第5話 二作戦決行

 シドはウルスたちと王宮にて合流した。いつも通りシドが最期に到着したのだが、今更力関係を考えることもない。シドや四雄の働きによって七使徒の拠点はすべて割り出せた。大小合わせて約50の拠点があることが分かったのだが、小さい拠点を七指が守っているわけではないのでこれを襲撃するメリットはない。七使徒の財政を圧迫することにはなるだろうが、どうせ制圧するからだ。


 そして、今日集まって何を話し合うのか。当然、どの拠点を襲撃するのか、ということである。七使徒の大きな主要拠点の数は5つである。


 襲撃する際選ぶべき拠点の特徴は、人目につかないかどうか、守りやすいかどうか、後は広いかどうかだ。


 前者二つは考えなくてもいいだろうが、最後の一つ広いかどうかは戦う上で重要だ。拠点に侵入したことは当初の予定通り相手に露見するようにした。結界に引っかかっただけなのだけど。


「条件に合うのはここじゃないか?」


「いいやここだろう」


 先ほどから、5つの拠点すべてを疑い、話し合いが難航していた。地図と詳細を見ているが、それだけで決めるのは難しい。それもそのはずで、拠点は隠すものなのだから人目につきにくいような場所においてある。主要拠点であるから守りやすいつくりにもなっているし、候補に挙がる拠点が多い。というより全部が候補から外れない。


「シド殿はどう思われる?」


「シド殿!」


 シドも考えていた。実はまだわかっていない。いや、シェリンからの情報をあてにすればどの拠点の防備を固めているのか、それくらいはわかる。だが、自分の実力を高めるには地力で解決できねばならない。


 資料を眺めながら、熟考する。


 考えるべきは何だろうか。条件にあった拠点を見つけること?否。すべてが退避場所になり得る以上、条件だけで断定するのは危険だ。では、相手の立場になって考えてみよう。相手は、総戦力をもってこちらの戦力を削りたいのだ。では、拠点を二つに分けるのではないか。総戦力で劣っているなら、各個撃破に移行するしかあるまい。次に、候補を上げよう。情報を見れば、一つだけどの分野の拠点なのか、という情報が欠落している。おそらくは、どの分野の拠点でもないのだろう。であれば、この拠点は最終退避場所として使っている、もしくは各分野長の会議場なのではないだろうか。


 いや待て、ここが最終退避場所ならば迎撃態勢を敷けるように細工しているはずだ。ならば、ここに防衛体制を築いているのではないか。ならば、一つの拠点での総戦力戦でも分があるのは七指になる。


「ここだ」


 シドは熟考したのち地図に指を突き立てた。実際に七指がこの拠点にいなければ追い詰めればいい。もう面倒なのだ。弱者に気を配りながら行動するのは嫌なことなのである。


「”魚雷”」


 シドは小声でスキルを発動させた。地面に二つの穴が開いたが、魚雷の大きさはシドが任意で決められるため裁縫の糸ほどの太さしかない。魚雷といってもミサイルではなく、どちらかといえばカジキマグロのような魚の見た目をしている。シドのスキル”眷属召喚”である。


「ここですか・・・確かに使えそうですが」


「ここはどの分野にも属さない臨時にしか使われない拠点なのだろう。だからこそ防衛体制も築けているに違いない」


 シドはもはや推理の必要もない話だが、それらしく言って聞かせた。彼らを動かすにはそれなりの理由をつけて納得させるしかない。


「なるほど。では直ぐにでも準備を始めよう」


「ああ。決行は明日の夜でいいだろう?」


「はい、もちろんです」


 瞬きするより早く決行が決まってしまった。シドの一声はまさに鶴の一声である。実際、シドがいれば作戦は成功しているようなものなので決定権は彼にあった。



 真夜中で警報がうるさく鳴り響く。それもそのはずだ。七使徒の主要拠点が一つ奴隷売買の本拠地。奴隷商の長ヴァイオはかつてないほど慌てている。奴隷として高級な値が付くエルフたちは襲撃者に殺されている。そう、この拠点は今襲撃されている。


「ねぇどうなってるのよ!ヴァイス!ヴァイスいないの?!!」


「居るぞ兄者。いるがどうにもならん。ここは捨てよう」


 ヴァイスは七指の一人でありヴァイオの弟である。彼はアダマンタイト級であるが、それよりも襲撃者の方がはるかに強い。


「誰なのよ!俺の家を襲ってんのは!?」


「魚だ。よくわからんが魚の魔物だ」


「はぁ?ふざけてんの?」


 とだんだんと強くなる語気に対してヴァイスは落ち着いている。自分が”魚雷”に勝てないと踏んでいるから、落ち着いて逃げようと言っているのだ。ヴァイオも愚かな男ではない。だからこそ平民でありながら王都に巨大な館を持てている。逃げることに関しても恥じらいはない。


「早くいくよ!ほら乗りなさい!」


 馬を二匹用意して走らせる。目的地は三雄が王都に再来した瞬間から決めた最終防衛拠点である。彼も相手が三雄や四雄であれば納得できただろう。馬の上でも苛立ち乱暴に操作してしまう理由は、襲撃者が知性の感じられない魚だからだ。偶然とは思えない。偶然であるわけがないし、かといって三雄や四雄、王宮のすべての勢力にあのような魔物を使役しているとは思えない。


「なんで俺なのよ!うざい!俺がどれだけの時間をかけて建築したと思ってんの!」


「兄者、落ち着け。三雄を亡ぼせばあとは消化試合。あの館も王都に三つはもてるようになる」


「ああ、そうね。そうよね」


 落ち着きを取り戻して振り返ったら屋敷は劫火に呑まれていた。魚雷は装甲の厚い魚が電気を纏い、雷撃を放つ。存在値が2000と人間では絶対に勝てない存在である。なにせ装甲はアダマンタイトを優に超える硬度をしているのだ。確実に勝ちたいのならば伝説級以上の等級でなければならず、特有級以上でなければ傷を与えられない。ただ、動きは単純であり攻撃手段も多くはない。体力と雷撃が厄介なだけの魚でしかなく、守護者やネームドの敵にはならない程度であった。


