5

 僕はまず、月曜日に発覚した観月さんのクリアファイル盗難事件について説明を始めた。それから順番に火曜、水曜と僕が行った捜査を説明し、木曜日に犯人から相談を受けた事を話す。その次はサトシから聞いた月曜から今日までの犯人視点の話を説明し、借りて来た例の手紙を先生に見せる。

 おおまかな流れの説明が終わると次はサトシの名前を伏せるのを忘れないように、犯人がいかに反省し、悩み、怖がっているかを精一杯青梅先生に伝える。そして最後に、その犯人はどうするべきなんでしょう? と、問いかけてみた。


「そうだねぇ。まず、その探偵とやらの謝罪要求に応えるか否かなんだけど……今の所静観していいと思うよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、2、3日くらいなら大丈夫だろう。明日は金曜日だから……土日を挟んでゆっくり考えて、月曜日に答えを出せばいい」

「……あの、ちなみにどういう理由で先生はそう考えたんですか?」

「私がそう判断した材料はこの紙だよ」


 青梅先生は探偵から送られてきた『謝罪要求文』が載っている2枚の紙を掲げた。


「この紙に書かれている文章は少し変な書き方をしているよね。さて、2人とも。探偵はどうしてこんな書き方をしたんだと思う?」

「え? えーっとォ…………怖がらせるため?」

「ああ、それも考えられるね。他には?」

「他には……」

「筆跡」春日井さんはぼそりと呟いた。

「うん、私もそう思う」

「え、筆跡ってあの……刑事ドラマなんかでよく『この手紙を筆跡鑑定にまわせ!』みたいに言われている、あの筆跡ですか?」

「そうだよ」

「えー……そういうのって警察とかがちゃんと調べないと判断できないんじゃ?」

「そりゃ完璧に判断するのは無理さ。でもね、試しにやってみると結構出来てしまうんだよ。例えば、私達教師はテストの採点や宿題のチェックで日々多くの生徒の文字を見ている。そうするとね、名前を見ずに「あ、これは○○だな」ってわかっちゃうんだ」

「あ、そっか! じゃあもし、探偵が何の警戒もせずに文字を書いて、それを犯人が先生たちの誰かに相談したら……」

「特定まではいかなくても、結構絞れてしまうだろうね」

「なるほど……ん? でも、それがどうして探偵の要求にすぐに答えなくていいという事に繋がるんですか?」

「それはだね……まず、この1枚目の『謝』『罪』『し』『ろ』という文字だ。これは人の手で書かれているように見えるけど、とても綺麗な文字だ。まるで何かの本の文字を写し書きしたかのような……」

「わかった、教科書だ!」

「教科書だけじゃないと思います。図書室には沢山の本があるから……」

「そうだ。おそらく探偵は色んな本から『謝』『罪』『し』『ろ』という文字を探し、それを写し書きして自分の筆跡を誤魔化したんだろう。だからそれぞれの文字の大きさがバラバラなんだ」

「じゃあ、2枚目の手紙が新聞の切り抜きなのは?」

「写し書きといっても『はね』とか『はらい』といった僅かな書き方の癖が出るかもしれないと考えたんだろう。だからより誤魔化しの効く新聞の切り抜きという手法を選んだんじゃないかな。なので……この探偵は『とても慎重』、『しっかりと考えている』人間だと想像できるよね」

「えっと……」

「つまりだ。こんな慎重な人間は、返事が少し遅れたくらいでは催促してこないと考えるのが自然というわけだよ。むしろ逆だ。中々行動を開始しない犯人を見て『何か企んでいるんじゃ?』と考え、より慎重に身構えるだろうね」

「なるほど、じゃあサ……犯人はしばらく安心していいんですね!」


 僕は一安心し、青梅先生が淹れてくれたブラックコーヒーを飲んだ。最近少しづつ飲めるようになって自信が付き始めてきた所なんだけど、涼しい顔で飲み続けている春日井さんを見てなんだか少し悔しかった。


「まあそうは言っても、出来るだけ早く探偵を特定すべきではあるね」

「青梅先生は探偵は誰だか見当がつきました?」

「まさか! 今の段階で言えることは……探偵は被害者である観月ちゃんと仲の良い人物である可能性が高いって事くらいだな。そこでだ、2人には観月ちゃんと親しい人物が誰なのか教えて欲しいんだけど」

