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夏休みを目前に控えた7月の中旬。週末には早狩町納涼祭も行われるので、早狩小の生徒たちにとって、とてもウキウキとする時期だった。しかし、僕やハジメはそんな気分になれなかった。岡田さんの事件の事を相談してから1週間が経ったのだけど、一向に青梅先生からの連絡がなかったからだ。
浮かない気持ちのまま朝の会で先生の話を聞いていると、下の階から「ええぇー!!」という、大勢が驚いているような声が響き渡った。クラスのみんなは何だ何だとざわめく。そうすると、再び同じような驚きの声が聞こえてくる。それは、徐々に6年生の教室に近づいて来るのだ。すぐ近くの5年生のクラスから「マジかよぉー!」という驚きの声が上がった後、それまで笑いを堪えていた高橋先生が口を開く。
「えーみんなに嬉しいニュースがあるんだ。今年の納涼祭のゲストなんだけどな……」
納涼祭にはいつも芸能人がゲストとして呼ばれていた。しかし、田舎町が呼べる芸能人というのは限られているわけで、これは大変失礼な言い方なんだけど、いつも納涼祭に来ていたのは『かなり旬の過ぎた』俳優やお笑いコンビばかりだった。それでも、生の芸能人に会えるという事で早狩町の一大イベントになっている。
しかし、さっきの様な驚き方は今まで聞いたことが無い。もしかすると今年は本当にすごいゲストが来るのかもしれない。クラス全員がそう期待する中、高橋先生から驚きの人物が発表された。
「今年のゲストはなんと、女優の
一瞬にして僕らのクラスは熱狂に包まれる。
「嘘だろ!?」「信じられませんわ!」「絶対サイン貰うー!」「ヤベェー!」
そんな、耳が痛くなる程の叫び声が教室中に響き渡った。
彼女は16歳の高校生にして、今現在トップクラスの人気を誇っている新人女優である。趣味の幅が広くてトークが上手く、ドラマ、バラエティなんでもこなすという活躍ぶりだったので、あれよあれよという間に世間に知れ渡っていった。はっきり言って早狩町の財政力で呼べるレベルの芸能人では無いので、何らかの繋がりがあるのかもしれない。
その日は1日中、ごく一部を除いた早狩小の生徒たちは興奮は冷めぬままだった。
そのごく一部である僕とハジメは、放課後青梅先生の所へ行くことにした。何のお手伝いも出来ていない僕らが催促するみたいに顔を出すのは気が引けたのだけど、事件の事が気になって仕方が無かったんだ。そんな僕らを、先生は特に嫌な顔をせずに迎い入れてくれた。
「申し訳ないけど、調査の方は全然進んでいなんだよ」
「いえ、とんでもないっス! むしろウチの問題に巻き込んでしまってこっちこそ申し訳ないって言うか……」
「気にするなよ、私が好きでやっているんだ。しかしどうしたものかねぇ……」
そんな風に部屋の中に重い空気が漂い始めたその時、バァン! という音と共に勢いよく扉が開かれたかと思うと七ヶ浦先生が入ってきて、それに続いて観月さんも入ってきた。
「ウメ子ー! ちょっとこの子を何とかしてよ!」
「青梅先生、お話を聞いてください!」
「……なんだなんだ騒々しい。とりあえず落ち着きなさい」
「落ち着いてなんていられませんわ! だって、あの有栖ちゃんが! この早狩町に!」
「なんだよ観月、そんなの朝の会の時点でみんな知ってるだろ。何をいまさら」
「そうじゃありませんの! 黙ってて!」
「はいはい、いいから。まず、ナナコから説明してくれよ」
「えっとね、実は私、有栖ちゃんとは知り合いで……」
七ヶ浦先生の話によると。
先生はこの小学校に来る前は横浜で塾の講師をやっていたらしい。勅使河原有栖が中学生の頃その塾に通っていて、2人はそこで知り合い仲良くなったそうだ。先生が塾を辞めてからも交流は続いていたけど、彼女がデビューするほぼ同時期に北海道に帰郷することになり、最近はスマホでお互いの近況を教え合うやり取りだけになった……とのことだった。
「で、今回早狩町に有栖ちゃんが来るという大フィーバー状態で私も浮かれちゃって……つい、生徒たちにスマホでのやり取りを見せて「私、有栖ちゃんと友達なんだー!」って自慢しちゃったの」
「それは200パーセントナナコが悪いな」
「違うの! あ、違いはしないんだけど、続きがあって」
「ここからはワタクシがお話いたしますわ! まずはこれを……」
