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 さて。彼女が来るまでまだ時間があるから、それまで私の考えを話すとしようか。

 これから話す内容は少々ご都合主義な部分が含まれているからそれを承知で聞いて欲しい。なにしろ証拠が全然見つからなくてね。


 

 勅使河原有栖はまず、忙しい仕事のスケジュールの中仮病等を使って時間を捻出し、早狩町に来る計画を立てた。その目的とはもちろん、夢中になっているアプリ『ご当地娘』の為だ。彼女は自分の正体を周りから隠す為に変装をすることにした。謎の人物が帽子を深くかぶってマスクをするというベタベタな変装姿をしていたのはそのためだね。


 次に、町民センターでゲームを楽しんでいた彼女はで、岡田さんのバングルを手に入れてしまったと仮定してみる。どうやって手に入れたのか。盗むか、拾うか、それ以外かの3つに分けて考えてみようか。


 まず、盗む。これは以前話し合いをした時重要視したポイントだね。謎の人物がバングルを盗むか、盗まなかったかで考え方が大きく変わったからねぇ。でも、『謎の人物=勅使河原有栖』と仮定して考えると、驚くくらい簡単に判断できるんだよ。

 答えは『盗んでいない』だ。断言できる。何故か? それは彼女にとって割に合わなすぎるからだ。白金製のアクセサリの値段は大体数万円から十数万円って所で、芸能界トップクラスの人気を誇る女優がそのくらいの値段の物を危ない橋を渡って盗もうとは絶対思わないよね。


 次に、拾う。これもほぼあり得ないと言える。何故なら誰もいない所で拾ったのなら管理事務所へ、落とした所を目撃したのなら本人へ渡せばいいだけだ。今現在そのどちらも確認されていないわけだから、これも無しと判断しよう。


 残るのはそれ以外だ。何があるだろうと考えた時、私は1つ閃いた。それは、『誰かが盗もうとしていたのを取り返した』というシチュエーションだ。


 仮に、岡田さんのバングルを盗んだ人物を『X』としようか。Xは休憩スペースで岡田さんがバングルを外すのを見かけて、飲み物を買う為にその場を離れた隙を付き、バッグからバングルを盗んだ。その一部始終を、彼女は見ていたんだ。自分の正体を隠したい気持ちはあるけれど、見てしまった以上は放っておけなかったんじゃないかな。

 実際どうやって取り返したかはパターンが多すぎてはっきりとは言えないから省かせてもらうけど、彼女はバングルを取り返した。そして悩んだ。「どうやって返せばいいんだろう」と。


 そのまま返せばいいのでは? と思うだろうけど、恐らく彼女は躊躇ってしまった。何故なら、ありのままを伝えると岡田さんからお礼をしたいのでどちらにお住いの方なのかお聞きしてもよろしいでしょうか? みたいな事を聞かれる可能性があるからだね。身分を隠して行動していた彼女はこれを避けたかった。

 では、落ちていましたよ。と言って返す方法はどうか? これも駄目だ。何故なら、バッグの中にバングルが入っていたから。「休憩する時にバッグに入れていたからそう簡単に落ちない筈なのに、この人怪しいわ」なんて風に思われる。

 では、こっそりと返そう。そう思って彼女が取った方法が、ぶつかって荷物が床にばら撒かれた際に、どさくさに紛れさせてバングルも一緒に返す、という方法だ。で、その結果失敗してしまう。上手く紛れ込ませることが出来なかったとか、近くに第3者が急に現れたとか、そういうトラブルがあったんじゃないかな。


 そんな彼女に再びチャンスが訪れた。岡田さんが自分の財布がなくなっている事に気が付いたんだ。一緒に財布を探してあげて、隙を見てバッグに入れようと考えた。しかし、それも失敗してしまう。とうとうバングルを返すチャンスが無くなってしまった彼女に、恐れていた事態が襲い掛かる。岡田さんがお礼をしようと彼女の事を色々と聞いてきたのだ。

 このままだと自分の正体がばれてしまう。ここは返すのを諦め、一旦離脱しようと考えた。彼女は岡田さんからの質問を躱しつつ、『早狩小の生徒ですか?』という質問にだけ答えて身分を誤魔化し、足早にその場を去っていった。

 

