第16話  決着

 サリオンが殺された。復活の可能性は極めて低く、主人でさえ蘇生の話をしなかった。ならば主君より能力の劣る自分が恩人を生き返らせるなんてことできるはずもない。命なんて惜しくはなかった。ただ、主人に仕えられないということが怖かった。死にたい訳はない。主人と共に有れないから。ただ、今は寛大な主人ですら見かねるほどの弱者となり、職務すら果たせないでいる。HOMEは無能を放置しない。今まで死んでいったネームドがそれを雄弁に語っている。自分の末路は恐らく魔道具にされるか、見せしめにされるか。分かり切っていた。自分では守護者にふさわしくないと。現に新参のブルガリは化け物と渡り合い、もともと足元にも及ばなかったエルメスに至っては嗤いながら相手をしている。


「僕が死ねば良かったのに」


 エデンの悲痛に歪んだ表情は、彼が初めて抱いた感情の渦を正しく表現していた。


「エデン殿いつまでそこにいるのです?守れるわけでもありませんので逃げてくださいますか?」


 エルメスの気遣いなどではないセリフにエデンは一層、歯を食いしばった。もはや邪魔、否。最初から邪魔だったのだ。戦力になる魔物は殺され、もはや何もできないエデンにエルメスは価値など見出さない。故にエルメスの嘲笑が自分に向けられているように思えて仕方ない。


 エデンは守護者ではなかった。彼を守って死んだサリオンの方がよほど・・・。




「カルティエとシド殿が強者を掃討していたようですから、これが最後の戦いですよ。気張りなさい」


「貴方は何もしていないじゃないのよぉ」


 エルメスは大蛇を相手に、ブルガリの援護と攻撃、島全体の状況管理をこなしていた。それはエルメスに余裕があるからである。始祖が二体揃っており、両方受肉している。それにエルメスが指揮しているのだ。相手に適した立ち回りを考え実行する力が両者に揃っている。


「シド殿に比肩する硬さですね。タルタロスやクロノスタシスと遊んだことが思い出されます」


 大蛇の速さは若日子の放つ矢と同等。始祖をもってして殺せない相手は数えるほどもいない。それほどの強者を忘れるものもいない。魔神として別格の強さを持つ二体も今や攻略されている。どちらもロイスの手によって。タルタロスは殺せなかったが、エルメスよりも強い。さがアレを差し置いて最も主君に価値を見出したのがエルメスだ。同じ偉業ができなくてどうする。


「貴方を使えば神器だって作れそうですね」


 エルメスの好奇心が駆り立てられる。意気込みでどうにかなるような相手ではない。だが、秘策の一つや二つはあるものだ。


「”シェリン、三秒後お願いしますね”」


「”数は?”」


「”すべてです”」


 三千キロ離れたシャウッド中立国、そこにあるロイスの邸宅。名前はつい先日、一般公募によりセントラルタワーと決まったのだが、その最上階にてシェリンは秘策のボタンを押す。ロイスによって場所とタイミング、使用する弾は与えられている。後は合図を待つだけ。


「流石はロイス様です。エルメスさんの動きまで完璧に予想されていたとは」


 シェリンはボタンを押した後、恍惚の笑みを浮かべた。


 そして悲しくもエルメスと同じ表情であった。


「ブルガリ、離れなさい。死にますよ」


「何かあるのね。速く言ってちょうだいよぉ」


 ブルガリはすでに満身創痍だ。たちまちに癒えるのだが、大蛇の攻撃には毒が含まれていた。カルティエほどではないが解毒に時間を要する。解毒できるだけマシなのだが、一滴で都市が汚染され疫病が蔓延するほど強烈だ。


 大蛇の動きが止まる。隙にブルガリが離脱。大蛇の動きが止まった理由は簡単だ。はるか上空、雲よりも高い場所。地球の形がはっきりわかるほどの高さから直角に落下する、膨大な魔力。まるで大陸が上空から振ってくるかのような、如何することもできないほどの力が急接近していた。大蛇は無様に体を捻じ曲げて逃げようとする。


