第2話 王国の英雄

 油断したせいで思ったよりも痛手を喰らってしまった。今でこそ普通に歩けるのだが、それでも神話級の魔道具に封印された俺の魔力は戻らない。最悪にもほどがある。でも、まあ、留飲は下げるべきだ。油断した自分が悪いのだし、本来傷を負う相手でもなかった。すべきことも定まった、と納得すべきでもある。時間の有効活用ができると思えばまだ、まあ、なんとか、なんとか納得できた。今まで長い生をだらだら過ごしてきたわけだからね。


 とは言え、ここ千年でここまで腹が立ったのは初めてだ。イライラが絶えん。理性がギリギリ勝っているので何とか苛立ちを抑え込む。


「仕方ないから、まずは情報を集めるためにフィンとシド、エルメスを王国に送り込む。必要に応じてシェリンが助けてやれ。エルメス、お前を送り込む理由は説明しなくてもいいな?」


 俺としてはHOMEの直ぐに動かせる最高戦力たるエルメスを使わせたのはそれなりの脅威が王国にある可能性があるからだ。魔神教団、まだ正体の分からない強者の集まり、これを攻略しない限り半端な戦力での作戦は控えるべきだ。


「ハ。御身のご期待に応えるべく全力を尽くします」


 エルメスの返事を聞いて頷いておく。それで、王国に送る戦力はこの程度で十分だろう。とはいえ、王国を亡ぼすつもりなのではなく、魔神教団について調べる必要があるだけで、この戦力は過剰が過ぎるかもしれない。ただ、魔神教団に手練れがいることは確定だから、油断するべきではない。


「シェリンはどうだ?何か知っているだろ?」


 この世界で最も情報を有している存在であるシェリンからすれば魔神教団のことなど赤裸々に語られるだろう、と思っていた。


「はい、魔神教団についてでしたら少し情報を持っています。創始者は不明で、構成員も不明、ただ一つ判明していることは魔神教団が崇拝しているのは魔神すべてではないということだけです」


 つまり何も知らないということじゃないか?


 シェリンをもってしても、魔神教団の素性は洗えていない。とはいえ、今まで一度も魔神教団を調べるようにと命令したことはないので、仕方がないことだ。申し訳なさそうにしているが、仕方ないことだよ、と一言言っておく。それでも、やはり魔神教団の警戒度は上げるべきだ。


 シェリンなら、各国の内情を単独ですべて調べ上げるくらいは簡単にできる。なので、それを許さない魔神教団には同等の情報操作ができる人物がいることは確かだ。


 ただ、魔神教団は表立って動ける組織ではないので、情報が少ないのも納得である。とはいえ、この先も情報が少ないまま行動するわけにもいかないので、シェリンにはこの先も頑張ってもらうとしよう。


「シェリン、これからは魔神教団にネームドでも送り込んでおけ。戦力が少ないなら言ってくれ。魔神教団は案外馬鹿にできないぞ」


 俺はそう言い切った後、封魔囚石を取り出した。そして、それを見た守護者たちは皆驚く。その箱が神話級の魔道具であるからだ。魔道具を一見して等級を判断することは難しいが、神話級ともなればその異質さと異様さからある程度は推測できる。この世界において最強と言われる魔道具であるからだ。実際には神器というこの世に二桁と存在しない、この世界を作り変えるほどの強さを持つ魔道具もあるのだがその存在は知られていない。希少すぎるからだ。


「この箱は俺の魔力の9割を封印している。これは一人の人間が生み出したのだが、なんと神話級の魔道具だ」


「人間が神話級の魔道具を?ありえません・・・魂を対価に錬成した?それでもムリでしょう」


 食い気味に否定するのはエルメスだ。ただ、彼の察しの良さは素晴らしいと言わざるを得ない。ここで話したいのはその異常事態についてなのだから。


 人間の魂を対価にしたところで精々、特有級ユニークが限界であろう。だって、人間の魂は弱いからね。精神生命体でない魂はひ弱なのだ。だがそれでも、実際に神話級の武器が誕生しているのだ。


「これを作り出した人間には刻印魔法が巧妙に隠されていた。遠隔で魔力を供給するものでな。ああ、あと貸与ギフトで万物生成というスキルを得ていたな。貸与による効果の減退を考えると大元は神話級の魔道具を作り出せるスキルだと考えてもいいだろう」


 ひとしきり自分の見解を述べた後、守護者の意見を待つ。自分の意見だけで行動指針を決めるほど愚かではない。かなり熟考した後、口を開いたのはエルメスだった。


「なるほど、流石はロイス様です。そうとしか考えられません」


 可能性があるとしたらやはりそれしかない。確かに、偶然が重なった結果、神話級ゴッズにまで至ったわけだが、貸与の効果減退はかなり大きい。なので、偶然が重なり減退する前の効果に戻ったと考えるべきだ。これができるなら貸与のデメリットを超越できるわけか。なんてこった、厄介なんてものじゃないぞ。


 そもそも神話級の魔道具を作る権能など脅威でしかない。魔道具作成に長けるエルメスでも神話級の魔道具など作れたものではない。


 そう考えると目も当てられない現状に腹が立って仕方ない。ただ、明確にHOMEに敵対心を持つ組織であると決まったわけではないのがせめてもの救いであった。守護者は強いが、最強ではない。総力戦になれば負けるかもしれない。もっとも情報が不足しており、過剰な戦力を想定した仮定によるものだが。


「とりあえず、今日の会議は終わりだ。いいな?」


「ハ!この館はいかがなさいますか?」


「売り払え。後、言わずもがな証拠は一つ残らず消しされ。俺は一度学園に戻る」


「護衛を!」


「ティオナ、ついてこい」


 驚くほど早く話が続いていく。議論の余地もないし、異論もないので作戦は今この瞬間から開始される。


 学園に戻るのは、刻印魔法を詳細に調べなければならないからだ。死体の解剖を行い魔法が施される人物の強さや、階級といった条件を探りたい。学園に残る死体はどれも状態が悪いが、俺が殺した者たちは脳天にナイフが刺さっているだけで状態がいいはずだ。そいつらを解剖して調べるしかない。別にシェリンに調べさせても良いが、俺のすることがないというのは暇なので自分が行う。それに、刻印魔法が巧妙に隠されている場合俺かエルメスでなければ見落としかねない。権能や魔法を制限して生活していた状態ではあるが、刻印魔法を見つけられなかったからね。


 この家も最後なのだが、思い入れもないのでここはもういい。


 さっさと家を出てすぐさま学園に転移する。転移一つでも必要以上に魔力を消費してしまう。魔力が少ない体に慣れていないからなのだが、思った以上に厄介だ。


 いたるところで焦げた跡がある。死体が多すぎるな。焦げ臭いな、生焼けの死体もあるな、臭いな。とかいろいろ思っているとつま先に何かが当たった。目線を落としてみれば、ガギルの頭がある。


 うわ、ほんとに死んでる・・・。まあそうだよな、勝てないよな。エルは逸脱者だったし、英雄級でもないガギルが勝てる道理はない。


 仕方ないとはいえ、少々残念である。


「ティオナ地面を掘ってくれ」


「?畏まりました」


 ティオナは命令の意図が分からず一瞬困惑した様子だったが、すぐさま命令に従った。彼女の怪力からすれば穴を掘るなど造作もないことで一秒もかからなさそうだ。


 ティオナに地面を掘らせている間に、校舎の壁を剥ぎ取った。石造りの壁も灼熱にさらされて少しもろくなっているように思う。もろくなくとも簡単に削げてしまう力があるので、分からないがとりあえず文字を刻む。ガギルここに眠るでいいか。


 人の墓を作るのは初めてだが、案外うまくできていると思う。日用大工は苦手としているので、文字もグラグラだが文句は受け付けていない。死人が文句を言えるとも思えないのだけどね。


 殺すのは簡単だが、殺した後の処理は面倒なのだな、と考えながら穴にガギルの亡骸を落とす。土をかぶせ、そして、石板を刺して墓にする。歪だが仕方ない。急ごしらえだし、これ以上ちゃんとした墓を作るのも面倒なので仕方あるまい。そもそも、俺は墓を作ったりする性分ではないし、墓を設けられただけ幸運と思ってほしい。


「なぜ人間ごときの墓を?」


「お気に入りの人間だったから。他に理由はないよ」


 特段他に理由があるわけではないし、思い付きにすぎない行動だ。ここですべきことは調査である。それにしても、ティオナの人間を見下す姿勢は相変わらずだね。人間ごときに君の主人は力を封印されたわけだけどね。あ、自尊心が崩れそう・・・。


 とりあえず、弱者を弱者として見下すのは愚かな行為だと俺は知ってしまったのだ。これは守護者にも伝達しておくべきだろう。


「お前たちは人間を見下しているが、弱いからと言って何もできないわけじゃないぞ?俺みたいに足をすくわれるからな」


「そ、そんなつもりでは!すみません、この不敬は命をもって償わせて―」


「やめろやめろ」


 俺はティオナに聞こえないように心の中でめんどくさいな、とつぶやいておく。守護者はこれだから心労がたまるのだよ。全く、もう少しラフに接してくれていいのにね。


 さて、そろそろ本題に戻ろう。


 死体を見分けるのは簡単だった。額にナイフが刺さっている者はすべて魔神教団の死体だ。そういえばそうやって殺してたな・・・と。忘れていたわけではないよ、覚える気がなかっただけで。ほとんどの刺客を俺がナイフの投擲で殺していた。なので、一目見ればわかるのだ。中には焦げた死体もあるが、ほとんどが生焼けだ。臭い。


 それで、調べた結果。貸与されていたのはエル以外にはおらず、刻印魔法も同じであった。エルは魔神教団でも階級が上だったのだろう。人間において逸脱者は大陸に数人しかいない逸材だから、階級も上がるか。それを知ってしまった今、もう少し情報を集めるべきだったと反省してしまった。逸脱者にのみ貸与を施す、ということだろうか。それとも、適正があったからなのだろうか。まあ、真相は分からないので推測もこれくらいにとどめておこう。


「もういいか、帰ろ・・・いやシャウッドに行くぞ」


「はいお供いたします」


 シャウッドとは、王国の右側に広がる世界最大の大森林のことである。この森林には冥界門があり悪魔の住処につながっているし、鬼族オーガ小鬼ゴブリンのようなモンスターも多く群生している。さらに、精霊のような精神生命体もいるため人間は介入できない。危険なモンスターだらけの森林なのだ。


 だが、HOMEの守護者たちには危険地帯とは呼べない。冥界門はやはり危険だが、それ以外は歯牙にもかからない小物だ。


 森林には出向いたことがないので転移は使えない。なので、自分とティオナに不可視化の魔法をかけ、空を飛んでいくことにする。下から見られて噂になったり、モンスターとして討伐体が結成されても面倒だからだ。


 俺は飛行フライで空を飛びティオナは己の羽で飛行する。彼女は有羽族ハーピーなので羽があり高速飛行が可能だ。普通の有羽族とは違い腕が羽になるのではなく腕と羽が別であるので攻撃の幅も広がる。それは今関係ないので、詳細は省くが、兎にも角にもこれでシャウッドの大森林に行くことができる。


「距離は大体1000キロです。時間にして15分でしょうか」


 ティオナは気を利かせて距離と所要時間についてまとめてくれる。仕事のできる女性という評価が欲しいのだろう。守護者は皆こうだ。俺からの評価のため熱心になる。本気で飛べばもう少し速く進めるが、そこまで急ぐ案件でもないので本気は出さない。いくら、早く飛べるといっても永続的にこの速度を出せるわけではない。世界を一周するくらいは飛べるだろうけど、疲労が残りそうだ。


 兎にも角にも早速、飛行して目的地に向けて出発する。下に見える景色は絶景だ。都市から森林への移り変わり、その中にある川や山が見せる美しい景色は一度止まって眺めたいほどだった。でも、いつでも見られるのでスルーする。


「このあたりだな」


 俺は真下に向かい降下する。大森林の中心地であり、右に―距離はあるが―冥界門がある。シャウッドの森は、左に王国と魔大陸、右に評議国、帝国があり南にドワーフの王国がある。つまり貿易するならばこの大陸の中心地となるわけだ。住民が集まりやすく、情報も多く信憑性も高いものが手に入る。理想的な立地である。つまりは、ここを住処とする。今までHOMEは拠点と呼べる拠点を持っていなかった。主要な店舗として各国―帝国などの一部を除いて―に高さのある建物を建造してある。そこの最上階に集まり会議を開いていたりしていたのだが、そろそろ拠点を持っても良いだろう。


 そもそもHOMEが拠点を持たなかったのは、巨大になる前に潰されるのを防ぐためだ。潰されるような危機的状況になったことはないが、それは拠点を持たなかったからだろう。攻める場所がなければ潰されもしない。土地を持たない大国と呼ばれる理由でもある。


 そして、拠点とする森は木が生い茂っているので建築するには整地が必要不可欠だ。反面、資材は豊富だし森の恵みにもありつけるだろう。面倒だが、やるしかないので取り掛かるとしよう。


「ティオナ離れておいてくれるか?500メートルくらい」


 俺は虚空コクウ―ロイスが生み出した異空間にものを収納する魔法―から漆黒の直剣を取り出す。”対物直剣オブジェクティブ・ソード” 。生物には力を発揮しないが、物体には無類の強さを誇る。伝説級レジェンドの魔道具であり、物体に対する威力は神話級ゴッズの魔道具にも匹敵する。これは、効果を物体だけに限定することでレベルの差を埋める力を手に入れている故だ。本来、等級の差は明確に勝敗を分かつ。


