第4話 決行前夜

 早朝である。王城にはすでに三雄と四雄が集まっていた。シドよりも遅く来ることは不敬に当たると察した四雄は誰より早く入城していた。フリートもくどいほどウルスとヴェルセルクにシドの危険性を説かれていたのでかなり礼儀に気を配っていた。


 そして、シドの気配を感じた。魔力探知がなくとも勘付くことができるほどの圧倒的オーラ、濃密な強者のオーラがまだ数十メートルはあろうにもかかわらず、7人にを震撼させた。疎い兵士たちがシドの前に立ちふさがろうとするが、近づくシドのオーラに耐えられず、後ろに下がってしまう。それどころか失神してしまう者も失禁するものも多かった。


 ウルスは震える足を思いっきり殴り、震えを止めた。未だに痛みが引かないが、シドのいる方へと走る。兵士が礼儀を欠いた行動に移る前に、ウルスがシドを導かなくてはならない。部外者であるシドが王城に入るためにオーラをまき散らしているのならば、ウルスたちに非があると言える。情報の伝達に不備があると思われるだろうからだ。だが、内密かつ迅速な対応を求められる本件で情報伝達は常であると理解してもらいたい、というのが依頼者であるウルスの願望である。末端の兵士にシドが入城するということを話しておくこともできないからこそ、このような状況になってしまっているのだが、ウルスが城門で待機して居ればこうはならなかっただろう。シドを責められるわけもないが、少々配慮してもらいたいところである。


 そして、青い髪が視界に映った瞬間ウルスの肩は少し上がる。恐怖と目の上の存在に対する尊敬が大きい。深呼吸をすまし、シドに話しかける。


「申し訳ない、城門まで迎えに行くべきであった」


「構わない。それよりも、もう少しばかり警備をちゃんとした方がいいだろう。部外者の俺が本丸まではいれてしまっている」


 シドの冗談なのだろうか、とも思うが彼は本音を口にしていた。ちょっと威圧しただけで本丸まで入城できるような城の警備に問題がないわけがない。問題がないわけがないと言ってしまっても、シドの圧倒的なオーラに真っ向から平常のまま対面することなど不可能だ。仕方ないと言わざるを得ない。


「寛大な言葉、感謝する。案内しよう」


 ウルスの案内で、城内中庭へと到着する。城内は東西南北の棟の中央に王の居室がある中央棟がある。東西南北の中央に渡り廊下があり、それに区切られるように四つの中庭がある。現在8人が居るのは、東棟と南棟とそれぞれから延びる渡り廊下に区切られた南東の中庭である。三階建ての建物で、その区間内はすべて人払いが済まされている。さらにフリートの魔法で音声を外に漏らさないよう細工されていた。


 開放的な環境だが、死角の増える室内で話をするよりも傍聴されることだけを考えるならば中庭で話をした方が対処しやすいのだ。ただ、人目に付きやすい環境であるから、いらぬ警戒を招くだろう。それでも貴族派閥に威圧することができるし、不利なことばかりではなかった。だが、人払いはすでに行われており、城内には王派閥の者たちしかいない。


「HOMEの宿にはだいぶ見劣りするが、俺が用意できる最高の環境だと納得してもらいたい」


 ウルスはそういった。HOMEを褒めたことでシドの表情が一瞬、ほんの一瞬だが柔らかくなった。それに気が付くものはいなかった。


「それでは、打ち合わせを始めよう」


 ウルスの発言により対七使徒、七指に関する会議がはじめられた。


 まずは当初よりの作戦の確認から始まった。王派閥と貴族派閥の現状と、七使徒と七指に対抗するために戦力を蓄えていること。学園の復興祭が作戦の有効期限であり、望むならば1週間で完遂したいということ。一通り話し終わった後、質問を求める。


「現状、シド殿がいてくれるから負けはないだろうがうまく対処しなければ七使徒を乗っ取ることが難しくなる」


「まて、俺はお前たちが死ぬまで協力しないぞ」


 ウルスの発言にシドは否、と唱える。その言葉を聞いた7人は椅子を乱暴に吹き飛ばしながら立ち上がった。ウルスはシドのこの返答を予想していただけに冷静になるのが早い。そもそも強者とは弱者に気を遣わない。なぜならば、強者だからだ。そんな彼が圧倒的に弱い立場にある王国を救うならばそれなりの対価や、条件を求めるだろうと考えていた。


「シド殿、俺たちが死んだあと七指も死んでいると思っていいんだな?それだけは約束してもらうぞ」


 ウルスは冷静に、シドを見据えてそう言って見せた。圧倒的強者にこれだけ堂々と話すことができたのは彼の王に対する忠誠が恐怖を超越していたからだ。


「ああ、約束しよう。だが、その眼は不快だな。俺は別にお前たちと敵対したいわけではないんだが」


 シドはウルスの敵を見る目を不快に思った。だから高圧的に睨みつけてしまう。シドが人間を睨む、というのは人が人を睨みつけるのとはわけが違った。ライオンがウサギを襲うかのように、人間を絶望させてしまうほど悪寒が走る眼をしているのだ。


「すまない。ただ、俺もここだけは退けないんだ」


 ウルスの退かない態度にシドは少し目を見開いた。そして、顎に手を添えて一度頷く。


「・・・いいだろう。やはり、お前たちが死ぬ前に行動するとしよう。ただ、全員が戦闘不能に陥るまでは手を出さない。命と任務の遂行は保障してやるとしよう」


 これがシドのできる最大限の譲歩であった。シドは加護の底を見なければならない。だからこそ、シドがいるから大丈夫、という保険があっては全力を出さない可能性があった。だからこそ、死ぬまで手を出さない、と前もって言っていたのだ。だが、自分の覇気を前に冷静を保っていたウルスに正当な評価と譲歩を与えてやるべきだと判断した。シドは愚かではないので、評価すべき存在は評価するようにしている。


「感謝する」


 二人の会話が終わると、席を立ったまま呆然としているほかの者たちも席に座った。そして、ようやく建設的な話が始まった。


「それで、七使徒の拠点は割り出せているのですか?」


「ああ、といっても一つだけだ。まずはそこを調べるしかないと考えている」


 七使徒は巨大な組織だ。主要な拠点は少なくとも各部門に一つずつだと考えるべきだろう。小さなものをいれると100どころではないだろうが、すべてを調べ上げる時間などあるはずもない。最低でも襲撃する必要のある拠点は7つあると考えれば、戦力がやはり足りないと思えてくる。敵も7つに分散するだろうから、戦力では拮抗するがこちらとあちらでは明確に違うところがある。


 それは、こちらが冒険者パーティーでありあちらが個人技を主としているところである。つまるところ、フリートの相手がウルスレベルの戦士である可能性もあるのだ。魔法師にとって前衛のいない戦闘は不利極まる。フリートならば勝利もあり得るだろうが、ルーデウスは回復しかできないので必死の状況となるだろう。つまり、襲撃する際には最高でも二つに絞らなければならなかった。冒険者が最も力を振るうのはパーティーでの戦闘だ。


 人数的に同等の戦力を配置できれば、連携を得意とするこちら側が敗北することはなくなる。だが、襲撃する拠点を絞るには情報も少ないし、拠点に引きこもられれば防御を固めるであろうから攻略も難しくなるだろう。


「俺たちの理想は、防御を固めた七指を負かすことだ。各個撃破されるのは面白くないからな」


 ウルスの発言に皆は頷く。いかに相手が魔道具を豊富に蓄えており防御を固めた状況であっても、今の戦力ならば負けることはないと思われた。それほど、連携の力は凄まじいのだ。三雄と四雄は師弟の関係であるから、動き方も似ている。なので連携に関しては一切の憂いはなかった。底に圧倒的強者たるシドがいれば負けることなどありえない。


「拠点を特定するのも難しいんじゃないか?」


「ああ。今回見つけた拠点もフリートの迷いの鐘ティターニア・ベルを使いながら王都を闊歩して見つけたものだからな」


 行く先を示すベルは明確な行く先を指定しなくともよかった。だがその分効果範囲が極端に短くなる。洞窟などで出口を調べたい場合には一度ベルを鳴らせば道を示しそのまま歩くことができる。これは目当てのものが一つだけであるからだ。だが、今回は数が不明の七使徒の拠点であり明確なイメージもない。この場合の効果範囲は半径15メートルであった。


