建国編

第7話 天界への侵略

 俺の町は徐々に完成に近づいている。ガーラに送ってもらったテトをはじめとする建築師によって町は美しい様相をしている。だが、住民が少ない。HOMEの支店で働いていた悪魔たちは移住をはじめ、この地でも店が開店し始めていた。店に配置している悪魔は低級悪魔レッサーデーモンでかなり弱いが、変化の術をかけているので人間と同じ見た目に統一している。当然のように、この低級悪魔たちは洗脳によって制御している。指定された対応しかできないようにされた傀儡であり、それを統括しているのが中位悪魔デーモンなのだ。中位悪魔には洗脳を施していないが、忠誠心が高いため必要ない。応用の必要な業務内容に関しては中位悪魔を充てている。もちろん、人間同様の魔力反応を示すように細工してあるのだ。


 街の治安に関しては、アンデッドが警備を担当しており年中無休で働けるし、死んでも損失にならないのでちょうどいい。アンデッドに歯向かうようなバカもいないだろうしね。現時点では警備組織を用いているわけではなく、アンデッドを放ち周辺の魔物対策をしているに過ぎない。国家として機能させるのならば警察組織を作らねばならないだろう。それに関しては追々の対応でいい。


 街ができてきたと言っても、国ができたと言えるわけではない。国というのは、どこにも所属していない土地に建国宣言をしてしまえば実質的に建国は成る。だが、国家としてそれではいささか要素が欠落している。


 欠落している要素を補うために、作業をしなければならない。まず、法律を作らねばならないし、その法律は悪魔や不死者、人間などの幅広い種族に適用されなければならない。さらに、平等性が担保されなければ多くの種族を迎え入れるなんてこと夢物語で終わってしまうだろう。面倒だが、エルメスに丸投げすればうまくまとまる。エルメスは優秀な頭脳を持っているので詳細な打ち合わせが必要な案件に関しては丸投げしているのだ。


 次に土地に関しては問題ない。住民もまたHOMEから送り込み続ければいずれ移住者であふれるだろう。HOMEが管轄する国というだけで発展は約束されたようなものである、というのが人間をはじめとした大勢の者たちが持つ共通認識だ。うぬぼれているわけではない。実際既に、HOMEは世界の商業を掌握している。魔大陸には店舗を置けていない国もあるし帝国だって、進出していない。それでも世界屈指の収益を上げている。それこそ、やろうと思えば国を建てられてしまうほどに。


 兎にも角にも、建国がなる前に封魔囚石が暴走すれば大陸が滅んでしまうからな。まず天界に出向いて最上位天使たる座天使か智天使を捕えねばならない。できる限り生け捕りが望ましいのだが、とらえるのは難しいのだよ。魂性生物である天使や悪魔を捕えるのは難しい。


 天使は上位種族だから精神生命体(*魂性生物と同じ意味の造語です)である。精神生命体は実態を持つこともできるし実態を持たないこともできる。実態を持っていない間はできることも限られているし、スキルの進化なども止まる。戦闘技術は上げられるのだが、それはひとまず措いておく。まとめると、とらえるには精神生命体を受肉させることが必須条件となるということである。受肉さなければ実体のない魂を捕獲することはできないのだ。専用の魔道具を使えばできなくもないし、異空間にとどめることはできるが天使は天界で復活するため、隔離したとしても消滅するのだ。悪魔と天使を魔道具の媒体とするのならば、受肉させ殺さず生物としての形を変化させるしかない。


 魂性生物の特徴として受肉した瞬間止まっていた進化が急速に再開される。受肉した瞬間超強化されて手に負えなくなる可能性もあるのだ。受肉体を破壊しても再び精神生命体となることで死を免れることができる。殺すにも一筋縄ではいかない。とらえるのも一苦労だし。結構面倒な作業なのだ。故に俺が出向くわけである。


「サリオン、天使の詳細を教えろ」


「はい。智天使はかなりきもい見た目をしていますよ」


 智天使の体には四つの顔と四つの翼を持ち、その翼の下には人の手のようなものがある。人の姿をもっていた。 四つの顔をもち、またそのおのおのに四つの翼があった。その足はまっすぐで、足のうらは子牛の足のうらのようであり、みがいた青銅のように光っていた。四つの顔のうち、前方に人の顔をもっていた。右の方に、獅子の顔をもち、左の方に牛の顔をもち、また後方に、鷲の顔をもっていた。彼らの顔はこのようであった。その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の二つをもってからだをおおっていた。素晴らしく奇怪な見た目でありながら神聖的な印象を受ける。


「オイ趣味が悪い設計だな」


 設計、というのも天使はそもそも自然に存在しない種族だった。よくある話だが、人造種族、というモノがある。天使を作り出したのは人間ではなく竜種だ。だから種族的強者の序列がかなり高い。竜種、悪魔に次いで三位とされている。これは戦闘技術や個人の権能を含めた強さの序列ではないため、単純な種族としての平均値をとったものだ。つまり、天使の中には悪魔に勝る個体もいるということである。ただ、それでもなお始祖と同等である最上天使たちは始祖に絶対勝てない。


 天使を作り出した原因だが、これはエルメスが教えてくれた。3000年前、冥界から始祖が一挙に基軸世界に現れた。始祖としては誰が最初に国を作り上げられるか、という勝負だったらしい。だが、この世界の調停者たる竜種たちがその均衡を破壊する行為を見過ごすわけがなく始祖と竜種たちの戦闘が勃発した。だが、始祖は幾度死んでも冥界で復活しすぐさま竜種に再戦を申し込んだらしい。竜種は嫌気がさし、悪魔と対抗するための緩衝材として天使を作り出したのだ。そのせいで、建国はエルメスと始祖の白アスプロのタイマン勝負となったそうだ。結果、建国ではエルメスが勝ったそうで、その二国間との戦争では敗北したらしい。


「そうでしょ?それに座天使はもっときもいですよ」


 座天使の見た目は無数の眼が付いた燃え上がる車輪という、奇怪な姿をしているとされている。いくつもの輪が重なり回転しながら思考も介在しない直感のみで動き続ける。天使の中では最も純粋な形だ。天使はもともと作られた種族であるため思考も感情も持たないはずだった。だが、熾天使と智天使には思考と感情が芽生えている。同格たる座天使に思考が芽生えていないのは不思議なことだが、それでも天使としての完成形と言えるかもしれない。


「厄介さでいえば、智天使ですね。座天使は知性がないのでどうとでもできるでしょうけど、魔力量だけならば智天使より上ですよ」


 魔力量だけで戦闘の強さが決まるわけではない。魔力量では攻撃力は変わらない。変わるのは防御力と行使可能な魔法の回数、後は使える魔法の種類だけだ。確かに大量の魔力を消費する魔法を使えるだけで、脅威となる場合もある。だが残存魔力量が少なくなれば防御力は下がる。愚策と言えるのだ。

 

 単純な攻撃の威力は魔力出力によって決まる。魔力量が多ければ密度も高くなる。だが、密度だけを高めることができるため、魔力量による威力の差異は関係ない。あくまで魔力量とは事攻撃において重火器でいうところの弾倉でしかない。


「座天使を受肉させるのは危険ではありませぬか?」


「エレガントの言う通りかもしれないな」


 魔力量が多ければ多いほど、防御力が上がる。受肉した座天使がどれだけの防御力を持つか知らないが、攻撃が効かないほどなのならそれは脅威だ。魔力量が戦闘では役に立たないような言い方をしているが、それもまた違う。100の威力を持つ攻撃を無効にできる防御力を誇る相手に、俺が10の威力の攻撃しか持ち合わせていなければ勝つ事はできない。必然であるし、言うまでもないことである。だが、流石にそこまで脅威になるとは思えない。


「標的を智天使に定める。死ぬ直前まで痛めつけて捕縛する。最悪殺してもいいが復活した瞬間に捕まえるぞ。あと、座天使が介入してくるのはいただけん。サリオンで足止めしろ。エレガントは俺についてこい」


 エレガンスは正直保険だ。生け捕りでなければ魂を持ち帰ることはできない。殺したとしても復活直後の魂は貧弱なものになる。これを捕獲することは簡単だ。どっちでもいいのならば殺してしまった方が楽だ。だが、貧弱な魂では神話級の魔道具に加工できなくなる可能性もある。


 俺は魔道具を作ることに関してはエルメスよりも劣るので、彼が対応できるように生け捕りで持ち帰りたい。だからこそ、魔道具を持ってきたんだ。瀕死ならば座天使でも智天使でも封印できる伝説級の魔道具だ。伝説級の魔道具も浪費できる性能ではないし数もないので断腸の思いではあるが、神話級の魔道具に変わるのならばそれでもいい。


「サリオン、探知魔法を使え。俺は残存魔力量の関係であまり広い範囲は探知できん」


 探知魔法は二種類ある。自分の魔力を薄く放出し短距離の精度の高い探知を可能とする方法。そして、もう一つが周りの魔力の揺らぎを感知することで広大な距離を探知するが精度が悪く得られる情報も不明瞭なものが多い。


 守護者の使う探知はほとんどが自分の魔力を放出する方法だ。そっちの方が精度が高いからだ。魔力が底知れない守護者たちならば魔力を放出しても問題ない。だが、俺の魔力量は現時点では守護者の誰よりも少ないのだ。でも戦闘では俺の方が強いから温存できるなら温存すべきということ。


「右前方30キロほど先に智天使が、智天使から右方15キロ先に座天使がいますね。どうします?距離が近いみたいですが」


「サリオンががんばって距離稼ぐんだよ。頑張ってくれな」


「仰せのままに」


 サリオンはすぐさま行動に移した。瞬間的に加速し、座天使まで行く。


 アイツ、行動速いよな~。まあ、サリオンの方が格上だしどうとでもなるだろう。合理的な配属だ。


 座天使が面白い相手ならいいな。天使はだいたい意思が薄弱だから面白い相手ではないのだけど、強ければ運動不足にはちょうどいいな。


「俺たちも行くぞ」


「ハ、お供いたします」


 エレガントと共に智天使の元へと向かう。常に探知魔法を短距離ではあるが発動し続けているため一定距離近づけば、座天使と智天使の距離感は把握できる。


 サリオンが座天使に攻撃を開始し、そのまま距離を稼ぎ始めた。まだ数キロ離れているが激しい戦闘の余波が感じられた。だが、天界での魔力反応を嗅ぎ付けた智天使もサリオンの方へと向かう。だからこそ、俺は智天使に攻撃を開始する。同時に相手取っても勝てはするが、面倒なので万全を期すべきだ。