「クソが!!!」


 ヴァイオの叫びもむなしく館は崩れ落ちた。


 同時刻である。密輸商の最重要拠点でも同じことが起きた。密輸商の長、フィッツは魚雷によって殺された。そして、次々と拠点は潰されていく。そして、最後の拠点は偽造商であった。



 偽造商にて、七使徒は集まっていた。正確に言えば、奴隷商の長と密輸商の長、暗殺商を除いた4名だった。七使徒は三雄と四雄で乖離させたのち各個撃破を狙う予定であった。そのため、こうして偽造商の防備を固めていたのだ。七指も七使徒と同じだけ配置されていた。だが、伝令によれば、フィッツが死んだこと奴隷商の拠点が襲撃されたことの報告を受けた。そして、それを成し遂げた者が魚の形をした化け物だとも聞いている。その化け物が向かう先もまた偽造商である、とも聞いていた。つまるところ、危機的状況だ。


「王宮はそんな化け物を飼育してんのかよ?」


「そんなわけないだろう。話に聞けば戦士長―いや騎兵団長よりも強そうじゃないか」


 七指の頭である巨漢の男は乱暴な口調で愚痴をこぼした。男の名はベンといった。平民出身の彼には親がいない。親がいないからベンという名前の名づけ親すらわかっていない。孤児院の大人が勝手に名付けたと説明された。彼が犯罪に手を染めたのは親の愛情がなかった故かもしれない。


「だがよぉ、勘違いしないよう言っておいてやるが俺たちがお前たちを守るのはお前たちが依頼者である間のみだぞ?」


「貴様こそ勘違いするな。末端と拠点が滅んだとしても蓄えはある。俺たち七使徒が生きている間は拠点がいくら滅ぼされても再建できるわ」


「一人死んでんだろ?世話ねぇじゃねぇか」


 二人は喧嘩をしているわけではない。喧嘩は最も生産性のない愚行であると互いが理解しているからだ。ただ、突如現れた魚の化け物に冷静さ御取り戻そうとおちゃらけただけだ。


 ここまでの人生で築いてきたものをそうやすやすと手放そうなど考えることはない。ここを捨ててまた新たに勢力を築くことも無理ではない。だが、そうなれば一からHOMEと競い合わなければならない。どうあっても勝てない戦いをすることもないので、帝国や魔大陸で活動するしかないが其れもまた不可能に近い。それを知っているからこそ、誰も笑いはしない。


「ドレークそろそろ生産性のある話をしないかい?俺、の命もタダ、じゃないからねぇ」


 ドレークと呼ばれているのは事実上七使徒のトップにいる偽造商の長であった。彼もまた平民出身である。偽造商が七使徒のトップにいる理由は、偽造の力がなければ七使徒はここまで大きくなっていないからという理由である。偽造の力で発展した彼らの頭がそれを司る長というのは何も不思議なことではない。


 ドレークに話しかけているのは、レイピアを腰に二本携えた細身の男だ。名をメイガス。七指の男であり、序列は3位である。相当の使い手であるが三雄の誰にも勝てないだろう。それなりに強いのだが三雄はそれなりではない、というだけの話だ。


「その酔った話し方はやめろと言っただろう?殺してやろうか」


 かなり自分に心酔している彼は七指の仲間には人気がない。その証拠に冗談ではなく額に青筋を浮かべられている。


「怖いな!序列5位の君がどうやって、俺を殺すのか。全く分からないけどねぇ?」


「ッチ忌々しい」


 盛大な舌打ちをしたのは七指のエルフであり、槍術に秀でた強者だがメイガスよりも弱い。一口に言っても相性があるので弱い強いは一概に決められるものでもない。彼はエルフでもまだまだ幼いし、伸びしろがある。彼の名はフーガである。


「そうだな、今すぐ最終防衛地点に行くしかないだろうな」


 他の幹部もドレークの発言に賛同すると、馬にまたがり闇夜を駆けた。


 その後、偽造商の拠点も炎に包まれ焼失した。



 魚雷はシドのもとに戻ることはなく、4つの拠点を陥落させたと同時に消滅した。召喚術は任意のタイミングで顕現させ、消滅させることができる。消滅に関していえば距離は関係ない。逆に、距離が離れすぎると消滅してしまうというデメリットもありはするが、シドの場合その心配はないと言える。単に魔法の効果範囲が広いからだ。


 シドの一手により、七使徒は半ば壊滅的状況にある。だが、七使徒の根幹にある各部門の長と七指は未だに健在である。商売ができる状況ではないものの立て直せる範疇ではあった。


「シド殿、来られましたね」


 日が沈んだ後、もうすぐ日の出の時間まで待機していたウルスたちにシドは合流した。シドの力は絶大だが、それに頼ろうという意思は微塵も感じられない。それもそうだろう。手伝わないと宣言したわけだからね。


「遅かったか?」


「いいや、ちょうどさ。シド殿の言ったようにこの拠点に戦力が集中しているようだ。こちらとすれば厳しい状況だな」


 ウルスは今にも突入しようとしているが、それをシドは制止した。何故ならエルメスの作戦がまだ始まっていないからだ。


 エルメスが言っていた通りに事が進んでいるのならば、もうそろそろ王国のシンボルの一つが壊れるはずだ。


「何を?」


「いや、何か気配を感じる」


 シドは適当に嘘を吐いた。まだ、気配は感じない。だが、シドほどの強者が何かを察している、ということが7人に緊張を走らせる。


 ―轟音が王都の夜に響いた。王国のシンボルたる時計塔が倒壊するのはどこからであってもよく見える。


「始まったな」


 シドの独り言は轟音にかき消されて誰にも届かない。


「アンデッド!?アンデッドの大群が時計塔周辺を占拠、その数・・・2000は優に超えてる!」


「はぁ!?」


 フリートの策敵魔法に誤りがないことをルーデウスが首肯した。時計塔が崩落した原因はアンデッドの大量発生だと断定された。そして、悲報はまだまだ続く。 


「アンデッド数千だけなら問題ない。直ぐに行くぞ!」


「まって、デュラハンがいる!死霊レイスも、勝てないよ!」


 アンデッド数千だけならばどうとでもなった。アンデッドというのは強い種族ではあるが、その力はピンキリだった。最弱のアンデッドたるスケルトンならば殴打で殺せる。一方フィンはただの殴打では殺せない。