 例えば、神話級の武器による一撃を伝説級の武器で正面から受けることはできない。伝説級の武器が破壊されてしまうからだ。だが、受け流すことはできる。単純に武器同士の性能バトルとなれば等級の差がはっきりと表れる。


「始原魔法”神択の一太刀”」


 この魔法は斬撃に付与することで広大な範囲魔法に変化する。斬撃が届く範囲を拡大し、その威力をざっと5倍にまで跳ね上げる。さらにこの技は即時効果を発揮するため、連発できる。集団戦では無類の汎用性を誇る便利な魔法だ。ただこれは始原魔法に分類される上、ロイスのオリジナル魔法であるため使える者は限られている。


 始原魔法は攻撃や魔法を強化することに特化している魔法であるため使いやすいが術式が複雑であり難度の高い魔法である。始原魔法の力は魔法の威力を一段階上げるといったものであるという特性上、上限値が存在しない。つまり、威力を際限なく上げ続けることができるのだ。とはいえ、技術的な限界が先に来るので精々3倍まで高められればいい方だ。俺なら5倍まで強化できるが、竜種ならば6倍や7倍もありうる。そして、強化の幅は例えるならば初級魔法の火球が上級魔法の劫火級になるレベルで飛躍する。


 これを同じ極大魔法に分類される核撃魔法で行えばどうなるだろうか、威力は倍増し射程もはるかに伸びるだろう。とりあえず恐ろしい魔法だ、ということだ。核撃魔法は攻撃手段としてこの世界最強の魔法であると定義されている。この極大魔法には、始原魔法、核撃魔法、超位魔法がある。超位魔法は範囲攻撃が主体であり、一面積当たりの最大火力は核撃魔法に劣るものの、極大魔法が使えなければ対処できないようになっている。


 対物直剣を思いっきり振り抜けば、半径500メートルの木々がはじけ飛び根から抜ける。歪だった地面も一段掘り下がる形で土煙をまき散らしながら平らな地面へと変わる。はるか上空に浮かび上がった木片はすべて風魔法により一か所に集められる。そのまま木材に加工して建材となるようにした。魔力操作を極めればこの程度は眠っていてもできる。


 円形に整地された場所に、拠点を築かなければならない。拠点を作り上げる魔法も持っているので即座に拠点を築くことができる。


 これはドワーフの国から盗んできた魔法なんだけど、ドワーフにはつかえない高等魔法だからドワーフにとって損失にはならない。売ればそれなりの値が付くだろうけど、この魔法を行使できるものが何人いるだろうか。勝ちがわかる者の目に触れないでいたので付加価値は0だ。それはもう、ご自由にお持ち帰りくださいと言っているようなモノでしょ?もらっても別にいいよね?


拠点作成クリエイト・ベース


 美しい四角柱の建物が顕現する。設計はドワーフが行っているため細部まで美しい彫刻が施されており、芸術品かのような輝きがある。これに俺オリジナルの防衛システムまでついているので、最強且美しい自宅が出来上がったのだ。俺に歯美術センスが皆無なので、防衛システムの見た目が美観を損ねると思われても仕方ないが、俺的にはかっこいい出来になっている。


 核撃魔法を一日に一度放てる砲台が四方に一台ずつ、魔法を二度だけ跳ね返す結界が一つ。この棟を中心に500メートルに塔の不可視化もかけられている。この不可視化の結界の中から、つまるところ王都に入るまで見ることのできない王城ができたわけだ。


 王城というには少々土地面積が少ないように思うが、中は魔法によって広さが拡張されているし高さも雲より高いので見劣りはしない。


「美しい建物ですね・・・お見事です」


 ティオナがそばに舞い降りて世辞を言う。世辞のつもりはないのだろうが、そこはどうでもよかった。俺が作った魔法じゃないからね。


 外から見るよりも内側の方が広くなっており、中には娯楽施設がある。部屋数も100を超えるので、この中に守護者の部屋を設けるつもりである。


「建国なんてしたくないんだよホントは。面倒なことしてくれるよあいつエル


 封魔囚石さえなければ、建国なんてしなくてもよかった。当然なことだが、建国してしまえば面倒ごとは必ず増える。目に見えた激務の日々に溜息を吐かずにはやってられない。


 ―いや、いずれは世界の技術力を一極に集めるべきか。どこまで強くなれるか分からないからな。


 遅かれ早かれ建国した可能性はあるが、面倒ごとを前倒しにしたエルはやはり悪だ。


「私どもが全力で支援させていただきます。なので御身に負担がかかるようなことは決してございません」


「ああ、いや良いんだよ。しんどい時は頼れ、失敗するほうがばからしい」


「なんとお優しいお言葉、私は感服いたしました」


 君に疲れるのだと言っている。それに、自分が手いっぱいなのに俺を頼らず任務を失敗するなど馬鹿らしいにもほどがある。そのような愚直な選択をしないために今から布石を打っておくに越したことはない。守護者は皆優秀なのだけど、優秀さにもカテゴリーがある。例えば接客はできるけど経営はできない者と、経営は出来るが接客ができない者、など種類があるように、強いだけのやつと謀略がうまい奴がいる。だからこそ、俺は王国に頭脳としてエルメス、補佐としてシド。実働できるものとしてフィンを派遣したんだ。


 優秀だから、上司が怠けていてもいいとはならない。優秀な部下をねぎらい尊重してこそ発展はある。俺の信条である。


 全く持って面倒なことである。守護者のメンタルケアまで負担しなければならないのかと思えば、体がだるい。疲労を感じない体だというのにこれは如何なることか。


 そんなこんなで愚痴を述べていたわけだが、土地は確保された。ティオナに言質を取られてしまっているし会議でも建国すると言ってしまったため後戻りはできない。幸運にもシャウッドの大森林はそもそも誰の領地でもない。大森林は危険地帯としてどの国の領土にも属さない中立的立場にある。中立的という扱いなだけで、人間にとっては脅威でしかない。要するに不可侵を暗黙のルールとしているのだ。とはいっても、シャウッドの大森林に国境が面しているのは評議国と王国である。この二国間での常識なのであった。


 人間の国で最大の武力を誇る帝国ですら、この森林には近づかない。たとえこの森を制覇したとしても被害が計り知れなくなる。利益が出ないことをわざわざする必要もないので、人間はこの地に近づかない。だからこそ、王国は港を作り出し、南西の国デイル共和国、魔王たちの大陸で最西端の竜女の魔王スフィア・アドルボルグが収める魔都ジスターブとの貿易を主に行っている。


 中でもデイル共和国とは親密な関係を築いており、ドワーフの国を迂回して通るためかなりの長旅だが継続的に貿易をしていた。共和国は軍事力を最低限しか持たず、法国、学術国、評議国、帝国、ドワーフの国と同盟関係を結ぶ中立国だ。どの国にも加勢をせずただ貿易でのみ関与する関係である。最も、王国の左側にある海に魔神が出現してからというモノその貿易も途絶えた。


 ただ、王国は自身の国が肥沃であるため貿易をする必要はあまりない。大森林も西側諸国を牽制する役割を担っている。ただ、大森林を開拓するならば、王国は俺たちと同盟を結ぶことだろう。王国はかなり軍事力の弱い国であるため、西側諸国に攻められればひとたまりもない。弱いくせに良い土地を持つからそうなるのだ。


 長々と各国の情勢について述べていたが、詰まると事森林を開拓すれば評議国と王国、ドワーフの王国に帝国や共和国といった国とのパイプができ、後ろ盾として使える。発展は約束されたようなものなのだ。ついでに王国を手中に収めることができれば食糧難も起こり得ないし国民も増えるだろう。かなり最高な立地をしているではないか。


 王国が選ぶべき俺たちへの対策は二つ。建国が終わる前に襲撃し破綻させるか、同盟かである。できる限り、建国については秘匿すべきだろう。王国にシャウッドの大森林の中を闊歩できるだけの戦力があるとは思えないが、まだ見ぬ脅威がいないとも限らない。魔神教団がいい例だ。教団の教えに背くことを知らずにしてしまえば敵対することもあるだろう。故に秘匿するべきなのだ。


 王国は俺たちを防風林のように西側諸国の牽制に利用すると考えられる。まあ、それは別に気にしない。帝国とも良好な関係を築けばいいからな。ただ、帝国には何か気配を感じる。強者、というか時空の歪みというか、油断ならない気配だ。


 とは言え、竜種がいるわけではないだろうし気を付けて居れば大事にはならなそうである。


「そうそう、この森に冥界門があるから破壊してもらえるか?」


「ハ。畏まりました。修復できるようにいたしますか?」


「いやいい。冥界門なら俺も開ける。既にあるものを残しておく必要はない」


 冥界門は時空間のゆがみを発生させ任意の場所にテレポートする超高等魔法である。冥界というのは悪魔が住まう世界のことであり、複数の世界に通ずる。例えば、この世界から冥界へ冥界から別世界へと渡ることができるのだ。冥界を経由すれば飴でできた世界に行くことだってできる。飴でできた世界があればだけど。


 複数の世界にパスがある冥界は、世界の在り方としてかなり異質である。


 悪魔には始祖と呼ばれる最強たちがいる。竜種がいなければ最強の存在として世界を支配していたことだろう。始祖は最初12体存在したが、現存しているのは七体で、エルメスはその一人である。エルメスが冠する色はマブロである。


 冥界門を守護しているのが始祖であるが、始祖はいつでもどこでも冥界門を作り出せるため冥界門自体にこだわりはない。ティオナは始祖と良い勝負をするかもしれないが、冥界で戦闘になればまず勝ち目はない。冥界とは原初たちの庭であり、悪魔にとって理不尽なほど有利な世界だからである。さらに言えば、始祖は精神生命体であり普通の物理攻撃も魔法も有効ではない。魂に作用する攻撃ができるものであれば魔法も物理も有効なのだが、それだけでかなり強い。まあ、受肉すればその限りではないのだけど、受肉体とティオナでは勝負にすらならない実力の差がある。


 悪魔たちが冥界からこの地に襲撃したとすれば、この拠点も失うだろう。守護者を総動員して対処すれば原初の一人や二人は殺せるだろうが、三人から先は被害も甚大になる。それに、始祖が暴れれば竜種を招きかねないのでその可能性を滅するため冥界門を破壊したい。


 竜種には勝てないので、絶対に避けるべき相手だ。封魔囚石さえなければ退けるくらいは出来るかもしれない。だが、勝てはしない。亡ぼせないからである。


悪魔召喚サモン・デーモン


 俺は低位の悪魔を50体召喚する。中には魔物のように馬の顔を持ったものもいる。50体もいれば土地の開拓も進みやすいし、疲れ知らずの悪魔たちは建築のような時間のかかる作業には適任だ。最低限の知能があるので複雑な命令も理解できるだろう。


 資源もHOMEの財力と技術力にものを言わせていくらでも調達できる。転移門から絶えることなく物資が運搬されるようにしたので、それを悪魔たちに渡す。ただ、俺に建築のセンスはないし、悪魔たちのセンスに任せるのも不安が残る。


「”ガーラ今時間あるか?” 」


 念話で連絡を取る。至急必要なものなので、適任者に頼むことにする。


「”ロイス様!?ハ、恩方のためであればいつ何時でも―” 」


「”暇ならいいんだよ。大至急建築士を呼んでくれない?転移門をお前のところに繋ぐから”」


 ガーラはシェリンの配下であるネームドである。守護者の一つ下の階級といえばわかりやすい。正確に言えば、守護者直轄の強者たちということだ。彼女も強い部類には入るが、HOMEの商業を担当しているため、ほかの者に比べて戦力にはならない。というより戦力にステータスを振っていないと言えば分かりやすいだろう。種族的な強さは間違いなく強者の部類だ。


 王国にクレープ屋を設置したり、服屋を設置したりを許可するのが彼女の仕事である。大体、各支店の責任者にはネームドが召喚したり、眷属だったりを配置しているため彼女の仕事はそれの管理である。


「”人数はいかがなさいましょうか、それと労働力として幾人か見繕いましょうか?” 」


「”5人くらいでいいよ。労力もいらない。ただ、建築士の要求するものは転移門で送り届けてくれ”」


「”畏まりました。1時間後、シャウッドに転移門を開きます”」


「”ご苦労様”」


「”滅相もござ―” 」


 俺は面倒な会話を、念話を遮断することで回避する。つまらない礼儀作法は公の場ならば武器になるが、一対一の会話で徹底されると面倒に思う。確かに俺は能力も高いし実力も経験もある。だからこそ、守護者やネームドたちからの信頼も厚いし期待も背負っている。だが、其のほとんどは依存であることも俺は知っている。


 頼られるのも、信頼されるのも別に構わない。応えてやってもいいし、そのために努力することも厭わないが、依存は違う。


 依存とは自分の成長を止める愚行だ。成長こそ生き物が与えられた最高の武器であるというのに、依存はそれを失わせる。俺がいるから自分が死んでもいい。そういう節が守護者たちにはある。


 だからこそ、俺はエルメスとシドを重宝する。あの二人は俺に依存するのではなく俺を見て勉強している。自分でも試行錯誤を繰り返し成長につなげ、実際に強くなっている。エルメスなどはいい例で一度、魔道具の作り方を教えてやったときには伝説級のスキルを取得してあっというまに俺の技術を超えた。俺も伝説級の魔道具を量産することはできない。エルメスは異常だ、もしかしたら俺よりも強くなるかもしれない。そもそも、この世界で純粋な個の力に手傷を負ったのはエルメスだけだったからね。


「それではロイス様、私は冥界門の破壊に行ってまいります」


「気を付けて行けよ。絶対に原初には気づかれるな」


 忠告はしたが、まあ十中八九出くわすだろうな。ただ、ティオナには転移魔法もアイテムもあるし何とかなると思う。ティオナも強い部類に入るし、腕力だけなら俺を超えてる。守護者の中でも一番だから気を張る必要もない。


 一番といっても、通常形態だけの話でシドが本気の姿を見せればティオナの腕力ではどうにもならないだろうし、エデンの魔物の中には彼女の腕力に比類する個体もいる。ティオナの本領は空中戦なので、そこは気にすることもないのだけども。


 ティオナも冥界門の破壊に出向いたので、ここにいるのは俺と知能の低い悪魔たちのみ。建築士が送られてくるまでの残り一時間をどのように過ごすか俺は考える。貴重な自由時間を過ごすのに無駄なことはしてられない。


 読書をしよう・・・いや、魔道具の手入れでもしようか…迷うな。ワードパズルでもしようか・・・フラッシュ暗算で時間を潰してもいいか?