 実際に智天使を見た感想は、酷く醜悪な見た目をしている、だった。話に聞いた通りの四面相に巨大な3対の羽。神々しくも禍々しいこの世界の強者と相対する。


 智天使が俺の気配に気が付く前に、獣の足に蹴りを入れたる。智天使は大きく体勢を崩し、俺たちを認知した。巨大な羽を使い倒れるのを防ぎ、熱波を送る智天使。俺の熱変動無効と状態異常無効の耐性だけでは防ぎきれないほどの熱波も、俺の結界を破るには至らない。


 熱変動も無効にする耐性の一つだが、敵の位が高ければそれさえも凌駕することができよう。熱は感じないが、エレガントは少し熱そうにしている。魔力を潤沢に持たないエレガントが耐えれているのは熱変動耐性と、状態異常無効を所持しているからだった。


「温かいですね・・・私が屠ってもよろしいでしょうか?」


「許可する。頑張りたまえ」


 エレガンとに完成に近づいている。ガーラに送ってもらったテトをはじめとする建築師によって町は美しい様相をしている。だが、住民が少ない。HOMEの支店で働いていた悪魔たちは移住をはじめ、この地でも店が開店し始めていた。店に配置している悪魔は低級悪魔レッサーデーモンでかなり弱いが、変化の術をかけているので人間と同じ見た目に統一している。当然のように、この低級悪魔たちは洗脳によって制御している。指定された対応しかできないようにされた傀儡であり、それを統括しているのが中位悪魔デーモンなのだ。中位悪魔には洗脳を施していないが、忠誠心が高いため必要ない。応用の必要な業務内容に関しては中位悪魔を充てている。もちろん、人間同様の魔力反応を示すように細工してあるのだ。


 街の治安に関しては、アンデッドが警備を担当しており年中無休で働けるし、死んでも損失にならないのでちょうどいい。アンデッドに歯向かうようなバカもいないだろうしね。現時点では警備組織を用いているわけではなく、アンデッドを放ち周辺の魔物対策をしているに過ぎない。国家として機能させるのならば警察組織を作らねばならないだろう。それに関しては追々の対応でいい。


 街ができてきたと言っても、国ができたと言えるわけではない。国というのは、どこにも所属していない土地に建国宣言をしてしまえば実質的に建国は成る。だが、国家としてそれではいささか要素が欠落している。


 欠落している要素を補うために、作業をしなければならない。まず、法律を作らねばならないし、その法律は悪魔や不死者、人間などの幅広い種族に適用されなければならない。さらに、平等性が担保されなければ多くの種族を迎え入れるなんてこと夢物語で終わってしまうだろう。面倒だが、エルメスに丸投げすればうまくまとまる。エルメスは優秀な頭脳を持っているので詳細な打ち合わせが必要な案件に関しては丸投げしているのだ。


 次に土地に関しては問題ない。住民もまたHOMEから送り込み続ければいずれ移住者であふれるだろう。HOMEが管轄する国というだけで発展は約束されたようなものである、というのが人間をはじめとした大勢の者たちが持つ共通認識だ。うぬぼれているわけではない。実際既に、HOMEは世界の商業を掌握している。魔大陸には店舗を置けていない国もあるし帝国だって、進出していない。それでも世界屈指の収益を上げている。それこそ、やろうと思えば国を建てられてしまうほどに。


 兎にも角にも、建国がなる前に封魔囚石が暴走すれば大陸が滅んでしまうからな。まず天界に出向いて最上位天使たる座天使か智天使を捕えねばならない。できる限り生け捕りが望ましいのだが、とらえるのは難しいのだよ。魂性生物である天使や悪魔を捕えるのは難しい。


 天使は上位種族だから精神生命体(*魂性生物と同じ意味の造語です)である。精神生命体は実態を持つこともできるし実態を持たないこともできる。実態を持っていない間はできることも限られているし、スキルの進化なども止まる。戦闘技術は上げられるのだが、それはひとまず措いておく。まとめると、とらえるには精神生命体を受肉させることが必須条件となるということである。受肉さなければ実体のない魂を捕獲することはできないのだ。専用の魔道具を使えばできなくもないし、異空間にとどめることはできるが天使は天界で復活するため、隔離したとしても消滅するのだ。悪魔と天使を魔道具の媒体とするのならば、受肉させ殺さず生物としての形を変化させるしかない。


 魂性生物の特徴として受肉した瞬間止まっていた進化が急速に再開される。受肉した瞬間超強化されて手に負えなくなる可能性もあるのだ。受肉体を破壊しても再び精神生命体となることで死を免れることができる。殺すにも一筋縄ではいかない。とらえるのも一苦労だし。結構面倒な作業なのだ。故に俺が出向くわけである。


「サリオン、天使の詳細を教えろ」


「はい。智天使はかなりきもい見た目をしていますよ」


 智天使の体には四つの顔と四つの翼を持ち、その翼の下には人の手のようなものがある。人の姿をもっていた。 四つの顔をもち、またそのおのおのに四つの翼があった。その足はまっすぐで、足のうらは子牛の足のうらのようであり、みがいた青銅のように光っていた。四つの顔のうち、前方に人の顔をもっていた。右の方に、獅子の顔をもち、左の方に牛の顔をもち、また後方に、鷲の顔をもっていた。彼らの顔はこのようであった。その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の二つをもってからだをおおっていた。素晴らしく奇怪な見た目でありながら神聖的な印象を受ける。


「オイ趣味が悪い設計だな」


 設計、というのも天使はそもそも自然に存在しない種族だった。よくある話だが、人造種族、というモノがある。天使を作り出したのは人間ではなく竜種だ。だから種族的強者の序列がかなり高い。竜種、悪魔に次いで三位とされている。これは戦闘技術や個人の権能を含めた強さの序列ではないため、単純な種族としての平均値をとったものだ。つまり、天使の中には悪魔に勝る個体もいるということである。ただ、それでもなお始祖と同等である最上天使たちは始祖に絶対勝てない。


 天使を作り出した原因だが、これはエルメスが教えてくれた。3000年前、冥界から始祖が一挙に基軸世界に現れた。始祖としては誰が最初に国を作り上げられるか、という勝負だったらしい。だが、この世界の調停者たる竜種たちがその均衡を破壊する行為を見過ごすわけがなく始祖と竜種たちの戦闘が勃発した。だが、始祖は幾度死んでも冥界で復活しすぐさま竜種に再戦を申し込んだらしい。竜種は嫌気がさし、悪魔と対抗するための緩衝材として天使を作り出したのだ。そのせいで、建国はエルメスと始祖の白アスプロのタイマン勝負となったそうだ。結果、建国ではエルメスが勝ったそうで、その二国間との戦争では敗北したらしい。


「そうでしょ?それに座天使はもっときもいですよ」


 座天使の見た目は無数の眼が付いた燃え上がる車輪という、奇怪な姿をしているとされている。いくつもの輪が重なり回転しながら思考も介在しない直感のみで動き続ける。天使の中では最も純粋な形だ。天使はもともと作られた種族であるため思考も感情も持たないはずだった。だが、熾天使と智天使には思考と感情が芽生えている。同格たる座天使に思考が芽生えていないのは不思議なことだが、それでも天使としての完成形と言えるかもしれない。


「厄介さでいえば、智天使ですね。座天使は知性がないのでどうとでもできるでしょうけど、魔力量だけならば智天使より上ですよ」


 魔力量だけで戦闘の強さが決まるわけではない。魔力量では攻撃力は変わらない。変わるのは防御力と行使可能な魔法の回数、後は使える魔法の種類だけだ。確かに大量の魔力を消費する魔法を使えるだけで、脅威となる場合もある。だが残存魔力量が少なくなれば防御力は下がる。愚策と言えるのだ。

 

 単純な攻撃の威力は魔力出力によって決まる。魔力量が多ければ密度も高くなる。だが、密度だけを高めることができるため、魔力量による威力の差異は関係ない。あくまで魔力量とは事攻撃において重火器でいうところの弾倉でしかない。


「座天使を受肉させるのは危険ではありませぬか?」


「エレガントの言う通りかもしれないな」


 魔力量が多ければ多いほど、防御力が上がる。受肉した座天使がどれだけの防御力を持つか知らないが、攻撃が効かないほどなのならそれは脅威だ。魔力量が戦闘では役に立たないような言い方をしているが、それもまた違う。100の威力を持つ攻撃を無効にできる防御力を誇る相手に、俺が10の威力の攻撃しか持ち合わせていなければ勝つ事はできない。必然であるし、言うまでもないことである。だが、流石にそこまで脅威になるとは思えない。


「標的を智天使に定める。死ぬ直前まで痛めつけて捕縛する。最悪殺してもいいが復活した瞬間に捕まえるぞ。あと、座天使が介入してくるのはいただけん。サリオンで足止めしろ。エレガントは俺についてこい」


 エレガンスは正直保険だ。生け捕りでなければ魂を持ち帰ることはできない。殺したとしても復活直後の魂は貧弱なものになる。これを捕獲することは簡単だ。どっちでもいいのならば殺してしまった方が楽だ。だが、貧弱な魂では神話級の魔道具に加工できなくなる可能性もある。


 俺は魔道具を作ることに関してはエルメスよりも劣るので、彼が対応できるように生け捕りで持ち帰りたい。だからこそ、魔道具を持ってきたんだ。瀕死ならば座天使でも智天使でも封印できる伝説級の魔道具だ。伝説級の魔道具も浪費できる性能ではないし数もないので断腸の思いではあるが、神話級の魔道具に変わるのならばそれでもいい。