 その狭い範囲でベルを鳴らしながらすべての拠点を割り出すのは不可能だ。なので、手掛かりはやはり、奇跡的に見つけた拠点なのだ。


「地道なことしてたんだね」


「まあね、仕方ないでしょ」


 ルーデウスとフリートの端的な会話を挟む。


 情報を得にくいこの世界においては、地道な手段しかない。魔法を極めればこの王都全域を探知魔法の圏内に入れ、七使徒を発見できるのだろうが現実的ではなく実行できるものはいない。もしかすればシドならばできるかもしれないが、彼は手伝う様子がない。


「何を言っているんだ?拠点を置く場所は自然と限られてくるだろ」


 机の上には王都の地図がおかれている。闇組織である七使徒は王都でも人気のない場所、情報封鎖のしやすい場所に拠点を置くはずだろう。フリートが都心部を魔道具を使い炙り出そうとしていたのは滑稽だと、シドは言い切った。それで見つかったのは単なる幸運にすぎない。


 例えば、麻薬売買を行うのならば農園地帯付近に置くだろうし、そうでなくとも王都の壁外かその付近であるだろう。おそらく、都心にあった拠点は奴隷売買の拠点の一つだろう。それ以外では都心に拠点を置くメリットはない。


「フリートは都心に拠点があった場合挟撃されかねないと考えたんだ」


 都心の拠点がある場合、人気のない拠点に向かう途中に挟撃される恐れもある。確かにそうだが、拠点に攻め込むよりも直接戦闘力が勝るこちらにとっては有利に働く。それがわかる知者ならば、挟撃よりも一つの拠点に集まり戦力を集中させるだろう。もちろん闇組織を設立できるようなものたちはよくも悪くも知者の集まりだ。


「でも、そんな面倒なことする?相手は闇に潜む勢力なわけだから好んで外に打って出ることないと思うんだけど」


 レイズの言葉は正しかった。できる限り人目を避けたい七使徒はもっと人気の少なく、外からは死角になるような拠点に勢力を集めるだろう。逆に言えば守りやすい城になりやすい。


「確かにね、で見当はついてるわけ?」


 一方的に否定されてかなり虫の居所が悪そうなフリートだが、それも仕方がない。とはいえ、数時間の浪費があったと分かっただけでそれ以外の不利益は生じ得ない。


 本当に七使徒が聡い者たちの集まりであるならば、三雄が再集結した時点で自分たちが標的になるかもしれない、と考えているだろう。なにせ、三雄と四雄を合わせてしまえば、戦力として劣るのだから。ならば、何らかの手段を講じると予測される。


「この北端の領主に話を聞けばいいんじゃないか?領内で人の出入りが激しい怪しげな館はないか、と」


 ヴォイドが地図を指さしながら呟いた。その場所はエラルド・エドワードが受け持つ侯爵領であった。特色として、王国で最も広大な領土を持ち肥沃な土地にものを言わせた大規模な農園を持っている。その中に麻薬栽培が盛んな拠点がある、と考えても不思議ではなかった。


 麻薬栽培以外にも、七使徒は他六つの部門で商売をしている。奴隷商、密輸商、麻薬商、偽造商、武器商、暗殺商、情報商である。すべてが名前の通りのものやサービスを提供している。


「ここは人目にもつきにくいし、麻薬を隠すならば同じ作物が多く実っているこの場所ほど適している場所はないだろう?」


「なるほど、だがエラルド候の私兵がそれを見逃すとは思えないのだが」


「それこそ、奴らの情報商と偽造商の十八番だろう?」


 エラルド候は私兵に好かれ、民に好かれ、王に好かれる人格者であった。だからこそ、息子の訃報で床に臥すようなことになっているのは理解できないことであった。人格者だから、息子の訃報に心を痛めるともいえるかもしれない。だが、真に国と自領のことを思っているのならばすぐさま行動に移すだろう。


 その領主としての評判は彼の敏腕がなす業績のおかげでありその実績を裏付けるものなのだ。その信頼が失われるような失態をするはずがないので、その場所に七使徒の拠点はないとも思われた。だが、七使徒の情報商は国の諜報部に匹敵するし、偽造商はその道で数十年は活動している。ありえない話でもなかった。


「そういう場所ほどヤバそうじゃねぇの。行ってみる価値はあるだろうぜ?」


「根拠もなく動けないでしょ・・・でもウォルスの勘はよく当たる」


 ルーデウスの言う通り、ウォルスの野性的直感は高確率で的を射ている。行ってみる価値は十分にあるだろう。では、そのほかの拠点はどうなのだろうか。


「ほかの拠点の目星もつけておきたいが・・・正直残っている者は場所を選ばないものが多い気がするが」


 情報商は王都内に拠点がある可能性が高い。間違いなく、王都内に生業としている者は大勢いるだろう。だが、情報商の拠点を発見するのは困難極まると思われた。なにせ、情報を管轄する者たちが自分の情報を隠さないとは思えない。同じ理由で偽造商も発見には至らないだろう。


 暗殺商は王国に拠点があるかすら分からない。いや、極論を言ってしまえば拠点すら必要ではないのだろう。暗殺は暗殺者と司令塔となる者がいれば成立する。そして、暗殺は依頼主からの情報で行うことが常であるため、情報を集めるのは依頼主と暗殺者の役割である。拠点を置くまでもないし、同じ組織に情報商があるのでなおのことであった。


 つまるところ、残りの探せそうな拠点は密輸商と武器商である。密輸商であれば、港近くにないしは海沿いに拠点を置いているだろう。武器商も流通の中心地に置かれているはずだし、競合他社の少なく商売のしやすい場所を選ぶだろう。


「当然すべての拠点を発見することは不可能だ。エラルド候がいたならばもう少し変わったのだろうな」


「不可能なのならば、相手に向かい撃たせればいいだろ。何故すべてを見つけようとする?」


 シドが単純に分からない、といった顔で問いかけた。ウルスたちの狙いは単に七使徒の壊滅ではない。吸収であるのだが、暗殺商や武器商など統合しても大して国に利益を生み出さない部門は解体する予定であった。極論的には、ほおっておけば勝手に壊滅する部門まで相手に取る必要はないのだ。


「というと?」


「一つの拠点を攻め落とせば、七指も七使徒もただではいられない。時間をかけるほど不利になるのは七使徒のほうである以上、俺たちを今後手出し出せないほどの痛手を負わせようとするはずだ」


 シドの発言をほかの者たちは熟考した。確かに、シドの言うように七使徒が王国を捨てるとは思えないし、かなりの痛手であり避けたいはずだ。ならば、逃げたり隠れたりせずに向かい撃とうとするだろう。向かい撃つには攻城戦が最も勝率が高かろう。であれば、防衛しやすそうな拠点に立てこもることが最善であると思われる。


「だが、攻略は難しくなるぞ?」


「相手が思う痛手は三雄の誰か、ないしはすべてが死ぬことだ。四雄が同じ空間にいてはそれも叶わないと考えるだろうし、籠城する拠点を二つに分けるだろう。七指も半分で不足分の戦力は雑兵と魔道具で補う、又は片方の拠点に七指を全員配置する」


 シドの淡々とした説明を聞きながら、疑問に思った。どちらか一方の防御を捨てるのはなぜか、少し考えれば答えが浮かぶ。


 七指が防御を固めた拠点に四雄、三雄のどちらかが攻めてきたとしても相手にとっては誤差なのだ。7人に対する敵の数が少なければ、七指の勝ちが決まる。拠点を二つ護り二つ共に七指を配置するなど無駄なことはしないのだろう。


