10 記憶の糸口

 真星少年を連行した後、私は渚と一緒に診療所に居た。二人とも、異常は無かった。安堵した蜜希先生は、私たちを喫煙所に連れ出した。


「はー! 二人ともケガしてなくて本当に良かったよ!」


 渚が恨めしい目で私と蜜希先生を見てきた。


「ちょっと、あたし禁煙中なんすけど……」

「貰いタバコは禁煙の内に入るって! ボクの一本あげるよ!」

「むぅ……」


 どういう理屈で禁煙に入るのかは分からないのだが、結局渚は蜜希先生のタバコを受け取った。


「はぁ……吸っちゃった……」


 私は聞いた。


「確か、音緒と一緒に禁煙始めたんだっけ?」

「そうだよ。ちっ、あいつにバレたらまたゴニャゴニャ言われるな」

「ボクは黙っててあげる! ユキも内緒、ね!」

「はぁい」


 話題は真星少年のことになった。蜜希先生が教えてくれた。


「彼は、家庭裁判所に送られることになるだろうね。例えゴールデンであっても、一般の未成年と扱いは一緒さ。ただ、そこからは……どうなるかな。事件が事件だから、不処分になることは無いと思うし」


 あの事件で、三名の生徒がケガをしたとのことだった。真星少年が、どういう形で罪を償うことになるかは分からない。ただ、あの一瞬の邂逅で、何か生きる道筋を見つけてくれていたのなら。私は悲観していなかった。彼ならきっと、立ち直れる。私は声をあげた。


「あー! 腹減ったー!」


 蜜希先生が言った。


「ユキはアダムに唐揚げ作ってもらうんでしょう? いいねぇ」


 私はポンと手を叩いた。


「そうだ、みんなもおいでよ! 唐揚げパーティーしよう!」


 勝手に事を決めたことで、アダムには軽く叱られた。最終的に、渚に音緒、蜜希先生と徹也も一緒に、スーパーマーケットへと向かい、買い出しをした。私たちの家のリビングは、六人が入っても十分な広さだ。調理は男性陣に任せて、女性陣で先に一杯やることになった。


「かんぱーい!」


 缶ビールを打ち鳴らし、私たちは叫んだ。アダムと二人の夕食も楽しいが、こうしてわいわいやるのもいいものだ。蜜希先生が、ビニール袋をガソゴソさせて、何かを取り出した。


「じゃーん! これ買ったよ! カエル印のマーブルキャンディー!」


 それは、中央に大きくカエルの絵が描かれたキャンディーの袋だった。音緒が声をあげた。


「キャー! 懐かしい! 子供のときによく食べてた!」


 渚が同意した。


「うんうん、あたしも。これ美味しいよねぇ」

「唐揚げの前にお腹がふくれると大変でしょう? そう思ってボク買ったんだ」


 蜜希先生は封を開け、中から一粒のキャンディーの小袋を取って手のひらに乗せた。私はそれをまじまじと見た。なんだろう。この感覚は。私も……懐かしい? 蜜希先生は、次々とキャンディーを取り出していった。


「ほらほら、みんなで食べよっ」


 私の手のひらにもキャンディーが置かれた。私は息を飲んだ。私は、これを食べたことがあるのか? ドクン、ドクン、と胸が高鳴った。他の三人はキャンディーを口に放ったが、私は微動だにできずにいた。渚が声をかけた。


「どうしたの? ユキ。それ、嫌いだった?」

「いや……違う。何か、変な感覚なんだ」


 音緒が身を乗り出した。


「もしかして、記憶の糸口かもよ!? それ好物だったんじゃない!?」


 私はふるふると首を横に振った。


「これの味は知らない。ただ、何というか……食べちゃダメな気がする」


 きょとんとした表情を浮かべた音緒の横から、蜜希先生が口を出した。


「まあまあ、無理に食べる必要は無いよ。それより徹也ぁー! いつできそう!?」


 キッチンから、徹也が声を張り上げた。


「下味はつけたんで、今から揚げるところっす!」


 私はキャンディーをダイニングテーブルの上に置いて立ち上がり、キッチンの様子を見に行った。ちょうどアダムが、一つ目の鶏肉をフライヤーに入れるところだった。ジュウッ、と気持ちの良い音があがった。アダムが横目で私の方を見て言った。


「できるのはもう少し先ですよ、ユキ」

「揚げてるとこ見てたいの」


 本当は違った。あのキャンディーから、離れたかったのだ。まだ鼓動が早い。あのキャンディーが、一体何だというのだろう。やはり、記憶と何か関係があるのか。


「ボクも見にきちゃった!」


 蜜希先生が、私の後ろに立った。そしてそのまま、私の背にもたれかかってきた。彼女の背は私より高い。私の頭の上に、彼女のアゴが乗った。


「ユキ、いい匂いするねぇ」

「そうだね。肉のいい匂い」

「そうじゃなくて、ユキがいい匂いするのさ」


 唐揚げが出来上がった。徹也が皿を持って待ち構えていて、アダムがその上に完成品を乗せて行った。蜜希先生は、ぱっと私から身体を離すと、徹也に歩み寄った。


「徹也、あーんして」

「あーん!? いや、まだ熱いっすよ!?」

「いいからさぁ。はい、あーん」


 徹也は箸で唐揚げを持つと、蜜希先生の口に当てた。案の定、熱かったみたいで、蜜希先生はあちちっと悲鳴をあげた。徹也はビールも飲んでいないのに、顔が赤らんでいた。


「くふふっ……」


 笑い声がしたので、リビングの方を見ると、渚と音緒が口を押さえてニヤニヤしていた。

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