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 次の日の放課後。僕はハジメを連れて理科準備室へと向かっていた。

 6月の事件以来なんとなく気まずく感じて青梅先生には会いに行っていない。なので、僕は少し緊張していた。まぁ授業中とかで向こうから普通に話しかけてくれたから会ってくれないということは無いだろう……と、思いたい。


「なぁいっちゃん。先生に相談するってのはいいとして、なんでそれが理科の先生なんだよ? 普通高橋先生とかじゃねーの?」

「ああ、えっとね。この前ちょっとした用事で理科準備室に行ったんだけど、その時先生の机の上に推理小説がいっぱいあったのを見かけてさ。で、聞いてみたらそういう推理とか探偵の本が好きって言ってたんだ」

「へぇ、だからこの事件も推理して貰おうってことか」

「そうだね」


 最近こんないいわけとか誤魔化しばっかり言ってたから随分と慣れてきたなと思いつつ、僕は理科準備室の扉をノックした。するといつもの「はぁい」という気怠い返事ではなく、「はーい!」という明るい返事が返ってきた。扉を開けると、中には青梅先生の他に、長い髪をポニーテールで束ねた女の人がいた。



 七ヶ浦 七虹しちがうらななこ。 

 青梅先生と同じく、教科担任制の試験的導入の為に呼ばれた臨時教師の1人。とても明るい性格の持ち主で、この学校に来て1週間足らずでほとんどの生徒と仲良くなってしまった。暇な時色んな場所にふらりと現れては授業に乱入してくるという噂があり、うちのクラスにも何回か来た。担当教科は数学。苗字と名前どちらにも『七』が入っていて、7という数字が大好きだと言っていた。


「ウメ子ーお客さん!」

「勝手に返事をするなよ…………なんだ、木林少年か。久しぶりだね。えーっと、そっちは」

「あ、失礼します! 俺、6年の岡田ッス!」

「ああ、岡田くんだったね。まあ掛けなよ」

「相談事かな? じゃあお姉さんは邪魔にならないよう退散しようかね」

「あ、すみません! 何かやっていた最中なら僕ら出直します」

「気にしないでー暇だから遊びに来てただけ! じゃーねーウメ子」

「はいはい」


 七ヶ浦先生は部屋を出ていき、青梅先生は冷蔵庫から麦茶を出して僕らに振る舞ってくれた。その後、自分のコーヒーを保温中のコーヒーメーカーから注ぎ、リクライニングチェアに腰を掛けて話をする準備を整える。 

 僕とハジメは、葉子を含めた3人で話し合った時に気が付いた事、ハジメのおばあさんから聞いた話の内容、おばあさんがバングルを失くした事に気が付いてからの話の内容を順番に説した。



「──という訳なんです。どうでしょう、何か分かりました?」

「そうだねぇ……まず、キミたちはどう考えているんだい?」

「どう考えるっていうか、全然さっぱりなんスよ。最初は葉子ちゃんが推理した通り探偵の正体は高学年の女子なのかなって」

「ああ、なかなかいい考察だったねぇ」

「そうっスよね! でもばあちゃんに話をきいてみたら、「実は、昔じいちゃんから貰ったバングルが見当たらなくて」なんて言い出すんだもん。それで余計にややこしい事になっちゃって……まいっちゃうよ!」

「木林少年はどう考える?」

「えっ? えっと……その謎の人物がバングルを盗んだのか盗んでいないのかをはっきりさせることが出来れば大きな進展がありそうかなーって」

「うん、それは重要なポイントになるだろうね」

「先生はどう考えてるんですか? いっちゃんの話だと、推理得意なんスよね!?」

「そんなことはないよ。素人に毛……いや、産毛が生えた程度さ」

「は、はぁ」

「今の段階で言えることは…………この事件はキミたちが考えている以上に難解なのかもしれないということだね」

「今以上に」

「難解」


 僕とハジメは顔を見合わせた。

 今でさえこんがらがっているのに、これ以上何かあるって言うのか、この事件は。


「どういうことっスか?」

「まずはそうだね、探偵について……いや、そいつは『犯人』である可能性もあるのか。では『謎の人物』としよう。キミたちはおばあさんの証言通りの『男の子』だけでなく、謎の人物の正体は『女の子』という可能性も考えた。これは良いと思う」

「そっスよね? ……でもそれ以外に、何か広げて考える要素ってあります?」

「うん。女の子……というか、高校生から20代の女性の平均身長は大体158センチってところなんだ。岡田くん、キミの身長は?」

「152くらいっスけど」

「その差は6センチ。並んで立てば違いが判るだろうけど、それぞれ別で見ると、それほど違いは感じないかもしれないね」

「ということは、もし謎の人物の正体が女の子だった場合……小学校高学年だけではなく、それ以上の学年の可能性があるってことなんスか!?」

「私はそうだと思う。流石に成人女性は除外していいと思うんだけど……高校生くらいまでは捜査範囲に入れるべきなんじゃないかな。小学生とそれほど体型が変わらない小柄な子って珍しくないし、見えてたのが目元だけという事は、顔つきでの年齢判断も出来なかったというわけだ」

