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 僕は家に帰るとサトシに連絡して、「これこれこういった作戦があるんだけど、春日井さんにも協力してもらうために犯人であることを明かしても大丈夫か?」と聞いてみた。彼は「まあ、春日井さんなら……」と了承してくれた。


 次の日の土曜日。僕は2人を自分の家に呼び、『芝居』の作戦会議を開いた。青梅先生から頼まれた芝居の内容を簡潔にまとめると、『観月さんの前で犯人にギャラガの事を熱く語らせ、彼女に興味を惹かせる』という内容だった。つまり、サトシと観月さんを仲良くさせろって事なんだけど、これに何の意味があるのか僕にはさっぱり見当がつかなかった。しかし他に何のアイディアもなかったので、青梅先生を信じて僕らは土曜日曜と二日間たっぷり芝居の練習を行った。

 練習の合間に、芝居をスムーズにさせる為にある程度知識があった方が良いとサトシから言われたので、ギャラガについての勉強も行った。途中で兄ちゃんも乱入してきたので、その結果かなりコアなギャラガワールドが展開されてしまった。僕は少し引いた。春日井さんはドン引きしていた。



 まあ、そんなこんなで、決戦の月曜日を迎えたのだった。

 芝居を決行するタイミングは登校してから朝の会が始まるまでの時間。僕は若干の緊張を感じながら校門をくぐると、入口の近くで青梅先生と健康的な日焼けをしたスポーツマン風のイケメンが何やら話しているのが見えた。その男の人は、僕の良く知っている人だった。


「何やってるの? 真田さん」

「……おお、樹じゃん! ちょっとな」

「なんだ、アキラと木林少年は知り合いだったのか」

「おう、うちの会社の社長の息子だよ。な?」

「うん。っていうか、真田さん。青梅先生と知り合いだったの?」

「知り合いっつーか同級生だよ。そうだよな、ウメ子」

「まあね」


 真田 晶さなだあきら

 僕の父さんは町内で造園会社を経営していて、真田さんはその会社の従業員だった。総勢10名の小さな会社でみんな仲が良く、父さんはよく従業員の人を家に連れてきてご飯をご馳走している。家に来た真田さんによく遊び相手になってもらっていたので、僕は仲が良かったのだ。


「というわけで借りていたDVD、返したからね」

「んだよ、別に急がなくてもよかったのに」

「自転車通勤中の君が通りがかったもんだから、丁度いいと思ってね」

「他には? 何か見たいモンあるか?」

「特に無いねぇ」

「あ、そ。じゃあ俺行くわ…………あっと、そいうやナナコも今ここで先生やってるんだよな? 今度みんなで飯でも行こうぜ」

「ああ、いいよ。そうだ、キミの嫌いなケイスケも居るから呼んであげるよ」

「ゲー、あの生意気ボウズもいんのかよ。まあいいや、じゃあな。樹もまたな」


 そう言って真田さんは自転車で颯爽と去っていった。今の話から察するに、青梅先生の昔からの知り合いはこの町内に結構いるみたいだ。それにしても、ケイスケって名前、どこかで聞いたことが……


「どうだ、木林少年。芝居は上手く出来そうかな?」

「あ、うん。多分大丈夫だと思います」

「もし芝居のせいで犯人の事が周りに広まりそうになったら言いなさい。責任をもって私が何とかする。まあ、大丈夫だと思うけどね」

「わかりました」

「じゃ、健闘を祈っているよ」


 手をひらひらと振りつつそんな言葉を残して、青梅先生は理科室へと歩いていく。僕は少しの間その後ろ姿を眺め、それから自分の教室へと向かった。



※※※



 時刻は朝8時。作戦決行の為、僕ら3人はそれぞれ位置に付いた。サトシは自分の席でアニメ雑誌を読むふりを始め、僕はその近くで待機する。そうしていると、入口の近くでスタンバイしていた春日井さんから観月さん一行が来たという合図が送られてきた。僕らはアイコンタクトを取りあい、芝居を開始する。


「な、なんだよサトシー。何読んでんだヨー」

「あ、イッチャン。これは、アニメの雑誌ダヨ」

「アニメ雑誌ぃ~? うわ、ギャラガも載ってんジャン」

「べ、ベベ別にイイダロー」


 …………駄目だ。想像以上にアガってしまい、僕もサトシもひどい演技だった。周りのクラスメイトたちは、「何だ……?」という冷ややかな視線を送っている。しかし、始めてしまった以上もう後に引き返すことは出来ない。やるしかないんだ。