「うちのクラスで観月さんと仲が良いって言ったら、まずは石田さんだと思います。1年の時からずっと仲が良いし」

「石田……石田素子ちゃんね」青梅先生はクラス名簿に印をつけた。

「えっと、あとは……」

「他に、海老崎さんと嵐田さんも仲が良いと思います」

「あ、そっか。その2人が居たね」


 海老崎えびさき 恵里菜えりな嵐田あらしだ 穂奈美ほなみ

 その2人もまた観月さんに負けず劣らずのギャラガ好きで、火曜日の朝の会の大騒ぎの時もいち早く観月さんに賛同していた。確かにあの2人なら観月さんの為に犯人へ謝罪の要求をしてもおかしくないな……と考えていた時、僕は重要な事を思い出し「あ!!」と叫んだ。


「どうかしたかい?」

「そうだ、その2人だ! 先生、僕大事な事を思い出しました。海老崎さんと嵐田さん、火曜日の体育の授業中、犯人と同じように途中で抜け出しています!」

「ほう……それはどうして?」

「確か、嵐田さんが途中で具合が悪くなって、保健係の海老崎さんが付き添いで保健室に行っているんです。しかも、犯人が戻ってきた後すぐに! 海老崎さんは10分くらいで戻ってきたけど、嵐田さんは体育の授業が終わるまでずっと保健室にいたはず。だから、トイレに行きたいって言って保健室から抜け出せば、教室で謝罪要求文の手紙とクリアファイルを犯人の鞄に入れる事は可能なんだ!」

「その2人が探偵だとすると、犯人が授業を抜け出したタイミングでクリアファイルを戻したことをどうやって知ったんだい? 犯人が戻ってくるまでグラウンドに居たんじゃ本当にトイレに行ったのかどうかを判断できないと思うけどね」

「えっと、それは思いつかないんだけど……でも、タイミング的にこの2人怪しくないですか?」

「結論を急いではいけないよ、木林少年。キミが真っ先に名前を挙げた石田ちゃんはどうなんだい?」

「石田さんかぁ。えっと、あの日は……」


 普段から大人しくて影の薄い石田さんの事を思い出そうと僕が頭をひねっていると、春日井さんが「石田さんは違うと思う」ときっぱり言い放った。


「ほう、どうして?」

「火曜日、石田さんが登校してきたのは4時間目の途中だから」


 ああ、忘れてた。石田さんはアキレス腱の治り具合を診てもらうために定期的に病院に通っており、登校前に病院へ行くことがちょくちょくあった。いつもは10時くらいに登校できるんだけど、火曜日は確か病院が混んでいて遅れちゃったんだっけ。


「なるほど。木林少年の話だと犯人が探偵からの手紙に気が付いたのは3時間目と4時間目の間。時間的に石田ちゃんには不可能という訳か」

「じゃあ、探偵は海老崎さんか嵐田さん。もしくはその2人という事ですよね?」

「そうなんだけど……どうにも気になるんだよねぇ、が」

「動機? それは観月さんの為なんじゃ?」

「探偵が犯人へ用意した手紙、あれはかなり手が込んでいる。そんな手の込んだ手紙を2犯人に渡しているんだ。これは決して楽な事では無い。つまり、その探偵にはそんな大変な事をしてまでやりとげたい重要な理由があるはず……『仲の良い友達の為』っていうのも立派な動機なんだけど、それ以上に大きな理由があるような気がするんだ」


 そう言うと青梅先生は腕を頭の後ろで組み、ギシギシとリクライニングチェアを揺らしながら思考を巡らせ始めた。そんな状況が2、3分程経過した後、青梅先生はおもむろに立ち上がって「ちょっと探りを入れてみるか」と、ぽつりと呟く。

 その後、明日詳しい説明をするからと言って理科準備室を追い出されてしまった。家に帰ってからサトシに電話をかけてしばらくは安心していいという事を伝えると、「今日はゆっくり眠ることが出来そうだよ!」と喜んでくれた。




