祓い屋稼業 2
「今日からおひなさんの部屋ですよ」
「私の……ですか? 一人の、ですか?」
「そうですとも」
きぬはおかしそうに笑って、うなずいた。
広さは十五畳ほどもあろうか。ひなの実家よりも広い。きれいな布団が敷いてあるほか、衣桁に角行燈、箪笥に屏風、立派な鏡台までもが置かれている。ひなにしてみれば、まるで雲上の姫君かという待遇である。見ているだけで眩暈がした。
「むむ、無理です……」
「無理って、何がですか」
「こんなところ、わ、私には恐れ多くって……」
「あらま」
きぬは大笑いした。袖で口元を隠すこともない、なんとも豪快な笑い方である。
「いいんですよ、そんなに縮こまらないで。この屋敷はね、部屋が余っているんです。何しろ今は旦那様に百花さんに銀坊、住みこみの与吉に六助、そいで女中のあたしがいるっきりですからねぇ。あっちもこっちもがらんどうなんです。一部屋くらい、遠慮なさることありゃしません」
「し、しかし。おきぬさん」
「しかしもおかしもありません。さあさ、夕餉の支度をしてまいりますからね。その前に湯を使ってくださいな。せっかくあっためたのが冷めてしまいます」
「黒埜様は……」
「旦那様は朝風呂にしか入らない方なんですよ。旅からお帰りになった夜くらい、湯あみしてほしいもんですけれどねぇ」
「夕餉の支度でしたら私、手伝います」
「まあ。そりゃありがたいけれど、それじゃあたしが旦那様に叱られてしまいますよ。おひなさんは、旦那様のお仕事を手伝うためにいらしたんでしょう?」
「そう、ですが……」
祓い屋、という言葉が頭をよぎる。
黒埜の仕事について、まだきちんと話を聞いていなかった。祓うというからには、いつか寝物語に聞いたように、悪霊や物の怪を相手にするのだろうか。それとも、凶事を占う易者であろうか。どちらにせよ自分に手伝いができるとは思えない。
──私自身が、祟りだと言われていたのに……。
花婿を殺したのは童だと、黒埜は言った。あれは本当なのだろうか。
『その童、祓ってやらんこともない──』
祓ってもらえば、もうあのようなことは起こらないのだろうか。いいや仮にそうだとして、三人の命が帰ってくるわけではない……。
「おひなさん」
声をかけられ、はっとする。
見ると、すぐ目の前にきぬの顔があった。
「あぁ、すみません!」
「いいですか、おひなさん」
慌てるひなの肩をぽんと叩いて、きぬは言う。
「疲れたときは湯につかる。あとはご飯をたらふく食べて、布団に入ってゆっくり寝る。これで朝には何もかもすっかりよくなっていますからね」
「……は、はぁ」
「大丈夫。何もかもすっかりよくなります。騙されたと思ってやってごらんなさいな」
まじめな顔でそう諭すきぬを見ていると、なんだか心の凝り固まった部分が少しほぐれる心地がした。やさしい人なのだ。
ひなは笑って「はい」と頭を下げた。
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