 いや迷っている時間はない。読書だ、読書をしよう。本は、王国で買っておいたものがある。


 虚空から本を一冊取り出して、表紙をめくる。”輪廻転生”と書かれた本を読むのだ。ファンタジーだろうな。この世界は魔法があるからファンタジーの幅が狭いんだ。常に非日常だからね。この本はどんなワクワクをもたらしてくれるのだろうか、と上機嫌で一文字目を読もうとしたその瞬間。


「”ロイス様、準備が整いましたので少し早いですが、よろしいでしょうか”」


 ッチ!―いやいや、言われた仕事をすぐさまこなしてくれたのだ。文句は言わないでおこう。ガーラめ、有能な部下は時に上司を困らせるのだ。


「”ああ、頼む”」


 ガーラに返事をしたのち、すぐさま転移門を発動する。ガーラが選んだものは、ドワーフが二人、上位長耳族ハイエルフが二人、上位悪魔グレーターデーモンが一人である。まあ、いい人選なのではないだろうか。


 ドワーフは言わずもがな建築や装飾に秀でた才を持つ者が多い。エルフは手先が器用な者も多いしドワーフとは犬猿のように思われがちだが交流も深い。悪魔を召喚しているので、其の上位種族がいれば命令も通りやすいだろう。まあ、町が綺麗に完成するならばどうでもいい。


「貴方がロイス様でしょうか?」


 悪魔が俺に気が付き、頭を下げる。それを見たほか四人も急いで首を垂れる。こいつらにはあったことがないので、俺に気が付かないのも無理はない。ネームドではない者たちが俺のことを知っているのは恐らくガーラが説明したからであろう。この者たちは、ネームド配下で各国の店舗で仕事をしていた者たちである。もちろん呪いがかけられており、俺のことを口外することはできないように細工されている。それに、もともとこの世界に生まれ落ちた存在ではなく、エルメスの実験や魔法によって生まれた者たちだ。


「そうそう。あの悪魔たちに命令していいから、好きなように建築してくれ。資源と費用については糸目をつけなくていい。都市には刻印魔法を施すからこの地点には塔を作ってほしい。そんで、この俺の家付近には何も作らないでおいてくれ」


 俺は口早に指示を出す。俺のイメージでは、俺の家周辺に高層ビルが立ち並び、ガラスをふんだんに使われた建物であふれかえる予定だ。刻印魔法については、俺が行うので、建築士の領分ではない。だが魔法を制御するための場所は精密に定めなければならないのでそこだけは指定しておく。


「ハ。御方の想像を超える都市を作り上げて見せましょう」


 センスのない俺の想像を超えるなんて簡単だろうけどね。


 悪魔の言葉に俺は頷く。この者が種族の序列的に代表のような立ち位置にいるのだと察することもできたし、この者に名づけをするべきだろう。管理できなくなりかねないからだ。


 悪魔にとって名づけは進化をもたらす。厳密に言えば精神生命体にとって名づけは存在を裏付ける要素として進化をもたらすのだ。


「お前に名前を付けるから、ほかの四人をまとめ上げるように。ええ、テトでいいか。自分たちの拠点ができるまでは俺の家を使えばいいし、資源の調達も俺の許可を仰がなくていい」


 テトが名付けられた瞬間まばゆい光を先進にまとい、進化を果たす。上位悪魔から上位悪魔将アークデーモンへと。まあ強いけど、始祖には遠く及ばないし、ネームドにも及ばない。ネームドになりたければ悪魔公くらいには進化しなければ話にならない。とはいえ、人間の国を亡ぼせる程度には強いからね。俺の勢力が強いだけで、常識的な強さではない。


「ドワーフもエルフも、そうおびえることはない。まあ、悪魔ばかりならば恐ろしいというのも分かるし・・・特別に俺の家の酒場も浴場も提供しよう。他にも困ったことがあれば声をかけてくれて構わん」


 種族的に弱いエルフもドワーフもひどくおびえているように思うが、それも仕方がない。悪魔は弱小種族を見下す傾向がひときわ強い。でも俺の召喚魔法によって召喚された者たちは、俺の命令に絶対服従なので見下すな、と言えば終わりなのだ。だから、おびえないで鷹揚に命令して居ればいい。


 説明も終えたことだし、俺は自宅で読書をするとしよう。本音を言えば、俺の家の酒場を解放するのも浴場を解放するのもいやだ。そもそも自宅に知らない者がいるのも嫌でしかない。ただ、俺の命令で知らない地に出向いてきてくれた相手だ。ある程度は妥協するべきだろう。


 俺が家に入った瞬間、ドワーフたちが胸をなでおろした。目で見ているわけではないし、視線を向けていなくともちゃんと見えていた。緊張もするよね、当たり前だ。だが、其の後すぐ紙を広げて忙しくペンを動かし始めた。皆一様に資源が無限に使える建築と聞いて心が躍っているのだ。無理もない、建築士にとってはこれ以上ない環境だしね。


 間違いなく世界最高峰の建築に秀でた者たちの死力が尽くされ作り上げられた都市、不格好なわけがない。完成が楽しみである。50体の悪魔じゃ足りないような気がするが、その都度転移魔法や俺の召喚魔法で人員を増やせばいい。俺にとってはすでに終えた仕事だ。


 ただ、悪魔たちを使えばそう時間も要せず完成するだろう。何といっても、不眠不休の労働力だからね。これにアンデッドたちを使えばもっと時間も短縮できるだろうけど、フィンはこの場にいないし諦めるとする。俺もアンデッドの召喚程度はできるが、俺の命令をアンデッドは正確に受け付けない。頭も腐っているから知能が低すぎるのだ。フィンならばそれも関係ないのだろうけど。


 さてと、これで建国はできたといっても過言ではない。国家とは領域、国民、憲法がそろった地帯のことを言う。憲法や、国民はまだ整備している訳でも、抱えているわけでもない。だが整備も問題なくできる。国民なんてHOMEの従業員をこの地に置けば解決するし、発展は約束されたようなモノ。憲法も考えなくていい。エルメスに丸投げすれば問題ない。ただ、一つ懸念があるとするならば、弱小種族が強力な種族と共生することだ。


 ウサギとライオンが同じ檻で共生することなどできるはずもないが、それができるように憲法を整備する必要があり、それに効力を持たせなければならない。面倒なことだが、それもエルメスに丸投げすればいい。エルメスは優秀だからね。ほとんどの仕事を押し付ければ翌日には卒なくこなしているような奴だ。


 始祖の悪魔に逆らえるものもいないだろうし、法律に効力を持たせることもできるだろう。さて、そのエルメスは王国で何をしてるのでしょうか。


 ※

 <エルメスの一人称から始まります>


 ロイス様からの命令を果たすべく私はここにいる。御方は私以外にもシド殿とフィン殿を派遣した。信頼されていないのだろうか。王国一つくらいならば私一人でどうとでもできるというのに。いや、あの主君がそのようなことを承知でないわけがない。考えよう。私にはできない役割があるのだろうか。いや、私にしてほしくない役割をシド殿とフィン殿に肩代わりしてもらいたいのでしょう。私の予想の範疇に収まるようなお方ではないですからね。考えの一端を探るだけでも一苦労ですよ。


 ならば、私が落ち込むのも不敬でしょう。さてと、私も仕事をしなければなりませんね。久しぶりの大仕事―いや作業でしょうか、どちらにせよ期待に応えねばなりませんね。


 <エルメスの一人称が終わりました。下からは三人称です>


 エルメスは自分勝手で独りよがりな考えをしがちだが、そのすべては優れた能力によって裏付けられたものでありその態度は間違っているわけではないと言える。だからこそ、エルメスはロイスの考えを読み違えなかった。ロイスの思惑がわからない以上、自分なりの解釈で納得しなければならない。組織において言うなれば問題行為になりかねないが、上司たるロイスの命令が曖昧なので仕方ない。エルメスの能力があるのならば、間違いなく思い通りになるとロイスは確信していた。それゆえの曖昧な命令にむしろエルメスは燃えていた。


 王国にそびえる一つの塔、リ・シルバの最上階で三人は会議を始める。もちろん今後の王国攻略についての行動指針を決める決議である。


「エルメス殿、私は何をするべきなのでしょうか」


 シドは自分の役回りについて考えていないわけではない。自分が王国に派遣された訳も当然のように、頭が擦り切れるほど考えた。エルメス一人で事足りる仕事に自分が派遣された意味、それは恐らく自分にしかできない役割があるからだろう。そして、それを完璧にこなす事が求められていることも自明の理であると確信していた。


 そもそも、ロイスの命令は魔神教団の調査。そのついでに、加護の調査もしておくとなおいいだろう。加護についてはロイスも大して知らないと聞いているし、加護というモノの性質も異常であるため調査はいずれするべきであった。現時点で加護というモノは脅威になり得ないという見解だ。だが、力の解明は自身の強化につながるだろう。だからこその調査なのだ。


「まずは、王国において殺してはならない人物をリストアップしましょうか」


「エルメスさんとシドさんだけでよくないですか?私はなんでここにいるんでしょう」


 フィンは何も考えていない。ただ、確かにフィンの仕事は極めて少ない。仕事を与えることは容易にできるので、ここに居て邪魔になることなどはありえない。いて損はしない存在だった。だがそれでしかない。考えていないようで、的は射ている意見であった。


「フィン殿、それはロイス様の決断に異議を唱えると言いたいのですか?」


 エルメスは意地悪をした。悪魔なのでらしいと言えばらしいのだが、これは守護者に効く言葉である。確かに視方によっては不敬に当たる意見であるかもしれない。それを気にするようなロイスではないことをエルメスは知っている。でなければ自分は生きていない。エルメスはロイスに対して礼節を尽くしているようで実は違う。エルメスはロイスを最強の存在として崇めている一方、超えたい目標としている。それ故に守護者の忠義とエルメスの忠義は全く違うのだ。だから、というのではないが互いを認め合った友人でありながら主従関係を築いた存在という、少々ややこしい立ち位置に居るのだ。


「いやいや、そんなんじゃないですよ!ただ、折角命令してもらえたのに、あまりにわき役だったから悲しいだけで・・・」


「その気持ちも分かるが落ち着け。エルメス殿の話をさえぎるな」


 フィンはシドの発言に不服な様子だが、ここでエルメスの話を遮るほうが問題であると口を閉ざす。


「殺すべきではない者は、加護を複数持つ戦士長とその付近の人間。後は王族ですね。それ以外はどうでもいいです。おや、四雄という冒険者も一応殺さない方がよさそうですね」


 エルメスは思い出したかのように、四雄という冒険者も殺さないリストに追加した。


「その戦士長は拉致するのですか?監禁して調査するならば冒険者でもよいと思いますが」


 シドの発言も確かに肯定できる。戦士長を拉致すれば、王国は騒がしくなるだろう。できる限り隠密に動かなければ魔神教団の尻尾を掴みにくくなることは明確である。


「戦士長は加護を王国で最も多く持つ者です。冒険者では変わりは務まらないでしょう。あと、拉致するつもりはありません。王国で加護の調査は終わらせます」


 エルメスの発言にシド殿は少し驚いた様子を示した。加護の性質について心当たりがあるかのように話したからだろう。実際は心当たりなどない。ロイスでさえ、加護についてあまり知らないのだ。エルメスの方が長く生きていたが、そのほとんどは冥界で過ごしていた。だが、加護によって原初が撃退されたという歴史が残っている。それを解明したいのはエルメスだって同じだ。現存する加護では原初に有効な攻撃を与えることは不可能だ。


「魔神教団はいかがなさるおつもりで?」


「おそらく魔神教団は王国に拠点を置いてるとは思いません。なので、教団が王国に拠点を置かなくてはならない状況を作らざるを得ないでしょう」


 王国に教団が拠点を置く利益がないので、そう考えた。王国は他国に行くにも大森林を踏破するか海を渡る必要があるし、さらに王国の内部はすでに腐りきっているので教団が特別何かをする必要も全くない。もっと言えば、大森林には冥界門があり原初が現れる可能性があるし海には魔神が潜んでいる。王国が他国とかかわりを持てないことは周知の事実であった。教団としては、戦士長であるウルスが死ねばそれでいいのだろう。学園の事件がそれを物語っている。そして、ウルスを殺すための戦力はすでに王国に潜んでいると目されているし、一度失敗した作戦を直ぐにやり直すとも思えない。ならば拠点を置くこともないと考えるだろう。もっとも、魔神教団の目的が分からないでいるので、直感で断定するべきではない案件でもある。


