王国暗躍編

第1話 暇つぶしの入学生活

 設定変更 原初→始祖に改名します。編集しましたが見落としている部分があるかもしれません。原初と始祖は同じものという認識でOKです。 


 世界は魔法にスキルといった超常的な力に溢れていた。兵器が発達しないため未だに剣や槍などの白兵戦が有効である。魔法が使える者自体、少ないことも要因だろう。王国で最も魔法に力をいれられている施設、それがメイザース魔道学園である。学園は、王国の貴族が投資することで莫大な金が取引される。魔法師を雇うために、大量の金貨をつぎ込むというのはよくある話で、実際に魔法師を仲間に引き入れれば元は取れる。魔道学院の卒業生は、成績の良し悪しは関係なく職場を斡旋してもらえる。貴族が莫大な金をつぎ込むのは、卒業生を迎え入れるためであった。


 魔道学園に入学するには、100人に1人と言われる合格率の試験を突破し、さらに魔法の適性検査を行うことで合否を判定される。4月1日にその試験は行われる。今日はその前日であった。


 男はあくびをしながらベッドから起き上がる。寝ていたわけではないが、することもなかったのでベッドに横たわっていた。男は明日試験を受ける予定だが、卓上に勉強していたような形跡はなく、本人にも焦りは見えない。


 男は王国では珍しい黒髪に長身で細身の肉体には程よく筋肉がついている。筋骨隆々というわけではないが、非力であり脆弱であるという印象は受けない。美丈夫であり、かなりモテそうな外見だ。


「自由時間にも終わりが見えてきたな」


 男はつぶやいた。誰もいない部屋で男の独り言はよく響く。家具も机とイスあとはベッドがあるのみで、部屋は広い。響くのは当然であった。ミニマリストではなく

 長いするつもりがなかったので家具を置かなかっただけである。


 男の名前はロイス・アルベルトである。ロイスは裕福な出身ではなく、まして王国に親しい人物もいない。ロイスのことを知っている人物すらいない。何故なら、ロイスは今日、王国に着いたばかりだからである。


 実のところ、ロイスは王国に逃げてきたのだ。魔道学園に入学するのも、逃げる手段として使えるからだ。


 ふと窓を見れば朝日が差し込んだ。暖かい陽光が朝を報せてくれた。試験は早朝に行われるので、出発の時間も早い。


 考えてみれば初めての経験である。試験というモノを受けたことはないが、なぜか自信がある。知性に自信があるというよりも、どうとでもできると高をくくっていた。


 ロイスは今着ている真っ黒のコートのまま部屋を出た。この季節では暑そうに見えるがその実、暑くはない。なぜならば、このコートは魔道具でありロイスは熱変動の効果を受けない。つまりは、季節の移り変わりによる温度の変化を感じられなかったり、氷を触っても冷たいと感じなかったり、炎に包まれても肌がただれることはなかったりする。これが魔力のある世界で起こりうる超常である。


 *ここから主人公の主観で書いていきます。ところどころ三人称で書くところもあります。


 面倒くさいというのが本音だが、逃げてこなければより面倒なことになっていたと知っている。だから、王国に来た選択も学園に通ううという選択も後悔はない。初めての経験である試験を受けることに多少の好奇心が湧いている。それでも、面倒くさいことに変わりはない。


 いやね、別に受けなくてもいいんだよ。無駄に頭使うの嫌なんだよね。


 試験会場には両手に参考書を持ち、スタッフをせわしなく動かす受験生の姿があった。俺は、それを見てため息を吐く。これが本来の受験生なんだ、と自分の異様さと常識の無さにため息が漏れたのだ。


 他と違うことを認識した時、俺の立場について考えてしまうからいやなんだ。アイツらが居るから常識がないんだよ。


「受験生の皆様は、受験番号が記載された紙を受け取り校内にお入りください」


 教員と見受けられる男が声を上げて扇動していく。言われた通りの手順をこなし、大勢いる受験生の中、一切止まることなく進む。総勢10000名を超える受験生の間をくぐり、一足先に受験会場に到着した。


 居すぎだろ!


 それが感想だ。多すぎる。別にだからどうということはないが、人込みはあまり好きではない。


 まずは筆記試験だが、この筆記試験の難度があり得ないほど高いらしい。平均点がたった20点ほどだそう。もちろん100点満点である。


 当然、俺は勉強してきていない。よくある、「俺勉強してねーわ」というように本当は勉強しているがしていないと言い張っているわけではない。本当に勉強はしていない。そもそも、どのような問題が出されるのかもわかっていない。


 何故、この学園に入学するのか。それは、俺の自由時間を死守するためだ。俺は追われている。学園にいれば学園を隠れ蓑として使えると考えたのだ。そこに受かるか受からないかなどという不安は一切なかった。


 冷静になれば、多分異常なんだろうな。


 試験開始まであまりに時間が空いているので、紙に書かれた座席に座りおかれていた羽ペンを手に取る。羽ペンでペン回しをして時間をつぶすのだ。ペン回しなどやったことはないが、そういった技術があることは知ってたしやってみた。


 ペンを高速で回す。回し方など知らないのですべて我流だ。とりあえず、それらしく高速に回す事だけを考えている。机に擦れ摩擦が起き、羽に熱がこもる。ついに羽が燃えた。


「―あ」


 口から間抜けな声が漏れた。用意されたペンが燃えてしまったので、試験を受けることができない。仕方なく、隣の席の羽ペンをとり、魔法で複製する。隣の席に羽ペンを返し、ため息を吐く。


「で、何?さっきからこっち見て」


 俺の背後に一人の美丈夫が立っていた。直接目で見なくとも魔力感知や熱源探知で分かる。間違いなく受験生であろう。なにせ受験番号が書かれた紙を己の胸ポケットに入れているのだから。


「いやね、君の服装があまりに季節を無視しているから気になって」


 え?征服とか、正装とかで来なければならないのか?しまったな、知らなかった。


「正装が決まっているのか?お前の服装を真似すればいいか?」


「いいや、服装はあくまで入学した後に考えればいいよ。というか、今羽ペン燃やしてたよね?」


 なんだ、正装ないんじゃん―というよりも、ペンの複製見られた?やらかしたなー。


 そんなわけないじゃん!などと言えるわけもない。心の中では盛大に舌打ちをする。複製魔法は高度の技術を要するので人間で使える者など前例がないのだ。つまるところ、見られたくなかった。


「手品だよ。入学した時トモダチガホシイカラネ」


 精一杯の言い訳である。せめて信じられるよう、小手先程度の技術を使ったマジックを披露しておく。コインを右手から左手に転移させたように見せるマジックや、口からカードを出したように見えるマジックだ。俺は器用な方なので、マジックが使える。基本的に芸術や音楽の才能は全くないが、一度見れば何でも再現できる。一度手品を見たから、手品が使える。


「まあ、そうだよな。見間違いかと思ったけど、何を燃やしたんだ?」


「え・・・参考書かな?」


「は?今からテストなのにか?―アハハ面白い奴だね!」


 てか名前名乗れよな。誰だよお前としか思えないんだけど。ああ、俺も名乗ってなかったか。


 脳内で不満を呈しておくことは忘れない。ただ、初めての友人になれそうなので、この感情を出さず、先に名乗っておくこととしよう。これができる男の、人とのかかわり方である。


「俺は・・・ロンドだ。よろしく」


 入学の手続きからずっとロンドという名前を名乗っている。名字はない。貴族だと思われれば身元がないことバレちゃうからね。


「あ、ごめんね。俺はエル・エドワード。名字がないってことは貴族じゃないんだね?」


 このエルとかいう奴は、無意識に失礼なことを言う男らしい。ただ、美丈夫だからこそ、困る場面に出くわさなかったのだろう。つまり世の中顔なのだ。いやになるね。


「といっても、合格しなければここだけの関係なんだけどな」


「おい、お前そんなこと言うなよ!合格しようぜ」


 エルが俺の軽口に付き合い、会話は終わった。当然のように俺の右隣に座るエル。だが、そこに取り合う俺ではない。知り合って間もないが、エルは俺を友人と認定したのだろう。そうでなくとも人との距離感が近いのは間違いなかった。


 ほどなくして、テスト用紙が配布される。前列の受験生から後ろへというように配布されていき、最後列窓際の席に座る俺の元にもようやくいきわたる。無駄に広い教室を見るに、王国がどれだけ金をつぎ込んでいるのかがわかる。そのせいで配布に時間がかかるのだ。


(一門目は・・・一般的な人間が使える魔法はどの階級に含まれるか、か)


 人間が扱える魔法はあまり多くない。人間は魔法適性が乏しいため、物理的に扱えない魔法も存在する。此れの回答は、低位魔法である。より厳格にいうなれば、二層魔法である。魔法陣を二つ顕現させるため、そういわれる。才能ある者は中位魔法、三層から四層の魔法が扱える。そして、人間の最上位に分類されるアダマンタイト級の冒険者ならば、五層魔法もすべてではないが扱えるだろう。そして、さらにそれをも超えた超越者は六層魔法が扱える。六層魔法は高位魔法であり、種族的に上位な存在にも有効打となる。


