第3話 王国最高の冒険者

 エルメスは美しい顔にうっすらと笑みを浮かべた。目の前にある水晶玉を見ながら満足そうに頷く。そして、笑いながら隣にいるフィンに問いかける。もちろん水晶玉に移っていた事柄についてだ。


「どうでしたか?あの死霊王に勝てるとは正直思っていませんでしたが」


水晶玉には死霊王と三雄の戦いが映写されていた。死霊王はフィンが作り出したアンデッドである。これは三雄の実力がどの程度のものかを図るための試練だったのだ。


「ちょうどいい試練になったんじゃないです?戦闘力もある程度計れただろうし」


 フィンは礼儀を欠いた返事でエルメスに言う。三雄が戦った死霊王の正体はフィンが召喚した雑兵にすぎないため、より強いアンデッドを送り出せば三雄はおろか王国まで亡ぼせる。もっと言えば、死霊王は調教者テイマーでもなかった。死霊王のもとにいた魔物たちはエデンが森で見つけ使役した魔物を配置しただけであり、死霊王に従属しているわけではなかった。単に死霊王より弱いからこそ敵対していなかったというだけであり、結果的に互いが不可侵でいただけである。


 そして、死霊王の言っていたあの方、というのはフィンであり場合によってはエルメスともとらえることが可能だろう。つまり、ウルスたち加護の持つ可能性と戦闘力について上限を図るために試しただけ、ということだ。


 ウルス個人の脅威度を大体150と定めればいいだろうか、いや単体で400の不死戦死者を討伐して見せたのだから450とするのが良いだろうか。いや、あれはフリートの強化魔法があったからであってウルス個人の実力ではない。300とするのがいいだろうか。であれば、フリートは350でよいだろう。


 大まかな戦力を計り知れたが、エルメスたちのように超越した強さがあれば人間の定める脅威度という数値は何も参考にならない。弱すぎて1や1000の差すらわからない。例えるなら一メートルしか図れない定規で一センチを計るようなものだ。


ただ、弱者を利用しなければならないとなれば弱者の力を正確に把握していなければすぐさまコマを失うことになる。ただでさえ使いにくいコマを浪費するのは憚られる。


「王国を亡ぼすなら簡単なのですけど、手中に収めるというのは中々根気のいる作業ですね」


「そうでしょうか?エルメス殿ならば簡単では?」


「いえいえ、これが簡単とはいきませんね。とはいえ、難しいわけでもありませんが」


 エルメスは少し考えたようにするが、すでに決まった―敷かれたレールの上を走るだけである。だとしても、イレギュラーは存在するものだと君主であるロイスは言っていた。ならば相応の注意はしておくべきだ。エルメスはロイスという大きな存在にめまいがするほど心酔している。それ故に、失敗してはならないという圧力を感じていた。


 所で、次に何をするか。既に決まっているのだが、決行にはまだ時間がいる。


「またしばらく暇を言い渡します。ああ、シド殿はお仕事ですがね?」


「光栄です」


シドは間髪入れずに返事した。ロイスのためになる仕事であれば喜んで骨を折るような奴なので、当然の反応と言える。


「え?私は?もう終わりなわけ!?」


フィンも同じ心持ちだが、仕事を与えられないということは役に立たないということであるため不服に思ってしまう。


「いいえ。まだなだけですよ」


 という会話を終えると、三名は姿を消した。誰もいなくなった真っ暗な部屋はひどく静かである。



 話は王国に戻る。


 王国に帰還した三雄はすぐさま王に謁見し、各々が役職を与えられた。騎兵団長ウルス、歩兵団長ヴェルセルクに、新設された魔法師団団長のフリート・ヴェイロンである。三名ともに自由行動が許可されており、戦闘時には各々の判断で軍を動かすことができる。軍としての実力が跳ね上がった。王国は軍事的にかなり弱い国であったが、今はそうではない。軍拡して間もないということもあり列強と並ぶわけではないが、それでも軽視できない程度には膨れ上がった。


全面戦争では劣勢になるかもしれないが、王国には数がある。此れから化けるかもしれない。王が今のロウワーのままであれば、に限る話だが王国は次代の帝国になり得るとウルスは確信していた。


 何よりも、各団長が王派閥に属していることが大きい。王派閥の軍事力が貴族派閥を上回り、現在王派閥が優勢である。だが、以前金銭面では大きく劣っている。劣っている現状を打破するために、ここで、完全に王国を一つにするため七使徒を確実に手中に収めたい。それができねば、いずれ貴族派閥に呑まれる。


 ただ、ウルスの任務は未だに終わっていない。七指の人数に比べて、三雄のほかに強者が少ない。宛にできるのは王国に拠点を置くアダマンタイト級冒険者である、四雄の四名だ。だが、勝利を確実にしたいため8人目の実力者が欲しい。王はそれを望んでいる。無茶なことを言うな、と言ってやりたい気持ちもわずかにあるが、忠誠を誓っている主君がそういうならば従うほかあるまい。


 そんなわけで、ウルスは冒険者組合と城下町、王都中を駆け回っている最中である。王都中を闊歩すること1週間、いまだにロンドに匹敵するような強者にはであっていない。それもそのはず、30余年の人生でロンドだけだからだ。そんな存在が数か月ほどのスパンで出くわすはずがないだろう。


 今日もこれといった成果がないので溜息を吐きながら王城に戻る。今は三雄のうち一人ずつが王の護衛に当たっているためウルスの暇も増えた。


 それ自体は好ましいのだが、この難問にウルスは混乱している。実際のところ休む間などありはしない。


とりあえず城に戻るとなじみの二人と出会った。


「っよ。お疲れみたいだな、騎兵団長殿」


ヴェルセルクの茶化しにウルスは照れくさそうに笑う。ウルスは役職で呼ばれるのが得意ではない。元が農民の出身だから、ということが大きいのだが、長らく宮殿に仕えていたにも関わらず心底では変わっていないのだ。


「いや、そうでもないさ」


「本当にぃ?そうは見えないけどね」


 二人は忙しそうなウルスを見て笑っている。自分たちは自由に過ごせているから、少し小ばかにしているのだろう。そういう奴らなのは知っていたので、今更どうという感情もわかない。湧かないのだが、こいつらにも同じ職務を与えてやりたいとも思う。


「ああ、そうだお前たちこの後時間あるか?」


「え・・・まあ、あるけど」


 フリートは勘が良いので嫌な予感を感じ取ったのだろう。いやそうな顔をしている。だが、其の予感は当たらない。


「見ての通り俺は疲労しているらしいからな、飲みに行こう」


「いいぜ。騎兵団長殿の驕りなんだろ?」


「役職で呼ぶのはやめてくれ。おごってもいいが食べ過ぎたりしないでくれよ?」


 ウルスたちの給料は決して安くはないし、少しばかりの贅沢は許されるが、貴族のような生活ができるほどではない。なので、大食いのウルスとヴェルセルクが何も考えずに注文すると勘定できないかもしれない。


 三人とも今は自分の受け持つ軍隊の指導を主な仕事としている。王の護衛という名誉ある仕事も当然請け負っているが、実務時間でいえばこちらの方が圧倒的に多い。とはいえ、指導すると言っても特別何かをしているわけでもない。彼らの強さは主に加護と努力によるものであり、言ってしまえば才能が8割なのである。教えることもない、というのが本音である。


 それに加えて、ウルスとヴェルセルクは教えるのが絶望的に下手くそである。フリートは魔法の講師として優秀である。才能が占める割合も十分に多い類のものであるが、知識がなければ才能を生かせない分野でもある。魔法というのは教えられることで開花する力であるともいえる。


 行きつけの飲み屋などは持たない主義だ。なぜならば、行きつけの店を持てばその店は民でにぎわい行列ができてしまう。一度使えば2度と使えなくなるからだ。彼らが生ける伝説として名が売れている以上、一つの店に行き続けるということもできないのだ。


 今日は王宮に最も近い飲み屋に行く。木製の戸を開けると薄暗く程よい雰囲気をしている。この飲み屋は看板も提灯も暖簾もないので隠れ家のような印象がある。ここが人でにぎわっているところも見たことがないが、王宮周辺で店を構えられていることから稼ぎはあるのだろう。