「つまり、教団と敵対する何かを作るということでしょうか?」


「ええ。教団の脅威が現れればある程度対策をするでしょう。ロイス様はだからこそシド殿をここに派遣したのでしょうね」


 シドは考える。だが、よくわからない。自分の能力の足りなさに悔しさがこみ上げるが、今はどうあがいてもエルメスの知能に勝てはしない。いつか勝てるまで自分の能力を高めるしかない。


「まあ、そのうち分るでしょう。シド殿は戦士長と接触してください。今頃、王様に七使徒と七指を征服するよう命令されていることでしょう」


 前もってシェリンから王国にいる加護持ちのリストをもらっていた。その中で気になったのは、裏組織の実力者集団とそれを護衛として雇っている商業団体の名称である。七使徒が商業団体であり、七指が強者たる護衛団体だ。


 七使徒については考える価値もない。商業団体には毛ほどの興味だって湧かない。確かに人間の商業団体であれば世界最大といってもいいだろう。だが、HOMEに勝てるわけがないし、世界に根を張っているわけでもない。これを吸収するよりも滅ぼした方がよほど有意義である。


 ただ、七指は違う。加護を多く持つ彼らを拉致し観察、調査することができれば加護について何かわかるかもしれない。ウルスたちを監禁すれば面倒なことになるだろうが、消えても困らない犯罪者集団ならばどうしてもいいだろう。


 それに加護を持つ者同士の戦闘は情報を集めるのにも必須になるだろう。王国を蝕む七使徒を王宮が目障りに思っていないわけがない。些細なきっかけさえあれば両者はぶつかるだろう。きっかけを用意するなど簡単なことだ。


 そもそも、現在王国は王派閥と貴族派閥に別れている。貴族派閥の方がやや優勢であるが、先の魔道学園襲撃により多額の負債を負う形で精力を減退させている。ならば王派閥にとってこれは好機であろう。今王宮が動かないわけがないので、どうやって動機を作ってやるか、それがエルメスが考えるべき問題である。


「エルメス殿はすでに手を回しておられるのですか?」


「ええ。シド殿にはすぐに動いていただくことになるでしょう。よろしいですね?」


 絶対にNOとは言わせない。だが、シドとて言うつもりはない。エルメスが最善だというならばシドはそれに従うまでである。王宮に協力する勢力を送り込めば、より盤石な勢力を築くため七使徒を吸収しようとするだろう。


(ただ、簡単すぎますね。ロイス様が慎重に成るのも理解できますが、もう少し頼っていただきたいですね)


 心の中で、やはり自分には見合わない任務に不満がある。


 ―ロイス様が私の能力を把握していないわけではないでしょうが、ロイス様がすべておぜん立てしたならば誰であろうと任務をこなせるでしょう。私ももっと大々的に行動したいものです。


 心中ではかなり言いたいことがある。だが、それを口にすれば不敬に当たるかもしれない。ロイスがそれを気にするとも思えないが、守護者が何も思わないということはないだろう。


「フィン殿もですよ。いつでも動けるようにしておいてくださいね?」


「はーい。任せてくださいよ」


 フィンは適当に答える。もともとそういう性格だが、分別は弁えているので、ロイスの前では型にはまった敬意を徹底する。守護者は別にエルメスに忠誠を誓っているわけではないので、ロイスにさえ失礼がなければいいと考えているのだ。フィンが守護者から叱責されないのは、其のラインを完全に把握しているからだ。頭が悪いように見えて実はそうではない。いや、勘がいいというだけかもしれない。


「それでは今日はここまで。皆さん明日以降に備えておきましょう」


 二人はエルメスの言葉に頷いた。そして、三名の姿が掻き消える。皆自分の役割を把握し適切な対処を行えるよう準備を始めたのだ。


 ※


 王に呼ばれるのは別に珍しいことではない。今日も兵士たちの指導を終え、王の居室へと向かっている。もちろん警護のためでもあるが、王の尊厳を保つためにも戦士長であるウルスがそばに控えることは意味がある。戦力の誇示になるからだ。王派閥にウルスが一人いることで軍事力では貴族派閥と伯仲している。ただ、持続力で負けてしまうので、直接戦闘になることは避けなければならない。貴族が味方しない王には金が少ないからである。


 ただ、いくらウルスが加護に恵まれており逸脱者にも届く実力があるとはいえ一人で七指を殲滅できるほど強くはない。同じ階級のアダマンタイトたる七指を蹂躙するには最低でも逸脱者になる必要がある。


 逸脱者は加護の同時発動の限界値を突破した者たちのことを言う。加護の限界値は人によって違う。だが、常人の限界が同時に3つであり、ウルスのように才がある者でも4つ使えれば御の字であった。そして、5つ使える者が逸脱者と呼ばれる。


 ウルスはあと少しで逸脱者に至ると目されているが、そもそも逸脱者というのは人類の進化を意味する。種族の進化とはとてつもなく長い期間、技を熟練し魔力を極める必要がある。言ってしまえば、ずっと力を高め続けていれば進化するというのが定説であるし、事実でもあった。ただ、これは1年や2年というような短期間ではなく最低でも50年からと言われている。人間のように寿命が少ない種族には幸運に幸運が重ならない限り進化は訪れない。


 まとめると、ウルスが逸脱者になるには若すぎるということだ。


 王の居室の前に到着し、3度ノックする。王から入室の許可が下り、周りを数度見渡した後、戸を開ける。王の姿が見えたので、御前まで歩き膝をつく。平民出身であるから、礼儀を尽くそうとしてもぎこちなくなってしまう。


「ウルス、よく来てくれた。ここ連日呼びつけてすまないな」


「王よ、ありがたいお言葉ですが、私は御身の忠実なる下部でございます故、お気遣いは必要ありません」


 何時もの挨拶を終え、ウルスは王の言葉を待つ。ロウワー・メイウェル・バン・ロータス・サルダージュ、これが王のフルネームだ。王族とは名前に五つの塊を持つ。王国は歴史が長いので、この風習が未だに薄れずにいる。他国ではこのような慣習はみられない。というよりも、王国はこの国のほかにドワーフの国しかない。他は、皇帝が居たり代表者の合議によって国の指針が決められる。


「今王派閥が貴族派閥と入れ替わるには絶好の機会だ。だからこそ、七使徒の勢力を吸収し覆らない差を作らなければならない」


 王は賢明な人だ。元農民であるウルスを王宮に拾い上げ戦士長として起用した。これがなければ王国は魔物との戦線が後退し続けていたことだろう。ウルスは王が失敗したところを見たことがない。派閥が二分したのは前王の時代であった。半ばロウワーに丸投げされた形で王位が継承されたのだ。それから10年、内乱が起きなかったのはロウワーの力と努力のたまものだった。


 そんなロウワーが今、勝負を仕掛けるというのならばウルスは死力を尽くして助力するしかない。命を捨てる覚悟もすでにできている。今更何を言われようと、一切躊躇することなく肯定し実行するまでだ。


「七使徒を制圧すること自体は造作もないでしょうが、七指は違います」


 七指がいなければ七使徒はここまで大きくはなっていなかった。逆に言えば七指を制圧してしまえば七使徒はそこで終わりだということでもある。七使徒の力は財力と商業の手腕がすべてだが、そのどれもがHOMEの劣化である。今更、裏組織が商業を牛耳るなどできるはずもないので、王国にとってさほど問題にもならなかった。だが、最近は人さらい、麻薬売買などが問題になり始めており看過できなくなっている。HOMEは麻薬や奴隷商などの分野に手を出していないからこそ、その分野で一山当てようという者は多い。HOMEのせいで裏組織が増えたという見解を持つ者もいるくらいだ。


 ここで国民たちから王の人気が乖離してしまうことは絶対に避けなければならないので、七使徒と対立することはすでに決まっていることだ。


「そうだ。はっきり言って貴族たちは腐っている。兵士を貸し出すようなこともしないだろうし、俺たちで戦力を集めるしかない」


 王もそれは知っていた。王国にウルスと同等の力を持つ無所属の強者は案外多くいる。例えば、ウルスと昔冒険者チームを組んでいた三雄のフリート・ヴェイロンとヴェルセルクだ。後は、現アダマンタイト級冒険者である四雄の四人、冒険者組合に組するオリハルコンクラスの冒険者なども戦力として考えられるだろう。


「王国にいる強者たちを集めたとしても、奴らには魔道具がある。はっきり言って五分五分だ。だから、国内外問わず強者を集めるべきなのだが、冒険者は視野に入れたくない」


 王が求めるのは王国内外の無所属の強者だが、そんな存在がいるわけない。国外にも冒険者組合があり、アダマンタイト級の冒険者が存在する。だが、他国の冒険者を引き抜く、というのは予期しない不和を生み出しかねないのだ。アダマンタイト級の冒険者は人類最高峰の戦力であるので、その動向は諜報部によって監視されている。


 だからこそ、冒険者を使うならば王国に拠点を置く者たちに絞らなければならない。


 まだ見ぬ強者が友好的であり、此度の作戦に力を貸してくれるというのならばこれ以上望むことはない。


「ロンドという少年を探せ。お前が見たあの人ならざる強者を仲間に引き入れるしかない」


 ウルスは震えた。思い出したくもないが、忘れられるわけもない。ロンドという少年。一見してただの魔道学園の生徒だ。だが、其の実力はアダマンタイト級の実力ある者たちを瞬殺する程であった。さらに、ウルスの視覚を遮断し、次に現れたその時はまるで物語の世界かのような光景と地面に広がる血液の海が目に入った。あれはまさしく地獄のような光景であった。今思い返しても血の気が下がるほどに。ロンドには返り血が付いていないが、そばにいたエドルや地面には夥しいほどの血が付着していた。正気を保てないほどの衝撃であったと記憶している。


 だからこそ確信している。ロンドという少年は確かに強いが、奥底にあるのは人の心ではない、と。魔道具に封印されそうになり片腕を削ぎ落していたが、その程度で死ぬような存在でもなく今は何の外傷もなく生きているとも確信できてしまう。この世界のどこかに居るのだろうが、見つけられるわけがない。


 王のそばに置くべきではない存在である。現に、彼が住んでいた館の情報もある日を境に調査できなくなったう上に、学園や生徒たちの記憶からもロンドという少年は存在しないことになっていた。自分の記憶にあるのは、情けをかけられたかあるいは忘れているだけなのか。順番が回ってきていないだけという可能性もある。だが、どうしようもない恐怖に打ちひしがれる余裕はない。


 ただ、しかしながらこの記憶を忘れたくない自分がいる。あの圧倒的な力に憧れと賞賛を抱かない戦士はいない。恐ろしいが力の化身というべきだろうか、美しかった。鮮血が舞まるでスノーダストのような光景になっていたのも相まって、神々しさすら感じてしまったのだ。冷静になれば恐ろしい光景であったのは確かなのだが、両目で見た感想は美しいと、羨ましいであった。


 ロンドが居さえすれば七指など瞬きをする間に滅ぼしてくれるだろうと、希望しているが間違いないだろう。


「ロンド殿の存在は全く探れません。現実的ではないのではないでしょうか」


「だが、それしかない。ロンドと比類するほかの個体を探し出すのでも構わん」


 それも現実的ではない、と少し思考を巡らせている間に王がまた口を開く。


「現実的ではないことなんて知っている!だが、それしかないだろ!――すまない、俺もつかれているんだ」


 王は王冠が乗った頭を掻きむしり、両腕を振り下ろし椅子の肘置きを強打する。だが、すぐさま冷静になり謝罪した。王冠は地面に転がり、力なく倒れる。まるで王の現状を暗示しているかのようだ。


 まだ情勢に余裕があった時代の王は王国が良くなると信じひた走る人物だった。だが、疲労と絶望が彼を少しづつ蝕んでいる。今でも王国のために動いているのは執念か、最後のあがきなのか。王の体力的に見ても最後の好機なのだ。


 よく見れば、両目にはひどいクマが付いており腕も少し震えている。手のひらには白い髪の毛が幾本も乗っている。ロウワーは34歳だ。そこまで白髪が多くなる年ではないが、ひどいストレスでこうなってしまったのだろう。


「いえ、王よ。私が力不足なばかりに、御身を煩わせ申し訳ございません」


「いや、お前は何も悪くないさ。俺が―いや、やめよう。だが、強者は探し続けてくれ。戦力が足りない現状下ではミスリル程度の者でも起用したい」


「はい。お任せください」


 王は疲弊している。この疲弊を肩代わりできる有能な者は皆貴族派閥に買収されており、王のそばにはいない。王派閥にいる有力者など四大貴族の一人、エラルド・エドワードだけだった。だが彼は今、息子であるエルが魔神教団の一員であったことの責任を追及され、領地に軟禁されている。また、エルが死んだショックで自分の領地に引きこもっている。頼りになるのはウルスだけであった。彼の息子がテロ組織の一員であったことを罰し、領内に軟禁されて以来、王は力を借りることもできなくなった。彼の今までの功績と忠義に免じてお咎めも軽いものになっている。軟禁、というのが王の決定であった。


