岡田さんと謎の探偵少年
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学校の裏の林から蝉の声が聞こえ、夏の気配を感じ始める7月1日。
今、体育館で行われているのは、毎月初めの登校日の1時間目に行われる全校集会である。壇上では、若干薄くなった頭にどこかカンロクを感じさせる柔和な表情、恰幅のよい体形という外見の男の人が話をしている。この方こそ、僕らの学校のトップである島田校長先生だ。
この校長先生のお話が、今回の騒動の始まりだった。
「────今月、毎年恒例の早狩町納涼祭がこの小学校で行われます。高学年の皆さんには色々とお手伝いしてもらう事があります。それと、今年も素敵なゲストをお呼びするつもりなので是非お楽しみに。力を合わせて、楽しいお祭りにしましょう。後は……そうそう、最後に1つ。私の所に嬉しい問い合わせがありました」
集中力が切れてざわついていた生徒たちは、『最後に』という言葉に反応してぱっと静まった。校長はそんな光景を目にして苦笑しつつ、話を続ける。
「早狩町内に住む岡田チヨさんという……この学校の6年生のクラスにいる岡田君のおばあさんから頂いたお話です。岡田さんは昨日の午後3時頃、町民センター内にて小学生らしき男の子とぶつかってしまい、転んだ際にトートバッグの中身をばら撒いてしまったそうなんです」
「その子と一緒に荷物を拾っていると、集めた物の中に財布が無いと気が付いたらしいのです。それで、どこかで落としてしまったのかと思って慌てて探しに行こうとすると、その男の子も一緒に探しに来てくれて……見事、財布を探し当ててくれたそうなんです。岡田さんは、「自分では見つける事が出来なかったかもしれない。探偵の様な子だった」と言っていました」
さっき周りのみんなが『最後』という言葉に反応したように、僕は『探偵』と言う言葉に敏感に反応し、真剣に耳を傾けた。
「そうして岡田さんは町民センターから出る時、お礼をしたいからと言ってその子の事を色々と聞こうとしたらしいのです。しかしその子は「いいです」「気にしないで下さい」と謙遜してばかりで、聞けたのは、「あなたは早狩小学校の生徒なの?」という問いに対しての「はい」という答えだけだったそうです」
「それでここからが本題なのですけど、岡田さんからその『探偵少年』に是非ともお礼をしたいから小学校の方で何かわかることはないでしょうか? と聞かれましてね。お話によると、「うちの孫と同じくらいの背丈だったから、多分高学年の子だと思います」とのことで……5、6年生の男の子の中で「それは僕だよ」って人、いるかな?」
校長先生が僕らにそう問いかけると、体育館の中は一気に「誰だ」「誰だ」と騒がしくなる。中には明らかに見間違わないであろう低学年のクラスから、「はーい僕でーす!」なんて言い出すお調子者もいた。
このままだと収拾がつかなくなると見て、先生たちが「静かにしなさい!」と大声を張り上げる。そんな中、青梅先生は白衣のポケットに両手を突っ込み大あくびをして、自分には全く関係ないと言わんばかりの知らん顔で突っ立っていた。それを見た僕は「実にあの人らしいや」と思ったんだけど、すぐにハッとした。
(あの人らしいって何だろう。5月の事件をきっかけにそこそこ話すようになったけど、僕自身青梅先生の事を全然知らないんじゃないか? 実際、ついこの間の真面目というか、切羽詰まったというか、迫真というか……とにかくあんな一面があるのだなんて全く知らなかったわけで。そもそも、いつもの不真面目でヒョウヒョウとしている先生と、あの時の真面目で厳しそうな先生、どっちが本当の姿なのかさえわからないんだ)
僕がそんなことを考えている間に騒ぎは止んでおり、校長先生の話も最後のまとめに入っていた。
「えー、まあ。やっぱりこんな大勢がいる前じゃ出てきにくいよね。後でこっそり校長先生に教えて下さい。私の所に来づらいというのであれば担任の先生経由でもいいし、電話でも手紙でも、何でもいいですよ」
「校長先生は今回岡田さんからこの話を頂いた時、胸が温かくなると同時にとても誇らしい気持ちになりました。うちの学校の生徒たちはみんな優しい心を持っていると信じていますが、こうやって実際に起きた出来事の話を聞くと改めて嬉しくなりますね。といった所で……校長先生のお話は終わりにしたいと思います」
※※※
その全校集会があった日から数日後。
朝教室に入ると、『岡田さん』の孫であり、僕のクラスメイトである
「だからさぁ、ウチのばあちゃんマジで気にしてるんだよ。あの子は一体どこの誰なんだろうねぇって。うちの学校の生徒で、俺と同じくらいの背格好って言ったらうちのクラスの男連中の誰かなんだろ? 名乗り出てくれよ!」
「いや、出づらいだろ! こんだけ騒がれた後だったらよォ」
