15 仲間の想い
家に帰るともう昼過ぎだった。アダムはあり合わせの材料でパスタを作ってくれた。こんなときでも腹は減る。二人前のそれを、しっかり噛んで食べた。私は自分の部屋に行き、しばし眠った。能力こそ使っていなかったのだが、どっと疲れたのだ。
夕方頃になって、アダムが私を起こしにきた。
「ユキ。夕飯にしましょうか」
私が寝ている間に、追加の買い出しをしてきたらしい。今夜のメニューは肉じゃがだった。味がよく染み込んでいて美味しかった。ビールは飲む気になれなかった。アダムが洗い物をしている間、私はソファでタバコを吸った。
「終わりましたよ」
アダムが隣に腰かけてきた。彼もオイルライターでタバコに火をつけた。
「コーヒーでも淹れましょうか?」
「いや、いい」
私の灰が灰皿を外れ、ローテーブルに落ちた。すぐにアダムがウエットティッシュでその灰を拭いた。アダムが私の髪を触ろうとしてきたので、それを払いのけた、
「済みません」
「なあアダム。何で帰ったんだ? 今の渚を一人になんてしておけないだろう?」
真っ直ぐに私と視線を合わせ、アダムは言った。
「渚さんの仰った通りですよ。今、ゴールデンのテロでも起きたらどうします? 僕たちは、有事に備えて、いつでも動けるようにしなければなりません。それが、僕たち機動隊です」
まったくもって正論だ。しかし、私は言い返した。
「でも、私らは仲間だろう? 苦しいときに側に居るのが、仲間ってもんじゃねぇのか?」
「ユキ。仲間とは、それだけでは無いんですよ。僕は渚さんの想いを汲みました。そして、あなたにもそうしてほしいと願いました。あそこで帰ったことは、渚さんのためだったんですよ」
私は二本目のタバコに火をつけた。酒が欲しくなってきた。
「アダム。やっぱり、ビール取ってきて」
「はい」
缶ビールをプシュッと開けた。一気にごくごくと流し込んだ。アダムも同様にそうした。私は言った。
「もしさ、アダムが同じような目に遭ったらさ。私は渚みたいに、一人になるのがこわい。誰かに側に居てほしい。だから、帰りたくねぇって思ったんだ」
「そうでしたか」
私はタバコの火を消した。
「渚は強いな。私なんか、まだまだダメだ。戦闘でもそうだけど、心の強さも渚には勝てねぇや」
「かもしれませんね。ユキは純粋すぎます。それがあなたの良いところでもあるんですけどね」
私はアダムの肩に頭を預けた。生き物としての暖かさが伝わってきた。私たちは、今は安全な場所で、こうして生きている。しかし、いつ音緒のように危険な目に遭うか分からない。そういう任務なのだ。それを今さらにして思い知った。私とアダムのスマートフォンが同時に振動した。
「手術、終わったんだ」
渚からだった。手術は成功し、後は目覚めるのを待つばかりだということだった。車の中で聞いた徹也の話だと、傷は深く、内臓が損傷している可能性が高いということだった。ともかく、命は取り留めた。私がここで出来ることなど、もう何も無い。あるとしたら、渚が言った通り、休養するだけだ。
「ユキ。今日は早めに寝ましょう。明日も仕事ですしね」
「それはそうなんだけどな。昼寝しちまったせいか、目が冴えて仕方ねぇや」
「じゃあ、もう少し話しますか」
もう二つ、アダムが缶ビールを取ってきた。なんだか今日は、酔いが回るのが早かった。事件の話をしながら、二本目のビールを飲み終わる頃には、私は全身をアダムにもたれかけていた。
「アダム。死ぬなよ?」
そんなことを私は言った。
「はい。死にません。せめて、ユキの記憶が戻るまでは」
「そうだな。私の記憶……いつ戻るんだろうな」
「焦らないで下さい。きっと、何かのタイミングで戻りますから」
私は一体、どんな人間だったのだろう。何か仕事をしていたのだろうか。家族や恋人は居たのだろうか。三年が経っても、私の身元は分からない。誰にも捜索願いを出されていないということだろう。だとしたら、一人寂しく暮らしていたのか。
一人で過ごすことは好きだ。温泉地だって、一人で回った。しかし、それと孤独とは別だ。私には、アダムも隊員のみんなも居る。だからこそ、離れていても不安になることはない。
「そっか。そういうことか」
私は呟いた。渚を一人にはしたが、彼女は本当に孤独になったわけではない。音緒の身を案じるみんなが居るからこそ、彼女も一人で病院で待てるのだと、今、分かった。アダムが聞いた。
「どうしたんですか」
「いや、な。帰ってきて正解だったんだなって、分かったんだよ」
「なら良かったです」
渚から、またメッセージが届いた。音緒が意識を取り戻したらしい。まだ会話はできないが、目は笑っていたのだとか。安堵した私とアダムは、それぞれ彼女に返信した。それから、私はアダムを見上げて言った。
「なあアダム。今日はそっちの部屋で一緒に寝てもいいか?」
「ええ、いいですよ。心細いんでしょう?」
「うん……」
ベッドで私はアダムに腕枕をされた。二人とも、酒とタバコの匂いがまとわりついていた。しかし、それが私には心地よかった。すぐに眠りは訪れ、安らかな気分のまま、私は意識を手放した。
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