3

 兄ちゃんとのギャラガ談義に熱中していた蔦浦君をなだめ、僕は彼を自分の部屋に連れてきた。そこでじっくりと話を聞く体制を整えると、蔦浦君はぽつりぽつりと語り出す。



「──というわけで、実は僕『ギャラガ』の大ファンなんだよ」

「さっきの様子を見てそうだと思ったよ。それで大事な話ってのはもしかして……」

「うん。今騒ぎになっている観月さんのクリアファイル盗難事件の犯人は僕なんだ」


 僕はまあ、そうだろうなと思った。

 しかし、それだとわからないことがある。蔦浦君はそれを僕に伝えて何をしたいのだろう? 盗んだクリアファイルを返せばこの事件はそれで終わりのはずなんだけど……謝りに行くのが怖いから、一緒に来てくれないかということなのかな?

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、クリアファイルを返そうと思っている所なの?」

「いや、クリアファイルは返したんだ」

「…………は? いやいや! そんな話観月さんから聞いていないけど」

「うん。だって、まだ観月さんの手元にはクリアファイルは届いてないからね。ほら」


 そう言って蔦浦君は鞄からクリアファイルを取り出す。それにはメインキャラと思わしき女の子が3人と、『激撮! 銀河少女隊』というロゴが描かれている。よく観月さんが教室で眺めていたので見覚えがあった。

 しかし、全く意味が分からない。犯人が判明したっていうのに、何でこの事件は解決するどころかさらにややこしいことになっているんだろう?


「ごめん、全然意味が分からないんだけど……」

「あっ、そうだよね! 順番に説明するよ。まず、話は月曜まで遡るんだけど──」




 ※※※



 

 ──さっきも話した通り、僕は『激撮! 銀河少女隊』、通称ギャラガが大好きなんだ。テレビに流しっぱなしにしていたのをたまたま見かけて、何か惹かれるものがあったからそれ以降毎週見るようになってね。そうしたらどんどん夢中になっていって……気が付いたら立派なギャラガマニアになっていたよ。

 

 そんなわけで、ただ単にアニメを見るだけでなく色んなグッズも集めるようになったんだけど、どうしても手に入らないものがあった。それが例のクリアファイルだよ。観月さんが言っていた通りあれは限定品でね……コンビニとのコラボ企画で、対象商品を○個買った時に○○をプレゼント! っていうの見かけたことあるでしょ? あのクリアファイルもそれ系の物だよ。そのクリアファイルがどうして手に入らなかったかというと……ああいった限定グッズを手に入れようとした時、2つほど障害があるからなんだ。



 1つ目の障害はコラボ企画をするコンビニが限られているって事。今回ギャラガとコラボしたのはファミマなんだけど、樹君も知っての通り早狩町にあるコンビニはセブンイレブン一軒だけ。つまり、手に入れようとしたら最低でも千歳か苫小牧まで行かないといけないんだ。僕ら小学生にとってそれは大きな障害だよね。

 2つ目の障害はキャンペーングッズは数量限定かつ、先着順ってこと。だから、『ガチ勢』と呼ばれる人や転売目的の人はキャンペーン開始の日付になった瞬間コンビニに訪れる。そしてすぐにグッズの配布は終了してしまうらしいんだ。僅かな可能性に賭けて、夕方になってから親に苫小牧と千歳のファミマに連れて行ってもらったけど、どこも昼前にはキャンペーンは終了したと聞かされたよ。僕らのクラスじゃギャラガはあまり流行っていないけど、実はかなりの人気があるんだ。

 

 わかってくれたかい? 近場にファミマが無いというハンデがある上に、あんなスピードでグッズが品切れになってしまうんじゃ正攻法で手に入れるのはほぼ不可能なんだ。そのキャンペーンが行われていた日は平日で、両親は仕事だったから頼むことが出来ない。自力で手に入れようと思ったら学校をずる休みするしかなかったんだ。

 ネットのフリマアプリに出品されている物を買うって方法もあったんだ。非売品という事で今5000円くらいの値段が付いているけど、溜めているお小遣いを使えば自腹で買えなくはない。だけど、両親は買う事を許してくれなかったんだ。限定クリアファイルと言っても、書下ろしの絵が描かれているの除けば1枚100円以下のクリアファイルと何も変わらない。「そんなものに5000円も使うのは流石に許可できない」ってね。僕は何度も後悔したよ。あの日、ずる休みをしてでもクリアファイルを手に入れに行くべきだったと……



 え? ああ、ごめんごめん。もう本題に入るよ。

 でもまあ、これでいかに僕があのクリアファイルに執着していたか分かってくれたと思う。だから、観月さんが教室で眺めているのを見て何度も羨ましいと思っていた。そんな日々を過ごしていたある日、またとないチャンスが訪れたんだ。


 そのチャンスっていうのは今週の月曜日、町民センターで起こった。

 町民センターでドラストをやっているクラスメイトたちに混ざろうと思って僕も行ったんだ。で、僕が到着したちょうどその時、中で遊んでいた子たちが一斉に職員の人達がいる事務室へ移動しようとしているのを見かけたんだ。

 町民センターの職員の人でさ、若くてお菓子作りが趣味の人がいるでしょ? そうそう、鹿島さんって人。あの人がたまに作ってきたお菓子を町民センターで遊んでいる小学生たちにわけてくれるのは樹君も知っているよね? 僕が遭遇したのはその時町民センターで遊んでいた子たちがお菓子を貰いに行く瞬間だったんだね。