 デュラハンはアンデッドにおいてどちらかといえば弱い種族だ。死霊は完全に物理が効かない分デュラハンよりも厄介かもしれない。だが、魔法による攻撃にはもろいため苦戦はすれど一体ならばどうにかなる、といった戦力差である。ただ、一概にデュラハンよりも強いとは言えなく、デュラハンの大剣は巨岩をも粉砕する強さだ。四雄で一体を相手にできるか否か、といったところである。存在値でいえば、死霊王よりも低い150となっている。死霊は120だ。


「おい、向かうぞ!」


 ウルスは時計塔に踵を返し、走り出そうとするが鎧をつけた筋肉質な体から生える足は地面を蹴ることはなかった。


「何を、シド殿!」


 ウルスの金属鎧が曲がるほどの力でシドが肩を鷲掴みにし持ちあげていたのだ。


「七使徒はどうする?それに、お前はアンデッドに勝てるのか?」


「そんなことよりも民が心配だ!」


「七使徒の制圧をしたのちに駆けつければいいだろう。ここにはお前たち以外に王都を守りたいと思っている奴らはいないのか?」


「王都に駐在する兵士のほとんどは近衛だ。王を守るのが責務、王宮から出てはこない!出てきたとしても俺たちのように戦えるものか!」


 ウルスは焦りのあまりシドに対する態度が変わっていた。シドとしてその態度に思うところはないが、エルメスの作戦を遂行するためにここでウルスを止める必要があった。


「言葉を変えよう」


 シドの発言と共に恐ろしいほど濃密な覇気が漏れ出す。常人ならば立っていられないほどの、まるで地面が無くなったかと思ってしまうほどの絶望的戦力差が生む覇気。そして、ウルスは固唾をのむ。


「三雄はここで俺と七使徒の制圧だ。四雄はアンデッドを止めてこい」


「え!?私たちがですか?」


「ここで七使徒を逃せば、お前たちは俺という戦力を失う。それに、七使徒を完全に逃すことになるぞ。王の命令が変わらない以上、お前の責務は王都を守ることではない。―あの時、俺を納得させた言葉は偽りなのか?」


 レイズの悲痛な叫びはシドには聞こえない。レイズのことは認めていないため、何を言っていようと興味の範疇にとどまることはない。


 シドは今、ウルスに対する評価を迷っていた。数日前に、初めて対面した際の会話を思い出す。


 ウルスはかつて、王の命よりも王の意思を尊重すると言った。王に自分のエゴを押し付けるような真似はしない、と。なのだとしたら、王への忠義はここで七使徒を制圧することに他ならない。


「あ、ああ。そうだな。感謝する」


 ウルスは冷静ではなかった。だが、シドの濃密な覇気に充てられたわけではない。王への忠誠を思い出したのだ。


「シド殿はアンデッドの沈静に向かってはくれないか?」


「断る。お前たちだけでは七指に勝てない」


ヴェルセルクが口を開いた。彼はすぐさま口をふさいだが、シドにとって四雄もヴェルセルクもどうだっていい。


「アンデッドもそうだろう、四雄には勝てないぞ」


「王都の軍は間違いなく動く。四雄には援軍が来るだろうが、こちらには援軍はこない。わかるな?」


 ウルスは黙るしかない。シドの発言がすべて正しいからだ。七指制圧は一切他言していないため、この場に援軍が来ることはありえないのだ。一方で王都で暴れるアンデッドに関してはどこからでも被害がわかるので援軍が期待できる。それに、アンデッドに勝つ事が目的ではないし、ただ時間を稼げばいいだけの話なのだ。


「ああ理解した」


 シドはようやく覇気を抑えた。息を忘れていた者は慌てて肺を膨らませていたし、筋肉が緊張していた者は腰を抜かしてしまうほどなのに、ウルスは耐えきって話したのだ。やはり彼の忠誠は死の恐怖よりも厚いのだろう。


「では三雄はこれを持て。七指が使う程度の魔道具の効果なら相殺することができる」


 三人に魔道具を手渡した。純粋な加護の真価をみるためには魔導具というイレギュラーが介入する余地をなくさなければならない。渡した魔道具は手首に巻くミサンガのようなものだ。エルメスが作った特有級の魔道具でありこれより低い等級の魔道具の効果を打ち消す効果がある。ただ、これは副次的なものであり、本当の目的は魔力出力と魔力消費を測定するためのものだ。加護が魔力を消費するものなのか、またどれほどの費用対効果があるのかを見極めるためだ。


「ではレイズ、武運を祈る」


「頑張ってね、また後で」


「お互い死地だな」


 三雄はそれぞれで四雄と別れを済ませた。だが、四雄の顔は今酷いものだ。自分自身に余裕がないため三雄の誰もが気が付かずにいた。


 当然だ、三雄にはシドがいて魔道具の貸与もある。対する四雄は、アンデッドの大群に四人で突貫せねばならず七指と同程度かそれ以上の戦力が待ち受けているときた。はっきり言おう。四雄の方が不利であり死地に立っていると。


 恨むならば、シドに気にいられなかった魅力の無さを恨むしかない。


「シド様、わ、私たちにも何かないのですか?」


 レイズが恐怖に震え、口を歪ませ、額には汗を浮かべながら懇願するようにシドを呼び止めた。何か、それは死地を脱することができる魔道具のこと。つまり、私たちにも魔道具をください、と言っているようなモノであった。ただ、これが四雄の命運を分けることになる。


