第6話 始祖の脅威

 サリオンと、冥界にティオナを探しに行く旅に出る。旅というには行き先が危険すぎるのだが、俺とサリオンに恐れはない。


 ティオナの虚空は俺と同期されているから、ティオナが死んだとしてもアイテムの消失は起きない。これはティオナがもともと空間系の権能を持っておらず、俺がティオナ用に異空間を作り出しているからである。ティオナからは俺の異空間に干渉することはできないが、俺からティオナの異空間に干渉することは可能である。


 ただ、場所が冥界であるから、理が違う可能性がある。理が違えば、異空間を作り出す能力に何かしらの変化が起き、同期が切れる可能性があった。ティオナが死んでもアイテムが回収できれば御の字である。それが叶わないのならば損失はかなりでかい。正直一か月はふて寝するレベルだ。


 冥界に行くことは簡単だし、冥界に行けば理を正すことも可能だ。冥界に行けばティオナは助かると言っていい。始祖と言えど俺が作った冥界門をティオナとサリオンの目を盗んで破壊する事は不可能である。


「サリオン、準備できたか?」


「すでにできてますよ。それで、冥界門はどこで出すんです?」


「ここで出すぞ?」


 常に顕現している冥界門を作るのは手間がかかるし、魔力漏れが激しいからこそおおよその生物にとって有害だ。さらには難度が高い。既に現世にある常駐の冥界門は始祖が管理しているが維持しているわけではなく核の意志によって生まれた物自然生成物である。


 しかし、一時的に顕現するだけであれば容易である。どこでも冥界門を作り出せるが、冥界門を作り出した場所と現世での座標は共通である。縮尺は違うが、その世界における座標は統一される。分かりやすく言えば、ここで冥界門を出した場合、冥界のこの座標に送られる。ただ、冥界を熟知しているわけではないためどこに現れるかわからない。もっとも、冥界の座標を熟知しているならば指定し思ったままの場所に行くことはできるだろう。エルメスなんかはできそうだ。始祖の一人だし。


 まあ、俺は冥界に行ったことはあれど、そこまで熟知しているわけではない。何回か刊行しに行った程度であり、始祖と会うことも少なかった。


「ほれ」


 適当な掛け声で冥界門を開く。まがまがしい赤黒いとも青黒いともいえる冥界門を作り上げた。これは簡易的なものにすぎないため放っておけば数十秒の間に消える。


「はよ入って?」


「ああ、はい。行かしてもらいます」


 冥界門の維持は燃費が悪いから早く入ってほしいんだよね。サリオンを先に行かせたのは冥界に入った瞬間、始祖に襲われるかもしれないから。俺が一撃で殺されることはないだろうけど、万が一俺が殺されれば損失が大きすぎる。サリオンが死んだとしても生き返らせることができるからね。かわいそうかもしれないけど、先に行かせるのだ。俺の視界にいる間は守護者に死はない。正確に言えば守護者の魂に傷がない状態であれば、過去の体のデータを複写することで蘇生ができる。


 5秒ほど待ったが、サリオンの反応は消えていないので冥界に侵入する。


「おお成功だな」


「待ってましたよえらく遅かったですね」


「時間軸がズレてんだよ。ここでの一秒が基軸世界の1時間になることもあるし、こっちの一時間が向こうの5秒になることもある」


 その辺り適当なんだよね。冥界も天界も同じようなもので、異世界や異空間は基本的に時間軸が一致しない。一致させることも可能ではあるが利点は一切ないので意味はない。一致させようとすればそれなりの魔力消費が発生する。俺たちがアイテムを格納している異空間は正確に言えば時間が過ぎている。これを現世と統一してしまえばかなり、消費が大きくなる。異空間は基軸世界の億分の一の速度で時間が過ぎている。遅くするのは別に消費が起こらない。異空間は作ったものが特別な法則を作り出せるのだ。だが、時間を止めることは極めて困難なのだ。


「それで、どれくらいたってた?」


「5時間ですね」


 ふむ。ここでの5時間とティオナがいる場所の5時間が同じ時間だとは限らない。場所によっても時間がズレることがあるからだ。これは冥界に広さの上限がないため起こるのだ。時間の過ぎる速度の差が発生するのはあらゆる世界とパイプがあるからだ。時間のずれは時空間のずれであるため、干渉することは基本的にできない。見えない壁のようになるのだ。もちろん、時空間に干渉する手段がないわけではない。だが、かなり複雑な技術であり使える者は限られている。始祖は冥界にいるから全員、その側近も粗方が使えるだろうけど。


「サリオン魔力を解放するか・・・いやお前がやってくれ。護ってやる」


「逆な気がするんですけどね、俺守護者なんで」


 サリオンは軽口を言いながらも俺の言ったことを履行した。俺は魔力が少ない。封魔囚石に封印されちゃったからね。だからサリオンの方が魔力量が多いのだよ。質は圧倒的に俺が上だけどね。負け惜しみではないよ。というか、現状では守護者含めネームドの一部にだって魔力総量で負けている。


 魔力を解放すればティオナが感知するだろうし、ティオナも魔力を解放することだろう。今は感じないのでかなり遠いか、魔力をセーブしているかだと考えられる。サリオンの膨大な魔力を解放すれば半径30キロほどなら感知できるだろう。もちろん需要する側のレベルにもよるのだけどね。ティオナならばこれくらいだと思われる。


「お前、また魔力量増えたか?」


「お、分かりますか?ちょっとづつ強くなってるんですよ」


 普通、生まれ持った魔力量が変動することはない。正確に言えば、魔力をためる器としての体が形成されるにあたり、形を維持する魔力を別で溜め込む。なので、行動に支障をきたさない、バッテリーのような扱いになる魔力量の総量は変わらない。体を組織する分を使えば体の崩壊と引き換えに魔力量を上げることができるのだ。これが代償魔法だね。


 ただ、サリオンは代償魔法を行使して居なくとも魔力量が伸びる。


 魔力量を伸ばす方法はいくつかある。


 魔力を豊富に含んだ何かを摂取すること。ただこれの上限は近い。何回でもできるものじゃない。免疫が付いてしまう、或いは致死量がある、どちらかの理由で継続的に摂取することはできない。俺も免疫が働くので増加に期待できない。しかもこれは一時的だ。


 もう一つは、魔物を自分の力に統合すること。魔力の統合は他者の魔力を自分の魔力に統合することができるので分かりやすい強化方法だ。これは魂が混ざり合い強化されることで体が進化する。よって器が大きくなり魔力を蓄えることができるのだ。


 そして、最後に一つ。体を作り直す事で天賦の魔力量をリセットする方法。転生してこちらの世界にやってくるものなどはこの方法で魔力を得ている。生まれ持って持っている魔力量は体を作り直すことで増える。魂を作り直すことでなお増加する。つまり、一度死んでこの世界に転生した場合、魔力量の増加は確実ということになる。ただ、作り直した体の魔力量が以前の魔力量よりも少ない、なんてこともあり得る。めちゃくちゃ難しい技術だよこれ。魂の再生成はかなり難しい。魂が傷つけば否応なく死ぬ。転生は魂が完全に破壊される前に異空間を渡り多量の魔素と反応することで再生する過程を経る。故に強化される。


 死者蘇生の魔法では魂を再生することはできないので強化には至らない。魂を再生する方法は魂が魔素を吸収する自然治癒しかない。時間で解決するが傷によっては数か月まともに動けなくなることだってある。蘇生魔法は、体から無傷の魂が抜けだす前に体を再生する方法だ。故に精神生命体に蘇生魔法は使えない。体を必要としないため、体を再生しても仕方ないのだ。


 サリオンは特異的でこのどれでもないんだけどね。正直なところ俺もよく知らない。聞いたことがないからね。だって俺よりも魔力量が少ないんだもの。ただ、おそらくサリオンの体が進化することで総量が増えているのだと思われる。サリオンは精神生命体であり、生きるために肉体を必要としない。だが、魂は肉体に癒着するため進化の影響は受ける。


「ロイス様」


「ティオナかなり弱ってるな。距離は20キロ程度か・・・」


「本気ダッシュで30秒くらいか?行きましょうか」


「サリオンに教えてやろう。冥界は惑星から脱出することもあり得ないからな。もっと走れるぞ」


「ロイス様は本気で走れば惑星から脱出できるんですかい?そりゃまた規格外な」


 そんなわけないだろ、と突っ込んでしまいたい。不可能ではないが、それなりに疲労する。重力から逃げることは出来るし息をしなくてもいいから宇宙に行っても生きられる。だが、利点はない。