「サリオン、探知魔法を使え。俺は残存魔力量の関係であまり広い範囲は探知できん」


 探知魔法は二種類ある。自分の魔力を薄く放出し短距離の精度の高い探知を可能とする方法。そして、もう一つが周りの魔力の揺らぎを感知することで広大な距離を探知するが精度が悪く得られる情報も不明瞭なものが多い。


 守護者の使う探知はほとんどが自分の魔力を放出する方法だ。そっちの方が精度が高いからだ。魔力が底知れない守護者たちならば魔力を放出しても問題ない。だが、俺の魔力量は現時点では守護者の誰よりも少ないのだ。でも戦闘では俺の方が強いから温存できるなら温存すべきということ。


「右前方30キロほど先に智天使が、智天使から右方15キロ先に座天使がいますね。どうします?距離が近いみたいですが」


「サリオンががんばって距離稼ぐんだよ。頑張ってくれな」


「仰せのままに」


 サリオンはすぐさま行動に移した。瞬間的に加速し、座天使まで行く。


 アイツ、行動速いよな~。まあ、サリオンの方が格上だしどうとでもなるだろう。合理的な配属だ。


 座天使が面白い相手ならいいな。天使はだいたい意思が薄弱だから面白い相手ではないのだけど、強ければ運動不足にはちょうどいいな。


「俺たちも行くぞ」


「ハ、お供いたします」


 エレガントと共に智天使の元へと向かう。常に探知魔法を短距離ではあるが発動し続けているため一定距離近づけば、座天使と智天使の距離感は把握できる。


 サリオンが座天使に攻撃を開始し、そのまま距離を稼ぎ始めた。まだ数キロ離れているが激しい戦闘の余波が感じられた。だが、天界での魔力反応を嗅ぎ付けた智天使もサリオンの方へと向かう。だからこそ、俺は智天使に攻撃を開始する。同時に相手取っても勝てはするが、面倒なので万全を期すべきだ。


 実際に智天使を見た感想は、酷く醜悪な見た目をしている、だった。話に聞いた通りの四面相に巨大な3対の羽。神々しくも禍々しいこの世界の強者と相対する。


 智天使が俺の気配に気が付く前に、獣の足に蹴りを入れたる。智天使は大きく体勢を崩し、俺たちを認知した。巨大な羽を使い倒れるのを防ぎ、熱波を送る智天使。俺の熱変動無効と状態異常無効の耐性だけでは防ぎきれないほどの熱波も、俺の結界を破るには至らない。


 熱変動も無効にする耐性の一つだが、敵の位が高ければそれさえも凌駕することができよう。熱は感じないが、エレガントは少し熱そうにしている。魔力を潤沢に持たないエレガントが耐えれているのは熱変動耐性と、状態異常無効を所持しているからだった。


「温かいですね・・・私が屠ってもよろしいでしょうか?」


「許可する。頑張りたまえ」


 エレガントは強いけども魂性生物に攻撃ができるほどではない。有効打を与えるためであれば、それ相応の武器を持てばよいだけだ。武器術が強いというのは侮れない。だが、残念なことにエレガンスに持たせるだけのあまりがないため、伝説級の魔道具を一つ与えているだけにすぎない。もちろん伝説級の武器で魂性生物に致命傷を与えることもできるのだが、効果は神話級のそれに大きく劣る。


 魂性生物は肉体を持たない故に普通の物理攻撃は効果がない。威力が馬鹿げていればそれだけで効果があるのだが、大抵は大幅な威力減となるだろう。まあ、エレガントが本気で攻撃すればあるいは勝てる可能性もあるだろう。だが、魂性生物に攻撃ができるのは同じ魂性生物であることか、魂に作用する攻撃が可能であることが最低条件なのだ。


 エレガントでは分が悪いとも思われたが、実際はそんなこともないようだった。なぜならば、智天使が受肉しているからだ。って、なんで受肉してるんだこいつ。受肉して居たら魂性生物特有の物理耐性は失われる。代わりに停止していた進化が開始されるのだが、これはケースバイケースで致命的にもなり得る。が、歯牙にか駆らない程度の進化で終わる可能性もあった。


 天界は受肉するために必要な依り代がないはずだけど。というか、かなり強くないか?サリオンと同等くらいには強いな。受肉しているのに天界から出ないのはなんでなのだろうか。疑問について答えが出ることもないので考えるのをやめた。


 熾天使の方が智天使よりも強いし、受肉しているからこそサリオンの方が強かったはずだ。だが、同じ受肉体になったことで完全に対等の存在となったわけで、座天使も受肉して居たらサリオンが少し厳しいということになる。


「”サリオン、座天使は受肉していないか?” 」


「”ええ。受肉していないようです。智天使が受肉していたのですか?” 」


「”ああ、不思議なことにな。とりあえず、お前は作戦を継続しろ”」


 サリオンの返事を持たずに念話を切る。頭が良くない分、察する能力が成長したサリオンに感謝したいものだ。それくらい端的に会話が終わった。


 こちらも万が一、億が一にでも敗北する可能性があるため、手を抜くべきではない。智天使が強いと言っても、始祖ほどではないし竜種とは比べるべくもない。天使ごときで手間取っている場合ではないし、殺して終わりの作戦ではない。ただの中間地でしかない。さっさと帰りたいものだ。なので、さっさととらえることとする。


「エレガント、手こずっているな」


「いえ、全く。私の本気をぶつけるに値する存在か見極めているのです」


 負けず嫌いだよね。まあ、武闘派の考え方をしているしそこをとがめることもないからいいのだけど。組織である以上簡単に敗北を認めてもらいたくないし、できる限り抗ってほしいというのが本音でもある。


 エレガントの武器は三尺棍だ。それも伝説級の武器だ。武器というのはスキルや戦闘技術と同じように進化する。進化すれば武器の等級も上がるだろう。


 智天使の攻撃を棍棒でいなし、下に構えていた先端で巨大な頭を砕く。だが、智天使の耐久値をもってすれば砕けはしない。激しく血が出るが見た目以上にダメージはない。


 エレガントの絶技が智天使を追い詰める。智天使に反撃のスキはなく、一発づつの威力は大したことはないが、長く喰らえば取り返しのつかない致命傷になり得る。明らかに効果があったのだ。ただあと一歩決め手に欠けている。


 どれほど言ってもやはり序列3位の種族なだけあって、再生能力で負傷分を賄っている。天界は冥界と違って種族優位性を担保する仕組みはない。なので、この回復は天使固有の再生能力ということになる。


 余談だが俺は肉体の再生ができないので、複製という方法を使って回復している。俺でなければ効率が悪く魔力消費の多い愚策になるが俺は魔力量も多いし、最適化もできるため再生と遜色ない効率を実現している。


 エレガントは再生が遅く、特別な強化もないため持久戦よりも短期戦に優位性がある。だが、技量だけが突出しているため短期戦が叶う場面は少ない。多対多の戦争であれば無類の強さを誇るだろうが、正直使いにくい人材であった。であるが、戦闘のみならず礼儀作法にもたけているため有用な人材であることには変わりない。


「おい、危ないぞ」


 俺の忠告もむなしくエレガントの棍棒が智天使の拳によって、弾き飛ばされた。だが、彼は棍棒を守ってダメージを負うよりも棍棒を捨て拳で戦うことを選んだのだった。


「うまいな・・・流石だ」


 流石に俺と並ぶ体術の使い手だ。俺は守護者にも劣っている能力がいくつかある。それは守護者の能力のほとんどが一つの分野に突出させているからだ。例えばシェリンの隠密スキルは俺の可能な範囲を逸脱している。エデンはシェリンの完全不可視化を捕えることができるが、俺は気配を感じることしかできない。といったように、エレガンスの体術は俺と同等であり、拳闘士としては俺を超えている。耐久力と結界の強度で勝つのは俺だが、すべての条件をそろえて技術だけで殴り合えば負けるかもしれない。


 智天使の攻撃を拳を繰り出し中和した。拳の回転により威力を分散したのだ。咄嗟に出来るものではないが、できれば相手にのみダメージを与えることができるのだ。


 だが、どれほど攻撃を与えても回復されるし元の耐久値も高い智天使には致命傷にはならない。やはり決め手に欠けているな。


「”滅却圧縮砲ディストラク・コンバージョンキャノン””昇華収束技巧”」


 核撃魔法である滅却圧縮砲は始原魔法によって超強化された。一撃で魂性生物であっても焼き殺せる火力へと昇華した。強さ、という一点において言えばこの核撃魔法は上位に位置する。最強の魔法というのは決めることができない。だから、というわけではないが威力には申し分ない。


「ロイス様!?・・・仕方ありません」


 エレガントは悔しさと焦りで複雑な表情をした。己の卓越した技術をぶつけられるこの機会を潰されるということは、侮辱に等しく非礼なことだとはわかっている。だが、俺は面倒くさくなってしまった。エレガントの力を試すことのできる力を持った敵と遭遇することが少ないからこそ、決着がつかなかったのは悔しいのだろう、と理解しながら効率を取った。申し訳ないとは思うが、今は作戦成功を優先すべきだ。


「悪いな」


 凄まじい速さで智天使に迫る劫火は思った以上の威力が出た。ちょっと暴走しちまったぜ!


