4


 それはまさしく刑事ドラマの誘拐事件の話で出てくるような脅迫文で、「実際にそんな物を見ることが出来るなんて!」と一瞬僕はテンションが上がったものの、その手紙が放つ不気味さを感じすぐ冷静になった。


「樹君、どう思う?」

「えっとまずは…………蔦浦君は、どうしてこの事を僕に?」

「それはさ、樹君はこの事件を色々と調べていたでしょ? それで何か僕の知らない情報を持っているんじゃないかなって思って」

「ああ、そっか。でも、正直に言うと事件の捜査は全然進んでいなかったんだけどね」

「そうなの?」

「うん、犯人である蔦浦君からは全然遠い所を捜査していたぐらいで……まぁそれはいいや。僕が気になったのは、その探偵は観月さんの鞄に返したクリアファイルをいつ、どうやって蔦浦君の鞄に戻したのか? そして、どうして2度にわたって謝罪を要求してきたのか。大きく分けてこの2つかなぁ……蔦浦君自身、何か心当たりとかってあるの?」

「心当たりって程じゃないんだけどさ。観月さんへの謝罪を要求しているから、観月さんと仲が良い人たちの中の誰かなのかなぁ……くらいだね」

「でもそれだと、どうしてその探偵は直接言ってこないんだろう?」

「そうなんだよね。謝罪させたいんならどこかに僕と観月さんを呼び出して、『謝罪の場』を作った方が手っ取り早いと思うんだけど。その人は探偵だとバレたくないのかなぁ」

「それはどうして?」

「たとえば……なんとなく恥ずかしいから、とか? あとは、犯人である僕に報復されると思って正体を隠そうとして」

「蔦浦君はそういうことをするタイプに見られないと思うけどなぁ」

「うん、自分でもそう思う…………駄目だ、他には何にも思いつかないよ」


 しばらくの間黙って思考を巡らせていると、僕はある事に気が付いた。


「そういや、探偵のことよりも大事な事を忘れてた」

「大事な事って?」

「『直接会って謝罪しろ』って言われてるけど、どうするの?」

「あー、それね…………正直言うと怖くてしたくないんだ」

「怖いって言うのは観月さんが?」

「ううん。あの人結構ハテンコウな所あるけど、話を聞いてくれないって程じゃないからね。僕が怖いのは周りの人っていうか、周りの目っていうか……もし観月さんに謝罪している所を誰かに見られたり、観月さんが誰かに言ってしまったらと思うとさ……」

「ああ。火曜日の朝の会でクラス全員に知れ渡っているわけだから、誰か1人にバレただけであっという間にクラス全体に広まっちゃうんだね」

「うちのクラスだけならまだマシだよ。「6年の蔦浦って奴がクラスメイトの物を盗んだらしいよ」っていう噂が学校中に広まって、そこから生徒たちの兄弟、親、その知り合い……って言う風にさ、どんどん町中にまで広まっちゃうんじゃないかって思って……僕、怖いんだよ」

「うーんじゃあ……先生に相談してみる?」

「怒られないかな? それに、先生と相談している所を万が一誰かに聞かれたら……」

「いや、流石に大丈夫じゃない?」

「盗みをした僕が悪いんだ。でも、どうにか穏便に済ましたい……樹くん、何とかならないかな? 謝りたい気持ちも本当にあるんだ。だけど僕、勇気が出ないんだ。どうしても怖くて……!」


 そっか。の場合は青梅先生が早期に発見して手を打ってくれたから、周りに全く広まらずに終わらせることが出来た。でもこの事件は状況が全然違うわけで……蔦浦君はギシンアンキになって先生に頼る事も出来ないんだ。

 どうするべきだろう? 蔦浦君の言うとおり、考えなしに観月さんの所へ直接謝罪に行けば周りに広まってしまう可能性は高いと思う。でもだからと言って、探偵からの『要求』を無視してしまっても大丈夫なのかな? 怒った探偵は、蔦浦君の事をクラスのみんなにバラしたりしないだろうか。

