祓い屋稼業 5
「…………我慢?」
「うん」
ずい、と銀狐がにじり寄る。
なんとなく、ひなは体を後ろへそらす。
尚も銀狐はずずいと詰め寄る。
うっすら笑う口元から鋭い犬歯がちらつき、淡い金色の瞳がひなをまっすぐに覗き込む。
鼻先が触れあい──
吐息が頬を撫でる──
「銀狐、さん……?」
ひなは上ずった声を漏らした。
「ああ……。だめだ」
「だめ?」
「おひなちゃん」
「はい」
「好きだ!」
がば、と押し倒される。
「……っ!? っ!?」
あまりに唐突な出来事に悲鳴も上げられずにいると、
「これっ、銀坊!」
鋭い一喝。
今にも接吻しようかという銀狐の首根っこをひっつかみ、あっという間に廊下へ引きずり出す。
ひなが慌てて起き上がると、そこに怒り顔のきぬが仁王の如く立っていた。
「姿が見えないと思ったら、おひなさんに悪戯しようなんて! 許しませんよ!」
「えーん、ごめんなさいぃぃ」
叱られた子供のように情けない声を上げてジタバタする銀狐。
その姿を、ひなは唖然として見つめた。
──え……?
目の錯覚だろうか。
そこにいるのは、本当に小さな──
童だった。
銀狐は、すらりとした若者だったはずだ。つい先ほどまでは。それが今は、十かそこらの童にしか見えない。体も着物も、いつの間にか縮んでしまっている。
「罰として朝餉抜きですよ」
「えーーー! 勘弁してよ、おきぬちゃぁぁぁぁん」
「そのくらいしないと懲りないでしょ」
「えぇぇぇぇん!」
「嘘泣きは通じません!」
びしっと言われ、銀狐は「ちぇっ」と唇を尖らせる。
「お、おきぬさん……あの」
「ああ、おひなさん。ごめんなさいねぇ、びっくりしたでしょう? この銀坊は、可愛い娘さんと見るとああして悪戯するんですよ。あたしがしっかり懲らしめておきますからね」
「違やい! おいらは天下の銀狐様だぞ! その辺の娘っ子なんかに手をつけたりするもんか。おひなちゃんは特別の特別で──」
「はいはい、反省しなけりゃ昼餉も抜きですよ」
「げげっ!」
「あの、おきぬさん、なんか、小さく……」
「本当にごめんなさいねぇ。そこに膳を置いていきますから、お部屋でゆっくり朝餉にしてくださいな。あとでお茶を持ってきますからね。ほら行くよ、銀坊!」
「ふぁーい……」
ふてくされた銀狐をきぬが片手で軽々と引きずっていく。ひなは部屋から顔を出し、もう一度銀狐を見た。やはりどう見ても子供だ。
一体どういうことなのだろう。
銀狐は犬っころのようにずるずる引きずられながら、ひなを見てうれしそうに笑った。
「おひなちゃん、また遊ぼうねぇー」
「銀坊っ!」
叱られつつもにこにこと手を振る銀狐を呆然と見送る。
どうも、この館は──
不思議な人ばかりのようである。
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