 と、そこで。春日井さんがこちらにさり気なく近づいて来るのが見えた。ここまでは予定通りだ。これから僕と春日井さんでサトシをからかい、それに怒ったサトシがギャラガについて熱く語る。そして僕と春日井さんが改心する演技をし、そんな場面を見た観月さんがサトシに対して『やるじゃない』と、興味が沸く……という筋書きだった。

 春日井さんは練習中一番上手な演技をしていた。彼女ならこの空気を変えることが出来ると思い、僕とサトシは期待を込めて春日井さんの方へと視線を送る。そして、僕ら2人の顔は青くなった。


 春日井さんの表情はいつも通りのクールな表情なんだけど、右手右足、左手左足を揃えて歩いている。ひどすぎる。あんなすまし顔をしながら、僕らの数倍緊張しているのだ。でも、やるしかない。僕は腹をくくった。


「あ、春日井さんも見てみなヨ」

「……ナンデショウ」

「サトシのやつ、ギャラガなんて見てんだぜ」

「アア、ホントウデスネ」


 そう言って僕はサトシの読んでいた雑誌を取り上げた。それにしても春日井さん、演技の方もひどすぎだ。


「な、何ダヨ、ヤメテくれヨ2人とモー」

「こんなん見てないデヨォ、サトシもドラストやろうゼ」

「いやデモあの、ギャラガもおもしろいんだよ」

「ソレナラドコガオモシロイノカオシエテクダサイヨ」

「えっと、ソレハー」


 僕達はなんとか芝居を続ける。しかし、ここで予期せぬトラブルが起きた。僕と春日井さんが改心して「ギャラガって面白んだね!」と言う演技をする前に、観月さんが近づいてきてしまったのだ。僕ら3人は「マズイ」と、顔を見合わせた。


「あなた達、少しよろしいかしら」

「ナ、ナンデショウ?」

「面白そうなお話をしているじゃない。ワタクシも混ぜてくれないかしら」

「え、イヤ、あのソノ」

「あら、どうしたの? ギャラガの面白さを語りたいのであれば、最低でも『14話』についての意見がないとお話になりませんわよ?」

「…………!」


 観月さんの『14話』という単語に、僕とサトシは反応した。


 ギャラガの『14話』とは大きなターニングポイントとなる話で、この回で主人公が選んだ選択肢の影響で物語の後半に大きな波乱を巻き起こしてしまうのだ。特に、とある人気キャラが命を落としてしまうショッキングな展開が話題となり、そのキャラのファンは主人公に対し深い憎しみを抱いたという。またその一方で、その選択肢を選んだからこそ、この深い物語が生まれたのだという意見もある。

 ギャラガの総監督は、1話ごとに自身のSNSで『この話はこういった意図が』とか、『こんな事を考えながら作りました』といった一言メッセージを必ずアップしていた。しかし、全26話中、唯一14話だけこの一言メッセージが無かったのだ。これは炎上を防ぐために言及を避けているのか? それとも自力で真相まで辿り着いて欲しいという視聴者への挑戦状なのか? ギャラガファンの論争は一向に終わる事が無く、放送が終了した今も続いている……と、日曜日に兄ちゃんとサトシが言っていた気がする。


「どうやら期待外れだったみたいね」


 そう言って観月さんは去っていく。僕は急いでサトシに小声で声を掛けた。


(サトシ、チャンスだ! 観月さんが今言っていた『14話』に関して、キミも日曜日に僕の家で熱く語ってくれたじゃないか! それをまたここですればいい!)

(だめだ、いっちゃん……僕、緊張しちゃって……)

(しっかりしろッ! 僕にアドバイスをくれた人が言ってたんだ! 『上手くいけばこの事件を静かに終わらせることが出来るかもしれない』って! ここがショウネンバなんだ、キミならできる!)

(…………わかった、やってみる!)

(よし! 僕が一旦時間を稼ぐから、サトシは考えをまとめて、深呼吸でもして気持ちを落ち着かせてくれ)


 サトシにそう言い聞かせ、僕は「ちょっと待って!」と観月さんに声を掛けた。


「……なんでしょう?」

「えっと、実は……僕の兄ちゃんがギャラガのファンでさ。よく家で聞かされるんだ。その……13話? について」

「『14話』ですッ」

「ああ、そうそう14話ね。でさ、あんまりしつこいもんだから僕もさすがに最近気になってきて……よければその、14話? について教えて欲しいんだけど……」

「……それは良い心がけですわ!」


 適当に考えた口実に観月さんはまんまとのってくれた。もしかしたら僕は、言い訳を考えたり相手を口車に乗せる事に長けているのかもしれない。


「ワタクシの考える『14話』。それは、ギャラガという作品の心臓、生きる為の鼓動なのです」

「は、はあ。心臓……」

「アニメに限らず、様々なコンテンツには寿命があります。所謂『流行り廃り』ですわ。コンテンツを支えているのはファンの情熱。それを無くしてコンテンツの拡大、継続はありえません。そのように、動きがあるコンテンツが『生きている』という事になります。では『死』とは? 簡単です。ブームが過ぎ、廃れてしまった作品がそうなのです」

