祓い屋稼業 1
二人を乗せた駕籠は驚くべき速さで、その日のうちにすいすいと山二つ越えた。
軽快な足音は変わらず、わずかな息切れすらも聞こえない。一度だけ峠の茶屋で休憩を取ったが、担ぎ手の男衆の顔は涼しいものだ。
一人を与吉、もう一人を六助というらしい。
与吉は太い眉にいかめしい口元、六助はやさしげな細い目に鷲鼻が特徴で、顔はちっとも似ていないのに、並ぶとなぜか見分けがつかない。たぶん、体つきが恐ろしく似ているせいだろう。背丈も幅もほぼ同じ、引き締まった浅黒い肌の色まで一緒だ。茶屋で蕎麦をすする黒埜たちには目もくれず、その辺の地面に腰を下ろして握り飯を頬張り、黙々と駕籠を運ぶことだけを考えている様子がまた、よく似ていた。
日が落ちるころには都に入った。ひなにとっては初めて見る景色である。さくっ、さくっ、とどこまでも軽い足音を響かせ、ようようたどり着いたのは、大きなお屋敷の前。
駕籠から降りたひなは、立派な門構えを見上げてしばし立ち尽くした。信じられないほどの豪邸だ。が、どことなく薄黒く、陰気ですらある。夜闇のせいかもしれぬが。
と、
「夜一郎様!」
鈴のような声が響いた。
門から飛び出してきた派手な着物姿の女が、ぱっと黒埜に抱きつく。ひなは思わず赤面した。幼子ならばともかく、大人の女がこうも大胆に殿方に抱きつくなど、華やかな色街を知りもしないひなにとっては気恥ずかしいことだ。
「お帰りなさりませ、夜一郎様!」
「……ん」
道中ほとんど眠りこけていた黒埜は、抱きつかれて少々ふらつきながら、うなずいた。寝ぼけているらしい。
「お戻りが一日遅れると聞いて、心配しておりましたのよ。……その」
黒埜の肩越しに視線を向けられ、ひなは体をこわばらせた。
女の目が驚くほど厳しかったからだ。いや、はっきりと睨まれていた。
「その者が、新しい奉公人ですね?」
「ああ」
女の視線に気がついていないのか、黒埜はあくびをしながらこちらを見た。
「おい、ひな。こいつは
はぁ、とひなは生返事する。
百花という名の女は、やはりこちらをねめつけている。猫のように吊りあがった目の縁に朱を引き、艶っぽい涙黒子、口元にも黒子がひとつ。きれいに結った髪は金銀鼈甲のかんざしで飾られている。真っ白なうなじを覗かせて、コロンとぽっくりを鳴らして町を歩けば、どんな男とて振り返るだろう。とびきり垢ぬけた美人である。
これほどきらびやかな人が、どうして自分のような田舎者をねめつけているのであろう。みすぼらしさにあきれるというなら、まだわかるような気がするけれど。
眠たげな黒埜は、また大あくびをしながらぞんざいに手を振った。
「お前も、休め。部屋はきぬに案内させる」
「はい……」
黒埜が歩き出すと、百花はつんと顔をそらして後に続く。ひなも慌てて門をくぐった。
「まあまあ、旦那様。お帰りなさいませ」
母屋では、いかにも人のよさそうな女中が手燭を持って出迎えてくれた。
年は三十路の半ば、あるいは四十路に掛かっているかもしれない。ふくふくとした顔をしているが、体つきは存外細く、はたきを腰に差し、背筋をぴんと張った様子はいかにも年季の入った女中らしい。
「あらやだ、百花さん。人前であんまり旦那様とべたべたしてはいけませんよ。ああ、こちらが新しくいらっしゃった……」
「はい。ひなと申します」
「まあ、お人形のように美しいこと! あたしはきぬって言いましてね、ここの家事を預かっている者ですよ。よろしくねぇ、おひなさん」
黒埜は百花に引きずられるようにして、
「きぬ、こいつに部屋を用意してやってくれ」
と言い残すとずるずる奥へ消えて行った。
「ええ、それはもう。とっくに整えておりますよ。ささ、そんなところにいないでお上がりなさいな。疲れたでしょう、湯も沸かしてありますからね」
なんとも元気のいい女中だ。平太のおっかあに似ているな、とひなは思う。故郷が思い出されて少しさびしい気持ちがしたけれど、きぬが明るい声であれこれ話しかけてくれるので、それに応えているうちに紛れてしまった。
「いやね、驚きましたよ。こんな可愛らしい娘さんがいらっしゃるなんてねぇ。伝書鳩が届いたんですよ。住み込みの奉公人を一人雇うっていうじゃありませんか。ほうら旦那様はあの通り、ちょいと変わった方でしょう? 人嫌いって言うんでしょうか。付き合いはからっきし、新しい女中を雇うのもお厭になるし。それがいきなり、ですもんねぇ。明日は雪でも降るんじゃないかしら」
はきはきしゃべりながら廊下を進み、「ここですよぅ」と笑って襖を開ける。きぬが行燈に火を灯すのを、ひなは襖の陰から覗くようにして見ていた。
ほう、と明かりが部屋を照らす。
ひなは目を丸くした。
「こ、ここは……?」
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