「なるほど、だから見つける拠点は一つや二つだけでいいってことね」


「相手からすれば拠点がいくつ露見しているのか分からない状況か、想像以上に摩耗するだろうな」


「拠点を固めるのも安くはない。金銭的にも追い詰められるのか?いや、効果が薄いか」


「拠点を潰せればそこにあるお金ってもらえる?」


 などとそれぞれが自分の意見を述べていた。一人は欲望が垣間見えているが、それをとがめる者はいなかった。ルーデウスは昔からそうだと皆が知っていたからである。


「とにもかくにも、エラルド候の領地を調べること、すでに判明している拠点の制圧が直近の計画、ということでいいだろうか」


「異議なしだね」


「四雄も文句はないわ」


 シドは無言のまま、いつの間にか手にしていた美しいカップで香ばしい香草の匂いのするハーブティーを嗜んでいた。


「では、シド殿はどちらについて行かれますか?」


「付いていくのか?―いや、四雄と行動しよう」


「かしこまりました。では明日の朝エラルド候の領地に向けて馬車を手配します。リ・シルバまでお越しください」


 シドは頷いた後、その場で掻き消えるように姿を消した。それを見届けた、残された者たちは安堵で息を吐き尽くす。自覚はしていなかったが肩に力が入っていたらしくひどく痛む。任務帰り程疲労がたまってしまっている。


 各々であいさつしたのち、解散することで会議は終幕となった。


 まとめると、七使徒の持っている拠点の数が分からないため七使徒と敵対しようとしている、という情報をあえて漏洩する。すると、七指は守るべき拠点を絞り戦力を集中しようとするだろう。すると、拠点をわざわざ探さずとも自ずと七使徒のほうから開示してくれるだろう。七使徒の思惑が三雄か四雄の殲滅であるのだから、攻められるようにするはずだ。つまり、目下のタスクはすでに暴いている拠点を襲撃することと、一つの拠点を襲撃するだけでは集まる情報も少ないため怪しい場所を調査する、この二つである。


 ※


 全く、目を離せばすぐ人間に対しての対応を間違うのだから、とエルメスは暗闇で頭を振っていた。先ほどまでシドと三雄、四雄の会議を水晶体によって傍観していたのだ。


 シドのウルスたちに対する態度はエルメスの指示があってこそのものであったのだが、少なからず彼自身の性格が表れていた。エルメスはあくまで加護の限界を見るために極限の戦闘を行わせるよう命じていた。だが、殺す必要まではないのだ。死霊王との戦いで見せた三雄の奮闘が真価だとするのならば、情報はすべて取得していると言える。だが、底を決めつけては誤った結論を提示しかねない。主君にそれを伝達することなどできるはずもないので、シドには慎重に行動してもらいたいのだ。それに、王国を亡ぼすということではないのだから、王に近いウルスの信頼を得られるのだから殺してはならないのだ。実はウルスというのは価値がある。

 

 例えば、王国を亡ぼしたり懐柔したりする際、王国最強であるウルスをいとも簡単に屠れば戦意を挫くには大きな効果をもたらしてくれる。駒は壊れるその時まで酷使してこそなのだ。


 会議の中でシドの意思は曲げられたが、それでも戦闘不能になるまで手は出さないと言っていた。それでいいのだが、ウルスたちはまだ利用価値があるのでうっかり死なせてしまはないかと不安である。エルメスたちのように強い存在は弱い存在の気持ちがわからないので、どの程度が限界なのか理解できないのだ。


 エルメスの見ていた水晶に変化があった。


「では、シド殿はどちらについて行かれますか?」


 シドはレイズに問いかけられた。レイズは当然シドも同行するモノである、と考えていたのだろう。だが、シドは断ろうと考えていた。


「付いていくのか?「”四雄についていってくださいね?それとも、サボりたかったのですか?” 」―いや、四雄と行動しよう」


 シドが言い終わる前に念話でエルメスは意思を伝えた。三雄との接点はすでに得ており、残るは四雄であった。四雄は別に死なせてもいいので、どの程度役に立つか知っておきたかったのだ。うっかり任務を失敗でもされれば怒り心頭では済まないだろう。


 エルメスは性格が悪いのでシドの思考を読みよった上で「さぼるつもりか」、と吐き捨てたのだ。シドはサボりたいとは微塵も思っていなかった。自分の仕事を完璧にこなすべく尽力するつもりであったが、エルメスの狙いのすべてを把握しているわけではないし、話していたわけでもない。なので最適解を誤るのは仕方がないことである。


「頑張ってくださいね。貴方が主役なのですよ?この先2週間はね」


 エルメスは水晶に語り掛けるがそれを聞く者は誰一人としていなかった。暗闇の部屋で独り言はよく響いた。


 ※


 翌朝、シドはリ・シルバに現れた。王国にいる間は、リ・シルバで過ごしていたのだ。いつも三人で会議しているのはこの建物の最上階であるため、上に行けばエルメスがおり、探せばフィンもいるだろう。ただ、用事もないので呼ばれるまで会うつもりはない。


 四雄がこの宿に宿泊することができていたのは、エルメスが手配した宿泊券のおかげであるが、シドはVIP待遇であり施設の利用料金が発生しない。VIPだからというよりも守護者であるからだ。主要店舗に在籍する従業員はネームドの配下で固められており、情報封鎖の必要もないため守護者でも大手を振って利用できた。といってもHOMEで働いているの人物の大半が人造人間なのだ。精巧な人造人間がドワーフやエルフ、人間を従えて店を回しているのが現状である。


 守護者はじめネームドの給料は破格であり、月収にして金貨500枚からである。守護者は1万枚である。さらに各々が金策として副業をしていたりするのでもっと金持ちなのだ。HOMEの最高級のサービスを享受できるのはHOMEに属するモノだけであるのが常である。ただ守護者が金を使うことなど基本的にはない。新たに買わなくとも必要なものはすでに手中にある。例外として、フィンはお洒落に気を配っており香水や衣類などに大金を使っている。


「お、来たなシド」


「ちょっと、ウォルス!殺されるわよ!」


 ウォルスはシドを視界にとらえると気さくに挨拶をしたが、レイズはそれを慌てて止めた。小声のつもりだろうがシドの地獄耳で聞こえてしまっている。かといって、弱者の発言にいちいち怒りを覚えるシドではないし殺すつもりもないので無視しておく。


「おはようございます。では、ルーデウスとヴォイドが馬車を引いてまいりますのでお待ちください」


「ああ。それで構わない」


 レイズは堅苦しい礼儀を尽くす。仲間から笑われないのは相手がシドであるから。そうせねば一秒先に生きて居られるかわからない恐怖がそうしている。


「シド殿、お待たせした。乗ってくれ」


 ヴォイドは少し怖がりながらもいつも通りの態度でシドに挨拶を済ませた。案内されるままに馬車に乗り込むシドを見届けた後、三人が馬車に乗り込む。ヴォイドは馬を引かなければならないので操縦席である。


「申し訳ない。シド殿ほど裕福な方ならば馬車よりも乗り心地の良い乗り物も用意できようが、俺たちではそうもいかないものでな」


 ヴォイドが背を向けながらそう謝罪した。確かに、シドの財力をもってすればより乗り心地の良いものも用意できるだろう。だがこの世界の乗り物は馬車や虎車など生き物が乗り物を引くような仕組みのものしかない。HOMEが使っている乗り物も馬車であるのがその証拠である。本気を出して開発すれば電気を使えるHOMEなら車を作り出せるだろう。だが、道が整備されていないため出費よりもメリットが下回るのだ。


「気にするな」


 実はシドは馬車に乗ったことがないのだ。転移魔法を使える彼は、行ったことのない場所でも即座に転移することができる。シドほどの腕があれば、座標を間違えて地下に転移し死ぬような悲劇も起きない。移動で不便に思ったことがないので馬車なる者を使ってこなかったのである。なので、少し楽しみたいという気持ちがあった。初めての経験は成長をもたらすので、どのようなことであっても楽しもうとするのが彼なのだ。


「どうでもよいが、エラルドとやらは何故引きこもっている?」


 シドの純粋な疑問だ。エルメスの話では、エラルドという男は息子が死んだからといって意に介すような男ではない、とのことであった。エルは確かに魔法の逸材であり逸脱者に近い実力を持っていた、とロイスが評価した。人間にとっては痛い損害だろうし、愛していなかったわけでもないだろう。だが、損得勘定で考えるのならば傷心に浸っている場合ではない。


 というのも、彼ほど賢明な男ならば心傷を言い訳に領主の仕事を破棄するようなことはしないだろう。領民からの人気の要因は人柄の良さと仕事ぶりである。だからこそ、多少仕事をさぼっていても人気がどうとでもしてくれるだろう。だが、それでも人気は衰えていき貴族として王国での発言権も衰退するだろう。今までの努力を無に帰す行為でもある。今は人気が彼を救っているがあと一か月ほどもすれば、エラルド領土には不破が広がるはずだ。


