11 宴会の余韻

 唐揚げパーティーは大盛況で終わった。運転手の徹也以外が全員酒を飲み、どんちゃん騒ぎだ。ここのマンションは壁が厚いから、大人六人が多少酔っぱらったくらいではどうということは無い。

 夜の十時過ぎに、解散となった。徹也が車で三人をそれぞれ送り届けるのだという。私とアダムは一旦マンションの入り口まで向かい、彼らを見送った。冬の寒さが多少酔いを覚まさせた。

 部屋に戻り、私はゴミ袋に空き缶を放り込もうとした。


「ちょっとユキ、軽く水ですすいでからにして下さい」

「はぁい」


 アダムに言われた通りにしていると、彼はキッチン周りを手際よく片付けた。空き缶の処理が終わったので、私はダイニングテーブルの方へ行った。まだ中身がいくつか残ったままのキャンディーの袋があった。私はそれを取り上げた。


「なんだろう、これ……」


 食べる気はまるで起きなかった。これが嫌いだったとでもいうのだろうか。音緒の言葉を思い出した。記憶の糸口。これが、そうなのか。


「どうしたんですか、ユキ」


 アダムが心配そうに声をかけてきた。これは頼れるパートナーに相談してみるべきだろう。私は正直に言った。


「このキャンディーと私の記憶が、何か関係がありそうなんだ」


 少し上を見上げたアダムは、微笑を浮かべ、こう言った。


「まだ飲み足りないでしょう? ハイボールでも作りますよ。ソファで待っていて下さい」


 私はソファに腰かけた。カラン、カラン、とキッチンから氷の音がした。私はタバコに火をつけた。それを吸い終わる頃に、アダムが二人分の酒を持ってやってきた。


「で? どういうことなんですか?」

「うん。私は、これを食べちゃいけない。何だかそういう気がするんだ」


 ふぅむ、とアダムは首をひねった。


「甘いものを親御さんに禁止されていた、とかですかね? いや、他の甘いものは食べますよね?」

「そうなんだ。このキャンディーだけが、どうしてもダメ」

「思い切って、食べてみては?」

「んっ……」


 私は小袋を開け、キャンディーをつまみ出した。また、ドクドクと動悸がしてきた。


「やっぱりダメだ」

「無理を言って済みません」

「謝んなよ」

「それ、僕が食べますね」


 アダムは私の手からキャンディーを取り、口に入れた。私はハイボールを一口含んだ。


「早く思い出したい。これが何なのか。分かんねぇ、分かんねぇよ……」


 そっとアダムが私の背中に触れた。トン、トン、と優しく叩かれて、私は落ち着きを取り戻した。私は下唇をきゅっと噛み、されるがままになっていた。アダムが言った。


「それにしても、今日は楽しかったですね」

「……うん。私にも家族が居たら、あんな風だったのかなって思うよ」

「ユキは素直な良い子ですからね。きっと、温かい家庭で育ったんですよ」


 アダムが背中を叩くのをやめた。そして、自分の分のハイボールを飲んだ。


「それと、今日の事件のこと。あまり軽々しく言わない方がいいですよ」

「何のこと?」

「あの少年に、面倒を見るだなんて言ったでしょう。本気にされたらどうするんですか?」

「私は本気だよ?」

「そうですか……」


 沈黙がおりた。私はちびりちびりとハイボールを飲んだ。アダムがタバコに火をつけた。つられて、私もそうした。そして、口火を切った。


「私にも、両親が居たらさ。この能力のことで、心配とか迷惑とかかけてたのかな」

「それはそうかもしれませんね。あの少年は、家庭からも見放されていたみたいですから」


 また、暗い雰囲気がリビングを包んだ。こんな湿っぽいのがいつまでも続くのは嫌だ。私は明るい声を出した。


「そうだ! アダムの家庭ってどんなの?」

「僕ですか? そうですねぇ。一人っ子でしたから、甘やかされたという自覚はあります」

「ははっ、そうなんだ。それにしては家事とか得意じゃねぇか」

「それは母のおかげですね。一人暮らしをすると決まってから、あれこれ教えてくれましたから」


 よしよし、いいぞ。このままアダムの家族の話を聞いてみよう。


「お母さんってどんな人?」

「ちょっとぼんやりしたところがある人ですね。そそっかしくて、しょっちゅう忘れ物をしたりなんかして。傘なんてすぐ失くしていましたよ」

「そっか。お母さんのこと、好き?」

「ええ、好きですよ。いつも僕のことを見守ってくれていて、この仕事をすると決めたときも応援してくれました」


 私はくいっとハイボールを飲み干した。


「いつか、アダムのご両親にも会ってみたいな」

「ええ、僕も紹介したいです。父は……まともな会話ができませんが」


 しまった、悪いことを言った。それが顔に出ていたのか、アダムは柔和な笑みを見せて言った。


「いいんですよ。父ともぜひ会って下さい。会話はできなくても、通じるものはあるでしょうから」

「今は……介護施設にいるんだよな?」

「はい。母はよく様子を見に行っているようですが、僕はしばらく会っていませんね」

「じゃあ、今度会いに行こう。二人でな」


 こうして私たちは約束を交わした。近い内に実現させたいな、と私は思った。

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