩き出している。六助は慌てて追いかけながら「な、なんでぃ、おめぇは……」と文句をつけ、与吉は頑として前を向きながら「うぅ、うるさいわい」とぶつくさ漏らす。その後ろ姿はやっぱりよく似ていて、兄弟のようだなぁとひなは思った。
ガラガラガラ、と背後から音。
通りの反対側を見やると、
「………あ」
幌のついた大きな人力車がやってくるところだ。急いで脇へ避けようとすると、車は屋敷の門の前でぴたりと止まった。
乗っていたのは女が三人。
そのうちの一人、最初に降りてきたのは百花だった。
今日はさっぱりした小袖に結い髪、人夫の手を取ってするりと下車する姿はいかにも優雅でしとやかだ。
続いて降りてきたの四十路ほどの背の高い女。ひと目で高級な仕立てとわかる墨色に金の花を散らした着物をまとい、唇を一文字に結んでいる。
最後に降りてきたのは、珍しい服の少女だった。ひなは初めて見るが、おそらく洋装というものだろう。凝った刺繍をほどこした軽やかな生地に、足元は革でできた洋靴。頭にはつばの広い真っ白な帽子をかぶっている。不安そうに左右を見まわし、先ほどの女に寄り添って立つと目の形がそっくりだ。どうやら母娘らしい。
「どいとくれ」
門前で立ち尽くすひなを一瞥し、百花が鋭い声で言う。
「も、申し訳ありません!」
ひなは慌てて道をあけ、深々と頭を下げた。
門の中に入っていく三人。来客に気がついたきぬが出迎える声が聞こえる。
「……ふ、ふ」
──笑い声?
洋装の少女が通り過ぎたあとに、聞こえた。
すると急に背筋が冷えて、両腕がぷつぷつと粟立つ。ひなは思わず身震いした。先ほどまで蒸し暑いくらいだったというのに。
頭を上げると、女たちはちょうど屋敷へ上がるところだ。
あの少女が帽子を脱ぎ、こちらを見てにっこり笑う。
「……?」
ひなは少し戸惑いながらも、おずおずと会釈を返した。
百花が少し話したあと、きぬが丁寧に頭を下げて客を奥へと案内する。
けれども少女はこちらを振り返ったまま、廊下の闇に消えるまで、にっこり笑みを浮かべていた。
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