 そして。僕の目に、誰もいない休憩スペースにたくさんの鞄が放り出されているのが映っていて、その中に観月さんの鞄もあった。さっき事務室に向かった一団には僕の姿は見られていない…………気が付くと、僕は観月さんの鞄を漁っていたんだ。

 自分でも信じられないくらい迅速に行動して、クリアファイルを盗み出すまで多分30秒掛かってなかったと思う。その後、お菓子を貰いに行った子たちが戻ってくる前に僕は町民センターから飛び出した。これが、今回のクリアファイル盗難事件の真相なんだ。

 

 盗んだ瞬間、今まで感じた事の無い感覚が襲ってきた。ずっと欲しかった物が手に入ってすごい嬉しかったんだけど、何か気持ち悪くて落ち着かない。そして時間が経つにつれ、嬉しさよりもその気持ち悪さが大きくなっていった。で、気が付いたんだ。ああ、これが『罪悪感』って奴なんだって。

 寝る頃には嬉しいという気持ちはほとんど残っていなくて、僕の心の中は罪悪感でいっぱいになっていたんだ。12時を越えても全く眠くならなくて驚いたよ。こんな気持ち、到底耐えることは出来ないと思ってクリアファイルを観月さんに返そうと決心した。そうしたら、やっと眠りにつくことが出来たんだ。



 それで、次の日の火曜日。

 いつ、なんて言ってクリアファイルを返そうかを朝からずっと考えていたんだけど、知っての通り火曜日の朝の会であの大騒ぎが起きて、クリアファイル盗難事件がクラス中に知れ渡った。こんな大ごとになってしまうなんて……と、僕はガクゼンとした。虫のいい話だけど、可能ならば誰も見ていない場所でこっそりと観月さんに謝罪をして、ひっそりとこの事件を終わらせたいと思っていたんだ。でも、これだけ大ごとになってしまったらそれはもう無理だと悟った。だから、僕はこっそりとクリアファイルを返すにしたんだ。


 いつクリアファイルを返したかというと、その日の3時間目の体育の時間だよ。あの日、僕はトイレへ行きたいと言って途中抜け出したでしょ? 憶えていない? ああいや、別にいいんだけどね。

 とにかく、その日の体育は外での授業でトイレに行くとなると校舎まで戻らないといけないわけだから、5分くらい戻らなくても怪しまれないだろうと考えたんだよ。その結果、僕は誰にも見つかることなく教室に戻って観月さんの鞄にクリアファイルを戻すことに成功した。


 で、問題はここからなんだ。体育の授業が終わって軽い足取りで教室に戻った僕は、入った瞬間とある不可解なことに気が付いた。机の横に付いているフックに掛けていたはずの僕の鞄が、机の上に乗っていたんだ。僕はなんだか嫌な予感がして、誰にも見えないようこっそりと鞄の中を覗き込んだ。何が入っていたと思う? そう、クリアファイルだよ。しかも、ファイルの中には何やら紙が入っていた。

 教室の中で鞄から出すわけにはいかないから、僕は家に帰ってからクリアファイルを確認してみた。中にはルーズリーフが1枚入っていて、上の方に『謝 罪 し ろ』って書いてあった。え? ああ、もちろん持って来ているよ。はい、これ。不気味でしょ? 綺麗な字なんだけど、『謝』『罪』『し』『ろ』それぞれの文字の大きさがバラバラでさ。

 まあ書き方はともかく、これを僕の鞄に入れた人は観月さんに謝罪しろと言っているみたいなんだ。ただ、さっきも言った通り僕は直接謝罪するのが怖くて……だから、クリアファイルに謝罪文を入れて返却することにしたんだよ。自分の名前を書こうか最後まで悩んだけど……結局書くことが出来なかった。



 で、次の日の水曜日。

 この日は昨日みたく体育の授業や教室移動がなかったから、クリアファイルを観月さんの鞄に入れるチャンスが無かった。結局放課後、誰もいなくなるまでいろんな場所で隠れつつ過ごして、うちのクラスメイト全員が帰った後に観月さんの机にクリアファイルを入れたんだ。これで事件は終了するはず……そう考えたんだけど、どこか不安だった。観月さんは僕の書いた謝罪文を見て許してくれるだろうか? そもそも、あの紙を僕の鞄に入れた『差出人』、いや、『探偵』は誰なんだろう? そんな風にぐるぐる考えつつその日僕は眠りについたんだ。



 次の日、木曜日。つまり今日だね。

 学校に行くために家を出たら、郵便受けに封筒が入っていたんだ。えっと、手紙を送るような小さい奴じゃなくて、A4サイズの紙が楽に入るような大きめの……あ、現物を見てもらった方が早いか。はい、これだよ。




 ※※※



 

 僕は蔦浦君からその封筒を受け取った。宛名は何も書かれていない。何が入っているかは大体予想が付いていたから何も聞かず、中身を取り出す。中からはやはりギャラガのクリアファイルと、A4サイズの白い紙が出て来る。その紙には、新聞の切り抜きで文章が作られていた。



『直接』『会』『ッ』『て』『謝罪』『し』『ろ』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る