「付いて来いよ、一秒だ」


「頑張りますよ」


 俺は久しぶりに本気で走ることに生き生きとしている。だって久しぶりなのだから。本気を出すっていうのは気持ちがいいものさ。


 少しアキレス腱を伸ばしておく。本気で走ってちぎれたりしたら流石に痛いからね。二三その場でジャンプをしたらクラウチングスタートの構えを取る。


「位置について、よーい」


 ドン、と爆音が鳴り響き地面が崩壊する。サリオンは瓦礫に当たっていた。冥界なので直ぐに地面は修復を始める。サリオンも3対の羽を巧みに使い少し遅れてスタートした。


 空気抵抗は防御のために貼っている魔力結界が防いでくれるので、気にならない。でも空気抵抗による速度の低下の影響は受ける。結界が受けていてもそれを纏っているのだから当たり前だよね。


「到着!お疲れ、サリオン。サリオン?」


 後ろを振り返ってみてもサリオンの姿が見えない。が、すぐさま俺の横に現れる。


「速すぎますよ、ロイス様」


 一秒未満の遅刻。まだまだだねサリオン君。まあ、彼は30秒かかると言っていたし仕方ないか。


 耳に響く甲高い金属のぶつかり合う音に意識を向ける。紫色の髪をした少女、毒に犯されたティオナ・・・。原初の紫イオデスか。始祖の中ではかなり新参なはずだ。


「ティオナ大丈夫か?」


「ロイス様!?申し訳ございません!」


 ティオナが飛んできた。もともと飛んでいたのだけどね。ものすごい勢いで飛んできたかと思えばそのまま土下座したティオナ。そんなに慌ててるけど、怒られると思っているのかな。怒るつもりも要因もないのだが、とりあえず目視で生存確認できたのはよいことだ。


「ねぇねぇ今面白いところだったんだけど?」


「こっちは面白くないけどな。ちょっと待っててもらえる?」


俺はイオデスの言葉を一刀に伏す。なにせ知り合いじゃないからだ。


「なんか君から悪魔の気配を感じるんだけど・・・それも嫌いな奴だ」


 悪魔の知り合いは案外多いぞ。始祖にも何人かは面識がある。面識といっても見かけただけだったり、一言話したりした程度だが。それ以外ならエルメスくらいだな。


「エルメスのことか。どうでもいいんだけど、ティオナ連れて帰るから。じゃあね」


 イオデスに付き合ってやるつもりもない。ティオナの救出だけが目的だったしここで始祖とやりあってもこのメンツなら勝てるだろうが面倒くさい。だって新参の悪魔でも始祖だし俺よりも年上だからまあ、強いよね。ここで殺してもすぐさま蘇る。殺めるだけ無駄だ。


 ここが冥界でないならば戦ってもいいが、冥界である以上逃げの一手だ。


「冥界門を開いてっと・・・ちょっと邪魔しないでもらえるか?」


 イオデスに冥界門破壊されちゃったよ。構築途中の魔法を強制的に解除することは理論上可能だけどかなり難しい技術である。流石長生きしているだけはあるね。帰りたいだけなんだから邪魔されると困るのだけど。


「君が冥界門を作れることにも驚きなんだけど、君の魔法すごく複雑じゃない?何者なのかな?」


「冥界門は一度見たから作れる。俺の魔法が複雑なのは単に扱いがうまいから。俺はお前がイジメてた有羽族ハーピーの主人。以上、俺は帰るから・・・ああ、この冥界門から悪魔が出てこないようにしてくれない?できれば冥界門の位置も変えてほしいんだけど」


俺はさっさと帰りたい。だって、そろそろエルメスから王国の件での定時連絡額る頃合いだし、俺もやりたいことがある。イオデスの問答に付き合いたくはないし、付き合うだけ無駄だ。


「そんな端的に説明しないでくれない?というか、君シャウッドの大森林に町作ってるでしょ?私は前からここに居たんだよ、後からきて退いてはないんじゃない?」


 ああ、そういう見方もあるよね。確かに、俺の作りたい国は多種族共生国家なわけだ。多種族が共生するには明確で安全な法律がなければならない。じゃあ法律は平等じゃなければならないわけだ。平等を謳うならば悪魔の立ち退きにもそれ相応の対価を払わなければ道理が通らないか。


「じゃあ、俺たちの街に危害を加えないことを約束してくれ。代わりに望むことはあるか?」


「望むことはないね。だから交渉は決裂だね」


イオデスも俺に倣ってか淡泊な反応を見せ始める。ティオナとの戦闘を邪魔されてかなり不機嫌なのだ。それも知っているが、知っているだけに刺激したくはない。


「え?何、戦うの?」


「もちろんでしょ、私は死なないからね」


 始祖は死んでも蘇るけど、守護者たちはそうではないからな。精神生命体だから肉体が壊されても魂さえ無事なら生きていられる。でも、こいつらの肉体も俺が用意した特注品だし同じレベルの体を用意するのも面倒だ。弱体化は必至。ティオナは精神生命体ではないのでここで死ねば死んだままである。サリオンも魂はここに残留するのでイオデスに破壊されて終わりだ。


「お前は死なないけど、見てみ?ティオナも毒に犯されて死にそうでしょ。こいつら二人は冥界で死ねば死ぬ。だから戦わない」


 ティオナの皮膚は毒でただれているし、かなり弱っている。イオデスの毒はかなり強力で俺でも喰らえば対処に困る。イオデス自身の魔力が毒であるから攻撃が喰らえばそれだけで、持続ダメージが入る。彼女の調合する毒もあるし、長期戦こそ厄介な相手だ。


「こっちには関係ないよ」


 そうだよね。こっちが死ぬからやめてほしいだけだし。始祖は死んでも死なないし。ハァ、仕方ないか。冥界門の練度だけでいえば負けてるし、冥界から帰れないから。


 冥界の中に異空間を作り出して冥界門を作れば帰れるんだけどね。俺は思ってしまった。イオデスを仲間にできれば心強いんじゃね?と。エルメスも同じ始祖でありかなり有能である。ならばイオデスも有能に違いない。暴君と恐れられる彼ら彼女らを仲間にできれば戦力は一気に増える。受肉していない今の状態でも一部の守護者よりも強いしね。


「その気になれば帰れるんでしょ?でもいいのかな、その子の毒は私にしか消せないよ?」


 見抜かれてたか。本気で帰ろうと思えば、5通りくらいは即座に思いつく。やっぱり、戦いたいかも。今の俺がどれだけ権能を扱えるのか、知っておくべきだからだ。魔力の大半を失った俺だが、それでも技術は奪われていない。始祖よりも魔力量が大幅に下回っているが負ける気はしない。魔法は練度によって威力が変わる。というのも魔力総量は防御力だけにしか直結しない。威力に大切なのは出力である。故に、始祖とも渡り合える技術があるのだ。


「天狗になってるところ悪いけど、嬢ちゃんの毒は俺でも中和できるのだよ」


 俺の得意技は簡単に言えば模倣だ。俺は魔力の深淵に触れている。魔力とは平たく言えば、万物に変換可能な超エネルギーである。土も大気も熱も魔力が命令式、自然変化などで姿を変えた形である。つまり、この世界において魔力で再現できないことは存在しえない、ということになる。分かりやすく言えば、魔力さえ扱えれば不可能が可能になるという話である。すべてを紐解けば魔力に還元されるため、あらゆるものを分解することだって極論的には可能だ。


 実用例としては、人の形を保ったまま惑星からの脱出は不可能である、という話が分かりやすいかもしれない。これは物体であり、空気抵抗をはじめとしたあらゆる原則の外的要因を受容するからだ。体をすべて光の粒子に変換してしまえば、光の速度で移動することが可能になる。魔力自体の重みは0だ。そのため、光の粒子に変換した後、元の体の姿に戻せば光速にも至る。魔力に質量を与えることも可能なので、魔力というのはあらゆる事象にも変換可能なのだ。


