22 新品の下着
蜜希先生と別れた私は、真っ直ぐに家に帰った。今夜は鍋をすると聞いていた。扉を開けると、魚介のいい匂いが漂っていた。
「アダム、ただいま」
「お帰りなさい。もう少しでできますけど、先にシャワーでも浴びますか?」
「うん、そうする」
私は風呂場に行く前に、買ったばかりの下着のタグを切り、黒い物を脱衣所に持って入った。シャワーを浴びて、それを着けた。鏡の前で私はぐるりと回った。これが本当に強そうなのか、よく分からない。私は下着姿でリビングに行った。
「なあアダム。今日買ったやつなんだけど、どうだ? 強そうか?」
「ユキ! いちいち見せなくても大丈夫です!」
「えー? なんかよ、これ、盛れるやつらしいんだけど、どういう意味なんだ?」
「その……おっきく見えるということだと思います」
自分の胸を私はぱふぱふと叩いた。大きい方が強いのだろうか。そういえば、渚も胸はデカい。それが実力を表しているというのだろうか。
「アダムはおっきい方がいいのか?」
「そ、そういう方もいらっしゃいますね。とにかく早く服を着て下さい!」
長い時間キッチンに立っていたのだろう。アダムの顔は真っ赤だった。脱衣所に戻って着替え、ダイニングテーブルにつくと、アダムはぐつぐつと煮えた鍋を持ってきた。白身魚やハクサイ、ネギなんかが見えた。
「ユキ、ビールも飲むでしょう?」
「もちろん!」
風呂上がりの一杯は最高だ。私がビールを楽しんでいる間、アダムが小皿に私の分も入れてくれたのだが、野菜が多かった。私は文句を言った。
「こんなに野菜要らねぇよ。魚入れてくれ、魚」
「ダメです。バランス良く食べて下さい。野菜も美味しいですよ?」
ダシがよく染み込んだ野菜は確かに旨かったが、それでもやっぱり魚が欲しい。私は勝手に鍋から白身魚を取りまくり、満腹になった。
「あー、食った食った」
私はソファでもう一本ビールを開け、ぐびりと飲むと、背もたれに全身を預けた。新しい下着は、チクチクしてなんだか慣れなかった。
ローテーブルの上には、ダイレクトメールが乗っていた。それをつまんでみた。クリスマスセールの案内だった。
「はぁ、もうすぐクリスマスか……」
私が呟くと、片付けを終えたアダムが隣に座ってきた。
「ええ、もう明日はイブですよ。今年は平日ですから、出勤ですけど。どう過ごしますか?」
「そうだ! 作ろう、クリームシチュー。それとは別にチキンも買うけどな!」
「はい、いいですよ」
「そうだ、アダム。蜜希先生が言ってたんだけどよ……」
今日あったことを、私はアダムに話した。蜜希先生にはシキュウとやらが無いということも。
「そうでしたか。なるほど……」
「何がなるほどなんだよ」
「温泉地に出張に行ったじゃないですか。そのとき徹也と外湯を巡ったんですけど、言っていたんですよ。早く自分の子供が欲しいって」
徹也には、父親が居ないということだった。誰が父親なのか、母親にも分からないという出自らしかった。だから、彼は自分が父親になりたいのだと。ようやく、蜜希先生の言っていたことが理解でき始めた。
「ユキは欲しいですか? 自分の子供」
「さぁな。記憶を取り戻すことしか考えてなかったから、想像したこともねぇや」
「そうですか……」
母親とは、どういうものなのだろう。私はアダムと、それに音緒の母親と会ったことがあった。それぞれタイプは違ったが、子供の事を想っている人たちなのだと私は感じていた。
「アダムはどうなんだよ。父親になりたいか?」
「僕はそうでも無いですね。ユキとの暮らしが気に入っていますし。あなたが子供みたいなものですよ」
「私は大人だぞ?」
「いいえ、まだまだ子供です」
確かに私の実年齢は分からないが、成人しているのは確かなのに。私はアダムの頬を拳でぐりぐりした。
「ほら、すぐそんなことするとことか」
「大人だっつーの」
ぐびり、とビールを飲み、私は胸を張った。アダムはいつもの優しい眼差しで私を見ていた。彼ならいい父親になれるだろうな、と私は思った。
「そういえば、隊長が忘年会をしたがっていましたよ。どうします?」
「えー、めんどい。去年散々絡まれたの忘れたか?」
「まあ、一年に一度のことですし。僕がセッティングしようと思うんですけど、どうですか? ユキの食べたいものを選びますよ」
「じゃあ、焼き鳥だな」
「了解です」
そんな会話をした後、私は部屋に戻った。古い下着を捨てようと思い、引き出しを開けた。一番奥から、色あせたグレーの上下の下着が出てきた。
「これは……」
私が砂浜で発見されたとき、身につけていた物だった。季節は夏で、この上に白いタンクトップと淡い色のデニムを履いていたとのことだった。それもまだ、家にある。
ふと思い立って、私は全裸になり、それらを身に付けてみた。この三年で、私の体型は特に変わってないのか、しっくりきた。姿見に全身を映すと、反転した「yuki」の文字が見えた。
「やっぱりダメだな」
こうしてみたところで、特に何の感情も湧いてこなかった。
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