「それだな。俺も正直エラルドのおっさんがそこまでメンタルが弱っているとも思えないんだよ」


 ウォルスは指をシドに指して肯定した。一見すれば親しい者たちの仕草のようだが、その間には埋めようもないほどの実力差がある。命を失わないのはシドの器が大きいからだ。これがサリオンであれば豪胆に笑って見せただろうし、フィンであれば気さくに会話を続けただろう。だが、エルメスやティオナに同じことをしたものならば即座に殺されるだろう。エルメスは最強の始祖の一人である。そんな彼が不快な思いをしたならば原因を排除すればいい。それが始祖の思考だ。ティオナは単に器が小さい。


 レイズがシドを観察して、ウォルスの非礼を意に介していないということを察した。故に、会話を遮ることをせず恐る恐る続ける。


「ええそうね。あの方はすべて策略による行動だから、民からの人気も無理して人格者を装っているって感じだからね」


 四雄も同じ意見ならば、エラルドという男は何かを企んでいるということなのだろう。だが、シェリンがその情報を見逃すわけがない。特に情報がないということはエルメスが情報の提供を意図的に止めているか、そもそも脅威になるほどのたくらみではないかである。要するに、今回の作戦においてシドが気にする要素ではないということである。


「でも、あの人は息子を大事にしていた・・・無理もない」


 ルーデウスは不運なことにもシドの横に座っている。先ほどから震えが止まっていないが、慣れてきたのだろう。ようやっと口を開いた。


 ルーデウスの発言に三人は賛同した。これでシェリンの情報の信憑性が担保されたと考えていい。今までシェリンの情報が間違っていたことはないので疑う余地もないのだが、より信用できるのだと考えればいいだけの話だ。


 それから数時間、馬車によって決して楽ではない陸路を進んだ。シドも楽しむ、というような気がいはすでに超越しており、かなりストレスがたまっていた。走れば数刻もかからないうちに到着するのだ。それに、一度経験したことはそれ以上経験する必要はない。得られるものが一つしかないのならば、それを繰り返すのは愚策でありストレスの要因である。転移したらすぐなのに、という考えがそれをより加速させていた。だが、前もって”気にしない”、と宣言して居た手前我慢しているのだ。


「もうすぐです。最北端ですから時間もかかりましたが、エラルド領は住みよい街です。きっとお気に召しますよ」


 住みよい、といってもシドにとって自然界の影響はない。見た目の変化しか受容することができないのである。熱変動、状態異常に対する無効耐性があるため、気候変動による気温の変化、冷気による身体機能の低下などが起こり得ない。とはいえ、シドと同等の魔力によって生み出された冷気ならば有効だ。あくまで自分よりも弱い者に対する無効能力である。ただ、同格の相手の攻撃効果を大幅に威力を殺す事ができるので持っていて損はない便利な耐性である。


 馬車の小窓から外を見てみれば、金色の稲穂が風になびいており美しい景色を見せていた。だが、其の中に不快な香りがあり品位を貶めていた。稲穂では発生しない独特の香り、麻薬の葉の香りだろうか。守護者は嗅覚も異次元に発達しているが、麻薬の匂いまで知っているわけではない。断言はできないが、一般的に目にする穀物や作物の香りではない。シドは七使徒の拠点がこの場にあることを確信した。


「いつ見ても綺麗」


「ああ、民の目も輝いている」


 ルーデウスの発言にヴォイドも答える。稲穂の景色はとても良い雰囲気であり美しいのは否定しないし民の目が活気に満ちている、というのもエラルドの功績だろう。やはり、王国にはもったいない有能な貴族であると言える。


「お前たちは王国について何を思う?―いや、言い方が良くないな。エラルド候とほかの四大貴族を見て何を思う?」


「腐ってるわね」「やる気がない」「自分勝手」「気にしたこともねぇ」


 と四人とも―いや三人は意見が一致している様子。それを知ってシドも頷いた。つまり、王国の貴族が腐っているのは民たちも知る所であるということだ。貴族が腐っているのに王国で内戦が起きていないのは、王国が豊かであるからだろう。上が腐っていても豊かな大地があれば生きていける。だから今の状況に甘んじてしまっているのだ。


「だから私たちは今回の作戦に賛同したのですよ」


 王派閥が力を取り戻したならば、腐っている貴族たちを粛正することも可能だろう。そうなれば王国は生まれ変わる。肥沃な大地があるのにもかかわらずこれほど国として弱いのは異例だ。王国が生まれ変われば強国になり得る。だからこそ、もったいないと言われているのだ。故に魅力がないし、価値もない。肥沃の大地など魔法で再現可能だ。自然由来と全く異なることのない土地の用意が可能なので、王国には本当に価値がないのだ。


 四雄は王国を愛していた。故郷として大切な場所であり、のどかな土地は心が休まっていた。そして何より、自分たちの過去が蓄積されてきた輝かしい聖地となっていた。だからこそ、王国を腐らせている貴族たちに強い嫌悪感を抱いていた。その分、エラルドは好ましく思っている。なにせ、唯一といっていいほど王国を第一に考える貴族だからだ。


「到着です。シド殿、降りてください」


 やっとエラルド領の屋敷についた。普通は前もって連絡をし、許可を仰いでから出ないと謁見できないのだが、今回は内密かつ迅速な対処を要求されている。この世界の連絡は、魔法の知識があれば簡単に傍受できてしまう。一般的な水晶でできる連絡では内密な会議には向かなかった。


 屋敷は侯爵にしては異例なほど小さい。いや、屋敷そのものの範囲が小さい。民に金を裂いている、と暗に示しているかのようであった。


(なるほどな、好かれるわけだ)


 シドは納得した。人間の扱いがうまいのはやはり人間なのだろう、と。道具として扱うのであればエルメスやロイス以上の逸材を知らないが、ともに共生していくうえで民自信が利用されようという心意気にする、という点に関しては同じ種族の方が適性が高いだろう。


 レイズが扉をノックした。屋敷の大きな両扉が少し開き、メイドが出てくる。


「領主から、誰も中に入れるなと仰せつかっています。要件のみお聞かせください」


「そ―いや、いつ会えるか日程を組んでくれ」


 ヴォイドがメイドに頼む。即日、この時間での面会を求めていた。そうでなければシドを不快にさせてしまうと思っていたからだ。


「ですから、それは出来かねます」


 メイドは断固として領主の姿をひた隠しにしている。それほど、エラルドの心傷が深刻なのだろうか。だがこちらにもシドがいる、これ以上もたもたして居られない、とレイズは冷や汗を流しながら頭を下げようとしていた。


「3秒やる。そこを退け」


 シドの冷たい声がメイドの鼓膜を打った。声が大きかったわけではない。威圧的な声色に鼓膜が震え、畏怖してしまったのだ。メイドの体が震えているのがよく分かったし、四雄も彼女に同情していた。


 メイドは与えられた仕事をこなしていただけであり、彼女自身に何も非はなかった。それなのに威圧されてしまっている。かわいそう、ともとれるがシドはそのような無駄なことに時間を割くのは好かない。


「1・・・時間だぞ?」


 シドのカウントダウンが終わった。そこで我に返り、己の命が今際の際にあると直感し扉から退いた。


 シドは歩いて入館する。驚くほど静かな館内だが、人の気配はあった。人の気配がある方へとシドは迷わずに突き進んだ。魔力感知で館の間取りを把握しているため、人の気配がどこの部屋にあるのかもその部屋への行き方もわかる。


 屋敷にいる人間は少なく、一人孤立している気配を探ればよいだけであるためすぐにエラルドの場所はわかった。


 扉をノックもせずに開け放ち、中にいる一人の男を凝視した。遅れてメイドが大声を上げながら走ってくる。


「エラルド様!曲者です!!エラルド様!!」


 それを聞いて、四雄は顔を青ざめさせた。いや、シドの行動によりもともと顔は青白くなっていたが、もっと青白くなっている。死体と区別がつかないほどの血色の悪さである。


「ああ、理解している。静かにしていなさい」


 エラルドがシドを見ながらメイドを制止した。確かにエラルドの顔色はよくなく、髭も伸びている。やつれているようにも見えるし、傷心で床に伏せていたと言われても納得できる姿ではあった。