 その日以降早狩小では謎の人物に対して呼びかけが行われたが名乗りを上げる者はいなかった。それは当然だよね。彼女はその場にいないうえに、正体を知られるわけにはいかないんだから。 

 彼女はそれからずっとバングルを返すことが出来なかった。単純に忙しかったという事もあるんだろうけど、彼女は怖かったんだと思う。何故なら、知り合いであるナナコから、自分の話が全校集会でされたことを聞かされたからだ。1日経っただけでこんな大事に、しかも岡田さんは謎の人物に会いたがっている。きっとバングルが無くなっている事に気が付いたんだ。そんな疑心暗鬼に囚われ、彼女は今日までを過ごすことになった。


 と、こんな感じで岡田さんが出会った謎の人物を勅使河原有栖だと仮定してみると、多くの行動に対して説明する事が出来るんだよ。

 そもそも、今回こんなにも話がこじれてしまったのは彼女が『自分の正体を隠す』ということを優先してしまったからだ。それに、忙しいスケジュールの合間を縫って来ているのだから、時間の余裕もなく落ち着いて考えることが出来なかったんだろうね。その結果、選んだ行動が裏目裏目に出てしまったんだ。

 正体を隠そうと行動している中でバングルを取り戻したり、失くした財布を見つけてあげたりと誇れるような行動をしたはずなのに、バングルを岡田さんに返すことも出来ずに自分の正体を隠そうと逃げるように去っていく。探偵は人の為に行動したのに、第3者からは犯人に見えてしまうというなんとも不憫な話だった……と、私は推察したんだよ。

 




 ※※※




 僕とハジメ、それに岡田さんは理科準備室で青梅先生の推理を聞いている。午後9時ごろに勅使河原有栖が参加しているビンゴ大会が終り、七ヶ浦先生がこっそりと彼女をここに連れて来るという計画になっていた。

 今は午後8時半。「もう少し時間があるね」と言って青梅先生はコーヒーを淹れる準備をしようとした時、ふいにガチャリと準備室の扉が開いた。そこには七ヶ浦先生と、帽子を深くかぶりマスクをした小柄な人物が立っている。


「おや、随分早いな」

「うん、予定よりかなり早くビンゴ大会が終わっちゃってね」

「あ、あなたは……」


 帽子にマスク姿の人物を目にすると、岡田さんは立ち上がってふらふらと近づいていく。そんな岡田さんを迎え入れるように、謎の人物は顔を晒した。

 

 それを見て、僕とハジメは衝撃を受けた! 

 肌は白く、髪は黒く輝いていて白黒のコントラストがくっきりとしている。顔は小さすぎるんじゃないかと心配になるほど小さい。そして、顔のパーツってこんなに整うことってあるのかと驚くほどで、全く別の生き物に見える。身体つきは小柄で、確かに顔が見えなかったら小学生にも見えるだろう。

 そこにいたのは今を時めく大人気女優の勅使河原有栖だった。


「その節はご迷惑をおかけしてしまい……」


 そう言いながら彼女はバッグから例のバングルを取り出す。岡田さんはバングルごと彼女の手を包み込んだ。 


「いえ、とんでもないわ! もう一度会うことが出来て良かった」

「まあ、立ち話もなんだし、座りなさい」

「そうよー有栖ちゃん、入って入って!」

「はい、失礼します」


 そう言うと、勅使河原有栖がソファーの方へ近づいて来る。僕らはすぐさま立ち上がり、「どうぞ!!」と言って勧めた。


「ありがとう」彼女はまぶしい笑顔で僕らに言った。

「キミ達、お茶の用意を手伝ってくれないか」

「「ハイ喜んで!」」


 僕とハジメが青梅先生の手伝いをしている間に、岡田さんと勅使河原さんはお互い向かい合ってお礼と謝罪を何度も繰り返していた。飲みものが全員に行き渡ると、「では……」と青梅先生が切りだした。

 

「どうしようか? まずは私の考えを述べた方が良いのかな?」

「あ、それなんだけどさ。実は私達、結構前に理科室に着いていたんだよね。で、入ろうとしたらウメ子が丁度話をしている最中だったから、中断するのは悪いと思ってタイミングを見計らっていたの」