「いい雰囲気じゃないか」


「三雄の皆様ですね?ご案内いたします」


 ヴェルセルクの声を聴いた店員が美しい立ち姿で返事をする。洗練された立ち振る舞いは素晴らしいの一言に尽きる。その美しさは、声をかけられて驚いた三雄の口がふさがらないようになるほどだ。


 建物はかなり広く、奥の席は座敷となっており宴会にも使えそうである。


「本日は之宮にお越しくださり誠にありがとうございます」


 飲み屋だから之宮という名前なのだろうか。いささか安直な気もするが、ウルスにはこの字が読めない。王国の文字ではなく、見たこともないものである。見たこと無いが、魔術文字であり意味は分かった。翻訳の刻印魔法が施されていたためだ。


 とりあえず、注文を終わらせていく。メニューの右端にはHOMEの文字があり、ここがHOMEの系列店であることが分かった。なるほど、と三人は納得した。人が来ないのにもかかわらず、王宮近くに店を構えることができている理由はHOMEの底知れない財力のせいなのだろう。


 料金を見ても、破格の安さでありウルスたちの懐を圧迫することもなさそうだが、HOMEの料理は値段にかからわず絶品である。あたりの店を引いたと言ってもいいだろう。


 料理を運ぶ姿も素晴らしく洗練されているし、店も隅々まで清掃がいきわたっており美しい。目の前に配膳された料理も実においしそうな見た目をしているし香りも素晴らしい。


「芸術品だな」


「食べていいんだよね?というか、食べられるんだよね?」


彫刻のように精巧な見た目で、素晴らしく輝いて見える。彫刻は食べられないものだから、そういう疑問も浮かぶというものだ。


「これで銅貨5枚なのか・・・串焼きと同じ値段だぞ」


 串焼きが銅貨5枚というのが高いのだろう。王都のものなので高いのは仕方ないのだろうが、同じ値段で食べられるものとは到底思えない。


「んで?何を話したいんだ?」


相変わらずヴェルセルクは本題から聞きに来る。助かる場面も多いが、少々困るときもある。


「いや、お前も知っての通り強者が居なくて困ってるんだよ」


「つまり愚痴が言いたいってことね?」


 ウルスは渋い顔をして頷く。愚痴といってしまえば王への不敬と思われてしまいかねない。だが、愚痴を言いたくなるのも悪いことではないのだ。いない者はいない。努力で探し出す事なんて不可能だ。それに、愚痴が出るということはその事柄について真摯に向き合っているという証拠という言葉をウルスは信じている。都合の良い解釈かもしれないが、よりよくしようという意図がなければ愚痴は生まれない。


 酒を飲んで良い気分になるだけでもストレスは減るというモノであろう。そして、長い夜が始まった。三人が各々の経験を話し合い、かつてともに制覇した迷宮の話で盛り上がったり、先日の死霊王の話をしてみたり。そして、最終的に今の立場について話し合ったり。何しろ10年間話したいことを貯めてきたんだ。談笑で話題が尽きることはない。


「昔みたいに後ろから飛んでくる魔法やら槍やらから逃げるような冒険もいいけど、今の生活も悪くはないね」


「そうだろ?いつか失われる俺たちの技術を引き継いでくれる存在がいるというのはとても・・・安心できる」


「ああ、良くわかるぜ。それに、お前と研鑽できるってのも悪くない」


命を張ってきたものだからこそ、今の平和を享受できる。そして、命を張ってきたからこそ人と人の間にある情についてよく理解できるようになる。


 皆各々の理由で今の立場に満足していた。実際のところ、ウルスと同じように二人も過去のしこりを取り除けたことに満足していた。喧嘩をして別れたわけではないが、円満な別れ方でもなかった。だからこそ、三人で同じ時を生きている今はそう悪いものではなかった。


 皆が語り合い、いつしか夜が明けていた。三人とも机の周りで倒れるように爆睡していた。朝焼けが窓枠から差し込み瞼を照らしたことで、起きてしまう。最初に目覚めたのはフリートで、ウルス、ヴェルセルクと起こしていく。店員はそれでも嫌な顔せずに、二人に酔いがさめる味噌汁なるモノを用意してくれた。しかも無償で。


 三人は朝から味噌汁に舌鼓を打ち、良い気分のまま店を出た。少し勘定に色を付けたのだが、おつりとして帰ってきた。ヴェルセルクがカッコつけたのだが、反ってカッコ悪くなったのでフリートがばかにしている。


「それにしてもいいお店だったね」


「ああ、ここなら通えるかもしれないな」


 店を出たのは早朝であるし、HOMEは客の情報を秘匿することで有名である。なので、この店ならば人だかりができることもないだろうし、時間帯に気を付ければ行きつけの店にできるかもしれない。


「ん?おい、あそこなんか人だかりができてるぞ」


 今彼らは王国の騎士であるため、事件が起きていたのならば対処しなければいけない立場にある。そのため、人だかりが何でできているのかを確認しないわけにはいかないのだ。


「通してくれ、通してくれ」


 フリートは酔いが回っているので人込みには混ざらず、ヴェルセルクとウルスだけで進む。人込みをかき分けてやっとの思いで突破した、と思ったところでヴェルセルクがウルスの襟を引き寄せた。


「なんだ?」


 人込みから聞こえる喧騒から、中央では子供がいたぶられているのだと気が付いていた。王国は貧富の差が激しい国である。そのため王都と言えど、日々盗んだものを食べて生活している子供も珍しくはない。そして、それを見せしめで痛めつけるという状況も良くあることであった。


「あれ見ろ、あの青い髪の男だ」


 金髪が極めて多い王国で青い髪色の男は珍しいのでよく目立つ。だが、そんな物珍しさだけでヴェルセルクがウルスを呼び止めるわけがない。なので、何か理由があるのだろうと注意深く見る。


 人込みをものともしない足運びで中央に進んでいるし、周りに存在を気取られていない。あれほど目立つ髪色をしているのに、人目についていないのだ。じっさいウルスも気が付かなかった。その足運びに見惚れていると、あっという間にぬかされてしまい、男が中央に飛び出した。


「おいおい、なんて足運びだよ」


ヴェルセルクの驚愕も頷けるほど恐ろしく素早い動きで人込みをかき分けていた。足運びは、技を途切れさせない上に予測を指せないと言った様々な利益を生み出す。一概には言えないが、足運びが優れているものほど強い。


 中央には、青い髪をした青年とも少年とも見える男性が一人と、屈強な平民が4名。後は地面に転がる傷だらけの子供が一人である。


 騎士として絶対に見過ごせない状況である。遅れてでも飛び出そうとしたわけだが、それもまたヴェルセルクに止められた。


「おい、お前たち。これはどういう状況だ?」


「どういうって、見せしめだよ見せしめ。こいつが店のものを盗んだから同じことが起きないようにこうやって痛めつけてんだよ」


「痛めつける?その域を逸脱しているように思うが。まあいい。俺は弱者が弱者を痛めつけている光景が嫌いだ。今すぐ消え失せろ」


 青髪の青年は威圧的に大人たちを圧倒する。だが、ここで引けばはたから見れば子供にビビッて逃げたクソダサい大人にみられるという謎の危機感が彼らをその場に縛り付けた。


「何言ってやがるこの餓鬼が!」


 男が拳を青髪の青年に振りかぶるが、それが当たるより先に男がはるか後方に飛ばされる。それを見た3人は同じように殴り掛かるが、結果もまた同じだった。


「ウルス、見えたか?」


「いや、見えなかったな」


 ウルスとヴェルセルクは遠目に見た青髪の少年の実力を推し量る。自分たちより上の実力者と目される上、その実力の底も知れない。だが、自分たちの仕事を肩代わりしてくれたことに変わりはない。ウルスは自分の不甲斐なさと性格から、礼を言わねば留飲は下がらない。