「そうか? 俺なら喜んで出ていくけどなぁ。だって悪い事したわけじゃないんだぜ? むしろ逆だ、人助けをしてるんだからヒーローだろ、ヒーロー!」
「確かに。しかもハジメのばあちゃん、探偵みたいな子って言ってたんだろ? 何かカッケーよな」
「ああ……あ、それと。マスクをしてたからよく見えなかったけど、なかなかの男前だったと思うってばあちゃん言ってたぞ」
「へぇーそうなんだ! 優しくて、頭が良くて、イケメンかぁ。誰なんだろ」
クラスのマドンナである淡島さんのそんな一言に、男子連中は一気にヒートアップした。みんな冗談半分で、「実は俺なんだよね」「いや、俺なんだ!」という声を上げる。そんな光景を見てみんなと一緒に笑っていたら、突然ハジメは「実際の所さ」と言って僕の名前を挙げた。
「いっちゃんなんだろ? その探偵少年って」
「は!? ち、違うよ……いや、そうであったらどんなに良かった事だろうと思うけどさ、残念ながら違うよ」
「そうなんか? だってうちのクラスで探偵って言ったら、俺ァ真っ先にいっちゃんが思い浮かんだけどなぁ」
「ああ……そういやこの前のクリアファイル事件の時、いっちゃん探偵の真似事してたもんな」
「そうでしたわね! でもその割に、何の結果も出せなかったみたいですけど」
「そういやそうだな」
「じゃあ違うな」
「それにいっちゃんはイケメンって感じでは無いしな」
「ああーわかるー。どっちかって言うとー、カワイイ系?」
「あれ? 海老崎お前もしかしていっちゃんの事……」
「や、ウチの趣味じゃないんだわ」
「まあ、いっちゃんじゃないな」
「ああ、ないな」
散々な言われようだった。僕が何をしたって言うんだ。
でも、何も言い返せないのも事実なわけで……あの事件を丸く収めたのは青梅先生なんだ。僕はやったことと言えば、サトシから得た情報を先生に伝え、最後に芝居をしたことくらいである。
「っていうかさぁ、俺思ったんだけど」りょーちんが声を上げた。
「何を?」
「ハジメのばあちゃんをここに連れて来りゃあいいじゃん。で、1人1人顔をチェックして貰うんだよ。それが1番確実だろ?」
「おお、それだよ。頭イイな良助!」
「だろ?」
「あー……俺も最初にそう思ったんだよ。でもそれを提案したらばあちゃんがさ、帽子を深くかぶっててマスクをしていたから多分わからないだろうって。ばあちゃんあんま目ェ良くないしな。念の為にうちのクラスの学級写真を見せたんだけどよ……ピンとくる顔は無いってさ」
「声は? 顔が見えなくても声聞きゃ思い出すんじゃね?」
「だからー。何度も言ってるけど、そいつマスクをしてたんだよ。マスクで声がこもってたから、判別できる自信ねぇってさ。ばあちゃん耳もあんま良くねぇし」
「えっ……お前ん家のばあちゃん大丈夫なんか!? 目も悪い耳も悪いって……」
「いや、大体の家のじいちゃんばあちゃんはそうだろ。老眼だったり耳が遠くなったり……」
「あ、そっか」
その後もあれやこれやとみんなでいろんな意見を出したのだけど、どのアイディアも探偵を特定するには至らなかった。授業が始まり、1時間目が終わり、2時間目、3時間目と何事もなく過ぎてゆく。その間僕はずっと探偵探しの事を考えていた。さっき散々に言われたのが悔しかったから、ここは何としても成果を挙げたかったのだ。
昼休み。
僕は午前中いっぱい思考をフル回転してみたんだけど、これといった事は思いつかなかった。そこで僕はどうしたのかというと、最近見た刑事ドラマで「とにかく足を使え、頭を使うのはその後だ」みたいなことを言っていたのを思い出し、それを真似しようと考えた。ということで、僕はハジメを連れて5年生の教室まで来たのだった。
「いっちゃん、5年の教室まで来て何をするつもりなんだ?」
「今の所うちのクラスからは探偵らしき人物は見つかっていないでしょ?」
「ああ、だから次は5年生を調べるって事か。どうやって?」
「とにかく聞き込みしかないかなあって思ったんだけどさ、もっと良い方法を思いついてね」
「良い方法って?」
「5年生の事はやっぱ5年生に調べてもらった方が効率良いと思うんだよね。だから……」
そう言いつつ僕は5年生の教室を覗き込んだ。一通り見渡してみたのだけれど、目的の人物は見つからなかった。どこをほっつき歩いてるんだと思っていた時、僕は背後から「おにい、何やってんの?」の声を掛けられる。
振り向くと、かき上げた前髪を安物のヘアピンで適当に留めたくせっ毛のショートヘアに、灰色の夏用スウェットの上下で身を包んだ女の子がいた。こいつこそ僕が探していた人物、妹の
「誰かを探してるように見えたけど。え、何、まさか女子? 嘘、誰狙い?」
「違えーよ、お前に用事があったんだよ」
「なーんだ、何の用?」
「この前の全校集会で岡田さんの話聞いただろ? 僕ら今、それを調べてるんだよ」