「理性がないとは思っていましたが、本能はあるのですね」


 エルメスは嗤いながら、魔法を発動する。大蛇の逃走経路にあらかじめ仕掛けておいた黒魔術。地面をもとに超硬度の杭を形成した。悔いが大蛇の首元、というのが正しいのか分からないが、を固定する。その気になればすぐさま逃げられる程度だが、その瞬間が大蛇を終わらせる。


 エルメスとブルガリは自身を守る結界に注力し、空に逃げる。


 今まで島が形を保っていたのはロイスによって島を保護されていたからだ。そのおかげで気を労せずに戦えていたのだ。それがなければ今頃島はなくなっており、竜種にも気が付かれて、神話の時代に起こったとされる超規模の戦争が起こっていた。だが、この瞬間をもって島は放棄される。この秘策は竜種に気が付かれることだろう。この戦いにより、竜種との戦いは避けられないことになるかもしれない。であったとしても、今ここで大蛇を放置するわけにもいかない。


「ロイス様の1500年間蓄積された魔力を、七色鉱によって作られた巨木ほどの大きさの弾丸に込めた一撃です。次元を断じたとしても影響を与えるほど巨大な力。これに頼りたくはなかったですがね」


 エルメスは少し悔しそうにしたが、直ぐにこの攻撃の威力に対する興味を優先した。


 ―島が消える。地下深くまで抉られ、溶岩が噴き出る。灰のが空を汚染し、海水がなだれ込む。溶岩は冷却され、海底火山と同じ状況を作り出す。島のあたりは気候が変わり、海生生物は衝撃波により死滅され、大陸には歴史的大津波が押し寄せる。衝撃波は王国にまで到達し、住居のガラス、その尽くを破壊した。


 大蛇の魔力反応が完全に消えた。これをもって島にいた魔神は正しく討伐された。


「素晴らしい・・・竜種の加護がなければ星も破壊されていたことでしょう」


「これ、現実なわけぇ?見たことないんだけど」


 悪魔が恐怖するほどの破壊の権化、竜種でさえ滅しうる一撃だ。恐ろしいのは威力に上限がないこと。あるとしたら魔力を納める器が絶えられる限界値。1500年間毎日、魔力を少しずつ注いできた。それが最強の一撃になったのだ。


「圧倒的な魔力の密度と、出力を度返しにした単純無比な攻撃手段・・・おっと、そろそろトカゲが来る頃ですね。逃げますよ?」


 エルメスがブルガリの方を向くと、そこに彼女はおらずすでに帰還した後であった。


「ッチ、可愛くない後輩です」


 島に残っていたのはエルメスだけであったので、彼の転移によって作戦は完遂された。




 カルティエとシド、両者の相対す敵は彼女らを楽しませるに値したが、命を危ぶませるほどではなかった。


「ああああ!!!もう、いつになったら当たるんだよ!!」


 若日子はカルティエに対して苛立つ。弓の名手でありながら近接戦を余儀なくされ、そして当たらないなんて恥も良いところだ。そろそろ頭髪も薄くなってきた。


「楽しませてくれたわけだし、禿げる前に殺してあげるね」


 カルティエなりの思いやりだ。決して煽っているわけではない。強者にはそれなりに礼節を重んじるタイプなので、これは悪魔であるがための発言だ。


「紫怨斬ってしってる?」


 カルティエの声と同時、若日子の体が寸断される。


「私の技を見て当時の人間が付けた名前なんだけど気に入ってるんだよね」


 紫が入っているから気に入っているだけなのだが、毒を細くして飛ばすことで、斬撃のようなことができるのだ。毒であるため、防いだとしても飛沫となり付着すれば負傷し、無視すれば両断される。それに、若日子の周りには毒が霧散されていた。若日子がいた場所に紫怨斬をいきなり顕現させられる。若日子の体を両断したのはそれが原因だ。