「追いかけるぞ」


 気が付けば姿が見えない青年を必死に追いかける。人込みにかまってもいられないので多少強引でも突き進む。自分たちの伝承と化した実績のおかげで人だかりは常に付きまとう。過去の栄光にしがみついてきたウルスもこればかりは悔やまれる。


 町中の狭い道を幾度も曲がり、迷いそうなほど駆け回る。そして、見えた青髪の青年を大声で呼び止める。


「おーい!そこの青年!」


 青い髪の青年を視界に抑え、呼び止めても彼が足を止める様子はなかった。なので、ウルスが懸命に走って、青年の前に立ちふさがる。眼中にないのか、お犬化した瞬間ですら一瞥もくれなかった。


「いきなりすまない。俺は王国の騎兵団長ウルスだ。先ほどは、俺たちの仕事に変わり少年を助けてくれたこと感謝する」


ウルスはとりあえず礼を述べた。まず礼を言っておけば警戒心は解かれやすい。ただ、ウルスは舌戦が不得手である。つまり、このような場面で頭が働かないため頭に浮かんだ事柄を述べたに過ぎない。


「それだけか?ならば俺は帰らせてもらうが」


「いやいやいや!待ってくれ!君の素晴らしい腕を見込んで頼みがあるんだ!」


 青い髪の青年は溜息を吐いて、ウルスの顔を始めて見た。そしてウルスの発言を待った。それを察して、ウルスは彼を待たせないよう直ぐに用件を話す。


「まず、君の名前を教えてくれないか?」


「シドだ」


あまりに淡泊なシドという青年の返答に、ウルスはロンドを想起した。圧倒的強者は圧倒的弱者に意識を裂くことなどありはしない。それでいうなれば、この反応は好感触なのだと、考えることもできる。返答した時点で、意識を裂いているといえるからだ。


「感謝する。シド殿、今王国はかなり厳しい状況にある。したがって、強者が必要なんだ。良ければ俺たちに協力してくれないか?断られてもしつこく勧誘するだろうが・・・」


ウルスの不得手なところは、要点をうまくまとめられないということ。他にもあるが、要点をまとめられないため、単語をうまくつなげてとりあえず大意を掴ませることを重視していた。


 シドのほかに強者がいるとしたら、やはりロンドだけであろう。ロンドの消息が一切つかめないので、シドを逃せるはずがないのだ。断られればウルスは退くだろうが、今はそんなこと言ってられない状況であるということだ。


「七使徒と七指、だったか。俺はこの国の人間ではないから詳細は知らんが、それと敵対するつもりなんだろう?」


 ウルスの表情がそれを裏付けた。驚き、というのは時に肯定の意を示すことがある。図星を突かれたからこそ驚く、これが典型的だろう。シドはウルスの表情を注意深く見ていた、だからこそ心を読んだかのような鋭さがある。ただ、ウルスが驚くのも無理はない。裏組織として活動している七使徒が王国民でないシドにまで知られている、これは異常事態である。


 ただ、それを否定することもないのでウルスは首肯した。


「その通りだ。そして、今勢力は拮抗していると言っていい。そして、君の力が加われば勝利は確固たるものとなるだろう」


「確かにそうだろうが、出自が不明な俺を登用してもいいのか?報酬は払えるのだろうな」


 シドは威圧感をまき散らしながら高圧的に問う。死霊王のもたらした死をも覚悟するような威圧感よりもはるかに重厚なものだ。だが、ウルスとて武人だ。死の覚悟などとっくの昔に済ませてある。そのため、恐ろしくはあるが怯えたまま動けなくなるということはなかった。


シドの言うことにも一理ある。国の秩序を守るウルスたちがシドの情報を把握していないのは問題であった。いや、王都に来る人間をすべて把握するなど不可能なのだが、シドほど目立つ髪色で出自も不明な存在が入都できている。此れこそ問題なのだ。金髪が大半を占める王国において、青い髪を持つ美青年が注目を浴びないわけがない。


 そして、報酬だが、これは問題ないだろう。なんせ王直々の命であるので国庫からの支出となる。金銭的問題は起こり得ないだろう。民が多い分税収が多いのだ。国庫は充実していた。


「問題ないと言えばにウソなるが、出自が不明なシド殿を放置することもまた問題なのですよ」


 ヴェルセルクがウルスの助けにはいった。出自が不明な存在は王都に入都できない。それを破っている以上、違法なのだ。であるからして見過ごせない。


 それに、先ほどの威圧感はウルスたちが使えるような代物ではなかった。実力は間違いなく三雄以上であると確信している。ならばこそ、そんな存在を野放しにもできない。仲間に引き入れることができればこれ以上ない収穫だが、敵対したならば王国内のどこにいても危険度は変わらない。どうせ国が亡ぶ。ならば極論的に作戦に登用しても問題はないともいえるのではないだろうか。否、登用するしか道がないのだ。


 シドの実力があれば、正面から王都を滅亡させることだってできるだろう。最高戦力たる三雄が勝てないのだから必然だ。


「ヴェルセルクか・・・話には聞いているが、王を守る事こそ君たちの責務だろう。一秒でも長く生かせようとすることこそ忠義なのではないのか?」


「それは違うな。俺は王が最期を受け入れるならばそれもまた受け入れる。確かに、君の言う通り生きてほしいとも思うが、それは俺の我儘だろう?」


 シドの顔に少し悩むようなしぐさが見えた。美丈夫な彼の眉間に浅い皴が走り、右下を向いて少し唸っている。


 彼の思考の時間を邪魔しないよう二人は少し距離を置いて押し黙る。決して逃せない逸材を前に二人はこれ以上ないほど慎重である。


「なるほど、一理ある。いいだろう、お前たちの願いに協力してやろう」


 二人の顔は安堵による笑顔を押しつぶそうと、いびつになる。騎士としての、三雄としてのプライドが邪魔をした結果だ。ほっとした心境と、威厳を保ちたい願望が葛藤したのだ。


「では、明日の早朝に王城まで来てもらえるか?そこで総戦力の顔合わせと計画の立案をするとしよう」


「いいだろう」


 早朝とは言え、明確な時間がわかるのはリ・シルバにある時計塔のみであり時計の位置が高すぎてまともに見えない。だからこそ、早朝は日が昇り始めたタイミングという共通の認識がある。明確に時間が定められていないので不便でもあるが仕方ない。リ・シルバにある時計塔は技術力を誇示するため、という理由が大きいため雲を超えるほどの標高に設置されている。この世界に時間という明確な目安を設けるには時代が追い付いていないのだ。


「ではシド殿、俺たちはこれから行くところがあるので、失礼する」


 何はともあれ、王の命令を遂行したウルスはシドに礼を述べて、ヴェルセルクを連れ王都中央区に姿を消した。



 人間は腐っている。シドは初めて人間の国に来たが、実情を目にした感想はこの一言に尽きた。人間という脆弱な種族は、種族間で陥れたり殺しあったりと成長の意欲が感じられない。別に、同種族間で殺しあうことに嫌悪感も違和感もないが、弱い種族がより弱いものを虐げている様子は見るに堪えない。目の前の光景はまさにそれだ。子供を大の大人が取り囲み、暴行を繰りかえす。見てられないほど、不快だった。すべての人間が腐っているわけではないということは、流石に把握している。だが、大半が腐っているのならば種族として腐っていると言わざるを得ない。


少なくとも、王国にいる人間の大半が腐っているとシドは考えていた。手っ取り早く亡ぼすことができればどれほど楽で気分の良いことだろうか。


 視界の端に映る騎士たちは人込みを避けて子供を助けに来ない。二人は近づいてくるのがわかるが、なぜか足を止めた。結局、シドが助ける羽目になったのだ。正確に言えば、エルメスが仕向けた状況なので、エルメスが子供に盗みをするよう唆しそれを店の主人たちに密告した。それをシドが助けているという歪な状態であり、善か悪かを問うならば、悪の立場にあるのはシドであった。