 元の話に当てはめていうなれば、毒を解析し模倣することでおのずと解毒の方法も分かるということになる。


「ウッソ初めて見た。私の毒が消されてる?」


「ロイス様は、魔力の扱いだけでいえば竜種を超えてる気もするぞ」


 ティオナに手をかざしたら元の美しい姿に戻っていった。イオデスの毒も解析すれば簡単に解毒できる。俺の知識のたまものだな。


「それは慢心でしょ。でもまあいいや、君やっぱり強いね」


「お、魔力量では俺の負けだぞ?」


「今の見て魔力量だけで勝ち誇るわけないでしょ。魔力は量じゃなくて扱い方だからね」


 やっぱり伊達に長く生きていないな。普通ならば、魔力量の多い方が強い。実際に大切なのは魔力の質、つまるところ濃度だ。魔力量の多い者は自然と体が適応し衝撃に強くなり防御力が上がったり、身体能力が向上したりする。単純に体が強く進化するため魔力量の差は致命的な差になりかねない。だが、魔力量が劣る者でも局所に魔力を集中させれば対抗することもできる。これが、扱い方次第、と言われる理由である。


「今更怖気づかないでくれよ?」


「冗談でしょ?」


 笑っちゃうね。楽しくなってきた。面白いことだよ、やっぱり成長の可能性は宝ものだからね。


 イオデスと俺の距離が一気に縮まる。




 俺の今日の武器は鞭だ。めったに使わないけど鞭って便利だよ。巻きつけて武器を奪うこともできるし、防御を無視した攻撃ができるし、攻撃を曲げることもできる。避けることも困難だし、使い方ひとつであらゆることができる。斬撃には弱いけど、俺の武器の等級は伝説級だ。不壊属性こそないけど、神話級の武器が相手でも受け流せる程度には強力だ。


「君鞭なのに距離詰めて大丈夫なの?」


「後ろ見た方がいいぞ?」


 俺の鞭はイオデスの背後から攻撃する。鞭の扱い方を極めれば相手に予測させない攻撃手段も模索できる。イオデスの武器は短剣が二本だ。どちらも伝説級の武器だが、始祖ならば神話級の武器を持っていてもおかしくはないはず。


 鞭と短剣が交差し火花が飛び散った。甲高い音が鳴り響き、衝撃波が生まれる。


「この鞭硬すぎない?」


「しならせてんだよ。切られないように」


「この速度でそんなことできるんだ」


 鞭の先端の速度は音速を優に超えている。稲光を纏うほどに速い先端から繰り出される攻撃の威力は巨岩でさえ両断することも可能だし、伝説級の武器を破壊することも可能だろう。イオデスの短剣が砕けなかったのは彼女の力量と技術によるものだ。


「詰めちゃえばどうということもないでしょ」


 鞭は距離が詰められれば、速度の遅い手元を狙える。鞭は距離を詰められると弱い。だが、当然対策もしている。


「そんな狭いところで振れる?普通じゃないでしょ!」


 腕を体の後ろにもっていけば距離がわずかだが稼げる。そうなれば速度を保ったまま近距離に対応できる。それに、鞭を一度完全に止め、急加速を生み出すことで発生する衝撃波を浴びせれば幼女一人分程度、簡単に吹き飛ばせる。


「でたらめすぎでしょ!」


 あれ?イオデスの短剣が一本ないな。上か、頭を使った訳ね。伝説級の武器ならば、魔力結界を突破することができる。封魔囚石で封印された魔力分強度が落ちているからということもあるが万全でも伝説級の武器は止められない。


 魔法結界も破られるだろう。だが、俺は魔力結界の下に魔法結界が張られているため俺に至る前に攻撃は止まる。


 ―急加速?魔力操作か、うまいな。俺と同じやり方か、意趣返しのつもりかな?


 上からの攻撃と同時にイオデスが距離を詰めてくる。流石に二つの攻撃を一度にさばけないと踏んでいるのだろう。急加速した上からの攻撃は、イオデスの魔力が乗っているから魔法結界も破られるだろう。だが安心したまえ、その下に多重結界が張られている。魔法結界は魔法の威力を大幅に削ることを目的とした結界だが物理に対しても多少の効果を発揮する。多重結界は弱い魔法で作った結界を幾重にも重ねることで防御するもの。利点は、一層毎に効果を付与できること。上限は4層だ。


 一層目は衝撃吸収。二層目は、衝撃反転。これは25%が限界だし、反転した分の相殺が可能。3層目は魔力妨害であり魔法の効果を下げる。4層目が茨だ。攻撃した場合、結界が受けたダメージの10%を跳ね返す結界である。これは物理攻撃にしか効かないからなかなか使えない。


 この程度の攻撃なら一層目で止められる。警戒すべきはイオデスだ。イオデスの直接攻撃ならば三層くらいは到達できるんじゃないかな。


 全体的に魔力不足で結界の硬度は落ちているし、本来なら防げた攻撃も防御しなければならない。


 ―鞭が三か所で炸裂する。


 俺の頭上にある短剣と正面のイオデス、最後は俺の背後から迫った毒矢だ。俺が、うまいと評価した点は一つ。上部からの攻撃に幻術魔法がかけられていたこと。だが、幻術魔法の効果は発動していない。つまりは、頭上の攻撃は幻覚で揺動と見せかけた実際に効果のある攻撃。幻術魔法に気が付かなければ防ごうともしなかっただろう。すべてが必死の攻撃であるのならばその択を一つ潰せるのだ。幻術として判断したいと思うのは普通だ。


 次に毒矢にも幻覚が施されていた。毒矢はイオデスのスキルだろう。任意の場所に転移魔法を発動し毒矢を転移させたのだ。今の攻撃だけで硬度の魔法が3つ同時発動していたのか。イオデス自身の強化魔法を合わせれば6つほどの同時発動になるかもしれない。


「もー!なんなの!?君鞭の扱いうますぎない?」


「これでも守護者との模擬戦では武器術だけで完勝してたんだよ」


俺はイオデスに伝わらない自慢をする。守護者全員、エルメスは居なかったけど、との模擬戦で俺は武器術縛りで完勝している。あの時は結界の強度が今とは比べるべくもないほど違っていたから、勝てるのは当然だったけど。


「守護者ってのが何か知らないけど、すごそうだね」


「お前がボコってたのも守護者だぞ?誇ってもいい気がするが」


 もっと強いと思ってたんだけど、鞭の対処もできないようでは本気も出せないじゃないか。ちょっと肩慣らしをしようと思ったのに、期待外れだな。受肉をして、止まった進化をすべて享受したイオデスであれば俺の結界をすべて破壊できるだろう。現時点の話ではあるが、魔力をすべて取り戻した俺の結界でも難しいかもしれない。


 ―なんか肺が痛いな。


「君呼吸もしないんだね」


 悪魔も呼吸はしないだろう、という突っ込みは保留しておく。大気中にイオデスの毒がまかれていることも知っていたし、息を吸い込めば毒に犯される。まあ、呼吸するには結界をすべて解かなければならない。空気が入る隙間があったら、不十分な防御力になってしまうからね。光だけを透過する結界を使っているのだ。


「お前、俺にも見えない攻撃ができるのか?素晴らしいな。期待以下だと思っていたが改めよう」


「何言ってんの?君、魔法の対策してないでしょ」


 バレたか。悪魔は魔法の力に突出した存在だ。魔法の対策を怠れば万一もあり得る。でも、俺は魔法の対策は魔法結界だけにとどめている。ハンデのつもりだ。その代わり認識した魔法の効果はすべて打ち消そうと考えていたし実際そうしていた。だが、認知できない攻撃をされたのだから仕方ない。


 ―幻覚魔法にも毒を混ぜていたのか。いや、鞭だな。


 鞭に毒が付着したんだろう。鞭は俺が握っているから、鞭をたどっていけば毒は結界を突破する。普通はしないように細工してあるんだけど、俺の場合していない。


 俺の結界は四つ。前述した魔力結界、魔法結界、多重結界に次元結界が張られている。次元結界は次元を隔てているため、いかなる攻撃も通さない。異空間を作り出せる力があれば理論上、突破することもできる。俺の次元結界は二重に重ねているし、複雑に細工している。だから異空間を作り出しても、俺の次元と同じ次元に調整しなければ俺の結界は破れないようになっている。


 でも、次元結界は俺にも融通が利かない仕様なので武器を持つには次元結界に隙間を作らねばならない。武器にまとわせることもできるが、武器の特性も次元結界に阻まれる。伝説級の武器は次元結界を破るために次元結界を纏わねばならない。神話級のアイテムならば次元結界であろうと突破するので武器にまとわせることも可能だ。


