木林君とアルコールランプ
1
「先生たちってさぁ、山登りとかする?」
担任の高橋先生、教頭である村上先生からの『何故アルコールランプを理科室から持ち出したのか?』という問いに対して、数分程悩んだ末、僕こと
そんな僕の返答に対して2人は怪訝な表情を浮かべ見合わせる。『ふざけるんじゃない』『誤魔化すな』なんて怒られるかと思ったんだけど、意外にも先生たちは真剣に耳を傾けてくれた。
「山登りか、大学の頃行ったのが最後かな。すっかり行かなくなったから体力落ちてるだろうなぁ……教頭先生はどうです?」
「私は全然、インドア派なんでね。さて、木林君。山登りとアルコールランプ、何か関係があるのですか?」
「あ、ハイ。えっと、この前りょーちんの家に遊びに行った時……あ、りょーちんってのは同じクラスの
「へえ、漫画。それは山登りの漫画なのか?」
「えっと、まあ、はい」
「それで木林君は山登りに興味を持ったと」
「えっと、ゲンミツに言うと山登り自体には興味は無くて……山で食べるカップラーメンに興味を持ったんです」
「山で食べる……」
「カップラーメン?」
僕の言葉を聞き、またしても2人は怪訝な表情を浮かべた。まあそうだろう。
「その漫画は色んな場所で、色んな物を、色んな食べ方をするっていうのがテーマで……車中泊をしている時に道の駅で買ってきたご当地インスタントラーメンを食べたり、深夜の公園でコンビニのホットスナックを食べたり、冬の寒い日にわざと窓を全開にして毛布に包まって温かいおでんを食べたり……」
「変わった漫画だなぁ。飯を食べるだけ? 面白いのか?」
「笑えるような面白さはないんだけど、ご飯を食べてるシーンが妙に美味しそうで。それで、その漫画で『山登りをして頂上でカップラーメンを食べる』って話があって……」
「ははあ、なるほど。それを見て真似したくなったのですね」
「はい」
「でも、それがどうアルコールランプと繋がるんだ? まさかその漫画で、アルコールランプを使ってお湯を沸かしていたのか?」
「ううん、その漫画で使っていたのは1人キャンプで使うような小型のコンロ。でも、うちは全然キャンプとか行かないからそういうのは持ってなかったし、キャンプに行かないんだから頼んでも買ってくれないと思って。今の手持ちの小遣いじゃすぐには手が出ない値段だったから自分で買うこともできなくて……そもそも、小学生が一人で買える物なのかな? 怪しまれるかな? って思って、それで」
「アルコールランプを使おうと思ったのですね」
「はい、そうです……」
「魔法瓶にお湯を入れて持って行けばよかったんじゃないか?」
「その漫画でお湯が沸く様子を見つつ山頂からの景色を眺めて、『確たる理由は無いのだけれども、俺にとってこの瞬間がたまらないのだ』っていうセリフを主人公が呟くシーンがあるんだ。それを僕も実際に体験してみたくて」
「そうか……どこの山に行こうと思ってたんだ?」
「1人じゃ行けないから近所の裏山で……」
裏山といってもそこは頂上まで10分かからず、山というよりは小高い丘と言った方が正しかった。草木がそれなりに生えていたので、ちょっとした登山気分はなんとか味わえる程度のものだった。
「なるほど、わかりました。高橋先生、言いたい事があればどうぞ」
「ええと、そうですね。まず、樹は6年だからアルコールランプの使い方は既に授業で習っている。だから大丈夫だと思ったんだろう。でも授業で使うのと、外で使うのは全然違う。とても危険な事だ。わかるな?」
「えっと、はい……」
「アルコールランプの火はコンロなんかの火に比べると小さくて弱々しい。それに蓋をすれば簡単に消えるもんな。でも、外で使うとなると何が起こるか分からない。どこからか風で紙のごみなんかが飛んでくる可能性があるし、うっかりアルコールランプを倒したりしたら──」
高橋先生が話を続けている間、僕は違う事を考えていた。
『だるいお説教なんか聞いてられっかよ』、みたいなことを考えていたわけではない。僕がアルコールランプをそれ程危険な物だと思っていなかったことは事実であり、先生の挙げた『もしかしたら』の状況を想像するとぞっとする。だから、高橋先生の話は僕の胸に深く突き刺さったんだ。
では、そんな風に感じていながら僕は何を考えていたのかというと、それは何故先生たちは嘘をついているのか? という事だった。
教頭先生は、『木林君がアルコールランプを隠し持っている所を見たという生徒がいまして』と言ってこの話を切り出した。取り合えずこちらからは何も言わずに質問に答え続けていたけど、ずっとその言葉が気になっていた。だって、見られている筈がないんだから。
僕は昨日の夜に理科室に忍び込んでアルコールランプを1つ持ち出し、家に帰りそれを机の奥にしまった。今現在アルコールランプは僕の家にある。つまり、僕がアルコールランプを手にしていたのは夜の理科室から持ち出す時と、自分の部屋の机に隠す時しかない。もちろん、そのどちらも周りに人が居ない事をしっかりと確認している。つまり、僕がアルコールランプを持っていた所を見たという生徒がいるなんて話は嘘なんだ!
