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 その日の放課後、サトシは観月さんの机にクリアファイルを返した。青梅先生の推理が正しければこれで事件は丸く収まるとのことだけど、僕は半信半疑だった。何故なら、僕達は観月さんに対して芝居をしただけで、探偵に対しては何もしていないわけで……まさか、探偵は観月さんだったとかいうオチなのだろうか?


 次の日の火曜。

 朝、早速サトシにクリアファイルは戻ってきたか聞いてみた。彼は嬉しそうな顔で「戻ってこなかったんだ!」と答える。ということは……僕らの作戦は成功したのだろうか? それならば、朝の会に観月さんから「クリアファイルが見つかった」という発表があるはずだ。

 しかし、その日の朝の会で観月さんから何の発表も無かった。こっそり「クリアファイルは見つかった?」と聞いてみると、「まだですわ!」という答えが返ってきた。机に入れたはずのクリアファイルはまだ彼女の手元に届いていない。でも、探偵からサトシへ返却もされていない。これはどういうことなのだろう?

 放課後。僕はそのことについて青梅先生に聞いてみると、「しばらく様子を見てくれ。くれぐれも下手に騒ぎを起こしてはいけないよ」と言われただけで、詳しい事は何も教えてくれなかった。


 それから。1日、また1日と、特に事件も起きず平穏な日々が過ぎていく。以前と比べ変わった事と言えば、サトシと観月さんが仲良くなり毎日教室でギャラガについて熱い議論を交わすようになったという事。そして、それの影響でうちのクラスのギャラガファンが少し増えたという事ぐらいだ。


 北海道も暑さを感じ始める6月下旬のある日。朝の会で観月さんから「どなたが届けてくれたのかは不明ですが、例のクリアファイルが戻ってまいりました! お騒がせ致しましたわ!」という発表があった。




 ※※※

 

 


 では、観月ちゃんのクリアファイル盗難事件についての説明しようか。結論から言ってしまうとね、今回の事件の探偵は石田素子ちゃんなんだ。


 ああ、言いたい事はわかる。それについては後で説明するから落ち着きなさい。まず……私が、石田ちゃんが探偵ではないかと目星を付けたのは彼女らをこの部屋に呼んで話を聞いた時だ。ということで、あの時の状況を思い出して欲しい。キミに聞かせた録音データはどんな場面だった? そう、ギャラガについて彼女たちが熱く語っている場面だ。あの会話を聞いて分かる事がいくつかある。


 まず、彼女らそれぞれがどれだけギャラガに夢中になっているか、つまり『それぞれの熱量の差』に関して気が付いたことがあった。観月ちゃんと、海老崎ちゃん嵐田ちゃんペアの2人を比べると、結構差があったことがわかるよね? 私からの質問に答えられないことが頻繁にあった2人に対し、観月ちゃんは難なく答えている。それどころか、答え以上の事を周りに披露していた。観月ちゃんの高飛車な性格もあってか、それは聞きようによっては上からの物言い、所謂「マウントを取る」ように聞こえなくもない。私が1番初めに注目したポイントはここだ。


 では、そんな態度の彼女に対して『1年の時から仲の良い』石田ちゃんはどうしていたか? 彼女は観月ちゃんがヒートアップしてくると、話を上手くまとめて終わらせたり、さりげなく違う話題を振っていたんだ。その様子はかなりスムーズだったから、普段からそういう会話を頻繁にして慣れていたのだろうね。そして私は、石田ちゃんはこんな風に考えているんじゃないかと予想してみたんだ。『こんな態度を取り続けていたら観月ちゃんは海老崎ちゃんと嵐田ちゃんに嫌われてしまう……最悪の場合、イジメにまで発展してしまうかも』とね。だから、日々『何か良い手はないか』って考えていたんだと思う。石田ちゃんの大人しい性格からして、直接観月ちゃんに態度を改めるように言えなさそうだしね。

 では、石田ちゃん自身が観月ちゃんの相手になってあげれるか言うと……海老崎ちゃん嵐田ちゃんより知識はあったみたいだけど、やはり観月ちゃんよりは数段落ちる。対等に話を……というレベルではないと思うな。それにもしかしたら石田ちゃんは観月ちゃんに付き合っていただけで、ギャラガは彼女の趣味嗜好に合っていなかった可能性もあるね。喋っている様子から、あまり楽しそうではないと私は感じたよ。それでも、石田ちゃんにはとある強い想いを内に秘めていたと私は考えた。