 それを知っているからこそ、ウルスは自分の双肩にのしかかる王国の未来を推し量り吐息をこぼす。


 ウルスは王の居室から出る。ロウワーは彼の背後を見て後悔のため息をこぼした。


 叶うなら、お前と共に―。


 ロウワーは王という立場にありながら戦士長という彼に焦がれている。悲しいなんてものではない。悔しいなんてものではない。運命には打ち勝てないのだ。


 ※


 まずは、三雄の勧誘から始めるべきだろう。三雄はかつてウルスと共に王国で名を馳せた伝説的存在だ。解散したのは、ウルスが王に戦士長になるよう要求された10年前のことだ。それから今まで冒険者として三雄を超える存在は居ない。それは、名声とクエスト解決数を加味した点数でランキングされたもので比べられている。冒険者組合が、”冒険者がもっと真摯にクエストに望むように”という期待でランキングを作ったのだ。三雄はその理由からすれば永遠と一位を取ってしまうため邪魔であった。故に殿堂入りしたわけだが、それでも今までの功績に比肩する者はいない。


 ただ、三雄の残り二人が今どこにいるのか、それはウルスにも分からない。ウルスが知るのは今の彼らではなく10年前の彼らだ。今まで彼らの情報を集めなかったわけではないが、そこまで力をいれて調べたことはなかった。だから、ということもあるが彼らが人目につかない場所で生活していることは確かであった。


 完全に隠居生活を送っているのだろう。彼らのたくわえなら田舎で暮らすことも可能である。


 彼らが今、王宮でウルスと共にいないのは彼らが人の下に立つのを嫌うからだ。当時も当然、「俺と来い」と誘った。だが、返事は―知ってはいたが―断られた。


 恐らく、チームを捨てた自分を彼らは許してはいない。再びまみえるのが少し恐ろしく思えてしまう。ただ、恐れていては待つのは王国の破滅のみだ。いかに七使徒が大した組織ではないとはいえ、派閥が二分している今を利用しないとは思えない。それに、HOMEと比較して”大した組織ではない”と言えるだけで、十分巨大な組織である。油断はできないし、どうやって利用するかまではウルスの頭では分からない。だが、秩序が乱れた瞬間は最も世間を手玉に取りやすいと、ロウワーは語っていた。ならばウルスは王を信じて行動するのみである。


 ウルスは城下町をただ歩く。町に出れば人だかりができまともに前進できない。それほど人気なのだ。それが三雄という存在であった。彼らの武勇伝は他国にも書籍として伝播している。吟遊詩人が彼らの歌を歌い武勲を広め、金を稼ぐ。戦士長となり浄化にいる時間も幾分か増えたが、それでも人だかりができてしまう。


 人込みを潜り抜けて歩くのもなれたものだ。人だかりを避けて向かったのは現役時代よく使っていた冒険者組合だ。そこに顔を出すと、当時の専属がカウンターから飛び出して迎えてくれた。いつもは落ち着いた雰囲気のある彼だが、ここに来るのも久しぶりなので何かあったのかもしれない。


「何かあったのか、ザルド」


「いえいえ、うれしいのです!貴方様が再びここに現れることはないと思っておりましたので」


 声色から本当にうれしいだけなのだと分かる。そこまで喜ばれれば悪い気はしないが、冒険者に戻ったわけではないし自分ひとりの功績による人気ではないのでどこか悲しさも感じた。ここにあの二人いたならば、正しく喜べたに違いない。


「そうか。ただ申し訳ないが、俺がここに来たのは―」


「お二人の情報が欲しいのでしょう?任せてください、私ほどあなた方にかかわった者もいないでしょうか自信はあります!」


 ザルドは意気揚々に応えると、カウンターの奥へと姿を消した。まだ返事もしていないが、それほど分かりやすかったのだろうか、とウルスh自分の顔を触り筋肉をほぐす。


 冒険者組合は、各国からの情報が集まり掲示板に張り出されそれがまた冒険者により広められる。そのようにして、組合には様々な情報が集まる。だからこそ、ウルスはここに来たのだ。人を向かわしてもよかったが、自分が来た方が組合からの信頼も容易に確保できるだろうと思って来たのだ。


 ザルドが何かを持ってくる様子なので、黙って椅子に腰かける。もともと、情報収集はチームでも自分の担当外だし、王宮ですることも王の護衛だからこの手の作業は適任ではない。


 二人に会うと思うと、かつての輝かしい記憶がよみがえり笑みが零れる。今の待遇も不満はないしやりがいも感じている。王は寛容で賢明であるから文句が生まれるはずもない。だが、あの二人との時間がそれに比類しないというのはありえない話だった。


「お待たせいたしました、ウルス様。こちらがお二人の今おられる場所の情報です」


「なぜ、そんなものが?―いや、ありがたく使わせてもらうがただ、興味があって聞いたまでだ」


 自分の言葉がザルドを責めているように聞こえると気が付き訂正する。冒険者が引退した者の情報を集めるなどふつうはしないことだ。ただ三雄などの、元アダマンタイト級の冒険者なら、多少は情報も集められるかもしれない。だが、目の前に置かれた紙の量はその程度で言い表せられる域を超えていた。


「貴方がここに来るということは、お二人の力が必要になったときと確信してましたので集めておりました。まさか、これが日の光を浴びることがあるとは思っていませんでしたが」


 この日が来なければ火にくべて燃やしていたと説明された。今更自分たちの情報を完全に絶つなどできようはずもないので、そこを気にしているわけではない。だが、目の前に置かれた紙が重ねられた高さが10センチを超えていたから、少し驚いたし恐ろしいと思ってしまっただけである。


 軽く目を通せば、確かに彼らの性格からくる行動に似ているものも多くあるし信憑性も高いと思われた。どれほど信憑性が薄かろうが、この情報しか頼れるものもないので、明示された場所へと向かうことは確定していた。


 組合を後にし、そのまま目的地を雪山に定める。王国、国壁の外側にまだ雪の残る山がある。年中雪が残り、景色を淡泊にするが美しく美観を損ねるものではない。


 だが、美しいだけではなく魔物の群生地でもあるため、そこに住む者はいないはずだった。だが、其の山はかつて三雄が暮らしていた小屋がある。今となっては昔の話だし、自分たちを象徴する小屋にまだ彼らが住んでいるわけがないと思っていた。だが、情報ではその小屋付近に彼らがいる、と記されている。


(あの小屋にまだ住んでいるのならアイツらはまだ冒険者に未練があるのだろうな)


 冒険者に戻りたいと、二人が思っているのなら冒険者としての身分を奪った自分を許しはしないだろう。やはり、自分は嫌われているのだと信じて疑わない。あの輝かしい過去に戻りたいと思ったことは何度もあったが、今の忠義を捨てて自分勝手に冒険者となることは許されない。それを苦痛とも思わないが、今一度二人に会ってみたい。


 国壁に出るため、牛車に乗り込み関所まで行く。戦士長ならば王都から出るのに手続きは必要ない。牛車から降りて直ぐ王都を出た。雪山までそう距離はないので、徒歩でも夕暮れには十分間に合う。ただ気がかりがあるとすれば、自分が持っている武器がいつもの武器ではなく予備武器であることだろ。いつもの武器の等級は精々極少エクストラくらいだが、予備武器は通常ノーマルだ。


 学園での事件でいつも使っていた武器は摩耗し手放さざるを得なくなった。かつて使っていた武器は二人の生活費になるよう置いてきたため、今扱える武器は鉄の大剣しかなかった。この世界で武器というのは使い慣れた武器だから扱いやすい、程度の差だけではなく、大幅に実力を底上げする要因になる。


 例えば通常ノーマル希少レアの武器を破壊することはありえないし、伝説級レジェンドの魔道具の効果は同じ伝説級以上でなければ相殺できない。この世界では、武器の等級により勝ち負けが決まることも少なくない。使用者の技術によって、等級の差が埋まり武器は買いが可能になることもあるがそれは低級の武器でしか起こらない。


 雪山はたいして標高が高いわけではない。だが、かつて勇者と原初の悪魔との戦闘があり、その影響で常に真冬の気候を示す。


 靴底の薄い靴を履いていたため雪の冷たさを感じるし、鉄の鎧は徐々に冷えていく。防寒対策を一切せずに雪山に入るなど自殺行為である。だが、ウルスは今余裕がなかった。精神的に、これから合う相手のことを思うと追い詰められてしまっていたのだ。


「はは、ここまで緊張したことはなかったな」


 自分の置かれている状態に気が付き、苦笑が漏れる。


 本当であれば今すぐ引き返すべきだろう。だが、ここで引き返すのは自分に対する甘えのような気がして足が進まない。つまらないプライドがウルスの行動を制限してしまう。


 ここまで悪条件がそろっても帰らない理由は、プライド以外にない。だが、プライドを張って死んでいくものをよく見てきたウルスは迷わない。


「どれだけ見栄を張っても本物の強者には滑稽に映るだろうしな」


 脳裏にロンドの顔を思い浮かべて苦笑する。踵を返して、帰路に就く。今から防寒着を調達して再び山に戻れば日が沈み極めて危険だ。なので、一度宿に泊まり早朝、再びここに来ることにする。


 関所も顔が知れているので大した手続きもなく王都に入ることができた。図らずとも、冒険者時代によく利用した宿に宿泊する。足が覚えていたのだろう。受付の女性に声をかけられても、余裕のない返事をする。何を言われたのか覚えていないが、記憶にあるこの宿の女将は面倒見のいいひとだった。おそらく心配させてしまったのだろう。


 よく眠れるわけもなく、不快な夜を過ごす。瞼の裏に映るのは二人との良い記憶と、会ってしまえば言われるであろうことばかり。どちらも、ウルスの精神を削るものだった。人とはなぜこうまで嫌な想像ばかりはかどるのだろうか。感情こそが人の強みであると思っていたが、弱さでもあるのだろうと、ウルスは知ることとなった。


 翌朝である。


 何をしようにも、まずは朝食だ。筋肉をよい状態で保つには食事が大切だ。この宿は朝食がおいしい。だから安い宿だが重宝していた。うまい食事はやる気に直結する。強さの秘訣は何かと聞かれたら、うまい飯と答えるだろう。


 コップの水を一気に煽り、覚悟を決める。これを乗り越えねば、精神を病むと確信している。だからこそ、一歩を踏み出すのだ。


「ウルス様、お二人に会われるのなら、これをもっていってください」


 宿の女将が、風呂敷に包んだなにかをウルスに差し出した。開けてみれば、この宿の握り飯であり、三雄がいつもクエストに行くとき携帯していたものだった。味はさることながら日持ちもするように加護をかけられている。女将の料理がおいしいのは加護の影響もあるのだろう。だが、それに隠れた努力を見過ごしてはいけない。


「ああ、感謝するよ。またここに三人で来れるよう努力するさ」


「あら、それは楽しみですね。いつまでも―いいや、私はそうなると確信していますから」


 女将はいつまでも待っていると言おうとしたのだろうが、いつまでも、の意味合いが今回は無理だと考えているように聞こえると配慮したのだろう。言葉を変えて、ウルスに挨拶をした。ウルスはその女将の配慮にうれしく思いつつ、その期待に応えるべく再び決意を胸に宿した。


 関所から宿の距離は近く、雪山も近い。早朝に出発するので、昼までには到着するだろう。王国最強であるウルスが緊張するなどあまりない緊急事態だ。


 再び雪の積もる山に着く。山の中には魔物が群生しているが、ここの力はそう強くない。多いからこそ厄介というだけで少なければウルス単体でも対処できる。ただそれは大半の話で、少ないが強い種族もいる。


 考えても仕方がないが、出くわしてしまえば一気に絶体絶命となるだろう。まぁ、大丈夫だと思う、程度で考えている。それほど、希少種である強い者たちは少ないのだ。


「ああ、失態だ。ボイロだけでも連れてきたらよかったか」


 ボイロとは、彼の側近たる副戦士長である。彼は加護にこそ恵まれなかったが、肉体能力を極めて高めているため、並みの実力者では勝ち目がないだろう。それだけ信頼できるものだった。もし仮に強者がいたならば、自分とボイロのタックで容易に対処できただろう。


 山の中では思った通り、弱い種族の魔物たちにしか出くわさず、問題なく小屋のあるほうへと向かえる。だが、何かに監視されているような気配を感じた。監視、というにはあまりに雑な気がするが、これは人間の気配ではなかった。フリートでもヴェルセルクでもないのならば、考えられるは魔物のみであり知性を感じることから希少種であると推測できる。


「ッチ、火炎狼ヘルファウンドならよし、氷結熊フロストベアーなら・・・最悪だな」


 恐る恐る背後を見てみれば、気配の正体は・・・最悪だった。三メートルを超える巨体に、魔鉱をもたやすく切り裂く鋭利な爪。人間一人分くらいはあるだろうか、というほど太い双腕から放たれる一撃は必死である。勝率は―今の装備ならば―40%といったところだろうか。王国の秘宝たる装備を持っているのならば、この程度の相手が何体いようとも勝つ事ができるだろう。


 装備がどうであれ、この熊相手に逃げることは不可能だ。脚力で勝てるわけがないので、この熊に出会えば正面から打ち砕くしかない。


 王命に応えるならば、ウルスはここで死ぬわけにはいかない。ここで死ねば、王国は滅亡の一途をたどるであろう。だからこそ、ウルスは本気でクマを倒すと決める。


「王の騎士として、誇れない死は俺だけの恥ではない・・・か」


 大剣を強く握り、鉄が音を軋む。地面は雪で踏ん張りにくいが、脚力にものを言わせて一撃の威力を高め続ける。この攻撃には加護を付与して放つ。そのため、一撃の威力はウルスの放てる最高のものとなる。


 剛腕の加護により、筋力を底上げし剛撃の加護により技の威力を高める。そして、加速により技の速度を二倍に高める。ウルスはあと一つ加護を使えるが、攻撃に用いられるものは残っていない。現状、これが最も威力の高い技だ。加護は連続で使える者と、そうでないものがある。今回の三つの加護はすべて連続で使えるのだが、ウルスの技の構えからして連撃は不可能だ。つまり、外せばオワリの一発勝負である。


 この熊の防御力は高いが、それすらも打ち破る力があるのは確信している。それに、この山の奥地で体力が尽きることになればそれこそ、絶命の危機である。


(初めて戦ったわけではない。負ける道理はないさ)


 ウルスは己の自信にかけて力を振り絞る。咆哮が大気を揺るがすかのように大きい。大剣の性能は悪いが、それを補って余りある加護の力がある。コンディションもよくはないからこそ、咆哮により己の感覚を麻痺させる。心の中で鼓舞を続けて、死力を振り絞る。


 一気に力を解放し、クマめがけて飛び出す。クマも腕を大きく振り上げて、王戦の構えだ。既にウルスを獲物と判断しているため、必ず殺すため己の爪に力を込めているのがよくわかる。互いに当たれば死ぬ攻撃に変わりはない。


 切っ先が空気を切り裂き甲高く不快な音を立てる。爪もまた同じで、生物の体とは思えない硬度を感じる。


 攻撃が交差する。ウルスの必殺の一撃は、クマの爪に阻まれた。ありえないことだった。まるで、ウルスの攻撃を潰しに来たのかのような気配があった。知性がなければありえない、まるで人間を相手にしているかのような違和感を感じる。


(まずい!)