「我の”神玉の守護者シュゴシン”を破り再生能力にも影響を及ぼすか。被祝者イワワレルモノも使わねばならぬな」


「ねぇ、智天使って喋るの?」


「いえ、聞いたことがありません。受肉した影響でございましょうか」


 天使は自我が軽薄だから基本的には言葉を発しない。だからこそ、受肉した後感情を得るため処理に時間を要する。受肉したおかげで感情とスキルを得てしまったわけだ。それに、俺の攻撃を受けきったということは伝説級のスキル以上であることは確定だ。というか、よく生き残ったな。羽やら顔は損傷が激しくてまだ火がついている。俺の炎はそう簡単には消せない。水をかけても燃え上がるほどに異質な炎にしてある。


「ミストルテイン」


 智天使の声と共に放たれた一撃は声が届くよりも早く俺に到達した。そのあまりの威力に俺の体が遥か後方にまで吹き飛ばされる。必殺必中の攻撃が腹を穿ち俺を殺さんと牙をむく。


 こいつ、次元結界を纏ってやがる。おかげで俺の結界がすべて破られた。痛い痛い、ちょっと痛いって。


 木の根のような見た目をしているが先端は鋭利だ。固さは神話級にも匹敵するだろうか。とりあえず、思ってたよりも強いってことだ。


 体の中に根が張り、血液と魔力を糧に成長していく。俺にも血は流れてるんだよね。意味はないけどね。


 俺の一張羅が破けちゃったよ。俺の服は神話級の防具だ。ミストルテインが当たったとして大したダメージはない。それに、破けてもすぐに再生する。


「ロイス様、ご無事ですか!?」


 エレガントは飛ばされた俺に追いついて心配そうにしていた。見た目以上にダメージはないのだが、他者に結界を破られたのは久ぶりだった。だが、結界が意味をなしていなかったわけではなく、元の威力の1000分の一まで弱めることに成功していた。ただ、それだけ弱体化した攻撃で俺をここまで飛ばすとは驚きだ。


「無事無事。ちょっと、一瞬痛かったけどね」


 俺は腹に刺さった木片を引っこ抜く。体に張った根が腹を抉り、首元まで張り裂けた。だが、瞬時に複製が今の体に転写される。傷がつく前の体になるのだから、完全復活である。


「ロイス様・・・なぜあの攻撃を受け止めたのです?」


「程度が知れていたからだ。こんなもので俺は殺せない」


 実際、俺が死ぬとしたら転写ができぬ間に死ぬことだけ。つまり一撃で殺されない限り死ぬことはない。魔力が無くなれば死ぬけど、起こり得ないからね。


「なぜ、我の攻撃を受けて生きている?」


「それは次元結界のことか?みすとるていんとかいう奴か?」


「両方成。我のミストルテインは被祝者によって強化されていたハズだ」


 被祝者は己の能力を大幅に向上させることができ、与えたダメージの二割が自身の回復に回される。また、神玉の守護者は特定の一人に次元結界を発動し、大幅な体力向上が施される。体力の強化は例えるならば、蟻が象に踏まれても生き残ることができるほど、強化される。また、これは智天使が死ぬまで展開される。すなわち、智天使が第三者に結界を付与し智天使が姿を隠した場合、結界は破れない強固なものとなる。流石は神の護り手と言われるだけはある。当然だが、一度破れば再度展開されるまで結界はなくなる。再度、というのは破られてから5分後である。


 智天使の結界を破壊するには、大幅に強化された智天使の体力を削り切らなければならない。だが、智天使は結界に囲まれている。面倒なことだ。俺は次元結界が使えるから対処可能だが、エレガントを相手にしていた時は手を抜いていたのだろう。あるいは、経験を積んでいたのか、どちらにせよ非常に面倒である。


「それでも始祖より弱いな。終わらせるか」


 始祖の紫イオデスを倒したときのような武器を犠牲にした攻撃は使えない。武器は持っているが、天界はもろいから壊れてしまいかねない。


「次元結界は次元に干渉することができる相手には、ふつうの結界と変わらない性能だ。だからこそ、俺の攻撃はすべて有効。だからといってもなんだが、雑魚の範疇だ」


 ただ、生半可な攻撃は無意味だ。だからこそ、選ぶは核撃魔法と始原魔法だ。同じ魔法を使えば次元結界も破ることができる。


「アンコールってやつだな。”滅却圧縮砲ディストラク・コンバージョンキャノン””昇華収束技巧”暴走させれば問題ない。殺せる」


 魔法を暴走させるのはリスクが高い。下手をすれば自分に跳ね返りかねない。だが、俺の技術があれば暴走をもコントロールすることが可能だ。暴走は魔力を過剰に注ぎ込むことで起こる、威力超過の現象である。故に、威力の増大は必然であった。


 灼熱の赤い炎が青く変わり、劫火の温度は太陽すらも超越する。その温度、約8500度。何人をも焼き尽くす、強力な技である。


「我は死なぬ。炎刀」


 実体のない炎だけの剣が、劫火に触れる。だが、其の刀も火力を底上げする要因にはなれど、防ぐことはできない。俺の炎はその威力に満たない炎を吸収する。故に、炎刀はいわば燃料である。


「愚かだな。俺のために死ね」


 智天使は結界もろとも燃え尽き、灰となるはずだった。だが、灰になるほどではなく生焼けのまま何とか命を紡いでいたようだ。


 驚きだが、これは次元結界がスキルにより強化されていた故のことだ。まあ生け捕りにすることが本来の目的だ。だから、目的は遂行された。すぐさま捕縛し、サリオンに念話を繋ぐ。


「”終わったぞ、そっちは?” 」


「”ロイス様、まずいです。座天使が受肉を始めました。魔力量の増加が止まりません!” 」


 うっそーん。ちょっと待ってくれない?ここで受肉したの?何もないのに?ウソつけよ!!と叫びたいが我慢しておこう。


 受肉体がないのに受肉したとしたら、第三者の介入は確実だ。遠隔で受肉体を用意する、なんてことあり得ないはずだ。俺でも知らない禁術でもあるのだろうか。天界に死体を転移させた、天界の正確な座標と座天使の座標を調べることができた、と?ありえないだろそんなこと。


「”すぐ行く。待っとけ”」


「”はい!” 」


 探知魔法を嫌だけど、最大範囲で発動する。サリオンの位置も割り出せたため、直ぐに転移した。座標をサリオンの魔力反応の位置と同期すれば簡単だ。今更、地中に埋まるような失態もしないので即座に現着する。ティオナの時と違い、俺が展開にいるため転移することができる。それにサリオンには俺の細胞が含まれているため同じ世界軸に居れば居場所の割り出しも簡単だ。


「着いたぞ。状況は?」


「ロイス様から念話があった瞬間に、座天使の受肉が始まりました。媒体となった生物、死体は確認できません。そして、ご覧の通り魔力の増大に終わりが見えません」


 座天使の魔力量が始祖を超え始めている。また竜種にも匹敵しようかという速度で増大が続いていた。ここで殺さなければ未憎悪の脅威になり得ない。正直、智天使50体と戦うよりも危険な仕事かもしれない。


 生来の魔力量が急増することなど例外を除いて基本的にありえない。ありえないことが目の前で起きている。まさに今、目の前にいるのは災害と化した化け物だ。非常にマズいことになりかねない。


「”次元断絶ディメンションロック”氷結牢獄””紅炎プロミネンス”」


 次元断絶により転移を阻止したのち、氷漬けにして拘束する。たとえ始祖でも数秒の足止めは可能だ。そして9000度の紅炎が4方からぶつけられる。核撃魔法を4つ同時発動したのだ。当然のように始原魔法、昇華収束技巧も使っている。智天使に遣った魔法よりも効果力の魔法を四つ同時に発動したが、座天使に付けた重症は瞬く間に再生された。急激に冷やされた上で急加熱したのにこのダメージか。


 正直、度肝を抜かれた。俺の割と手加減していない魔法を耐え抜いたのはエルメスくらいだったからだ。正直な感想は「マジか」と「しくじった」である。なにせ座天使が再生を終えた瞬間、姿を消したのだから。


「―は?逃げられた・・・いや回路がつながっていたとしか思えん」


「まさか、ロイス様の牢獄から脱出するなど!奴の知能では不可能だ」


「最悪だ、とりあえず座天使を殺す事は叶わない。すぐさま帰還するぞ」


 ここのところ毎日のように脅威となる敵が増えている気がする。誰が座天使を受肉させたかは知らないが、面倒なことをしてくれた相手には報いを与えたい。俺も暇ではないし、何なら建国という一番大事な工程が何一つとして進んではいない。


 とりあえず、帰還したなら法律を作ろう。法律を作ったのちにHOMEの従業員を移住させる。移住させるHOMEの人間は大体が人造人間で、能力も人間と変わらない。何も知らない他国から見れば悪魔やアンデッドと人間が暮らしていると考えるだろう。実際、近い将来そうなるのだから間違いと断ずることもできないのだし大きな問題にはならないだろう。


 転移を完了し、とりあえずエルメスの部屋に転移した。


 



 時は天界での戦闘に戻る。


 サリオンは座天使の足止めが仕事であった。いずれまた利用価値が生まれるかわからない存在であるため殺す事もできない。殺す事もできないのだが、殺さないように立ち回ることも殺されないように立ち回るのも少し面倒なのだ。


 サリオンはもともと天使の最高位主として天界に生きた。だが、天界で同種同士の意思疎通はなかった。サリオンがまだ名を持たない魂性生物であったとき、彼以下の強さしかない者は近寄らず、同等の智天使や座天使もまたそうだった。強さに開きがないとはいえ、知能も低いため暇つぶしで駄弁ることもなかった。


 熾天使としてのサリオンも駄弁りたいと思うことすらなかったため、同種を殺す事になったとしてもためらいはない。躊躇う必要も理由もないのだから当然だ。躊躇ったとしてもロイスの命令の方が重視される。ただ、座天使の攻撃力は受肉したサリオンよりも強力だった。


 天使の中でもっとも魔力量を豊富に持つ、破壊意思の化身が座天使だ。圧倒的魔力を濃縮されて格納されている。濃縮は出力に直結するため、威力も上がるのだ。膨大な魔力量は直接的には攻撃力には干渉しないが、それは使い方の問題なのだ。やり方によっては最強の一撃をもたらせる。


 だから脅威かと言えばそうではない。威力だけの木偶の坊に負けるサリオンではない。


(主人に任務を任されてるんだ、そう簡単に負けてたまるかよ)


 サリオンは座天使の前に立ち、魔力を解放する。座天使は即座に無数にある眼から光線を発射した。当たればサリオンの結界はすべて破壊される。致命傷にはならないが、十分痛い。行動に支障が出る程度には痛いのだ。


 だが、当たらない。同時に10の光線が交差し、それをサリオンがすべて避ける。平たく言えば鬼ごっこだ。鬼があり得ないほど射程の長い手を持った鬼ごっこだ。逃げる側が圧倒的不利である。