 だが、事実はその逆である。彼の今いる部屋は書斎であり寝室ではない。寝室にこもっているのならばわかるが、書斎にこもるということは仕事に追われているということだ。彼の手を見れば墨が固着しており、明かりとなる蝋燭は溶けており燭台からあふれている。


 卓上を見れば数多くの封筒に封蝋が押されていた。エラルド宛てではないことは、スタンプの模様でよくわかる。模様にはエラルドの家紋が押印されている。そのためエラルドが貴族たちに向けて或いは王宮宛に送るための手紙なのだろう。


 であれば内容は何だろうか。王国を第一に考える彼ならば、貴族の不正の証拠ではなかろうか。であれば、王宮宛であり息子の引き起こした損失を補うだけの功績だ。エラルドが領土に引きこもっていたのは、王国の貴族を一新する下準備をしていたということだろう。


「お前がエラルドか。お前は賢人だな」


 シドは開口一番にそうつぶやいた。この手紙が貴族の不正の証拠であるならば、貴族たちの動きを大幅に抑制することができよう。故に、貴族に不正の証拠を確保している、と訴えかけることは意味がある。


 また、これをもとに七使徒を制圧したのち貴族を一斉粛正することができる。そうなれば王国は完全に生まれ変わるだろう。


「君は、何者かな?かなり頭が切れるようだが」


「シド殿です!今は三雄と四雄と協力して七使徒と七指を制圧する部隊に加わっていただいています!」


 レイズがすかさずシドの正体を明かす。エラルドには作戦の概要を伝えていても問題はないと判断したからである。実際エラルドは、七使徒の制圧作戦を知っていた。かねてより王が七使徒を吸収しなければならない、と言っていたためだ。三雄が王宮勢力に加わった瞬間から、エラルドは行動を始めていた。いや、王が七使徒を制圧すると言い出した瞬間から貴族の弱みを探り続けていたのだ。


「それで、何用かな?見ての通り私は忙しいのだが」


「七使徒の拠点がここにあるのではないかと考えています。なので、調査を―」


「拠点ならばある。制圧するならば、場所を教えよう」


 レイズの発言が終わる前にエラルドは口を開いた。エラルドの領内で七使徒が活動できていた理由は、制圧してしまえば七使徒が鳴りを潜めるだろうからだ。それに、七指がいたならば損害も大きくなる。手が出せずにいたのだが、本格的に七使徒制圧が始まった今、手をこまねいている理由はない。


 エラルドは棚を漁り、一枚の地図を持ちだした。そして、それをレイズに放り投げ、椅子に腰かけた。直ぐに筆を執り、作業を再開することで、早く帰れと言っているようだ。


「一つ聞かせてください。貴方は何故引きこもっておられるのだ?」


 今王国は、エラルドの力が必要不可欠である。今以上にエラルドの存在が必要になることはないだろう。だが、エラルドは何もしていない。少なくともレイズ達四雄の目にはそう映った。手紙の内容を察することのできない者たちからすればそう見えても仕方のないことであった。


「私のバカ息子が魔神教団の手に落ちていたのだぞ。並大抵の忠義では王宮に戻れるはずもない。私は今、かつてないほど本気なのだよ。だから帰ってもらえるか?シド殿は私が何をしているのか理解している様子、話は彼から聞くとよい」


 エラルドはそう言うと頭を掻きながら手紙に筆を走らせ始めた。こうなった彼はもう周りが見えていない。集中力が凄まじい彼らしい仕事風景ではあるが、四雄としては不満が残っている。それでもシドが踵を返して馬車に戻っていくのを見て、言及できなくなった。それに、彼の見せる仕事風景が四雄の知るエラルドそのものであり変わりない姿であったため、根拠の無い安堵が訪れた。もはや邪魔はできないと判断したのだ。


「シド殿、エラルド候は何を?」


「お前たちは頭を使うことを覚えろ。あれほどの人間が何もしないのに書斎にいた理由はなんだ?」


 シドの発言に四雄は誰も答えない。いや、考えているが答えが浮かばずに返答できないでいるのだ。


 シドは溜息を吐いた後、エラルドがしていることを話してやった。四雄の驚愕の顔が再び安堵の顔へ、移り変わりは早かった。エラルドならばそれくらいする、と皆が彼の能力を知っていたからだ。


「あいつは私兵を強化している様子もあった。魔法で音が漏れないように細工はしてあったが他国のアダマンタイ級冒険者を雇って鍛錬しているのだろうな」


 シドが魔法を感知できないなどありえない。ロイスの魔法であっても、魔法が使われている、というだけならば感知できるほどだ。人間が扱える程度の魔法を感知できないはずもなかった。


 領内では兵士たちが剣を交差させ、鍛錬に明け暮れている。他国の冒険者を使うということは国内に情報が漏れないようにしているのだろう。他国にはアダマンタイト級の冒険者が出国して王国に入国したことは露見しているはずだ。王が四雄を作戦に組み込むことも悟っており、王国の冒険者を扱えないと理解していたからでもある。


「やはりあの御仁は王国を思っているんだな」


「そうだろうな」


 シドは王国に来て人間と関わるうちにウルスを評価し、エラルドを評価した。人間でありながら、シドが正当に評価するのは稀有なことである。シドが正体を明かせない立場でなければHOMEに勧誘しただろう。HOMEの末端にいるのは求人で集めた人間やエルフであったりするが主要拠点となる、リ・シルバや売り上げが一定値を超えた店は人造人間や召喚された悪魔などを人間に酷似した見た目にしたうえで配置している。その階級であればエラルドも活躍できるだろう。


「それで、どこに行けばいいんだ?」


 ウォルスは地図を覗き見ながら呟いた。向かう先は大農園のさらに奥だ。大体、エラルドの館から10キロほど歩いただろうか。麻薬栽培は意外に簡単で、量産も可能だ。だが、一か所に集めてしまえば拠点を失う損害が計り知れなくなる。だから農園は小分けにされており根絶やしにすることが難しい。


 今回襲撃する拠点も例外ではなく、麻薬栽培自体の規模は大きくはない。かといって、見過ごせるほどではなく十分王国を蝕む規模になっている。


 麻薬の葉は背が低く、身を隠せる場所はない。護りやすいが、迎撃すれば拠点の場所を逆探知されることとなるので、一般的に麻薬栽培の場所はバレれば拠点を捨てる。


 故に重要な拠点というわけではないし、エラルドという曲者もいる土地だが七指がいるとは思えない。


 地図に示された地点には、小屋が農園の中央にあった。その小さな小屋こそ麻薬栽培の最前線となる拠点であった。使い捨ての拠点と思われたが実は、重要拠点である。そのはずなのだが、異様なほどに小さすぎる。


 あくまで一見すれば農園の倉庫だ。だが、よく観察すればその限りではないと分かる。魔法による幾重にも張り巡らされた防衛結界がある。侵入者を察知する結界、攻撃魔法を反射する結界、防音結界であった。すべて脆弱な結界だが、常時発動を可能にしている。


「ルーデウス、レイズ破れるか?」


 レイズは魔剣士であり、攻撃魔法はルーデウスよりも秀でている。とはいえ、ルーデウスは治癒者であるため比較することはできないのだが、魔法の才能があるということは確かあった。


 結界を破るには、結界を破壊するほどの威力をぶつけるか、魔法を読み解き無効化するかしかない。結界のうちに入ったとしても反応しないような”結界に対する結界”を張れば破る必要もないのだがこれは難しい。まず、張られている結界の効果を読み解き、それに反発する結界を形成する技術がなければならない。また、反発した魔力を感知する結界もあるため、一つの結界につき一つ、結界を張らねばならない。一つの結界で、結界の無効化と感知を無効化する結界を再現できるのならばその限りではない。


 また、結界は基本的に内側にある結界の効果は、外側の結界の内側で発動される。難しいが、例えば魔法を反射する結界の外側に、魔法の効果を無効化する結界を張ったとしよう。この二つの結界に魔法をぶつけたとしても、魔法は反射されない。反射する結界に至る前に、無効化される結界にぶつかるためだ。要点をまとめると、結界を張る順番に気を配らねば、技術があったとしても効果は得られないということだ。