 ウルスは大きく体勢を崩してしまった。互いが一撃必殺の戦いをすれば、外した方はこうなる。あり得ぬことだが、魔物が人間相手にブラフを張ったとしか思えない。氷結熊は知能の高い魔物ではないからだ。


「ねえ!何してるの?この程度の相手に負けないでよね?」


 クマの後方から声と共に、三本の光りの矢がクマを貫いて見える。間違いない、これはフリートが得意とする魔法に、フリートの声だ。クマがいともたやすく絶命する、倒れて逆立った毛が力なく風にそよぐ。


「あれ?ウルスの攻撃喰らってるじゃん」


 ウルスの当たらなかったと思われた一撃は、クマの爪を切り裂き腹に至っていた。だが、致命傷ではなくかすり傷で血が遅れて露出する。故に気が付かなかった、いや気が付いたとしても何も変わらなかったのだ。


 ただ、フリートが目の前にいるという事実がどうしようもなく、ウルスの心を乱す。

 かつての記憶の中にいるフリートの姿と全く同じである。魔物の死体から採取をするのは、冒険者時代からフリートの仕事だった。今もクマの体を解体している。


「ははは、また助けられたな」


「え?久しぶりに会ったのに、初めの言葉がそれ?」


 ウルスは押し黙る。やはり彼は怒っているのだろう。美女とも見まがうほどの美貌と低い背丈に、天然でありながら天才なのが彼だ。そんな彼の冒険者としての生き方を奪った自分を許さないだろうとは思っていた。どう謝罪しようかと考えているうちにフリートが声をかける。


「久しぶりに会ったんだから、ただいまでしょ?帰ってきた理由はともかく、直ぐにここを出るにしても、まずはただいまだよ?」


 やはり、天然なのだ。彼なりの気遣いなのかもしれないが、ウルスはやはりそれに助けられる。いつも、彼は前衛二人の尻ぬぐいばかりしていた。それは、彼が魔法の天才であり、前衛を張れなかったからということもある。


「ああ、ただいま。フリート」


「お帰り、ウルス!」


 二人は笑顔を浮かべて、ともにかつての拠点へと帰還する。


 ※


 想像していた姿とは違い、記憶の中にある姿と全く同じ小屋。それをみて、ウルスはこみあげてくる感情を殺した。たまには、感情を表に出してもいいだろうが泣くのは厳しい。威厳が無くなるからだ。それ以外、全く理由はない。それでも過去の栄光が走馬灯のように流れ感情を制御させない。


 小屋の戸を開けると、ヴェルセルクがエプロンを撒いている滑稽な姿が目に入った。彼はウルスほどではないが、かなりの筋骨隆々具合だ。来ている服も要所要所が解れており、筋肉が露出している。そんな男がエプロンなど似合わないのは明白。笑ってしまってうということも仕方のないことなのだ。


「おい、ウルスじゃないか。帰ってきたのか」


 驚くほど軽い反応も彼らしさが感じられた。そのため満足感がウルスを満たした。


「ああ。ただいま」


 ヴェルセルクが普段のような対応をするというのならば、こちらもいつも通りの対応をするべきだ。だからこそ、「ただいま」と言うのだ。フリートにも言われたから、ということもある。


「なんだ、どうせフリートに言われたんだろ?無理すんな」


 ヴェルセルクも伊達に長い時間を共にしていない。なので、何があったのか瞬時に察したのだろう。それに、怒っているような気配はみじんも感じない。


「さてと、まあご飯食べながら話そうよ。ウルスが来た理由が分からないでもないし」


 フリートの察しの良さは度を越している。それに、気が付けばお腹が空いていた。それよりも気になるのは、ヴェルセルクがエプロンを着ている理由であった。


「今はヴェルセルクが料理しているのか?」


「この小屋で過ごすにあたってフリート一人に任せるのは、と本人に言われたからな。これはお前のせいだな」


 ヴェルセルクは嫌味を含んでウルスに言った。怒りの感情ではなく、かつてのやり取りの再現だ。面白いという感情も楽しいという感情も起こらないのは、この先にある本題が何も解決していないからだろう。


 ヴェルセルクの料理下手は相当なものなのだが、今は改善されつつあるようで野菜も使われるようになった。前まで、肉を焼いただけの料理で食卓が満たされていたらしい。ちなみにフリートは料亭顔負けの料理ができる。相当の腕前だ。


「それで?何の用なの?」


 ウルスの肩が少し浮く。驚いたというよりも、対に来たか、という感情によるものだ。


「近日中に七使徒と七指を制圧する。戦力が足りないから協力してほしい、というだけの話さ」


 国家機密情報を惜しげもなく話すのは、彼らが情報を漏洩するような人間ではないことを知っているからだ。それに、作戦の概要を離さずに協力してくれ、では道理が通らない。それでも、少しは躊躇すべきなのだろうが、この二人相手に嘘を吐けるような男でもない。


「前もその話があったけど、僕たちは人の下に甘んじるのは嫌いなんだよね」


「俺としては自分の実力が高められるのなら何でもいい。だが、俺たちが戦場に立っても切磋琢磨できるような強者がいったい何人いる?」


 ウルスは思わず笑ってしまう。確かに、ウルスたちが戦場に立って戦闘をすれば切磋琢磨できる存在はなかなかいない。そもそも王国は他国と戦争をすることがない。国内では三雄や四雄という強者がいるから、と思われているが実際は違う。他国が介入するには海を渡るか魔物が蔓延る大森林を踏破しなければならないからである。


 もし戦争になったところで、世界にとどろく冒険者に匹敵するものなど前線には立たない。ウルスが前線に立つのは、王国の兵士が職業ではなく徴兵により集められるからだ。言ってしまえば弱い兵士を奮い立たせるためだけの存在としての役割がほとんどである。士気が大切な環境でウルスが先頭に立つことは意味が大きい。


 ウルスが笑ったのは、自分を強者だと思っているヴェルセルクのことだ。ロンドとして王国にいたロンドという存在を見て居なければこのような感情は生まれなかっただろう。弱者たるヴェルセルク―もちろん自分も含めて―が強者と言い張るのは滑稽でしかない。


「七指はどうだ?あいつらは強い。切磋琢磨と行かずとも、経験を積むにはもってこいだろう。それに、俺は逸脱者すら軽く凌駕する人物に出くわしたぞ」


「お前でも勝てないのか?」


「触れることすら、いや視界に入ってなくとも殺されるだろうな」


 ウルスが断言するということは、真実なのだろう。二人はウルスの言葉を真面目に聞き始めた。


「そいつはどれほど強いんだ?」


「さあな。底が知れないのはそうだが、悪魔なんかよりよっぽど恐ろしかったぞ」


 ウルスが記憶の中にある光景を思い出しながら語る。あれはまさしく悪魔のように残酷で恐ろしく、悪魔なんかよりもよっぽど危険に感じた。ロンドが人であろうとなかろうと、強者というのは間違いなく、意思疎通のできる礼儀のある存在であったのは間違いない。


「王国に行けばそいつに会えると?」


「分からないが、どうだろうな。俺はロンド殿に認知されているがな?」


 ヴェルセルクは強者に羨望し、強者になるための努力を惜しまない。強者に心酔することも彼の特徴だ。自分が強くなるのならば、どのような環境でも喜んで突き進む男だ。それを知っているからこそ、鎌をかけているのだ。俺は会えるぞ、と言っているのだ。もちろん会えるはずもない。真っ赤なウソなのだ。


「僕は自由にできるならどこでもいいんだよ」


「王は寛大だ。ある程度自由でにできる地位を獲得できるだろうさ。俺も実際いとまが多いからな」


 王の護衛だけが任務、というわけではないが事務的なことは軍務省が受け持つ。実働時間でいえば王が移動する間の護衛が主なので2時間ほどといったところだろうか。それ以外は部屋の中か戸の前で待機しているのだ。苦ではなかったが暇であるのは疑いようもなかった。


「いいよ。ヴェルセルクも興味出てきたんでしょ?正直僕は、もう一度三人で過ごしてみたかったし」


「ああ。俺も文句はない。料理をしなくてよくなるのは利益だ」


「僕もだよ!」


 と二人は軽口を言い合ってウルスの提案を飲んだ。この日、王国に三雄が10年ぶりに帰還し、後日号外が王都を染め上げたのは言うまでもないことだ。


 そして三人は何の緊張もなく楽しい食事を過ごした。


「ああ、そういえばさっきのクマもそうなんだけどね?最近、山の魔物の様子がおかしいんだよね」


「おそらく、この山の魔物の大半が調教テイムされている。話に聞くと、ウルスの攻撃を潰したんだろ?」


 二人の言葉で確信した違和感の正体。やはり野生の魔物では身に着けることが叶わない知恵こそ、調教された証拠であった。


 ただ、氷結熊を調教できるものなど間違いなく逸脱者である。三人ならば逸脱者でも容易に屠れるだろう。だが、調教された魔物も絡んでくる以上どうすることもできない可能性が高い。調教師は多対一の局面を塗り替えることができる上に、魔物は単純の個としての力が人間を超える。端的に言えばかなり厄介な相手だということだ。


「久々にやってみるか?無茶な冒険ってやつを」


「いいねぇ!場所も大体わかってるし、行くなら魔物が動かない早朝だね」


「ああ、俺も負ける気はしない」


「何言ってんのよ、クマに負けそうだったくせに」


 と現役時代のやり取りが復活し上機嫌のまま夜が明けた。これほど心強いことがあろうか、ウルスは滾る感情をそのままに夜を過ごした。


 ※


 夜が明ければすることはただ一つ。昨晩の酒気を抜く。此れから強者と目される謎の人物と戦うのだから、酒でまともに戦えませんでしたなど笑えない。ただ、不調であるということではなく、気分もすこぶる良い。


「おはようウルス。早速準備しちゃおうか」


「ああ・・・あそうなんだが、生憎武器がないのでな」


 ウルスは嗤いながらそういうが、悲しいことに致命的な冗談だ。面白くないし、これから戦闘なのに武器がないとは何事か。


 実のところ、昨日の氷結熊との戦いで爪を断ち切った瞬間、武器の耐久が持たずひびが入っていた。それが手入れの時に悪化し砕けてしまったのだ。普段ならば予備武器は消耗品だと何も思わなかっただろうが、今は武器がないのでかなり困っていた。


「ああ、そういえばまだ渡してなかったね。ちょっと、ヴェルセルク?あれ取ってきて!」


 奥の部屋にまで届く声を出して、ヴェルセルクに何かを願う。それに適当な返事を返すヴェルセルクは少しすれば風呂敷にまかれた重たそうな何かを持ってきた。


 渡された風呂敷を解いて、中身を見ればそれは鉄よりも金よりも美しい輝きをしていた。それはウルスがかつて使っていた、二人の生活費になれば、と手放した愛用の武器であった。等級は特有級ユニークであり名を斬鉱の大剣ロック・エッジだ。


 重さは約100キロほどであるが、使用者にその重みは全く影響されない。つまり、ウルスの意のままの重さを感じることができるため、軽すぎる、重すぎるというような不都合は感じない。100キロの大剣でさえ戦闘に利用できるのはこのためだ。


 切れ味もさることながら、オリハルコン製の盾でさえ切り裂くほどの鋭利さを持っている。それにウルスの力が加われば、たとえ逸脱者が相手だろうと対等の勝負ができるだろう。


 特有級の武器には何らかの能力が宿ることが多く、この武器も例外ではない。


 その能力は一撃を振り抜いた後、次の一撃は威力が1,5倍になる。また、一撃から二撃目の身体能力に補正がかかる。つまり、一撃目と二撃目の感覚を狭めることができるのだ。|<捕捉”佐々木小次郎の燕返しのようなもの”>|実質重量がない武器が今まで以上の威力で扱えるといった性能である。ただ、この能力はクールタイムがあり10秒に一度しか使えない。


