04 ユキの訓練

 朝日が差し込んで目が覚めた。私はのっそりとソファから身を起こした。頭痛がする。ローテーブルを見ると、すっかり綺麗に片付けられていて、アダムが言っていた通り、私には毛布がかけられていた。


「いってぇ……」


 私はまずトイレに行くことにして、よろよろと廊下に出た。


「げっ。蜜希先生当たってるじゃねぇか」


 生理がきていた。この頭痛は、酒のせいもあるだろうが、この面倒な身体の機能のせいでもあるだろう。シャワーと一緒に汚れた下着を洗い流してしまおうと思い、浴室に行った。

 身体も下着も洗い終えて、ナプキンをあて、ショーツ一枚のままリビングに戻り、ハンガーラックにアダムがかけてくれていたらしいコートのポケットから鎮痛剤を取り出した。キッチンでコップに水を入れ、それを飲んだ。すると、自室からアダムが出てきた。


「おはよ、アダム」

「もう、共用部分ではきちんと服を着て下さいとあれほど言っているでしょう!」


 アダムは目を伏せ、深いため息をついた。この薄っぺらい胸はタオルで隠れているし、別に遠慮することなんてないのに。


「いいじゃねぇか、面倒だったんだよ」

「あなたには、もう少し恥じらいという感情を持って欲しいですね……」


 仕方が無いので、さっさと着替えてリビングに戻ると、アダムはその間にドリップコーヒーを淹れてくれていた。


「ありがと」


 差し出してくれたマグカップは、アダムと一緒に選んだものだ。この部屋に越すことになったとき、あれこれと買い出しをしたのだ。白地に黒猫の絵が描かれたこのマグカップは、私のお気に入りだ。アダムが言った。


「今日はなぎささんと手合わせをするんでしょう?」

「うん、そうだよ」


 永手渚ながてなぎさは、同じ特定超能力機動隊に属するゴールデンの女性だ。彼女にも、不活性者のパートナーがついていて、二人一組で「任務」をこなしている。


「朝食を食べたら、すぐに本部へ行きましょうか」

「ねえアダム、今日は何?」

「トーストがまだありますから、それにしましょう」


 朝食を終え、私とアダムは本部にある訓練所に向かった。お相手は既に待っていて、床に座り込んでいた。


「おはよう、ユキ、アダム」

「おはよ、渚」

「おはようございます」


 渚は腰まである黒いストレートの髪を、高い位置で結っていた。白い半袖のTシャツに黒いロングパンツという姿だ。額に汗がにじんでいた。もうウォーミングアップは終わっていたらしい。


「それじゃあ、僕は事務処理をしてきますから」


 アダムは訓練所を出ていった。私はコートを脱いで壁際に放り投げ、渚の横にちょこんと腰かけて言った。


「ねえねえ、昨日の私の活躍聞いた?」

「まあね。良かったじゃない」


 昨日、渚は有給休暇だった。相手が強ければ彼女も呼び出されていただろう。


「羨ましい? ねえねえ渚ぁ」

「鬱陶しいなぁもう。さっさと準備して」


 渚に軽く頭をはたかれた。彼女は蚊も殺せなさそうなくらい、奥ゆかしく控えめな容姿なのに、とんだ戦闘狂なのである。彼女と本気の相手ができるのは、同じゴールデンである私くらいなものだから、この「手合わせ」の時間を彼女が何よりも楽しみにしているということを私はよく知っている。


「いや、準備ならいいよ。やろうか」


 私は拳を突き出して、渚の頬にぐりぐりと当てた。うんざりしたような表情を浮かべ、それを振り払った渚だが、内心嬉しくてたまらないのだろうということは簡単に想像できた。彼女は立ち上がって言った。


「じゃあ、全力できてよ」

「もちろん」


 私と渚は間合いを取り、一礼した。互いに拳を構えた。先に向かってきたのは彼女からだった。シュン、シュン、と繰り出されるパンチをすんでのところで避けた。単純な実力でいうと、彼女の方が何枚も上手だ。だから、彼女は全力では無いということは分かっていた。そして私は腹に一撃を受けた。


「ぐっ」

「遅い」


 続けざまに渚は蹴りを入れてきた。すねにまともに食らった。私は一歩踏ん張り、彼女の頭めがけて拳を振り上げた。だが、かすりもしなかった。


「ほらほら、もっと全力できてよ」


 私は全力だ。しかし、渚と違って喋る余裕すら無かった。まだまだ彼女とは実力の差がある。それをもう何度も思い知っているわけだが、私にだってプライドがある。一発でも当てることができたなら。私は息を切らし、彼女の動きに着いていった。


「おっ、やってるやってる」


 訓練所にやってきた者がいた。その声の主を私は知っていた。しかし、そちらを気にするような暇は無い。容赦なく叩きこまれる渚の拳や蹴りに、私は耐えていた。


「一旦ここまで」


 数分して、渚は動きを止めた。私は床にへたりこんだ。冬だというのに、汗でぐっしょりだ。渚を見上げると、彼女も汗にまみれていた。そして、笑っていた。


「渚! ユキ!」


 声が飛んできた方向を見ると、金髪のポニーテールを揺らしながら、渚のパートナーがこちらへ向かってくるところだった。

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