呪われた花嫁 3




 ひなは村一番の美しい娘だ。

 その評判はひなが生まれたときから村中を騒がし、十を数えるころには近隣の村々や大きな里まで届いたのだという。

 生まれは貧しい農家である。素朴な百姓然とした父母は、自分たちの間になぜこんな美しい娘が生まれたのか、戸惑い驚きながらも大いに喜んだ。我が娘ながらこんな器量よしは見たことがない。まるで天女だと、それは大切に育ていつくしんだ。



 村人たちは美しい娘を一目見ようと毎日のようにやって来た。ひながまだ幼いころ、彼らが手土産に持ってくる野菜やら米やらが家の中にたくさんあった。「ひいちゃん」「ひなちゃん」ともてはやされ、お餅もお団子もよくもらった。すっかり口にすることのなくなったあの幸せな甘さを、ひなは今でもしっかりと覚えている。

 思えば、幼い娘の気を引いて、いつかはうちの嫁御にという大人たちの思惑が餡と一緒にたっぷり詰まっていたのであろうが、所詮は子供。そんなことは関係ない。小さな口でぱくりと食べて、甘いおいしいありがとうと無邪気に笑えば、そのあどけなくも綺羅綺羅しい娘の笑顔に、大人たちのほうが甘いものでも含んだように口元をほころばせた。



 やがて年頃になると、村の誰もが予想していた通り、あまたの縁談が降ってきた。ずいぶん遠くの里からも申し入れがあったらしい。

 相手が決まったのは十四のとき。村一番の豪農で、十八になる跡取り息子だ。可愛い娘を嫁にやるなら、せめて近くに留めておきたい。そんな親心が決め手になった。

 ひな自身は夫婦がどんなものか、まだよくわかっていなかったが、きれいな花嫁衣装をあつらえたり、大勢の人が祝いに来たりするので、どうやらとてもよいことらしいと一人で納得していた。村人たちも、ひなが故郷に留まることを喜んだ。よい顔をしなかったのは幼馴染の平太だけだ。



「あすこの息子は性悪だ。今まで何人も村娘に手をつけているし、下男の扱いもひどい。あんなとこへ嫁に行ったら、きっと大変な目に遭うぞ」



 だから行くな、と平太はぶっきらぼうに言った。

 ひなはそんな幼馴染を見てころころ笑う。



「平太ったら、私がお嫁に行くのがさびしいんでしょう」



 すると決「違やい!」と叫んで行ってしまう。その後ろ姿がなんだかくすぐったくて、ひなはまたころころと笑った。



 けれども。

 縁談は、突然白紙になった。



 祝言の前日に花婿が倒れたのである。

 何やらうわ言を呟きながら三日三晩高熱に苦しみ、四日目の朝、息を引き取った。頑丈なのが取り柄の若者で、病気ひとつしたことがなかったのにと、村人たちは悲しんだ。ひなも悲しみ、ひなの両親も悲しみ、花婿の両親は気が狂わんばかりに嘆いた。平太でさえ、性悪だと言ったのを後悔している様子だった。しかし、いくら悲しんだとて死者は帰ってこない。



 二度目の縁談はその一年後。山二つ越えた向こうにある都の、織物を商う大店からの申し入れだった。ひなの評判はなんと都にまで届いていたのである。大の別嬪好きであった若旦那は、えり好みが激しいせいでなかなか結婚が決まらなかった。そこに天女と見紛う絶世の美女ありと噂を聞きつけ、すぐさま村へ忍んで十五のひなを一目見るや、すっかり惚れ込んでしまったのだ。

 いくら美しいとはいえ田舎育ちの娘である。都の大店になど嫁げば苦労するだろうと両親は渋ったが、若旦那本人が何度も村に出向いて「娘さんの他には何もいりませぬ。きっと大切にいたします」と頼み込むので、しまいに折れた。ひなは障子の隙間からその姿を垣間見て、やさしそうな人柄に惹かれた。平太も熱心に通ってくる姿を幾度となく見かけたらしく、今度は前のような悪口を叩かなかった。

 今度こそ、幸せな縁談になる。

 誰もがそう思った。

 ところがである。

 また、破談となった。祝言の当日、突然暴れ出した馬に首を踏み抜かれて花婿が死んでしまったのだ。役人が駆けつけ、暴れ馬を探したがとうとう見つからず、無残な花婿の死体だけが残った。その報を聞くや、花嫁衣裳で迎えを待っていたひなは泣き崩れた。



 二度続けて花婿が死んだことは、ひなの家に不吉な影を落とした。

 村の中で、前々からひなの美しさを妬んでいた者が、あからさまに陰口をするようになったのだ。

 どうもあの娘には祟りがある、と。

 それを聞いた父は激高した。娘は何も悪くない、花婿が死んで一番悲しんでいるのは娘なのだぞ、と。

 だが両親にも不安があった。

 どうして立て続けに破談になってしまったのか。それも、花婿が突然死んでしまうという恐ろしい形で。不吉な考えが頭を過るたびに、彼らはえいっと頭を振った。そんなことを考えてはならぬ、と己に言い聞かせるように。



 三度目の縁談は半年後。これは隣村の若者だった。さして裕福ではないが、貧しくもない農家で、これまでに比べるとはっきり言ってぱっとしない相手である。しかし今や、両親も贅沢は望んでいなかった。とにかく早く嫁に行ってもらいたい、立て続けの不幸な縁を断ち切ってしまいたい。そうして娘が幸せになってくれさえすればと。また相手方も、二度の破談とそれにまつわるよくない噂があると知りながら、「そんなことは微塵も気にかけぬ」と言ってくれた。

 しかし──

 また、くり返された。

 花婿はやはり祝言を目前にして、明るい日差しの中で池に浮かんでいるのが見つかった。足を滑らせた跡はなく、悲鳴や水しぶきの音を聞いた近隣の者もおらず、ただただ死んでいたのである。



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