 だが、サリオンとて弱くはないのだ。光線をいともたやすくよけ続ける。だが、限界量が来る。座天使の無数の目が一斉にサリオンを捕捉する。サリオンはちょうど振り返ってしまった。


(うっげー)


 サリオンの率直の感想だ。流石に許容量を超えた攻撃をすべて避けることはできない。そして、眼に魔力が籠められる。今までの比ではない。圧縮された光線の威力は核撃魔法にも及ぶ。黄金色の光線がサリオンめがけて音速を優に超えた速度で迫った。


 サリオンは己の背に生えた一対の翼で身を包んだ。そして、結界を全力で展開する。さらに、己の発達した筋肉を存分に使う。そして、20の光線をすべて受け止めた。結界が破れ、翼が燃える。ここまでで光線の数は半分までになっている。だが、10の光線がサリオンの肉体を抉った。


 致命傷だ。だが、再生能力のおかげで元に戻る。


「正直驚いたぜ!あっぱれだな!!」


 今のサリオンに座天使が傷つけられることはないと、そう断じていた。だが、断じていただけに驚きが大きかったのだ。単純にほめている、サリオンはそういう性格だ。


「俺もアンタのその攻撃に応えたいが、命令があるのでな」


 普段のサリオンならば、これほどの攻撃を見せた相手には同等の攻撃を見せるのだ。それが彼なりの礼儀なのだけど、今回はロイスの命令が順守される。仕方がないと割り切ってほしい。


「まだ逃げるぞ!」


 サリオンは全力で逃げる。そして、追いかける座天使。終わりの見えない鬼ごっこがまた始まった。座天使が思考能力の持たないバカだとしても、サリオンに攻撃が通じなかったことを理解している。


 そして、サリオンは背後に感じる異様な気配で動きを止める。いつの間にか座天使の攻撃も止まっていた。


 振り返る。


 眼前には圧倒的なほどにまで膨れ上がった魔力を持つ座天使の存在。そして、進化の過程で全身が光、伸縮している。魂性生命体が受肉するために最適な生物へと進化しようとしている証だった。


 すぐさまサリオンは念話をロイスに繋ぐ。だが、それよりも早く主人から念話が来た。


 一通りの念話を終え、ロイスと合流したのちサリオン達は帰還した。



 ※  ドワーフの国へ



 エルメスの部屋は薄暗く広大だ。等間隔にほのかな光を発する魔石がつるされているだけであるのは、強すぎる光が被検体に何らかの作用を与えるためらしい。本人は魔力感知で周りが観測できるため明るい暗いで視界が不明瞭になることはない。彼の被検体コレクションの中には、光に耐性がないものもいるらしいのだ。全く趣味が悪いよね。俺たちの利益になるから許可しているけどあんまり足を運びたい場所ではない。


 ガラスのケースの中には液体と生物が保管されている。ほとんどがキメラに改造されており、魔道具に加工するための実験が施されている。面白いのが、交配実験でエルフとドワーフの間に子供は生まれない、という結果がでたことだ。この実験自体が面白いというよりも、交配できない種族同士で無理やりに遺伝子を結合した場合得られる新たな種族が、思いもよらない能力を持っていることがあるらしい。それを魔道具に加工するため、品質の良いものができるのだとか。


 人道的ではないが、それで便利な道具ができるのならばどうだっていい。流石に、我が国で人体実験を容認するわけにはいかないが、一部には許可を出した方が技術力は伸びるだろう。隠密にこなせばいいだろうよ。


「ロイス様、お戻りになられましたか」


「はいこれ。ぎりぎり生きてるよ」


「受肉体・・・しかもかなり強化されているようですが、何かあったのですか?」


 エルメスは勘がいい。だからこそ、一目見ただけで異質さがわかるのだろう。いつもならば、それは好ましいのだが今回はすべての守護者に伝達するべき案件だ。だからこそ、エルメス一人だけに説明するよりも念話で全員に伝達するほうが効率がいい。


「ああ。後で伝達する。それと、作業が終わったら軍議の間に来い」


「どこかと戦争でもなさるおつもりですか?」


「法律を作るだけだ。お前にすべて任せてもいいが、少々不安が残る」


 エルメスは悪魔だし弱者に寄り添った法律が作れるとは思えない。弱者生存こそがあるべき法律の姿だし、俺の国において弱者が守られないのは致命的だ。俺自身はそんな高尚な思想はない。思想がないが、俺の思想を弱者に押し付けては国など機能しない。


「かしこまりました。おおよそ3時間ほどかかりますが?」


「それでいい」


 俺はエルメスの返事を聞く前に転移で自分の部屋に戻っておく。そして、守護者全員に念話を繋ぎ、此度の事件について話し始めた。


「”守護者各員に伝達。天界にて受肉済みの智天使と戦闘になりこれを捕縛。既にエルメスに引き渡された。そして、座天使が受肉を始め急速に力を伸ばしている。そしてこれを取り逃がした。受肉方法、魔力の際限のない増加、その他不明な点が多いため警戒を怠るな。事の詳細はサリオンに聞くように”」


 何時もの会議もこれで終わりたいのだが、守護者たちが俺に会いたいからという理由で玉座に集まってしまう。だからこそ仕方ないと割り切って、玉座に行くのだが傍受される危険もないので今更変更する理由もない。


「それにしてもまだ二か月たってないのかよ」


 俺は1500年間の記憶がある。だが、1500年生きていて二か月がこれほど長く感じたのは初めてであった。


 今はやることが目白押しなので、一つずつ片付けていきたいのだ。これ以上悩みの種が増えることの無いよう神にでも祈るとする。




 天界から帰還して数時間後、エルメスが俺の部屋に来た。法律を作らねばならないのだが、これは慎重に成らざるを得ない面倒な作業である。弱い種族と強い種族が同じ空間にいること、自然界ではありえない状況を作り出すには弱い種族の深層心理に干渉しなければならない。弱いものに気を配るのは少々疲れるのだ。


 心の底で強い種族におびえていては繁栄は望めないし、最悪反乱も起こり得る。だからこそ、自警団は何よりも強い種族でなければならない。そうでなければ上位種族が法律を破っても罰することができなくなってしまうからだ。警察、裁判所、行政機関もすべて悪魔が執り行えば丸く収まるのだ。だが、弱い種族は悪魔が友好的に接するという事実を受け入れられないだろう。だからこそ、法律を徹底して弱者に寄り添ったものにせねばならない。法律に生きる強者たちにとって不利益なものになっては困る。故に平等でなければならない。


「お待たせいたしました」


「封魔囚石はどうなった?」


「ご命令の通り、封魔囚石の上から智天使を媒体にした封魔囚石を作り出し二重で封印することに成功しました」


 エルメスの働きに満足した。智天使を媒体にしたことで等級は神話級にまで至り封魔囚石と同じ性能をしているらしい。つまり、単純に二倍の耐久力を手に入れたということだ。これでしばらくは封魔囚石に意識を裂かなくてよくなる。


「それでは法律を作る。まずは国としての指針を決めよう」


「ロイス様は人間のような弱い種族を集めて何をなされるおつもりで?」


 俺が建国を決めたのは、技術力の錘を終結しまだ見ぬ力を手に入れることだ。それを求める理由は分からないが、そうしなければならないのだと俺は確信していた。俺に失われた記憶があることが判明した以上、もはや思い出せない過去が影響しているに違いないのだ。


「技術力を集めるために全種族の知恵を借りる。他にも利用価値はあるからな」


「なるほど。差し詰め弾倉といったところですか」


 エルメスは何かを察したようだが、あえて触れない。下手に触れてボロが出たら困るからだ。エルメスはいつも深読みしすぎるので思いもよらないことをしでかす。たいていが利益を生むので咎めはしないが、予想しがたい。


 もしかすれば、技術力を手に入れればほかの世界に干渉することができるようになるかもしれない。過去に行き現在を改変することもできるかもしれない。可能性を否定することは愚かである。だからこそ、俺は面倒を承知で建国などという大掛かりなことをするのだ。


「であれば、技術者を集めるため優遇する法を作るべきですね」


「技術者だけを取り入れてしまったら不平等が生じる。平等性は何としても確保しなければならないからな」


 種族間の秩序を保つには平等が必要不可欠だ。技術力は必然的に上位種族の方が優位性がある。なぜならば魔力操作に長けており、根本的に魔力によって何ができるのかということを知っているからだ。ただ、技術というのは魔法技術にとどまらない。精霊工学、機械学、まだまだある。


「であれば、技術者を公務員として優遇するのはいかがですか?」


「俺もそうしようと思っている。国の機関として優遇するというのならば批判されにくい。それに、研究所を与える理由もできる」


 公務員としての役職を増やしてやれば、発展しやすくなるだろう。年功序列はすべて撤廃し、実力主義が絶対の社会にすれば理想的な環境を作れる。実力のない者はこの国に住めなくなるようにする。此れも簡単だ、国内の店の大半はHOMEであり労働力が枯渇することはない。人造人間を働かせているからだ。つまり、落ちぶれた者たちは就職先を失い、生活できなくなる。失業者のための土地も設けなければならなくなるが、それは後々どうとでもできる。


 最終的に国に残るのは高い水準の教養ある存在のみとなる。もちろん、失業者を集め成績を残したものは首都への居住権を得ることができるようにする。こうなれば最高の環境と人材のみで構成された技術国家になるしかない。


「法律を機能させるのは結局は裁判所です。そこの運営はいかがなさるおつもりで?」


「お前の配下を使えばいいだろ?悪魔だよ」


「私に直属の配下はおりませんよ?」


 ―エ?