「私の勝だね。武器は貰って帰るよ、これが目的なんだし」


 カルティエは弓と鉄砲を虚空に収納した。




 シドの相手は満身創痍だった。羅刹天の一撃はシドの硬い体に阻まれるというのに、シドの攻撃は羅刹天を苦しめるほど強烈だ。片腕を失い、棍棒を掲げながら猛進する。


「我だけ命を賭けぬわけにはいかん!我が権能よ!!」


 羅刹天の権能はすでに解放されている。鬼の形相を背負い、力を肥大化させた。そして、二つ目の権能は守護神らしい、権能反射の力。スキルによる攻撃の一切を遮断する。物理攻撃にも有効で、無効にできはしないが50%を遮断する。


「結界・・・俺には相手の結界を解除するほどの技術はない。やはり正攻法で攻略せざるを得ないな」


 シドはトライデントを担いだ。そして、重心を地に伏すほど下げる。両者の距離が縮まる。お互い防御は完全に捨てている。権能をもってしてやっと防御力が互角なのだ。


 両者の一撃によって異空間は崩壊した。というよりもカルティエが維持するにあたって、負担が大きいと判断し解除した。既に若日子は殺したのだから。


 軍配が上がったのはシドの一撃であった。棍棒の勢いを完全に殺した。一撃の重さは、驚くことに全く同じであった。であれば技術があるシドが優勢だ。棍棒が一瞬でも止まったのならば、其の隙に槍を切り返せる。棍棒をすり抜け、羅刹天の腹部を穿つ。貫いた、というよりも削り取ったかのような傷跡だ。


「権能を全力で使ったというのにこの有様か」


 羅刹天はそう言ってこの世を去った。シドもまた錘の形に戻った魔道具を虚空に戻す。


「カルティエ、手に入れた弓を使って残った者たちを殺せないのか?」


「残っているのってほとんどがネームドレベルでしょ?できるけど・・・あ、じゃあ順番に放ってどっちが多く仕留められるか勝負ね!」


「性格が終わっているが・・・まぁ受けて立とう」


 カルティエは弓を、シドは火縄銃を構えた。


「弓が発射装置でしかないなら、もしかすれば出力度返しで魔力段を放てるんじゃないかなって思ってたんだ!」


 カルティエは無邪気に笑いながら自身の魔力を込めた。そして、気が付く。


「出力を魔道具に肩代わりできるならば魔法の方が威力を上げられるよね。じゃあ、紫怨斬を込めれば・・・」


 カルティエの弓につがえられた魔法は、先ほどの斬撃。矢には長く細い紐が付いているように見える。効果に期待しながら行使してみれば、矢は問題なく放たれた。出力を無視しているため切れ味は破格だし、射程も驚くほど長い。弓なんて使わないカルティエでも、弓を薙ぎ払えば射線上にあるものはすべて切断できる。


 カルティエは勢いよく弓を振り抜いた。さながら釣りをしているのかのような程度の掛け声で。


「お前、狡い奴」


 シドが呆れたようにつぶやいた。実際にマークしていたほとんどの強者を寸断したことが確認されている。


「マーク済みが5体と、よわっちいのが130と少しかな?」


 カルティエが勝ったとばかりに口角を釣り上げて自慢する。ただ、シドも同じことをすればよいだけだ。


「俺は水を操れることを忘れたか?」


 シドは水を生み出し、火縄銃に装填する。普通は着火するはずもなく、射出されるはずもない弾が、魔道具だからという理由で可能になる。もちろん自然生成の水では意味がない。シドの生み出した魔力が元となった水であるから行使可能なだけだ。


 ただ、銃口から少し離れた場所で動きを止めた。流体であるためだ。シドが操作し続けていたら通常の弾丸と同じように飛んだだろうが、カルティエに勝つには姑息にならざるを得ない。


 射出された水を操作し、マークしている残り4体に向けて飛ばす。そして、残りの雑兵の元にも。


 島は相次ぐ狙撃、ともいえない攻撃によって阿鼻叫喚であった。相手は見えないし、無差別だし、知覚できるほど遅くもない。意味も分からず目の前で人が死に、いつの間にか腹に穴が開いている。混乱もするし恐怖もする。当然、地獄のような光景であった。


