20 ユキの誤算
最寄り駅へ向かう途中、徹也は車を停止させた。前の車が急に止まったせいらしい。
「どうした?」
「さぁ……」
クラクションの音がいくつも聞こえてきた。何かあったのか。私は外へと飛び出した。
「トラックの暴走だ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
ドオオオオオン!
重いものがぶつかる音がした。私はその音の方向を目掛け、駆け出した。
「あれか!」
見えたのは、歩道に乗り上げ、物凄いスピードで走る緑色のトラックだった。何人もの人々が逃げ惑うのが見えた。私はそのままトラックに突っ込んで行くことにした。トラックは、壁にぶつかり、一度後ろに下がって向きを変えた。まだやるつもりらしい。
「させない!」
私はトラックの進行方向に立つと、大きく手を広げた。運転手は若い男だった。私の姿を見て、ひるんだような顔をしたのが見えた。しかし、トラックは止まらない。私は能力を発動させ、全身で車体を受け止めた。ぶつかっても倒れない私に恐れをなしたのか、運転手は車から逃げ出そうとした。
「待てコラ!」
運転手の服を掴んで引き倒し、私は奴の背中に馬乗りになった。
「ひいいっ!」
「現行犯逮捕だ!」
しばらくして到着した警官に私は運転手を任せ、徹也の姿を探した。彼は私の元に駆け寄ってきた。
「ユキさん! もう、無茶するんですから! ケガは無いですか!?」
「大丈夫だよ。それより、隊長に報告しなきゃまずいかなぁ……」
「でしょうね。確保したのはユキさんっすから」
私はスマートフォンを取り出し、事の次第を隊長に告げた。しばらくそこで待機していろと言われてしまった。現場は騒然としていた。幾人ものケガ人が出たのだ。救急車とパトカーのサイレンで、夜の街は包まれていた。
徹也が缶コーヒーを買ってきてくれて、私はそれを飲みながら、隊長の到着を待った。しかし、現れたのは、隊長ではなくアダムだった。
「ユキ。聞きましたよ。トラックに突っ込んだって」
「ああ……アダム。隊長より早かったんだね」
「うちが近いですからね」
アダムは徹也を見て、顔をしかめた。
「で、なぜ徹也さんと一緒に?」
「あー、まあ、色々あったんだ、色々」
「徹也さんとご飯に行ったのでしたら、そう言えばいいのに……」
「んーと、そういうわけじゃねぇんだ」
「だったら何ですか。僕は嘘は嫌いです」
ムスりとするアダム。まさか、こんな形でバレるとは思わなかった。とんだ誤算だ。徹也が私に目配せをした。
「もう、本当のこと言うしか無いっすよ」
「うん……」
そっぽを向いたアダムの手を取り、私は言った。
「実はさ。徹也んちで、料理の練習してたんだ。その、アダムに、食わせてやりたくてさ」
「……はい?」
アダムが目線を合わせてくれた。私は続けた。
「クリームシチュー。案外、難しいんだな、野菜の皮剥きって」
「もう! それならそうと教えて下さいよ!」
「驚かせたかったんだよ! いつも世話になってるから、バーンと料理してサプライズしたかったんだ!」
すると、隊長が到着した。
「おいお前ら、何ケンカしてんだ」
徹也が弁解をした。
「あー、これは、ケンカじゃないっすよ。ちょっとしたすれ違いってやつでして」
「なんだそれ。とにかくユキ! ご苦労さんだったな。やり方は少々手荒だったって聞いてるぞ。みっちり話してもらうからな」
「げっ、マジっすか」
私は隊長と揃って所轄の警察に事情を話した。解放されたのは、夜の十一時過ぎだった。アダムが車で待ってくれていた。
「さあ、帰りましょう、ユキ」
「うん」
車の中で、アダムは無言だった。まだ怒っているのだろうか。私は彼の顔を覗き込んだ。真顔で正面を見ていた。
帰ったのはいいが、どことなく落ち着かなかった。シャワーを浴びるようアダムに言われたので、大人しくそうした。出てくると、アダムはソファでタバコを吸っていた。
「アダム」
声をかけると、アダムは眉を下げて微笑んだ。
「何て顔してるんですか、ユキ。こっちに来て下さい」
私はソファに座った。タオルは首に巻いたままだ。髪を乾かしながら、アダムが口を開くのを待った。
「その……済みません。勘違いして。ユキが僕のために料理を練習してくれていただなんて、嬉しかったです」
「本当に?」
「ええ、本当ですよ」
アダムは缶ビールをローテーブルに置いていた。
「今日はお疲れさまでした。とりあえず、乾杯しますか」
「うん!」
私とアダムは、同時に缶を開けた。アルコールのいい匂いがほとばしった。私たちは乾杯した。
「クリームシチューなら、僕と一緒に作りませんか? ユキとキッチンに立つのも楽しそうです」
「でも、それじゃあ恩返しにならねぇよ」
「ユキとの楽しい時間が、僕にとっては何よりも大切なんですよ。だから、やりましょう。ねっ?」
「……それもそうだな」
私の目論見は失敗に終わった。でも、新しい楽しみが生まれた。私には過去が無い。もう二度と思い出せないかもしれない。けれど、未来ならいくらでもある。そう思わせてくれる出来事だった。
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