呪われた花嫁 4
これは祟りだ。
今度は隠すこともなく、村のあちらこちらで声が上がった。
あの娘は人ではないぞ。
冷たい目で責めさいなむ村人たちに、両親はひたすら平身低頭。勘弁してくだされと頭を下げた。事ここに至って、ひなの美貌は逆効果となる。まるで人とは思えぬ美しさが災いの徴のごとく、人々の目に映ったのだ。
こうして村八分となってからの日々は、想像を絶する苦しみを一家にもたらした。元より小さな家と畑しか持たず、村の中で助け合うことによってどうにか暮らしをつないできたのだ。それが一気に断ち切られた。たちまち、その日の糧を満足に得ることすら難しくなった。また両親にとって食う食わぬよりつらいことは、村の誰とも話すことができず、長年親しんだはずの者たちから荒んだ視線を向けられることだ。
父も母も見る間にやつれて生気を失った。ひなもずいぶん痩せこけたが、それでもまだ十分な美しさを保っていた。
それがいけなかったのかもしれない。
ある夜、父が泥だらけで帰ってきた。糧という糧が尽き、やむにやまれず隣人に助けを乞うたのを、寄ってたかって殴られ罵られ、命からがら逃げ帰ってきたのである。
「おっとう!」
「あんた!」
ひなが真っ先に駆け寄った。土間にへたり込んだ父を助け起こそうとして、しかし、突き飛ばされた。
尻もちをついたそのとき、思わず見つめた父の両目に、尋常ならざるものが宿っているのをひなは見た。
だからといって、恐れたわけではない。
ただ──悲しかった。
ああこれはすべて自分のせいなのだと思うと、悲しくてつらくてたまらなかった。
父は立ち上がると、包丁を一本下げて戻ってきた。泣きながら止めようとする母を払いのけ、ふらふら近づいてきて包丁を掲げる。歪んだ父の顔を見て、ひなは静かに目を閉じ、手を合わせた。
おっとう、ごめんなさい──
そう心の中で呟いて。
おっとうに、こんなことをさせて、ごめんなさい──
ぶんっと包丁が振り下ろされた。
ひなは身を固くしてそれを待った。
だが。
いつまでたっても痛みがやってこない。そうっと目を開けると、父の顔は恐怖にひきつったまま凍りついていた。その手に包丁はない。
一体、何が。
ひなは、言葉を失った。包丁は宙に浮いていたのである。
それがいつ父の手を離れたのか、どうして何の支えもなしに浮かんでいるのか、わからない。けれどその刃先が今や父に向かっているのを見てとって、ひなは思わず絶叫した。
「やめてぇッ!!」
父の顔面に向かって鋭く突き出された刃は、悲鳴に弾かれるように反れて土壁に突き刺さった。父は呆然とその場に立ち尽くした。母はひたすらむせび泣いた。
以来、父が娘に口をきくことはない。
いや、すでに両親は、他ならぬ自分たちの娘であるひなを恐れていた。
では、当人は。
やっぱり──悲しかった。
いっそ悲しみを通り越して心が凍りつき、何も感じないようになればと思ったけれど。歪んだ父の顔とむせび泣く母の声はいつまでたってもこびりついて、時折瞬くように思い出されては、何度でも胸をしめつけるのだった。
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