 とは言え、それでも逸脱者に至るものは大陸で数人であるのに比べもともと魔法適性に高い種族は苦労せずに使える領域である。例えるならば悪魔や吸血鬼などがいい例だろう。


 魔法の頂点は超位魔法や核撃魔法、始原魔法などがある。これらは性質が異なり一概にどれが最も優れているか、という議論はできない。


 二問目は、魔法陣を地上に描くためのインクとして何が優れているか。此れも、人間特有の問題であると言える。人間のように種族的に魔法に突出していないと魔法陣一つ描くためにも魔力が通りやすい何かを使わねばならない。人間以外の種ならば、何にでも魔力を流せるためインクとなるモノは必要ない。


 この問題の解答は水銀だ。水銀は貴重だし、一度使えば回収はできない。そのため儀式が必要な大魔法を行使するとき以外はめったに使われないものだ。


 その様な問題が100問ほど続いた。驚くほど簡単な問題ばかりである。だが、このテストの平均点が恐ろしく低いのだ。そのことから、人間の魔法に対する理解度の浅さが計り知れる。


「どうだった?俺は手ごたえあったぞ!」


「ん?ああ、面白い問題ではなかったな」


「なんだよそれ!かっこいいこというじゃん!」


 エルが愉快そうに笑うが、俺からすれば笑わせようとしたつもりもないのでどうという感情もわかなかった。


 続いて、魔法の実技試験である。低位魔法である”電撃ショックボルト”が放てるのかどうか、というだけのテストである。ここで見られるのは、当然行使できるどうか、という点もあるが其れよりも発動までの時間と威力、消費魔力量である。


 電撃程度ならば、詠唱も必要ないが人間はそうはいかない。たかが電撃一つでも”雷鳴よ、雷光により、彼の者を穿て”という三節で行使される。詠唱が厨二じみているのは魔法そのものが現実離れしているからこそなのだろうか。


 実際は、魔力を制御するための命令文であれば何でもよい。例えるなら、”打て、右に曲がれ、痺れろ”といったような詠唱でも機能する。だが、人間がそうしないのは魔力操作が下手くそであり暴走する可能性が高いためだ。できる限り丁寧に言った方が成功率が高いらしい。


「教室は隣になります。速やかに移動してください」


 教員の言う通り、人込みができるより早く教室を移動する。当然のようにエルは背後で着いてくるわけだが、それも気にしない。


「あ、ごめん。大丈夫?」


 背後でエルの声がした。誰かにぶつかったのだろう。特段気にすることもないのでおいていこうとしたら、エルが俺の裾を引いて足止めした。


「おい!何おいていこうとしてんだよ!」


 うるさい奴だ。餓鬼じゃないんだから置いて行かれたくらいで喚かないでほしい。ただ、ここでエルを無視すればより面倒になると直感した。


「そっちの人は?」


 エルの隣には小太りの男が一人立っている。小太りと言えども小汚いわけではなく、貴族であることがわかる。装飾のある服に身を包んでいるからだ。エルのそれに遠く及ばないが、彼も貴族ではあるだろう。爵位としては男爵家だろうか。子爵ということも考えられる。


「いや、今ぶつかってさ、謝ってたとこ」


「エル様が謝罪される必要はございません。私の体形が良くないのです」


 男はユーモアに謝罪を返した。誰も不幸にしない配慮ある返しに、貴族らしさはあまりない。いやほかの貴族からの視線を人一倍気にしなければならない男爵家ならば正しい返答ともいえるだろう。


「様はやめてくれ。俺はエル・エドワードよろしく」


「存じています。私は―


「敬語もいらないから普通に話してくれ」


 エルは男の口上を遮断してラフに接するよう要求した。貴族相手にこれはあまりよろしくはない。礼儀を重んじる彼らにとって、自分より身分が高い相手からの申し出を断るのは難しい、その上、礼儀を捨てて接しろという命令はより難しい。


 無茶なことを言う奴だな、と心の中で呟いておく。


「俺はエドル・ガモン。よろしく」


 順応性が高い男のようだ。見たところ、貴族としての礼儀を持ってはいるが好いてはいないらしい。そうでなければこの申し出をこうも早く受け入れられるわけがない。


「俺はロンド。貴族ではないから名字はない」


 ここで自分も名乗っておかなければ後味が悪かろう。貴族ではないものが、貴族相手に初めからため口を使うのはあまりに恐れ多いことである。だが、そのような小さいことを気にしてはいられない。


「早くいかねーと!」


 テスト中に知り合いを作っても、そいつが合格しなければ気まずくなるだけだ。それが分からないのかと疑問にも思うが、全員が合格したなら確かに利益にはなる。ただ、この倍率の学校ですることではない。


 指示された教室に入り、列に並ぶ。教室の中には案山子がいくつも並べられており、並びきらない分は隅で山積みにされている。この案山子に魔法を当てればいいのだろう。皆が思うままに魔法を繰り出し、驚くほど早く自分たちの順が回ってくる。


「では、受験番号4230番、ロンド始めてください」


 眼前の案山子に、手を向ける。無詠唱でも発動できるが主席合格になるのも目立って面白くない。だから少し時間をかけるため詠唱を始める。おおよその平均時間は1.2秒だった。狙うは1秒ピッタリだ。此れなら合格は間違いないし、主席にもならない。


「記録1.00秒。終了です、発表まで別室で待機してなさい」


 この学園の合格発表は当日行われる。別室ではいまも不安に押しつぶされそうな生徒が多くいることだろう。別室で待っても面白くないので適当に学園を探索することにした。


 凡その間取りは把握している。カフェテリアがあり、学食が食べられる。この世界の料理はあまりおいしいものではないので使う機会はないだろう。井戸があり、水はそこから提供されている。此れも飲む機会はない。内装は綺麗にされている印象を受けるが、要所で年季の入った傷が見られる。


 風当たりのいい渡り廊下で外を見ながら、コーヒーを淹れる。俺は異空間に道具を格納することができる。その異空間にはコーヒーカップと水の入ったピッチャーなどがほかにもいろいろある。ピッチャーからは常に水が湧き続けるし、それを熱湯に変えることもできる。俺お気に入りの魔道具だ。これを作ったものに感謝したいが、誰が作ったのか知っているため感謝したくなくなる。


 上質な豆の香りが風になびいて鼻腔を満たす。特段乱れていないものの心を落ち着かせる香りに満足しつつ、コーヒーを一口綴る。深い味わいにまたも満足して、もう一度外を見る。誰にも束縛されない自由な時間、求めていたものだ。


 いつからか一人の時間が無くなっていた。この時間もいつ終わるかわからない。


 あーぁ帰りたくねぇー。


「ロイス様。ここにおられましたか!」


(終わったらしい。この自由時間も、早かったな。てか早すぎないかな)


 目の前の景色を邪魔する形で、絶世の美少女がいる。空中に浮かびながら、ロイスを見て安堵の表情を見せ膝をつく―空中に。白髪の長い髪に内側は紫色をしている。黒を基調にした服にフリルが分段にあしらわれている。幼い背格好に似合わない堅い敬語で言葉をつづけた。


「シェリン、どうした?俺は確かに伝えたぞ、重要な任務でしばらく帰らないと」


「はい。ですが、ロイス様がすべての連絡を遮断されてましたので何かあったのではないかと、我らが動いたのです」


 休暇中は仕事の連絡を受け取りたくないのと同じで、すべての連絡手段を遮断していたのは確かである。だって、こいつらとの会話疲れるんだもん。エルがエドルに求めたように、俺としても敬語で話しかけられるのは好かない。


「そうか、ならお前たちとの連絡経路だけ確保しておこう。心配をかけたようだな」


「いえ、滅相もございません。ですがそうしてくださるというならば、私どもが何か申し上げることもないでしょう」


 シェリンはあいつらの中でもまだマシなほうだ。かなりこちらに気を使ってくれる。だが、それに甘えることができないのが上司のつらいところである。


「あの・・・ロイス様はいつ頃お戻りになられるのでしょうか?」


「え、んーあと一か月はいようかな」


 本音を言えば、かなり居座りたい。だが、仕方ない。ほったらかしにできないのも事実だし、自分が抜けている間シェリンをはじめ多くの者たちが活動できなくなる。できる限り早く帰ってやりたい気持ちもなくはない。


「一か月ですか・・・もしよければ、何度かここに来てもいいですか?」


 シェリンがさみしそうにつぶやき、頬を赤らめている。恥ずかしいことを言っているようには思えないが、なぜなのだろうか。


 嫌というわけでもないが、いやシェリン以外なら嫌だったかもしれない。それに、またこのようにシェリン以外の者がこの場に訪れる可能性を考えればこれを許可した方がいいとも思えた。


「いいだろう。でも、人間に手を出すなよ?」


「はい!ありがとうございます!」


「用件は以上なのか?」


「はい」


 明らかに悲しそうな表情をされたが、それに取り合うつもりもない。コーヒーが冷めてしまう。かわいらしい表情をされても無駄だ。


「じゃあまたな。あ、後おまえ以外が俺と面会することを禁ずる。できる限りほかのやつにばれないようにな」


「はい!!」


 シェリンがいなくなったことを確認して、残りのコーヒーを一気に煽った。味わいたかったが、合否発表が間近だったため断腸の思いである。


「冷たい」


 この不快感をどこで発散しようか。とりあえず、指示された教室へと戻る。合格は間違いないだろうが、行かないことには分からない。


「おい、ロンドどこに行ってたんだ?」


 声をかけたのはエルであった。エルの言葉を聞き、この部屋で間違いないのだと確信した。そして、席に着く。ほどなくして、教員が小さな紙を持ち教室に入ってきた。この大教室は途轍もなく広い。だが、受験生10000名を収容できるほどではない。


