23 ユキの危機

 週明け。なかなかアダムが起きてこないので、私は部屋に呼びに行った。


「おいアダム。朝だぞ」


 アダムはベッドに横たわり、強く目を瞑っていた。そのままの格好で、彼は言った。


「ああ、ユキ……。済みません、頭痛がして」

「大丈夫か?」

「けっこう、まずいかもしれません」


 私はキッチンで水を汲み、鎮痛剤をアダムに飲ませた。しばらくそっとしておくことにして、私は一人で朝食を済ませた。トーストくらいなら一人でも焼ける。

 食後のコーヒーと一服をしてから、もう一度彼の部屋を覗いた。アダムはまだ横たわったままだった。私は彼の顔を覗き込んだ。


「いけそうか?」

「済みません、無理そうです。今日は休みます」


 アダムが体調を崩すことは珍しい。よっぽど疲れていたのだろう。私は彼の髪を撫でながら言った。


「有給も溜まってるんだ。まあゆっくり休めよ。隊長には私が言っておくから」


 本部へは電車に乗って行った。いつもはアダムの車で行くので、この分だと遅れてしまうだろう。道中、私はスマートフォンで隊長に、諸々の連絡をした。事務室に入ると、隊長が叫んできた。


「ユキ、任務だ。ゴールデンが二人、暴れているらしい。渚と音緒はもう向かっている。お前は俺の車で行くぞ」


 隊長の車に乗り込むと、私はタブレットを渡された。


「それに現地の警察や徹也からの報告が入るようになっている。よく見とけ」


 二人のゴールデンは、区役所を破壊しているらしい。能力はまだわからなかった。しかし、目撃者の情報によると、一人は車を持ち上げて投げ飛ばしたとか。パワー系の能力か。隊長は苦々しく言った。


「二人か……アダムが居ねぇっていうのに」


 不活性者は、一度に一人しか能力を止められない。音緒だけではダメなのだ。ここは、どちらか一方を、能力を封じることなく確保せねばならないだろう。

 徹也から、渚が交戦を始めたという連絡がきた。一人はどうやら、水を扱う能力らしい。


「アダムを呼び出した方がいいんじゃないっすか?」

「そうだな。体調不良のところ悪いが……仕方ねぇ。連絡してくれ」


 私はアダムに電話をかけた。


「アダム? 大丈夫か?」

「だいぶ良くなってきました。どうしたんですか?」

「ゴールデンが二人暴れているらしいんだ。場所は区役所。行けるか?」

「そういうことでしたら、すぐに向かいます」


 電話を切り、私は隊長に報告した。


「アダム、向かえそうです」

「そいつは良かった。ユキ、アダムが来るまで持ちこたえるんだぞ」

「はい。やってみせますよ」


 ほどなくして、区役所に着いた。駐車場で、渚は対象者とやり合っていた。音緒が叫んだ。


「危険性の高い大男は封じた! アダムは!?」

「遅れて来る! もう一人はあの女か!」


 髪の短い女が、水球をいくつも飛ばし、渚を攻撃していた。渚は刃でそれを切り裂いていた。大男の方は、能力は封じられたとはいえ、元々力があるようで、鉄パイプを渚に振り下ろそうとしてきた。

 カキーン!

 私は渚と大男の間に割って入り、鉄パイプを受け止めた。


「ありがと、ユキ!」

「この男は私がやる!」


 拳を振りかぶり、私は大男の鉄パイプを打ち落とした。武器が無くなった奴は、ひるむことなく、そのまま殴り付けようとしてきた。

 ドシン!

 重いパンチだ。それを腕で受け止め、今度はこちらから仕掛けた。下半身に隙があった。ローキックだ。それが見事にヒットした。バランスを崩した大男は、前のめりに倒れた。その頭を蹴りつけようとしたところ、足首を掴まれてしまった。


「ユキ! 危ない!」


 渚の声が飛んだ。


「ふえっ!?」


 急に、息ができなくなった。数秒のち、私は理解した。あの女の打った大きな水球に、全身が取り込まれているのだ。ゴボッと息を吐いてしまった。いけない。空気が。

 私は手を喉元にやり、もがいた。早く、ここから脱出しなければ。しかし、私の能力は身体を硬化させることだけだ。外から割ってもらわないと、どうにもできないだろう。足首も、大男に掴まれたままだ。

 頼む、渚。早く水球を攻撃してくれ。そう願いながら、息を止めて少しでも長らえようとするが、どうしても咳き込んでしまった。

 この感覚。前にも、経験したことがある。

 ――

 そうだ、前にもこんなことがあった。私は水に沈められて、空気を求めて暴れていたのだ。どんどん、身体の力が抜けていく。もう無理だ。

 痺れるような感覚が全身を駆け巡った。もう、もがくことすらできない。このまま私は死ぬのか。嫌だ。私はまだ、生きていたい。

 暗闇が下りた。もう、何も考えることができなくなっていた。

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