 要約すれば、イオデスの毒が鞭をたどり次元結界の隙間を縫ったことで俺に毒が当たったということ。


 肺が痛いから、解毒しておくか。


 一度解析したから、毒の種類が変わったところで応用が利く。一回目よりもたやすく解毒することができる。


「ッチ、死に物狂いで与えたダメージなんだけど!?」


「いやいや受肉していないのによくやっているよ。やっぱり始祖は侮れないね」


 俺でも、イオデスが受肉して進化したスキルで作った毒を受ければ解毒できるかどうか分からない。魔力を取り戻せば解毒はできるだろうが、後遺症も残りうる。それだけ強い。


「俄然ほしいね。始祖の紫、俺の仲間にならないか?」


「君が私の配下になるのなら歓迎するよ」


「話聞いてたか?ちょっと本気を出そうか」


 刹那、紫電が横一文字に走る。肩から先がイオデスの目でも負えないほどの速度で動いた。反則的な威力が時空をも捻じ曲げ、未来と過去に影響を及ぼす。ここで躱しても0.5秒前にその場にいれば直撃するまさに反則的な必殺技。時空を超える攻撃は次元結界でなければ防げない。次元と時空には因果関係が少なからずあるのだ。


 かろうじて短剣での防御が間に合った。だが、同等級の武器で防ぎきれるわけもない。一部であっても威力をやわらげたおかげで魂の破損は免れたようだが、イオデスの首が焼き切れ、武器は二本とも砕け散った。首を始点に体が焼け、消失していく。


「はは、始祖の白マブロと同じことができるなんてね」


 マブロ・・・最強の始祖か。俺はマブロと会ったことはない。あったことはないが、この世界最強の竜種とタメを張るまさに最強の悪魔であると認識している。彼であればこの攻撃も防ぎ切っただろう。それに、マブロは裁定者だ。竜種を正す役回りである以上、竜種よりも強くならねばならない。そんな化け物と比べられても困る。


「お気に入りの鞭だったのにな。まあ、初見では防げないだろうな」


 実は、鞭の耐久値をすべてBETした代償魔法により極限まで威力を高めた一撃を、5つの魔法でさらに強化した。さらに、その技を放つ肉体にも強化魔法を施していたため、その威力は跳ね上がる。最後に鞭の特殊効果だ。それは、腕を丸ごと鞭と同化すること。同化してしまえば次元結界をも纏うことができる。次元結界はあらゆる抵抗を無効にする。次元が違うモノの影響を受けないのは必然だ。腕を丸ごと同化してしまえば、先端の速度はより速くなる。威力も当然、跳ね上がる。


「なんて攻撃だよ・・・冥界にヒビが入ってんじゃねぇか」


「あの魔力量でこの威力とは・・・さすがですロイス様」


 この攻撃は魔力量の差には関係ない。これ以上の威力を出そうとすれば出せるのだが、かなり難しい。最悪の場合俺にも余波がきて重症になる。現時点で自分に影響が出ない最大限の威力だ。イオデスを認めたから手加減なしの攻撃をした。


 いくつか能力を制限したがそれでもイオデスは守護者の幾人かよりは強かった。始祖を仲間にすればそれだけ力が増大する。いつか、俺の全力をぶつけられる存在は現れないものだろうか。そうなればまた、力を解明しより強くなることができるだろう。


「帰るぞ、ほかの始祖が来る前に」


「「ハ!」」


 といった感じでティオナ救出大作戦は幕を閉じた。ちなみに、冥界門はさっきの一撃で巻き込まれて崩壊していた。時空間を切り裂いたのだから如何なるものも切ることができるのは当然だ。時間を超越しているものに干渉する術はないからね。認識することもできないだろうし。同じ時空間を超越することができる存在以外には対処法など模索することすらできない。


 時空間に影響を及ぼす攻撃に対処するには次元を超越する必要がある。同じように時間を超越すれば相殺されるのだが、次元結界を習得するほうが簡単だ。次元が違う以上、時空間の移動は違う世界の変化として処理される。次元を隔てている以上影響を受けないのも必然だ。そして逆もまたしかりである。時間を超越しているものには干渉できないため、干渉できないもの同士の衝突は凄まじい衝撃波を生み出して消滅する。要約すれば、時間を超えた攻撃には、同じ方法か次元結界を使うしかなく、次元を超えた攻撃には、次元を超えるか時間を超えるかしか方法がないということになる。両者がメタ的な効果を発揮する。


 時間を超えると言っても未来に行くことはできないし、基本的に過去に行くこともできないんだけどね。厳密に言えば実体の持たないなにかが1秒未満の同居が可能なだけ。さっきの一撃が過去と未来の0.5秒間に影響を与えていたのは、衝撃波が時空を超えた結果でイオデスと同じ座標に同居した結果と言える。鞭の攻撃が時空間を超越したのはその速さによるものである。


 見切らなければ、0.5秒前と今、そして0.5秒後に同じだけの衝撃を受ける。だから一回目の衝撃を耐え抜いても2回3回と同じ衝撃がやってくるのだ。恐ろしいね。俺でも時空間の対策をしなければ耐えられないよ。


 やっと、自宅に帰ってきた。基軸世界では30分の出来事だった。帰ったらエルメスとシド、そしてフィンもいた。王国での作戦が終わったんだね。仕方ないから、情報のすり合わせのために会議を開いた。いつものようにけだるい気分を押し隠しながら、玉座に座り、守護者の世辞と礼儀作法を軽く流した。


 ―嫌いな時間が始まった。



 王国での作戦は貴族が何かを仕掛けてきただろう二週間先を待たずに決行された。だからこそ、王派閥の力は絶大になり貴族派閥を大いに挫いた。王国は15年ぶりに一つとなった。王がアンデッドとの攻防戦で前線に出たことから、市民は王の味方に付いた。ただ、そのほとんどはある勢力に統合されている。今回はそのことについて、言及するつもりなのだ。


「さてと、報告をしてくれるか?」


 俺はエルメスが帰ってきてから二日後に会議を開いた。王国でエルメスたちが動いた効果が表れるころを待っていたのだ。今は、中枢会議、守護者やネームドが集められた行動指針を決める合議である。


 この会議は単なる成果の共有ではない。加護についての対策と力の解明をしなければならないので大切なことなのだ。今回の作戦で魔神教団への牽制と、加護の解明がすべて卒なくこなせているのならば、この先の作戦に大きな役割をなす。


「此度は私どもに大役を任せてくださったこと感謝いたします」


「世辞はよせ。端的に述べろ」


 俺は頭痛の元である礼儀作法は嫌いなのだ。だからこそ、礼儀をすっ飛ばすよう命じた。エルメスも命令に反しようとは思わないのですぐさま本題に差し掛かる。


「王国はシド殿を神とする宗教団体が設立されました。教徒は貴族と平民によって組織されています。宗教団体の規模は王派閥に迫る勢いです」


 王派閥に迫る勢力を持つようになった宗教団体。宗教団体とはいえ、経典はなく宗教らしい儀式などもない。正強会せいきょうかいという新たな宗教組織の教えは、弱いことは罪であり弱いまま努力しないことは大罪であるということだけ。経典がないのも、圧倒的強者に憧れた弱者の集まりだからであり圧倒的強者を目にしたことで痛感した、己を弱さを恥じる思いから設立されている。この教団ができてからの変化はただ、民が強くなろうと努力するようになった、というだけかもしれない。表面上はそれだけなのであまり意味がないようにも思えるが実はそうではない。


 まとめれば、王国を亡ぼせ、という俺の一言があれば簡単に実行できてしまう環境が整ってしまった。エルメスは、俺が王国を利用しやすくなるよう貴族派閥に代わる勢力を作り上げそれを操れるようにも細工した。さらに、王国での政治をより良くするためエラルドに貴族の弱みを流していた。今頃は王国で貴族の一斉粛正が始められているだろう。


 協会を作り出す、ということは直接命じていたわけではない。魔神教団に反する思想を持つ教団を作ることで、魔神教団を炙り出す、という作戦を思い付いたエルメスに素直な賞賛を送りたい。これで、王国に魔神教団の拠点がおかれることだろう。そうでなくとも何らかの動きを見せるはずだ。


「予想以上だな。エルメス、褒美をやろう」


 俺は虚空に手を伸ばしアイテムを探す。守護者やネームドには虚空に持ち物を格納することができるスキルや魔法がある。俺の虚空の中には食べ物から武器に至るまでなんでも入っている。1000や2000では収まらないほどの何かを格納している。


 何がいいかな。こいつなら何でも手に入れられてしまうからいいものが思いつかないな。食べかけのサンドウィッチとかもあるけどそれは流石に酷だよな。おお、いいのあるじゃん。