 初めの学科試験はともかく、実技試験では即座に結果が出る。そのため、この場にいるのは実技試験を突破した2000名ほどである。ここでの発表は学科試験と実技試験の両方の点数を加味して合格した者だけを取り上げる。そのため張り出される紙は100名分であり小さい。


「トイレ行ってた」


 エルの問いに適当に答えておく。エルも納得した様子である。彼は合格について不安に思っている様子は一切ない。自信があるのだろう。この三人のうち自身がなさそうなのはエドル一人である。


「受験生各位、傾聴!ここに張り出した合格者名簿に名前がないものは即時帰宅するように、名前があったものはこの場に残れ」


 何時ものように最後列窓際の席に座っているが、そこからでも黒板の小さな数字は見えた。もちろん合格である。


「見に行かなくてもいいのか?」


「見えるからいいんだよ」


 この会話を終えた瞬間、エルはエドルを連れて紙を見に行った。黒板に所狭しと人が押し寄せ紙を見る。喜びに震える人よりも圧倒的に悲しみに打つひしがれるものの方が多い。その差は面白くて見ていて飽きない。


 難関と言われているだけはあるな。


 人間にしては難関な問題が多かったのかもしれない。ロイスにしてみれば簡単すぎる話であったが、人間のレベルではないのでどのような難度なのかわからない。


 それから数分後に二人が笑顔で帰ってきた。一人は当然であるかのような笑顔、一方は安堵の笑顔である。


「合格だったぜ!」


「俺もだったよ」


 そうだろうな。という言葉を押し殺し、「おめでとう」とひところだけ言っておく。エルは主席合格者である。ここからでもエルの番号は見えた。


 エルの名前の下に俺の名前があったから、俺が2番目に成績が良かったのだろう。目立ちたくないのであまり成績が良すぎるのも悩ましい。ただ、合格できたので良しとしよう。


「それでは合格者に向けたオリエンテーションを始める。我が校は―」


 と話が始まったが、俺は何も聞かず手続きだけをして帰宅した。王都の一等地に我が家を借りている。豪邸である。金は使いきれないほど貯蓄があるので王都に家を持つくらいわけないのだ。


 誰もいない家について、ベッドにダイブする。此れこそ俺が求める平穏な日常である。


 ※


 栄えある魔道学園の生徒として、今日から通い始めることとなった。憂鬱ではないし、少しばかりの期待もある。この普通の日常を今まで経験してこなかったからだろうか。このような生活は少なくとも記憶にはない。初めての普通の生活がどのようなものなのか、それを確かめたいと心が躍っている。


 はっきり言って、魔道学園で学ぶことなど一つたりともない。これは魔法の知識に限らず貴族との接し方でさえも、だ。何があったとしても、王国の人間が持つ知識など、自分の持つそれに遠く及ばない。常識は持ち合わせていないが、周りに合わせることである程度は適応することができる。学んでおけばその分臨機応変に対応できることもあるだろうが、


 例え俺の知らない何かがあったとしても、それをやすやすと学ばせてくれるとは思えない。知らないことといえば、王国の政治関連のことであったり学園の裏話だったりだからである。シェリンに聞けば教えてくれるんだけどね。


「おい、ぎりぎりだぞ!急げロンド!」


 エルが後ろから声を上げて走り寄る。俺と並んでも速度を落とさずにそのまま走り抜いた。数秒差があったがエドルが走りさる。一限の始まりには余裕があったはずだ。何を急いでいるのかよくわからないが・・・。


 ―ああ、時計が普及していないから学園につくまで安心できないのか。


 この世界において時計は王都の中央区にそびえるシンボル的な時計塔と、学園やその他主要施設にしか置かれていない。HOMEの店全てに設置されているのは周知の事実である。HOMEの時計は魔法によって電波時計のように一律で同期されているが、その他の時計は精密な仕掛けが組み込まれており時計により誤差がある。それを確かめる手段もないため、正確な時間を確かめるにはHOMEの店に訪れるしかない。


 実際のところ、どの時計が正確であるのか事態は知られていないのでこの世界に時間という概念はあれど実用的ではなかった。


「ロンド、エルの言う通り急がないと遅刻だぞ!」


 そういえば、時計云々の前にオリエンテーションをサボったがために、一限が始まる時間を把握してはいなかった。とりあえず朝早くに家を出ればいいだろうと、見切り発車に出発したからな。やはり常識は学ぶべきか、慢心だったのかもね。


 浅く息を吐いて、歩く速度を上げた。エドルを追い抜き、エルを追い抜く。距離が開いていたが、二人は思ったよりも遅かった。たやすく抜かれた二人は、俺に追いつくため速度を上げて食らいつこうと努力していた。


「おい、待て!抜くな!」


「なんだよ走れって言ったのはお前だろう?」


 不思議なことだ。走れと言ったりとまれと言ったり、どうしたらいいのか分からなくなるぞ。ただ、止まるわけにはいかない。遅刻する時間であることがわかっているのだから、止まれるわけがないのだ。


「おま・・・速いな!」


「どんだけ体力あるんだよ!」


 二人の悪態にも適当に聞き流し、走り続ける。やっと学園に到着したわけだが、必要以上に走ったためか刻限には余裕がある。学園の教室にはすべて時計があり、一つの機械を同期しているから時刻のずれはない。元締めの機械がずれていればすべてずれるのだけど。とりあえず、貴族がどれだけ金をつぎ込んでいるのかがわかっただろう。なにせ時計一つにつき金貨50枚という値段なのだから。


 初めての登校だが、特段何かあるわけでもなく席に座る。まだ来ないのか?あの二人遅いな。


「やっと追いついた!」


 二人が扉に片手を置き、息を必死に整えながら教室に到着した。気が付けばそれだけの距離が開いていたんだな。人間と同じレベルに合わせるのなら、もう少しゆっくり人間らしい能力で行動すべきだと反省しておく。目立ちたくないからね。


 といっても、主席合格者と仲が良い時点で目立って仕方ないのだが。


「それでは授業を始める。錬金術の指南を担当するガギルだ。とりあえず一年間よろしく。ああ、後担任でもあるから」


 けだるげそうな男が教室の扉をあけながら挨拶して、教卓につくころにはチョークを握っていた。白衣が床に擦れてい居り、ひどい猫背である。目元のクマは深くこびりついている。眼鏡がずれており、髪は整っていない。だが、学園の教員であるため優秀な人物であることは間違いなかった。


「錬金術は魔道具を制作するためになくてはならないもの・・・。でもかなり難しい」


 ガギルの授業が始まった。ガギルの知識は凡そ、俺の持っているものと同じであり、かなり高い水準の内容であることは間違いなかった。古代の文献などに錬金術についての記述があり、ほとんどが状態の良いまま今まで残っている。そのため、錬金術はできるかどうかよりも知識として得やすいのだった。


 錬金術の古代書は始祖の黒という、この世界で竜種の次に生まれた悪魔の頂点の一人が書いたものだ。


「錬金術ってのは貴重なアイテムが必須で初期投資が高すぎる。対して結果も出ないから真面目に取り組むものは少ない。でも、それは人間という弱い種族限定の話で吸血鬼や悪魔には魔道具を簡単に作り出せる種類もいる。黒魔術っていうモノがあって・・・」


 ガギルの言う通り、人間というのはそういう種族である。人間は弱いため、強い種族を討伐し錬金術の材料を調達することもできないし、危険地帯に出向いて採取することもできない。それに魔力操作が下手すぎるため、錬金術が苦手なものがほとんどである。種族的適正があまりに低いのだ。


 対して、悪魔や吸血鬼のような魔力操作に秀でた存在は魔道具を簡単に作ってしまう。


 中でも黒魔術は魔法の中でも最高難度である。黒魔術は最低でも高等魔法と呼ばれ、低級、中級、高等、超高等、極大魔法に分類されている。超高等は超越級とも戦略級ともいわれ、さらにその上に分類される極大魔法は国を一つ丸丸消し去るほどの威力がある。例えば、超位魔法、始原魔法、核撃魔法などだ。このレベルの黒魔術となれば、隕石を顕現させることも可能だし、核融合を疑似的に再現することも可能である。黒魔術は魔法回路があり得ないほど複雑なので打ち消すことも難しいし、防ぐには魔法結界では意味をなさない。物質を作り出すという性質上、魔法を防ぐ結界では防げないということだ。


 長々と説明したが、まとめると原初と呼ばれる生物界のトップに位置する存在ならば、錬金術を使わずとも魔法で同じことができてしまうということだ。


 生徒たちは、錬金術の授業を話半分に聞き流している。なぜならば、錬金術は難しい技術が必須であるため、学生ができることではない。この授業を確実に修めたとしても活用できなければ意味がないのだ。