 悪魔は7人の始祖とそれに追随する種が主従関係を結んでいるのが普通だ。なのに、エルメスが冠する黒には配下がいないという。黒の種族がいないわけではないのだろうが、如何いうわけだろうか。


「私は一人で行動した方が効率よく強くなれると判断し、主従関係を断ち切ったのです」


「では召喚し、人造人間にでも受肉させてやれ。それを司法機関と治安機関に割り当てよう」


 眷属がいないだけで、召喚は可能だ。召喚で眷属の属性を指定することはできない。そのため、黒の眷属がでるか白の眷属が出るかは分からないのだ。


「行政はいかがなさいますか?」


 平等を謳うならば行政には弱い種族の介入も許さなければならないだろう。同じ発言権を与えねばならないが、それを無下にできない以上HOMEの手を回した方がいい。HOMEで用意した人造人間を選挙にて押し上げ、行政機関に着任させればよい。形式上、弱い種族を重宝している、とみられるだろう。もしバレたとしても、どうとでもできる準備がHOMEにはある。


「人造人間をいくつか放り込めばいい。もしこれを退ける猛者が居るのならばそいつを仲間にすればいい」


「なるほど、賢明な判断であると思います。ですが、HOME以外の商いを許可しないとなると、金銭が増えなくなるのでは?」


「案ずるな。ここは貿易の中央地となる。HOMEだけで固めようとも金貨は増える」


 シャウッドの大森林を開拓すれば王国は俺たちと貿易を開始する。そうなれば森林の南にあるドワーフの王国も貿易を始めるだろう。もちろん帝国や評議国だって、俺の国を大切にするだろう。この立地で悩むべき要点があるとすれば功績の埋蔵量が少ないということだ。


 分かりやすく言えば、周辺国家からHOMEの支店をいくつか撤退させる。自国ではHOMEの製品が手に入らなくなり、俺たちの国から輸入しなくてはならなくなる。それほどHOMEの製品は生活に溶け込んでいる。


「シェリンがまとめた鉱山の情報には五色鉱の埋蔵量のみ突出しているようです。それほど等級の高い鉱石ではありませんが、よい財源になるのではないでしょうか」


 単色鉱、三色鉱、五色鉱、七色鉱、祭礼鉱というように別れる鉱物がある。これはどれも一つの鉱物が進化する経過によって変わる。単色光は通常ノーマルであるが祭礼鉱は神話級ゴッズの素材になる。五色鉱は特有級ユニークであり、加工していない状態でも金貨10万枚で100グラムが定価だ。世間的には等級の高い素材であるが、HOMEからすれば七色鉱でなければ使い道はない。それに、三色鉱や五色鉱を進化させる術も確立しているため多少、輸出したところでこちらには問題ない。


「良い案だ。ただ、鉱物の進化を止める魔法を施しておけ」


 輸出した鉱物が祭礼鉱になって俺たちを貶めるに足る魔道具に加工でもされれば笑えない。


「いくつかの庁を設けなければなりませんね。商業に関してはガーラをそのまま登用すればいいでしょうが他はそうとも行きませんから」


 ネームドも数はいない。大体20人くらいかな。


「ネームドで固めればいいだろう。当然、選挙で選ばれたように見せかけ・・・いやある程度の審査を経れば誰でも登用できるようにしよう。その方がリスクは少ない上に、細工もしやすい」


 多数決によって決議される一つの括りをいくつも作る、それが庁の役目だ。一般的な定義とは差異があるかもしれないが、それで問題なく国が回ればよい。


 一般人も政治に干渉することができると思わせることが重要である。だからこそ、政党の一員として扱いはするが、多数決を制すいるためここにも人造人間を登用すればよい。上の役職に就ける実績を作れば向上心を上げる理由にもなろうというものだ。


「なるほど、つまるところ形式的な民主主義を作り出す、ということですね?」


「魔法がある世界だ、大衆の意見などいくらでも改変できる」


 正直バレたところでどうということはない。実際に国がよりよく回ってさえいれば、国民は差異を気にしはしない。シェリンの情報操作によっていくらでも言い逃れできる強みもある。まずい状況になったとき対処を考えれば事足りる細事、それがこの国の政治なのだ。


「では詳細な打ち合わせを」


「ああ。まずは統治について―」


 俺とエルメスは10時間ほど熟考し、500の法を定めた。これでひとまずは秩序と自由がちょうどよいバランスで調和を取る素晴らしい国ができたに違いない。ただ、いくら想像しても、実際に施行した際のイレギュラーをすべて網羅することはできない。その都度改変する必要があるが、しばらくはこれで事足りるだろう。


 中には、飛行型の騎獣で高さ50メートル以上を飛行してはいけない、というような異質なものもある。これは俺の拠点を中心に結界が張られているため、結界に激突し落下することを防ぐための法だ。もちろん最高刑は死刑である。言うまでもなく魂性生物であっても魂を破壊するため悪魔や竜種でなければ殺せる。刑罰として生き残れる者と生き残れないものが生まれるのは不平等だからだ。


 法律をいくら作ったところで、刑を受けることができる種族がいないのならば法律は不完全と言わざるを得ない。死刑はその特性上、一度施工されれば罪は拭われる。死刑は間違いなく受刑者を殺さなければならない。その都合を無視すれば、法律は機能しなくなりかねない。法律としての性質上、破られないという保証が欲しい。つまり強制力を持たせるべく、死刑は一般的な刑にするしかない。軽犯罪であったとしても、この国では如何なる研究も是とするため秩序の乱れにつながる。軽犯罪者に課せられる罰則であっても死刑が検討されるべきなのだ。危険な実験をし法に触れたものを生かしておけば知識は死なない。法に触れる実験についての知識はすべて破棄されらなければならない。なので、知識を得てしまったものへ課せられる罰は死しかありえない。


「とりあえず、これでいいか」


「ええ。当面―5年間は問題ないかと」


 俺とエルメス二人が頭をフル回転させたところで、未来をすべて想定する事は叶わない。必要になるであろう事項に関する法律を前もって施行することはできる。だが、それでも幾年かけて変貌する事象に適応するには未来で対処するほかない。


「今日の仕事は終わりだ。持ち場に戻れ」


「ハ。お疲れ様でした」


 エルメスを下がらせ、自分の部屋のベッドに横たわる。眠りはしないが、疲労がすごい。もちろん肉体的なものではなく精神的にだ。


 さてと、兎にも角にも国としての最低限は整った。現在シャウッドに建設された都市に住む人間の数は凡そ50、異種族は150、悪魔が250だ。翌日、治安維持機関と行政機関の設立のため悪魔が100送られてくる運びとなっている。総臣民が1000を切る小国ではあるが、小国であるならば小国と国交を共にすればよい。


 例を挙げるのならば、ドワーフの王国や小さくはないが近い評議国や王国だ。


 現在王国は魅力がなく利益が少ない。王国は七使徒が持っていた麻薬売買の経路のせいで、深くまで腐敗が浸透していた。麻薬がこの国に流れてしまう可能性もある。それは後々面倒だ。次いで、評議国。ここは民主主義の国家であり、盤石な政治体制を確立している。ただ、軍事力は帝国から貸し出されていることが多い。そのため他国も手を出せない。同盟国にはちょうどいいが、帝国が絡んでくることは避けられない。一番ことが運びやすく、俺たちを国家として受け入れてくれるのはドワーフたちだ。結局のところ、魔族と共生するような国家を人間の大陸で認めさせることは非常に困難なのだ。実例が完成するまでは、細々と信頼を高めていくしかない。


 ドワーフは人間と変わらない魔法適性を持ち、身体能力では少し劣ると思われる。レンジャーやドルイドの力に秀でた者が多いのも特徴だが、何と言っても建築技術と鍛造技術は目を見張るものがある。俺の自宅もドワーフの設計であり、芸術的価値がある。興味もあるので、ドワーフと関わりを持つのは良策だと思われる。


 ※


 人選はどうしようか。ドワーフたちは弱いが、油断すべきではないので守護者は連れて行こう。俺の国のコンセプトを一人で表している者がいたな。エデンだ。守護者であり、単体の能力であれば最も低いが調教した魔物を換算すれば集団戦最強となる。シドやエルメスといった圧倒的個の力を凌駕することに関しては苦手だが、同格の相手を攻めることは得意とする。攻城戦に関して、フィンよりも優位性がある。


 エデンは確定だ。もう一人はフィンか、サリオンでもいい。エルメスは封魔囚石の件もあるし、切り札でもあるから外交官として使いたくはない。俺が行くときも、身分は隠していくつもりだ。狙われることも少ないだろうが、念には念を入れたい。平等で中立国家であるのならば王という一人だけに権力が集中する政治体制は執れない。目に見えて突出した権力を持った者がいては平等などとは言えず、強い種族からは非難されるだろう。王が居て平等を与えられるのだとしたら、抑圧と恐怖感情だけだ。俺ならばやりようによっては王として君臨できるだろう。だが、そうしない方がリスクが低い上に安全で簡単だ。無理をするべきではない。


「”エデンとフィンは翌日俺の部屋の前に出立の用意を済ませた後集合するように。また現在手の空いている守護者は玉座の間に集まるように”」


 二人が居れば俺が死ぬことにはならない。もしかすれば守護者のどちらかが死ぬ可能性もあるが、そうならないよう注意を払っておけば済むことの方が多かろう。どうにでもならなかったら、どうにでもならなかったと割り切るしかない。守護者を退けることができるというのならば、敵を褒めるべきだからね。


 念話の受信を拒否したので二人の返事は聞こえない。嬉しそうにしているのは確かだろうな。守護者のやる気は俺が受け止められる域を超えている。だからこそ、心労がたまるのだ。


 俺は俺の目的を見失っている。いや、元より見えていない。ノディーの言により、俺が記憶を失っていること。俺がもし仮に世界を亡ぼし、再生する、これを繰り返しているのならばその記憶を持っていないことになる。俺は前世の―あるいはより昔の本能と化した目的遂行の意図に則って動いているのかもしれない。記憶を失っているからこそ、その目的は分からないし今の行動がどう関連しているのかも知らない。だが、行動しない理由にはならない。実際に俺はあらゆることに対応できるように動いている。圧倒的な財力は何があっても揺るぎはしない。権力も知名度も信頼度であってもすぐさま手に入る。この世界の凡そのことには対応可能だろう。