「ッチ、多く見積もっても120程度か。負けた負けた、残りはロイス様の魔法によって殺されるだろうし、召喚された魔物が魔道具を回収している。仕事もないから帰還するぞ」


「負けたからって話題を変えなくてもいいじゃない。でも、負けは負けだよねぇ。私の勝!」


 シドは舌打ちをして、セントラルタワーに転移した。そしてカルティエも。




 ロイスは帰還した後、すぐさま玉座の間に作戦に参加したものすべてを召集した。面倒な前口上を先送りにして、カルティエとシドに声をかける。


「手に入った魔道具を見せてくれ」


 召喚した天使たちが、魔道具を並べ始める。ほとんどは弾道ミサイルの餌食となり消滅したけど、魔道具を持っている者たちは転移させておいた。


「伝説級が5つと、特有級が4つ。あまり強いとは言えないな。もちろん弱くはないが」


 それらは虚空に収納することとする。眺めてみても刀や槍には見覚えがある。万化の器にも登録されている形の良く似たものがある。おそらく、見たことはあるのだろう。武御雷という名も聞き覚えがある気がするし。


「私はこれね!」


 カルティエが自信満々に弓と鉄砲を持ち出した。両方とも神話級の強武器だ。とはいえ、遠距離攻撃が得意な者は少ない。ブルガリには持たせてもいいかもしれないが。


「ブルガリは好きな方をやるよ」


「鉄砲かなぁ、ありがとうございまーす」


 即答だった。既に神話級を持っているというのに。あげると言ったのは俺だが。


 弓は俺のものにしよっと。そして、次はシドの取り出した巨大な錘だ。


「どうやら棍棒にも化けるようです。攻撃力に補正があるように思いました」


「棍棒も万化の器に登録されてるし要らないな。此れも後だな」


 そして、最後にエルメスだ。


「八尺瓊勾玉、と言っていました。ロイス様の武器と同じような、もしかすれば望む形に変形するのやもしれません」


「本当か!?」


 興味がある。同じ能力でも二本あれば同じ武器を両手に持てるわけで、二本は一本を凌駕するわけで・・・。


「俺の武器は使ったことのある武器しか顕現させられない。上限はないが上位互換になり得るのではないか?」


 兎にも角にも武器に認められなければ使えないのだが。手に取ってみる。布にまかれているのは理由があるのだろうか。


「勾玉の状態では見たものの体調に支障をきたすようです」


 布を取り、勾玉を掌に載せる。まるで長年使いこんだ武器化のような具合だ。これは、使えるのではないか?とりあえず、長めの刀でも。


 勾玉は形を変えた。身長ほど長刀へ。使いこなせているし、効果も十分俺好みだ。


「形は変えられるし壊れない武器というだけで強いが、これは本当に強いぞ」


 これは思い浮かべた形となる。つまりは、サブ武器として圧倒的なアドバンテージとなる。通常中はブレスレットにでもしていればいい。それが急に武器になったりする。やられる方は溜まったものでもない。


 俺は着ている神話級の防具の下に装備した。もともと着ていた服は虚空に戻し、同じ形に変形させたものを。防御力は二倍だし、いざとなればこれが攻撃できる。何と強い。万化の器は装備していた防具まで再現できない。あくまで攻撃に仕える武器だけだ。


「俺もフツノミタマってのを手に入れたが使えないみたいだし、後で考えるべきだな」


「それが、少し歩いていた時に見つけたのですが、これをお納めください」


 エレガントが差し出してきたのは大きな矛であった。50メートルほどは奥行きのある玉座の間に入りきらないほどの超巨大な矛である。先端は虚空に入ったままで。触ってみたら、なんと驚きの神器であった。


「よく見つけた!これは天地創造の槍、神器だ」


 手に取った瞬間に理解できた、その効果は大陸を動かし形を好きに変えることができる効果。そして、突き立てた場所を陣地とし、味方に圧倒的な優位性を与えさせる。身体能力を10倍に、魔力出力をその場にいる者のうち最大のものに合わせる、傷は無償で癒える、などと言った冥界並みの優位性を得られる。簡単に言えば大陸を個人にぶつけるなんてことも可能だ。そして、新しい大陸を作ることだって。実行すれば破壊されてしまうが。