「なんだ、聞いていたのかい」

「はい、あの……びっくりしました。怖いくらいにあの日私が取った行動を言い当てていたので」

「たまたまだよ。話の筋が通るように並べてみただけで……いくつか私の方から聞いても良いかな?」

「はい、どうぞ」

「キミはどうやって岡田さんのバングルを手に入れたんだい?」

「予想されていた通り、盗もうとしていた子から取り返したんです。岡田さんが休憩スペースで知り合いの方とお話をされていた時、岡田さんの事をじっと見つめている女の子がいて……多分、中学生くらい? の子でした。それで、少し怪しいなと思っていたら2人が席を離れた瞬間に……」

「バッグの中のバングルを盗んだんだね。それで?」

「そのまま出口の方へと向かったので追いかけて声を掛けました。出口から少し離れた辺りで一瞬立ち止まって、それから走って逃げようとしたので思わず手を掴んでしまったんです。そうしたらその子はバングルを投げつけて来てたので手を放しちゃって、それで走って行っちゃいました」

「なるほどねぇ。その時は正体がばれるかもとは思わなかったのかい?」

「思いました。ただ……いろんな打ち合わせとか約束をすっぽかして来ていたので、少しでも良い事をして罪悪感を紛らわそうとしたんです。だから私には、お礼を言われる資格なんて」

「そんなことは気にしなくていいのよ。結果として、私の大切な物を取り戻してくれたんだから」

「そうよー! 気にしない気にしない!」

「それはナナコのセリフじゃないだろ」


 それから僕らはいろんな話をした。

 ここにいるのは優しいおばあさん、大人気女優の高校生、数字の7が好きな数学教師と推理小説とコーヒーが好きな理科教師、スポーツが好きな小学生男子に探偵が好きな小学生男子と、趣味も年齢も出会った時期もばらばらの、1つの事件で繋がった者たちだった。何故だかわからないけど、この人たちとの会話はとても楽しかった。

 

 ふと、外から花火の音が聞こえて来る。納涼祭の前夜祭も終わりに近づいていた。


「あら、もうこんな時間なのね。そろそろ失礼したいと思います、今日は本当にありがとうございました……ハジメもほら」

「わかったよ。それじゃ、失礼します! いっちゃんまた明日な」


 そう言ってハジメはおばあさんと一緒に帰っていった。

 「じゃあお開きにしようか」青梅先生がそう言うと、皆で片づけを始めた。勅使河原さんもそれに参加しようとしたんだけど、明日も忙しいだろうから早く帰りなさいと先生は促した。


「すみません……本当にありがとうございました。こうして岡田さんとお話しできる場を用意してくださらなかったら、バングルをお返しすることが出来なかったと思います」

「気にしなくていいよ。別に大したことをしてないし」

「いえ、本当に……あの、いつかお礼を。えっと、お名前はウメ子さん、ですか?」

「ああ、それはあだ名でね」

「そうそう! この子青って名前だから、私ら同級生の間ではウメ子なの!」

「え、青梅……?」


 それを聞いた勅使河原さんが、何かに反応した。


「そうだけど、何か?」

「理科の先生で、青梅……あの、失礼ですけど、以前横浜で先生をしていませんでしたか?」

「…………どうしてだい?」

「へー有栖ちゃん何で知ってるの? ウメ子は早狩町出身なんだだけど、中学の途中で横浜に引っ越ししてるんだよね。で、こっちに戻ってきたのって……割と最近じゃなかったっけ?」

「ああ、まあ……」

「私が居たのが藤崎でー、ウメ子はどこだっけ?」


 見ると、青梅先生の顔は真っ青になっていた。勅使河原さんはそんな先生に一歩近づくと、ぼそぼそと話を始める。


「実は…………と……で」

「あの子は……から…………に……」


 僕はテーブルの片づけを続けていたので、入り口付近でぼそぼそと喋られると何の会話をしていたのかはわからなかった。1つ言えることは、青梅先生の表情から察するに、決していい話ではないという事だ。あんなに顔が青くなるなんてよっぽどのことに違いない。


 ……と、思っていたんだけど。

 青梅先生は勅使河原さんが出ていく時に、笑顔でありがとう、と言っていた。

 

 一体どういうことなのだろう? 


 僕が真相を知ることが出来たのは、それから半年後の事だった。



                                 ─終─

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