「いいだろう。四つくれてやる」


 シドは虚空から四つの赤い球体を取り出して四雄に投げ渡した。端的に言えば爆弾だ。強い衝撃を与えた場合デュラハンでも一撃で屠れるほどの威力で爆発する。ここで四雄が拾えずに地面に落としていれば大爆発に巻き込まれてシド以外は死んでいただろう。


 レイズは圧倒的強者のシドに向かって何かをくれ、といったのだ。その勇気を褒めるべきだろう。分かりやすく例えるならウサギがドラゴンの口に入ろうとするほど無謀な行為であったと言える。


「ありがとうございます」


 シドはここで四雄の情報をシャットアウトした。もはや彼らが生きて居ようと死んでいようとどうでもよい。エルメスから試験的に運用できるならと、手渡されていた魔道具を四雄に押し付けることができたのは行幸であった。


「リーダー、よくやった!」


「お前は最高の女だ!」


「一生ついていく」


 三人から絶賛されているレイズだが、シドにはもはや聞こえていない。音として受け取って入るが内容を拾っていない。


「突入するぞ」


「ああ、楽しみだ」


 三雄は決意に満ちた表情で扉を蹴破り激闘の幕を切った。



 一見すると建物が立っているように見えるが、上空から見れば壁に建物の前面だけを張り付けたような張りぼての造りになっている。歩いて発見することは困難だが、視点を変えれば明らかにおかしい場所である。中は庭になっておりかなり広い。中央には少し大きな建物がある。おそらくは地下に迎撃システムが組み込まれており最奥に七使徒が身を隠しているのだろう。その証拠に七指全員が建物の外で三雄を待っていた。屋内で待機しないのは、屋内では狭く戦闘には不向きであるためである。傭兵として依頼主を守ることが本業であるため、万が一七指が突破されても迎撃システムを用いることで安全性を担保しているのだろう。


「おい、そこの青髪は誰だ?」


 ベンがシドを一目見て鋭い眼光で睨みつけた。情報にない人物の登場に困惑しないわけがないだろう。


「三雄が連れてきた助っ人、弱いと思うか?」


「それは、ないだろうねぇ。強そうにも見えないけど」


 七人は盛大に笑った。シドを馬鹿にしている者はいないが、余裕の態度を崩さないことは大切なのだ。実際に七指は困惑していたのだ。時計塔の崩落は壁に囲まれたこの場所でもよく見えた。それも異常だが、ふたを開けてみれば侵入者は三雄と誰かわからない青年が一人。七指に余裕が生まれていたのだ。


「アンデッドなんてものを持ってるなんて知らなかったぜ。おかげでじり貧だ」


 ヴェルセルクが双剣を引き抜き、眼前で構えながら呟いた。


「アンデッド?知らないが外はそんなことになっているのか?」


 ベンの態度はしらじらしくも見えるが本音であった。外の景色を統べてみることは叶わないし、七指に魔法に長けた者はいない。あくまで単騎で強い存在でなくては傭兵は務まらない。


「フリート、頼んだぞ」


 普段後衛に控えるフリートもこの人数不利では戦わざるを得なくなる。だが、強化魔法が途切れれば三雄に勝ち目はなくなってしまう。


「任せてよね」


 フリートは刃渡りが50センチほどの短剣を取り出して頷いた。フリートは剣技も並み以上であった。アダマンタイトの実力がある七指と戦ったとして攻撃を正面から受けきる技量はないが、受け流す程度ならばどうとでもなるだろう。


 フリートの魔法で強化される二人と同じように。七使徒は魔道具を発動させ、魔法薬を飲み身体強化を始めた。シドは三雄の後ろに回り込み胡坐をかいて座る。


「シド殿。約束覚えているのだろうな?」


「ああ。気にせず戦ってこい」


 シドは固めにモノクルを嵌めあくびしながら答えた。戦闘に興味はなく加護の観察だけが目的なのだから仕方ない。


 そして、開戦は突然やってくる。


魔法矢マジックアロー


 フリートの広範囲魔法により矢が降り注ぐ。七指は各々が華麗によけながら二人一組で距離が開かないよう努めていた。


「ッチ、流石伝説は違う」


 ウルスはフリートの魔法には当たらない。フリートがウルスの行動を予測し彼の経路には魔法が降り注がないよう工夫されていた。それはヴェルセルクも同じであり、連携で劣る七指はこの連携に適応するにはわずかな遅れが生じてしまう。


 ウルスの大剣がフーガの腹の皮一枚を切り裂いた。少し血が出る程度の負傷で終わったが、幸先のいいスタートである。ヴェルセルクの双剣は盾に阻まれた。


「ッチ、似た顔が交互に来やがる」


 ヴェルセルクの相手は双子のように瓜二つの子供のような相手だ。小人族パルームなのだろう。一人は斧を振り回しもう一人が大楯で守りに徹する。人数的に一人ずつがアダマンタイトの強さを誇るに違いなかった。


「連撃!」


 ヴェルセルクは攻撃が盾に当たっても威力が増大する重双剣の能力により、ひるむことなく剣を切り返し迫る。大楯を弾くほどの威力であったが、もう一人の大斧が迫り後ろに飛びのくしかなくなる。


「フリート、援護!」


 フリートを見てみれば、片手で杖を巧み操り魔法による援護をしてくれている。だが、利き手は一人の七指を相手にしていた。一番重労働なのが彼だろう。


「グッ・・・」


 先に限界が来るのは当然フリートであった。シミターが腹部に刺さり、フリートは倒れる。純白な装備が血に染まりゆくが、ヴェルセルクもウルスもフリートを心配しない。それどころか、うっすらと笑みを浮かべていた。


 それに違和感を覚えたのはベンだ。この場で一番邪魔な存在はフリートであったのは間違いない。だからこそ、近接戦闘が得意なシミター使いを当てていた。間違いなく殺せたと考えていい。


