祓い屋稼業 10
少女はほどなく正気づいた。
目をぱちくりとさせながら、
「あの、ご迷惑をおかけしまして……?」
おずおず謝る様子から、先ほどの騒ぎはどうも覚えていないらしい。
母と娘を帰すにあたって、黒埜は次のような忠告をした。
「ひとまず祓いはしましたが、どうもご生家に因縁のある悪霊のようです。このままでは再び同じ目に遭う、いや、今度こそ命が危ないかもしれません。お嬢さんの命を守りたければ、一刻も早く他家へ嫁がせることです」
これに母親は悲痛な色を浮かべた。しかし、娘の命には代えられない。そう絞るような声で言い、必ず約束を守ると誓って、母娘は屋敷を去っていった。
落とした湯飲みや菓子皿を片づけながら、ひなは考え込んでいた。
娘の後頭部に現れた恐ろしい顔。
一瞬にしてそれを消し去った黒埜。
去り際の娘はさっぱりした顔をしていた。あれを憑き物が落ちた、というのだろう。
これにて一件落着。
──なのだろうか?
「腑に落ちない……そう言いたげだな」
心中を読んだかのような言葉に、ひなは顔を上げる。
黒埜が脇息にもたれ、ぷかぷかと煙管を吹かしながらこちらを見ていた。
「い、いえ……」
「祓い屋の仕事を見たのは初めてだろう。何か思うことがあるなら、言ってみろ」
言われて、唇をかむ。
少しためらったあと、ひなは胸にこごっていた疑問を口にした。
「……どうして、あの方たちに、本当のことをおっしゃらなかったのですか?」
「本当のこととは?」
「ですから、あの顔……あれは、お母上の顔だったではありませんか」
思い出し、ぞっとして腕をさする。
にたりと笑っていた女の顔。
あれは、隣にいる少女の母親とそっくり同じだった。
さらに黒埜にわしづかみにされ、あふれ出したどす黒い煙は最後、母親の口の中へと吸い込まれて消えていったのだ。
「あれが生霊というやつだ」
こんと煙管の灰を落として黒埜が言う。
「生霊?」
「ああ。娘が可愛いあまり取り憑いた母親の念。わが子を支配し、手元に置こうとする執着……。まったく、あんなものを祓うはめになるとはな。祓うというより、ただ引きはがして本人に戻しただけだが」
「では、生家にまつわる悪霊というのは?」
「でまかせに決まっているだろう。本当のことを言って、それでどうなる?」
「………」
真実を知れば、母娘の間には亀裂が入るだろう。あるいはあの母親なら、ひどい言いがかりだと逆上したかもしれない。
「でも、お嬢様が嫁ぎさえすれば、それで解決するのでしょうか?」
「さてな」
煙管を懐にしまい、黒埜はあっさりと言い放つ。
「嫁げば、その家に従うものだ。母親もおいそれと口出しはできまい。それであの執着が解かれるかどうかはわからんが、そばにい続けるよりはましではないか?」
そう言って、眠たげにあくびをして立ち上がる。
「それに、あれは百花が連れてきた客だ。あとはあいつがなんとかするだろう」
人間同士のもつれなぞ俺の仕事じゃない、と。
「ああ、そうだ」
立ち去りかけた黒埜はふと思い出したようにひなを振り返った。
「お前はよくやった」
「…………はい?」
言い残し、そのまますたすたと奥へ消えていく。また自室に籠るつもりなのだろう。
取り残されたひなは、盛大に茶をこぼした畳のしみを見下ろして、
「……よく、やった……?」
ただただ首をひねった。
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