 もったいないな、一番面白い授業なのに。


「あ、チャイム鳴ったか?じゃあ、ここまでテスト出るから復習はしとけよ」


 ガギルはすぐさま教室を後にして、よろよろと歩きながら仮眠室に向かっていく。面白い授業は終わり、後はつまらない授業が続く。この授業が面白いのは、単純に始祖が書いた魔導書とも呼べるものをもとにしているからこそ、俺でも知らない知識が垣間見えたからだ。そのほかの授業は既知を教えられるだけで、何とつまらないのだろうか。


 そこから四時間の授業を終え、三人で下校する。たわいもない会話をして二人と別れようとしたが、エルに呼び止められた。下校したとしても、することがなくただただ静寂を過ごすだけなのでエルの話に耳を貸す。


「ロンド、最近できたHOMEのスイーツ店知ってるか?一緒に行かないか?」


 おいしいと評判のスイーツ専門店である。HOMEは世界中に店を構える世界最大の商会である。時計の話で少し述べたが、より具体的に説明すれば、規模は世界最大であり、ほとんどの国にHOMEの店が構えられている。利益でいえば、三国と長期間戦争をしても余裕があるだけの金銭を蓄えている、と言えば分かりやすいだろうか。国を金に換えた時、大国を二つは買い取れるといってもいい。そこまで大きい店でも、客層は幅広い。平民から、王族に至るまで対応できるサービスを提供しているからである。


「行くぞ!俺は楽しみにしてたんだ!」


 エドルが俺の手を引いて歩き出したので、面倒ではあったが振り払うのも面倒だったのでついていく。王都に店を構えているのだが、王国の街並みにからはかけ離れた建築様式の建物である。


 三方はガラス張りであり、中には森林を思わせる木々が美しく配置されている。素晴らしいモダン建築である。外装と内装だけでいくら金貨を使っただろうか。おそらく貴族が数年の間でためる金貨の量を優に超えているだろう。


「これが、HOMEの建物かよ・・・」


「王都中央区にそびえる建物と言いこれといい、どうやって建ててるんだ?」


 王都の中央区には、王城よりもはるかに背の高いビルが一棟聳えている。この建物はHOMEの主要拠点であり、値の張るものを売っている。来客の数ははっきり言って多くない。値段が高すぎるからである。


 だが、主要支店でなければHOMEといはいえ安価なものをいくつも売っている。このスイーツも安価な部類に入る。値段にして銅貨三枚といったところだ。この世界において果実は品種改良がされていないためおいしくはない。だがHOMEの作るものは魔法によって味が改良されており、大量に生産されている。故に果実は高級品だが、HOMEのそれは安価でおいしいのである。


「おい、男爵家の俺が入っていいような雰囲気じゃねーぞ」


「大丈夫だ、侯爵家の俺でも躊躇うくらいだ」


 エドルとエルがこの高級感あふれる内装に緊張している。だが、無駄な時間を過ごすつもりはないので、とりあえず注文する。


「イチゴのクレープを一つ。ああ後、紅茶も一杯用意してくれ」


「はい。畏まりました。お値段が銅貨6枚となります。ご注文されたものは席までお持ちいたしますのでどうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 言われた通りの値段をレジに出し、席を探す。洗練された店員の態度に満足しつつ、空席を探す。昼時から15時までは満員御礼だそうだが、今の時間は程よく空いている。


「俺も、アイツと同じのを!」


「お、俺も!」


 二人は成れた俺の様子を見て、同じ注文をしてお茶を濁す。そして、少し慌てた様子で俺の座る卓を埋める。三人で他愛もない会話に花を咲かせる。といっても、俺は会話を頷いて参加している風を装っているだけだ。


 人間の常識は知らないので、会話をしてボロが出ることは防がなければならない。


「お待たせいたしました。皆さま、どうぞお楽しみくださいませ」


「ありがとう。いただくよ」


 俺は食べ物を持ってきてくれる女性に軽く礼を言い、置かれた食べ物に手を付ける。


 美しい形状に、おいしそうな香りが鼻腔を震わす。見た目から味がいいことを教えてくれる。素晴らしい品物だ。


 零れないようクレープを食べる。かじったそばからクリームが零れ落ちそうになるが、そこは技術でカバーする。腹の底から幸福感がこみ上げる。糖分が足りていないのだ、この世界には。


「うますぎる!」


「ああ、こんなものは祝賀会でも食べたことがない」


 二人は、口の周りをクリームで塗りつぶして感想を述べあう。下手くそにもほどがあるとは思うが、それだけクレープがおいしかったのだろう。それは来たかいがあったというものだ。


 ユウジンと何かを食べに来るという経験は初めてであり、新鮮な気持ちになる。


「おい、お前真っ白な髭が生えてるぞ!」


 エルが笑いながらエドルの顔を指さして叫ぶ。それに「お前だって」と返し二人は大笑いする。店内に響き渡る楽しそうな声に注意する人はいない。二人が貴族だからだ。とはいえ、この楽しそうな声を邪魔しようとする者もいなかった。


「ロンド、お前も左頬にクリームついてるぞ?」


 左頬をぬぐい、手を見てもクリームはついていない。反対側をぬぐっても同じだった。何を言っているのかと、正面を見れば、二人が笑いをこらえて震えている。


 こいつら騙したな。つまらないことをする。


 直ぐに何を言っているのかと理解した。ただ、そういっても別に起こる事でもないし、今は機嫌がいいので無視しておくとしよう。


「ギャハハハ!!おま、お前、面白すぎる!」


 エルが盛大に笑っているが、そろそろ笑いすぎだ。機嫌が害されていく。なので、クレープにまかれていた紙を細かく折り、指ではじく。眉間にそれを受けたエルが一瞬白目をむいたが、構うこともない。これでチャラにしてやるので安いものだろう。


 エルの眉間から血が出てるな・・・やりすぎたか?まあ、すっきりしたからいいか。


「アハハ・・・ハ・・・」


 エドルの笑い声もエルの姿を見てぴたりと止んだ。その姿は面白みがあるが、エドルには不快感がなかったので良しとする。


 残りの紅茶を一気に煽り、席を立つ。意識を取り戻したエルも蒼白な顔をして、俺について店を出る。エドルも同じだ。


 店の前で二人とは別れそれぞれの家に戻る。


「じゃあな」


「じゃ」


 二人は挨拶するが俺は何も言わない。今日は寄り道したから早く帰りたかった。


 足早に家に戻り、ベッドにダイブする。一日を終えるルーティーンである。夜は眠ることもできないのでただただベッドでボーとして過ごした。次の朝日が昇るまで、基本的にこうやって過ごしている。暇ではないよ、決して。


 そして、二日目の登校日。全く同じようにエルとエドルの二人と急いで登校する。そして、授業を受けた。違ったのは、生徒の雰囲気がどこかおかしい。数人の生徒がグループを作り、こそこそ話しをしている。普通なら聞こえるはずもない小声だが、俺には聞こえた。


「学園のスケジュールは手に入れたか?」


「ああ。勝負するなら次月の今日だろう」


「本部にも連絡を入れておけ」


 というように会話を聞いた。面白いことが起こる予感がする。ところどころでそういう話が聞こえる。次月の本日には、一年だけがこの学園に残る。つまり、学園が最も手薄になる瞬間である。


 面白いことが起きればいいな、と俺は期待しておく。


 それが、二週間たったある日完全に見られなくなった。つまり、準備が整ったということだろう。ならば、俺はその決行の日を待ち、残り二週間と数日を待てばいい。


 ※


 そして、其の時が来る。どれほど面白いことが待っているのか、ワクワクしている。異常は俺にしか察知できないほど小さなものだったが、何か計画が進められている予感がした。


「今日はこの学園に君たち一年しかいないので、教室使い放題。だから、俺は錬金術にいそしむ。ので、用があるなら俺のいる教室まで来るように」


 ガギルの瞳が輝いて見える。他の学生がいないから、一時的に責任感から解放されているのだろう。彼は努力家な一面があるようで、暇さえあれば仮眠室で寝るか錬金術の研究をしているかで時間を過ごしている。責任感云々か錬金術にいそしめるからか、瞳の輝いている理由は分からないがこちらとしては、気にもならない。


「今日は教師がいないから自習のコマが多いみたいだぞ?」


「暇ってことだな」


 二人の会話を耳に挟みながら、何が起こるのかとワクワクしている。とりあえず、教師たちには「引継ぎはしておこうよ」と苦言を脳内で呈しておく。


 三人で何を勉強しようかと話し合っているその時に、警報機が不快な音色を上げた。大きな音が響き渡り、異常事態が起こったことを知る。そして、俺のワクワクが最高潮に達する。


 警報機が鳴り止むと同時に、爆発音が響き渡る。いや、わずかに爆発の方が早かっただろうか。爆発により警報機が故障したのだろう。件怪しい会話をしていたのが学園生徒であるからだろう、統率のとれた動き。生徒の中に数人の裏切り者がいる中、教員に裏切り者が存在しないとは思えない。つまり、この学園は今、敵と絶望的な戦力差があることになる。一回性の生徒に対するのは王国随一の魔法師たちということになるからね。


