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「──例えば、おばあ様に探偵の髪の事を憶えているか聞いてみるの」

「髪? でもその探偵は帽子をかぶっていたんじゃ」

「帽子をかぶっていたとしても、はみ出している部分ってあるでしょ? それが沢山はみ出ていたのなら長い髪の子、そこそこならそこそこの長さ、全く出ていないのであれば、ベリーショートとか坊主の子、つまり男の子だ……って言う風に対象を絞ることが出来るってワケ」

「なるほどな……っていうか、まだ探偵=男っていう可能性を捨てていないんだな」

「そりゃそうでしょ。現状女の子の可能性がってだけで、断言は出来ないんだから」

「他には何かあるか?」

「他にはー、その時の服とか靴、あと帽子のロゴを憶えているか確認した方が良いと思う。もし特徴的な物を身に着けていたのだとしたら……」

「一気に探しやすくなるって事か。なるほどな」

「それと、その子がどんな感じで喋っていたか聞くのもいいかもね。声で『誰なのか』っていう判別は出来なくても、喋り方で『どんな子なのか』っていうある程度の予想はできるかも」

「元気よくハキハキと喋っていたのか、それとも自信なさげにボソボソと喋っていたのか……みたいに?」

「そう! で、なんやかんやあって、探偵の目星を付けることが出来たらー、こっそりと聞いてみるの! 『誰にも言わないから教えて欲しいんですけど、あなたは探偵ですか? もし可能なら岡田さんのおばあ様に会ってくれませんか?』ってね。その子が女の子の場合は私が聞きに行くから、男の子だったらおにいと岡田さんで聞きに行ってよね」


 僕らは今、ハジメの家の居間でおばあさんが来るのを待っていた。

 僕らがお邪魔した時、おばあさんは買い物に行ってていなかった。じゃあ日を改めようかと思っていると、ハジメのお母さんに「もうすぐ帰ってくると思うからよかったらあがって」と言われ、お言葉に甘えて家の中で待たせてもらう事にした。

 それから30分程過ぎたころ、ハジメは待ちきれなくなり「俺、ちょっとその辺り見てくる!」と言って飛び出してしまった。なので、僕は暇つぶしを兼ねて葉子が学校で言っていた「出来る事」の内容を聞いていたのだ。


 それにしても、葉子の考えを聞いて驚いた。いつも家ではふざけあったり一緒にゲームをしてばっかりだったので、葉子がこうやって『何か』に真剣に取り組んでいる姿を見るのは初めてだった。そして、そんな葉子の言葉の端々には、どこか青梅先生を連想させるものがあった。

 つまり、葉子は探偵に向いているんじゃないか? という事だ。それは今現在探偵に憧れている僕にとって非常悔しくて羨ましい事ではあるのだけど、同時に非常にやりがいのある事でもあった。今回の事件(事件ではない)で、是が非でも葉子より大きな結果を残してやろうと密かに燃えていると、玄関の方からハジメの声が聞こえてくる。どうやら帰ってきたようだ。扉の向こう側から、「ばあちゃん買ってきた物は俺が冷蔵庫に入れておくから!」とか、「手ぐらいゆっくり洗わせておくれ!」というようなやり取りが聞こえて来る。

 そろそろ来るかと身構えていると、お菓子とジュースを載せたトレイを持ったハジメと、白髪頭で優しそうな顔をした、いかにも『おばあさん』という雰囲気を纏ったハジメのおばあさんが奥から現れた。


「ばあちゃん、この人たちが帰って来る途中に話したクラスメイトの樹と、妹の葉子ちゃんね」

「は、はじめまして」

「お邪魔しています。急に押しかけてしまって申し訳ございません」

「いえ、とんでもない……わざわざお越しくださり、ありがとうございます」

「俺たち今、ばあちゃんが会いたがっていた探偵を探してるんだよ。で、そのために色々と詳しい話を聞きたくてさ」

「詳しい話かい。それは構わないけど、どう説明したらいいか……」

「それでしたらまず、おばあ様がその探偵に会った時の事を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」

「そうですね……もう数日も前の事なので、確かではありませんが……」

「はい、憶えている部分だけで結構ですので」

「えーとあの日は…………私、昼ごはんを食べた後に、町民センターに行ったんです。中にある図書館で本を借りようと思って……」(田舎では『図書館』という独立した建物は無く、町民センター等の施設の中に図書館用のスペースが設けられていることが多い)


「お昼ご飯の後と言うと、午後1時くらいですか?」

「そうねぇ、そのぐらいだったと思うわ。それで、ゆっくり本読んだり、中で会った知り合いの方とおしゃべりをして過ごして……午後3時半くらいね。そろそろ帰ろうと思ったの。そんな時にあの少年に出会ったんです。正確に言うとぶつかってしまったんですけどね」