「お前ならうまく扱えるだろう」


 俺ですら所持していることを忘れていた魔道具をエルメスに渡した。


 渡したアイテムは、魔道具の加工が容易になる効果の付いた金槌である。等級は神話級ではあるが、攻撃にはつかえないし、俺は魔道具の加工ができないし、渡してもいい。売ってやれば金貨10万枚は超えるだろう。人間はこの魔道具の価値がわからないので最大でもこの価格だろう。真価がわかれば金貨100万枚の値はつくだろうな。


「これは、ありがたき幸せにございます」


 エルメスにだけ渡すのも変なのでシドにも渡しておく。シドに手渡すのは、水袋だ。もちろん魔道具で、水が無限に出てくるというモノだ。等級はたいして高くはないが特有級だ。低くもないけどね。シドは水を操ることができるので本来攻撃目的ではないこの魔道具も戦闘で扱えるだろう。


「おお、ロイス様。一層の忠節をお誓いいたします」


「フィンは今回は何もしていない。よって褒美はない」


「え!?―いえ、畏まりました」


 フィンはあからさまに落ち込んだ。作戦上、フィンの働きによる功績は全くない。フィンじゃなくても務まる任務だったからだ。魔道具によってはアンデッドの大群を召喚することもできる。ただ、魔神教団がまだ王国にいるのならば戦力を集中させる必要もある、と思ったから同行させただけなのだ。


「王国はもはや手中にある、ってわけだな。加護はどうなってる?」


「戦闘データはこちらに収めております」


 エルメスが手渡した魔道具を見る。モノクルとサイコロのようなモノの二つ。モノクルは死霊王が付けていたものである。サイコロは七指と三雄の戦いの際シドが使っていた魔道具である。当然ただ見ているだけの仕事なわけがないので、加護の戦闘データを納めるべく魔道具を使っていたのだ。


 何もない空間に戦闘描写が映写される。そして、其の横には魔力出力と消費魔力量が羅列される。


 加護はスキルに比べ燃費が悪いようだ。ものにもよるが、魔力消費が悪い。これは加護そのものが借り物の力だからだろう。加護ってのはクロウディアが作り出した特異的権能だ。特異性もさることながら力の解明には時間を要す。王国に守護者を送ったのはそのためだ。


 情報をまとめるとこうなる。加護はクロウディアから人間にのみ与えられた権能である。その権能はレベルによる効果の阻害を受けない。さらに、加護は己の魔力を消費し、クロウディアの魔力として放つ。最後に加護の効果は千差万別でありものによっては、真水を砂糖水に変える加護などがあるようだ。


 一つずつ紐解いていけば分かりやすいだろう。クロウディアから人間へ与えられた権能である。だが、一つの種族に長期間権能を付与することは不可能だ。権能を与える方法はいくつかあるが、そのほとんどは劣化する。エルの持っていた万物錬成はある者の万物錬成を貸与ギフトとして貸し与えられたもので劣化していた。貸与している間は基の所有者はその権能を使えないなどのデメリットがあるためあまり使われるものではない。ギフトのほかに、譲渡というモノもある。譲渡はそのままの意味で元の所有者からその権能は消えることとなる代わりに、譲渡先には権能は劣化することなく移動する。ただ、これは一対一が絶対条件だ。種族全体に付与できるものではない。


 神器を使ったかクロウディア本来の力であるかは分からないが、常軌を逸していると言える。だが、加護自体はたいして強くはない。種族全体に付与したため効果も薄れているのだろうな。加護をすべて統合すればクロウディアと同じ力を得られるかもしれない。実際に消費される魔力がクロウディアのものであるということから考えれば、有力な説が一つ浮上する。


 神器でクロウディアの権能を人類すべてに分配したのだろう。加護は自分の魔力を変換しクロウディアの魔力にする、この工程が必要だから魔力の燃費が悪くなるのだ。そして、魔力がクロウディアのものとなったおかげで技量や魔力量の差によって生じる防御力の差。それによる攻撃の無効化が起こらない。クロウディアが俺や守護者と同格の存在だったという証拠だな。


 要約すれば、加護とは自身の魔力をクロウディアの魔力に変換することができる特殊装置のようなモノにおまけとして特殊効果を付与されたものだと言える。だからこそ、消費される魔力はクロウディアの魔力反応を示し、防御力の差を逸脱した攻撃ができるようになる。


「それは実現可能なのでしょうか?」


「俺でも無理だな。竜種でも無理だし。魔力量が足りないんだよ、後ふつうに魔法自体が難しい」


「それは実現不可能という意味ではないのですか?」


 シドよ、俺や竜種ができないだけで不可能になるわけがないだろう?たしかに竜種はこの世界の理を作り出すが、それは何でもできるということではない。そもそも俺も竜種も自然に任せて生まれたはずだろう?なら自然の力は俺たちよりも強力ということになる。クロウディアが俺や竜種よりも強い存在だったかもしれないではないか。


「例えば神器とかは生物ではないが俺よりも強い個体だろ?」


 神器とは、神話級の不壊属性すらも凌駕する。神器は神器を持っていなければ対抗できないこの世界の絶対的存在である。神器さえあればいかに竜種といえど亡ぼせる。完全に。神器は力が強大すぎるが故に一度使えば壊れる。二度と修復できない最強の切り札だ。


「神器、ですか?聞いたこともありません。シェリンは何か知ってる?」


「フィン殿知らないのですか?驚きです」


「エルメスさんは持っているのですか?」


 フィンの無知をエルメスが嗤い、シェリンが尋ねる。見たとこ神器の存在を知らないのはサリオンとフィン、後はエデンくらいかな。というか知らないんだ、この世界でも数個程度しか存在しないのだからしかたないけど。


「神器ってのは、この世界の理を根本から覆らせることができる最強のアイテムだ。例えば竜種を一撃で殺す、ってのもやりようによってはできる。一回きりだけどな」


「そんなこと、ありえません!」


「対処法はないのですか?」


「皆さん落ち着きましょう。御前ですよ?」


 ホントだよ、うるさいな。神器を知らないのは別にいいんだよ教えればいいわけだし。でも騒がないでほしいよね。確かに常軌を逸した性能をしているので騒ぎたくなるのも分からないではないのだけども・・・。


「対処法は、神器を持つ事だけだ。神器を持っている者同士では効果は相性に関わらず相殺しあい、結果として効果は発揮されない。持っていなければ遺言を残す前に死ぬだろうな。俺も竜種もお前たちも」


 相手が神器を持っていたなら即座に退却するよ、俺は。だって神器を持ってるやつ相手に神器を温存できるわけないだろうからね。それに、竜種だって神器を持っているはずだし、結局のところ神器の使いどころがなさすぎる。強すぎて普段使いするにはもったいなすぎるからね。強者は皆持ってるし、持ってる側には神器は無意味になる。いってしまえば、等級の最上位は神話級のアイテムだと考えることもできなくはない。


「まあ、馬鹿が持っていない限りお前たちに向けて使われるものでもないだろうし、ビビらなくていいぞ」


 安心できるわけないよね。俺だって、即死するとしたら竜種か神器位だろうし。イオデスに放った攻撃が今、後ろから放たれたらちょっとヤバいけどね。俺の次元結界を突破できるような攻撃ができるものに神器を使うよりも、神器を使って強い何かを作るほうが利用価値があるだろう。


「それにしてもあの情報だけでここまで加護の詳細を推察なさるとは、感服いたします」


「クロウディアがどこかで復活する可能性もあるし、クロウディアが俺たちよりも強いかもしれないので注意しておくように」


少し考えた様子を見せた後、シェリンが手を上げた。


「人間どもの噂でよろしければ、お話ししたいことがございます」


 シェリンが噂を提言することなんて珍しいな。シェリンはいつも確たる証拠を集めてから報告する。だからこそ信頼もするし、自信をもって作戦を立案できるのだ。いつもと違う報告の仕方を考えれば、証拠はないが重要な事案なのだろう。


「話してみろ」


「ハ。先日、500年の揺り返しと100年の揺り返しが同時に起こる年が訪れた、と学術国で公表されました。人間の伝承になぞらえていうなれば、おそらくは勇者が500年ぶりに復活し、賢者が100年ぶりに復活したのでしょう。現在勇者と賢者の行へを調べております」