 僕には判断することが出来なかった。最悪の場合、蔦浦君は周りからの目を気にして不登校に……なんて可能性もあるからだ。


 『探偵』の正体を掴み、蔦浦君は本当に反省しているからどうか穏便に済ませてあげて下さいと頼む事が出来ればいいんだけど……それも難しかった。その探偵の正体は勿論の事、蔦浦君が犯人だという事を見抜き、観月さんに返却したクリアファイルを再び彼の鞄へと戻した方法についてすら見当が付いていないんだ。おそらくここら辺が僕の限界なのだと思う。担任の高橋先生に今回の事件の犯人は自分だと正直に名乗り、相談するのがベストなんだろうけど……蔦浦君はそれを嫌がっている。



 ……となると、方法は一つ。青梅先生の力を借り、周りに広まらないようこっそりと探偵の正体を明かす事だ。あの人ならいい知恵を貸してくれるかもしれないし、蔦浦君の名前を伏せて相談すれば万が一誰かに聞かれても彼に被害が及ぶことは無いと思う。僕は部屋の時計を確認した。時計の針は午後4時近くを示している。今から学校へ行けばまだ先生は居るかもしれない。


「よし、わかった。蔦浦君、僕はこれからとある人からアドバイスを貰って来るから、その結果は夜に電話で教えるよ」

「とある人って?」

「それはちょっと。でも大丈夫、周りに秘密をべらべらと喋る人ではないから。多分だけど。もう僕にはこれぐらいしか思いつかなくて……蔦浦君がダメって言うなら他の手を考えるけど」


 青梅先生の事は隠しておいた。詳しく説明するとなると、僕自身の事件も語らないといけないからだ。


「いや、信じるよ。僕は何も思いついていなんだ。身勝手な頼みな上に任せっきりで申し訳ないんだけど……お願いします」

「うん。じゃあ探偵から送られてきた2枚の紙を借りても良いかな? あ、あとさ。僕の事はみんなみたいに『樹』とか『いっちゃん』でいいよ。男子で君付けで呼んでる人はほとんどいないから、そう呼ばれるとなんか変な風に感じるんだよね」

「わ、わかった。じゃあ、はいこれ。それと……僕もサトシでいいよ」

「おっけー。じゃあ、サトシ。また夜に電話するから」

「うん。よろしくね、いっちゃん!」


 


 ※※※




 午後4時半。

 今の季節はまだまだ明るいのだけど、がらんとした校舎には少し不気味な雰囲気が漂っていた。そういえば、『夜の校舎』っていうのは怪談話とかのせいですごく怖い印象があったけど、アルコールランプを盗んだ時は全然そんな感じはしなかった。あの時はそんな事に気が付かないくらい必死だったのかな……なんて考えながら、僕は理科室までやってきた。


 理科室の入口の横に、100円ショップで売ってるような安っぽい小さなホワイトボードが引っ掛けてあるのを発見した。そのホワイトボードはマジックの線で4つに区切られていて、それぞれに『理科室にいます』『校内にいます』『職員室にいます』『帰りました』と書かれている。それを確認してみると、『理科室にいます』の所に青いマグネットが張り付けてあった。

 中に入ると、予想通り理科室には誰もいなかった。いつも通り理科準備室に居るんだろうなと思い準備室のドアをノックする。すると、いつも通りの気怠そうな「はぁい」という返事はいつまでたっても聞こえず、しばらくするとドアが開き中から春日井さんが現れた。

 


「えっ? あれっ? 青梅先生は?」

「蓮子ちゃんなら教頭先生に呼ばれて慌てて出ていきましよ」

「あっ、そうなんだ。だからホワイトボードが……」

「どうかしたんですか?」

「えっと、ちょっと相談したい事があったんだ」

「そうですか。では中へどうぞ。多分そろそろ戻ってくると思います」

「うん」


 春日井さんに続いて僕は理科準備室へ足を踏み入れた。中は相変わらず快適そうな空間が広がっている。春日井さんは部屋の中心に置かれているソファに腰を掛け、何やらノートにペンを走らせている。僕はその対面のソファに腰をかけた。


