蔦浦君と限定クリアファイル

1

「ワタクシの大切なクリアファイルがどこかに消えてしまいましたの!」 



 6月のとある火曜日、1つの事件が発覚した。

 朝の会で先生からの連絡が終わり「みんなから何かあるか?」と高橋先生が声を掛けた所、明るい茶色でゆるい縦ロールに巻かれたロングヘアに、高そうなドレス風の黒いワンピースで身を包むという『お嬢様ファッション』の女の子、観月 麗華みづきれいかがまっすぐ手を伸ばし声高らかにそう唱えたのだ。



「えーっと麗華、どこかで失くしてしまったから見かけた人はいないかって事か?」

「いいえ先生! そのクリアファイルはワタクシの宝物でして、普段は鞄の中に入っておりますの。ですから、どこかに置き忘れるという事は絶対にございませんわ!」

「んん? 鞄の中? 普段は使っていなかったという事なのか? どうしてそんな物を持って来ているんだ」

「そのクリアファイルに描かれている絵が神の如きクオリティでして、ワタクシは休み時間それを眺めて英気を養っておりましたの」

「そ、そうか。だが、だとすると……」

「ええ、わかっております。ワタクシだってクラスメイトに向かってこんな事を言いたくありませんわ……でも、心を鬼にして言わせて頂きます。クリアファイルは、盗まれてしまったのですわ!」


 そんな観月さんの言葉が教室に響き渡り、クラスは騒然となった。


「えーみんな静かに! さてどうしたもんか……まず、麗華。もう一度よく探してみてくれ。ちゃんといつもの場所に仕舞ったでも、後で違う所から出てくるなんてのはよくある事だからな。先生もな、車や家の鍵をいつもの場所に置いたつもりが、ベッドの下とか冷蔵庫の中から出て来たことがあるんだぞ」

「わ、わかりましたわ」

「それと、みんなも探すのを協力してあげてくれ。どんなクリアファイルなんだ?」

「ええ。そのクリアファイルは、かの有名な神アニメ『激撮げきさつ! 銀河少女隊ギャラクシーガールズ』の書下ろし限定クリアファイルなんですの!」

「げきさ、何だって?」

「激撮ギャラクシーガールズ。略して『GGGスリージー』、もしくは『ギャラガ』ですわ」

「そ、そうか。それはどんな絵が描かれているクリアファイルなん……」

「せんせー、大丈夫だよ。俺らそのクリアファイルちゃんとわかってっから」

「本当か、良助。ってことは今うちのクラスで流行っているアニメなのか」

「いや、全然? 観月をはじめとした何人かが騒いでるだけなんだよ。しつこく見せつけてくるから覚えちゃっただけなんだ」


 そんなりょーちんの言葉に対し、観月さんはいきり立って反論する。


「はぁー!? 今何と!? 聞き捨てなりませんわね!」

「事実じゃん。布教だなんだって言って無理矢理流行らそうとして」

「『良い物』を広めようとして何がいけないんですの!? それに無理矢理だなんて心外ですわ! ワタクシたちは純粋にこの作品の素晴らしさを広めたくて……」

「無理矢理だよ。こっちは興味ないって言って断ったのに、後から何回もしつこく来てるじゃねーか。なぁ?」


 りょーちんがそう声をあげると、一部の男子たちは一斉に賛同する。


「そうだよ、全然つまんねーよそのアニメ!」

「なんか雰囲気が暗いんだよ!」

「俺らをハマらせたかったら、もっと『熱い』もん持って来いよ!」


 そんな男子たちの言葉に対し、すかさず観月さんを含むギャラガファンの女子たちが声をあげる。これをきっかけに両者ヒートアップしてしまい、教室中は大混乱となってしまった。


「この作品に込められたメッセージを理解できないなんて、あなた方国語のお勉強が足りてないんじゃありませんこと!?」

「そうよ、この作品は繰り返し見る事によって『深さ』を味わえるの!」

「うるせーよ! アニメはな、頭空っぽにして楽しめるのがいいんだろ! パッと見て、ワッと盛り上がって、グッと感動する。それでいいんだよ!」

「そうだよ、アニメ見るのにいちいち頭使いたくねぇよ」

「ちゃんと見ていないのに勝手言わないで! 良し悪しを語りたいんなら、まずは私達と同じ『高み』まで来てからにしなさいよ!」

「『深い』のか『高い』のかどっちなんだワケわかんねーよ!」

「全員静かにしなさい!」


 結局、具体的にどうするかを決められぬまま1時間目の授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。結果、うちのクラスは3つの勢力に分かれる事になった。