「それで荷物をばら撒いてしまったとお聞きしましたが」

「ええ。私の荷物と、その子の荷物が派手に散らばってしまったわ。それで私が謝罪して荷物を拾おうとしたら、ぶつかってしまった子もすぐに謝って手伝ってくれて。そうしてお互いの荷物を整理していると、落ちている荷物の中にお財布が見当たらない事に気が付いたの。急いで鞄の中も調べてみたけどやっぱり入っていなくて……それで私、どこかに落としてしまったんだわと思って戻って探そうとしたの。そうしたら『僕も一緒に探します』言ってくれてねえ」


 僕はその言葉に反応した。ハジメと葉子も気が付いているようだ。『も一緒に探します』と言っていたという事は探偵はやっぱり男なんだろうか? いや、女の子でも一人称が『僕』の子はいることはいる。まだ断定できない。


「まずは何処を探したんですか?」

「町民センター内でお金を使ったのは休憩エリアで飲み物を買った時だけだったからそこへ。自販機の周りと、私が使ったテーブルの辺りを探してみました。それで見つける事が出来なかったので、管理事務室でお財布の落とし物が届いていないか聞いてみたんです。でも何も届いていないと言われて……ああ、きっと誰かに先に拾われてそのまま持って行ってしまったんだわと、愕然としてしまったんです。そんな時、一緒に居た男の子が「諦めずに探してみましょう。他に行った場所はありませんか?」って言ってくれたんです」

「なるほどです。では別の場所へ移動したんですね?」

「ええ。町民センター内で行った場所で、残っているのは図書館エリアだけだったのでそこへ。図書館エリアでは財布を使うことは無いので、多分無いと思うわって私は言ったの。そうしたらその男の子は、「念の為に確認してみましょう。何か忘れていることがあるのかも」って言ってくれたんです。それで図書館エリアも探すことになりました」

「なるほど。確かに冷静で、探偵っぽい子ですね」

「そうでしょう? それでまずは、図書館の受付で聞いてみたんだけど、お財布の落とし物は届いていませんと言われたわ。そこで私が肩を落としているとその子が「どの棚を見ていたのですか? 1つづつ確認していきましょう」って言ってくれたのね。それで1つ1つ見て回っている時に、とある棚の所で、とある事を思い出したの。『そう言えばこの棚の前で、スマートフォンをマナーモードに設定する為にバッグの中を漁ったわ。その時、お財布が邪魔で一度取り出したような……』ってね。で、その棚を確認してみると……そこに並べられている本の上に、私のお財布があったの! 取り出したお財布を、一旦そこに置いてそのまま忘れていたのね」

「それは良かったですね……悪い人に見つけられていたら、きっと盗まれていたでしょう」

「ええ、あの時は本当にホッとしたわ。だから本当にお礼をしたくてねぇ……町民センターを出るまでの間、何度もお願いしたの。でもあの子は全然答えてくれなくて、出口に着いたらさっと走り出して行ってしまったわ」

「その時どんなお話をしていたんですか?」

「とにかくお礼をしたかったから、どこに住んでるの? とか、良かったら連絡先を教えてくれないかしら? って聞いてみたの。でもあの子は謙遜して「気にしないで下さい」ってばっかりで……答えてくれたのは1つだけ」

「それが、『早狩小学校の生徒である』ということなんですね」

「ええ……」

「わかりました、ありがとうございます。じゃあ、いくつかお聞きしたい事が……」

「その前に、いいかしら」

「は?」


 葉子はそこで話を遮られるとは全く思っていなかったようで、素っ頓狂な声を上げた。


「あなたたち、あの男の子を探してくれるって言ってたわよね?」

「はい、まあ……あ、もしかしてご迷惑でしたか? すみません、うちのバカおにいが出しゃばってしまって!」

「バカおにいってお前」

「ううん違うわ。とてもありがたい申し出なんだけど……もしやってくれるのなら、どうか周りに知られないよう、コッソリとやって頂きたいの」

「え、と……それはどうして?」

「実はね、亡くなった夫に貰った白金製のバングルを失くしてしまって。最近はそれを着けて出かけることがすっかり少なくなっていたから、気が付いたのは昨日なの」

「ばんぐる……?」


 僕が間抜け面でそう口に出すと、葉子が「手首につけるアクセサリーのこと!」とすぐにツッコミをいれた。


「ええ、そうね。色んな形があるのだけど、私のは細くて目立たないタイプの物でね。私はアクセサリーを頻繁に付けたり外したりする癖があって……最後に外したのは確か、町民センターで知り合いの方と休憩スペースで休んでいた時だったと思うわ。確かにバッグの中に入れたと思ったんだけど……」