そういって観月さんはスマホを取り出し、何やら操作をしてから青梅先生に手渡した。
「生徒であるキミがスマホを持って来ている事に関して今は目をつぶるとして……これは、ご当地娘じゃないか。これが何か?」
「フレンド一覧の、『リデル』というプレイヤーの行動履歴をご覧になってください。ワタクシはこれを見た時、とある閃きを感じましたの」
僕も後ろから覗いてみる。そのプレイヤーの行動履歴には、『神奈川県の○○町で〇〇が仲間になった!』『埼玉県の○○町で○○が仲間になった!』といったようなログがずらっと並んでいた。これが何なんだろうと思っていると、青梅先生は「なるほどねぇ」と呟いた。
「観月ちゃんはこのプレイヤーが勅使河原有栖なんじゃないかって考えているんだろ? 私もご当地娘をやっているから知っているけど、彼女は結構なガチ勢なんだよね」
「その通りですわ! ワタクシは有栖ちゃんの大ファンでして、SNSや公式サイトのチェックを毎日欠かさず行っておりますの。この前暇つぶしでフレンドのプロフィール漁りを行っていた時に、この行動履歴に気が付きまして」
「なるほどねぇ。このログの順番と、勅使河原有栖の活動内容がリンクしていたと」
「はい。有栖ちゃんは普段は横浜市内で暮らしております。それで最近は、北上しつつ色んな夏祭りに参加していましたの。このプレイヤーもだんだんと北上していって、最近は千歳、苫小牧、登別での行動ログがありました。そこまでは有栖ちゃんの活動と一致していたのですけど、問題はこれです」
観月さんが指を差したログには『6月30日 湧泉群の早狩町で速華 燐が仲間になった!』と記されていた。
「ガチ勢と言えど有栖ちゃんは今非常に忙しくしておられますから、早狩町に来る暇なんて無い筈。ということはこの人は有栖ちゃんではなく、有栖ちゃんの追っかけの方なのかしら? と思っていたのです。そんな時に、今日の朝の会でのお知らせですわ。有栖ちゃんがこの町のお祭りに参加するという事は、『ログにあったあの日、きっと下見とか打ち合わせで来ていたのだわ。やっぱり、このプレイヤーは有栖ちゃんなんですわ!』 という風に考えておりましたの。そこに丁度……」
「勅使河原有栖の知り合いだと自慢しているナナコを見かけたんだね」
「はい。ですのでお願いしたんです。どうか、このワタクシの推理が合っているか有栖ちゃんに確認してくださらないかしら! といった具合に」
「で、私はプライバシーとかの問題があるからそれは出来ないわって断ったの」
「自ら友人であることを公言しておいてそれはどうかと思いますけどね」
「だからーそれは失言なの! はい、この話はもう終わり!」
「少しくらいイイじゃありませんか! お願いですわ先生!」
七ヶ浦先生と観月さんは再びぎゃあぎゃあと言い合いを始める。こんな状況を青梅先生はどう収めるつもりなのだろうと目をやると、僕はぎょっとしてしまった。
先生は虚ろな眼差しで何やらブツブツ呟いていたのだ。かと思うと、勢いよく立ち上がり観月さんのスマホをひったくり、画面を食い入るように見つめだした。
「ちょ……何をなさるんです!?」
「……と、すると…………だから……」
「ちょっとーウメ子、どうかした?」
「……丁度いい。ナナコ、スマホにあるキミと勅使河原有栖のやり取りを見せてくれないか」
「だからーダメだって。いくら私とウメ子の仲でも、プライバシーの問題が……」
「じゃあ、いい。1つだけ答えてくれ。キミは彼女に、全校集会での話をしたか?」
「え、何? 全校集会の話?」
「校長が話をしてただろう。ほら、丁度ここにいる岡田くんのおばあさんの話だ」
「えっと…………うん、したよ。雑談をしてた時に、そういえば校長がこんな話してたんだーって。それがどうかした?」
「うん……1つ、思いついた事がある。岡田くん、キミに頼みたい事があるんだが」
「え、俺っスか?」
「ああ。キミのおばあさんに連絡をとってもらえないか? 上手くいけば、おばあさんに謎の人物を会わせることが出来るかもしれない」
「ちょっとちょっと。それだとまるで、ウメ子は有栖ちゃんがその謎の人物だと考えているように見えるんだけど」
「ああ、その通りだよ。そしておそらく、勅使河原有栖は『犯人』ではなく『探偵』だ」
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