 『昔からの友達である観月ちゃんがイジメられないよう、どうにかしたい』


 これは、あんなに手間のかかる探偵行為を行う理由として十二分に強いと考えられる。だから私はこの会話を聞いて、石田ちゃんが探偵なのではないだろうかと予想したんだよ。



 じゃあ、石田ちゃんが探偵だとすると、どうやって体育の授業の間に返却したクリアファイルを犯人の鞄へ戻したのか……という問題が浮かび上がってくる。その時間登校してない彼女には不可能なように思える。しかし、これから言うようにすればそれは可能となるんだ。


 石田ちゃんはその日、本当は普段通りの10時頃に学校に到着していたんだ。そこで、偶然にも犯人がクリアファイルを観月ちゃんの鞄へ返却する瞬間を目撃してしまう。そこで彼女は閃いたんだろう。「クリアファイルを盗んでしまうくらいのギャラガ好きならば、観月ちゃんと対等に会話をできるのでは?」とね。

 いま彼女のグループで起こっている問題は、観月ちゃんと、それ以外の石田ちゃん海老崎ちゃん嵐田ちゃん3人の熱量の差が原因で起こっている。ならば、観月ちゃんと同等レベルの人間を仲良くさせることが出来れば問題を解決できるのではないだろうか。彼女はそんな風に考えて『探偵行為』に及んだ。

 

 まず石田ちゃんは犯人に対し、こっそりと返却するのではなく観月ちゃんへ謝罪をさせるよう仕向けた。それはどうしてかというと、謝罪をした時に「あなた、ギャラガがお好きなの? まあ、そんなにも!?」みたいな流れに持っていけると考えたんだろう。彼女は教科書等を使用して例の文章を作り、クリアファイルと一緒に犯人の鞄に入れたんだ。その後トイレかどこかに隠れ、頃合いを見計らって教室へと行き「今登校しました」という風に見せかける。これが彼女が使用したアリバイトリックだよ。


 そして、次の日。

 石田ちゃんは犯人がいつ謝罪をするのかと注目していた。もしかしたら、『偶然を装って謝罪の場に登場し、二人の仲を取り持ってやろう』ぐらい考えていたのかもしれないね。しかし一向に犯人は動き出さなかった。

 そうして放課後。以前木林少年から聞いた話では、犯人は誰もいなくなったのを確認してからこっそり机にクリアファイルを返却したと言っていたね。でも実際は、犯人は石田ちゃんに見張られていたんだ。直接付きまとっていたらさすがにバレるだろうから、彼女はずっと下駄箱にある犯人の靴をチェックしていたんじゃないかな。いつまでも帰る気配のない犯人は、きっと誰もいなくなってから行動を起こすつもりなんだろう考えたんだ。そして、その考えは見事的中した。

 石田ちゃんは犯人が帰ったのを確認し、観月ちゃんの机の中のクリアファイルを回収する。その後は家で新聞の切り抜きを使って、今度は『直接会って』という言葉を付け加えた謝罪要求文を作り、誰にも見られないように夜、もしくは早朝犯人の家の郵便受けに封筒を入れた。


 以上が、探偵である石田ちゃんが取ったと思われる行動だ。


 


 ※※※




「どうだ、何か質問あるかな?」

「あの、じゃあ……僕らが芝居をしたあの日以降、石田さんはどうしてしばらくの間何もしなかったのですか?」

「犯人と観月ちゃんがどの程度仲良くなってくれるか様子を見ていたんじゃないかな。石田さんの目的は犯人に観月ちゃんのギャラガ愛を受け止めてもらう事だから、あまり仲良くならないようならダメ押しで何かしようと考えていたんだろう」

「ああそっか。でもあの2人は毎日教室で熱く語り合うほど仲良くなったから、これなら大丈夫だと思って観月さんにクリアファイルをこっそり届けてこの事件を終わらせた……先生の言っていた『静かに事件が終わる』ってこういう事だったんですね」

