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観月さんの『クリアファイル盗難事件』発覚から2日後。今日も僕は地道な聞き込み調査を行っていた。しかし今の所、手掛かりという手掛かりは見つかっていない。
こんな方法で本当に事件解決の糸口を掴めるのだろうか? そもそもこの捜査方針自体が間違っているんじゃないんだろうか?
そんな考えが頭をよぎり心が折れそうになる。青梅先生に相談してみるという手もあるけど……これは僕が探偵に憧れ、初めての挑戦する事件なんだ。出来れば自分の力で解決したかったので、先生に頼るのは最終手段にしようと僕は思った。
そして昼休み。聞き込みに出発しようとした時、1人のクラスメイトに呼び止められた。僕を呼び止めたのは
石田さんとは普段あまりしゃべらないし、住んでいる地区も遠かったので一度も遊んだことは無い。僕に何の用だろうと思っていると、石田さんはひょこひょこと右足をかばうようにしながらゆっくりとこちらに向かって歩き、数冊の本を僕に手渡してきた。
「はい、これ。頼まれていた本」
「えっ、本?」
「うん。探偵の本が読みたいからおすすめの本を教えてって言ってたでしょ?」
「……あ、そうだった!」
そうなのだ。例の事件以来探偵に憧れていた僕は漫画だけではなく、苦手な小説にも挑戦しようと考えたんだ。そこで図書委員の石田さんに、『探偵が出てきて、なおかつ読みやすい本』を知っていたら教えてくれないかと頼んでいたのだった。2週間以上前のことなのですっかり忘れてた。
「ありがとう! これ、面白い?」
「さぁ?」
「えっ、さぁって……」
「ごめんね、私ミステリってジャンルはあまり読まなくて……それで、最初は図書室に置いてある中で有名な小説にしようと思ったの。ホームズとかね。そんな時、丁度近くにいた六本木先生に『ミステリが好きなのかい?』って聞かれて。で、事情を説明したら『翻訳本は少し読みにくいかもしれないね』って言って、先生が持っている中でおすすめの本を貸してくれたの。それがその本よ」
「そうだったんだ。六本木先生が……」
青梅先生と同じく教科担任制の試験的導入の為に臨時で呼ばれた先生の1人で、担当教科は国語。背が高くて、刈り上げマッシュがよく似合うイケメン。そんな外見と柔らかな物腰で、初日で早狩小学校の大半の女子の心を掴んでしまったのだ。僕が密かに想いを寄せている淡島さんも「六本木先生カッコイイよねー!」なんて話をしており、それを聞いた日僕は寝込んでしまったという苦い思い出がある。言うなれば六本木先生は僕のライバルなんだけど、ここはありがたく本を借りることにした。
「木林君からもちゃんとお礼言っといてね」
「ああ、もちろん」
本を自分の机に置き、再度聞き込みへと出発しようとした時、またしても僕はクラスメイトに呼び止められる。しかも、今度は「木林さん!!」と、教室中に響き渡るくらいの大声でだ。そんな風にして僕を呼び止めたのは、観月さんだった。
「ちょっと木林さん、どういうおつもり!?」
「は……? 何が?」
「見てたわよ! こんな状態の素子に本を運ばせるなんて! あなたが自分で取りに行きなさいよ!」
「こんな状態って…………あっ!」
石田さんはおとなしそうな外見とは裏腹に、バドミントンで全道大会に出場するほどの腕前の持ち主だった。しかし、1か月ほど前クラブチームで練習中に右足のアキレス腱を切ってしまったらしい。現在は殆ど治っているらしいのだけど、先程のようにまだ少し歩きづらそうにしているのだ。
「ごめん! 忘れてた!」
「き、気にしないで。麗華ちゃん、私は大丈夫だから」
「油断はいけませんわ! 怪我も風邪も、治りかけが一番怖いんですのよ! またブッツンといってしまうかもしれないじゃありませんか、ブッツンと!」
観月さんは大袈裟というか過保護なくらいの心配ぶりを見せている。そんな様子を見て、僕は相変わらずこの2人は仲がいいなと思った。観月さんと石田さんは一見すると正反対のタイプの子なんだけど、1年生の頃からずっと仲が良いのだ。確か、親同士が仲が良くて家族ぐるみの付き合いをずっとしていると聞いたことがある。
「ほんとに大丈夫だから」
「……まあ、素子がこう言っているので許して差し上げますわ。さておき、木林さん。調査の方はどうなっているのかしら?」
「ああ、えっとね。大体の4、5年生への聞き込みは大体終わったんだ。残念ながらこれといった手がかりは無かった。それで残るのは下級生たちなんだけど、どうしようかなって」
「どうしようとは?」
「下級生達ってあんまり町民センター来ないでしょ? 上級生がよく集まっているから。まあ僕らはいじめたりなんかはしてないんだけど」
「ええ、わかりますわ。ワタクシたちも小さい頃は何となく近寄り難い雰囲気を感じていましたからね」
