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 5時間目の国語の授業。

 この日の授業の内容はつい先日まで続いていたゴールデンウィークの出来事を作文にして書く事だった。クラスのみんなは黙々とシャーペンを進め、教室の中にはカリカリという音だけが鳴り響いていた。そんな中、僕だけが完全に手を止めて全く別の事を考えている。考えていた事は、もちろん例の事件についてだ。

 

 昼休みに頭の中を整理した時は何も思い浮かばず、こんなのは不可能犯罪、いや、不可能なんじゃないのかと思っていた。でも改めて考えてみると……何か見落としがあるのではという気がしてきたんだ。だから僕は昨日自分がとった行動を始めから思い返そうと、シャーペンを置いて腕を組み、目を閉じて天井を仰いだ。




 ※※※



 

 あの漫画を見たのはゴールデンウィークの中頃にりょーちんの家に遊びに行った時だった。宅配便が届く時間まで留守番を命じられていたりょーちんに『退屈だから』という理由で呼ばれたんだっけ。

 りょーちんには高校生の兄ちゃんがいて、その人は大の漫画好きで色んなジャンルの漫画を集めていた。りょーちんと2人でクーラーの効いた部屋でダラダラ過ごしていた時、例の漫画をたまたま手に取ったんだ。その漫画はカッコイイシーンがあるわけでもなく、熱いバトルシーンがあるわけでもない。やたらと美味しそうに見えるご飯を食べるシーン、理解出来そうで出来ない主人公の小難しいシメの一言。ハッキリ言ってよくわからない漫画だった。


 しかしどういう訳か、その漫画は僕の心の中に残り続けたんだ。家に帰ってからも漫画の内容が頭から離れず、無性にあの主人公の真似をしたくなった。読んだ内容の中で特に気になったのが、『山の頂上でカップラーメンを食べる』話だった。だから、どうにかあれを真似できないか僕はあれこれ考えてみたんだ。


 カップラーメンは簡単に用意できるとして、問題なのは『山』と『小型コンロ』だった。僕の住んでいる早狩町から1番近い、登山を出来る山と言えば苫小牧の樽前山だ。でも1番近いと言っても小学生が早狩町から行くのはかなり無理のある距離だったし、仮に行けたとしても1人で登らせてくれるとは思えなかった。なので、山は近所の裏山で我慢することにした。

 次に問題なのは小型コンロだ。バーベキューで使う炭用の大きいコンロならうちにあったのだけど、ガスボンベを使う小型のコンロは持っていなかった。兄ちゃんのパソコンを借りてコンロはいくらくらいなのか調べてみると、決して買えない値段では無いんだけど、買う為には小遣いを数か月間溜める必要があるくらいの値段だった。


 僕は悩んだ。

 漫画にカード、お菓子にジュースと欲しい物はいくらでも思いつく。それらを数か月もの間我慢し続けるのははっきり言って出来る気がしない。いっそのこと、兄か親に正直に理由を話してお金を貸してもらおうかとも思ったのだけど、すぐに駄目だと気が付いた。おそらく親は危険な事はさせないだろうし、兄ちゃんは面白がってついてくると思う。あの漫画のような『山頂で1人、コンロの火と景色を眺める』という体験をしてみたかったので、どうにか1人でやりきりたかった。ベッドの上でどうしようかと悩みつつ、漫画の主人公が小型コンロでお湯を沸かしているシーンを思い出していると、不意にそれと自分の記憶が重なり「あっ」という声をあげて起き上がる。

 

 僕が思い出したのは理科の実習でアルコールランプの使い方を習ってる時の、ビーカーの水を沸かしている場面だった。


「あれは4年生の時だっけ? アルコールランプを使ってビーカーの水を沸騰させる実習。『沸騰石』を使う、使わないでどんな違いがあるかを確認したんだよな。アルコールランプの小さい火でも普通に鍋で沸かすみたいな熱湯になっていたから、もしかしたらいけるかも……!」




 ※※※




 ゴールデンウィークが終わり、久々の登校。

 クラスのみんなはもっと休みたいとか、休み中に連れて行ってもらった小旅行は楽しかったとかの話で盛り上がっている。そんな中僕は話の輪に入らず、ゴールデンウィークの後半からずっと練っていた『アルコールランプ奪取計画』を実行する為に、頭の中で何度も予行練習を行っていた。


 そうして放課後。計画の第一段階を行う時が来た。

 帰りの会が終わり、クラスメイト達はそれぞれ班ごとに割り当てられた掃除の場所へ向かっていった。今週僕の班は何も割り当てられていなかったので、僕は目的である理科室へと移動する。そこではりょーちんの班が掃除を行っていた。僕は1度深呼吸をしてから、りょーちんに声を掛ける。


(自然に、自然に……大丈夫、簡単だ)