 弱いなら弱いなりに強くなろうとするべきなのだ。弱いままでいることは罪なのである。これはシドがロイスに言われた言葉だ。だからこそ自分は強いのだと、ロイスは語っていた。その説得力は計り知れない。ロイスはあれほどの力を有していながらまだ成長しようとしている。それなのに、弱い者たちは何を胡坐をかいて現状に満足しているのだ。守護者たちもそうなのだ。エルメスやシェリンはまだしも、ほかの守護者は成長の意思が感じられない。与えられた力に満足し、それでも役に立てている現状が悪影響を与えているのだろう。与えられた能力がハイスペック過ぎたのが問題なのだ。


ただ、弱い存在には利用価値がある。利用価値があるうちは罪はない。駒として優秀であればそれは資源として存在できる。


 弱い種族は利用してこそ価値を得るので、罪悪感などはみじんも感じてはいないが同情はしていた。痛そうだな、という程度だが。


 子供を救ったのでそそくさとその場を後にする。ウルスたちが追ってくる計画であるので、人目に付かないところまで行く必要があった。そして、路地裏まで来たところで、ウルスたちが追い付くよう速度を落とす。そして、三人での話し合いが始まった。


 人間を国に引き入れるというロイスの考えの真意は分からないが、シドとしては人間に利用価値を見出せないので必要ないとも感じている。だが、エルメスはそうは思っていなかった。なので、彼らにしかわからない深淵なる考えがあるに違いない。自分の力を圧倒的に凌駕する彼らの知能が、価値があると断ずるのならばそうに違いないのだ。理解できるように自分が成長すれば済む話。


 そんなことを考えながらウルスたちの会話を流していれば、聞き捨てならないことをウルスが言った。


「それは違うな。俺は王が最期を受け入れるならばそれもまた受け入れる。確かに、君の言う通り生きてほしいとも思うが、それは俺の我儘だろう?」


 という一言だ。


 主君の命こそ最も尊重されるべきものだとシドは疑う余地もなかった。だが、エルメスを見てみれば、そうは考えていないようにも思った。不敬である、と言いたいのではない。彼はロイスのやりたいことを完璧に手助けすることを忠義である、と考えているように思われるのだ。


 だからこそ、彼は王国をいかにして扱いやすような状態でロイスにささげるかを考えていたのだろう。


 それに、主君のやりたいと思うことが、自身の命に係わるものだとしたらシドはそれを手助けしないだろう。ならば、命令に反している行動であり忠誠に偽りアリと思われても仕方がないのではないだろうか。


 だからこそ、一理あると思ってしまった。人間に考えを改めさせれたことで、ウルスを評価し提案を受け入れた。いや、エルメスの作戦はすでに始まっていたので三雄が再び再結集したこと、死霊王と戦ったこと、王国の団長に就任したこと、昨晩食事に出かけた場所、そして、今日のこの瞬間に至るまですべて計算されたものであった。そのため、この問答にはあまり意味はなかった。認めようが認めまいが三雄に協力することは決まっているからだ。


「”エルメス殿、三雄はリ・シルバに向かったようです。貴方の計画通りです”」


「”なるほど・・・シド殿はそのまま彼らに協力してくださいね”」


「”はい”」


 といったように伝達を終え、エルメスからの指示も賜った。



 シャウッド大森林の獣道を馬車が大きく揺れながら、王国に進む。その馬車に居るのは帝国からの任務を終えて3週間ぶりに王国に帰還した、冒険者チーム四雄である。揺れる馬車を引いているのはヴォイドである。弓術に秀でた彼はエルフであり、弓の扱いならば大陸でも最高峰である。


「帝国の任務さ、なんか変だったよな」


「ああ、敵対組織が一夜で崩壊し首謀者は出頭。俺たちの数週間の労力は無駄になったが、金はもらってんだ文句はねぇだろ」


 ヴォイドの発言にウォルスが言う。ウォルスは大剣を二本背負った巨漢である。金貨が大量に入った重みのある袋を何度かお手玉のようにして暇をつぶしている。金貨がすれる音の中に紙擦れ音を聞き取った。報酬は金貨の見であると聞いていたため、中身に不信感を抱いた。ゆっくりと、包みを開ける。一見すれば金貨しかない袋だが、手を入れてみれば一枚の紙切れが入っていた。


「お、おい!これ見ろよ、HOMEの収容拠点リ・シルバの宿泊券だぞ!」


ウォルスの発言のあと、馬車が数メートル進み、ぴたりと止まった。そして、三人の視線がウォルスを捕える。そして、数秒の沈黙ののち三人の視線はウォルスの手元にある紙に向かった。


「うっそ!それ一枚で今回の報酬分はあるよ!?!」


 レイズは目を見開いて叫ぶ。レイズは、四雄のリーダーであり魔剣士である。剣の柄の先端には宝珠が埋め込まれており杖の劣化版ではあるが同じ役割を果たす。彼女は出自が王国の辺境伯であるため王国に多い金髪である。貴族を抜け出しており、名字を捨て長かった髪も短くそろえている。


 そんな彼女が声を上げたのも無理はない。HOMEの最上級の宿泊施設は王族ですら手が出しにくい値段での提供となっている。実際は王が他国に出向く際は、見栄を張るために無理をして宿泊するのだが、逆に言えば他国に対する見栄、となる程度には高額なのだ。


 金貨にして一泊300枚からである。魔道具一つの値段が金貨15枚からが相場であり、金貨一枚で平民なら三か月はいきることができる金額である。平民が一年かかって手に入れる金額でも足りないほど高額な魔道具が20個買える値段である。これは一番安い部屋を予約した場合の値段であり、それでは見栄にはならない。王族が宿泊するのは金貨1500枚のスイートルームである。金貨千枚ともなれば、貴族が1年間、領地を管理するための予算より多い。


 大体領主の税収が一年で金貨2000枚であり、自分たちの領地の管理のため半額を使い、王への納税のために500枚の金貨を明け渡す。これが貴族の現状の財政政策の平均的な値だ。貴族の平均といっても、王国には四大貴族と呼ばれる侯爵と公爵からなる派閥があり平均を底上げしている。男爵家や子爵家はもっと余裕がない。自分があす食べる食費のやりくりで精いっぱいな領土もあるのだ。


 そんなHOMEの宿泊券が帝国の貴族の任務報酬に紛れていたのだ。浮かれないわけがなかった。慎重に券を見てみれば、”セミスイートルームの無料宿泊券”と書かれていた。セミスイート、という単語に聞きなれないため彼らにはその価値が正確に測れていないが、グレードでいえば二番目に高級な部屋であり金貨にして1000枚の価値がある。一生に一度止まれれば成功者ともいわれるHOMEの宿に無料で泊まれるとなれば、その豪運がどれほどのものかわかるだろう。


「四人全員泊まれる・・・一人金貨1000枚だから、4000枚分得するわけだよね。今回の報酬も合わせれば4100枚分も得をする・・・私たち明日死ぬの?」


 ルーデウスは回復担当の魔術師であり、そのレベルはフリートを凌駕する。最も回復魔法においてのみの話であるが、それでも死者蘇生レイズ・デッドが扱える王国でただ一人だけの存在であった。だが、低位の使者蘇生魔法では生前の力の大半失ってしまうため、ゾンビ兵のような扱い方はできない。


 彼女は、小柄だが、背丈ほどの髪があり同じだけの長さの杖を握る。聖職者であるが、その実は信仰は薄くかなり薄情な一面がある。当然、煩悩も多分にあった。


「これ一枚・・・売った方がいいんじゃない?」


「バカ、売ってもだれも買えやしねぇよ」


 ルーデウスは誰もが思いつく提案をしたが、ウォルスに否定される。それもそのはずで、これを定価で売りさばいたとしても、値下げをしたとしても高額なことに変わりはなく、買うことのできるものなどいはしない。それに、HOMEは宿泊券の売買を禁じており処罰の対象として法的処置をとることを明言している。


 王国の法律はHOMEにとって細事であり、HOMEの法律こそ王国の法律である。それは王城よりも背の高く目立つ建物が象徴している。リ・シルバというHOMEが建設した世界観をぶち壊す建造物は雲よりも高く王城なんかよりも威風堂々としている。


ただ、王国の理不尽なところのある法律よりも、圧倒的にHOMEの定める法律に従った方が自由に過ごせる。当然、HOMEに関するいことだけなのだが、それでもそれだけの影響力があるのだ。