「突き立てるだけでは壊れないのか?転移門開門ゲートオープン


 大矛を宝物庫に転移させる。タルタロスの護る最奥の間に、収納したのだ。収納するのは簡単だが、取りに行くのは一苦労だ。


「大収穫だ!皆よく頑張ったな」


 俺は目的遂行を素直に賞賛した。そして、損害について語らねばならない。


「それで、サリオンとエデンの主力魔獣は殺されたことだがどちらも蘇生は叶わない」


「待ってください!サリオンさんの魂は僕がもってます!」


 え?いやいや、魂は完全に消えたと確認している。そうでなければ俺とのつながりが消えることはあり得ない。


 エデンが差し出した深紅の宝珠を見る。確かにサリオンの魔力を感じたが、やはり魂ではない。


「権能を凝縮した魔魂だな。サリオンの力すべてを受け継げるが蘇生はできない。これはエデンがもっておけ。戦力補充にはちょうどいい」


「ぼ、僕の処分はどうなるのですか!?」


「ないぞ。サリオンが死んだのはエルメスが月神とかいう奴に手こずったからだし、ブルガリが遅かったからだし、というかサリオン死ぬかもな、って思ってたし」


 俺の発言に二人は顔を曇らせて、一人はそれを見て満面の笑みを浮かべ、他は驚愕していた。サリオンを死なせるつもりはなかったが、知性を持つ魔神がいるのならばまず狙われるのはサリオン達だろうと思っていた。魔力反応が全く動かない者がいたことも知っていたので、配置は遠目にしていたのだがまさか魔力を完全に抑えてあれほどの速度で動けるとも思わなかった。最悪を想定していたため、準備していた秘策が使えたんだけど。俺が想定していた最悪はサリオンとエデンが犠牲になること。限りなく最悪に近い結果ではあるが、神器が手に入ったのだから許容しよう。


「極論サリオンが弱いのがいけないんだよ。個人戦闘力でいえばエデンやフィンよりは強いが、ティオナと同等程度だろ?天使がだぞ?」


 ティオナは特段強い種族でもない。彼女の場合スキルが強いのだが、それでも種族のアドバンテージをもってしてこのレベルでしかないのは弱いと言わざるを得ない。


「まあ、天之瓊矛が手に入ったんだ。今回は誰もおとがめなしだよ。俺も戦いを楽しんだ節があるしな」


 そうそう、天之瓊矛が手に入ったんだ・・・どこで名前を知ったんだ?いや、同じような力を持つ魔道具が確かそういう名前だったような気がする。確か、矛を使って国を・・・国の名前は?あいつ確か日ノ本とか言っていたような、戦闘中幾度か頭痛もした。やはりあれらは俺の記憶に関係しているのか?


「だとすれば―」


 メッキのペンダントが熱を持つ。そして、意識は闇の中へ。




 俺の趣味ではない鎧。全く格好がいいとは思えない純白の全身鎧だ。性能は良さそうだし、背に背負っている大剣も神話級に近しい力を感じる。周りには数人の人影がある。そして、其の中にノディーとよく似た、否、彼女が居た。


 あの似合わない鎧がメイウェルなのか。ノディーが言うなれば前世の俺だ。多分記憶はないし、ペンダント或いは封魔囚石に囚われている。確かに、俺は保有している魔力を演算領域と記憶媒体として活用している。中でも、記憶媒体としている魔力をそのまま封印されれば記憶も消える。魔法戦になった場合は、記憶媒体を脳に切り替えるため記憶の喪失は起こらない。日常的に膨大な記憶を脳に宿すことは負担が大きいから、魔力をそういった活用方法としたのだ。