「フォイ逃げろ!まだ死んでないぞ!」


 ベンの直感が当たった。フォイと呼ばれたシミター使いは露出の多い砂漠地帯によくある民族衣装を着ているスタイルの良い美女であった。だが、脳天から振り下ろされる短剣によりその美しさは失われた。人体が真っ二つに引き裂かれフォイの命が経たれる。


「やっぱあいつが一番狂ってるわ」


「ああ、間違いない」


 フリートはわざとシミターを喰らったのだ。魔法師である彼はわざと負けたとしても、違和感はない。むしろ検討した方だと褒められるほどだろう。だからこそ、ブラフが良く効く。一度死んだと思わせてからの反撃だ。一度痛みを受けるため生半可な覚悟では決行できない最後の手段でもある。だが、彼には回復魔法がある。致命傷でも回復することができるのだ。魔力消費が激しいが、七指の一人を葬ったと考えればおつりがくる。


「よそ見してんじゃねえよ」


 ヴェルセルクの攻撃が大楯を砕いた。ヴェルセルクは無駄な攻撃を続けていたわけではなく、同じ場所を攻撃し続けていたのだ。故に破壊するに至った。


「兄ちゃん!」


「ッチ!」


 すかさず大斧が振りかざされまたも退くしかなくなる。そして、ベンの攻撃もまたはじめられた。七指は、前衛に3人ずつ配置するように変え、フリートを完全に野放しにすることにした。各個撃破すれば、いかに魔法の援護が手厚かろうと関係ない。


 加速の加護を断続的に扱うことで、変則的な動きを取り、ここぞというときに剛撃と剛腕で強化した必殺の一撃を与え続けるウルスだが、いまだ決定打には至っていない。それでも、メイガスのレイピアを破壊することに成功している。ただ、ウルスの受けた傷も多く、不利な状況は何も変わっていない。相手も加護を使ってくるので、回避され、反撃されるのは必然。攻撃をやすやすと行えないため、決め手に欠けている。


「神択・超越」


 前衛が攻撃しやすいように動けるように隙を作るのが後衛の務めだ。フリートは自身の加護を発動させた。この加護はかなり異質な能力である。加護”神択”による付与効果によって可能になる。神択とは魔法に付与する加護であり、追尾・威力倍増・デコイの三つの効果のうち一つがランダムで付与されるという加護だ。また、フリートの同時発動上限は3つである。三雄の中では最も少ないが、それでも神択は二つ同時に発動できる。


 そして、神択の効果はダブらない。一度目で追尾が選ばれれば二度目で追尾が選ばれることはない。魔法全てに二つの特殊効果を付け加えることができるのだ。他に取得している者がいない特異的な加護であった。


 そして、超越オーバースキルによって魔法のレベルを一段階底上げする。運しだいだが、神択には外れがない。これを放てば五分たつまで超越は使えない。絶対に外せなかった。


電撃ライトニング


 雷の魔法は中位魔法に分類される習得が困難な魔法だが、超越により限定的に扱えるようになった。アダマンタイトでも瞬殺の魔法である。本来一筋の電撃は三つに分かれ、追尾によって大斧を持った子供に降り注ぐ。それを守るように、盾を失った兄が間に入る。


「アクト兄!」


 その言葉の瞬間電撃が二人を焼く。電撃から逃れようとするベンは、一瞬ヴェルセルクから目線を放してしまった。ベンの鋼にも近い拳は巨岩さえ砕くだろう。だが、拳で受けられなければどうということはない。そして、不運にも連撃のチャージは終わっていた。最大出力、最大威力の必殺技がベンに繰り出された。


「ヴェルセルク!!!」


「うるせぇよ!」


 ベンの体は右肩から左脇下まで袈裟懸けに崩れた。七指の主力はもはや残っていない。


 だが、ヴェルセルクはフリートの魔法で目がくらんでしまい瞬時に動けない。その状態のまま、背中から感じる激痛に歯をくいしばって耐える。


 腹を見れば、レイピアが貫通していた。メイガスの相手はウルスがしていたはずだと、目を動かせばウルスも瀕死の重傷であった。


 ハンマーを担ぎフルプレイトの鎧で素顔が見えない男に帰り血がびっしりと付着していた。ウルスはあの絶死の一撃に耐えたのだろう。だが、致命傷であることに変わりはない。フリートの回復魔法も射程が遠く効かない。だが、ウルスはあきらめない。自身の限界、加護の四つ同時発動を逸脱し、5つの同時発動を試みる。


 加護は異質な力だ。同時に発動すれば体に異常をきたし、限界を超えるとひびが入り砕け散る。それを超えた者は逸脱者と呼ばれるようになるのだが、大陸に数人しかいない逸材である。ウルスがそうならないという保証もないが、なるという保証もない。


「はあああ!!」


 ウルスの咆哮がかすれながらも雄々しく響いた。ウルスの決意に満ちた強い目はすでに像を捕えていないはずだ。加護の限界を超えた一撃を放っても当たらなければ意味はない。


 ウルスの異様な変化にすかさず三人の攻撃がウルスに集中する。レイピアが抜けたヴェルセルクの体は力なく倒れた。急所を貫かれておりまちがいなくヴェルセルクも致命傷であった。


 フリートは魔法師だ。この距離を詰められはしない。ウルスの絶体絶命の瞬間であった。


「そこまでだ。大体わかったしな」


 シドが限界を迎え地面に倒れ行くウルスの体を支えそこに立っていた。七指は微動だにもしない。振り上げた武器はそのままに、七指の頭から血が流れている。


治癒ヒーリング


 シドの使える数少ない魔法だが、ウルスを全回復させるくらいはできた。ウルスが大剣を杖に自立すると同時に、七指は倒れる。シドの濃密な魔力に充てられ絶命したのだ。


 シドの魔力をすべて解き放った場合、弱者は漏れなく死ぬ運命にある。強者のオーラはそれだけで弱者にとって有害な劇物なのである。


「シド殿、手は出さないのではないのか?」


「お前のおかげで目的は達成された。お前たちはすでに限界だろう。アンデッドは俺に任せておけ」


 ウルスは負傷こそ回復したが体力はもうない。杖があってもまともに歩けないほどだろう。ヴェルセルクも同じだ。フリートは最後の魔力でヴェルセルクを治癒したので魔力切れでもはや動けない。