「な、なるほど?」

「話を戻しましょう。ギャラガの放送はとうの昔に終わっているのですけれども、「14話」に関しての論争は今も続いています。つまり、ファンの情熱という『鼓動』が鳴り続けているのですわ。この鼓動のおかげで、劇場版というコンテンツの拡大・継続をすることが出来たのです。劇場版第2弾も既に決定しておりますし、最近外伝作品のコミカライズも発表されました。おわかりかしら? 『14話』という『心臓部』がファンの情熱と言う『鼓動』を鳴らし続ける事により、ギャラガという作品は脈々と生き続けるのです。もし、この論争が終わったとしたら……それはこの作品の寿命であり、そこが『真の最終回』となるのですわ!」


 観月さんの演説が終わると、ギャラガは至高ですわ派の女子たちから拍手が送られた。それを聞いて、実はちょっと興味があったんだ……という隠れギャラガ派の男子女子も拍手に加わり、より一層大きなものになっていく。


「理解できまして?」

「あー、えーっと……」


 駄目だ。もうこれ以上時間は稼げそうもない。サトシはまだか?

 そんな風に思っていると、僕の背後から「ちょっといいかな?」という声が聞こえて来る。


「あら、何か?」

「うん……僕の『14話』に対する考え方と、ちょっと違うなぁって」

「へぇ、面白いですわね。一応言っておきますけど、ワタクシ自分の考えが絶対に正しいなんて思っておりませんわ。ただ……意見する人間が現れるのは初めてなんですの。そのお考えとやらを是非お聞かせ願えないかしら?」

「ああ、もちろん……結論から言うとね、僕は『14話』を『終わらないコンテンツ』であるべきだと考えているんだ」


 サトシは眼鏡をクイ……と上げつつ、渋い声でそう言った。さっきまでとは全然違う、自信に満ち溢れた態度をしている。緊張がピークに達し、変なスイッチが入ってしまったのだろうか?


「……ありえません! そりゃあワタクシだってギャラガという作品が未来永劫いつまでも続いて欲しいと思っていますわ! けど、先程も申したようにどんなコンテンツにも終わりが存在するんです!」

「いいや、『終わらないコンテンツ』という物は既に存在している。僕らが生まれる前に発売された……有名RPGシリーズの1つ。そのゲームで、主人公は物語中盤で2人の女性の内、どちらか1人を結婚相手として選ぶという重要な決断を迫られるんだ。ちなみにリメイク作品では3人に増えるんだけど、今は棚上げさせてもらうよ」

「重要な決断……」

「その決断に関する論争は『花嫁論争』なんて呼ばれていて……それは今尚続いている。信じられるかい? 1992年に発売された、容量1.5MBメガバイトしかないスーパーファミコンの作品の、たった1つのイベントに関する論争が令和になった今でも終わることなく続いているんだ」

「その論争だって、いつかは終わるのでは?」

「僕は、地球が滅亡するその日まで終わらないんじゃないかと思っている。なぜなら『花嫁論争』は今、答えを出す為に論争をしていないんだ。とある機会に公式がどちらの花嫁を選んだかというアンケートを実施して、結果が出た。それなのに『花嫁論争』は無くなっていない。つまり、多くの人は論争の『結果』を求めていなんだ。長年続いたソレ、『花嫁論争をする』という行為自体が、一つのコンテンツになったというわけだね」

「『終わらせるつもりのない論争』は、確かにいつまでたっても終わりません。だから『終わらないコンテンツ』……ギャラガの『14話』の論争もそれを目指すべきだと?」

「ああ。そうやっていつまでも論争が続く限り、ファンの人達による考察や二次創作が生まれ続けるんだ」

「理想論ですわ」

「いいじゃないか。理想論を掲げるなら損はしないよ」


 サトシがそう締めくくると、「よくわかんねぇけどサトシかっけぇー!」「そのゲームドラ〇エだろドラ〇エ!」といった歓声が沸き起こり、登校時間のリミットを知らせるチャイムが鳴る。それはまるで試合終了のゴングのようだった。

 興奮冷めやらぬ様子でみんなが席に着こうとしているなか、サトシと観月さんはがっしりと握手を交わしていた。

  

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