 これが守護者の期待に疲れる理由だと、俺は確信している。いくら頭がキレようと、いくら未来を見透かせようとも失った過去を知ることなどできようはずもない。守護者の期待する俺は、実のところ目的を見失ったぼんやりとした行動指針に従う半ば傀儡だ。期待に応えられる自信はある。だが、其の期待にこたえたいという気概がない。今はただ、自分の過去と力の解明に勤しんでいる。それがHOMEの主であり、守護者の崇拝する主人だ。


 失われた過去を知ること自体は可能だが、世界をまたいでおりなおかつその世界は崩壊しているときた。過去に戻るには、過去の俺が目印を残しておかねばならない。目印は毎秒設定でき魔力消費も0に等しい。過去を目印と現在の自分を同期することで俯瞰視点でみることはできる。ただ傍観できるだけで、過去を改変することはできない。世界が崩壊すればその世界に残した目印も消え失せるのは必然であるため、俺は過去を見れない。なぜか、夢という形で過去を見ている、この事象の詳細はまだ解明できてはいないが十中八九、ペンダントが関係していると思われる。


 そんなことを考えていたら夜が明けた。約束の刻限は到来した。俺は覚悟を決め、扉を開く。魔力感知で知っているが、すでに二人は扉の前で膝をついている。


「おはようございます。ロイス様」


「お、おはようございます」


 二人の挨拶も適当に聞き流して、命令を下す。


「はいはいおはよう。早速、ドワーフの国に行く。お前たち着替えして来い。性能は気にしなくていいからとりあえず、綺麗な服を取ってこい」


 HOMEの使者としていくのならばそれなりの服装というモノがあろう。出発前に着たとしても結界により汚れはつかない。装備しているものを外すことはないが、外見に影響が出るものについては外してもらいたい。到着してから外すのでもよいが、いつもの守護者と違う姿を見れば少しは心労もマシになるだろうという考えだ。


「この戦力を用意されたということは、ドワーフの国を滅ぼそうとお考えでしょうか?」


「そんなわけないだろ。ドワーフと国交を結ぶ。お前たちは使者だ。兎にも角にも玉座に行くぞ」


 玉座に人を集めたのは、建国の宣言と国名の募集のためだ。ドワーフの国と国交を結ぶのに、国の名前がなければ話にならない。それに、最強の軍隊を持った集団という認識を与えてしまいかねないため、国交を結ぶ前に建国宣言は絶対に欠かせない。


 玉座の間の戸の前に転移する。二人が扉を開ける。右側をフィンが、左側をエデンが開ける。守護者が扉を開けるのはいつもの光景だ。そして、俺が玉座に入ると既に守護者は整列していた。エルメスあたりが招集をかけていたのだろう。どこから聞きつけたかは知らないのだが、そういうことに関しては人一倍察しがいいのだ。二人が扉を閉めると、後ろにつき従った。俺が玉座に座り視線を守護者たちに落とした瞬間、二人もすでに整列している。素晴らしい身のこなしだ。


 俺はゆっくりと、そして鷹揚に玉座から視線を一周させる。そして、重々しく口を開く。


「我々HOMEはここシャウッドにおいて建国を宣言する!」


「うぉおおお!!」


 守護者はうすら笑いを浮かべ期待に胸を膨らませる。ネームドはこぶしを握り締めてやる気に燃える。その他配下は喉が枯れるほどの大歓声を上げ、歓喜した。


 うるさいうるさい。鼓膜が破れるとかはないけど、俺は五感がいいんだ。本当にうるさい。


 右手を上げて、歓声を制止する。まるで世界から音が消えたかのように歓声が止み、皆が姿勢を正した。一瞬いやな顔をしておくのは、配下に向けた意趣返しのようなものだ。


「これより、初めの同盟国をドワーフの国ローテルブルクに決定する。延いては国名が必要であろう。一人ずつ案を述べよ」


 ネームドが次々と案を上げるが、どれも響かない。「賢王国」だったり「法律国家」だったり捻りのあるものからしょうもないものまで。


「魔道国はいかがでしょう?ロイス様は魔を導くお方です」


「アホめ。魔物だけ導いてどうする。却下な」


 エルメスの案を却下する。平等を謳っておいて国名がそれに反していては可笑しかろう。


「中立国とつけるのはいかがでしょう?」


 シェリンの案には頷いておく。中立国というのは分かりやすく響きもいい。平等性も分かりやすい。


 他の案も見られない。なのでシェリンの意見を採用することを決定した。シェリンはいつも良い案を提示してくれる。


「中立国に何をつけるか、早急に決めたいな」


 再び皆が熟考する。俺はシャウッドとつければよいと考えている。地名を国名としている国は少なくない。だが、味気なくもある。


「至高国!」「天国!」


 センスがないというより、真面目さが感じられなくなった。なんだかんだで30分ほど考えを述べ合ったのち、結局”シャウッド中立国”と命名されたのだった。


「はぁぁ」


 俺の小さなため息は長く続いた。もう面倒なんてものじゃないよ。本当に疲れた。国名くらいすぐさま決めてほしいよねホント。俺はセンスがないから無理だけど。




 シャウッド中立国でやるべきことは終わった。今から、ドワーフの国ローテルブルクに行くわけだが、転移という手段は使えない。正確に言えば使えるのだが、転移先の地形を知らないため地中に埋まる、もしくは体の一部だけが転移できないという事態になりかねない。転移先の座標を決めることで行ったことのない場所への転移も可能なのだが、転移先に何かがあれば転移できなくなる。それに、正確な座標も分からないので、一度行ってみる方が安全なのだ。もちろん、はるか上空に転移してやれば障害物もなく転移できるだろうけど、実際に足を運んだ方が面白いかもしれない。それに、残りの守護者たちと会わなくなる期間が長い方がいい。


 転移ならば1秒程度で到着するのだが、エデンの魔獣に乗れれば一日と半日で踏破できる距離だ。大体、4000キロほどだ。エデンの魔獣の中には森の木々が俺たちを避けてくれるようなスキルを持った魔獣もいる。それに乗れば簡単にローテルブルクにつくだろう。


「じゅ、準備出来ました。いつでも、迎えます!」


「おう。それじゃいくか」


 俺の自宅前には三体の麒麟が控えている。脅威度は35万だ。一体放てば帝国以外の国を亡ぼすことができるだろう。王国なんかはひとたまりもない。エデンのスキルによって強化されているため、ふつうの麒麟の脅威度20万を容易に上回っている。


「エデンは俺の前をフィンは俺の後ろを守れ。護衛のため魔物を展開するように」


「ハ!」「は、はい!」


 といったように采配を取っておく。道中狙われないという保証がないからだ。それに、一つ気がかりなことがある。


 ローテルブルクとシャウッド中立国との間にある氷山である。そこには恐らく魔神か、最悪竜種がいる。いや、自宅からでもわかる濃密な魔力の気配は竜種でなくては再現できない。それに、地上を住処とする魔神はすべて亡ぼしたはずである。


 俺とエルメスが出会ってから1500年。HOMEを建設したのが10年前だ。その間の期間で守護者を集め、魔神を亡ぼし歩き、勇者とも出会ってきた。未だに海を住処とする魔神は倒せていない。というよりも海から出てこないので相手にしていない。


 もともと魔神は竜種の濃密な魔力がたまった魔素溜まりから生まれる伝承をもとにした生き物だ。伝承をもとに生まれた種族は妖精などもいるが、根本的に違うのは異世界の伝承をもとにして生まれ落ちた種族が魔神ということだ。異世界の伝承をもとにした方が強力になるのだ。


 魔神はこの世界で始祖と並ぶ最悪の存在である。強さも殺しにくさも最悪なのだ。


「綺麗な森だな。一部はどうにか残して観光地にするべきか」


 現在はHOMEの力で観光名所はいくつもある。映画館やレジャー施設、遊園地なども作れる。だが、技術力が進むにつれてここにしかないものは世界中にあるものへと変わってゆくだろう。つまりは、この土地にしかない気候や地形を観光地化しなければいずれ訪れるものが居なくなるだろう。


 そうなっては本格的に金が外から入ってこなくなる。ただでさえ、国内にある施設の大元はHOMEとなっている。今は外部からの金が全く入ってきていない。HOMEが世界市場として君臨しているからこそ、利益だけで一国を運営することができる。だが、それにも限界があるし流石に金がなくなるやもしれない。そんなことにはならないようにするため、やはり観光資材や貿易は活発にしなければならない。後からいくらでも対処可能な案件なのだが、手っ取り早いのが今のうちに他国と協力関係を築くことだ。


「このあたりには精霊の泉があります。活用できるのではありませんか?」


「精霊は発電所のシステムに組み込みたいんだ。あの泉に妖精を解き放つのも悪くないかもしれないな」


 聖霊と妖精は似た性質を持っている。誕生するのに必要な条件が伝承かそれ以外かの違いだけだ。そしてこの二種は泉を作り、清潔に保つ特性がある。美しい泉はどれも固有の形を示す。俺もこの泉は幾度となく見てきたが、見飽きないほど美しい。ただ精霊はほかにも使い勝手が良い。


 例えば発電所に組み込めば、漏れ出す魔力を電気に変えることすら可能だ。それに永久的に機械を動かそうとすれば、寝ず食わずの種族を派遣したい。精霊ならばもってこいだ。召喚で代用できるが、召喚によって生まれた者は数時間から数日で消えてしまう。精霊は永遠の寿命を持っているので、消える心配はない。精霊化学という分野は太古の昔より研究されている。既に活用できる段階まで到達しているのだ。


「発電所?魔法ではだ、だめなんですか?」


 魔法があらば発電の必要もいらない。魔法で雷を放つことも容易であるから、発電という方法を取らなくとも電気は作れる。だが、魔法で電気を発生させるよりも発電所の方が費用対効果が大きい。それに、魔法のせいで発展しなかった技術を進化させればより国力は大きくなる。当然だろう。今までそれに遣っていた魔法師が自由となり新たな分野で魔法を行使できるようになるから有用なのは当たり前。


「新しい分野を開拓するためには無人で動く機械が最も都合がいいんだ」


 管理は人造人間にやらせればいい。人造人間は自分で発想することはないが、命じられた仕事は完璧にこなせる。人造人間は最高の魔法を使えば自分で考え自分で進化する新たな種族を作ることができる。ガーラはそれなのだが、同じようなものを作るには50年はかかる。難しいんだよね、めちゃくちゃに。