 1つはりょーちん達の『ギャラガ否定派』。もう1つは観月さん達の『ギャラガは至高ですわ派』。最後の1つはそのどちらにも属さない『中立派』である。ちなみに、クラスメイトの大半は『ギャラガは別に好きでも嫌いでもないけど、クリアファイル探しは手伝うよ』という風に思っていたので、中立派の1番数が多かった。



 僕はというと……中立派に身を置いてはいるけど、その『クリアファイル盗難事件』には興味津々だった。というのも、別に観月さんの為に事件を解決したい! と思っているわけではない。単純に、僕の中の『探偵欲求』が刺激されただけだった。

 そう、先日起きた『アルコールランプ盗難事件(犯人は僕)』にて、青梅先生の探偵っぷりを目の当たりにしてからというものすっかり『探偵』に夢中になってしまったのだ。今まで全く興味の無かった謎解きクイズ番組やサスペンスショーを毎週かかさず見るようになったし、探偵が出てくる漫画も読み漁った。こうやって日々推理力を鍛え、いつ事件が起きてもいいように備えていたんだ。


 ……しかし、肝心の事件が起きなかった。

 確かに探偵の推理が必要とする事件なんてものは早々起きないのが普通なわけで、僕の事件を除くと、今までの小学校生活で事件らしい事件は1度も起きていなかった。それに、テレビか何かで『実際の探偵の仕事は小説やドラマの様に事件を解決する事では無く、人探しや素行調査ばかり』と聞いた記憶がある。つまり、『推理をする探偵』なんてものは現実ではそうそうお目にかかることが出来ないということだ。そう考えるとどうやら僕は中々レアな体験をしたらしい。

 そんなレアな体験をさせてくれた探偵、青梅先生はどうしているのかというと……いつも気怠そうな雰囲気でだらだらと授業を行い、それ以外の時間は理科準備室に引きこもってだらだらしている。つまり、四六時中だらだらしていた。ひとたび事件が起きればシャッキリするのではないかと思ったけど、思い返してみると僕の事件の推理を披露している時も気怠そうに喋っていたので、元来だらだらとしている人なんだと思われた。

 何度か理科準備室へ遊びに行ったけど、基本的に1人でいるのが好きらしく特に用事が無いとすぐに追い出されてしまった。ということで、あの日以来僕は『探偵欲求』を満たすことが出来ずに悶々とした日々を送っていたのだ。そんな時に突如発覚したこの事件は、観月さんには申し訳ないのだけど僕にとって非常に魅力的なイベントに思えた。なので、僕はすぐに捜査を開始した。

 

 まずは観月さんに詳しい事情を聴くことにした。観月さんの話によると、そのクリアファイルを最後に見たのは月曜日の昼休み、5時間目が始まる少し前に眺めていたのが最後との事だった。その後、授業が終わり教室の掃除をし、帰る途中町民センターに寄って仲の良い友達とギャラガ談義で1時間ほど盛り上がった後帰宅。宿題をやろうと思い鞄を開けた所、クリアファイルが無くなっている事に気が付いたらしい。

 つまり、クリアファイルが盗まれたのは授業終了後から家に帰宅するまでの間。多分掃除をしている時、もしくは町民センターにいる時のどちらかのタイミングで隙を見て盗まれたんだと思う。盗まれたであろうタイミングを絞った後は聞き込みだ。それらのタイミングで、観月さんの鞄に近づいた人を見かけなかったかを片っ端から聞いて回る。



 ただ……目立った成果は得られなかった。それどころか、僕の前に大きな壁が立ちふさがってきた。掃除をしている時の聞き込みはうちのクラスだけで十分なんだけど、町民センターいた時についての聞き込みはそうはいかなかったからだ。町民センターに来るのはうちの学校の生徒だけではない。中学生や大人の人達だって利用している。つまり、町中で聞き込みをしなければいけないんだ。そのことに気が付くと、僕は自分の小ささを思い知るくらいの途方もない景色が広がったかのように気が遠くなってしまった。


 だけどやってみないことには始まらないので、まず僕は学校中で月曜日町民センターに行った人はいないか聞いて回った。こういう時りょーちんと協力できればと思った。彼は僕よりも、というかクラスで1番コミュニケーション能力が高い。きっと今の何倍もの効率で聞き込みが進んでいたことだろう。でも、りょーちんは『ギャラガ否定派』の中心にいたので力を借りることは出来なかった。『中立派』の中から協力者を探す事も出来たけど、自分自身の力で事件を解決してみたかったので僕は躍起になって1人で捜査を続けたんだ。


 そんな中、事件が大きく動いたのは捜査開始から2日目の木曜日のことだった。

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