「それ、宿題?」

「そうです。蓮子ちゃんを待っている間暇だったので」

「待ってるって、何で?」

「この後千歳で買い物をする約束をしているのです」

「あ、そっか。春日井さんと先生って、いとこじゃなくて、えっと、ひとこでもなくて……」

「はとこです」

「そうそう、はとこはとこ」

「木林君は何の相談だったんですか?」

「今うちのクラスで観月さんのクリアファイル盗難事件が起きてるでしょ? それについて、ちょっとね」

「そういえば木林君は色々と探偵さんをしていましたね。捜査の方に何か進展があったんですか?」

「うん」

「事件についての相談相手が蓮子ちゃんなのはどうしてですか?」


 僕は「しまった!」と思った。

 普通に考えれば、自分のクラスの事件について相談する相手は担任の先生なわけで。それが全然関係のない、ましてや早狩小学校の正規の先生ではない青梅先生に相談するのは不自然と思われて当然だ。

 「青梅先生の推理力を期待して相談しようと思ったんだ」→「どうしてそんな事を知ってるいるんですか?」→「実はとある事件で僕が犯人だと見抜かれて……」なんて馬鹿正直に説明できるわけが無い。何と言って誤魔化そうかしどろもどろになっている時に、事務机の上に山になっている文庫本の中でとあるタイトルが目に留まった。


「あっ! それ!」僕は本の山を指さしつつ駆け寄る。

「……その本が何か?」

「うんほら、この……シャーロック・ホームズの冒険って探偵の本でしょ? 他にも……この、あがさ……くりすてぃ? って人の本も確か推理小説、だったような」

「そうですね、とても有名な作家先生ですよ」

「そ、そうでしょ!? この部屋は何回か入ったことあるんだけど、こんな風に机の上に沢山推理小説が置いてあったのを思い出してさ、ひょっとして青梅先生は推理とか得意なんじゃないかなーって……それで来たんだ」

  

 急に思いついたにしてはいい言い訳が出来たのではないだろうかと、僕は心の中で自画自賛した。しかし春日井さんは「そうですか」とぽつりと呟き、それ以降僕の事を全く気にしない様子で再び宿題に取り組み始める。前の事件の時も思ったけど、本当につかみどころのない子だ。もし何かの事件で春日井さんが犯人になったら、きっと特定するのは難しいんだろうなと僕は思った。


 ふと、事務机に積まれた文庫本の山の中の1冊に気が付いた。その本は、石田さんから渡された六本木先生の本と同じものだった。その本を手に取ろうとした時、準備室の外から「あー参った参った」という青梅先生の声が聞こえて来た。

 準備室に入ってきた先生は、いつもと変わらない黒シャツ黒ジャージに白衣を羽織るという姿をしていた。黒シャツに書かれている白文字は日替わりで、今日は「カマンベールチーズ」と書かれている。


「おや、木林少年じゃないか」

「あ、どうも。お邪魔してます……」

「どうしたんだい? こんな時間に」

「えっと、相談したい事がありまして……」

「相談かい。こんな時間にわざわざ訪ねてくるって事は、それは急ぎだったり重要だったりするのかな?」

「はい、あの、まあ……」

「そうか。じゃあ座りなよ。コーヒーで良いかい? なずな、買い物に行くのはもう少し待ってくれ」

「うん、それはいいんだけど……木林君、もし良かったら私もお話を聞いても良いですか?」

「えっ」

「ただ待っているのは暇だし、もしかしたら私も何かの力になれるかもって思って」

「だ、そうだ。どうする? 木林少年」

 

 僕は少し悩んだけど、サトシの名前は伏せて話すつもりだから大丈夫だと思って「いいですよ」と答えた。それにしても意外だ。春日井さんはさっきまで僕の事なんか全く興味無さそうだったのに……まあ、ともあれ。

 青梅先生は全員分の飲み物を用意した後、リクライニングチェアに座って「さて、話を聞こうか」と探偵っぽく切り出してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る