 ここに放っておいてもよいが、三雄にはまだ利用価値があるのだとエルメスが言っていたため連れ帰る。王宮に連れて行くのは時間がかかってしまうのでNOだ。連れて行くのはアンデッドがいる場所までである。そこは間違いなく死地であるが、シドが居るのならばそこが一番安全なのだ。


「なるほど、あの方はここまで読んだうえで行動していたのか」


 シドはエルメスの意図を正確に見抜いた。もはや最終局番となった今、やっと真意にたどり着くことができたのだ。





 王都中央区の美しい時計塔の姿は恐ろしいアンデッドの大量発生により地獄の象徴に変わり果てた。死臭をまき散らし、炎の海を拡大しながら王都を蹂躙するアンデッドの姿はまさに悪夢である。四雄が駆けつけた時には自警団も機能を失い、逃げ惑う都民たちの誘導すらできていない。


 死ぬ、という明確なイメージが体を支配し理性などでは到底制御できない領域にいた。四雄が絶えられているのはシドの威圧をその身で経験してきたからだ。そうでなければ今すぐにでも退却していただろう。四雄は三雄と違い王に借りはない。王都を捨てるのもやむなしだったのだ。


 だがもっと怖いシドからアンデッドをどうにかしろ、と言われたのだから戦わざるを得ない。


「デュラハンが気付くまでに数を減らすわよ」


「ああ頼むぜ」


 スケルトンごときであれば、ウォルスでも無双できる。だが、まれにスケルトンメイジがおり魔法の攻撃が飛んでくる。また弓矢での攻撃もウォルスを襲う。そのため、レイズとルーデウスの範囲魔法にかけるしかないのが現状であった。


「どうすりゃいい!」


「一か所に集めてシド殿の魔道具で一掃するしかない」


「できるか!何体いると思ってんだ」


 かつてないほど語気が強くなるヴォイドにレイズも苛立ってしまう。だが、仲間割れで全滅など笑えないことにはなりたくないので直ぐに平常を装う。


「おい、デュラハンが動いたぞ!」


「あれは俺に任せろ!」


 ウォルスがデュラハンの大剣を受け止める。馬の脚で一瞬のうちに距離を詰め、勢いを殺さずに振り下ろされる一撃の重みはヴェルセルクの最大威力の攻撃を軽く上回っている。受け止めた大剣が軋むような音をあげた。腕に激痛が走り、顔が歪む。足が地面のタイルを砕き体が沈み、やっと威力が収まった。


 おかえしとばかりに未だに痛む腕を使い攻撃を仕掛けた。だが、アダマンタイトと同程度の硬度を誇るデュラハンの鎧に弾かれ終わる。


「ッチ!」


 威勢よくデュラハンの相手を引き受けたはいいものの勝率などありはしない。ここまでか、とウォルスは覚悟を決め武器の能力を解放する。四雄は四人ともそれぞれの色を冠する武器を持っている。その等級は特有級である。


赤馬セキバ!狂乱だ!」


 ウォルスの大剣は刀身に真っ赤な馬が彫られている。能力は狂乱であり、周りにいる自分よりも弱い敵を狂乱状態に落とし込み仲間割れをさせる。その範囲は半径で10メートルほどとかなり狭いが、この状況では使える。さらに使用者であるウォルスも狂乱状態となり能力がすべて2倍となる。デュラハンと戦えるくらいには身体強化を施されることになる。さらにルーデウスの強化魔法をかけられたことでやっと、デュラハンの鎧も破れるだろう。


 ウォルスの周りではスケルトン同士で殺し合いが起こり、中央ではデュラハンとの激しいぶつかり合いが巻き起こっていた。


「俺も武器を解放する。白馬!支配だ!」


 ヴォイドの弓もまた白馬が彫刻されており、能力は支配となっている。狂乱が仲間割れを引き起こすものならば、支配は完全に使役することができる。条件は弓が当たる、もしくは矢から半径5メートルの地点にいるものとなる。弓を放てば放つほど支配にかかるアンデッドの数が増える、という寸法である。だが、これで使役できるのもまた自分よりも弱い者限定である。依然としてデュラハンと死霊の脅威にはさらされていた。


「私たちの武器はこの状況で使えない。頼りにしてるわよ」


「無茶言うな!矢の数も残り少ないんだ」


 軽口をたたきあっていないと正気を保てなくなる。今すぐに逃げたい生存本能とシドに対する恐怖の葛藤で頭が正常に動いてはいない。


 ―法螺貝の音が鳴り響く。


 馬が歩くような音が聞こえ始める。王都で馬に乗る者なんて近衛や正規軍以外にあり得ない。一筋の希望が見えた。


 戦闘に立つのは、ロウワー・ベール・グラベル・アーク・サルダージュ、王国の国王その人であった。逆側―地図で見て北側からも同じように轡の音が聞こえた。姿を現したのはエラルド・エドワードによって率いられた軍隊である。


 挟撃が実現され、アンデッドを一か所にとどめることも可能になったと考えてもいい。だが、デュラハンと死霊が動けば状況は一変する。だからこそ、まだ何もできない。既にデュラハンと戦っているウォルス以外は一度、国王の元まで戻り状況を説明する。


「陛下、何故このような場所に」


「我が庭を守るのは当然であろう。それで、どうなっている?」


「この魔道具があればデュラハンも死霊も倒せましょう。ですが―」


「一か所に集めたいと、そういうことだな?」


 王は即座にレイズの考えを読みとき、すぐさま指揮を執った。対面にいるエラルドを視界に入れた王はまさに神業ともいえる指示により理想的な状況を作り出す。


 エラルドと王の距離は直線にして800メートルほどだろう。互いに動きの詳細は分からないし声も聞こえない状況で二人は完璧に連動して動いて見せた。王の采配がエラルドの最も動きやすい陣形に適応していたのだ。エラルドも王側の軍の動きを見て、王が何をしたいのかを察した。故に二人は言葉も交わさずにアンデッドを一か所に追い詰めていく。


