07 灯火の記憶

 会議室に行くには、事務室を通る必要がある。そこには隊長が自分のデスクに座っていて、私の顔を見るなり声をかけてきた。


「おいユキ、どうした!?」

「いやぁ、渚にザシュッとやられまして」


 私が頬をかくと、隊長は私と渚の顔を見比べた。


「お前ら、手合わせするのはいいがほどほどにしておけよ。徹也が居るからってあんまり頼っちゃいかん」


 お説教が続くかな、と思ったとき、アダムが口を挟んだ。


「それより、隊長もお昼にしません? 会議室で出前でも取ろうかと話していたところなんです」

「おっ、いいな。よし、俺が奢るから好きな物頼め」


 私たちは中華のデリバリーを頼むことにした。私は中華丼とラーメンだ。交互にかきこんでいると、渚が白い目を向けてきた。


「ユキって本当によく食べるよね……」

「だって腹減るんだもん。渚ももっと食べれば?」

「あたしはこれ以上食べると太るから」


 渚はチャーハンを注文していた。それだけでよく足りるものだ。運動の後なのに。私はこの分だと、おやつも食べないと午後が過ごせなさそうだ。私たちのやりとりを聞いてか、隊長がこう言った。


「俺ももう歳だな。ユキくらいのときは二人前くらい食ってたもんだ。今はラーメン一杯で十分だよ」


 隊長は元ゴールデンだ。電気を操ることができたらしい。隊員だった頃はトップエースだったとか。それを思い出して、私は尋ねた。


「隊長は現役時代どんな風だったんすか?」

「俺か? 登子とうこちゃん……音緒のお母さんと競い合ってたよ」

「今の私と渚みたいな感じっすか?」

「そうだな」


 音緒の母親は、現役引退後は地元で小料理屋をしているそうだ。どんなゴールデンだったのかは知らないが、相当に腕が立ったのだろう。私も現役時代の彼らの姿を見てみたかった。

 あと二十年、いや、もしかしたらもう少し早く、この能力は使えなくなるかもしれない。隊長のように、能力を失ってからは管理者側に回る選択肢もあるだろうが、私にそんな技量は無い。やはり、早く記憶を取り戻し、本当に帰るべき場所を探し当てないと。

 そんな物思いにふけっていると、渚と音緒がギャーギャー騒ぎ始めた。


「ちょっと! 勝手に人のご飯取らないでよ!」

「だって渚のチャーハン美味しそうだったんだもん! パートナーだし、一口くらいいいでしょう?」

「音緒の一口はデカすぎるんだ! そっちの麻婆豆腐よこせ!」


 海鮮焼きそばを食べながら、アダムがのほほんと言った。


「本当に二人は仲が良いですねぇ」


 アダムをキッと睨み、渚が叫んだ。


「良くない!」


 一方の音緒は嬉しそうだ。


「だよね? えへへっ」


 にやけ面の音緒の頬を渚がつねり、それでも音緒はだらしなく笑っていた。

 昼食が終わり、私はアダムと喫煙所に行った。雪こそ降っていなかったが、外は寒かった。風が無いだけまだ過ごしやすい。私がタバコを吸い始めても、アダムはオイルライターの火をただ見つめているだけだった。まあ、よくあることだ。


「また火ぃ見てんのか」


 私が言うと、アダムは静かに頷いた。


「ええ。見ていると落ち着くんです」

「らしいな」


 アダムの父親は、火を放つことができるゴールデンだった。幼い頃、父親に見せられていた灯火が綺麗で、印象に残っているのだとか。私には、そんな思い出が無いから羨ましい。しかし、今、彼の父親は……。


「ユキを父のようにはさせたくありませんからね。あなたは僕が守ります」

「うん、わかってる」


 ゴールデンの能力は、長時間使いすぎると自分では制御が利かなくなる。だから不活性者とリンクを結び、使いすぎないようにしている。もし、制御が利かなくなったら。その先は、自我を失くし、廃人となる。アダムの父親のように。


「アダムのことは信頼してるから。初めて会った日からずっとな」


 初めて私が特定超能力機動隊の本部に来た日。会議室で、アダムと出会った。これからパートナーになる男だと隊長に紹介されたのだ。あの日からアダムは変わらない。いや、あの日よりも凛々しく、頼もしくなったか。


「ありがとうございます。僕もユキを信頼しています。記憶が戻っても、ずっとパートナーですから」


 アダムはようやくタバコに火をつけた。わずかにバニラの香りが漂った。私たちは、しばらく黙ったまま、薄い灰色の空を見上げていた。


「よっ、お二人さん」


 声をかけてきたのは、蜜希先生だった。私は聞いた。


「蜜希先生たちはお昼どうしたんですか?」

「ボクはコンビニでサンドイッチ買ってきてたの。徹也はお弁当だよ」


 アダムが加わった。


「確か徹也さん、手作りなんですよね?」

「そうだよ! 唐揚げ一個貰っちゃった。美味しかったよ」


 唐揚げと聞いて、私は心が弾んだ。


「ねえ、私にも作ってよアダム!」

「いいですけど、揚げ物は片付けが面倒なんですよね……」

「唐揚げはビールにも合うし、最高じゃねぇか!」

「ちょっとユキ、今夜も飲むんですか?」


 そんな話をしていると、いい時間になってきたので、私たちは事務室へ戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る