「俺の生徒たちは無事か?今すぐ非難するぞ、この学園はもう終わりだ」


 扉が開け放たれたと同時に声を上げたガギルが入ってきた。


 ガギルが額に冷や汗を流しながら慌てながらも生徒を案じていた。すぐさま逃げ出さなければこの場にいる全員が死ぬ。それを確信していたのだ。教師としてこれ以上ない賢明な判断であろう。


「エル、エドル、ロンド!今すぐ生徒たちを誘導し学外の騎士団まで報告しに行け!」


 成績上位の三名がガギルに指名される。一年は100名ほどで、教員含めればこの学園の中には110名ほどいる。そして、裏切って敵方についている者たちがこの中に何名いるのか分からない以上、騎士団に助けを求めるのは必然である。


「みんな聞いたな?今すぐ出るぞ!」


 生徒たちは皆エルの誘導に従い学外に避難を開始する。俺は、このワクワクを殺すわけにはいかないのでこの場に残る。一瞬、誘導される生徒の中に紛れることで自然に離脱したのだ。


 よし、行くか!と言いたいところだが、なぜか俺の後ろにエルとエドルが控えている。お前たちは誘導組だっただろうに。俺もなんだけどね。


「一応聞いておくぞ、生徒の誘導はどうした?」


「それはお前もだろ?学級委員長に任せてきたよ」


 自分も抜け出している以上、追及することは憚られた。


「何してる!?避難しろと言ったはずだ!相手は英雄級の魔導士もいるんだぞ!はっきり言って教員たちはミスリル程度の実力しかない!」


 ガギルが俺たちを見つけて怒る。それも理解できるが、ガギルは気に入っているので見殺しにしたくないし見捨てるわけにもいかなかった。怒られたところで俺が学園を離れることはないので無意味なのだ。だが、考えて見れば誰かに本気で心配される

 何てことは初めてだ。記憶をさかのぼっても覚えていないので多分初めてだとおもう。はっきり言って俺の記憶は朧気なので記憶のない遥か昔を思い出せれば、経験したことがあるのかもしれないが、今はどうでもいいのでやめておく。


「おいおい、逃げ遅れた餓鬼がいるぞ?」


 奥から三名、見るからに敵が現れた。一人は服を血まみれにして、一人は教員の頭を持っている。一人はまだ血もついていない。皆真っ黒の衣装で、背中に紋様の入ったモノであった。


 あれは確か魔神教団の紋様じゃないのか?シェリンの報告書で見たことあったし。


 学園の襲撃、物語では定番のイベントだ。だが、実際起こってみればすでに詰んでいる局面であると言える。まず、学園の手薄な状況を見計らい、余りある戦力をそこに投与する。さらには、教員たちの実力を知っており、仕事は生徒を殺すことだと仮定する。つまり、情報戦ですでに負けており、実力差もある。詰みという言葉が最も当てはまるだろう。


「ほらな?言ったろ!俺が珍しくやる気だしてるんだよわかるだろ!」


「いつもやる気だしてないって言っちゃったよ」


 ガギルの発言にエルが余裕のない表情で返す。緊張感がなさすぎる。


「無視してんじゃねーよ!」


 男が教員の頭をエルに投げつける。それをガギルが弾き、エルを守る。同僚の頭を砕くなんて、とも思ったが仕方ないとも思う。俺も仲間の頭で死ぬくらいなら迷わず砕くからね。


「今からでも逃げろ」


 低い声色でガギルが忠告する。だが、俺たちも馬鹿ではない。今逃げればガギルはここで死ぬ。それは好ましくない。暇な学園生活を少しでも彩ってくれたのならば、借りといってもいい。借りは返すべきだ。


「今逃げたらアンタ死ぬでしょ」


「いいんだよ、それが大人の役割なんだ」


 余裕のない二人の軽口にも緊張感が宿る。エドルだけが相手を慎重に眺めている。エドルはこの場でとどまるような度胸のある男ではない。本当は今すぐにでも逃げたいのだろうが、俺たちのことを友人であると考えているからこそ、この場にとどまったのだと思う。


 ガギルも帰りたいはずだろうけどね。かわいそうだよね教師って、こういう時逃げられないんだから。


「ッチ死ね!」


 男が中級魔法”豪火球フレア・ボール”を放つ。人間がたやすく死ぬ魔法である。だが、ガギルが魔道具を出し相殺する。中級魔法は英雄級の領域であり、つまるところ、冒険者に当てはめればアダマンタイトに匹敵する、ということである。


 教師よりも二回り上の実力者である。だが、ガギルの魔道具作成の知識がその差を埋めた結果、相殺となったのである。冷気を発する魔道具を使い、火を消し去ったわけだが、格上の魔法を打ち消すことができたとは驚きだ。普通同等級の魔法をぶつけねば相殺はできないはずなのだし。


「先生やるね」


「伊達に錬金術の第一人者やってないんでね」


 ガギルがもう一度魔道具を取り出し、相手めがけて投げつける。キューブ状のそれは三枚の刃を出現させ高速回転により切断力を得る。それが敵めがけて飛んでいき、掻き切らんと迫る。


 ナイフでキューブを弾くと、ほかの二人が魔法を放つ。”電撃砲《ライトニング》”と”水刃”である。だが、魔道具でこれも封殺して見せる。だが、ガギルの魔道具も有限である。


「ッチ!俺の三週間分だぞ!」


 三週間かけて作った魔道具がすべて有効打にならないことを吠えた。だが、実力差のある三人相手に俺たちを守りながらよく立ち回っている。求められている以上の仕事をしていると言えよう。


 だが、流石にこちらが不利なので一人くらい仕留めるとしよう。


 一丁のナイフを懐から取り出す。それを、投げる。投擲術には自信があるし、人間一人を殺すにはあまりある威力がある。風を切る音が廊下に響くほど早く、血だらけの男の額に深く突き刺さる。脳幹に直撃し、男は即死した。汚い血が地面に広がり、全員の視線が俺に向く。


「おい、何をしたんだ?」


「え?か、風魔法の応用だよ」


 本当は筋力で投げただけだ。だが、風魔法で発生させた風によって加速させただけだと説明しておく。あくまでここにいる俺の設定は人間のロンドという生徒なのだ。


「よくやった!喰らえ俺の一か月の傑作だ!」


 そういうと、ガギルは一際大きなキューブを取り出し、地面に置く。すると、キューブから炎が顕現し、トラをかたどる。それが敵めがけて襲い掛かる。威力は中級魔法を少し超えており、容易に敵を焼き殺す。何とか一戦を生き抜いた四名は、再び口論を始めた。


「逃げろつってんだろ?」


「まぁまぁ。先生も逃げようぜ、どうせ騎士団がくるって」


 そんな感じでしばらく会話を終えると、ガギルが折れた。


「死ぬなよ?俺は責任取らないからな」


「はいはい」


「ほんとに大丈夫かよ」


 ガギルは口ではそういうが、いざとなれば守れるよう先頭を歩く。素晴らしい教師であると、もう一度再評価する。誰かのために命を投げ出すことができるのは限られた者だけだ。


 緊張感のないやり取りに見えるが緊張感のないものは俺くらいだ。いつどこから敵が現れるかわかったものではない。それに、敵の狙いが何かわからないでいる。これは勝利条件がわからないのと同じであり非常に危険だ。とはいえ、こちらの勝利条件は生きて帰ることだ。学園の存続も考えるべきかもしれないが、生徒の領分ではない。


 最悪な状況でもどれだけ楽しめるかが、人生楽しく過ごすコツだと俺は思うね。なので、俺は止まらず突き進む。


「なぜここに教師がいる。まさか、ナンバーズがやられたのか?」


 T字の廊下を出たところで、会敵した。しかも、両方からである。自分たちの両サイドに敵がいる場面は意図せず挟み撃ちになっており、絶体絶命であった。


「ッチ、最悪なところで出会っちまった」


 ガギルは後ろ手で俺たちに指示する。俺とエドルが右側、エルとガギルで左側の相手をしろという指示である。逃がしてはくれないと分かっているし、戦闘は避けないつもりだった。作戦を立てなくとも、この程度の相手ならば歩くよりも簡単に殺せる。だが、人間の設定を貫くなら苦戦すべきだ。


 ガギルの指示を快諾し、俺は右に飛び出す。エドルもそれに続き、二手に別れることとなった。


「餓鬼が相手かよ」


 両サイドに二人ずつ敵がいる。二対二であり、数は互角だが戦力は互角ではない。相手は、英雄級ではないもののそれに近い実力を持っており、ガギルより強い。危ないのは左側に回ったあの二人である。


「餓鬼でも油断すると刈られるぞ?」


 俺の軽口に苛立ったのか、魔法を放ち攻撃を開始した。ナイフで魔法を切り裂き、男に迫る。魔法は実体のないものが一般的だ。だが、俺のナイフは実体のないものでも切断できる。これが魔力操作に長けた者の特権だ。魔法で発生した煙を目隠しに遣い、蹴りを入れる。だが、当たる寸前でもう一人が男の襟を引き退避させる。


「油断するな、危ないぞ」


「エドル、撃て」


 俺の派手な攻撃に隠れ、エドルは詠唱を開始していた。エドルは魔法に才がある。そのため、生徒の中でも高火力の魔法が打てる数少ない存在であった。彼の”大火球”が、二人の敵をかすめる。その隙にまたナイフを投げ一人殺す。