 だが、死霊は黙っていなかった。デュラハンは残り3体。死霊は残り4体となっている。死霊一体で軍は壊滅に近いダメージを負うだろう。故に動かせてはならなかった。


 死霊は実態を持たないためアンデッドを通り抜けながら高速で王に向かって進んでいた。だが、ヴォイドが魔道具を放り投げ死霊に直撃させたことで難を逃れる。魔道具は魔法の力が込められているため、弱い死霊の物理耐性なら容易に突破できた。ヴォイドは賭けに出たつもりだったが功を奏したと言える。


「あとどれくらいある?」


「三つです」


 つまり無駄遣いはできない。今のように死霊が動けば魔道具を使わなくてはならなくなる。だからいち早く形勢を決めなければならない。


「ッチ、動いたぞ」


「どれがです?」


「全部だ」


 馬上から見下ろす王は現場の状況がよく分かった。だからこそ、絶望するのも少し早い。デュラハン3体が動き出し、それに呼応するように死霊もすべて行動を開始した。まさに地獄が始まろうとしていたその瞬間。


 ―シドが舞い降りた。


 三雄はレイズの足元に転がっている。重症を癒すため深い眠りについているが無事だ。シドの手にはいつの間にか握られていた三又の槍がある。見たこともないほど輝いており、その等級は特有級などではなくもっとより高位な存在だと確信させられる。


 ウォルスが重傷を負いながらデュラハンを抑えていたのだが、シドはウォルスの襟をつかむと後方に投げ飛ばした。


「邪魔」


 シドが力を振るうのならば、その周りにいるだけで死は免れない。絶大な力には余波が生じる。常人が余波に当たれば死ぬことは必然である。


 シドの美しい槍を一振りすればアンデッドが100体砕け散る。もう一振りすれば200体亡ぶ。デュラハンもシドを止めようと動くが、同じく一撃で息絶えた。物理攻撃が効かないはずの死霊ですらシドの攻撃に耐えられず霧散していく。


 その光景に逃げ遅れ絶望した民たちは目に力を取り戻していた。まるで神を見るかのような目を向け、崇拝し拝んでいるものまで現れる始末である。圧倒的力に対する崇敬、守ってくれるという安堵感が民たちの心を奪った。シドの姿はまさに神として映り、そのほかのすべてが彼を彩るための材料であった。


 だが、そのような至高の光景も唐突に終わりを迎える。ちょうど朝日が昇った瞬間、決着はついていた。槍は一切の汚れを見せず、シドの服にも死臭や肉片は付着していない。地面にはアンデッドの骨やデュラハンの鎧などが落ちており、次第に魔力に分解され消えていく。


 その勝利の光景に、歓声は一瞬遅れて巻き起こる。すべての者が諦めた瞬間現れた救世主に、拍手と涙が止まらない。タイミングが良かったことで、エラルド、王宮両軍に甚大な被害が出る前に鎮静できた。そのため、王や侯爵たるエラルドすら感謝を示している。


「エルメス殿、これで終わりですね」


「”お疲れ様です。もう帰ってきていいですよ”」


 エルメスの念話を聞き、任務の遂行をかみしめる。


「俺の名前はシドだ。人間を救うために力を振るわんとする者の一人である」


 シドの名乗りに歓声はさらに大きくなり、のちに朝刊で大々的に拡散されることとなった。それは王国の辺境の地にまで浸透する。


 演説を終えた後、シドは自身と同じ形と声をしたホムンクルスを用意した。これをシドと見立て教会の中心に立たせるのだ。シドは貴重な戦力であるため王国なんてところに拘束されるわけにはいかないのだ。


 シドの仕事はこれで終わりだ。後はロイスに報告するために資料を用意すればいい。これは数刻の間に終わるので仕事というほどではない。


「あなた、もしかして」


 シドの足元に少女が現れた。シドの魔力感知に微細な揺らぎすらも与えず現れた少女はなぜかシドの気を引いた。もちろん、魔力感知に掛からない異質な存在としても興味を引いたが、それよりも少女の中にロイスの気配を感じたからだ。これは守護者に見られる反応に酷似している。だが、シドはこの少女を知らない。これはありえないことである。シドは守護者として在籍するネームドと守護者を始め主要な人物はすべて記憶している。それなのに顔見知りではないということはありえないことであった。


「お前・・・誰に仕えている?」


 シドは少女に質問をした。ロイスの気配を漂わせる彼女の主人がロイスというのならば納得できる。だが、そうでないのならば危険人物として殺さねばならない。


「主人はメイウェル様だったのだけど、今は貴方の主人に仕えなければならないの。貴方は護り手なのでしょう?あなたの主人に会わせてほしいの」


 少女はシドに懇願した。少女ではシドに勝ち目はないので反抗的な態度は示さない。単に、心から願っているのだ。シドもそれに気が付いた。故に、シドはロイスに少女を会わせることに決めた。


「”---”」


 シドの念話はロイスに届かなかった。ロイスが念話を遮断しているか、異空間に居るかのどちらからが要因だろう。故にロイスに確認ができないまま、少女をシャウッドに連れていくこととした。




             <<冥界門の主>>


 ティオナはシャウッドの大森林で冥界門を探していた。背中から一対の羽を顕現させ有羽族ハーピーとしての姿を現している彼女は空から冥界門を探す。木々が濃いので上空から地面が見えることはない。だが、冥界門は魔力濃度が高いため策敵魔法や探索スキルで見つけることができる。飛んでいるのは単に森林は進みにくいからである。とはいえ冥界門の周辺に植物が自生することはない。魔力濃度が高すぎると植物は死滅する。逆に、それに適応する貴重な植物も現れるのだがここにそれはない。