 とは言え、この攻撃に加護を上乗せするならば耐えられるものなど一握りになるだろう。三雄は各々が特有級の武器を持つ。かなり希少であり、市場に出回れば金貨にして100万枚はくだらない。魔道具一つ当たりの価値が金貨5万枚からが妥当であることを加味すれば特有級の武器がどれほど貴重であるかわかるだろう。


 三名の武器は迷宮や、墓地、魔物のドロップアイテムであったりするため、武器に金銭は発生していない。それ相応の強者と戦い絶死の状況を打開してきた証でもある。数年間遺跡や墓地などを制圧して回っても伝説級の武器もなかったから、三雄は特有級の武器こそ最上位の等級であると確信してしまっていた。


「これは、俺の武器じゃないか!売ってなかったのか!?」


「売るわけないだろ。そこまで金に困っちゃいねぇよ」


 既に手放したよくなじむ武器の感覚を確かめる。準備という準備はすでにフリートが済ましているため、ウルスは特に何かをすることもない。大剣を鞘に納め、鎧を締めなおす。そして、ヴェルセルク、フリートの順で見渡し全員の準備ができていることを確認する。


 確かな勝利の予感にかつての記憶。これほど心躍ることがあるのだろうか。


「よし、行こう。何があるかわからないが、いつも通りに」


「うん!いつも通りにね!」


「10年も前の話だけどな」


 三人は愉快に笑いながら小屋を後にした。フリートの持つ魔導具には行く先を示すベル、危機を察知するベル、毒を中和するベルがある。今は行く先を照らすベル迷いの鐘ティターニアベルである。かつて妖精王から譲りうけたベルであり、人を惑わす効果と行く先を示す効果がある。


 美しい音色が二度ならされる。ベルの音は波状に木々や葉を揺らす。そして、使用者にのみ行く先を明示する。何か特別に見えたりするわけではないし、道が開けることもない。ただ、直感的に理解できるというだけのことだ。ベルの音色は対象者の精神に作用することで迷わせたり、道を示したりする。実はこれも特有級の魔道具であり、かなり高価なものだ。


 フリートが最前線を歩き出すが、即座に二人がその前に立つ。注意深く背後のフリートを見つつ、行く先を違えないよう努める。そしてたどり着く目的地。洞穴の中に複数の魔物の気配を感じる。それも希少種ばかりだ。


「思ってたより多いね」


「ああ」


 フリートは唾をのむ。調教者テイマーは召喚師と違い使役できる魔物に制限があり、調教するにも直接魔物と対峙する必要がある。なので、調教者がもつ魔物をすべて亡ぼせれば調教者は無力となる。つまるところ、ヒット&アウェイを繰り返せば術師本人は無力な場合が多い。


「それで、どうする?」


「帰るかって聞いてるのか?そんなわけないよな?」


 ヴェルセルクはニッと笑う。小汚い無精ひげと長さにばらつきがあるあごひげのある顔でも様になっているのは、この状況を楽しんでいるからだろう。勘違いしてはいけないのが、ヴェルセルクは身だしなみに気を配らないだけで美形である。彼がもし貴族に生まれていたのなら美丈夫に育っていただろう。それでも添い遂げる相手がいないのは戦闘狂であるからだ。


 このパーティーで美形ではないのはウルスだけだ。現時点で最も戦力があるのもウルスなので欠点ではない。気にする性格でもないので、この話はいったん措いておこう。美形ではないにしろ、この世界においては力こそモテる要因なのでモテないわけではない。それに、強そうな顔立ちというか、強面というか人気も高い。


「冗談だろ。いつも通りってやつさ」


「だよな」


 三人の答えは変わらない。みな武器を持ち、前衛二人が先陣を切り洞穴に進む。フリートの杖から出る仄かな明かりだけを頼りに、進む。


 洞穴にいたのは氷結熊が三体、火炎狼が5体であり、戦力的には大いに下回る。勝てるはずない。普通ならば、逃げ出す戦力差だ。


「フリート、手を出すなよ?」


「わかってるって。手を出すほどでもないでしょ」


 ウルスは自分の武器を確かめるように数度、虚空を切る。そして、足に力を込めすべてを切り裂かんと飛び出した。それに呼応して、ヴェルセルクは完璧なタイミングで追撃する。ウルスの大剣がたやすく氷結熊を切り裂き、ヴェルセルクの双剣が別個体を四つに分断する。残るは後一体の氷結熊と火炎狼である。ウルスの背後で腕を振りかぶる氷結熊に豪火球が浴びせられ、蒸発する。


「ごめん我慢できなかった」


 てへへ、と笑ったフリート。これで許されるのはフリートが誰もが認める美形であるからだ。ウルスがしても反って怒らせるだけである。後は火炎狼だがこれはどうでもよかった。小物だし、希少種で強い部類の魔物だが三人の敵ではない。


「準備運動にはちょうどいいが、まだまだ来るぞ」


 火炎狼をすべて屠った後で、ウルスが言う。その言葉の通り巨大なムカデがわらわらと湧いてきたし、ダンゴムシのような魔物も現れた。どれもかなり大きなサイズだ。王国近辺ではなかなか見ない類のものであり、攻撃方法も分からないので即座に切り裂かんと攻撃する。氷結熊ほどの力はないが火炎狼より強く数も多い。体力を削られるのも面白くないので、フリートの魔法で対処する。


「”超越技能オーバースキルカラミティ―


 洞穴の中で地震が発生する。中級魔法の中でも難度の高い魔法だが、彼の加護により魔法の限界値を上げた。そのため扱えるようになった魔法は逸脱者ですら使える者は少ない。これが彼が天才と呼ばれる所以である。逸脱者でないのにも関わらず、遜色ない力を有する。


 この加護はかなり貴重であり、リキャストタイムも5分と短い。


「早く出るぞ」


 ウルスは洞穴の天井に大剣を突き刺し振り抜く。ヴェルセルクも同じようにして、すぐさま洞穴を飛び出した。そして、轟音を上げながらフリートの魔法により地震が発生する。先の二人による洞窟のヒビに伝播し、洞穴は崩壊する。中にいるであろう調教者もろとも屠り去らんとする能力であった。これほどの超が付く強者ならばこの程度の攻撃にも適応してきそうだが、どうなるだろうか。


 雪が一瞬遅れて地面に落ちる。その刹那、地面にあったクレーターに目が行く。間違いない。洞穴の最奥だ。そこに本命が居るのだろう。三人は顔を見合わせ、決意を固めた。雪と瓦礫をどかし、中に入る。フリートの魔道具であるトラップ探知のベルを鳴らしながら進んでいくが、これといってトラップはなかった。


 危機のセイフティー・ベルの効果のおかげでどんどん中に入れる。魔物の潰れた死骸も多いし血の匂いもして不快だ。だが、なれた光景でもある。冒険者をやっていると、同業者の死体や魔物の亡骸など日常的に目にする。むしろ、資材が手に入ってラッキーであるのだが、魔物の死体は持ち帰らねば組合から報酬はもらえない。持ち帰ることもできないのでこの状況では嬉しくはない。


 突如、濃密な強者の気配に三名の足は止められる。額に汗が浮かび、頬を伝うのはとても不快だ。自分たちが王国最強であると自負しているからこそ、強者にたじろぐ今の自分たちに怒りを覚える。戦意喪失ではない。武者震いだ。そう言い聞かせた三人は、もう一度互いを見つめなおした。そして、笑う。


「俺たちがこれほどたじろぐことになるとはな。俺はロンド殿を見たから幾分耐えられるが、お前たちにはつらいのではないか?」


「いちいちマウント取ってんじゃねぇよ。俺だって平気だわ」


「これは、人間の気配じゃないね・・・想定外だ」


 流石に、相手が人間かそうでないかは気配で察せる。察することができたところで何か行動に生かせるとは思えないが、調教者が人外であるということはかなり異質だ。例えば、相手がエルフならば理解できる。エルフは森にすむ魔物を調教することがあるが、これほどの者がわざわざ自分よりも弱い種族を調教するなどしない。


 調教とは元来難度の高い技なのだ。永続的な洗脳による調教、自分に主従関係を結ばせるほど懐かせるなどほかにもいくつか方法があるが、魔物を調教するのは魔法的な手続きが必須なのだ。すなわち、自分の技の許容量を圧迫することとなる。


 魔法を覚えるには通常、一つの魔法に付き数年という膨大な時間を要する。つまるところ、意味もない調教の手段を獲得するよりも、自分の役に立つ魔法を覚える方が効率的と考える種族が多い。もっとも、これは強い種族に限る話である。強い種族は弱い種族を隷属させる必要などないのだ。


「相手が魔法に適性があるアンデッドや悪魔なら勝ち目はかなり薄いね」


「そうだな。とはいえ、ここまで来て逃がしてくれるような相手でもなさそうだ」


 フリートは探知魔法を発動させる。洞穴の中に標的となる存在は一体のみ。だが、これがアンデッドならばどうだろうか。上位不死者アンデッドならば、本体よりも弱い不死者を召喚できる。つまり、魔法詠唱者マジックキャスターに必須の距離を稼ぐ前衛を召喚できるのだ。


「まずいね・・・生者じゃない。不死者アンデッドだよ」


「最悪だな。だが、俺たち三人ならなんとか・・・」


「ぎりぎりだろうな。命を賭けて戦っても勝率は三割を切る」


 ウルスの希望的観測はヴェルセルクに否定される。当然だ。三人が一人の威圧に負けて動けないでいるのだから、そういわれるのは至極当然である。だが、先にヴェルセルクが言ったように、逃がしてくれるような相手でもない。そもそも、侵入者には逃げるという選択肢はそもそも用意されていない。


「アンデッドか、懐かしいな」


「俺の大剣が眠ってたあの墓地以来か。あの時よりも強そうだが」


 ウルスの持つ特有級の斬鉱の大剣は墓地にいた不死者が持っていたものだ。当時相対した不死者は戦士系であり、相性が良かったがそれでもヴェルセルクとウルス二人が戦って対等の凄腕であった。今、相手にしている不死者が同じような存在を召喚出来ないと決めつけるのはいささか独りよがりな希望だ。当然同じ個体は召喚出来ないだろうが、かつて生きていた剣豪たちの死体は無数にある。


「奥はかなり広いね。三人で大立ち回りできるくらいはあるよ」


「ならなんとかなる・・・ってコトでもないだろう。そろそろ覚悟を決めるぞ」


 ウルスは腰に下げたポーチから魔法薬を三つ取り出した。それを一気に煽っていく。身体能力向上、防御力向上、俊敏性向上の安価な魔法薬だ。安価といっても並みの冒険者が一つ持っていればいいほどの値段はする。できる限り使いたくないが命には代えられないし、王国にこのような強者がのさばっているのを見過ごすことはできるはずもない。


 二人もウルスの行動を見て、同じことをする。フリートに関しては、魔力回復、魔法攻撃補正、防御力向上の三つだ。フリートの魔法薬はかなり高価なので、ウルスのように惜しげもなく使える代物でもない。


 ただ限界もある。魔法薬で魔力を向上させたとしても今まで使えなかった魔法が使えるようになるということはなく、今使える魔法の使用回数を上げるくらいのことしかできはしない。


「いつも通りに俺とヴェルセルクで前衛を張る。フリートは援護だな」


「今更何?いつもやってることを今回もやるだけでしょ」


「違いない。そんなことより、加護を発動させるべきだろ?」


 今度は各々が加護を使う。身体能力向上は皆が使える加護だ。そして、危機感知も同様であり、必死の一撃を感知することができる。敵の狙いにはまりにくくなるという利益があるが、それでもどうすることもできない状況というのもあるので気休め程度だ。


 三名は顔に覚悟を宿す。死ぬ覚悟などではない。強者に立ち向かい、重傷を負ってでも勝ち逃げる覚悟である。


 いつも通りの死線だ。既に慣れた状況だ。不思議と負ける気が微塵もしない。高揚が収まらない。


 ※


 最奥で待ち受けるのは、高級な魔道具で全身を覆い魔法に対する耐性を高めた上位不死者である死霊王ワイトキングだった。存在値にして500に認定される、国家存亡級の脅威を孕んだ強者である。ただ、これは平均的な人間の戦力での話であるため、冒険者やウルスたちのような強者がいれば結果は変わる。


 ただ、三人だけでどうにかできる相手でもない。不死者はそもそも魔法に対する耐性が高いので、フリートの攻撃は効果が薄い。フリートが聖属性の魔法を納めていれば話は変わってくるのだが、生憎持ち合わせていない。つまり、死ぬまでウルスとヴェルセルクが殴り続けるしかない。当然二人への援護として強化魔法であったり防御魔法であったりは使える。


 不死者は打撃に弱いのだが、強い前衛を召喚できる可能性が極めて高い。なので勝ち筋は用意されているが潰されているともいえる。


「おや、我の居城に来るには少々人数が足りないのではないか?それにひどく雑なノックで気が付いてはいたが、貴殿ら常識はお持ちか?」


 死霊王は三雄の存在に気が付いた。いや気が付いておきながら、三文芝居を始めている。彼は余裕があるのだ。脆弱な人間と強力な不死者の上位種、比べるべくもない戦力差がある。余裕を持ち舐められるのも当たり前であろう。


