5
午前7時。
僕は今、学校の下駄箱の前にいる。
どうしてこんな時間のこんな場所にいるのかというと、『例の探偵』と対峙する為だ。まあ、そうは言っても特別な事をするわけではない。2つ3つ質問した後、もしかして、あなたが僕の犯行を見抜いた探偵ですか? と質問するだけだ。その相手はまだ姿を見せないので、今のうちに考えをまとめておくことにした。
昨晩『まるでカンニングの解答用紙みたいだ』という兄の言葉を聞き、僕にとあるひらめきが生まれた。途中の式を無視してカンニングした答えだけを書く……それはつまり今回の事件に当てはめると、推理や捜査で証拠を掴まず、犯行現場で僕の事を
あの夜僕が理科室からアルコールランプを持ち出す瞬間、周りには誰もいなかった。何度も確認したのでそれについては自信がある。でも、事件が明るみになっていない以上捜査や推理は行われていない。だから、僕はどこかで『例の探偵』に見られているはずなんだ。
じゃあ、いつ見られたんだ? 必死になってあの夜の行動を振り返ってみると、僕は1つの失言に気が付いた。
それは理科室から脱出した後、帰る途中に使った『僕も忘れ物を取りに来てたんだよ。クラブ活動中に使っていたタオルをベンチの所に置きっぱなしにしちゃって。いいタオルだから、失くすと怒られるんだよね』という言い訳だ。この言い訳自体に問題は無かったと思う。でも、使い方が悪かった。
僕はこの言い訳を春日井さんに言った後、淡島さんにも同じ言い訳をしたんだ。同じというのは『同じ意味合い』ではない。『同じセリフ』を言ってしまったんだ。一字一句完全に同じだったかは憶えていないけど、とにかく、考えた言い訳をすぐに使えるよう何度も頭の中で繰り返していたせいで、ゲームのNPCみたいに同じセリフを繰り返してしまったんだ。
そんな妙なセリフを聞いた春日井さんは僕の事を怪しんで、別れた後こっそりと学校に戻って僕が現れた校舎裏の方を調べに行き、理科室の窓のクレセント錠の仕掛けを発見したのではないだろうか? あの仕掛けは部屋の中からだと内窓の窓枠がいい目くらましになってくれるんだけど、外からよく見ればわかってしまうんだ。
つまり、あの晩春日井さんに犯行の瞬間を目撃されたのではなく、『犯行の痕跡』を目撃されたのでは……と、僕は推理した。
……でも、この推理は完璧ではない。
はたしてそんな些細な事に気が付くものなのだろうか? とか、理科室に忍び込んだことを見抜けたとしても、持ち出した物をアルコールランプだとどうやって特定したんだ? という問題点が残っている。
だけど、もうこれくらいしか僕が思いつく手がかりは無いんだ。だから、とりあえず春日井さんに会って、『一昨日の夜、解散した後学校に戻らなかった?』とか、『何か気が付く事なかった?』とさりげない探りを入れてみようと考えた。
彼女はうちのクラスで『生き物係』に所属していて、朝早く来て花壇の水やりをすることがある。今日の当番が春日井さんなのかはわからなかったけど、違っていたら放課後とか明日の朝再チャレンジすればいいと思い、こうして下駄箱の前で待っているというわけだった。
「おはようございます」
そんな風に声を掛けられる。
視線を向けると、じょうろを持った春日井さんが立っていた。
「あ、お、おはよう」
「ずいぶん早いんですね」
「ちょっと、春日井さんに聞きたい事があって待ってたんだ」
「私にですか?」
「うん、少しいいかな?」
「これから理科室へ行く用事があるので、向かいながらでいいですか?」
「……理科室に?」
「はい」
「な、何の用事?」
春日井さんは会話を進めつつ上履きへと履き替え理科室へ向かって歩き出した。僕もそれに続く。しかし、こんな朝早くから理科室に何の用事なのだろう?