 であるからして、結界に対して結界で勝負をするのはかなり分が悪いのだ。ただ、一つ例外がある。結界のレベル差が圧倒的であればレベルが高い方の結界の能力が優先される。


 この程度の結界であれば、シドの結界一枚ですべての結界が無効化される。一つの結界に複数効果を設けることもできるのだ。四雄全員に同じ結界を張ることもできるが、シドは必要以上に協力しない。四雄はシドに認められていないから、ということもあるが加護がどのようなことに対して有効なのか、それを知りたいのだ。


「破れば、襲撃が露見するわよ?」


「いいの?勝てると思うけど」


 二人は結界について一定の知識があるので、破ったとき発生する危険について話す。だが、あくまで奇襲であるので襲撃が気取られるのは避けたい。


「中の様子は探知阻害の魔法が邪魔して覗けないわ」


「どんな危険があるかわからない、か。やめとくべきだろうな」


 実際のところ、この拠点を無理に攻略することは可能だろうと思えた。いやむしろ、作戦を露見させることで、敵を一挙に集めるという作戦については有利なのかもしれない。なので、結界を破ることもない。


「結界に対抗できる加護はないのか?」


「そこまで便利な加護は持ってねぇな」


 ウォルスの発言に三人は頷く。


「存在はしているのか?生憎俺は加護を持っていなくてな」


 シドの発言に四雄は驚愕した。加護がない強者、つまりは人間でない可能性がある。人間はスキルを入手することが極めて困難な種族なのだ。それは、加護の取得が優先されスキルの取得が阻害されてしまうからだ。それでここまで強者に成れているということは、スキルを多く持っていると考えるべきだった。


「シド殿は加護についてどこまで知っているのです?」


「生憎俺は転生者でな、加護を取得できない代わりにスキルが取得しやすい。だから加護について何も知らないんだ」


 転生者、というのはウソである。だが、人間でありながら転生者というモノは加護を取得できない。代わりにスキルが取得しやすいという利点があり、強者になりやすい。だが、転生者でもアダマンタイトになれる者は少ないのだ。転生者が圧倒的に強い、ということは今までなかった。転生者は魂を再創造される際に多くの魔素を浴びる。その過程で強化されるのが通常なのだが、あくまで人間にしては身体能力が高い、と言われる程度である。また、スキルを得て加護の代わりにしようとも加護同様、千差万別である。スキルは進化するので極めればどのようなスキルでも強くなる。ただ、そこまで至ることのできる逸材はほんの一握りだ。


「加護はかつて雄神クロウディアがもたらしたとされる権能です。その権能には当たりはずれが多いのが難点ですね。塩を砂糖に変える加護や水を塩水に変える加護などもあります。加護はスキルのように進化せず、一度手にしたら手放すことはできません」


 レイズの淡々とした説明を真剣に聞く。シドの目的の一つである加護の詳細を知っていく。実のところ、この程度であればシェリンの報告書にも記載されていた。


「雄神クロウディアとは何者だ?」


「それはわかっていません。200年前に突如現れたとも、地球の起源から生きていたともいわれています」


 つまり何もわかっていない、ということだ。200年ごときで詳細が分からなくなるなんて普通ではない。多少誇張されるのは普通のことだが、全く詳細がつかめないということはありえないはずのことである。


 雄神がどのような存在か、実はこれは大切だ。雄神がロイスと同程度の強さがあったならば、脅威である。現に、種族全体に付与される権能を作り出している時点でシドよりも強いことは確定であった。戦えばどうなるかは分からない。だが、魔法の腕でいえば強いことは確かだ。それに、ロイスがその魔法を知っていたならば加護について調べろなどという命令を発することなどありえない。故に、ロイスの知らない魔法の極意に触れた存在である可能性すらある。


「ですが、クロウディアは死んだ、と言われています。生きていれば人間がここまで弱いわけもないですし」


「確かにそうか・・・代償魔法か」


「代償魔法・・・?何ですかそれ」


 レイズの発言にルーデウスも興味を示していた。代償魔法は体の一部、又はすべてを代償にして発動する最強の魔法である。核撃魔法や始原魔法を抑えて最強と呼ばれる所以は効果を選ばないという点と効能にある。代償魔法は、体の一部の希少性、また含有魔力量により代償でえる効果が大きくなる。魔法においてもっとも威力が出る組み合わせ、それは核撃魔法を始原魔法で強化し、代償を支払う。これで放たれた魔法の効果を殺すには代償魔法でしか防げないほどになる。支払う代償も守る側が多く支払うことになる。例えば、腕を犠牲にして放たれた魔法を打ち消すには両腕を犠牲にしなければならない、といったように。代償魔法はあらゆるものに加算できる。核撃魔法に始原魔法を合わせた時点で並大抵の種族であれば命を犠牲にした代償魔法で防げるかどうか、といった威力でありこれに代償魔法を加えればその威力は一撃で国が消し飛ぶほどであるとされている。


「といった風に、この世界の常識を打ち壊す手段がある。行使するには複雑な術式が必要だから、人間で使えるのは逸脱者くらいだろうな」


「何その怖い魔法」


 ルーデウスの発言に皆が首肯した。自己犠牲の精神で耐えられる域を超えている。だが、それに見合った効果も持つので使い方次第でどうとでもなる。


「でも、再生魔法を使えば代償を支払い続けれるんじゃないか?」


 ヴォイドの考えも確かに一考の余地がある。


「代償魔法で失った部位は代償魔法でなければ治癒できない。だから、行使できる回数は限られている」


 失った部位の回復には体を欠損するしかないという、異常な魔法なのだ。だから、代償魔法を行使するためには、他者に魔法を発動させる手段を確立しておかなければならない。つまり、代償魔法を他人に発動させ自身を治癒させるしかないのだ。ただ、代償魔法は髪の毛一本からでも行使可能だ。希少性が低いため、反って魔力消費が大きくなり効果も小さいため無駄に終わることの方が圧倒的に多いのだが。


「非人道的な魔法なのですね」


「人道的かどうかは場合によるだろうが、効果は絶大だ。知っておけば自分以外は救えるかもしれないぞ」


 シドは四雄の命がどうなろうと構わない。だから、四人がどのような時に代償魔法を使って死のうが、誰を救おうがどうでも良いのだ。それでも知識を与えてやったのはエルメスから親切にするよう命令されていたからである。といっても、代償魔法を使える人物は恐らくフリートだけなので伝えても無意味なのだ。


「早く入るぞ。代償魔法の話と今回の作戦は何も関係ないからな」


 シドは本来の目的を見失わないように結界を無視してそのまま侵入した。当然警報機がうるさいほどなった。うるさいので警報を殴り壊しついでに壁まで粉砕してしまった。金属の鐘にハンマーがせわしなく打ち付けるといった原始的なものだ。


「バカ力だな」「しー!聞こえるわよ」


 聞こえているのである。力加減を間違えたシドの落ち度なので喚かず聞かなかったことにする。


 やはり、中に人間はいない。三雄が集まったと巷で噂になった瞬間エラルドがここを放置しておく理由もなくなった。だからこそ、すでに退去した後なのだろう。


 退去した後だとしても、そのあとは何があるのだろうか。七使徒は情報封鎖が得意なのだから、ここに何かの情報が残っているとは思えない。


「ああ。それよりもウォルスだったか?其の鎧は音が出るだろ、対策はしているのか?」


 ウォルスは巨漢に似合う青い全身アダマンタイト製の鎧に大剣が二振り背に背負っている。歩くだけで金属音がする。この作戦はあくまで隠密作戦だ。音が立つというのは分かりやすいハンデになる。


「それは問題ない、俺の鎧に少し細工した」


 手に綿を持ちそれを鎧の隙間に入れる。緩衝材として鎧同士の接触を防ぐことで音を遮断しているのだろう。確かに幾分か音は少なくなるだろうが、付け焼刃というモノだ。過信すべきではない。


「騒ぎを起こす前に情報を得なければならない。わかっていると思うが、俺はあくまで監督だ」


「弁えてる・・・ます。シドさんに迷惑はかけません」


 ルーデウスは拙い敬語で返事する。怯えからくる震えが見て取れる。決して武者震いではなく、シドにおびえているのだ。それだけの覇気が彼にはある。ルーデウスは見た目通り内面がまだまだ幼いのだ。