「お前何本ナイフ持ってんだよ!?」


「護身用にたくさん」


 エドルの疑問に取り合う必要はないので、適当に返しておく。そして、もう一本取り出し、もう一人にも投擲する。完璧に偏差を計算しつくされた投擲は見事に的中した。


 素晴らしい。自分の技術のすばらしさはほれぼれするね。実際このナイフは異空間にいくらでも収納されている。異空間に手を入れれば選んだアイテムを取り出すことができるので、他人から見えないよう服の内側に手を入れているように見せかけているのだ。異空間を作り出せるのは上位種族だけだからだ。


「これからどこに行くんだ?」


「それは、最上階に決まってるだろ」


 見たところ、敵の配置は攻めてきた勢力の数を減らすことを優先されている様子である。つまり、狙いは救援に来る騎士団でありおそらくこの国の騎士団長である、ウルスが狙いだと考えられる。ウルスは英雄級のなかでも最強クラスの戦士であり、実績も人気も高い。賊にとっては目障りな存在であろう。魔神教団は魔法師の数が多いし、レベルでいえば英雄級である者も多い。ウルスを直接襲う方が確実だとも思えたが、別の思惑があるのかもしれない。現に学園にいる者たちをウルスに充てるとウルスを殺す事は可能だと思えたし。王都にいる主戦力を削るためかもしれない。ウルスの直轄部隊であれば精鋭ぞろいだろうし。


 ただ考えられるのは、この学園にいる強者と呼ばれる敵たちは全員捨て駒でありウルスの配下を削るための戦力であるということ。そして、最高戦力はウルスを殺すため最上階に集中していると仮定することができる。とりあえず行ってみればわかることだ。


「なあ、俺はお前に死んでほしくないんだ。帰らないか?」


「なんだよエドル、ここまで来たんだぞ?」


「俺は男爵家出身だろ?男爵家は身分が高くないから周りの目線に気を配ってばかりの生活が嫌で、この学園に来たんだよ。俺も死にたくない、なぁ帰ろうぜ?」


 エドルの本音を今まで聞いたことがなかった。別に不思議なことでもないし、実際エドルの魔法の腕があれば実家からの声を無視して何かに就職することも容易だろう。もう目的は半分達成されている。今ここで死んだら今までの苦労が水泡に帰す。確かに不憫にも思うが、俺は帰るつもりがない。エドルを返してやることも可能だが、面倒だから放っておく。 


「嫌なら帰るといい。俺は行く」


「ダチを置いていくのは男爵として生きるよりも嫌なんだよ!」


「なら護てやるから安心しろ。俺は友というモノが良くわからないが、お前を死なせるつもりはない。文句があるなら俺を納得させるしかないぞ?」


 初めて笑ったかのような表情を見せる。いや、笑ったのではなく試しているのだ。俺の計画を変えられるだけの何かを見せてみろ、と言っている。


 そんなことできはしないだろう、という根底の考えが透けて見えるこの表情も、エドルにとっては初めて見せるロンドの笑顔であった。


 エドルは折れて、再び歩き始めた。最上階に行けば、面白いことがあると思って歩く。


 面白いことがあったとしても、なかったとしても日常に飽きてきた今日、この非日常が面白くて仕方ない。


 最上階とは言っても、今いる場所からかなり近い。階段を一階分昇ればつく。


「行くぞ?」


「ああ、ちゃんと守ってくれよ?」


「任せとけ」


 という会話をしていれば、下から鉄がぶつかり合う音が近づいてくるのに気が付いた。鎧が当たって音が鳴っているのだと分かり、騎士団が到着したのだと推理できる。音からするに、戦闘の者は筋肉量が多い屈強な男だと分かるし、持っている武器は大剣だろう。五感がよければ音だけである程度は推察できる。


「君たち、なぜこんな場所に?」


「ここの生徒なんだから当然だろ?」


「俺は王国戦士長ウルス。君たちを守る責務がある。今すぐ非難しなさい」


 やはり、先頭を歩くのは戦士長であった。それで確信した。賊の目的は戦士長だ。そして最上階には戦士長を確実に殺す事ができる戦力が集まっている。だが、俺たちが道中の敵を屠ってきたために戦士長の部下たちはほぼ無傷である。それでも勝算は薄いだろう。剣よりも魔法の方が強いからね。厳密に言えば魔法も剣で対処可能だが人間では無理なので措いておこう。


「敵の狙いは戦士長、あなただ。お前魔法に剣で戦うつもりか?」


「お、おいロンド!戦士長にお、お前って」


 俺の戦士長に対する態度にエドルは慌てているが、ウルスは気にしてはいない。もともと平民出身だからだろう。これが王宮への潜入任務ならばそれに合った礼節を尽くすがそうでないなら、畏まることもないだろう。


「確かに君の言うことは一理ある。おい、お前たちこの生徒を何があっても死なせるな」


「戦士長、連れていかれるのですか?」


「敵の狙いが俺だというなら戦力は多い方がいい。ここで死ねば王に恩を返せないからな」


 ウルスは話の分かる男のようだ。少なくともガギルよりは聞き分けがいい。そして、ガギルより強いので、エドルは安心して騎士の中に混じる。剣で敵わないなら魔法を使える者を仲間にした方が良いとするのは正しい考えだし、俺も異論はないので兵士のもとに加わる。


 ウルスたちの中にまじり、最上階に足を踏み入れる。そこに待ち受けていたのは、フードの付いたローブを顔が見えないほど深くかぶっている。英雄級の実力者で間違いない。中には逸脱者もいるみたい。ウルスを殺すなら逸脱者一人でいいだろうに。心配性なのかな魔神教団は。


 ウルスは眼前の敵が強者であると確信し、真剣な面持ちで大剣を構える。それを見た騎士たちは見事な連携で数名ずつ部屋に入り隊列を組む。部屋自体大きいが武器を持った大人が大勢入り乱戦できるほどではない。即座に最適解を導きウルスは適切に対応して見せた。慣れているみたいだね、室内戦は少ないはずだろうに。


 背後から断末魔が幾重にも重なって響いた。


 振り返れば、廊下は焦げて真っ黒になっており、騎士たちは見るも無残な骸になっていた。焼死体の中には生焼けの死体も多く不快な香りが充満していた。王宮兵士の精鋭を一撃で焼き殺した新手にウルスは身構えた。


 一気に戦力を削られ、絶体絶命な状況でもウルスの目に光は宿ったままである。


「四人、か。これは死んだかもな」


 ウルスが冷静につぶやく。敵は眼前の三にだけではなく、外に控えていた騎士たちを焼き殺したもう計4人が相手である。


 そして、其の四人目は俺たちがよく知っているアイツであった。


「なんだ、お前たちここまで来たのか。殺したくなかったんだけどな」


「エル・・・お前?ウソだろ」


 背後から現れたのは、俺たちの良く知るエルであり、動揺を隠せないエドルは錯乱してしまう。ウソであってほしいと懇願するエドルだが現実は非情だ。


 敵には共通の魔力反応があった。その魔力反応とは、魔魂であり魔力量を底上げする魔道具だ。此れのおかげで逸脱者や英雄級の実力者が多いのだろう。それがエルにも見られたため、入学当初からエルは何らかの組織に属していると知っていた。襲撃が始まった瞬間からエルが敵になることも把握していたが、特段気にしてはいなかった。立ち向かってくるなら殺すだけだし。それに、エルからは魔魂以外にも何かを感じる。それは俺でも見えないほど巧妙に隠してあるみたいだけど。


「戦士長、二人は受け持ってやる。そっちの二人は任せるぞ」


「!?―ああ。もはやそれしかない。任せるぞロンド殿」


 エドルの表情を見れば彼がどれだけエルを友達として大事にしていたかわかる。それだけ、彼との時間を大切に思っていたのだろう。だが、エルはそう思っていない様子。演技で繕われていた友情が破綻した瞬間、エドルはどのような気持ちなのだろうか。面白いな。人間は直ぐに絶望する、愚かな種族だ。エルとエドルとの時間は確かに新鮮な日々であったし、初めて経験するものもあった。借りがあるとも考えられるが、それは別に友情ではない。友達っていうモノをあまり理解していないからね、間違っているかもしれないし。


「エルと話したい。お前は邪魔だ」


 眼前から迫る一人のローブを着た男に手を向けて呟く。男は空間がねじれ押しつぶされる。骨が内臓を突き破り、皮膚を突き破り、臓物をまき散らしながら死ぬ。魔力操作にたけていればこの程度は瞬きするよりも簡単にできる。この程度の圧力でつぶれるとはなんと柔らかいのだろうか。


「お前、今何した?」


「え?分からないのか・・・それは気の毒なことだ」


 俺の軽口に付き合う余裕はエルにない。演技が上手なことは今までともに学園に通っている中で知っていた。なので、演技ができなくなっている様子は面白い。絶望をもっと見せてほしい。人の絶望って面白いよね。俺が絶望するのは絶対いやだけど。


「もっと深い話をしよう」


 指をパチンと一度鳴らす。俺を起点に結界を張ったのだ。音、光、魔法効果を通さない魔法結界である。強度は高く、エルに破れるものではない。結界の中で、何かが割れるような音がした。