「それが見つからないと? それってもしかして、町民センターでぶつかった例の男の子が……!?」


 大事件を予感し、僕は戦慄した。


「それが断定出来ないのよ。確かに男の子とぶつかって荷物をばら撒いてしまった瞬間が1番怪しいと思うわ。でも、はっきりと盗まれた瞬間を見たわけではないからねぇ」

「断定できないうちは無暗にその子を疑いたくない……だから捜査をするにしても、こっそりやって欲しいって事なんですね」

「ええ、そうなのよ。私は後悔したわ。バングルの事に気が付く前に『その子を見つけたい』だなんて連絡を学校へしてしまって……はじめから聞いたけど、今では全校生徒に知れ渡っているのでしょう?」

「はい、全校集会で校長先生が嬉しそうに話していましたからね」

「もし、例の男の子が犯人で、あなた達の学校の中にいるのだとしたら……きっと今頃苦しんでいるでしょうね。こんな大事になってしまって……」

「でもよォばあちゃん。本当にその時盗まれたのだとしたら、それはそいつ自身が悪いって事じゃねーか? 窃盗だろ? 立派な犯罪だぜ」

「そうなんだけど、私にはどうしてもあの子は悪い子に見えないのよねぇ……あんなに真剣になってお財布探しに付き合ってくれて……もしかしたら、一時の気の迷いだったのかも」

「ばあちゃんその考えは甘すぎるよ……」

「確かに一見するとその子が怪しいけど、おかしい点もありますよね」

「おかしい点?」

「もし本当にその子が盗んだのなら、一緒にお財布探しをせずにすぐに逃げるはずでしょ? いつおばあ様がバングルが無くなっている事に気が付くかわからないんだから」

「ああ、確かに。1番最初に疑われるはずなのに変だよなぁ」


 ……なんだかややこしい事になってしまった。今、僕らがハッキリとさせるべきことを簡単にまとめると


・岡田さんとぶつかったのはどこの誰なのか?

・ぶつかった子がバングルを盗んだのか? 


 この2点だ。

 2点だけなんだけど……これらはなんだか複雑に絡み合っているんだ。

 

 もしその子がバングルを盗んだ犯人なら岡田さんに会いたくないはずだから、校長先生やハジメの呼びかけに名乗り出ない事に筋が通る。しかしそうなると、一緒に財布を探したという行動に矛盾が生じる。

 じゃあ、その子は無罪で、岡田さんのバングルは盗まれたのではなくどこか違う場所で落としてしまったのか? と考えると、今度はどうしてその子は名乗り出ないのかという問題が残ってしまう。


 葉子が用意していた質問もしてみたのだけど、よく憶えていなかったり、特定に繋がりそうな証言は得られなかった。葉子は最後に、「何でも良いので、その日何か気になった事はありませんでしたか?」という質問を投げかけた。すると岡田さんは、「そういえばやけに子供が多かったわねぇ。小、中学生がいるのはいつもの事なんだけど、高校生っぽい子達までいるのは珍しかったわ」と答えていた。



 その後、夕方になっても目立った進展が無かったのでこの日は帰らせてもらうことした。帰り道の途中、いつも騒がしいはずの葉子が一言も喋らなかった。それは家に帰ってからも同じで、ご飯の最中も黙りっぱなしだった。両親は何事かと心配していたけど、葉子は「大丈夫だから」と一言放ち、再び沈黙を続ける。


 そんな葉子が僕に話しかけて来たのは夜、ベッドに入ってからだった。

 部屋の真ん中に引かれたカーテンの向こうから、「おにい起きてる?」と声を掛けて来たのだ。


「ああ、起きてる」

「おばあ様の事件、どうするつもり?」

「……考え中。お前は?」

「私はもう関わりたくない」

「えっ?」


 意外だった。

 僕ら3人の中で1番冴えた発言をしていたのは葉子だったから、てっきり捜査を継続するつもりなんだと思っていた。


「どうして?」

「だってこの話はさ、最初は探偵探しだったのに、いつの間にか犯人捜しになっちゃったんだもん。もし私が間違った推理をして無実の人に迷惑を掛けたらって想像しただけでもすごい怖いし……犯人を突き止めたとしたら、私の一言でその人の人生は変わっちゃうんでしょ? そんなのやりたくない」


 葉子の言葉に衝撃を受けた。

 僕はこれまで、謎を解き明かす事はカッコイイとしか思っていなかったんだ。でも実際、謎を解くという事は、犯人を突き止めるという事は、責任が発生するんだと気づかされた。一つ下の葉子の方が何倍もしっかり考えているじゃないかと、僕は情けなくなる。だけど……


「でもこの問題をハッキリさせないと、岡田さんはいつまでも悩み続けることになる」

「それは、そうだと思う」

「取り合えず僕はもうちょっと続けてみるからさ、お前は好きにしろよ」



 そんな言葉を交わすと、数分後にはカーテンの向こうから寝息が聞こえて来た。

 僕はそれからしばらく考え続け、「やっぱこれしかないよなぁ」という結論に達した後、やっと眠りにつくことが出来た。

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