祓い屋稼業 11




 台所へ引き返す途中で、客の見送りを終えた百花とばったり行き会った。

 今日の百花はしとやかな美しさである。

 よく見れば白粉で黒子を消し、前はきりりとしていた眉もやわらかい形に描き変えているようだ。迎える客によって化粧を変えているのだろうか、とひなは感心してしまう。



「何よ? あたいの顔に何かついてる?」


「あ、いえ……」


「なら、じろじろ見ないでおくれ。気持ちが悪いったら」


「す、すみません」



 百花はふんっと鼻を鳴らした。ひなに対して冷たいのはいつものことだが、特に虫の居所が悪いらしい。

 何かしてしまったかしら──と思って。



『夜一郎様に触んないで』



 先ほど黒埜に抱き留められたのを思い出し、ひなはみるみる青ざめた。

 険しい顔で通り過ぎようとする百花をとっさに振り返り、



「……百花さんっ」



 思いきって呼び止める。

 無視されるかと思ったが、案外すぐに立ち止まって「何?」と睨みつけられた。鋭い視線に竦みそうになりながら、どうにか声を絞り出す。



「あの、私っ……ただの、奉公人で……。黒埜様は、その、なんとも……」


「はぁっ?」



 大声で聞き返され、今度こそ竦み上がった。

 その場に立ち尽くすひなを斜めに睨み据えながら、百花はハッとため息を漏らし、袖を後ろに払って引き返してきた。それを見て「ひゃっ」と悲鳴が漏れそうになる。



「あのねぇ!」



 人差し指で胸を突かれ、



「はぃっ」



 ひなは必死に頭を下げた。



「ああもう! なんだいその情けない声は。みっともないねぇ」


「すみません……」


「あたいはね、あんたのそういう態度が嫌いなの。化け狐に何を吹き込まれたか知らないけど、あんたなんかに夜一郎様を取られるだなんて、これっぽっちも思ってないからね! 勘違いしないどくれ!」



 ──化け狐?


 何やら引っかかる言葉があったけれど、聞き返す余裕はない。



「あたいは弱い男も弱い女も大キライなの。自分は不幸だぁって面でメソメソしてるような奴は特にね」


「すみません……!」


「何よ、さっきからすみませんすみませんって、卑屈ったらありゃしない。そうやって周りの気を惹こうってわけ?」


「す………」



 言いかけて飲み込む。

 かつて黒埜にも、卑屈だと言われたのだ。

 そのとき自分は、卑屈でしょうか──と思った。

 大切な人をつらい目に遭わせてしまった。たくさんの人に不快な思いをさせてしまった。そんな自分は、こうして頭を下げるほかないのだと。

 しかしその考えもまた──やっぱり卑屈なのだった。

 そこに百花は苛ついているのだ。



「………強く」



 気がつけば、独り言のように。



「強く、なりたいのですが………」



 うまくいかない──

 呟くと、涙が滲んだ。

 ああ情けない。

 強くなりたいと言いながら、涙がみるみるせり上がる。せめて目だけはそらすまいと、ひなは歯を食いしばって百花を見た。



「あ、そう」



 百花はひなを見返すと、ついっと背を向けて行ってしまう。

 涙ぐんで立ち尽くすひなの耳に、



「……じゃあ、なったら?」



 そっけない呟きが残された。



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