「僕の魔法をノックって言ったの?そうなのだとしたら、流石にイラっとしちゃうな」


 フリートの表情が変わった。初めて見るわけじゃないが、フリートは己の技術を侮辱されることに対して耐性が全くない。彼がキレたら所かまわず魔法をぶっ放すので、かなり厄介なのだがさすがに理性があるので今ここではしないだろう。


「フリート、アイツの魔道具の性能はわかるか?」


「分からないね。多分、魔法特化の性能だろうから斬撃は有効だと思うよ」


 死霊王は三雄の作戦会議とも呼べる行為を黙認している。まるでこれから起こる戦いで脆弱な人間が何を仕掛けてくるのか、と楽しみにしている様子。いや、まさにその通りなのだろう。


「その通りだ若き者よ。我の装備は貴殿の魔法の効果を半減させる。ただ、我に刃が届くのか?」


 死霊王は試したいのだ。挑戦者の実力と知恵を。素晴らしい健闘を見せてほしいのだろう。それがわかってしまうからこそ、三者は苛立つ。自分の力不足に、絶望的状況に。


「魔法が効かない?そんなわけないでしょ。閃光フラッシュ


 フリートは魔法を放つ。視界を遮るためのまばゆい光をうちはなったのだ。だが、不死者に肉眼はない。彼らが視界を獲得しているのは魔力感知により、見ているからに過ぎない。光は目隠しになり得ない。


 ただ、そんなことは分かり切っている。フリートはバカではない。天才なのだ。閃光の中に魔力を拡販させる魔法も織り交ぜていた。これは難しいことではなく、単に魔法を暴走させたのだ。一定箇所の魔力を拡販させることにより、魔力感知に穴ができる。ほんの一瞬の穴に、二人は飛び込む。


 ヴェルセルクの双剣が、ウルスの大剣が一撃必殺の威力を込めて振るわれる。完全に隙を突いた二人に攻撃、絶対に外せない殺せなくとも重傷を与えるだけでも大いに価値がある攻撃であり、二度目は通用しないだろう連携技。それも、空を切った。ウルスは斬鉱の大剣の効果を発揮し、後ろに飛びのいた死霊王に斬撃を浴びせんと切りかかる。だが、死霊王の杖によりいなされた。岩石の地面に大剣が突き刺さり砕ける。


「素晴らしい強さだ。人ではないのか?」


「なんで動けんだよ!!」


「ふざけるな!!」


 フリートは殺意に歪んだ舌打ちをする。自信満々の目くらましを完封されたと言ってもいい。つまり、魔力感知以外に視界を獲得するすべがあるのだ。それに、斬鉱の大剣を防いで見せた杖の性能は間違いなく特有級である。


「お、その顔気が付いたのか?我は熱源感知で貴殿らの位置を把握している。今の目くらましは見事であったぞ?」


 死霊王が一枚上手であった。熱源感知を狂わすような手段はない。今、魔力感知を狂わしたことで一瞬のスキを作ったが、それもすぐに対応されることだろう。もう使えない不意打ちを考えることはやめるべきだ。


 相手の軽口を考えることもない。状況をひっくり返す最強の技も奥の手もこの戦力差があれば意味を持たない。


「貴殿らを認めよう。召喚術”召喚上位不死者サモン・アンデッド・2nd” 」


 三名の舌打ちが鮮明に聞こえる。やはり、危惧していた通り上位種の前衛を召喚することができた。だが、一体限りである。それでも感じる脅威度はかつて戦った戦士系の不死者と同じ。存在値にして400といったところだろうか。当然のように、一都市が陥落するだろう強者である。


 前衛と戦うのならば、前衛をつけざるを得ない。だが、死霊王に有効な攻撃がウルスとヴェルセルクしかない。つまりは、前衛を裂くことはできない。だが、フリートは魔法詠唱者であり、近接戦闘に秀でているわけではない。並の戦士よりは強いがそれでは存在値400の相手に対抗できはしない。


「ウルス、あれは俺が相手する」


「ああ、任せた」


 端的にそう述べる。幸運にも、召喚された不死戦闘者アンデス・ウォーリアには魔法を減退させる魔道具を装備してはいなかった。それもあって、フリートの援護魔法が有効である。次の前衛が召喚される前に、今いる不死戦闘者を無力化し、三名で死霊王を対処するほうが幾分かましだろう。


 其の間、ウルスが単体で死霊王を相手するしかない。


「飛翔!剛撃!」


 ウルスの加護が発動される。飛翔により、急接近し剛撃で強化された一撃も空を切る。すぐさま大剣の効果で切り返す。それもまた空を切るがそれでもよかった。時間が稼げればそれでいい。


 だが、そのような甘い相手ではない。死霊王の体から魔法陣が顕現する。当たれば行動に支障が生まれ命に関わる。これは危険極まるので、避ける。しかし、斜線上にはヴェルセルクがおり、フリートはこの異変に気が付いていない。


(避けられないまでも相殺できればよし!)


「うぉおおお!!身体硬化、痛覚鈍化!来い!」


 咆哮で背後の二人に報せるとともに、覚悟を決める。全力をもって仲間を守る、それが三雄の信頼の証である。


「素晴らしい覚悟だ!」


 光の矢が無数にウルスに向かって飛ぶ。雨が降り注ぐかのようでいて、当たれば死ぬだろう攻撃も、ウルスの胆力と技術により半分は撃ち落とし、半分は耐える。見事に後ろにいる仲間を守り切ったウルスだが損傷は大きい。血反吐を吐き、視界も焦点が合っていない。足はふらつき、矢が消えた傷口からはまだ流血が絶えない。


「素晴らしい・・・素晴らしいぞ男よ。貴殿の胆力あのお方も賞賛なされるだろう」


「液状化!ウルス引いて!」


 フリートの魔法が死霊王の足元を液状化し、底なしの沼となり沈んでいく。その隙に、フリートの回復魔法がウルスに施される。致命傷を感知させるだけの魔法は使えないが、これで戦線に復帰できるくらいには回復するだろう。もはや、死霊王の相手を任せられるほど万全ではない。


 ヴェルセルクとウルスの立ち位置を反転させ、ヴェルセルクを死霊王に充てる。それしかない。


「ッチ!あいつもピンピンしてやがるぞ。ウルス大丈夫なのか?」


「ハァ・・・ハァ・・・なんとかな」


 息も絶え絶えになりつつ、ウルスとヴェルセルクが入れ替わる。本気で戦わねば死ぬ。ウルスが耐えて居なければどちらかは致命傷を負い最悪死んでいた。ウルスの耐久力のおかげで何とか戦線を維持できている。だが、数秒先同じ光景が続くとは思えない。


「分が悪いぞ!」


「泣き言か?あの者は泣き言など言わなかったぞ?」


「ちげぇーよ。燃えるつってんだ!」


 ヴェルセルクの決死の攻撃が始まる。


 ヴェルセルクの双剣は特有級の中でもかなり強力な部類に入る。名前も単純で重双剣と言い、名前の通り威力が重いのが特徴である。より厳密に言えば、連撃が続くほど威力が増加していき、上限は300%である。そして、それは二本の剣に共通している。さらに、武器の威力増減の上限値に至った場合、二本目の剣の威力にも補正がかかる。その補正は威力の200%アップである。つまるところ、このコンボが最後まで続いた場合、600%の威力を誇る。さらに、加護の影響も加速させられる。


 ここに、ヴェルセルクの加護である連撃が加わるとさらに威力が増加する。連撃は一度の攻撃で二度の衝撃が加わる。これは、双剣の効果に属するので二度目の衝撃が二連撃として扱われるので、連撃を三度発動すれば双剣の上限値である300%に至る。


 条件も軽い上、威力も破格。つまるところ、ヴェルセルクの奥の手である。


「その体躯であの男よりも重い攻撃・・・」


 死霊王がヴェルセルクの杖で受けた攻撃に存在しない眉を顰める。そのように感じたというだけで実際は何の変化もないのだ。アンデッドに表情の動きはない。


 双剣の特異性は連撃が相手に直撃しなくても加算される点にある。装備している者に掠りでもすれば加算される。杖で受けても威力増加を止めることはできない。


「うるせぇよ!ウルスの一撃は俺の技を打ち破ったんだぜ?」


 ウルスは己の加護を総動員して、ヴェルセルクの600%の攻撃に剛撃の加護を合わせた、1200%の攻撃を相殺して見せた。だからこそヴェルセルクはウルスと共に冒険者になり今もこうして仲間となっている。頼れる存在を侮辱されるのも友人を侮蔑されるのも気に食わない。


 双剣がか澄んだ光を纏う。チャージが完了した証だ。この双剣は最高の威力を任意のタイミングで発動できない。チャージが完了した次の一撃が強制的に最大出力となる。つまり外せないのだ。だが、慎重に成れば気取られ距離を置かれてしまうだろう。


浮遊壁フローティングウォール!」


 フリートの魔法が死霊王の背後で発動される。ただ見えない壁を出現させるというだけの魔法であり、耐久値も低い。だが、不可視であるためどこに壁があるのか分からない。難易度のわりに汎用性の高い魔法である。


 そして、壁をヴェルセルクの方角めがけて接近させる。至近距離で最大出力の攻撃を放たせるためである。壁に押されて死霊王がヴェルセルクの間合いに押しやられる。


「必中の領域だ」


 ヴェルセルクは加護を発動した。剛腕と剛撃だ。剛腕は筋力を上げるため、威力を増大させるものではないが結果破壊力は増す。これは双剣の増加の影響を受けない。次に、剛撃だ。剛撃は威力増加の影響を受ける。剛撃で威力が増加するのは200%である。さらに、収縮だ。最大出力を連撃により二度放てるため、それを収縮することで1200%を2400%まで引き上げた。ヴェルセルクが発動できる加護の限界値である。同時に四つの加護の発動。これはウルスと同等である上、最大出力も勝る。


「防御結界、多重結界」


 死霊王は二重の結界を張り身を護る。本能、というモノがあるのかは分からないがそれに類似したなにかで危険を察知していたのだろう。そして、目の前のヴェルセルクの攻撃に意識を集中させる―否させてしまった。


 三雄の強さは連携である。意識の外にいるウルスに目を向けなかったのが失態であった。もちろん、ヴェルセルクの攻撃を無視すれば死霊王でも致命傷を負うだろう。


 死霊王の前方に自分の影と違うものが重なる。つまり背後に誰かが居るのだ。骨の手を背後に向けて”波動”を放ち、ウルスを後方に飛ばさんとする。だが、フリートの浮遊壁によりウルスはその位置にとどまった。だが、死霊王は気が付いてはいない。


 だが、ウルスも波動にさらされ内臓は揺れめまいと吐き気が襲う。損傷も激しく血が噴き出た。後ろに飛ばなかっただけで浮遊壁に激突していることに変わらない。


 ヴェルセルクはその一瞬のスキを逃さずに技を繰り出した。技名などありはしない。だから咆哮により代わりとする。


「土に変えれ!馬鹿野郎が!」


 フリートが強化魔法を施し、今までにない高威力の技が死霊王を切り裂く。魔法の防具が裂け、骨にひびが入る。結界はまるでガラスが割れるかのように砕け散り、魔力があふれ出す。


 死霊王は死にゆく体で右方を見る。そこでは召喚した不死戦死者が砕け散って霧散している最中であった。ウルスが勝利したのだと確信した。


「負の気配ネガティブ・オーラ


 不死者は回復魔法では回復できない。代わりに負のオーラで回復するしかない。零れ行く魔力を負の魔力に変えて死地を脱却しようと耐え始める。そして、負の気配は人間にとって有毒だ。近くにいたヴェルセルクは負の気配に犯されている。さらに、加護の持続時間も限界を迎えた。未だに双剣の威力増加は続いているため未だ死霊王を殺す威力は保っていた。だが、耐えられる許容量でもある。


「ウルス!!」


 ウルスは白目をむいている。だが、ヴェルセルクの呼びかけに応じ意識を寸でで保つ。ウルスは死にかけの体でも持ち前の耐久力で最大出力の攻撃を繰り出した。


 剛撃、加速、剛腕に大剣の燕返しを合わせ、二度の攻撃を収縮により一度の攻撃に統合する。この一撃はヴェルセルクの最大出力に並ぶ。


 首に大剣が接触する。まるで金属を切っているかのような不快な音と火花が立ち上がった。そして、ヴェルセルクもウルスに呼応するように全力を振り絞る。そこに、フリートの魔法で死霊王の動きを封じた。


 既に型にはまった状態でここまで耐えられたのは初めてだが、それほどの戦力差があったのだと考えれば納得がいく。そして、二人の咆哮と死体のあげる不快な音が空虚な空間にただ響く。そして、耐えきれなくなった骨の体が砕ける音共に戦闘が終わる。


 死霊王の付けていた魔道具の数々は戦闘のさなかもはや使い物にならない。唯一使える状態であったモノクルの姿はなぜかない。


「ああ・・・素晴らしい。あのお方は御悦びであろうか・・・。命が・・・零れる・・・ああ・・・」


 まだかすかに生命を保っていた死霊王もようやく召された。致命傷を負ったウルスに負傷が激しいヴェルセルクも何もしなければ死に至るだろう。フリートも魔力が尽きている。回復魔法など使えないほどに。


 回復薬は残りわずかだが、なんとか命はつなげるだろう。


「まあとりあえず勝ったね」


「ははは、勝ったやつの姿ではないな」


「違いない、が確かに勝ったのは俺たちだぞ?」


 三者は三様に笑い互いの健闘を称えあった。素晴らしい戦果だ。素晴らしい経験であった。王国最強の冒険者チーム復活の瞬間である。




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