 つまり、HOMEは王宮よりも自分たちの方が勢力的に上位の立場にあることを誇示しているということだ。そして、実際に王宮とHOMEの力は天と地ほどの差がある。上層部が腐った王国の法よりも、道理が通っており自分たちに利益をもたらすHOMEの法に国民が従おうとするのは必然であると言えた。


「私たち今回の任務かなり重労働だったし、疲れてるのもあるし・・・使っちゃおっか」


 レイズが震えた声で言った。王国最高の冒険者であり、決して稼ぎも安くはない彼らでも正常な声が出せないほどの異常事態であるということだ。HOMEに悪い評判はなく、良い評判ばかりである。あれほど誰も出入りしない店が美しい形を保っているのはその評判が生み出す金のおかげだ。つまり、怪しむことは一切ない。


「そう来なくっちゃなリーダー!」


 ウォルスの声を皮切りに全員で騒ぎ始める。馬がヴォイドの指示を聞かなくなるほどに。



 何時ものように、王都に帰還する。レイズとルーデウスは魔道具の調達に魔法師組合に出かける。今回の任務で魔道具の消費はあまり起こっていないが、魔道具はまれに誤作動を起こし爆発するものもあるので、調整は欠かせない。いざ使うときに爆発されたらたまったものではない。


 その間に、HOMEの宿に行きたい男どもだが、宿泊券はレイズが持ち出している。


 行きたくてもいけないのだ。仕方がないので先にHOMEが運営する食事処による。ここで疲れを癒すべく酒を飲む、というのも一つだが、HOMEはその財力からすべての店舗で銀行の役割を持っていた。ウォルスはあまり頭が良くはないので金を保管してもらうだけで色がついて帰ってくる魔法の組織、程度にしか思ってはいない。


 だが、世界各地にあるHOMEの店舗すべてが銀行であるため、国を超えても金貨を持ち歩く必要が無くなる。重たい銭袋を持ち歩かなくて済むというのは冒険者にとってかなりありがたいものであった。


「かぁああ!うまい!!」


 ウォルスは酒が目当てだったので戸を開けて入店するなり酒を注文していた。ヴォイドとしてはもう少し王国最高の冒険者としての自覚を持ってほしいところだが、言っても理解してもらえないのですでに諦めていた。


「ヴォイドは飲まないのか?」


「エルフは酒に弱いんだと説明しただろ?君みたいに酒豪じゃないんだ。味も好きじゃないしな」


「もったいないこと言うなよな」


 ウォルスはいつも酒を飲むとこの話をする。四雄で酒が飲める人物がウォルスだけなので酔った感覚を共有できないでいた。それが彼の不満だった。その都度、同じ回答を繰り返したのだが、ウォルスは聞かなかったことにしていた。


 ウォルスは酒が飲めるという程度ではなく、ドワーフにも勝る酒の強さがあるのだ。店の酒が無くなるほど飲んだ後は吐き気で動けなくなり、三人に置いて行かれる、いつもの光景だ。ウォルスが酒の感覚を共有できないことを不満に思っているように、ほかの三人は彼の酒癖の悪さに不満を抱いているのだ。


「というか、帝国の貴族ってHOMEの宿を取れるくらい儲かってるのか?」


「どうだろうね。少なくとも王国よりは裕福なんじゃないか?」


 王国の貴族たちの税収は豊だが、それを貿易に転じようとしていない。だからこそ、王国内での金貨の循環のみで一向に増える気配を見せない。金貨の造幣は王国になくネイマル学術国で行われているため、どうすることもできはしない。


 それは王国のおかれている場所にも起因していた。王国の右側はシャウッドの大森林が広がり危険地帯となっている。そのため西側諸国との貿易は断念せざるを得ない。東側は海をまたいで魔王領土が広がっている。人呼んで魔大陸だが、四人の魔王のうち、神人の魔王アストルファが管理する国アスクルと貿易をしていたが、其の中継地にある海に魔神が出現してから100年間貿易は途絶えている。人間の大陸を南側から迂回したとしても、港から魔神は目と鼻の先で危険が過ぎる。だからこそ、貿易が不可能なのだ。


 一方帝国では、南東にウォール評議国、南の小大陸にはネイマル学術国がある。学術国を迂回する海路を通ればデイル共和国とも貿易ができた。だが、より西側に行けば魔神がいる海をまたぎ魔大陸、アスクルがある。アスクルに行く海路を南下すれば吸血鬼の魔王ルドラが管轄する法皇国ルミナスがある。ルミナスとは有効な貿易を築いているが近くに冥界門があり、一度に送り込める貿易船にも限りがあった。それでも十分なほど貿易による利潤を得ていた。


「それでもよぉ、他国の俺たちに宿泊券を何も言わずに渡すか?」


「王国に行く予定があったが、必要性が失われた、というのも考えられるか。なんにせよ、HOMEが俺たちに危害を加える利益もないでしょうし、考えるべきはそこじゃないですよ」


「だよなぁ。政治のどろどろに首を突っ込む必要もないだろうし。HOMEの評判は客の情報を開示しないことにあるからな、考えても仕方ないか」


 考えても仕方ないことは考えないという彼らしい性格で、勝手に納得している様子。それをいちいち正すような関係はすでに終えているヴォイドは「その通り」と返事しておく。実際不自然なことは多い。任務が急遽終了したし、報酬になかった宿泊券は紛れ込んでいるし、帰ってきた前日には三雄が王宮仕えとして復活しているし、何か関連性をにおわせる要素は多分にあった。だが、ヴォイドがいくら考えても答えはでないだろうし、関係ないことに頭を使っても疲れるだけなので忘れることにした。


 既に四雄は努力が無駄になった虚無感と疲労が押し寄せてきているので限界だったのだ。


「お待たせ、じゃあ行こうか!」


 レイズが満を持してヴォイドとウォルスの背後に現れた。両手にたくさんの魔道具を抱えて。魔道具は高いが今回の報酬が金貨100枚と破格だったので問題はない。それに、次の任務での生存率を上げると考えれば安いものだった。


 だが、それにしても買い込み過ぎている。おそらく、HOMEに宿泊できるということで、金銭感覚がマヒっているのだ。だが、二人もそれをとがめる気にはなれない。疲労で限界の脳みそと、HOMEの宿に宿泊できるという幸福感で怒りに変換することができなかった。皆、宿泊券を見つけた瞬間から正気ではないのだ。


「待ってました!」


 初めてヴォイドとウォルスの声が一致した。これまで長年冒険者として苦楽を共にしてきたが、思考が両極端な彼らの発言が一致することなど普段からはありえない話であったが、この状況ではこの言葉以外ないだろう。


 四人の足取りはとても軽かった。そして、念願の天上の世界に足を踏み入れる。



 高さにして500メートルのリ・シルバ。その建設方法は定かではない。ある日突然王都の広い敷地が買い取られ、一晩時間がたつとその場にはすでにあった王国特有の建築様式で建てられた住居の姿が消え天にも届く漆黒の塔が顕現していた。


 王としては話半分にこれを承諾した、というのが事実であった。実は、前もってここにHOMEの主要拠点となる巨大な施設を立ち上げる、と告知されていた。その許可申請に建設期間は一夜、と記されており大まかな全貌が記された用紙と共に王宮に送付されていた。だが実際に一夜にして500メートルの塔が現れるなど信じられることではないので承諾したのだ。やれるものならばやってみろ、という感覚だったに違いない。


 これがリ・シルバが建設された背景にあるものだった。本当に許可がほしかったのは帝国である。帝国でHOMEの店を構えること自体は禁止されていないが、皇帝の住居と皇城に付随する国のシンボルたるものよりも華美で象徴となるような建造物の建設を禁止されている。なので天にも届く塔は存在していない。


 他にも、魔大陸の竜女の魔王が収めるジスターブと原初の白アスプロが収める魔道国アスプロには主要拠点となるモノがない。もっと言えばアスプロにはHOMEの店舗は一切ない。


