19 料理の練習

 週明け、事務所に顔を出すと、隊長に呼ばれた。


「ああ、ユキ。真星紘一だが、少年院に行くことになったそうだ」


 あのゴーレムの少年だ。私は聞いた。


「何年くらいで出れるんですか?」

「それは分からん。本人は真面目に反省しているようだが、能力が能力だからな。危険視されているんだろう。けっこう、長くなるかもしれん」


 私は拳を握りしめた。蜜希先生の言った通り、不処分とはならなかったようだ。ケガ人も全員大した傷を負わなかったらしいし、もっと寛大な処置をしてくれるのかと思ったが。


「私、真星少年が出てきたら、会いに行きたいです」

「ああ……少年審判でも、お前さんの名前を彼が口に出したそうだ。能力を人のために使いたいと言っていたらしいぞ」


 良かった。どうやら彼は前を向いてくれたようだ。自分のデスクに戻ると、正面に座っていた渚が話しかけてきた。


「少年院だってね」

「ああ、そうみたいだな」

「あたしも、一歩間違えたらその子みたいになってたかもしれないからね。同情はするよ」


 渚はこくこくと水筒で飲み物を飲んだ。私は尋ねた。


「渚の高校時代ってどんなのだったの?」

「能力が暴発しちゃって、勝手に刃物になっちゃってたからね。普通の高校には通えなくて、通信制だったよ。友達も居なかった」

「そっか。悪いこと聞いたな」

「いいの。今は思いっきり能力をぶつけられる相手が居るわけだしね」


 私と渚は笑い合った。渚が言った。


「どうする? 午後からやる?」

「おう。やろうか」


 左隣から、アダムが口を出した。


「手合わせですか。僕はちょっと事務作業が一日かかりそうですから、本気のやつはやめて下さいね」

「分かった。あ、今晩夕飯要らねぇわ。ちょっと一人で外食したい気分でさ」

「珍しいですね。了解です」


 本当は、徹也と約束していたのだ。今夜もクリームシチューを作ると。アダムに嘘をつくことは後ろめたかったが、サプライズのためだ。私が一人で作った料理を食べれば、きっと分かってくれるだろう。

 午後になって、私は渚と訓練所に行った。それぞれウォーミングアップをこなし、対戦だ。一礼し、拳を構えた渚が不敵に微笑んだ。


「さーて、今日も負けないからね?」

「一撃くらいは当ててみせるよ」


 渚が一歩踏み出した。まずは蹴りが飛んできた。私も同時に蹴りを入れ、二人の脚がぶつかった。渚はひらりとターンして、もう一撃蹴ってきた。そこからさらに、流れるようなジャブ。私は後ろに跳んで避けた。

 いつまでも、渚に負けてばかりはいられない。私は、もっと強くならなきゃいけない。もし彼女に勝つことができたなら、アダムは喜んでくれるだろうか? 料理とどちらがより喜ぶだろうか? そんな思いが胸を駆け巡った。

 ドゴッ!

 みぞおちに、まともに蹴りを食らった。私はうずくまった。


「もう終わり? ちょっとユキ、たるんでるんじゃない?」

「ぐぅ……」


 しまった。余計なことを考えすぎた。私はよろりと立ち上がり、拳を構えた。


「そうでなくちゃ。さあ、いくよ!」


 結局、この日は一撃当てるどころか、こてんぱんにやられてしまったのだった。渚はとても不服そうだった。

 夕方になって、私は一人で診療所に行った。蜜希先生はもう帰っていた。徹也がパソコンに向かっていて、私の姿を見るなり目を見開いた。


「ちょっと、アザだらけじゃないっすかユキさん」

「いやぁ、渚にボロ負けしちゃってね。治してよ」

「はいはい、じゃあ座って下さい」


 徹也はアザの一つ一つに触れ、癒してくれた。身体も軽くなったみたいだ。


「今夜も頼むね?」

「ええ。また材料を買いに行きましょうか」


 私は徹也の車の助手席に乗り込んだ。アダムとよく行くスーパーマーケットだと、出くわしてしまうかもしれない。私はそれを言って、遠くにある違う店に行ってもらうことにした。


「買うものはもう覚えたぞ。牛乳、ルー、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン」

「大事なものを忘れてるっすよ」

「あっ、お肉!」


 買い物を終え、私たちはキッチンに立った。野菜の中だと、ジャガイモが一番難しくて面倒くさい。その難関さえ抜ければ、あとは煮込むだけだ。その間、ダイニングテーブルに座り、ずっと気になっていたことを徹也に聞いてみた。


「なあ、徹也って蜜希先生のこと好きなのか?」

「ふえっ!?」

「なんか、渚と音緒がそう言ってた」


 徹也はポリポリと短髪をかいた。


「なんつーか、その、バレバレなんすかね?」

「というと?」

「はい、好きっすよ。女性として、お慕いしています」


 テーブルの上で、徹也は手を組み、もじもじと動かした。


「じゃあ、早く好きって言えばいいのに」

「ユキさん。それが言えれば苦労しないっすよ。蜜希先生にその気が無いのはわかってるんすよ。だから、告白しても上手くいかないっす」

「そんなものなのかねぇ……」


 今夜のクリームシチューも上出来だった。一人で外食に行くとアダムに言い訳をした以上、そんなに長居はできない。私は最寄り駅まで送ってもらうことにして、徹也の車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る