「まあそうだね」

「私も気になる事があるんだけど」春日井さんがぽつりと言った。

「なんだい」

「どうして石田さんは犯人に直接頼まなかったの? 回りくどい事をしなくても、こういう理由があるから観月さんと仲良くして欲しいと頼めばいいと思うんだけど」

「それはだね……例えば、「実はあなたがクリアファイルを返そうとしている所を見てしまった。誰にも言わないから、1つお願いがあるのだけれど」ってな感じで頼んだとしよう。石田ちゃんにそんなつもりはなかったとしても、犯人からするとどうしても弱みを握られたと感じてしまうよね? そうなると犯人から恨みを買ってしまう可能性がでてくるから、正体を隠して『お願い』したんじゃないかな」

「じゃあ、諸々の事を伏せて仲良くして欲しいとだけお願いすれば……」

「犯人は普段ギャラガを好きな事を周りに隠していたんだろう? それなのに急にそんなお願いしたら、「あれ、もしかして犯人だとバレてる? 石田ちゃんが探偵?」ってな具合で勘づかれるよね」


 僕と春日井さんは揃って「ああ、そっか」と言って納得した。


「さて……私が今まで話したことは証拠の無い、ただの予想だ。もしかしたら真実は違うのかもしれない。だけど、それでもいい。事件は丸く収まっているのだからね」

「石田さんに直接聞いてみたら全部わかるんじゃないですか? もしかしてあなたは探偵だったんですか? って……」

「いいや、それはしない。キミ達も、事件を蒸し返すようなことは絶対にするんじゃないぞ」


 青梅先生は何時に無く厳しく、それでいて悲しんでいるような口調でそう言った。そんな先生を見るのは初めてだったから、何と言えばいいものかとまごまごしてしまった。そんな僕の様子を見て、青梅先生は窓の方へ移動しながら言葉を続けた。



「私は今回の犯人がどこの誰で、どんな子なのかは知らない。でも、事件のことを教えてくれた時キミは言っていたよね? 犯人は反省して、悩んで、怖がっていると。だから私はどうにか穏便に済ませてあげたいと考えていた。今回、事件が周りに広まることなく終わってくれて本当に良かったと思っている。だから、これ以上余計な事をして、万が一周りに広まってしまうようなことはしたくないんだ」


「人の噂はね、本当に怖いものなんだよ。1度広まってしまうとそれを完全に消し去るなんて事は不可能だ。それに今の時代、小学生でも気軽にネットの世界へ情報を発信できてしまう。そうなると町内のみならず、全道、全国にだってあっという間に噂は広まってしまう危険性もある」


「職業柄、そういう無責任な噂によって子供たちが辛い思いをしたという事例をいくつも知っている。教師はね、学校で起きた問題を解決する際、細心の注意を払わないといけないんだよ」


「『人の噂も七十五日』という言葉があるだろう? 「噂がたつのは一時の事で、七十五日も経てば忘れられるだろう」という意味の言葉なんだけど、全く持って無責任な言葉だよね。実際七十五日程度だと噂の内容は結構憶えているし、少し話題にあがればたちまち思い出す。それに、人によっては3日で打ちのめされてしまうっていうのに、七十五日なんて時間は長すぎるよ。私はこの言葉が嫌いなんだ」


「確かに、噂をされるような事をした方が悪いのかもしれない。それにちょっとした悪戯ではなく、凶悪犯罪を犯して噂をされるというのなら私もフォローはしないさ。でもね、反省しようとしている人間にとって『人の噂』っていう障害はあまりに大きすぎる。その障害を越えることが出来ずに悩み続けている人が大勢いるんだ」



 しばらくの間、部屋の中は沈黙に包まれる。2、3分くらい経った頃、青梅先生はぱっと振り向いていつもの調子で「何か飲むかい?」と聞いてきた。僕はそろそろ帰りますと言って、足早に部屋を出た。

 

 帰り道の途中、あの時青梅先生どんな顔をしていたのだろうという考えが頭をよぎった。僕らに背を向けて、窓の外を向いたまま喋っていたからわからなかったんだけど、多分、悲しい顔か、怒った顔なんじゃないかなって僕は思ったんだ。


 そんな事をぐるぐる考えていると胸の中にもやもやとした嫌な気分が湧いてきた。僕はそれを振り払うために、家までの道のりを全速力で駆けだした。

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