もしかして僕が彼女の事を探偵だと見抜いたことに気づき、犯行現場で直接対決しようというコンタンなのでは? と、咄嗟に思った。しかし、春日井さんは全く予想外の言葉を発した。
「蓮子ちゃんのお手伝いをするためです」
「れ、れんこちゃん……?」
「青梅蓮子先生ですよ」
「先生をちゃんづけって、そんなに仲がいいの?」
「仲がいいというか、蓮子ちゃんと私は『はとこ』なんです」
「は、はとこ……?」
「私の母と蓮子ちゃんのお母さんがいとこ同士なんです。で、その子供である私達がはとこ。まあ、いとこみたいなものですね」
「そうだったんだ。手伝いっていうのは?」
「蓮子ちゃんは1時間目から授業がある日は早めに来て準備をしているんです。私は理科の実験器具を触るのが好きなのでそれの手伝いを…………どうしました?」
春日井さんのその話を聞いた僕は、思わず足を止めた。昨晩兄ちゃんと話していた時よりも大きなひらめきを感じたからだ。漫画でよく『その時○○に電流が走る』なんて表現を見かけるけど、そういうの本当にあるんだなって僕は思った。
「ちょっと聞きたいんだけど、それって昨日の朝もやった?」
「昨日ですか? ええ、やりましたよ」
「そ、そっか! じゃあさ! えっと、変な事を聞くけど、その時春日井さん何かに気が付かなかった? もしくは青梅先生でもいいんだけど」
「さあ、特に…………あ、そういえば、蓮子ちゃん外を眺めていました」
「外……もしかして、1番後ろの窓から?」
「そうですよ」
「窓を開けて?」
「いいえ」
「その後、何かしていた?」
「後ろの棚をなにやらゴソゴソしていましたよ。それで「何か探してるの?」って私が聞いたら、何でもないと」
……違う。間違っていた。
探偵は春日井さんじゃあない、青梅先生だ。
青梅先生が見ていたのは外の景色ではなく、窓の鍵だ。
でも、先生はどうやって『窓の仕掛け』に気が付いたんだ? 内窓を開けない限り簡単には目につかないはずなのに。
「あの、どうかしました?」
「……ごめん! 春日井さんに話があるの、勘違いだった!」
「は、はあ。そうですか」
「その代わり青梅先生に用事が出来たんだけど、会いに行っていいかな?」
「いいですよ、もう理科室に来てると思いますし。一緒に行きましょう」
「あ、えっと、用事ってのは大事な事で……出来れば先生と2人で話をしたいんだけど……だめかな?」
「……わかりました。では、私は教室で待っていますので」
「う、うん。ありがとう!」
春日井さんは向きを変え、階段の方へ歩いて行く。その姿を数秒ほど見届けた後、僕は理科室へ向けて走り出した。
※※※
「なんだ、なずながノックをするなんて珍しいと思ったらキミか」
理科準備室のドアをノックし、昨日と同じような「はぁい」という気怠い返事が聞こえた後、僕は足を踏み入れる。コーヒーメーカーの前で教科書を読んでいた青梅先生が僕の存在を確認した後、発した言葉がそれだった。
「どうしたんだい、こんな早い時間に」
「えっと、すみません。どうしても聞きたい事があって」
「別に構わないけど……心を入れ替えて、勉強する気になったのかい?」
「あ、いや、聞きたい事って言うのは勉強の事じゃなくて、えっと、その……」
「ほう……?」
考えをまとめないまま勢いに任せて来てしまったので、どう切り出せばいいのかわからず僕は狼狽える。
『僕の犯行を見抜いた探偵は、あなただ!』
なんてセリフでキメようかと思っていたんだけど、いざその瞬間になってみるとどうにも混乱してしまう。
「まあ落ち着きなよ。何か飲むかい?」
「いえ、えっとですね、つまり……あの……先生は、た、探偵なんですか!?」
何とも締まらないキメゼリフになってしまった。
その一方で青梅先生はというと、一瞬怪訝な表情を浮かべた後教科書を机の上に置き、腕を組んで僕と向き合った。
「……どうしてそう思ったんだい?」
「えっと…………教頭先生の言葉が気になったのが始まりで」
「どんな言葉?」
「僕が生徒指導室に呼ばれた時、教頭先生は『アルコールランプを持っている所を見たという生徒がいる』って言ったんです。でも、僕がアルコールランプを持ち出したのは夜で、しかもあの時誰もいなかったのを確認してたからおかしいなって思って……」
「それで?」
「それで僕の犯行を見抜いたのは先生たちじゃない、他に探偵がいるぞって思って……でも、事件が発覚していないのにどうやってその探偵は僕が犯人であることを見抜いたのか不思議で気になって、色々考えてみたんです」
「なるほどねぇ」
「で、ついさっきまで春日井さんが探偵だと思っていたんです。でも、ここに来る途中に春日井さんから先生が朝早くから理科室に来ている事を聞いて……あの、証拠とかは無いんだけど、咄嗟に先生が探偵だ! って思って……それで、来ました」
「そっか……」
青梅先生はそう言うと、マグカップを棚から取り出しコーヒーを注いだ。そして一口飲んだ後、ぼりぼりと頭を掻きながら「あーあ、相変わらず村上先生は嘘が下手なんだから……」と、ぽつりと言った。
「え……?」
「ん? ああ、私はこの学校の卒業生なんだよ。で、教頭である村上先生は私が6年の頃の担任だったんだ。その時から村上先生は大真面目で嘘が嫌いでねぇ……だから、あの人自身嘘を付くのが苦手ってわけ。それにしても、そんな言い方ちょっと考えればすぐバレるってわかるだろうに……もっとしっかり打ち合せすればよかったよ」
そんな風にブツブツと不満を漏らしつつ、先生はリクライニングチェアに腰を掛ける。そして僕の方を向いてニヤリと微笑み、こう言った。
「…………いかにも、私が君の犯行を見抜いた探偵だ。さて、木林少年。何か質問はあるかな?」
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