「メイウェル様は勇者なんだよね?なんで人助けをするの?」


「簡単だ。勇者だから」


 俺がこのようなことを言うとは思わなかった。だが、表情は明るくない。この先の結末は知っている。この世界はメイウェルによって滅ぼされる。


「それって本音なのですか?」


「ああ。助けられたら助けたくなるものだろ?いつか俺の役に立つ日が来るさ」


 勇者の冒険は魔王を倒すための物語ではなかった。多発する魔獣被害のうち、常人では対処不可能な案件を担当する。謂わば退治屋だ。各国を旅に出るし、忙しい旅ではあるが自由がないわけではない。それなりに会話をして旅をしていた。話しかけてくる女の名前は、確かマリアベルだったか。


 俺の魔力抵抗力は封魔囚石のせいで9割減だ。そのおかげか、ペンダントか封魔囚石の影響を受けやすくなった。それが起因して記憶の回帰も早くなってきたみたいだ。


「だから国を建てたんですか?」


「そうさ。俺に救われた奴らで国を作る。優しい王には尽くしたいだろ?」


 この時点でメイウェルに記憶が戻っているのかは分からないが、今の自分の動き方に類似点が見つかる。自分に益のある建国、そしてメイウェルは国民を代償にして特大規模の魔法を行使した。それも世界を亡ぼすほどの。ノディーが言うには妹のために。


 生憎と世界を天秤にかけられるような相手に出会ったことはない。仮に妹が生き返ったとしても、そこは世界ができる前の虚無空間でしかない。時間も生成物も光も魔力でさえもない。そんなところに大切な者を放置するなんて、どれほど考えようとも訳が分からない。


 六腕の男の名前は確か、ゲバルだった気がする。あれはあの世界でも最強クラスだったな。当時の国民は総勢6億程度だったが、ゲバル一人の魂と対価としては同等だったはずだ。


「メイウェル様には守りたいものがあるのですか?」


「勇者といっても世界で最も強い人間に与えられる称号ってだけだからな。護りたいって思って戦ったことなんてないさ。ただちょうどいい対価を得られるからな」


「確かに相手取る魔物の脅威度から報酬は破格なものも多いですが、畑仕事なんてしなくていいと思いますが」


 ノディーの言うことはある意味で正しい。勇者は金銭的に余裕があるというほどの報酬は得られない。装備や旅の費用でほとんどが費やされる。


「俺の悲願を叶えるためならしなきゃならないこともあるってだけさ」


「そういや悲願は思い出したのですか?」


「ああ。妹がいたってことを思い出したんだ」


 妹、か。記憶にないが、否定もできない。なにせすべての記憶がないのだから。


「妹を守るために畑仕事が必要なのですか?私には全貌が見えてきませんね」


「神に気に入られないとそんな奇跡も起こせないだろ?神に対する対価を支払うための前準備だ」


 メイウェルの発言の後、しばしの静寂を経て再び談笑に戻る。そして、夢は違う世界を映した。




 全く見覚えのない天上。真っ白で自分に管がつながっている。今まで見てきた”俺”としては考えられないほどの虚弱性。魔力が健康を保てないほど枯渇している。それに腕や足が人と認識できないくらい細い。視界も不明瞭なようで声すら出せないでいるようだ。長い月日をベッドの上で過ごしているのだろう。命をあきらめているように見える。だが、反面で看護婦や他の見舞いに来た人物の話に気を配っているようにも見えた。


 そして、隣のベッドに両足と腕に包帯がまかれた少女が入院した。特に珍しくもないと言わんばかりに興味を示さない。だが、あちらは違うみたいで折れていない腕を必死に伸ばして男を見ていた。


「君名前はなんていうの?」


 名前を気にして居るようで、自分の傷もひどいのに男に同情する優しい性格をしているみたいだ。


 モノ好きもいるものだな。


 俺はそう思って少女を見てみた。そして、激しい頭痛に襲われる。


 今まで夢で頭痛を感じたことなどなかった。それは夢で見る範囲の記憶は受け入れ態勢を整えていた状態で、閲覧していたからだろう。だが、少女を見た瞬間、記憶のタガが外れたように脳が情報で占領される。