 監視魔法の影響も結界により遮断された結果だ。つまり、この組織はこの戦闘を監視しているのだ。もしかしたら新人教育の一環でウルスを殺せたら御の字といったていどの考え方なのかも。


「これで、深い話ができるぞ?ああ、それとお前の中にある爆弾も動作しないから何でも話してくれたまえよ」


「お前、どこまで知ってるんだ?」


 エルの言葉に俺は帰す言葉がない。何故なら、知っていることはすべて話したからだ。エルの体には、条件式で発動する呪いが付与されていた。発動条件は恐らく情報漏洩だろう。だが、結界によって外部との接触を遮断しているため呪いが発動することはない。違和感の正体はこれではない。この程度で対処できる効果を見過ごすわけないからね。


「そんなことはどうでもいいんだよ。お前はエドルと話すべきだな」


 俺は、せめてエドルの混乱を納めるためにこの場を作った。エドルの絶望がより深くみられるのではないかと期待していたからだ。それに、エルがなぜ俺たちを裏切ったのかという点も気になるだろうから、話し合いの機会を設けてもよかった。俺も魔神教団について興味が出てきた。魔神教団が強者を抱えていることは確かだし、逸脱者を捨て駒にできるのも異様だ。


「お前、なんで俺たちを裏切ったんだ!?」


 俺は裏切られたとも思っていないが、エドルからすればそうとも言えないのだろうな。俺は知っていたがエドルは知らなかったわけだし。


「裏切った、というわけではないよ。俺も魔神教団に入りたかったわけじゃないし」


 組織の名前が魔神教会であると分かる。魔神教団とは、魔神を心酔している強者の集まりであり世界中に根を張っている。規模だけでいえばHOMEと同等かもしれない。金銭的には比類しないだろうが。それが知っているしウルスを狙らう理由も分かる。


「俺の家は裕福だが、それでも治せない病があったんだ。妹がかかっていたのはその治せない病気、魔力欠乏症だ。それが治せるっていうから仕方なく教団に入ったんだよ」


 魔力欠乏症とは、魔力が極端に少なく正常な身体能力を維持できない病気である。ただ、魔力が少なくとも0でなければ命に別状はない。だが、そこに加護が加われば命に係わる病気となる。加護は人間だけが持つスキルのようなモノであり、魔力を消費する。魔力が少ないのに、強制的に魔力を消費させられるためいずれ魔力が0になり死に至る病気になってしまう。どうやら加護はスキルとは違い、使用者に対して融通の利かない権能だそうで、意図しないタイミングで発動してしまうものもあるそうだ。ものによるっていうのはそうなんだけどね。


「そうか、よかったよ。お前にも理由があったんだろ?―なあ、俺たちは友達って言えるのか?」


「友達とは思ったことないな。だが、もし教団に入ってなかったらとは考えたさ」


 教団に入らなかったら今も侯爵家の優秀な後継者であり、学園の誇りと呼ばれる逸材になっていただろう。でも、現実はそうではない。下手に友人を作ったとき、こういった状況にならないとも限らない。自分に対する精神的ダメージを減らすためか、友人を作らないのだろうとも思える。


 にしてはアイツから声かけてきたよな。入学初日の彼を思い出せばいささか納得できないこともあるが、大事でもないだろう。


「ロンド、お前は俺を教団から解放して妹も助けてくれるような気がしたんだ。だからお前には声をかけた」


 心の声を聴いているかのようなタイミングでエルから回答が来た。まあ、魔力欠乏症は精霊や妖精をその身に宿せば解決するが、助けてやる義理はない。いや、新鮮な日々を送らせてもらった借りを返すためだけならば治してやってもいいか?


 妹の存在は今知ったし、エルを解放するつもりもないし完全に独りよがりな考えだと切り捨てるとしよう。どうでもいいけど、そんな事情があったんだな~といった感想でとどまる。


「お前、そういえばガギルはどうした?」


 次は俺の疑問に答える番だ。俺のお気に入りのガギルの姿が見えないし、生存の可能性は驚くほど低いわけだが、エルから聞かないことには分からない。


「ああ、あの人ね。殺したよ。いい先生だったね」


 やっぱり死んでいたか。不快だな。エルを生かしておいてもいいと思っていたが、不快な存在を生かしておくという選択肢はない。殺す事に決めた。妹を助けようという一瞬の同情も捨てよう。妹も殺してやろうかな、かわいそうかな。とりあえず、こいつは殺すとしようか。


「お前いまから殺してやる。いやなら抵抗しろ」


 ムリだろうけどな、という言葉はあえて口にしない。言わなくとも俺の覇気がエルに力の差を認識させた。エルが抵抗しようが抵抗しまいが関係ない。殺す事はすでに決まっているし、この決定は覆らない。


「抵抗させてもらうよ。妹はまだ苦しんでる」


 エルの杖の先端から炎が巻き上がり放出される。エドルめがけて高速で迫る炎は彼を焼き殺すには十分すぎる火力である。よけようという気概も感じられない。いや、それよりも友人に殺されそうな現状に動けないでいるのだ。


 ただ約束してしまったのでエドルを守る。


 甲高い音が鳴り響く。ナイフが炎を断ち切った音だ。そして、其のナイフを投げる。ナイフがエルの額に深々と突き刺さり、エルの命を奪う。


「面白くねぇ。想像していたよりはるかに面白くない命だったなお前」


 エルの骸を眺めて呟く。人間はやっぱり面白い奴より面白くないやつの方がはるかに多いんだな。殺すのでさえ不快なやつだったな。


「面白い命ってなんだよ。殺しを面白がってんじゃねぇよ」


 あれ?起き上がった。人間って脳幹にナイフが刺さっても生きれるんだっけ?


 そんなわけはないので冷静にエルを観察すれば、彼の中にスキルがあることが分かった。人間のふりをするために能力を制限していたので気が付かなかったが、どうやらエルは人間にしては珍しい固有スキルを所持しており、その等級も高い特有級ユニークである”超再生”であった。即死のダメージでも死ぬ前に再生を開始するのだ。


 生き返った?超再生の域を超えてるな。魔魂の影響だろうけどここまでの性能なのか。


「いいスキルだな。人間にしては」


 悪魔などの高位の存在はスキルに頼らなくとも再生できる。そのため、人間以外に有用性があるスキルではない。これがもっと高位の無限再生などであればどの種族でも有用なのだけど。


「弱いお前をもてあそぶのは強い俺の特権だろ?いやなら抵抗しろって言ったし」


 俺はエルの腕を切り飛ばした。即座に再生が始まり、数秒で腕が生える。痛みはあるし、万能ではない。


 だが、魔魂の影響で強化されたスキルがどの程度使いやすいものとなったのかは興味がある。


 四肢を切り裂いて、再生するのを待つ。エルの悲鳴が結界内に響き耳をうつ。うるさいのは嫌いなので、声帯を切り裂き一時的に声を奪う。掠れるような悲鳴を上げて地面をのたうち回り、瀕死になりながらも再生を完了させる。


「再生力はまぁまぁだな。死んでも生き返るのか?」


 俺の問いに答えることはできない。自分で声帯を切り裂いたから当然のことだが、殺してしまえばそこで実験は終わり。それは面白くない。力の解明は自身を強くすることにつながるからね。


貸与ギフト”万物生成”、封魔囚石!」


 エルが声帯を再生させ即座に唱えた。ギフトとは、他者からスキルを貸与されることであり、そのスキルはもともと持っていたものの性能より劣ってしまう。


 それに、その程度の性能で俺に害をなせるわけがない。最後のあがきにしては拍子抜けだが、何か違和感がある。


 エルの魔力が尽きた?死んだのか・・・まずい!


 エルの命を代償にして発動されたスキルに超再生が統合され、さらに強力になる。そして近くにいた俺の魔力を吸いさらに強化される。すぐさま魔力をコントロールしこれ以上吸い取られないよう制御する。だが、それでも封魔囚石の勢いは衰えない。


 エルの死体を調べれば、刻印魔法が施されていた。魔魂が外部との接続を可能にし、貸与ギフトを使った場合外部から魔力を供給するように細工されていた。なんてこった、封魔囚石は神話級ゴッズの魔道具になってしまった。神話級の魔道具は俺にも有効だし、もはや逃げられる距離ではない。人間のフリしていたから神話級のアイテムを装備していないから対抗もできない。せめて能力を制限して居なければどうとでもできたが、今制限をやめてしまうと魔力が漏れてさらに封魔囚石を強化してしまうかもしれない。タイミング悪いって、マジでまずい。


 封魔囚石は大量の魔力を吸引し、果てには結界を破壊し己の糧として成長した。さらに勢いを増した封魔囚石から逃れるべく、後方に飛びのく。強烈な引力が働き、暴風が吹き荒れる。窓が割れ、カーテンが靡きちぎれる。ウルスは満身創痍になりながらも大剣を地面にさし耐える。だが、対象は俺のみであり、効果を受けるのも俺だけだ。


 逃げられないか。逃げないと封印されるし、俺何もしてないじゃん、なんで俺なのさ、ああクソ!