 HOMEの話はこれくらいにしておいて、四雄はリ・シルバの建物の前で足を止めた。


 見上げても頂上は見えない。美しいほどに空を映す側面は鏡面で、漆黒の塔が太陽の光による真っ白に見える瞬間もある。残念なことに、この建物と周りの文明がかけ離れており、日光を遮断するものが何もないため時間帯により太陽光が王都を一蹴する。今はちょうど夕暮れであり、太陽光は四雄がいる方とは逆に伸びていた。


 誰が一歩を踏み出すかを目配せして譲り合っている。四人とも別世界なほどの技術力と高級感をもつ目の前の建物に足を踏み入れることにビビっていた。怖いという感情ではなく、アダマンタイト級冒険者ともあろうものが自分に似合うかどうか、という子供のような悩みで一歩が出なかった。


「ああ、もうじれったい!私が行く!」


 辺境伯はかなり高位に位置する貴族である。そこの出身のレイズが一番礼儀には精通しているだろう。精通しているだけで、HOMEの方がよっぽど礼儀正しい。なので、付け焼刃で戦場に出るような心細さのまま、勇気の一歩を踏み出した。これが彼女がリーダーと言われる所以である。


「おお、流石だ」


「貴族出身はちげぇな」


「リーダー着いていく・・・一生」


 三人は感銘を受けていた。彼女の雄姿を目に焼きつけ、少し遅れてレイズを追いかける。


 ガラス張りの扉はどこが入口なのか、果たしてこれが扉なのか分からなかったレイズだが、先陣を切った手前「入口がわからない」などとは言えない。彼女は焦っていた。額に嫌な汗が湧き出るほどに。


 だが、近づくだけでガラスが横にずれる。自動開閉扉というモノだが、そんなものこの世界にはほかに例を見ないのだ。初見で分かるはずがない。


「あ・・・あ・・・」


 声がかすれて出なくなるほどの驚愕だった。だが、流石にアダマンタイト級の冒険者だ、直ぐに平常を取り戻し悠然に見える歩き方で中に進んでいく。一見すればこの扉を知っていたかのように見えるように必死になりながら。それを笑うものは誰もいない。なにせ皆そうなのだから。


 恐る恐る赤い絨毯を踏み中に入る。土足で踏み荒らしていいのだろうか、と思ってしまうほど柔らかい。土足で家に入ることが常の王国では抱かない疑問だ。だがしかし、疑問を抱かざるを得ない初めての感覚だった。


「お客様・・・四雄の皆様ですね。ご予約はされておりますか?」


 予約?そんなものはしていない。細部まで宿泊券を調べたが予約などという文字はなかった。


「こ、これ見てくれたらわかるよ」


 レイズは懐から震えた手で宿泊券を提示した。すると受け付け嬢は笑顔でそれを受け取って眺める。受付嬢は笑顔のままカウンターを迂回して四雄の武器や荷物を台車に乗せ始めた。しっかりとした説明をしながらしっかりとした礼儀をもって行動をしてくれていたのだろうが、レイズ達にはそれを聞く余裕などない。どこを見渡しても貴金属が目に入り、貴金属よりも貴重なガラスの方が多く使われているのも不思議だ。


 受付嬢をはじめ従業員が来ている服は王国産ではなくきめ細やかな美しい光沢をもっている。HOMEはどれだけ技術を保持しているのだろうか。


「お部屋に案内いたします。ルーデウス様、館内を歩かれる際はこちらも用意しておりますよ」


 受付嬢は、ルーデウスが靴を脱いでいる光景を見て気を利かせた言葉で「靴を脱がなくてもいいよ」と伝えている。それでいて、スリッパを用意して選択肢を与えた。ルーデウスのメンツも守られ、四雄もそれが正解なのだと分かる。受付嬢のファインプレイであった。


「それ・・・使わせてもらう。ありがとう」


「はい。どうぞご利用ください」


 笑顔を決して崩さない。これはバカにしているのではないとその場にいた皆が理解していた。そして、再び歩き出す。今度は受付嬢という先導者がいるので四雄の足取りは先ほどよりも軽い。


 この世界には電気というモノが普及していない。明かりは魔石の仄かな光を利用して賄っていたり、蝋燭に火をともして照らしていたりするからだ。他にも電気を利用することで動く機械などもないことも電気について無智な要因だ。だが、この建物は電気による電灯やランプが多くあり美しい輝きを見せている。


 電気があることで明かりを得ることができるというのは魔法で皆が知っている。だが、自然に電気を発生させる方法は知らない。魔力の変化、つまるところ電気魔法でしか得られないものだと考えている。HOMEの電力は魔道具によって制御された発電所によって賄われていた。つまるところ、燃料を要さない魔力変化による発電所であり、発電というよりも蓄電の役割の方がはるかに大きい。


 それを案内してくれる女性は説明しながら歩いてくれる。


「これほどの電気を賄えるだけの魔道具って、どれだけ高いのよ」


「安価な魔道具を100個用意し、制御しておりますので電力が失われることはございません。ご安心ください」


 HOMEの建物は魔法によって建てられたものであり、外側から見るよりも内側の方が広くなっている。魔法で具現化されたものは魔導核というモノで形を維持する。この建物も例外ではなく、魔導核がある。


 建物の最下層にある魔導核は魔力を集め、建物の維持に補填する役割があるため、魔道具などで魔力を切らさないようにしなければならない。


 と、説明が続けられたが、それを聞いたルーデウスは目をぱちくりさせて驚いている。ルーデウスは魔法に関する知識でいえば人間随一であるだろう。だが、そんな彼女でも巨大な建物を作り出せるような魔法の知識はなく、そもそも魔導核という単語すら聞いたことがないものであった。


「これほどの力があって、なぜ人間の味方をしないのですか?」


 レイズの純粋な疑問であった。レイズが貴族をやめた理由は、人間がこの世界において弱い種族であり完璧な統治をしたとしても魔物からの不安は取り除けないと考えたからだ。彼女に統治の素質はなかったこともこの考えに拍車をかける要因となった。己が平和の象徴となることで、民の心に平穏をもたらされるのならば、それ以上好ましいことはなかった。かつての三雄がそうであったように、自分もかくありたいと思っていた。だが、人間という種族が弱いがゆえに絶望することもたたあった。


 だからこそ、力を有して居ながら何にも干渉しないHOMEに少しばかりの怒りを覚えたのだ。冷静な彼女であれば、HOMEが戦争に関与した場合の影響や、魔物を討伐しようとした際の影響を考えれば理由もすぐに分かっただろう。だが、彼女には疲労と興奮が頭を支配していたため冷静ではなかった。


「確かに、我々の力があれば人々の不安をいくらかは拭えるでしょう。ですが、我々がこれ以上、国家権力よりも目立つことは許されていないのです。それに、我々が魔物と敵対してしまえば、魔大陸との間に不和と生みかねません。ご理解ください」


 女性は申し訳なさそうに頭を深く下げた。


 レイズは気づかされた。自分がどれほど周りが見えていない独りよがりな発言をしたのか、ということを。仲間がレイズを制止しなかったのは、少なくとも彼女の考えと同じ思想を持っていたからだ。だからこそ、四雄の顔は暗くなってしまう。


「そうね、私が悪かったわ。顔を上げて頂戴」


「ご理解くださりありがとうございます。お部屋は少し先ですので、ご案内いたします」


 再び歩き出す。そして、たどり着いた。


 案内された扉は三メートルはあろうかという両開きの巨大な扉だった。見るからに重量級の扉だが、女性の華奢な腕でたやすく開く。そして、扉の先に広がる光景に、無意識に口が開いた。


 広大な部屋の中心には長卓がおいてあり、ベランダには王国が一望できるようになっている。ベランダに置かれた四つの椅子と一つの円卓があり風情を感じる。部屋の至るところに芸術工芸品がおかれている。一つ当たりいくらするのだろう、という疑問が浮かぶほどの見事な作品だった。部屋の四隅に四つの半個室の寝室がある。


