祓い屋稼業 8




「で、で、で、できません……!」


「怖がることありませんよ。たーだお茶をお出しするだけなんですから」



 顔面蒼白のひなを見て、きぬは湯を沸かしながら苦笑いする。

 客人に茶を出させるように──黒埜がそう命じたのだ。

 それもひなが一人で、という。

 ひなは作法と呼べるものをまったく知らない。客をもてなしたこともない。そんな自分が出ていけば、きっと粗相をしてしまう。

 使用人の失態は女中頭の、そして主人の責任にもなるのではないか。



「ほら、そう泣きそうな顔をしないでくださいな。旦那様も、意地悪でおっしゃったんじゃありません。きっと何か考えがおありなんですよ」


「考え……?」


「ええ。たとえば祓い屋にいらっしゃるお客様がどんな方か、おひなさんにも見ていただきたいとか?」


「………」



 やさしく含めるように言われ、ひなは黙って小さくうなずく。

 それに、これは主人の命令だ。

 やってみるしか──ないのだ。



「落ち着いていってらっしゃいましー」



 明るく見送られつつも、ひなは悲愴な顔をして台所を出た。

 客人は奥の座敷に通され、今ごろ黒埜が相手をしているはずだ。

 目の前で茶を淹れるのは難しいだろうからと、盆の上にはあらかじめ茶を注いだ湯飲みと、小さな菓子皿が載せてある。ああどうしようと思いながら、足を滑らせるようにして廊下を進み、とうとう座敷の前にたどり着いてしまう。

 正座して、ひなはひとつ息をついた。


 ──しっかりしなくては。


 もひとつ息をつく。

 襖に手をかけ、



「失礼いたし──」


「わたくしの娘は、気の病などではありません!」



 言いかけた言葉は、女の金切り声によってかき消された。

 思わず動きを止め、開きかけた隙間をちらりと覗く。

 客人の母娘が見えた。

 どうやら母親のほうがひどく興奮しているようで、首筋が赤くなり、手前に座っている娘が焦ってその袖を引いている。



「お母様、お、落ち着いてくださいまし」



 よほど箱入りで育ったのだろう。娘は顔も首も雪のように色白で、特に細くて白い指先は村育ちのひなと大違いだ。気弱そうに唇をへの字に曲げ、その指で母をなだめるように、それでいて甘えるように袖を引く。玄関でひなに笑いかけたときとは別人に見える。

 一方、母親の興奮は収まる気配がない。可愛い娘を侮辱することは許さないと息を巻く。

 客の後ろに控えている百花は、この騒ぎに片方の眉を吊り上げていたが、口をはさもうとはしない。



「可能性を言ったまでです」



 凛と響く涼しい声。

 黒埜だ。

 こちらからは見えないが、その冷然としたまなざしを、ひなは容易に思い浮かべることができる。

 砂粒ほども動じない態度に勢いをそがれたのか、母親はぐっと口をつぐむ。



「先ほど申された話をまとめると……こうです。そちらのお嬢さんは時折、軽い引きつけを起こす。許婚や親しい友人に向かって急に暴言を吐き、世にも恐ろしい形相を見せることがある。しかし、当人にはそのような記憶がまったくない」


「……ええ、そうです。その通りですわ」


「となればまずは気の病、心の病を疑うのが常套かと」


「いいえ。私の娘に限って、そのようなことはあり得ません。悪霊か何かの仕業に決まっています」


「お、お母様……!」


「こちらは祓い屋なのでしょう? つべこべ言わず、早くこの子を祓ってやってちょうだい!」



 黒埜がため息をつき、何かをぱちんと鳴らすのが聞こえた。

 ひなは身を乗り出し、客人とは反対側を覗き込んだ。少し離れたところに、いつもの黒い衣をまとった黒埜が座している。眉間にしわを寄せ、たった今ぱちんと閉じたらしい扇子を手にして──

 それをまっすぐこちらへ向けた。



「……いつまでそこへ隠れている気だ。早く茶を運べ」



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