「ならいい。―行くぞ」


 シドはただ悠然と扉に向けて歩を進めた。緊張感など一切なくまるで自宅に帰るかの如く。彼は武装している様子もなく、ただ綺麗な服にいくつかのアクセサリを身に着けているだけ。そんな彼が完全武装しているほか四人を含めた中で最も余裕がある。


「何してる、遅いぞ」


 シドの様子をただ傍観していた四人は頭を振る。正気に戻るための行為だ。シドがいては生物としての機能がいくつか衰退するようだ。それは彼の圧倒的な実力からくる安心感であり、反面自分たちに対して友好的というわけではない恐怖感の矛盾による混乱のせいだろう。


 急いで扉まで走り寄る。そして、扉に手を掛ける。さび付いているが、これは偽装工作の一環であり、正しい開錠の方法があるはずだ。だが、今はそのような手段はとれない。


「ルーデウス、鈴」


 レイズが号令をかけると、ルーデウスが腰のポーチから鈴を取り出し扉の前で鳴らす。罠があれば反応し扉を発光させるはずだが、その様子はない。アダマンタイト級の冒険者ともなればこれくらいの魔道具は持っている。とはいえ、フリートから預かったのもなのだけど。


「開けて平気」


 ウォルスがドアノブを力の限りこじ開ける。金属の捻じ曲がる不快な音を立てながらひしゃげていく。開いた隙間から五人は音を立てないよう素早く侵入する。既に扉を破壊した音は響き渡っていることだろう。雰囲気を大事にしている、としか思えない行動だ。実際意味はない。


 扉から一直線の廊下が突き当りの壁まで続いている。思った通り、この建物は外見と中の広さが釣り合っていない。HOMEの宿のように魔法による内部拡張ではない。物理的に、外見よりも狭く内装を作っているのだ。一見、物置のように見えるこの廊下も偽装の一種だろう。現に、木箱が所狭しと積まれていた。


「怪しいな」


 ウォルスが木箱を怪訝に見つめながら言う。皆がウォルスに同意し、木箱を調べる。


 積み上げられた箱をどかすと下には地下への入口があった。箱には何も入っていないようで軽く、押せばすぐに移動させられる。


 足音が反響し空気を揺らす地下道を進む。細い廊下には最低限の燭台に建てられたろうそくの火だけが明かりをともす。数メートル先が見えず、さらに奥に明かりを感じる不思議な感覚に陥る廊下だ。


 長く暗い廊下にほんの少しの明かりがかろうじて行く先を示しているため、迷うことはない。シドは少し不敵な顔をしているが、レイズにその真意は分からない。何か言いたげな顔だろうが、レイズにシドを不機嫌にさせた記憶はない。


「シド殿何かあったのか?」


 ヴォイドは何も考えずにシドに問うた。だが、シドの機嫌を損ねているのならばその原因を即座に解明し対処するべきだろう。何も考えていないようで考えているのかもしれない。


「いや、ただこの廊下を見ると良い。最低限の行く先を照らしている。脇道があっても気が付かないかもしれないだろ?」


 シドの言葉にレイズは嫌な予感がする。シドの言葉を要約すれば、この廊下の明かりは侵入者の行く先を限定するために置かれたものだということだ。廊下は等間隔で明かりがおかれているため、明かり同士の中間点は真っ暗だ。その先にある明かりに向かって進むのみ。それが意図的ではないと考えるのはいささか油断しすぎだと言える。


 直ぐに考えを改めろ。レイズは自分の頭に言い聞かせる。シドはいつから気が付いていたのだろうか。おそらくこの廊下に入ったときからだろう。


「シド殿俺の不足をおしえてくれてありがとうよ。それで、このまま進んでもいいと思うか?」


 シドは少し考える。そして、口を開く。


「一つ聞きたい。お前たちは七指と対面した場合、数秒でも持ちこたえられるのか?」


「それは安心してほしい。ですが、シド殿はこの先に何があるとお考えなので?」


 レイズは決意を胸に問う。つまりは、七指がいるのか?と聞いているのだ。


「この光源の位置が今回の侵入だけを対象とした罠なのだとすれば、この先にいるのは七指の全戦力がいると思うべきだ。そうでなければ、これが防衛手段の一つにすぎず、時間稼ぎが目的なのだとすれば話は簡単だ」


 もし仮に、この場所に七指全員がいるとすればこの戦力でこの拠点を攻略することは不可能だ。正確に言おう。このメンバーの中でシドの興味を引くような存在は居ない。すなわち、シドの助力が望めない現状この戦力では攻略できない。


「この先にはいない。少なくとも・・・まって一人もいない」


 ルーデウスは冷や汗を流す。この作戦がどこかで漏れている。もしくはそれ以前から情報を握られている可能性が高くなった。フリートが王都の拠点を調査した際、七指の存在が確認されていた、そして、この拠点に現在その姿はない、それどころかここを警備している者が誰一人いない。つまりは、この拠点は捨てられたということであり、作戦が露見していると考えられる。露見しているのはこちらの都合的にも致命的ではない。だが、情報が露見していたのだとすればこの拠点に全戦力が待機していないのは不自然だ。つまり情報封鎖は完璧に行われているが、七使徒の勘、三雄が王宮勢力に加わったことへの不信から行動に出たのだろう。


 その程度の情報で重要な拠点を捨てられるのだとすれば、思い切りの良さに脱帽するしかない。


「ならこの廊下、入口から最も近い部屋に行くぞ」


 シドの提案を否定するものは誰もいない。その真意はやはり分からないが、少なくとも無意味ではない。皆額に汗を浮かべる中シドだけは冷静にただ着実に歩を進める。


 暗闇の中にある部屋自体見つけにくい。そして、最も意識の範疇に入り込めないのは一番最初の部屋だ。何かを隠すとき考えるべきことはただ一つ。どこが最も他人の意識外に入り込めるかだ。発想すらしない場所にものを隠したならばそれは誰にも見つからない最高の隠し場所となるだろう。


 ”最初はない”もっとも簡単に陥りやすい錯覚の一種だ。松竹梅の法則ともいわれる、三択あれば人は二番目の択を選ぶというものだ。最初と最後が選ばれる可能性は低い。


 実際、階段の裏にドアがあった。ドアをあけ、部屋に着くなりシドは掃除を始める。掃除というには少々暴力的だったが、していることは変わらない。木箱を破壊し床の面積を広げていく。その姿を見て四雄も急いで同じようにする。おそらく床に何かの仕掛けがあるのだろう。一見すれば地下への入り口と同じ格納庫にしか見えない。


 露出した床を真剣に見つめる。レンガが飛び出しており決して平たんではない床。シドはその床に耳を当てる。


「風の音・・・分厚い床だな」


 床に手を当てて少し力んだように見えた。すると、床が崩壊する。崩壊というには瓦解した後が綺麗だ。正方形に崩壊し、数メートル下に空間が現れる。隠し部屋としか思えない。


「この床2メートルも厚みがあるぞ」


 よく見れば切れ込みが入っていた。それが露見しにくいように凹凸の激しい床だったのだ。だがコンクリートでできた床の下の音を感じ取れるほど耳がいいシドの五感はどうなっているのだろうか。


「この下を調べると良い」


「シド殿はどうするんですか?」


「一人は上に残って上に上る方法を模索するべきだろう?お前たちどうやって上がってくるつもりだったんだ?」


 四雄は自分たちがシドに任せきりで頭を働かせてこなかったのだと気が付き嘲笑した。そのあと、四人は匂いからガスだまりがないことを確認し、木箱の破片に火をつけ簡易的なたいまつを作る。シドは梯子を作り始めた。幸い先ほど破壊した箱の破片から材料を調達できたのだ。


 下に降りた四人が見つけた情報はほかの拠点の情報。正確に言えばほかの組織を貶めれらる、簡単に言えば他勢力の弱点の情報だった。七使徒は互いに協力関係にあるのではなく、互いに勢力を示しあい発足した組織だ。これはエルメスから渡された情報の中に記述があった。