 面白いことだ。勇者の加護と賢者の加護は知っている。というよりも勇者の加護を持つ者にはあったことがある。俺もこの世界で1500年生きてるし、勇者にだって会いに行くこともある。HOMEを作ったのは結構最近だしね。暗躍していなかったときは勇者とかなり仲良くやってたよ。面白い奴だったしね。


「じゃあ、この後も頼む。勇者の加護はかなり厄介だ、警戒は怠るな」


「ハ!」


 シェリンを失いたくないから、ネームドを何人かつけておくか。シェリンの配下はネームドが多いがほとんどが隠密特化だから戦闘には向かない。それでも強いのだけど、より戦闘に偏ったステータスをもったネームドをつけておきたい。


上位悪魔公召喚サモン・デーモン・ロード


 悪魔の中では中級クラスの上位悪魔卿アークデーモンとは違い悪魔公デーモンロードは始祖に近い存在だ。脅威度にして10万。かなり厄介な存在だ。魂を破壊しても弱体化して五体満足で復活する。精神生命体として独自の空間である冥界を持つ種族だからこそ、死んでも冥界で復活することができる。冥界では死という概念がないので、上位の悪魔は殺せないのが共通認識なのだ。


「こいつらを配下にしろ。頑張れよ」


「ありがとうございます。感謝します」


 俺が召喚した悪魔は2体。母数が少ないからこそ、一度に召喚できる数に限りがあるのだ。何体も召喚することはないから、今回はこれだけでいい。


「ロイス様。私も報告したきことがございます」


 シドか。作戦以外で何か情報を得たのかな。シドが俺に何かを言うことなんてめったにないし、重要なんだろうな。もう会議も終わりにしたいけど、ここは我慢して聞いてやるか。


「ロイス様の過去を知るという女を捕えております。面会していただけますか?」


「うん、誰の事?」


 いや、俺だって1500年も籠りっぱなしだったわけじゃないから、誰かと接点があるのは当然だよね。俺は全員の顔を覚えているし俺に不都合の情報を与えている者もいない。別にほっといていいと思うんだけど、とりあえずあってみようかな。


「ノディーという少女をご存じですか?」


「知らない、会おう」


 知らない人が俺のことを知っている?シドと俺の接点を知っている人物なんているはずないし、王国にいたなら作戦の意味がなくなってしまうじゃないか。シドが正体不明の女を連れ込むということは、つまりその恋愛感情的な何かが働いたのか・・・いや、そんなはずもないか。


 シドが頭を下げて一時離席する。そして、再び戻ってくるときにはひもで縛られた幼女を引きずってきていた。もう少し運び方を考えてあげて?とも思うけど知り合いじゃないからいいか。やっぱり、少女を俺は知らない。


「君は誰かな?名前はもう聞いたから、どこから来たのか、どうしてシドと俺のつながりを見抜いたのか、教えてもらうぞ」


 ノディーという少女は全く恐れる様子もないし、かなり魔力量が多い。守護者級だ。どちらかといえばシェリンと同じような戦闘向きではない特化型の性能をしているようだ。これは逸材だな、と感心しているのだが何か違和感があるのだけど・・・。こいつの魔力の波長が俺と似ている、全くの別物のハズだがまるで、ベースとなる魔力が俺と同じような感覚に襲われた。


「お久ぶりです、メイウェル様」


「初めましてです」


 俺は食い気味に言う。だって怖いもの。知らない子が急に「久しぶり」とか言ってきて、名前も違うんだよ?その少女もかなり強いときた。怖くないわけがない。守護者たちも俺に疑惑の目を向けているし、ちょっぴり困るね。


「私は貴方様を追ってこの世界に来たのです。後輩たるシドくんから貴方の魔力の残滓を感じ取りました。であるからして、再び配下の末席に加えていただきたくはせ参じたのです」


 世界を超えて追ってきた、と?信じられないな。世界を超えることは可能だし、シドから俺の魔力残滓を感じ取るのも分かる。だが、指定した世界に転移することは不可能だ。無数にあるからね世界って。俺を追ってきたと言うが、俺はこの世界で生まれている。俺が転生していたとしても前世の記憶はないので、追いかけられても困る。というかどうやって追いかけてきたわけ?


 ―ああ、もし仮に俺の前世がノディーと同じ世界にいたとして、今世の俺の魔力と前世の俺の魔力が完全の同じなら目印にもなる。不可能は可能になる、か。


 でもそうならば俺の前世の記憶が引き継がれていないことに説明がつかない。転移ならば記憶も魔力反応も同じになる。だが、記憶がないから転生だと考えるべきだ。転生では同じ魔力にはならない。


「ちょっと待ってくれない?流石に混乱するぞ・・・。ノディー、お前は俺の何を知っている?」


「貴方様は、あなた様の妹君をお救いすべく身を粉にしておりました。今はその気配もないご様子、宿願を果たされたとお見受けし感無量にございます」


 妹?俺に兄弟や両親はいないはずだけど?ちょっと待て、頭が痛い。なんだ?似ているな、ペンダントは・・・熱い。なんなんだこれは。最悪の気分だ、頭が痛い。


「いや、俺に妹がいるなら宿願とやらはまだ達成してはいない。お前・・・なんで俺の細胞を持っている?」


 今まで静観に徹していた守護者たちの顔が陰る。驚きと、落胆だろう。守護者たちには俺の細胞を体に組み込んでいる。此れのおかげで、守護者の進化を俺も享受できるようになっているし、守護者が死んでも俺に伝わるようになっている。だが、この細胞は守護者にしか渡していない。違和感の正体はノディーを形作する体に俺の細胞が混ざっているからであった。ありえない話なのだけどね。


「私は以前、あなたと同じ世界に生き、そして貴方様の言う守護者としてお仕えいたしておりました」


「ノディー近くに寄れ」


「はい」


 ノディーの胸に触れる。小さく成長途中の胸、固いな。胸が触りたかったんじゃないよ?女性守護者たちがなぜか悔しそうな顔をしているけど、まあ、放っておく。


 俺がノディーに触れたのは細胞を取り除くためだ。細胞がノディーの知る歴史を蓄積しているのならばノーリスクで俺の知識に変えられる。


 ノディーの体から俺と同じ細胞を取り除き、自身に統合する。そして記憶が解析され始めた。

 

 確かに、世界を超えてきているな。しかも、やっぱり俺の細胞だし。嘘はついていないように見えるし、実際裏も取れちゃったわけだし。これ以上ノディーを疑うことはできない。事実であるということを確認してしまったわけだからね。


「すまないな。やはり思い出せない、取り合えずお前の休めるへや・・・を・・・」


 俺の意識が飛んじゃった。守護者がせわしなく動く様子も見えたし、ノディーを拘束しているのも見えた。ノディーも困惑しているし、かわいそうなことをした。俺にもわからないからな、許してほしい。


「ロイス様に何をした!!」


「俺のせいで、ロイス様が・・・」


「シド殿、後悔は後にしてロイス様を医務室に運びましょう。急いでください!」



 夢を見た。


 ノディーが男のことを心配そうに眺めている。美しい女性がノディーを庇うように立ち、男から目線を離す。男は前回見た夢にいた白衣の男のように干からびている。地面に書かれている魔法陣も少し変わっていた。


 美しい魔法陣は魔力を大気中から集め、自分の魔力をすべて代償にした欠陥のない完璧なものだ。だが、これもまた効果が発揮されないまま代償のみ吸収されていた。男は干からびて死んだ。


「メイウェル様・・・必ずや私が貴方様の力に」


 ノディーがつぶやいた。男がメイウェルか。ノディーの話によれば俺はメイウェルと同一人物であるという。言われてみればかなり似ている。だが、完全に死んでいる以上、魔力反応が同じになることはないだろう。


 ノディーが世界を渡るスキルを持っていたとしたら、俺のことを見つけられたのにも説明がつくかもしれない。魂が同じならば、本質的に同一人物だと言える。俺とメイウェルの魂が同じであれば、ノディーにも判別することができるかもしれない。