 そして、見慣れない映写機と呼ばれるものが設置されており、その対面の壁は純白であった。HOMEで有名な映画、が見られるようになっているのだ。HOMEの映画はすべてHOMEの人間が撮影、編集しており役者もまたHOMEにいる職員で構成されている。ただ、映画館は主要拠点にしかなく料金も安くはないので限られた者たち―HOMEに就職している者たち―だけの娯楽として有名なのだ。


「お部屋の説明は以上です。ご不明な点があれば、そちらの水晶からお声がけください」


「ええ、ありがとう」


 女性は扉を閉めて去っていく。


 音で女性がいないことを確認した瞬間、四人は糸が切れたかのように椅子もあるというのに、その場に座った。緊張が切れ、疲労が出たのだ。装備を脱ぎ、部屋備え付けの収納に収める。部屋の中央にある長机に置かれた茶菓子はHOME製であり、高級なものだ。


 HOMEの商品は料金の幅が広く、平民が利用することのできる施設の方が多い。それ故に、HOMEが作るものへの信頼は厚い。そのHOMEが作る菓子がまずいわけがないので四人とも口端によだれを垂らしながら奪い合う。先に正気に戻ったレイズが止めに入るまで、続いた醜い争いも一人一つずつ食べることで決着した。


「お、おいしい」


「うまいな!」


 この世界において甘味は貴重だ。だからこそ、このお菓子の味は至高の一品とも呼べるだろう。


 レイズはベッドに腰を落とした。すると、ありえないほど深く沈んでいく。彼女は女性にしては筋肉質で多少体重がある。だが、そんな程度ではなくベッドの質が他とは圧倒的に違ったのだ。


「柔らかい・・・実家のベッドよりもはるかに」


 辺境伯の財力で得られるベッドよりもはるかに質が良い。


 四人が各々のベッドで深い眠りにつくまで大した時間はかからなかった。



 ウルスとヴェルセルクはリ・シルバの建物の目の前で一瞬たじろぐ。だが、ウルスは初めて来たわけではない。かつて帝国の貴族を王国に招いた際、出迎えのためここに来たことがあった。


 一度来たところで、天上の世界に慣れるはずがない。なので、借りてきた猫のように体を固くして入館する。ヴェルセルクもそれを見て後に続いた。


「騎兵団長様と、歩兵団長様ですね。ようこそいらっしゃいました」


 美しい礼儀作法で二人に頭を下げる女性。四雄を案内したものと同じだ。


「この宿に四雄が宿泊していると聞いている。取り次いでもらえないだろうか?」


「お客様にご許可を頂かねばなりませんので、少々お待ちくださいますか?」


「ああ、構わない。迷惑をかける」


「滅相もございません」


 という端的なやり取りをしたのちに、女性はカウンターの奥に消え、少ししたのちにまた二人の前に現れた。


「お客様は休憩されておられるようです。ですので、待合室でお待ちいただくか、再度ご来館いただくことになります。いかがなさいますか?」


 待合室は飲み放題食べ放題の言ってしまえばラウンジのような場所だ。これはすべて無償である。ただ、そんなことはウルスたちの知る所ではない。その気になれば、ラウンジで一泊することも可能なのだが、そんなことは公言されていないので知る者はいない。まず、宿泊客以外にサービスを提供するわけがない、という固定概念のせいで広まらないのだ。もちろん、すべての人間に開放的なわけではなく、宿泊客の知人や、用件のある者のみが使用を許可されている。王族よりも裕福な暮らしを体験できるだろうその空間はいつも人がいない。


 そして、一度出直すという選択だが、四雄の都合のいい時間を見つければHOMEが連絡をよこすことになっている。その際に、電話が可能な魔道具を一つ貸し出すことになっているのだが、それもまたウルスたちは知らない。魔道具はどれだけ価値が低かろうと高額であるので、それを貸し出しするなどできるはずもないというのが常だ。故にこれもまた広まらない。


 なので、いつ呼ばれるかわからないよりもこの場で待った方がいい、という結論に至った。幸い、二人は比番だ。最も、ウルスには強者を見つけるという任務があったので非番でも働きづめだ。


「待合室に案内してくれ」


「かしこまりました。それではこちらへ」


 案内に従って、同じ階の奥へと進む。豪華な通路を通り、案内された場所はガラス張りであるのにもかかわらず、室内は見えない不思議なつくりになっている。部屋に入ってみれば、内側からは外の様子が見えるようになっていた。マジックミラーというモノなのだが、彼らがそれを知るはずもなく魔法の影響だと結論付けている。


「この部屋にあるものはすべて無償での提供となっております。ご自由におくつろぎください」


「無償?これはまた・・・すごいな」


 ヴェルセルクがそう漏らすように、無償の空間にしては設備が良すぎた。豪華なソファーが10席以上用意されており、スイーツや酒の備蓄も豊富である。もっと先に進めば、トレーニングルームと書かれた部屋があり、ランニングマシンや懸垂棒、重量上げなどをはじめ多くの器具が設置されていた。その反対側の空間には巨大な本棚にみっちり詰められた書籍や文献が保管されており、これも自由に読むことが許されていた。10年は飽きずに生活できそうな充実した空間だが、これは無償でありここに宿泊するモノでなくとも利用できるという驚きの待遇であった。


 実際は、この国の重鎮であり四雄との接点もHOMEが把握していたためにここに通したのだ。ただの民がこの部屋に入ることはできない。といっても、宿泊している客が、其の平民を客として認めた場合は入室を許可されるのだが、そのような例は未だに見られていない。例外として、HOMEのVIPには自由に利用することが許されている。VIPはロイスをはじめ守護者やネームド、その他少数の配下にのみ適応されている。月に定額支払えば加入できるが月に金貨500枚であり払える者がいないので、実用は叶っていない。


「うめぇな」


「ああ、王宮で食えるもののどれよりも」


 昼間から酒を飲めるのもいいことだが、生憎と二人は二日酔いの最中だ。酒を飲まずに果実のジュースを飲む。それもまた胃袋が歓喜するほど素晴らしい味をしていた。だが二日酔いの胃にやさしいと思った甘味も味とは裏腹に、体を不調にする。


二人は大食漢なのだが、今はコップ一杯のジュースを飲み干すのですら何度も口を離し、一泊おいてからまた飲み始めることでやっと完飲むするほどだ。


 二人は、トレーニングルームに進みおもむろにベンチプレスをする。初めての経験だが、彼らの剛腕であれば100キロ程度ならば容易に上げられる。図説により器具の使いかたを把握できた。


「ウルス、勝負しよう」


「ああ、望むところだ!」


 二日酔いの体で無理をするべきではないが、ヴェルセルクの挑戦を断るウルスではない。どちらがより重量を上げられるか、という単純な勝負だ。筋力だけでいえば大剣を振るうウルスの方がはるかに強い。だが、自分の不利で戦うヴェルセルクにも勝算はあった。


 二人は思い思いにおもりをつけていく。はじめの重量は150キロだ。二人ともたやすく上げることができた。次に250キロ。二人とも額に血管が浮かぶほど力んだが上げることができた。そして、差が表れ始めたのは350キロあたりだ。ウルスはまだ余裕があるがヴェルセルクの両腕には血管が浮き出ている。


 ヴェルセルクに勝ち目がない勝負だが、ここに用意されているおもりの総重量は500キロである。ヴェルセルクは500キロを上げることができれば引き分けで終わる。彼はウルスに勝つのではなく引き分けに持ち込むことが狙いであった。


 結果、ヴェルセルクが持ちあげることができたのは400キロまでであった。ウルスは500キロを上げて見せたが、顔を真っ赤にして息も切らしながら必死であった。おもりを下ろして、腕を伸ばせば骨がきしむ音がする。それだけ力を込めたということだ。勝負には負けたが、ヴェルセルクの顔は暗くない。


「いい勝負だった」


「ああ、この施設には通い詰めたいくらいだ」


「全くだ」


 二人はタオルで汗を拭きながら、笑いあう。冷房の効いた部屋だが、汗の量は真夏に激しい運動をしたのかのようにあふれ出している。今は気候的には夏で、猛暑が続いている。


「ウルスさんとヴェルセルクさん、来てたんだ」


「お久しぶりです」


 二人に声をかけたのは、ルーデウスとヴォイドだった。ルーデウスが建物の探検をしたいと言い出し、ヴォイドをたたき起こしたのだ。仕方なく二人で探検している最中にウルスたちの声が聞こえて、近寄ってきた、ということだ。客がこの二組しかいないから静かだった。故に二人の声はよく聞こえていた。