 俺は確信した、逃げるには本気にならないといけないと。右腕に魔力を集中させ切り離す。容量を超えればこの勢いはなくなり、ただの箱になる。だが、神話級の魔道具の容量は計り知れない。これは賭けである。もしかすれば俺が封印される可能性も高い。アイテムを装備していない今、これは非常にまずい状況だ。


 腕が吸い込まれてもなお、いまだに勢いは途絶えていなかった。盛大に舌打ちをし、左手で魔法陣を顕現させ悪魔を3体召喚する。上位悪魔グレーターデーモンであり、魔力量も多い。それを吸い込ませてもなお勢いがある。


 魔力も残り少ない、悪魔召喚は魔力消費が激しいので、精霊召喚に甘んじるしかない。上位聖霊を召喚し、封魔囚石に統合する。


(どうだ?これで万策尽きるぞ)


 封魔囚石が精霊を吸収した瞬間、風はやみ箱が閉じる。地面を転がり、完全に動きを止めた。召喚した魔物はすべて精神を破壊していたため、箱の中で俺の魔力の籠った右腕に受肉することはない。その場凌ぎだが、十分に気を配って対処した。だが、失った魔力量は戻らない。9割以上の魔力が失われた・・・体が怠い。


 あぶねぇ。死ぬかと思った。


 油断しすぎていた、装備を外していなければ封魔囚石からも逃げられただろうし、冷静にエルを殺していればそもそも封魔囚石など生まれなかった。最悪だ。驚くほど裏目に出た。


「え、最悪なんだけど。マジで悲しいわ、最悪だわ」


 封魔囚石を拾い上げ、懐に入れる。本当に最悪の気分を押し殺し、せめて家に戻るまでは平常を装いたい。数百年ぶり・・・あいつと戦った以来かもな負傷したの。


「ロンド殿、終わったのか?」


「戦士長も終わったようで何よりだ。俺も観ての通り重症だから帰らせてもらうよ」


 無くなった右腕を見せて納得させる。ウルスも快く許可してくれた。許可されなくとも帰っていたのだけど。ウルスも、限界を超えた戦闘をしたせいで体中傷だらけである。死んでもおかしくない戦力差があるのによく耐えたとほめてもいい。ウルスの配下は皆死んでいるので、戦闘の苛烈さがよくわかる。


「ロンド、お前は友達って何だと思う?」


「俺に友の定義を聞かれても困るが、エルを切り裂いていた俺をみてまだ友達と思えているなら、それが友達ってやつなんじゃないか?」


「そうか・・・友達ってのは難しいんだな」


 苦笑するエドルをよそに、限界が近い俺は急いで帰る。


「”シェリン、今すぐ王都の俺の家に守護者を集めろ”」


 念話でシェリン連絡を取った。念話を受けとったシェリンは声色から非常事態であることを察し、問答をせずすぐさま言われた通りに行動する。


 俺も残った体力で全力疾走し、帰宅する。いつもなら瞬く間に帰宅できていただろう距離に、10秒ほど時間がかかってしまう。


 扉を開けるなり倒れるように玄関に倒れる。地面に着くより先に、何者かに体を支えられ、ベッドに寝かされる。ここで意識を手放し、機能停止スリープモードとなり回復する。


 何も感じない時間が果てしなく続く。そして、目を開けた時、日付は三日たっていた。


 ※


 なんてこった。初めてだぞ三日も癒えない傷を負うなんて。正確に言えば、封印された魔力を回復しようとしてもできないという異常に体が気づくまで時間がかかっただけで腕は回復している。体力も封印される前よりもはるかに劣るが回復している。


 封印前の10分の1くらいしか残っていないな。制限していた能力を解放しても、魔力が足りないから扱えない力もある・・・か。思った以上の損失だぞエル。


 自分の魔力量を見直してみて驚いた。絶対的な実力差があっても決して油断しないと俺は反省する。イライラするが、一旦冷静になろう。


「ロイス様、お目覚めですか!?」


「ああ、悪いな三日も拘束してすまない」


 目線をベッドから落とせば、ベッドの前に7名が膝をついていた。俺はこいつらから逃げていたのだ。追われているというよりも、探されていただけなのである。こいつらといると心労がたまるから抜け出していただけで、俺自身が何か犯罪を起こしたといったようなことはない。


 守護者と呼ばれる階級の者たちだ。この者たちは俺に忠誠を誓う強者たちだ。一人一人が圧倒的な戦力を持ち、中には自分の軍を持つ者もいる。そんな彼らに変化があっては一大事である。なので、俺は守護者たちに宣誓を行わせる。


「守護者に問う。お前たちは誰だ」


 俺は守護者に問う。守護者は俺の配下でも他の追随を許さないほどの強者の集まりだ。守護者の配下を含めてこの場ではネームドと呼ばれている。何らかの仕事を割り振られており、その一人一人が何らかの才能に恵まれている。その才能で俺に益を成す仕事をこなしている、いなくなっては困る存在だ。


「守護者代表、エルメス。まずは、御身のご快復心よりお喜び申し上げます。HOMEの創始者ロイス・アダスター様」


 黒いスーツに身を包み180以上あるだろう身長で細身だがひ弱ではない。エルメスは悪魔だ。守護者の中でも頭一つ抜けて強く頭脳も明晰である。俺の最も信頼厚い忠臣だ。彼の黒い髪は後ろでくくられており、金色に赤い瞳孔を刺したような切れ長の目はとても悪魔的だ。彼は始祖の黒という、悪魔のトップの一人である。始祖はかなり多いんだけどね。


 知れっと告白されたが、俺はHOMEを立ち上げた創始者としての顔を持つ。なので金には困らない生活が送れており、王都にも一軒家を持つことができたのだ。


「守護者、ティオナ。御身の前に。ご無事のようで何よりでございます」


 ティオナは長身と言えどエルメスよりは背の低い。作られたような美しさを持ちその頭脳は守護者の中でも有数だ。その頭脳を生かし財政を司る。最も、彼女の配下にいるものを使っているため彼女自身の受け持つ仕事はない。彼女は有翼族ハーピーだ。だが、よくいる低俗なものではなく、精神生命体として受肉しているため独自の種族に昇華しているといってもいい。


「守護者、サリオン。我の力は御身のためにございます」


 サリオンは熾天使の名を冠する天使の最上位種族だ。彼は筋骨隆々な姿をしており、その背には三対の翼が生えている。彼は天使の軍勢を有しており、戦力の管理を任されている。軍部の最高権力者である。ただ、エルメスやほかの種族も自分の配下を持っているためその配下たちには無断で命令を出すことはできない。形式上役職を持ってはいるが未だ機能していないが不要なわけではない。


「守護者の名を頂いております。フィンです。あなた様の一助になれるよう精進いたします」


 フィンはアンデッドの中でも冥界王ハデス・ロードと呼ばれ、最上位のマジックキャスターだ。彼女の元にはアンデッドの配下がいる。といっても彼女の配下はすべて彼女の魔法によって召喚されているため軍勢というには少々意味合いが変わってくるかもしれない。召喚によって先手を打つことができる上に軍勢の準備も必要でないため、一般的な軍勢よりも優位だ。半面、サリオン達のような軍勢に比べて弱い。だが、数に限りがないため物量で押し切ることもできるだろう。間違いなくコスパの良さはHOMEで一番だ。


 彼女は金髪が腰に届かないほどだが長い。その肌色はありえないほどに悪いが、それを差し引いても目を引くほどの美貌がある。すでに死んでいるため体も温度が低い。彼女は特に役職を与えられてはいない。だが、能力が低いわけではなく寧ろ高い。ただ単に守護者たちに任せられるような仕事が用意できないだけだ。


「守護者兼情報統括長、シェリンです。私の能力で如何なる情報もお届けいたしましょう」


 彼女は情報収集に関しては右に出る者はいない。すべての情報を白日の下にさらけ出すことができる隠密スキルと知識はロイスよりも豊富だ。シェリンが本気で気配を断てば守護者でも明確に見分けることができる者は少ない。その容姿のせいで俺から子ども扱いを受けてはいるが、その能力はHOMEになくてはならないものだ。守護者で最も多忙な人物であるのは間違いない。他の守護者とシェリンが命の危機にあったとき、どちらかしか助けられないのならばシェリンを助ける判断をするほど能力が有用だ。俺のお気に入り配下の一人である。


「守護者え、エデンです。えっとぼくもロイス様のために・・頑張ります!」


 最期はエデンだ。金髪の低身長であり、見た目はまさに男の子だ。テイマーとして様々な魔物を従えており、その魔物は召喚で得たものもいる。性格も内気で恥ずかしがりやであり、まさに精神年齢も見た目と同じで幼いのだ。


 守護者の名乗りがすべて終わってので、ロイスは鷹揚に頷く。守護者に異変はみられない。ならば、ひとまず安心すべきだろう。


 仕方ない。俺のすべきことが定まった。それの準備をするしかない。必要なのは技術力だ、ならば世界の知識を一所にとどめるしかない。そして、知識を育む最高の環境を整えなければならない。ならば、築くしかない技術を最優先にする研究所を。すべては封魔囚石を解読し封印された俺の魔力を回収するために。


「皆聞け、俺は国を築く。そこではすべての知識ある種族が生活し世界最高の技術を育み、封魔囚石を解く」


 俺の宣言に守護者は声を上げて追従することを誓った。

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