「きくちきょうや?いい名前だね」


 少女が看護婦から名前を聞き一人呟いた、最後にその単語を聞きながら夢から覚醒される。




「ロイス様!ご無事ですか!?」


 シェリンが心配のあまり手を握って顔を覗き込んできていた。無事ではあるが、どうにもこうにも頭がはっきりしない。未だに熱を持つペンダント、不快感からではない陰鬱とした感情がある。


「大丈夫だから離れてくれ」


「ロイス様、封魔囚石が智天使の保護魔導具を破壊しました。封魔囚石はまだ無事なのですが、先に保護魔導具が破壊されるとは思いませんでした」


「そうか。エルメス、会議は終わりだ。後で俺の部屋に来い」


「かしこまりました」


 俺の記憶はエルメスたちには頼れない。俺でさえ不明瞭なのだから仕方のないことだ。出来ることもなければさせられることもない。ただやるべきことは決まった。


「ただ、その前に一つ報告いたします。ロイス様の魔力が封魔囚石から漏れ出し竜種に検知されてしまいました。どうやら魔神どもの巣窟の南に同じような孤島があり、そこに竜種が巣くっていたようです」


「ッチ。最悪だが直ぐにこちらに来るのか?」


「どうやら、竜からしても魔神たちは目障りであったようで特に敵意を持たれているようではありませんでした。現在カルティエとブルガリが竜種のもとに転移し、こちらに来ないよう説得しているところです」


「そうか。であれば報告を待つしかない」


 流石始祖だ。判断が早いし、命知らずだ。ただ、今竜種に動かれていたら間違いなく壊滅していた。守護者全員でも負けるし本当に厄介な敵だ。


「いや、竜種と戦うなら魔王と協力するほかないが、現存する魔王はアスプロだけだからな」


「あれと同盟ですか?難しいと思いますが、あれが力を貸してくれるならば竜種一匹は抑えられるでしょう」


「とりあえず時間が欲しい。どうにもこうにも行かなくなれば魔王の手を借りるよ」


 魔大陸には最強の魔王たちが控えている。領土的野心はなく、殺し合いが好きなものもいるし面白いことが好きなものもいる。魔王には特段面識はない。ただ、伝え聞く話がすべて本当ならば全員、魔神と同等の力を持ち、守護者と同等の配下も持っていることだろう。今この局面で寝ている虎の横で肉を焼くことなどするべきではないが、一騎当千の強さを持つ魔王を仲間に出来たのであれば、これに勝ることはない。





 俺は自室で深いため息を吐く。竜種に勘付かれることは予測していた。だからこそ、出来る限り使いたくなかった最終手段が大気圏よりも硬度の高い場所からのミサイル攻撃だ。単純に言えば、全盛期の俺の魔力出力を超えているのだし、もうすでにストックもない。エルメスは恐らくは、俺と竜種を戦わせようとしている。封魔囚石の解読はほぼ不可能だ。破壊も不可能だし、神話級の封印を解くには効果を無効化するような魔道具がないと叶わない。


「大方、全盛期の実力を戦闘によって超えてほしいとか考えてんだろうな。無理に決まっているだろうに」


 今から戦って強くなることはない。戦闘経験はすでに無限とある。それも魔神クラスとの戦いだ。それに、魔力操作の腕は変わっていないし、これが俺の強さの理由だ。魔力量が足りないからできることが少ないし、防御力も変わってくる。奥の手だって封じられているので、弱くなるのはそれが原因だ。つまりは、魔力量が戻らねば元の実力には戻らない。エルメスも分かっているのだろうが、それでも竜を殺せば竜因子を手に入れることができるわけで、生物として進化できることも確かだ。ただ、俺は俺の種族の頂点まで進化が完了している。竜因子の使い道も決めているので、エルメスは多分、娯楽目的で竜と殺し合わせようとしている。


「ロイス様、お待たせいたしました」


「二人は?」


「竜種には、始祖三名が集まり国を興していると説明したようです。国の名前をボルメスとして、バグナルクに説明したようです。結果として問題になることはないでしょう」


 バグナルクは竜種だ。この世界で三番目に生まれた存在である。竜種の中でもほぼ三番目に強い。つまりは理論上、この世界で三番目に強いことになる。一概には言えないのだが、如何もこうも行かない存在であることに変わりはない。