「ノディー任せるわよ。私たちは、メイウェル様と同じ場所には行けない。残り少ない命を嘆いて生きるとするわ」


 嫌味らしく非力な自分を卑下するように怒った声で震えながら言った。美しい女はノディーに慰めてほしいようだ。そして、決心をつけさせてほしいようでもある。


「お任せください。必ず、主人に私たちの存在意義を示してまいります」


「もうじき世界は崩壊する。俺たちは巻き込まれる、悔しいが主人は俺たちをその程度の価値でしか見ていなかった」


ノディーと親し気な男が、悔いにまみれた表情でそうこぼした。


「それは違いますよ。私たちが価値を提示できなかったのです」


「ああ、不遜なことを言った。すまない」


 いくつもの武器を装備している巨漢で、腕が6本ある男がその身なりに不相応な悲しげな表情で謝罪した。


 巻き込まれる、か。魔法陣で吸収される魔力はこの世界全てが対象範囲だった。抵抗することはできるが、抵抗できなかった生物すべて干からびる。そして、惑星が持つ魔力も吸われるため、超新星爆発が起こる。


 世界を亡ぼしてまで俺は何をしたかったのか。俺は思い出せない。


「妹君は幸せ者ですな。世界を引き換えにするほどの寵愛を一身に受け持つとは」


「ええ。ですが、メイウェル様は20回以上この魔法を行使して失敗しています。メイウェル様の無念は計り知れないでしょう」


 悪魔だろうか、これもかなり強い。エルメスと同じタイプだろうか。冥界は複数の世界にパイプがあり、冥界にも種類がある。冥界は複数あり、一つにつき4つから8つの世界とつながる。エルメスとは違う始祖と言われても不思議ではない。そんな男にノディーは答えた。


 俺そんなに失敗しているのか。いや待て俺はそんなに転生していたのか?ならば、この異常な魔力量にも辻褄が合うか。俺がこの世界で両親の存在を認知していない理由もこれか。さらに言えば、この世界に来た時から力があったのは転生者だったからなのかもしれない。だが、転生して記憶は引き継いでいないのに魔力の性質と技術だけ受け継ぐなどできるはずもない。転生は魂が破壊されたのちにその魂の残滓をもとに新たに作られることで起こる。いうなれば完全なる別物となるため共通点はほぼなくなるし記憶も引き継げない。俺の場合は、どちらかと言えば転移に近い状態であるだろう。


「護り手たる皆さん、ありがとうございました」


「いえ私どもの無念を引き継いでくださるノディー殿にこそ、感謝したいものです」


 鋭い眼光のおじいちゃんがノディーに感謝を述べた。かなり強そうだが、拳闘師だろう。守護者と同じ階級というだけはある。


「そろそろね。すでに死んだ同胞にももうじき会えるのね」


「ええ、久しぶりですね」


「どういう顔をしているのでしょうね」


 護り手と呼ばれる6人は皆笑いあったまま、ノディーを見送った。ノディーの姿が掻き消えたようにいなくなった瞬間、残された5人の笑顔は眩い光に呑まれ滅んだ。


 世界の終わりと共に、意識が覚醒する。



 ちょっと困るわ。情報が多すぎるって。俺って本当は何歳な訳?この世界で1500年だろう?これを30回繰り返したとしたら、50000年近いわけか。


 ペンダントめちゃくちゃ熱いな。


 世界が崩壊したとしたら、その世界に住まう者たちは生きていられないだろうな。ノディーのように世界間を渡ることができるのならば話は別だが、世界が壊れるというのは惑星の崩壊ではない。自分たちがいる惑星を含む、銀河や宇宙までも崩壊することを意味する。つまるところ、一つのパラレルワールドが消えてなくなる、ということになる。


 目を開けると、ノディーの姿がない。代わりにネームドが玉座の間に集まり厳戒体制を敷いていた。俺が寝ている間に、ノディーを監禁していたのだろう。


「エルメス、今すぐノディーを解放しろ。アイツの言っていることは真実だ」


俺はノディーの不当な扱いをよしとしない。当然、俺の記憶について関係があるからだ。


「ですが、ロイス様は彼の者を知らなかったはずでは?」


「反論は許さない。今すぐだ」


「かしこまりました」


 エルメスは反省したかのような仕草をして、ノディーのもとに向かった。


 ノディーが監禁されたのは、俺が眠ったからだ。彼女もあわてていたようだし、俺が眠ったのは何者かによる干渉が原因でもない。冤罪だけども、守護者がそれに気づくことはできないし仕方ない。


「お待たせいたしました」


 エルメスがノディーを連れて戻ってきた。体に縄を撒かれている。エルメスが作った捕縛専用の魔道具であり、かなり頑丈だ。守護者を捕えられるほどではないし、ノディーも逃れようとすればできる。だが、彼女にその意思はない。


「拘束を解いてやれ」


「ハ。ですが御身の安全を配慮するため武装の許可を」


「許可しない。こいつに俺を害することはできない。俺が眠ったのは特異的な・・・まあいい、そいつが居なければ結論の出ない問題だ」


 俺の考えが正しければ―正しいという確信さえあれば自信満々に自論を述べただろう。だが、決断を出すにはまだまだ情報が少なすぎる。


「お前は俺が眠りについ―いや、俺の魔力は記憶で見たものと波長が合わない。どこで俺とあの男の共通点を見つけた?」


「それは、ロイス様の胸元に掛かっているペンダントです。私はメイウェル様よりそのペンダントについて話を聞いていました。それにメイウェル様にお仕えしていた時より、魔力の波長を胡麻化しておいででしたので」


 ペンダントか・・・記憶の中の俺はペンダントなんてつけていなかったな。


 ペンダントが何か知らない。俺もこの世界での記憶がすべてあるというわけではない。そもそも、俺はエルメスと出会うまでの記憶がない。だから、どこでこのペンダントを拾ったか知らない。ペンダントが神話級のアイテムであるということは知っているが、何も特殊効果のないごみであると確信していた。だが、違うらしい。


 それにメイウェルが魔力の波長を胡麻化していたのだとすれば、巣の状態の波長が俺と同じ可能性もある。俺も現に魔力の波長を胡麻化しているため、一定以上の実力がなければ判別も難しいようにしている。


「このペンダントは俺でも使いこなせないゴミだと思っていたが・・・違うのか?」


「そのペンダントは記憶媒体だとメイウェル様より伺っております。そして、蓄積している情報が多すぎるため処理が終わるまでは何物の干渉も受けないとおっしゃっていました」


 おいおい、説明ついちゃったよ。ペンダントが熱くなるのは俺が夢を見た時。そして、夢は俺の記憶を映していると想定できる。ならば、夢はペンダントから送信された情報を脳みそで受信し処理した映像を映していると考えられた。だからこそ、ペンダントは熱を持つのだ。そして、ペンダントがノディーが元居た世界からあったのならば、世界を超えてきたとしても目印として使える。おそらく、封魔囚石に俺の魔力の大半が封印され処理するための情報量が減ったことがきっかけとなったのだろう。


「聞きたい。妹とはなんだ?俺に兄妹がいた記憶はないが」


「申し訳ございません。私どもは、世界を崩壊させた魔法を放つ際、何のために、と伺ったのです。その返答が妹のため、ということでした。それ以外で妹君の話をされないお方でしたのでそれ以上は存じておりません」


 そうか、妹がいたのか。その妹が俺の原点オリジナル―最初に生まれた一度目の人生―の時にいたのだとすれば正真正銘、血を分けた兄妹ということになる。だが、それ以降の世界ならば血を分けていない形式的な妹なのかもしれない。いや、世界を渡った記憶のない俺が推察できる範囲で結論を出すべきではない。


「お前は俺が何のために世界を壊したか、知らないということだな?」


「はい。申し訳ございません」


「それで、お前えらくだらしない恰好をしているな」


 ノディーは乞食のような水ぼらしい恰好だった。泥が付いていないのは彼女が結界を張っているからだろう。


「この世界で意識が覚醒したのが5日前でして、世界を渡った際ほとんどの魔道具が消し飛んだのです」


 世界を渡ったという異常現象に耐えられる魔道具以外が無くなったため着るものすらなかったということらしい。物質を具現化させる魔法が使えないからその辺にあった布を着て過ごしていたそうだ。


 そのまま在籍させておくわけにもいかないので、代わりとなる何かが必要か。


「お前の知る俺の情報はそれがすべてか?」


「現段階ではロイス様とメイウェル様との間で性格的な差異は見受けられません。そして、メイウェル様も貴方様と同じように日々勢力を伸ばし続ける生活をされておりました。ある日突然妹君を助けるために行動される以外は、特に変わった様子もなかったと記憶しています」


 つまりほとんど同じだったというわけか。


「あ、あのーメイウェル、というのは誰なのですか?」


 フィンが守護者を代表して尋ねた。こいつらは記憶を見ていないのでメイウェルがだれか、ということを知らない。ノディーにした会話と同じ内容の話をするのも面倒なので、とりあえず彼女にすべて任せるとする。