 ここが建国予定地でなければ武器を取り出して冥界門まで一直線に木々をなぎ倒しながら進んだことだろう。ただ、地表を歪にすることになってはロイスの不興を買ってしまいかねない。だから面倒にも空にいる。


 冥界門を見つけ高度を下げる。着地したら、武器を取り出し思いっきり振りかぶった。冥界門の高度は伝説級の武器でも壊すことができない。厳密に言えば、技術ある者が使えば壊せる。だが、ティオナの持つ武器”戦神の槍斧ハルバート”は神話級ゴッズの武器である。冥界門はひとたまりもなく砕け散ることだろう。


 ―ハルバートが空で止まる。否、ティオナの動きそのものが止まったのだ。


 そして、其の理由は簡単である。冥界門が開かれた。冥界門は異空間である冥界に通じる。故に、冥界門が開かれれば次元に亀裂が入り、時空が一瞬歪む。正確に言えば、ティオナの動きが極端に遅くなったのだ。止まったわけではない。


 冥界門が開けられれば原初が出てくる。つまるところ、絶体絶命だ。始祖の強さは守護者を軽く凌駕する。装備の性能が勝っており、さらに複数の守護者でたたける状況を作って、一柱ひとり抑え込めればよい方だ。


「君、いいもの持ってるね」


 可愛らしく恐ろしい声がティオナの耳元で鳴る。始祖だ、とティオナの直感が警鐘を鳴らす。ティオナと始祖は完全に別格である。冥界に引きずり込まれれば始祖に勝てなくなる。冥界とはそういう場所だ。


 金属音が鳴り響く。


「間に合った!」


 ティオナの額に冷や汗が浮かぶ。始祖の悪魔の攻撃をハルバートで受け流したのだ。


 始祖の顔に一瞬変化が生まれた。


「まだ時差に適応できないはずなんだけど、君慣れてる?」


「貴方が始祖の紫イオデスね?最悪だわ」


 羽を勢い良く伸ばし、すでに生えている羽の下に少し大きな羽が生える。ティオナの体に軽装だが鎧が現れた。防御性能は神話級にも匹敵するが、不壊属性はない。等級でいうと伝説級が関の山といった装備だ。


 エルメスは始祖の黒である。つまり彼は冥界門を開くことができる。エルメスと鍛錬してきたティオナはかろうじて時差に対応することができたのだ。


「君もしかしてマブロの知り合い?」


「マブロ?始祖に知り合いはいるけど、エルメス殿なら知っているわよ?」


ティオナはまだ慣れない時差の中、冷や汗をぬぐい覚悟を決める。


「もしかしてアスプロの知り合いだった?」


「知らないわね。ところで、お話がしたいから呼んだのかしら?」


 ティオナは会話の中でロイスに念話をしようとしていた。だが異空間で念話は使えない。使えないが、死ねばロイスに情報が送られる。


「お話?そんなわけないでしょ!久しぶりに強そうな人を見つけたから攫って楽しみたかっただけだよ」


イオデスの無邪気な笑顔にティオナは畏怖した。イオデスの方が強い、対等な戦闘にはなり得ない。これは弱い者いじめになってしまう。ティオナは自分の命がいま薄氷の上にあることを自覚した。


「主君から預かったこの体、失うわけにはいかないわ。始めましょう」


「体?そういうのは命っていうんじゃないの?でもまあ、いっか」


 両者の距離が一気に縮まる。衝撃波が何もない地面を打ち砕きクレーターを作る。魔力に満ちたこの世界では、地面の損傷も一晩と同じ時間が経てば修復される。魔力が濃すぎて一寸先の視界も不明瞭だが、ティオナは魔力感知の制度を極限まで高めることで解決している。魔力感知も濃い魔力のせいで得られる情報が不明瞭になっているが、精度を無理やり高めており範囲は狭いがイオデスの場所は把握できる。


 イオデスの持つ短剣の等級は伝説級であった。両手に握られた短剣には毒が塗ってあり、悪魔も瞬殺されるほどの強烈なものであった。だが、警戒するべきはそこではない。伝説級の武器で神話級の武器を凌いでいることであった。


「技術も馬鹿げているのね」


「え?ほめてくれたの?」


「愚痴ってんのよ」


 だが、ティオナのハルバートの真価はまだ発揮していない。武器としての特性だ。腕力任せの一振りは構造上驚くほどの威力を誇る。


 ティオナの腕力はHOMEにおいて最も強い。単純な力勝負ならばロイスやエルメスにも勝てる。それを知らないイオデスは受け流せると踏んで短剣を突き出した。だが、次の瞬間短剣は砕け散った。そして、もはや逃げられない体制のイオデスに直撃した。


 紫色の髪に血が付着し、黒っぽい服も血で染まる。体が140センチほどくらいしかなく、体が真っ二つに分かれるほどの損傷をこうむった。


「うっそ!ゴリラじゃん!」


 口は無傷だったため発声はできるようだ。だが、次の瞬間切断された体が完治する。髪に付着した血液も消え去り、新たな短剣が両手に握られていた。これが冥界の能力なのだ。冥界は魔力が濃いが、その魔力は悪魔から漏れ出たもの。弱者が浴びれば死んでしまう有害なものだ。だが、同じ悪魔ならば肉体強度、回復力、身体能力のすべてが向上する。つまり、冥界門での悪魔の負傷は即座に完治するということだ。


 種族的な再生能力と冥界によるバフによって、致命傷でも瞬時に回復してしまうのだ。だからこそ、ロイスであっても冥界で悪魔と戦うことは苦行だと評するに至ったのだ。


「うるさいわよ!」


 ティオナは乙女であるから腕力が強いことを少し気にしていた。イオデスの一言は彼女を怒らせるには十分だった。腕力任せの一撃を腕力任せで切り返す。連撃の速さは技量によって得られるものと遜色がない。遜色がない分、一撃必殺の威力を何度でも放てるのだ。


 壊れるたびに新しい短剣を取り出してイオデスは正面のティオナを敵として認めた。


 そして再び苛烈な戦いがはじめられた。

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