「まあ、竜種は始祖に嫌気がさしていたと聞いているし、それが三体もいれば諦めるか」


「ええ。反応したのがバグナルクで助かりました。他ではこうもいかないでしょう」


「他?分からんな」


「ヴァナルガンドやリンドナルクとかなら、すぐさま調査という名目でこの地を焦土に変えていたことでしょう」


 ヴァナルガンドは確か2番目でリンドナルクは四番目か。まあ、そうだよな。竜全員に嫌われている始祖も何をしたのか気にならないでもないが、味方にいるだけに聞きたくはない。


「それで、私に何をお求めなのですか?」


「ああ、それな。封魔囚石のことだ」


「それは会議でお話ししたはずですが」


 俺はそんなこと知っている、と首を振る。互いにそんなことは承知であるので、話を進める。


「一つ確信したことがある。あの中にある魔力は過去の俺の記憶を有していることは話しただろ?」


「ええ。だから化け物が生まれる可能性があると」


「それが確定した。さっきも記憶を見てな、過去の俺は今の俺を恐らく許しはしない。封魔囚石が結界した瞬間に化け物が解き放たれたのなら、立ち向かうのはお前しかいないだろ」


 エルメスも覚悟していることだ。当然のように頷いてくれる。ただ、そうじゃない。俺が今存在している理由は、過去にある。俺が力をもった理由も過去にある。つまるところ、俺は運命から逃げれない。


「封魔囚石が破壊されたら、化け物を見逃せ。俺は、正しく俺と成らねばならない」


 エルメスが今まで見てきた中で―否、1500年前とおなじ、見るも悍ましい笑顔を見せてきた。


「ええ、喜んで」


「喜ぶな」とくぎを刺しておく。だって、今の俺が死滅するわけだからね。まあ、あれに収められているものは俺の力を軽く凌駕するのだ。俺と同じことができる以上、魔力出力が高く、余力も多い方が勝つに決まっている。


「やっと至高に戻られるのですね」


「勘違いするな。しばらくは俺のままだし、俺も俺だ」


 ややこしい話だが、簡潔に話したつもりだ。


「他の守護者には秘匿しろ。ないとは思うが気取られるな」


「もちろんでございます。それで、これから何をなさるので?」


「竜種が動いたのだったらここは焦土になる。今は国民が千万くらいだ。とにかく俺が神のように崇められなければならないことになったからな。王国と評議国でも使うか。今回は俺が出る。そろそろちんたらしてられないからな」


「おっしゃる通りかと。それでは私は法律の改定ができるようにして待っていましょう」


「助かる」


 エルメスは誠に察しがいい。何がどうなろうとも、エルメスならやってくれるだろう。


「手始めに座天使だ。あれを回収した組織を割り出すぞ」


「おそらくは帝国でしょうね。天界を作り出した神器が帝国にあるのでしょう。たびたび暇を頂き天界に調査に行ったところ、あの頃の魔力残滓を発見しました。まず間違いないかと」


 神器の残滓は早々消せない。ただ、神器は一度使えば破壊されるはずだ。確かに、効果が継続しているうちは形を保っていることはある。俺も永久の使役ウロボロスのリングがある。使役できる数は、神器が許容可能な魔力量に比例する。人間ならば無制限と言って差し支えないほどに。現在は魔神と同等に強化された亜人が5体収容されている。全滅しなければ神器が破壊されることもなく、失った個体の完全復元も可能だ。奥の手の一つである。天界の創造と操作が効果ならば、神器が今だ健在であることも納得がいく。ただ、一つ確定したことがある。


「帝国には竜種がいる、か」


「まず間違いないかと」


「そろそろ頂点の座を引退してもらおうか」


「クフフ、それがよろしいかと」


 よろしいことはない。竜種とは戦いたくはないが、俺にも理由ができた。理由を思い出したのだ。俺は、もしかすれば宿願を達成せねば感情を、本当の感情を得られない。


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