「……な、なんだよりょーちん、まだ掃除終わんねーの?」

「おー、いっちゃん! 今日掃除ねーの? なら手伝ってくれよ」

「いいよ! 早いとこ終わらせてさ、クラブ活動の時間までカードやろうよ」

「いいねー! そういや俺さ、休み中に例のレアカード手に入れたぜ」

「マジー!? 今日持ってきてる? 見せてよ!」


 そんなやり取りの後、僕は掃除ロッカーから箒を1本取り出しりょーちんと喋りながら掃除を始めた。ここまでは順調だ。僕は手と口を動かしつつ、全開になっている窓をちらちらと確認する。


(まだりょーちんが近くにいる……今は駄目だ)


 そんな風に慎重に機会を伺っていると、担任の高橋先生が見回りにやって来た。『しっかりやってるか?』という問いに対して、班長の赤坂さんが『村中君が真面目にやってくれませーん』と返す。


「はー!? 俺ちゃんとやってるし! 先生見てよ、俺のモップがけの成果! 床ピカピカっしょ?」

「そりゃゴールデンウィーク中にワックスをかけたからな…………ともかく、大体終わってるみたいだな。よし、良助がごみ捨てに行って、それで終わりにしていいぞ」

「えー、俺かよー」


 チャンスだ!

 僕はそう思った。


「いいじゃん、さっさと終わらせようぜ。僕片付けとか窓閉めしておくからさ、りょーちん行ってきなよ」

「あー頼むよいっちゃん」


 りょーちんはモップを僕に手渡すと、ゴミ箱を持ってゴミ捨て場へだらだらと歩いていった。僕は箒とモップをロッカーに仕舞い、黒板側の窓から順番に窓を閉めていく。そうして目的である1番後ろの窓へ到着した。ちらりと、周りの様子を確認する。他のクラスメイトたちは雑談をしながらりょーちんが戻ってくるのを待っていた。


(大丈夫だ……落ち着いて……素早く、さりげなく……)


 僕は窓を完全に閉めきらず、でクレセント錠を押し上げる。こうすることでぱっと見は鍵が掛かっているように見えるのだけど、錠を受ける部分にはかみ合っていないので窓は開閉できる状態になっている。さらに内窓も閉めれば(内窓には鍵は無い)、クレセント錠の部分は内窓の窓枠で隠れて見えなくなるのでバレる事はほぼ無い。


 その後僕は何食わぬ顔で雑談をしているクラスメイト達に混ざる。りょーちんが戻ってくると、理科室から出て扉に鍵を掛け、最後に職員室で理科室の鍵を返却して掃除は終了。僕はこんな風に、夜に理科室へと忍び込むための仕掛けを施したんだ。



 理科室での一仕事を終えた僕は、りょーちんと一緒に自分の教室に戻ってきた。教室では、3人のクラスメイトがカードゲーム『ドラゴンストーン(通称ドラスト)』で遊んでいる。僕のクラスではドラストがかなり流行っており、昼休みや放課後のクラブ活動が始まるまでの隙間時間にこうして遊んでいるのだ。

 もちろん、本来学校に持って来てはいけない物なので遊ぶ際は最新の注意を払うようにしている。今日の様に人数が奇数の場合は交代で1人見張り役をたてている。最初の見張り役としてじゃんけんで僕が選ばれたので廊下側の1番前の席に座り、廊下の様子を警戒した。



 そんな風にひとしきり楽しんだ後、クラブ活動の時間になったので僕たちは各々の活動場所へと向かう。僕とりょーちんはサッカークラブなのでグラウンドに向かった。ちなみに、僕自身サッカーがそこまで好きなわけではなく、得意でもない。単にりょーちんがサッカークラブを選んだのでそれに合わせただけなのだ。

 とりあえずクラブ中は計画に関する事を行う必要が無かったので普通に過ごそうとした。しかしこの後の事を考えるとどうにも緊張してしまい、いつもならしないようなパスミスやシュートミスを頻発してしまう。そういえばこの前見た刑事ドラマで、『人は普段通りの行動をしようと意識すると、動きにぎこちなさが出てしまう』みたいなことを言っていたのを思い出し、あれは本当だったんだなぁと僕は思った。



 なんとか無事クラブ活動終了の午後5時を迎えることが出来た。『この後どうする?』とりょーちんがいつも通りの質問を投げかけて来たので、僕は『いつもの場所に行こう』と返した。

 『いつもの場所』というのは学校から歩いて10分程の所にある町民センターだ。中は空調が効いていて、休憩スペースには椅子と机があり、自販機や無料で飲める麦茶があったりと、カードゲームをするにはもってこいの場所なのだ。僕らが町民センターに到着すると、既にうちの学校の生徒が休憩スペースでドラストをやっていたので僕らもそれに混ざり、閉館時間である午後6時まで楽しんだ。



 その後はコンビニで立ち読みをしたり、駄菓子を買ってコンビニの裏で雑談するのが僕らのいつもの行動パターンである。裏手に隠れるのは、下校中の買い食いが禁止されているから見つからないようにするためだ。こうして隠れながら食べる駄菓子はまた格別だなと、僕らは笑いあった。

 そんなこんなで時刻は午後6時半、ここでりょーちんとは解散する。いつもならここから家路につくのだけれども、僕は学校を目指し歩いていく。そう、ここからが本番なのだ。

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