6

 僕はついに自分の犯行を見抜いた探偵と出会うことが出来た。

 その探偵、青梅先生から何か質問があるかと聞かれ僕はあれこれ考える。聞きたい事はたくさんあるので何から質問しようか迷ってしまう。


「まあ座んなよ。あせらなくても逃げやしない」

「はい。あの、えっと、じゃあ……どうやって僕が犯人だと見抜いたのか教えて貰っていいですか?」

「あぁいいよ。でもまあ、私は特別な事は何もしていないんだけどね。キミの言葉につられて、思わず『探偵だ』なんて言ってしまったけどさ。普通に手がかりを見つけて、そこから普通に辿っていっただけなんだ」

「え、手掛かりですか?」

「そうだよ」



 それこそ不思議だった。何度思い返してみても、特に目立った手掛かりは思い当たらないのだ。



「ええとそうだな、どこから説明しようか…………昨日の朝授業の準備している時に、『窓の仕掛け』を見つけたんだ。それが始まりだね」

「あっ、それ! 春日井さんから聞きました。どうやって見つけたんですか? 内窓の窓枠に隠れていて、ちょっとやそっとじゃ目につかないはずなのに」

「簡単だよ。窓と棚の間を行き来している『足跡』を見つけたからさ。よく見ないと気が付かないくらい薄っすらとだったけどね。実際、なずなは気が付いていなかったし。朝日に照らされているその足跡が、たまたま私が立っていた位置からよく見えたんだよ。まぁとにかく、これは何だろうと思って窓をよく見てみたら、クレセント錠が掛かっていない状態になっていることを発見したんだ」


 全く予想していなかった手がかりに、僕は耳を疑ってしまった。


「あ、足跡ォ? え、でも、おかしいよ。僕はちゃんと靴を脱いだし、靴下に土が付かないように細心の注意を払ったっていうのに……」

「それはね、足跡が付いてしまったんだよ」

「は……?」

「ああ、これだと語弊があるな。じゃあ靴を脱がなかったら足跡が付かなかったのかと言われるとそんなことは無いからね。脱がなかったら、靴底の形をした土汚れが……」

「それはわかります。けど、靴を脱いだから足跡が付いたってどういうことなんですか?」

「キミは、綺麗なフローリングの床を裸足で歩いたことはあるかい?」

「フローリングを裸足で? 多分あると思います。いつ、どこでとかは憶えちゃいないけど……」

「綺麗なフローリングを裸足で歩くとさ、手でガラスを触った時みたいに白い跡が付くだろ? それが付いていたんだよ」

「でも、僕は裸足で歩いていませんよ。ちゃんと靴下を……」

「同じさ。フローリングに足跡が付いてしまう原因はね、足の裏の汗が原因なんだ。足の裏って思っている以上に汗をかいているからね……つまり、たくさん汗をかけば靴下に染みて、その結果裸足で歩いた時の様に跡が付いてしまう。例えばそうだねぇ、一日中靴を履いていればかなり汗をかくんじゃないかな」

「……そっか。僕らは外では外靴、学校の中では上履きを履いているから、一日の殆どを靴で過ごしていることになるんだ」

「そう。そしてそれに加え、今この理科室の床はどうなっている?」

「床……? あっ!」



『はー!? 俺ちゃんとやってるし! 先生見てよ、俺のモップがけの成果! 床ピカピカっしょ?』

『そりゃゴールデンウィーク中にワックスをかけたからな』



「ワックス……」

「そう、ワックスがかかっているんだ。その結果フローリングの様にピカピカになり、足跡が付いてしまったってわけ。かける前の汚れた状態なら足跡はつかなかっただろうね」

「…………足跡についてはわかりました。じゃあ、僕が盗み出した物がアルコールランプだとどうやって見抜いたんですか? 棚の奥の方にある、目立たない古いアルコールランプを選んだのに」

「それも簡単だよ。棚の奥の方はどうなっている?」

「え、どうなっているって……?」

「埃が溜まっているだろう?」

「ああ……」


 青梅先生の言葉を聞いて、僕は一発で理解した。言われてみればとても簡単な事だ、どうして気が付かなかったのだろう。


「窓から続いている足跡を辿った先の棚を見た時、特に荒らされていない状態だったから何も取られていないのかなって最初は思ったよ。でもね、棚の奥を調べた時、一カ所だけ埃が丸く途切れている部分を見つけたんだ。で、そのスペースに何が仕舞われていたのか確認してみたらアルコールランプだったってわけさ」

「…………」

「じゃあ、最後の仕上げに入ろうか。簡単に見つからないよう工夫されたクレセント錠の仕掛け、そして目立たないアルコールランプを選んでいること。これらの手がかりを見つけた時私はこう思った。『これは行き当たりばったりの犯行ではなく、しっかりと計画を立てたうえで実行されたものだ。ならば犯人は、残っているクレセント錠の仕掛けを必ず証拠隠滅しようとするはずだ』とね。だから、『例の窓』に1番初めに近づくのは誰なのか確認することにした。そして昨日、1番最初に窓に近づき、開けたのはキミだった。クレセント錠の仕掛けは窓を開けようとすればすぐにわかる。何も知らない人が見つけたのなら『あれ、なんだこれ?』っていうリアクションをしているはずなんだよ。でもキミはそんな素振りを全く見せなかった」