 もちろんほかの拠点の位置も明記されており、その情報が改定された痕跡もない。ならばこれは最新の情報だ。そして、この場所は情報を補完するにはいささか厳重が過ぎる。七使徒は情報統制に秀でた組織だ。そのおかげでこの勢力権を築くことができた。そのため、七使徒に関する情報は常に最新でなければならない。そうであればこの情報はこの侵入者に渡すためにこの場所に残したのではない。おそらく事が済めばこの情報を使ってほかの勢力に対して優位に立てるように立ち回ろうとしていたのだと想定できる。


 四人は穴から上がり、シドに成果物を見せた。


「レイズだったか?この情報は君に任せる。戦士長に渡すといい」


 少し悩んだ後、シドはレイズに資料を返した。


「それは構いませんが、シド殿は御帰りで?」


「ああ。俺はまた明日王城へ向かうとしよう。その時君たちもいればそれでいい」


「分かりました。明日王城でお会いしましょう」


 この作戦における中心人物は王国の者ではないシドであることに疑問を抱くものは居ない。


 ※


 ロイスはシャウッドの大森林に建てた自宅にいた。


 頭がいてぇ。最近はエルメスもシドもフィンもいないし、ティオナも戻ってこない。連絡にも返答がないので何かまずい状況に陥っているのは確かだ。だが、アイツにはかなりいいアイテムを預けている。死ぬくらいなら使いな、と言ってあるので死にはしないだろう。それに、ティオナが死んだらロイスに伝達される。なので、ティオナは生きている。いざとなれば助けを求めることも伝えている。それがないということはまだ大丈夫ということだ。


 其れより、俺の頭が痛い方が重大だ。痛みを感じるのが久々―いやエルのアイテムのせいで腕を切り飛ばして以来だな。


「あれは痛かったな・・・いてて」


 俺は痛いのが嫌いなんだよ。戦うのも嫌いだし、命の危険を感じることも嫌いだ。でも頭痛を感じるなんて何百年ぶりだろうか。痛覚無効のおかげで痛みは感じないのでそれが発動していないのは異常なのだ。状態異常無効で病はかからないし、毒無効があるから食あたりでもない。食あたりで頭痛を感じることもないだろうけど。


 鬱陶しいな、イライラしてきた。頭痛いとイライラするよね。


 俺が痛みを感じるということは神話級のアイテムが使われるか、それ相当の攻撃ができる存在しかない。でもそんな気配はない。


 頭痛が始まったのは5分前だった。五分前俺は自宅のバーで酒を調合して飲んでいた。俺は酒が苦手で飲まないのだが、守護者から解き放たれた反動で慣れないことをしたのだ。毒無効のせいでアルコールが遮断され酔えない。だから無効を無効にして酔っていたのだが、酒樽を100空にしたくらいで意識が飛んだ。もともと肉体的に酒の耐性は強い。俺の体は莫大な魔力量に適応するために強靭な肉体になった。今は一割しかないので、肉体強度が弱り始めているのだ。その影響で酒の影響が色濃く残っている。


 でも頭痛は二日酔いではない。断じてない。


 酒に酔い、眠りについたのが五分前である。俺のように高位の存在であれば睡眠は必要ない。むしろ眠れないのだ。外的要因、酒に酔うなどで無理に寝た状況だった。この世界に生きていることを自覚して1500年たったが、眠った記憶はない。


 そして、夢を見た。


 夢の中は地下のような薄暗い空間で、床は平坦に整地されている場所が舞台であった。魔法陣が描かれており、その緻密さは感嘆するほどだ。正確に描かれた魔法陣はその効果を発揮していない、ように見えた。


 魔法陣の周りには10人の神官の服を着た男や女が倒れ―いや死んでいる。典型的な魔力切れだ。体がしおれ、眼球は球体ではなくしぼんでいる。中には骨が無くなった死体や、死体すら蒸発して服だけになった者もいる。


 魔法陣の中央には真っ黒の服を着て両手を掲げている一人の男がいる。次第に枯れていく手を見るに、魔法を行使したのはこの男だろう。魔力切れではなく、命を代償にした代償魔法を行使したのだと理解できた。


「ああ、失敗か。いつになったら会えるんだ―」


 最期に誰かの名前を言ったように聞こえたが、正確には聞き取れなかった。その瞬間から頭痛がひどい。夢から意識を覚醒させようとするまるで目覚ましのように周期的に頭を打つ痛み。夢の景色が次第にぼやけていく。天空から傍観している状態の俺は誰にも知覚できないはずだ。


「次は必ず」


 俺のいる方へ指をさしながらそういった瞬間、男は霧散した。服だけが力なくその場に落ちる。そこで夢から完全に覚醒したのだった。




 カウンターに額をつけて眠っていたため、頭に赤い痕が付いていた。すべての結界が機能していたなかった証拠だ。俺は、魔力結界、魔法結界、多重結界、次元結界の四つの結界を常に身にまとっている。机に長時間伏しただけで額に痕ができるなどありえないのだ。


「なんなんだ、あの夢」


 中央にいた男があの魔法陣を書いたのならば、かなりの強者であると言える。今の俺では魔法陣を書くことはできるが行使するには圧倒的に魔力量が足りない。封魔囚石の中に封印された魔力を取り戻したとしてもまだ足りないだろう。


 それにしても、あの魔法陣が効果を得られなかった理由がわからない。魔法陣は理論上発動するはずだったし、魔法陣から逆算される必要魔力量は十分賄えるはずだった。


「ん?熱い・・・」


 胸元にいつもつけているペンダントが熱を持っていた。等級が神話級であるため熱変動無効でも突破された。ただ、熱いだけで何か体に不備をきたしているとは思えなかった。頭痛は恐らく別の要因だ。だが、1500年間沈黙を保ってきたペンダントが急に変化を示した。頭痛も1500年ぶりとなれば、関連性を疑わずにはいられない。


 夢って何なんだ?夢なんて見たことがない。情報が欠如しているな。夢を見る種族は、人間か?人間の国で情報を集めるか。


「また王国にいく、のはやめよう。エルメスいるからな、帝国にしよ。一応ネームドも連れてくか護衛つけないとなるとアイツらうるさいからな」


 王国でエルにしてやられてるし、これ以上身勝手で守護者を煩わせるのも申し訳ないというモノだ。まだしばらくは帝国に行く暇などないだろうけど、とりあえずは目下進めている案件を解決しなければならない。


 それにしてもティオナ遅いな。


「”ティオナ何してるんだ?”」


「”---”」


 ティオナに念話を繋いだ。つながりはしているので死んではいないが、返答はない。ティオナが俺の連絡を無視するとは思えない。もしかすると、冥界に攫われたのかもしれないな。冥界に攫われたとしたら始祖が相手だろうし、始祖と戦っているならティオナでも厳しいだろうな。


 ヤバいな、嫌な予感がしてきた。めんどくさいことになってきたぞ。


 俺は毒無効を発動して若干残った酒気を殺した。伸びをした後、ティオナの向かった冥界門へサリオンを連れていくことにする。


「”おいサリオン暇か?” 」


「”ロイス様、暇・・・というより鍛錬してる最中ですよ。何かあったんですか?” 」


 何故サリオンがいやそうな反応をしているのか分からないが、俺の指示を待っている様子がある。サリオンはこういう性格なのだ、それを知っているので不服ではないが俺が主人なのだからいやそうな態度はやめてほしいよね。


「”ティオナが冥界門の破壊から戻らないから、迎えに行くぞ”」


「”二週間も放っておいたんですか?” 」


 え、二週間もたってたの?いやいや、まだ3日とかじゃないの?俺はここ数日、自宅から一歩も出ていないので日付感覚がマヒしている。体内時計は性格だが意識して居なかったら機能しないのだ。


「”なんだ?何か言いたげだな―まあいいけど、行くぞ”」


「”はいよ。お供いたします”」


 サリオンは物怖じしない性質なので、ロイス相手でも普段の言葉遣いが残っている。そのせいで、ロイスからの思いやりがなく、普通に接せられている。一部にはうらやましがられているらしいが、全く意味が分からない。


 ロイスからすると接しやすいので守護者の中で、面倒くさい奴ランキングが下位の”こいつならまあいいか”の部類に入れられている。


 こいつならまあいいか、というのはこいつならば同じ空間にいても面倒ではないしそばにおいてもいいか、という奴らの総称である。


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