祓い屋稼業 4
「あ、あの……?」
屋敷の人間だろうか。
きぬによれば、屋敷に住んでいるのは黒埜と百花と銀坊、与吉と六助、それにきぬとひなでぜんぶのはずである。とすれば、この男は銀坊か。坊というからにはお坊様か、それとも童かと思っていたけれど。
男はすらりとした体躯に浅葱色の着物を身につけ、老爺のように真っ白な髪を肩のところできちっとそろえていた。髪は白いが、顔を見るとまだ二十かそこらの若者だ。お坊様のようでも、童のようでもない。
「やあ」
涼しげな笑みを浮かべ、男が言った。
「君がおひなちゃんだろ? おいらは銀狐ってんだ。よろしくね」
「ギンコ……?」
「ぎんぎつね、と書くんだけどね。おきぬちゃんは銀坊って呼んでるよ。おひなちゃんも好きに呼んでおくれ」
「はぁ」
なるほど、やはり彼が銀坊なのだ。
この屋敷に来て何度目かわからない生返事をしながら、とりあえず畳に腰を下ろした。
銀狐はそんなひなを興味深そうにじっと見ている。
「銀狐様も、黒埜様の仕事仲間なのですか?」
「うん、そうだよ。おいらは百花と違って、いろんな奴と組んでいるけどね。でも、ついついここへ戻ってきちゃうんだ。おきぬちゃんの飯はおいしいからなぁ。あ、それと好きに呼んでと言ったけど、様づけはやめておくれよ。おひなちゃんにそんな呼び方されると、おいら、鼻ンとこがむずむずしちまう」
ひなは曖昧にうなずきながら、内心ひそかに首をかしげた。
どことなく、妙な感じなのだ。
自分のことを「おひなちゃん」と呼ぶのはわかる。が、年上のきぬを「おきぬちゃん」と呼ぶのはちょっとおかしいし、きぬはきぬで、銀狐のことを「銀坊」などと子供のように呼ぶ。ちぐはぐである。そもそも銀狐という名前も風変わりなのだが。
だが、そんなことより。
「あの……」
「ん?」
「祓い屋とは、どのようなお仕事なのでしょうか。私にも……お手伝いできるものでしょうか」
黒埜に聞きそびれ、きぬはよく知らないと言い、百花は取りつく島もない。
とすれば、人のよさそうなこの若者に尋ねるのが一番だろう。
「なんだよ、夜一郎の奴。そんなことも話さず連れてきちゃったのか」
銀狐は目に同情の色を浮かべた。
「祓い屋ってのはね。幽霊、物の怪、魑魅魍魎、とにかく何でもござれの御用聞きみたいなもんさ。この都で狐や狸に化かされるってこたぁ滅多にないが、とにかく人が多いからね。人が多けりゃいろんな気が生じる。気が混じれば魔が生じる。そういう魔に悩まされる人たちを救うのがおいらたちの役目ってわけ。まあ簡単に言っちゃうと、化け物退治みたいなもんかな。実際は、そんな大仰な仕事はそうそうないけど」
「はぁ」
「おいらはこれでもいろんな祓い屋と組んできたけど、夜一郎ほどの男はなかなかいないよ。しかも、あの若さでね。百花みたいな女が入れ上げるのもわかる気がするなぁ」
「あの、私………百花さんに、嫌われてしまったようです」
「えっ?」
銀狐はぽかんと目を見開いて、それから肩を震わせて笑い出した。きゃらきゃらと童のような甲高い声である。
「あいつっ……! ああそうか、おひなちゃんは可愛いかんなぁ」
「……?」
「気にするこたないよ。百花はね、夜一郎にほの字なだけさ」
ほの字。
つまり、惚れていると。
「ええと、百花さんは、黒埜様の奥方様ではないのですか……?」
「うひゃーっはっはっはっは!」
ますます腹を抱えて銀狐が笑う。目尻から涙さえこぼれている。
「違う違う、あれは百花の片恋慕だよ。あいつ、かつては評判の女郎でさ。そのうち花魁になるだろうってほどの女だったのに。二年くらい前かな。祓い屋の仕事で夜一郎に救われてからは、もうぞっこんさね。女郎から足洗ってこの屋敷に押し掛けたはいいけど、てんで相手にされなくて、仕方なく祓い屋稼業を手伝うことになったのさ」
「そうだったのですか……」
なるほど。
ということは──
百花は、ひなに嫉妬していたのか。
惚れた男が若い娘を連れて帰ってきたのだ。おもしろいはずがない。もちろん黒埜は、ひなを奉公人以上の何とも思っていないだろうが。こんなみすぼらしい田舎娘に嫉妬してしまうほど、黒埜のことを好いているのだろう。
──誤解を解かなければ……。
ひそかに思いつつ、ひなは別のことを尋ねた。
「えっと、祓い屋のことは、なんとなくわかりました。けれど、私などがお役に立ちますでしょうか……?」
幾度となく感じた疑問だ。黒埜には卑屈だと一蹴されてしまったが。
ひなの真剣な顔を見て、銀狐はうぅんと首をひねった。
「そうだなぁ。この仕事をするにも、いろんな役割が必要なんだよね。おひなちゃんは……あやかしの伽だろ?」
ひなは息を詰めた。
その言葉は──
「黒埜様にもそう言われました。あやかしの伽、と」
「うん。見りゃわかるよ」
「そうなのですか?」
「だって、さっきから我慢するのが大変だもん」
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