※※※




 次の日の金曜日。

 朝の会が始まる前に春日井さんから、青梅先生からの「夕方5時頃準備室まで来て欲しい」という伝言を受け取った。てっきり今日の放課後すぐに捜査を開始すると予想していたから、夕方という微妙に遅い時間を不思議に思ったけど、今日探偵が判明するのかと僕はわくわくしながらその日を過ごした。

 そして夕方。僕が準備室に行くとソファーの前のテーブルにカップやお菓子が並んでいた。それらはよく見ると誰かが使ったような形跡があり、どうやら僕の前に来客があったようだ。


「やあ、来たね。なずな、マグネットを『帰りました』の所へ移動して、扉に鍵を掛けて来てくれ」

「うん」

「あの、昨日言っていた『探りを入れる』っていうのは……」

「終わってるよ。これからするのはその結果報告だ」


 そう言って青梅先生はざっとテーブルの上を片付けるとワイヤレススピーカーを置いた。そして何やらパソコンを操作すると、そこからガサゴソと音が聞こえ始める。


「これから流すのは数時間前に私が行った聞き込み調査の録音データだ。本当ならこういうのを第3者に聞かせるのはプライバシー云々の問題があるんだけど……まあ聞かれてマズイような事は言ってなかったし、そこは許して貰おうじゃないか。もちろんこの事件が終わったら消去するつもりだから、その時はキミも内容を速やかに忘れるように」

「はぁ……」

「鍵閉めて来たよ」

「ありがとう。じゃあ、始めるぞ。これから流す会話に探偵の動機を知る為のヒントが隠されているから、それを意識して聞いてみてくれ」




『──失礼致しますわ……ええっ』

『わっ、何これ!?』

『理科準備室ってこんなんだったっけ!?』

『ああ、よく来たね。細かい事は気にせず、座った座った』

『はい。あの早速なんですけど……どうしてワタクシたちは呼び出されたのでしょうか?』

『ウチら悪い事はなんにもしてないと思うんだけど』

『そういう事で呼び出したんじゃないんだよ。実はね……キミ達のクラスの子を何組かに分けて、こうやってここに来てもらっているんだ』

『どうしてですの?』

『私はこの学校に来てから授業以外でみんなと話したりはしていなかっただろう? だからほら、生徒とのコミュニケーションって事だよ。まぁ楽にして……4人ともココアでいいかい?』

『えっ、マジ!? うわ、お菓子もある!』

『学校でこんなことしていいの?』

『気にするなよ。ここに来た子たちにはみんな同じようにしてもらっているからさ。その代わり、こういう呼び出しをしている事を絶対周りに言っちゃいけないよ』

『それは先生方だけではなくクラスメイトにも、ということですの? どうして?』

『みんなとコミュニケーションを取る際、出来るだけの状態でお話をしたいんだよ。こういうのがあるって予め知ってしまうと、無意識に受け答えを用意してしまうからね……既に何組か行っているんだけど、クラスでこんな話聞いたことなかったろう? 皆黙ってくれているんだよ』

『へーそうだったんだ。そういうことならさ、貰おうよ!』

『いただきまーす……あっ、美味しい!』

『アラ、ほんと。いいココアですわね。ほら、素子も』

『うん』 

『じゃあ始めようか。えーっと、まずは順番に──』



 と、青梅先生はここで一旦再生をストップさせた。


「さて、声を聞いて分かったと思うけど、私は今回の事件の重要参考人として観月ちゃん、石田ちゃん、海老崎ちゃん、嵐田ちゃんをこんな風に呼んで情報収集をしてみたんだ」

「既に何組か呼んであるって言ってましたけど、普段からこんなことしていたんですか?」

「まさか、話を聞くための口実に決まっているじゃないか。しかし、今回呼んだ子たちのうち誰かが他の子にウッカリ言ってしまう可能性もあるから、辻褄を合わせる為にこれから実際にやっていくのも悪くないかもね……と。よし、聞いてもらいたい部分はここら辺からだ」


