呪われた花嫁 8
──どうしたら……。
まさか新しい主人と同乗しているとは思いもよらなかった。都では、女中は主人と同乗するものなのだろうか。それすら知らない自分はこの先やっていけるのか。
とにかくご挨拶せねばと思い立ち、慌てて狭い中に体を折り曲げて額づく。
「ひなと、申します。今年で十七になります。このとおり田舎者でございますが、少しでも黒埜様のお役に立ちますよう、御奉公いたします。飯炊き、針子、何にでもお使いくださいませ。ええと、畑仕事も……」
「そういうことに使うつもりはない」
「………え?」
そっけない一言に、ひなは呆けた声を漏らした。
男はぼんやり小窓の外を眺めている。改めて見ると線の細い、うっすら血管の浮いて見える肌をした少年のような体つきだ。ひょっとして、ひなといくつも変わらないのかもしれない。その一方で、冷え冷えとした鋭い両眼や、諦観したようにしんと静かな顔つきは老成しきって見える。
不思議だった。
最初に見たときは堂々とした美しさに見惚れ、次に見たときは恐ろしさに体が震え、たった今は、少年のような老人のような姿に戸惑っている。何故これほどまでに印象が転々とするのだろうと、ひなは首をかしげる思いがした。
「それでは、あの……」
妾、ということだろうか。
不安に顔を曇らせると、
「囲うつもりもない」
まるで心を読んだかのようにすらりと答える。
「はぁ……では」
「お前には仕事を手伝ってもらう」
「陰陽師の、ですか」
「あれは方便だ。俺は陰陽師ではない。……まあ、世間から見ればそう大差はないか。依頼人には祓い屋と名乗っている」
「祓い屋」
ぽかんとくり返しながら、ひなはまったくその意味がわからなかった。
まず、陰陽師というのもよくわかっていないのだ。その昔、寝物語に聞いた悪霊退治のお話に、そんな言葉が出てきたような気がするだけで。
「祓い屋とは、何をするのでしょう?」
「一言では言えん」
「あの、私、字も読めないですし……」
「読み書きは必要ない」
「私などで、お役に立てるかどうか」
「卑屈な物言いだな」
「………」
卑屈でしょうか、とひなは思う。
何人もの花婿を失い、村人には祟りだと恐れられ、親に迷惑ばかりかけてきた。そんな自分が何かの役に立つなどとは、とても。
そう思うのは、卑屈だろうか。
「黒埜様は……恐ろしくはないのですか?」
「何が」
「私が、です」
黒埜が一瞬、目を見開いた。
それから笑う。
薄い唇がゆがんで頬に皺が寄るのを、ひなは上目遣いに見つめた。
「父の話を、冗談だとお思いでしょう」
「いいや」
「では、なぜそのように笑うのです」
「さて」
とぼけたような返事をして、懐から朱色の煙管を取り出す。ひなが物珍しい道具に目を奪われていると、吸い口を唇の端にくわえながら出しぬけに言った。
「花婿が三人死んだそうだな」
「……はい」
「祝言の前日、あるいは直前に。死因は病に、暴れ馬に、池。いずれも頓死」
「え、ええ……」
「偶然でそんなことはまず起こらない。しかも初めは病を装い、次は馬を使い、最後は直接手を下したと見える」
「……私がやったとでも仰るのですか」
「いいや。実は俺のところにも、昨夜、来た」
ひなは息を止めた。
──来た、とは。
「何が……」
「童だ」
「……童?」
「そう。で、追い返した」
ひなは青くなった。
おひな、と呼ぶ稚い声が聞こえたような気がした。
「ふむ」
それを横目に、黒埜は煙管を右手に持ち、雁首を左手でちょいと覆った。そこから仄かな煙が立ちのぼりはじめる。いかにして火をつけたのかは見当もつかなかった。
「その童が、花婿を殺したのですか……?」
「おそらくな」
「童は、私に憑いているのですか」
「憑いているのとは少し違う」
言いつつ唇の端に煙管をくわえ、
「ここまで自覚がないというのも恐ろしいな」
ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、黒埜は憐れむように目を細める。
「でなければとっくに人の道を外れていた、か。お前はあやかしを惹きつけすぎる。そこにそうしているだけで、徒に奴らをたぶらかす──」
あやかしの伽だ、とそう付け足す。
「あやかしの、伽」
それは呪われた言葉であるように、ひなには思われた。
「どうしたらよいのですか──私、私は」
「俺の役に立て」
黒埜の返事は簡潔だった。
朱い煙管をぐるりと回す。
「さすればその童、祓ってやらんこともない」
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