「今この瞬間からノディーをはじめ前世界で仕えていた護り手すべてを、俺の配下とする。はじめの命令だ。守護者たちにお前の知り得る過去について情報を伝達しろ」


ノディーは夢の世界では護り手と呼ばれていた。護り手は後最低でも6名いたことは夢で判明している。その6名の褒美として、俺は全員を配下とする決断を下した。


「ハ!!感謝いたします」


「配下となる証にこれをやろう」


 俺は持て余していた魔道具を変形させた。女ものの魔道具はすべて女性配下にくれてやったから持っていない。俺が使うには体の構造をいじらなければならないので実用的ではなかったからだ。面倒なので使わない。


 魔導具はもともと盾であり等級は伝説級だ。伝説級はかなり貴重だが、神話級の盾を持っているのでいらない。俺が加工したからというだけで等級が変わるわけではない。だから超強いというわけではないけど、前いた世界で神話級の装備をしていなかったということも推測できるので性能に関しては不備はない。神話級の装備をしていたら世界を渡ったとしても消滅することはないからね。


 世界が崩壊した場所には神話級のアイテムと神器しか残らない。最終的に、虚無故に中心部に強烈な引力が発生しお互いが激しく衝突しあうことでアイテムは一つのみのこる。そして、それは神器であることは確定。消滅する神器が残す魔力が統合され暴走することで爆発が起き世界が再び始まる。これが世界の起源だ。世界を観察すればわかることだけどね。


「ありがたき幸せです」


 ノディーの顔から涙が痕を残し滑り落ちた。号泣だね。そりゃそうか、いつこの世界に来たか知らないけど、執念でここまで来たわけでしょ?なら目的を達成した時に涙が出るのも頷ける。


 やるべきことは変わらない。だからこそ、俺としては過去の解明よりも今の自分を強化するほうが大切だ。ノディーの存在はできる限り秘匿し、俺の記憶を呼び覚ます装置としておけばいい。ノディーは守護者たちで囲って守るべきだ。


「ノディーの配属はシェリンの管轄とする。上司はシェリンだが、ノディーを現場に向かわせるのは禁ずる。お前ならばうまく使えると信じているぞシェリン」


「御身のお望みに応えて見せましょう」


 シェリンもうれしそうだ。シェリンの情報を管轄する部署は常に人手不足だ。だからノディーという優秀な配下を向かわせることができれば幾分余裕ができるだろう。極論、シェリンの仕事をノディーに引き継ぐこともできよう。見たところ、シェリンの方が情報を操るには秀でたスキルを持っているだろうがノディーも負けていない。一目見ただけで権能について熟知できるわけではないから、投与してから考えなければならないけどね。


「ひとまず、今日の会議は終了とする。異論はあるか?」


 守護者を全員見渡し、無いようなので会議は終了とした。そして、玉座から立ち上がり部屋に戻ろうとした瞬間、エルメスが声を上げた。


「封魔囚石に異変が見られます。ロイス様、今一度会議を行いましょう」


「ッチ。なんだ、言ってみろ」


 俺は盛大な舌打ちをしたのち、エルメスに言った。


「封魔囚石に複数の亀裂が見られます。中に入れられた膨大な魔力がなにかに受肉し敵対することになれば、犠牲は計り知れません」


 エルメスの額に汗が浮かんだ。そして、俺は長い溜息を吐いた。


 封魔囚石に収められている俺の魔力が何かに受肉することはない。端に魔力だけを集めたところで思考能力を持たない塊が受肉することはない。ただ、思考能力を潰した悪魔を同じ封魔囚石に封印してしまっている。俺の魔力を糧にして思考能力を取り戻せば、悪用することもできるかもしれない。


 ただ、これは十中八九起こり得ない。だが、俺の膨大な魔力を操ることができたならば受肉させまいと脅威となる。俺に戻ってこないからな。魔力を奪われれば永久的に弱体化することになる。絶対いやだね。


「それは一体どれほどの脅威なの?」


 ティオナの純粋な疑問だ。ただ、脅威度を推測するのは極めて難しい。状況によって無害なものから劇物になることだってあり得る。


「分かりかねますが、最悪でも始祖複数体と敵対するよりも分が悪い戦いですよ」


「始祖複数体・・・ね。十分すぎる脅威じゃない」


 ティオナは冷静にその脅威を把握した。だが、これでも少ないくらいだ。


「俺の魔力は俺の知識も蓄えてある。情報量が馬鹿ほど多いから万人が処理しきれる量ではないが、処理できたなら竜種よりも厄介になり得ないぞ」


 守護者の顔が陰る。竜種とはこの世に四体存在する絶対的強者である。例えるならば、この世界のすべての生物と竜種一体が同等の力を持つくらいに。この世界の理であり、理を作り出す力を持つ。さらに四体それぞれに特殊な力が宿っておりこれがかなり厄介だ。ネームド程度ならば竜種の前に立った瞬間オーラで身動き一つとれなくなるだろう。ネームドの脅威度は50万からがラインだ。弱いはずはないのだけど、竜種の脅威度は5000万からがラインだ。ちなみに守護者が100万だからどれほど強いかわかるだろう。


 魔力に記憶や知識を託しているのは俺が不死身であり、記憶力に限界があるから記憶領域として魔力を活用していたためだ。此れのおかげで一度見れば忘れないし一度習得した技はいつでも再現できるようにしていた。それが活用されれば今の俺や守護者たちでもどうすることもできない。


「ロイス様の能力をすべて引き継いでいる可能性がある、と?」


「シドの言う通りだ。ちなみに、今の俺でも勝てないぞ」


 絶望の顔を浮かべる者も多い。全員ネームドだが、彼らはHOMEでも弱い部類に入るし、守護者のほかにも強者は幾人か抱えている。HOMEの拷問官だったり暗殺者はエルメスレベルの力を持つ。そいつらが守護者にいないのは能力の代わりに知能を生贄にしているからで、緻密な行動が必要となる任務には向かない。


「ロイス様の能力が継承されていた場合、私では歯が立ちません。私とロイス様の相性は最悪ですから、戦うならば私は支援が主な仕事となります」


「エルメスでさえそうなっちまうのかよ。本格的にマズいな」


 エルメスは始祖の悪魔だ。だからこそ、魔法に関しては右に出る者はいないと言える。だが、魔法の効かない相手には無力になってしまう。もちろん技術は高く近接戦闘でも守護者の中でも中堅以上だ。さらに防御結界では万全の俺と同じ硬度を誇る。


「崩壊はどれほどだ?深刻な状況なのか?」


「い、いえ。崩壊まではまだ時間がかかるでしょう。ですが、原因が分からないため対処もできません。軽視すべきではないかと」


「誰が軽視するって言ったよ・・・俺が言いたいのは一つ。封魔囚石を上から封印するってことだ。お前の持つ同系統の魔道具を使って時間を稼ぎつつ、最上位天使を依り代にお前のスキルで同等級の封魔囚石を作れ」


 封魔囚石が崩壊してしまうならば、さらに封印を重ねればいい。だが、神話級のアイテムが都合よく見つかるわけがない。なので、作り出すしかないのだが、半端な材料では奇跡的に伝説級のアイテムが作れるかもしれないという程度。だから、サリオンと同じ最上位天使を依り代にするべきなのだ。始祖よりも弱いし、元が作られた種族だから加工もしやすい。材料の希少性が高ければ高いほど出来上がる物の等級も上がる。


「かしこまりました。即座に準備いたします」


「いや、お前は封魔囚石の管理だ。俺とサリオン、後は執事長エレガントをつける」


 ネームドの執事長は守護者と同じレベルの力を持っている。だがエレガントは特別なスキルを持たずスキルによる戦闘は不向き。だが、戦闘技術は高く武器の扱いは俺にも匹敵する。かなりの武闘派だし強い。任務を遂行するにはスペックが足りないが戦闘だけならば守護者の中でも最上位だ。


「エルメス様を差し置いて私をご指名いただいたこと、誠に感謝いたします。謹んでお受けいたしましょう」


 真っ白の長髭長髪を持つ姿勢の良い老人が鋭い眼光で腰を折り服従の意を示した。鷹揚に頷いておくことを忘れない。


 天界に送る者たちはこれくらいでいいだろう。


「今度こそ会議を終了とする」


 思わぬトラブルの連続が突発的に起こり、不快な気分のままで会議が終了した。




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