「え、でも、うちの町内に高校は無いですよ」

「周りから来たんだろう。千歳、苫小牧、追分、厚真」

「それこそおかしいっスよ! なんでわざわざこんな遊ぶ所の無い田舎町に……電車代バス代の無駄だと思うなぁ」

「そう考えるのが普通だ。でも、最近はこんなのが話題になっているんだ」


 そう言うと青梅先生はスマホを操作して僕らに見せつける。そこには、『ご当地ガールズ プリティライブ!』というゲームが起動されていた。


「これはね、自分がアイドルのプロデューサーになって、その子達をトップアイドルへと導くというありがちな設定なんだけど、中々挑戦的な作品でねぇ。『ご当地』という言葉でわかるように色んな地方のご当地アイドルキャラを集めるわけなんだけど……このゲームは思い切って、日本にある『町』全てに対応するキャラクターを作りますと宣言したんだ」

「え、それっていくつくらいに……」

「今現在日本の町の数は730? 740? まあ700くらいだ。今の段階で実装されているのは200ちょっとなんだけどね」

「それと今回の事件、関係あるんスか?」

「最近ここ早狩町を担当するアイドルが実装されたんだよ、ホラ」

「えっと、早狩はやかり町のアイドル、早華 燐はやかりん……本当だ」

「これはスマホの位置情報を利用したゲームでね。キャラクターを入手するには、実際にその町に行って発生するイベントをこなす必要があるんだ。もちろん遠すぎて行けないって人もいるから普通のガチャでも手に入る。だけど、現地まで行ってイベントをこなせばガチャチケットが手に入ったり、場合によっては無料で貰えたりするから圧倒的にお得ってわけ。そうやって色んな場所に人を集めることによって地方活性化を狙っているんだね」

「あ、そうか! ばあちゃんが言ってた「見慣れない高校生」って、そのゲームの為に来てたんだ!」

「でも、どうして町民センターに? 早狩町まで移動すればいいのなら駅から出る必要ないですよね?」

「キミたち、Wi-Fiという物を知っているかい?」

「詳しくは知らないっスけど、なんか、ネットに繋がるんスよね?」

「そう。この早狩町には無料Wi-Fiスポットが2つある。セブンイレブンと、町民センターだ。早狩町のホームページで無料Wi-Fiスポットが何処にあるか調べることが出来るから、事前に調べて通信容量節約の為に町民センターまで来ていたんだろう。あそこなら休憩スペースで、座ってゆっくりゲームを出来る」


 青梅先生はそこまで言うと立ち上がり、コーヒーのおかわりを注いだ。その後僕らに麦茶とお菓子の追加を配ると、再び解説を始める。


「色々ごちゃごちゃしてしまったけど、簡潔にまとめるとだね。『謎の人物』の候補は『早狩小の高学年の男女』ではなく、『早狩町周辺の小学校高学年男子、もしくは小学校高学年から高校生の女子』ということになる」

「ゲー! どんだけ数が増えるんスか!」

「人口約9万7千の千歳と、約17万の苫小牧の条件に当てはまる子供たちが加わる。それに比べると少数ではあるけど厚真や追分も加わるわけだから……ちょっと数えたくない数字になりそうだね」

「でも先生、岡田さんは謎の人物から早狩小の生徒だと聞いたと……」

「それについてはね、岡田さんのバングルを盗んだのが謎の人物か、そうでないかで変わってくるんだよ。例えば……謎の人物は『苫小牧の学生で、バングルを盗んだ犯人』だと仮定しようか。そうするとだね、「あなたは早狩小の生徒なの?」という問いに対してどう答えると思う?」

「……あ! はい、そうですって答える!」

「そうだね。バカ正直に「いいえ、苫小牧から来てるんですよ」なんていう訳が無い。これ幸いとばかりに岡田さんの質問を利用して身分を偽るだろう」

「じゃあ、謎の人物は早狩小の子供では無いってことっスか?」

「ところがそうも言い切れないんだ。謎の人物が『早狩小の生徒で、バングルを盗んでいない』のだとすると、岡田さんの質問に「はいそうです」と答える。だって何もやましい事がないんだからね。色んな条件によって謎の人物の受け答えが変わるから、岡田さんの質問は殆ど意味が無い。つまり、現状どこの生徒か絞り込む手段は無いってことだ。その他にも、『どうして岡田さんの財布探しに付き合ったのか』という問題も残っているわけだから……」

「だから先生は、この事件はもっと難解なのかもしれないって言ったんですね」

「まあ、そうだね」



 僕は今日ここに来る前、青梅先生に相談すればいつものように事件は解決するだろうと思っていたんだ。でも実際は、事件はより難解な物だとわかっただけで何の進展も無かったわけで。そんな事実を突きつけられ、僕とハジメは呆然としていたのだけど、青梅先生は「もう少し考えてみるから」と言ってくれた。

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