「だから下級生たちへの聞き込みは無しにして、それ以外の人達への聞き込みをしようかなって」
「それ以外のというと……中学生や大人の方々ですよね? どうやってするおつもりなんですの? まさか町内の家一軒一軒お訪ねするつもりなのかしら?」
「さすがにそれだと時間がかかりそうだからさ、張り紙とかチラシを使おうかと思うんだ。よくあるでしょ? コンビニとかスーパーに『迷子犬探しています』みたいな張り紙。あれと同じ感じでさ、『月曜日の○○時頃、町民センターにて早狩小学校6年、観月麗華さんの持ち物が盗まれた可能性があります。何か目撃した人や、心当たりがある人は○○までご連絡ください』みたいな物を色んな場所で貼らせてもらえないかなって考えたんだ」
「なるほど、それはいいかもしれませんわね……わかりましたわ! その張り紙を作るのはワタクシが引き受けます。なので、木林さんには下級生たちへの聞き込みをお願いしてもよろしくて? 可能性は低くても念の為行っておいた方がいいでしょう」
「ああ、いいよ!」
僕のやる気は一気に満ち溢れた。今の会話は、まさに『探偵と依頼人のやり取り』って感じがしたからだ。こういうのがしたかったんだよと思いつつ、観月さんたちと別れ聞き込みへ出発しようとしたのだが、信じられないことに僕は三度クラスメイト呼び止められてしまったのだ。
僕を呼び止めたのは、
蔦浦君は地味なチノパンに地味なシャツ、坊ちゃん刈りに丸眼鏡という格好をしており、彼もまたどのクラスにも1人はいそうな『おとなしくてマジメそうな子』だった。蔦浦君も石田さんと同様あまりしゃべったことは無く、遊んだことも殆どなかった。
「どうしたの? 蔦浦君」
「ちょっと、木林君に話したい事があるんだ」
「へぇ、いいよ。何?」
「あの、えっと……ここじゃまずいんだ……」
「あ、そう? じゃあどこか人気のない所にでも」
「い、いや! 学校内はマズイ! かもしれない……」
「そ、そう……」
蔦浦君は終始何かに怯えるような、おどおどとした雰囲気を纏っていた。これを見た僕は、すぐに『嫌な予感』を感じたんだ。確かに、それは校内で話さない方が良いだろう。ということで、僕は放課後蔦浦君を自分の家に招待した。
※※※
「あれぇ兄ちゃん。なんでいるの?」
苫小牧の高校に通う兄は電車の関係で帰りの時間は早くても17時頃なのだが、今は14時半。蔦浦君を連れて家に入った僕はいる筈の無い兄に驚きつつそう声を掛けた。
「おう、おかえり」
「学校どうしたのさ、早退? サボリ?」
「今はテスト期間中なんだよ」
「え? テストだから何なの?」
「高校だとな、テスト期間中は午前中テストを受けてその後すぐに帰されるんだよ。部活動も一切なし。それを何日かに分けて全教科のテストを受けるんだ。ま、これは高校によって微妙に違うみたいだけど、うちの学校はそんな感じだな」
「へーいいなー! あ、蔦浦君。これ、僕の兄の大樹兄ちゃ……え……?」
蔦浦君に兄を紹介しようと振り向くと、彼は目をまんまるにしてテレビの画面に釘付けになっていた。
「な、何? どうかした?」
「お、お兄さん……その映像はもしかして……」
「ん? これかい? これは最近発売された『激撮! 銀河少女隊』の劇場版DVDに付いてくる……」
「OVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)ですよね!?」
蔦浦君は大声でそう答えた。僕が呆気にとられていると、兄ちゃんはニヤリと笑って話を切り出した。
「ほう……この1シーンだけで見抜くとは。やるね、キミ」
「ハイ。テレビ放送していた分は全て記憶してありますし、劇場版はもちろん初日に観に行き、その後3回ほどリピートしました。ただ、DVDはまだ買っていません。なので、そんなボクが唯一記憶にないシーン、それは……特典OVAだけなんです」
蔦浦君は眼鏡をクイ……とゆっくり上げつつ渋い声でそう答える。
そう、実はうちの兄ちゃんも観月さんに負けず劣らずのギャラガファンだったのだ。最初は葉子がリビングで見ていたのを僕らも一緒になってなんとなく見ていただけなんだけど、兄ちゃんはだんだんとはまっていき今ではご覧の通りなのである。そんな兄と今こうして対等に語り合っている蔦浦君もまた、筋金入りのギャラガファンなんだろうなと思った。
教室での怯えたような態度、そしてかなりのギャラガファンであること。これらの事から、おそらく蔦浦君の『話したい事』に対する僕の予感は当たっているのだろう。別に悪い内容では無いんだけど…………犯人からの自供かぁ。初めての事件は自力で解決したかったなぁ。
観月さんのクリアファイルを盗んだのはきっと蔦浦君だ。楽しそうに兄と会話をしている彼を見ながら、僕はひっそりとそう思った。
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