……そう。嘘なんだけど、僕が犯人であることは本当なんだ。
おそらく、僕が犯人であると見破ったのは先生たちでは無い。本当に見破ったのならその見破った方法をそのまま話せばいい。嘘をつく必要なんて無いのだ。じゃあ、誰が? その探偵は、どうやって僕が犯人であると見抜いたんだ? どうして先生たちに嘘をつかせたんだ? そもそも、どうして本人が出てこないんだろう?
「────い、おい! 樹、聞いてるか?」
「あっ……はい!」
「大丈夫ですか? 顔色が良くないようですが」
「大丈夫です。ちょっと、色々と考えてて……」
「うん、そうか。教頭先生、どうやら樹も反省してくれているようですし」
「そうですね。では事前の打ち合わせ通り、今回は電話連絡だけ……学校にお呼びしなくてもいいでしょう」
「と、いうことだ。親御さんに電話しておくから、しっかり家で叱られるんだぞ」
「はい……」
「それと。アルコールランプを返却する際、理科の先生にしっかり謝るのですよ」
「…………理科の先生?」
「なんだ、先生が来てもう1か月が経つっていうのにまだ名前を憶えていないのか?」
通常、小学校では殆どの教科を担任の先生が受け持つ『学級担任制』という形式が取られている。教科によって担当する先生が変わる『教科担任制』は中学から始まるのが一般的なのだが、最近では教科担任制を導入しようとする小学校が増えてきている。樹が通っている早狩小学校も今年から臨時の先生を呼び、試験的に教科担任制を導入していたのであった。
「お、憶えているよ。まだ教科によって先生が変わるのが慣れてなくて……」
「そうか。まあ、ちゃんと謝るんだぞ? 話は通しておくからな」
そんなやり取りをしつつ僕は生徒相談室から退室する。昼休みの時間はまだ残っていたので、教室には戻らずそのまま図書室に向かう。一番端の静かな席に座ると、中断されていた思考の回転を再開させた。
やっぱり、この事件は何かがおかしいよ。僕という犯人は暴かれているのだけれど、それ以外があやふやすぎる気がするんだ。
アルコールランプを持ち出す際、誰にも見られていない自信がある。今日の1時間目の理科の授業が始まる前に昨日の夜使った仕掛けは戻しておいたし、棚の奥の使われてなさそうな古いアルコールランプを選んだから、『アルコールランプが1つ無くなっている!』なんて騒ぎは起きていない…………そうだ。見られていない自信があるどころか、事件の発覚すらしていないんじゃないか。そんな状況で、どうやって僕が犯人であるとたどり着いたんだ?
ドラマとか漫画では、事件が発覚して、色々聞き込みとか現場の調査をして、犯人にアリバイとかの確認をして、それでようやく事件解決みたいな感じだったのに。何もかもを無視してハイ、あなたが犯人ですだなんてそんな事可能なのかな……?
結局、何の手がかりも見つけられぬまま昼休みが終わってしまった。だけど僕には、1つだけ感じている事がある。それは、いくらなんでも学校の外の人間は関わっていないだろうということ。校内で発覚していない事件を学校に無関係の外の人間が解決するのはさすがに不可能と考えていいと思うんだ……つまり、
探偵は、この小学校の中にいる。
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