「へぇーそう。おにい、最近妙に探偵にハマってるもんね。前から聞こうと思ってたんだけど、誰の影響?」
「は? べ、別に誰のとかじゃないよ。たまたま本を読んでだな……」
「本をねぇ……」
「ホントだって、何でそんなに疑ってるんだよ」
「今まで漫画しか読まなかった人が急に小説を読みだすだなんて、誰かの影響って考えるのが一番自然でしょ? 誰? 好きな人? 同じクラス?」
「……ハジメ。これ、妹の葉子ね」
葉子に付き合っていたらキリが無いので、無視して話を進めることにした。
「葉子ちゃんか。俺、岡田一。よろしくね」
「はいっ、兄がいつもお世話になっております!」
「しっかりしてるなぁ。うちの妹も見習ってほしいよ」
「家の中とは大違いだよ。これ、偽りの姿だね」
「うっさいなー。それで、岡田さんの話と私、何の関係があるの?」
「ああ、えっとな……」
僕は葉子に、ハジメから聞いたおばあさんが出会った探偵少年の特徴を教え、5年生のクラスの中でそれに当てはまる男子はいないかを調べて欲しいと頼んだ。
「別にいいけど……ねえ、本当に男子だけでいいの?」
「は? いや、だって、校長先生言ってただろ。岡田さんは小学生らしき『男の子』とぶつかったって」
「だってさー。その子帽子にマスク姿だったんでしょ? はっきりと顔を見ていなくて、声もよく聞こえなかったんでしょ?」
「だからって男子と女子、見間違えるか?」
「え、嘘。本気で言ってるの? 保健体育の授業ちゃんと聴いてた?」
「……ああ、そっか。ばあちゃんが男子って思い込んでいただけで、そういう可能性もあるわな」
「え?」
「ほらー。わかってないの、おにいだけだよ」
「なんだよ、保健体育って…………あっ!」
「気が付いた? 女の子は小学校高学年の辺りで第二次性徴期が始まるから男子の平均身長に追いつく。だから極端に背が高い子、低い子を除けば5、6年の男子と女子は、身体つきが似ているってこと!」
「でもさすがに声は違わないか?」
「小学生の内から声変わりが始まる人も少しはいるけど、まだまだ声が高い子の方が多いでしょ? この時期の男子女子の差は小さいと思うな。マスクをしていたんならなおさら区別はつきにくいし」
「となると……どうしてうちのばあちゃんはそいつの事を男子だと思い込んだんだろう?」
「その時その子が着ていた服とか、口調で判断したんじゃないんですか? 『僕』とか『俺』とか……それに一応言っておきますけど、あくまで女の子の『可能性がある』ってだけで、本当に岡田さんのおばあ様が判断した通り男の子なのかもしれないんですからね」
「あれ? そういやおばあさんはその子の事を『男前』に見えたって言ってなかったっけ? って事はやっぱ男なんじゃないのか?」
「おにい知らないの? SNSで目元だけをアップで撮った写真とかよく見かけるけど、目だけじゃ全然男女の区別がつかないんだから! 帽子を深くかぶってマスクをしていたんじゃ、目元しか見えなかったと思うよ」
「そ、そうなのか。そうなると……うちの学校の生徒で、ハジメと同じくらいの身長の男女が探偵候補って事か」
「…………あ! 俺、わかったかも!」
ハジメは何か閃いたらしく、突然大きな声を上げた。
「何がわかったんだよ」
「探偵の正体ってさ、やっぱ葉子ちゃんの言うとおり女子なんじゃねぇかな?」
「どうして?」
「ばあちゃんは男だと思い込んで話をしていたから、校長は全校集会で男子に呼びかけしただろ? んでもって、俺も教室で男子に向けて呼びかけしていた」
「それだとどうして探偵の正体が女子ってことになるんだ?」
「おにいさっきからニブいねー。『男の子を探して欲しい』っていう岡田さんのおばあ様が依頼した呼びかけに対して女の子が出て行ったら、「私は男に間違えられた女です」って公言するような物じゃない? そういうのを気にしない子もいるけど、大半の女の子は名乗り出たくないんじゃないかな」
「なるほど……あれ、ってことはさ。もしかして現状、探偵が女の子の可能性ってもの凄く高いんじゃ……」
「かもなー。先生達に何の連絡も無いみたいだし、こっちからの呼びかけにも反応しない。っつーことは、完全に出てくることを拒否してるって事だもんな。それはどうしてか? っていう理由は、今さっき葉子ちゃんが言った通りってわけだ」
「じゃあどうやって探し出せば……」
「まだまだやれることはあると思うよ」
「何だよやれることって」
「それは──」
葉子がそんな風に言った時、丁度昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。
「あ、昼休み終わるね。じゃあこの続きは……岡田さんの家でさせて貰っても良いですか?」
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