「おお、久しいな」


「お前たちに会いに来たんだよ」


 二人は、四雄の先輩的な立場である。まだ四雄がミスリル級冒険者であったころ、よく指導していた仲であり、その関係性はかなり親密なのだった。とはいえ、四雄がアダマンタイト級に昇級したと同時に三雄は解散したため関係が失われて10年になる。その中でもルーデウスは19歳であり、四雄に加わったのは10年とすこし前に三雄と関係があったのは1年足らずだった。


 彼は9歳でアダマンタイト級に上り詰めた才能あふれる若人だったのだ。


「私たちに、ですか?任務なら今日、明日は勘弁していただきたいですね」


「とりあえず、全員と話したい。案内してもらえるか」


「うん、いいよ」


 三雄の頼みを断る四雄ではない。貸しもあるし、旧知の中でもある。恩師であり先輩であるため、ある程度の雑務ならば喜んで応じるだろう。ウルスもあまり素好んではいないが打算的な考えもあった。


 軽い会話を終えて、四雄全員がいる部屋に案内された。見るからに、四雄が払える宿泊料では賄えない高級感あふれる空間に驚きを隠せない。隠す余裕もないという方が正しいだろうか。


 ただ、そんなことを考えても仕方ないので部屋に入るなり中央にある椅子に腰かけた。


「よくこんな宿に泊まれたな」


ヴェルセルクの少し失礼な発言も今の四雄には誉め言葉のように聞こえる。


「報酬に宿泊券が紛れ込んでたんだですよ、奇妙なことに」


「ちょっと何?良い夢見てたんだけど、邪魔しないでよ。久しぶりにヴェルセルクさんとフリートさんに会って稽古つけてもらってたんだけど・・・え?」


 レイズが間抜けな悲鳴を上げた。なぜならば、寝起きの姿を憧れと崇敬の念を抱くヴェルセルクとウルスに見られた上に恥ずかしい夢の内容を聞かれてしまったのだから。


 彼女の悲鳴を聞いてウォルスも起きた。


「ああ、頭いてぇ。飲み過ぎた・・・ん?ウルスとヴェルセルクじゃねぇか!」


 ウォルスは四雄の中でもウルスたちに近い実力を持っている。ウルスとヴェルセルクと同い年であり、もう少し冒険者になるのが早ければ三雄に加わっていただろう。それほど彼の戦士としての力は突出している。


「ウォルスは相変わらず酒癖が悪いんだな」


 六人は愉快に懐かしい記憶を思い出し笑いあった。もう叶わないと思っていたこの団らんのような空間で気分が高揚していた。


「それで、本題だが・・・近々七使徒を制圧する。ロウワー殿下から四雄に正式な依頼として、加勢してもらいたい」


レイズは暗い顔をしたり、悩んだ顔をしたりしている。そして、憂鬱とした顔をして口を開いた。


「予想はしていましたよ、私だって。でも、今はこの最高の空間を手放したくないのよね」


 王命に近い効力がある王族からの依頼だ。断れるわけがない。だが、今この最高の空間はその王命を断ってでも味わいたいものだった。二度と味わえないかもだしね。


 だが、レイズは頭をかいて悩んだ挙句嫌そうに承諾した。


「ああ、もう!なんでこのタイミングなのよ!分かりました、話を聞かせてください」


 ウルスは頷くと話を始める。まず、四雄がいない間に起こった学園の事件について。貴族が学園に莫大な投資をしている。そのため、学園が崩壊したことで貴族の金銭的余裕がなくなってしまった。そのため、このタイミングで王派閥が力を蓄えようと七使徒を吸収しようと画策していること、そのために戦力を集めていることを説明した。


「すでに俺たちよりも強いシド殿が仲間になってくれている。逸脱者よりもはるかに強い御仁だ」


「なら俺たちはいらねぇんじゃないか?」


「念のためだよ。それに、君たちが王に組するという事実ができることの方が重要なんだ」


 王派閥の勢力に四雄が加わったことがある、という情報は貴族派閥にとって最悪なものとなるだろう。


 それに、シドが無償でウルスたちに従うとも思えなかった。あれは頑固な質に違いない。きっと土壇場で自分の何かを優先する、ような気がしていた。


「仕事が楽に済む、ということだよね?」


「ああ、違いない。だが、信用できるのですか?そのシドとやら」


「少なくとも敵対の意思は感じられない。それに、敵対されたとして生き残れるものなどこの国には居まい。明日、王城でシド殿と会う。その時に見極めてくれ」


 それが信頼に代わる、と言っているのだ。そして、それを否定する要素もない四雄は、納得せざるを得なかった。


 そうして、四雄との交渉を終え、懐かしい思い出話に花を咲かせたのちに帰宅した。



 王に報告すべく、ウルスは居室に出向く。扉を3度ノックする。そして、王からの返事をもって入室する。王の顔はやつれている。十分な食事は提供されているのだが、心労と睡眠時間を削っているため顔色はよくない。王派閥の計画を露見させないために、王はウルスたちを使っている。だからこそ、王自信が時間を作らねばまともな計画を立案出来ないのだ。本来であればエラルド・エドワードが補佐として活躍してくれただろうが、彼は今自領に引きこもってしまっている。


「王よ、四雄を味方につけました」


「よくやった。それで、計画はどうなっている?」


「現在、四雄のほかに一人、逸脱者をも超越する強者を仲間に引き入れることができました。出自も、出身国もふめ―」


「何!?見つけたのか?逸脱者を超える強者を!?」


 ウルスの報告を聞き終える前に、王が声を荒げて歓喜した。だが、明晰な頭脳でその異質さを見抜いた。突如現れた逸脱者を超える強者の存在、思い当たる節があるのは、ウルスからの報告にあったロンドという少年だが、それならば名前で言うはずだ。つまりは、全く新しい強者の出現である。


「出自がわからず、入都した情報もありませんがその実力は確かです。起用致しますか?」


「ああ、構わん。どうせこの作戦が失敗すれば王国は亡ぶ。ならばその者を使って成功した方が得策だろう」


 王は思い切りが良かった。王は狂っているのだ。自分が王になったとき、すでに腐り切った上層部が出来上がっていた。貴族が王権を握ろうと動いており、他国からの賄賂を受け取っている者も多かった。初めは、王国をよくしようと息巻いていたが、直ぐに考えは正されたのだ。


 一度貴族を一掃し、新たな支配階級を作るしかない。そのためには王派閥を復興させなければならない。だがそれは叶わない夢物語なので、自分の代に王国が亡ばなければそれでいいと考えるようになった。愚王である実父がしたように滅びそうになれば息子に王権を譲るつもりなのだ。自分の代でやれるだけはやるつもりだが、無理ならばこの国を捨てる。この国に魅力がないと考えているのはロイスやエルメスだけでなく国王もそうなのだ。


「明日、王城にて8名で打ち合わせをいたします」


「ああ、構わない。人払いはこちらで済ませておこう」


「ありがとうございます。それで王よ猶予はどれくらい残されていますか?」


「長く見積もっても、後3週間もない。貴族派閥もあの二人を仲間にしたことで行動を始めている。おそらく、2週後の学園復興祭で何らかの行動を起こすだろう」


 魔道学園は復興の最中であり、事件が起こってから大体1週間ほどたったころだ。そして、二週後には完全に復興が可能となる。そして、特例的に現在、入校受験が始まっている。事件で一年の大半が死滅したからである。


 貴族派閥が金をつぎ込んで学園を復興させたのだが、これで貴族派閥の金銭的猶予は完全になくなった。そのために、何か行動を起こさざるを得なくなっているのだ。


「いいかウルス。一週間だ。この一週間で貴族たちに反抗の意思を抱けないほどの打撃を与えるぞ」


「ハ!必ずや」

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