「昨日の朝、先生は僕達が理科室に入ってきた時黒板の方を向いていたんじゃ……」

「それは簡単なトリックだよ、木林少年。持っていた教科書の上に手鏡を置いて、それを見ながら確認していたんだ。窓を凝視していたんじゃ警戒されると思ってね」

「あの、じゃあ……僕が犯人であると既にわかっているから、これは意味の無い質問なんだけど……もしかしたら僕が慌てていて、クレセント錠の仕掛けに気が付かないで窓を開けただけって可能性もありますよね?」

「ほう、そこまで考えていたか……確かに、キミは汗だくな姿になって急いで窓を開けていたね。それは良かったんだけど、1つミスを犯していたんだ」

「み、ミス?」

「そう。キミはいち早く証拠隠滅しようとして焦ってしまい、窓を開ける前に教科書やノート、筆箱という手荷物を机に置かなかったのさ。普通、サッシ窓を開ける時は片方の手で鍵を開け、そのまま反対の手で窓を引くって具合に両手を使うよね。しかし、、わざわざ荷物を持ちながら片手で窓を開けたんだ。汗をかくほど暑くて早く窓を開けたかったのだとしても、さすがにそれは不自然だよ。だから私は、その時木林少年が犯人であると確信したんだ」



 青梅先生の推理を聞き、今まで僕が不思議に思っていた事はすべて解消された。ここ数日、緊張したり悩んだりがずっと続いていた。それら溜まっていた物を全て吐き出すように、僕は「はぁ」と大きく息をついた。



「…………こうして青梅先生の話を聞くまで不思議で仕方なかったんです。事件が発覚していないのに、いきなり先生に呼ばれてアルコールランプを盗んだことが見抜かれて。それで、どうやって見抜かれたのか自分で考えてみても全く分からなくて……でも、実際は不思議な事なんて1つも起きていなかったんですね。ただ単純に、僕が手がかりを残していたことに気が付いていなかっただけで」

「まあ、そうだね…………この世の中には不思議な物が沢山あるんだ。自然現象に科学現象、ミステリ作品で使われている様々なトリックや、錯覚を利用したトリックアート、手品。でもね、大体のものは原因や仕掛けが解明されている。どんな不思議な現象もね、その現象が実際に起きている以上原因となる物ってのは必ず存在しているはずなんだよ」

「え、ええと……?」

「つまり、不思議に見える物には必ず何らかの仕掛けがあるって事さ」

「じゃあ、先生は幽霊や超能力を信じていないんですか?」

「どうだろうねぇ。完全に否定はしないけど、今までの人生で出会ったことが無いから今の所信じていないかな。ああ、でも。宇宙人は信じているよ」

「そうなんですか?」

「そうとも。だって考えてごらんよ。観測しきれない程広い宇宙には、数えきれない程の星がある。それなのに人間の様な生命体がいる星はこの地球ただ1つだけ……なんて事は不自然だと思わないかい? SF漫画の様に何百何千っていう数はさすがに無いと思うけど、どこか遠い所に1つや2つくらいは有るって考える方がよっぽど自然じゃないか」

「じゃあ、どうして宇宙人は姿を現さないの?」

「私達人類は今の所月まで行くのが精いっぱいだ。だから他の宇宙人達も、どこか遠い星で精いっぱい宇宙開発している途中なんだと思うよ。漫画に出てくる宇宙人は我々地球人より遥かに優れた科学力を持っている様に描かれがちだけど、私達と同等の科学レベルだという可能性だってあるわけだしね」

「なるほど……何か、すごい。科学者みたいだ」

「そりゃあ一応理科の先生をしているからね。理系の人間なわけだよ私も」

「あ、そっか!」



 さっきまで『犯人と探偵』として対峙していた僕らは、気が付くと他愛のない話をして笑い合っていた。青梅先生はなんだか不思議な人で、この人の言葉には妙な説得力というか頼もしさみたいなものが感じられたんだ。先生は自分の事を『探偵じゃない』と否定していたけど、こういう雰囲気を纏える人こそ探偵に向いているんじゃないかと僕は思った。

 だから、『そういえばどうして高橋先生たちは青梅先生の事を隠していたんですか?』という僕の質問に対する青梅先生の答えがどうにも信じられなかった。



「…………そりゃあ決まっているだろう、自己保身だよ。生徒にアルコールランプを盗まれたなんて学校中に広まれば私の信用は落ちてしまう。だから、犯人は特定したから後は周りに広まらないよう上手く処理をしてくれないかって教頭先生に頼み込んだんだ。その結果、教頭先生は私の事や事件の発覚を伏せて簡潔に済ませようとしてくれたんだね。まあ、嘘が下手だったからキミにはばれてしまったわけだけど」



 なんとなく、青梅先生は嘘をついていると思った。

 けど、ここでしつこく食い下がったとしても本当のことを教えてくれないだろうし、僕が1人頭をひねらせても答えを出せるわけがない。そもそも、この直感が正しいのかどうかさえもわからない。だから、僕はこの件を一旦保留することにした。


「まだ時間があるな、ココアでも飲むかい?」


 僕は無性に青梅先生の真似をしたくなり、コーヒーが飲みたいですと頼んだ。先生はブラックしか飲まないらしく、砂糖やミルクを置いていなかったので僕もブラックで飲む事になった。中々減らない苦いコーヒーに苦戦ながら、僕はふと、きっとこの味はいつまでも忘れないだろうなと思ったんだ。

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