 青梅先生はパソコンを操作しながらそう言った。そうすると、スピーカーから再び声が聞こえてくる。


『──ええっ!? 先生もギャラガ、お好きなですの!?』

『ああ、最近ネットで話題になっているから見始めたんだよ。中々面白いねぇ』

『そうですよね? やっぱりわかる人にはわかるのよ!』

『先生聞いてよ。うちのクラスの男子たち、このアニメの『深さ』を全然理解してくれないんです!』

『まぁ人それぞれ好みがあるからね』

『ところで、先生は好きなキャラは誰なんですの?』

『そうだねぇ……銀河少女隊メンバーのルーシーが1番好きかな』

『ルーシー! ルーシー・附和ふわ! ワタクシも1番好きですわ! ちなみに、どんな所がお好きなんです?』

『単純にキャラデザが好みってのもあるけど、アクションシーンが良いね。メンバーの中で1番戦闘能力が高いという設定のせいか、彼女のシーンは妙にリアルな迫力があるんだよねぇ』

『それはですね、先生! ちゃんとした理由があるんです!』

『へえ、そうなのかい。他のみんなも知っているのかな?』

『えっと、何だっけ?』

『たしかー、製作スタッフの人が関係していたような……』

『原作の方と、作画監督の方が大のアクション映画好きだからですわ! 特にカンフー映画がお好きでして、お二人とも本場と言われる香港に何度も旅行しているんです!』

『へえ、だからルーシーの1番得意な拳法は中国拳法なんだね。あれ、なんていう拳法だっけ? 確か有名な奴だったと思うんだけど』

『なんだっけ、きょく……なんとかだよね』

『えっとー、はっきょくけん?』

『違います、太極拳ですわ! 太極拳と聞くと大抵の場合、動きが緩慢な健康体操としての太極拳を思い浮かべますけど、この作品ではあえて、あまり知られていない実戦においての太極拳をフィーチャーしているんです! 皆様方、どうしてかご存じかしら? これはまあ、初歩的な質問なんですけどもね』

『なんだっけー? 素子、覚えてる?』

『確か、原作の人が実際に太極拳を習っているからだよね。雑誌のインタビューで見た気がする……あ、そういえば。その雑誌で劇場版の告知をしてて、今度みんなで観に行こうって約束してるんです』

『あーそうそう!』

『楽しみだよね!』

『劇場版? それってもうだいぶ前に上映終了したんじゃなかったかい?』

『DVD、BD発売記念で再上映されるんです。新しい来場特典を付けて──』


 その後も、先生がギャラガについて質問をすると海老崎さん、嵐田さんが盛り上がり、観月さんがよりディープな知識を披露し、落ち着いている石田さんが綺麗にまとめるという同じような流れが何度も続いていた。一体いつになったら本題のクリアファイル事件に触れるのだろうと思っていたら、情報収集せずにただのお茶会のまま終わってしまった。


「さて、以上だ。何か気が付いたことがあるかい?」

「え、本当にこれで終わりなんですか!?」

「ああ」

「肝心のクリアファイル盗難事件について何も話していないじゃないですか!」

「最初はこっちからクリアファイルの話を振ろうかと思ったんだけどね、必要なさそうだからそのまま雑談を続けたんだ」

「必要なさそうって事は……今の会話の中に探偵の動機を知るためのヒントがあったんですか?」

「あったよ。わかったかい?」

「いや、さっぱり……春日井さんは何か気が付いた?」

「いいえ、全く」

「そうか、じゃあもう一回流そうか?」

「いえ、いいです。全然、これっぽっちも見当が付かないので手っ取り早く教えて貰ってもいいですか?」

「といっても、私の予想も「多分当たっているだろう」ってレベルだからねぇ、どうしたものか」


 そう言いつつ青梅先生は僕らが音声データを聞いている間に用意していたコーヒーをマグカップに注ぎ、一口飲んだ。


「よし、いい考えを思いついた」

「いい考えって?」

「キミ達には観月ちゃんの前で一芝居うってもらおうかな。そうすれば私の推理が合っているか確かめられるし、上手くいけば波風立てずにこの事件を終わらせることが出来る」

「確かに静かに事件を終わらせることが出来ればサト……犯人の願いも叶えることが出来ますけど、キミ達って……僕と春日井さんで、ですか?」

「いいや。木林少年と、なずなと、犯人の3人でだ」

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