「なるほど、それで―」


 俺が右手を伸ばしたことでフィンの口が止まる。もちろん氷山についてしまったからだ。やはり間近で感じる威圧感は恐ろしいほどの濃密な気配を伴ってのしかかる。もう最悪だよ。竜種確定だ。俺の自宅近くにこんなバケモノが住んでいるなど信じたくないよ。本当に最悪極まりない。HOMEの総戦力に一体で対抗―いや亡ぼせる存在がお隣さんなのだ。最悪に違いない。


「お前らしっかり覚えとけ。これが竜種の気配だ」


 二人は固唾を飲み込む。麒麟はかろうじて正気を保ってはいるが、いつ気を失ってもおかしくはなかった。エデンのスキルがなければすでにこと切れていてもおかしくはない。何と言っても竜種の脅威度は5000万からなのだ。通常時のエルメスが1500万であることを考えるといかに異次元かわかるだろう。


「これが・・・世界の理と言われる存在」


「立つのがやっとです」


 護衛のため周りに控えていたアンデッドや弱い魔獣が倒れている。すでに死んでいるのだ。こうなるまで気が付かなかったわけではない。俺は護衛を犠牲にしてでも守護者に竜種というモノの存在を知ってほしかったのだ。だからこそ氷山を迂回せずに直進した。


 冗談で済む強さではない。一体が動けば地形が変わり、二体が動けば世界中の国や種族が亡ぶ。三体が動けば世界は崩壊し、消えてなくなる。四体動けば、あたりの魔素が干上がり世界が枯れる。


「お前ら漏れ出る魔力を0にしろ。そして、できるだけ早くここを離脱する」


 竜種は調停者ともいわれる世界の均衡を保つ者だ。そして、調停者の暴走を防ぐべく誕生したのが裁定者である。裁定者は始祖の白が名を冠する。竜種と同じ実力を持つ最強の一角である。


 麒麟がエデンの指示により完璧に魔力をコントロールし隠密行動をとる。そして、疾風よりも早く氷結地帯を抜ける―はずだった。


 ―フィンの少し後ろで地面が崩壊する。まるで火山が噴火したかのような轟音が響く。


 振り向けばそこは底の見えないほどの大穴が広がっていた。直径にして15メートルほどだ。それほど広いのだが深さは100メートルを優に超えている。少しして溶岩が噴出した。業火が上空まで吹き上がり、その瞬間に凍り付く。急激に冷やされた溶岩は石柱になり動きを止めた。溶岩を即座に冷やす竜種の冷気、これが竜種の力の一端だ。


「これが竜種の力・・・直撃して居れば即死でした」


「間違いではないが、寝返りを打った程度だぞ。本当の竜種の力はこんなものじゃない」


 竜種の力を目にした一行は言葉を紡ぐこともなく、氷山地帯を超えた。


 気が付けばあたりは暗くなり始めていた。夜が近いので、とりあえずここで野営でもしようか、と思ったが俺たちは寝る必要のない種族なので夜通し走れてしまう。


「麒麟の体力はどうだ?」


「この子達に体力ギレはありません!」


 エデンは自分の魔獣の話になると幼い表情一杯に自信を漲らせて生き生きと言うのだ。その変貌差は面白いとも思うが、普段から自信をつけておいてもらいたいな。


「そうか。なら、もう少し奥まで行こうか」


 夜通し歩み続けても問題はなく、暗く見えづらいところも闇目が効くので障害にはならなかった。高レベルの存在なので、天候や時間帯などでは行動を制限されることなどありはしない。


「それにしてもお前は乗り心地がいいな」


 麒麟を撫でてやると、鼻を鳴らして喜んでくれた・・・のだと思う。こいつ、厳つい見た目に反して可愛らしいな。エデンに懐柔されてしまっているからかもしれないが、小動物のような可愛さがある。


 なんと素敵な乗り物なのかしら。お名前は、なんというのかしら。


「エデン、こいつの名前は?」


「ズルい、僕もロイス様に・・・はい!その子はフーちゃんです」


 何か言っていたように聞こえたが、無視しておこう。とりあえず、俺の乗っている麒麟はフーちゃんという名前らしい。


「フーちゃんか、安直な名前だな」


「この子をテイムしたときに、子供を守っていたんです!そしたら、ふーふーと威嚇してきたのでフーちゃんです!」


 あらら、今さらっと残酷な告白を受けたよ。調教者としては別にそれでいいのだけども、俺はHOMEが強くなればそれでいいし追及はやめておこう。


「フーちゃん、ローテルブルクまで頑張ってくれるか?」


 フーちゃんが鼻を大いに鳴らして、前足を振り上げた。跳ね馬のようになったし、俺も地面と平行になった。驚いたが、フーちゃんが怒ったのではなくやる気に燃えたのだと分かった。なんでかって?今より二回りは早い速度で森を抜けてしまったからである。


 森を抜けて平地をしばらく進めばすぐに砂漠地帯になってしまう。森は大きく、王国の全領土よりも広大である。故に、森を抜けたころには朝焼けの時刻となってしまった。あと半日で砂漠を進めばローテルブルク山脈に到着し、其の山頂部が関所となっていると聞いている。ドワーフの国は地下に広がっているらしい。


「ドワーフの国か・・・ちょっと楽しみだな」


「そうでしょうか、あのような下等種族に期待できるところがあるでしょうか?」


「おいおい、初めから見下してどうする?足元をすくわれたときも同じような言い訳をするのか?」


 俺は、格下だからと見下すような態度が大嫌いだ。別にだからと言って処分しようとか思うわけではないが、ちょっと苛立つ。格下にも秀でた分野がある。秀でた分野があるのならば歯車程度の役割は任せられる。価値があるものを価値がないように言うのはいただけない。


「そ、それは・・・申し訳ありません」


「いいか?発展と進化ってのは常に既出と既出の掛け合わせで生まれるんだ。新しい何かを見つけて成長することもあるだろうが、それを解明するのも既出の何かだよ」


 俺は得意げに語って気持ちよくなっておいた。


「な、なるほど。肝に銘じます」


 自分たちが持っていない何かを知っている可能性のある相手。その相手には真摯に向き合い、礼儀を尽くすことがマナーだ。そうでなければ新しい知識は得られない。何故、自分の知らないし出来ないことを、知っている出来る相手を蔑ろにできようか。


 だってさ見下してきた相手に、優しくしたいなんて思わないだろ?


「フーちゃんは大丈夫なのか?砂漠を渡れるのか?」


 目の前に近い砂漠はここからでも砂嵐が視認できるほど荒れていた。いやだな、砂嵐とか視界も塞がれるし服の中に砂が入るしいいことなんてない。すべて結界に阻まれるから関係ないんだけどね。視界も魔力感知によって明瞭に確保できるし問題にはならない。


「大丈夫です。麒麟は空を飛べるので!で、でも結界は絶やさないでください」


「あいよ。フーちゃん頑張れ~」


 砂漠の足場が悪い中でも麒麟は通常通りに動いてくれる。まるで舗装されている道路を通るかのような安定感がある。乗り心地は相変わらず良い。


 此れならば麒麟を個人で飼育しても良いかもしれない。汎用性も高いし強い個体を調教できれば便利かもしれない。


「―!?軌道を下げさせろ!」


 遥か遠方から驚異的な魔力反応を感じ、声を上げた。その魔力反応はありえないほどの速度で迫ってくる。狙いは間違いなく俺たちだ。当たれば次元結界も破壊される。これは狙撃だ。


 頭上をかすめる広範囲かつ高威力の熱線が過ぎ去る。熱いと感じるのは次元結界を破り、状態異常無効を突破されているからだ。直撃していない、余波だけでダメージを負うほどだ。


「ッチ!ドワーフですか?今すぐ報復を」


「バカを言うなドワーフ如きにこんなことはできない。間違いなく神話級の武器だ」


 ドワーフが神話級の武器を使ったと言えば納得もできるが、ローテルブルクの方角からの攻撃ではない。この先にある孤島の方角からの狙撃だが、距離が2000キロは離れている。そんな距離を狙撃できる存在が居るのならば、対処を考えなければならないだろう。間違いなく脅威でしかない。


「怖いな。何というか、久しぶりに危ないと思ったぞ」


 直撃しても死にはしないが、大ダメージは必須。至近距離ならば一撃で殺される可能性もある、か。


「お前ら、いつもの装備に戻れ。礼節をわきまえる必要はない」


 驚異の存在が俺たちを狙っていると分かった異常、無理に礼節をわきまえた服装でいる必要もなかろう。これで死んだら笑えないからね。


 フィンは白いドレスに着替え、エデンは白いスーツに着替えた。二人とも白を基調としている礼服ともとれる見た目なため、無礼ととられることはないだろう。


 防御力もさることながら、実用的である道具だ。俺が厳選した魔道具を惜しげもなく貸し与えているので弱いわけがない。性能が悪いわけはないが、神話級に至っているものは少ない。俺とエルメス、シドだけがすべての装備を神話級で揃えているのだ。HOMEの支配圏をもってしてもそれだけしか集められないのだ。貴重過ぎてね。


「そろそろ到着か。敵が何を目的で俺たちを狙ったか分からないが、警戒は怠るな。盾となるモンスターと魔獣を控えさせろ」


「ハ!」「はい!お任せください!」


「いいな、敵が現れても応戦はせず撤退戦に努めろ。死ぬと思ったら能力の制限を外し本気で戦え」


 二人は俺の言葉を聞いて頷いた。もし仮に俺たちの力を知っていて攻撃をしていたならば、勝てる見込みがあるということだ。それに、あの一撃で仕留められるという確証があったにしても、他の保険を持っていないとは考えられない。俺たちはここに総戦力で来たわけではないため、戦闘になれば負ける可能性が高い。俺の力も万能ではないため、神話級の武器による攻撃を受け続ければ確実に死ぬ。それにあの一撃は俺たちに関係があるとは思えない。その上に追撃もないことから、俺たちを狙ったという可能性すら薄い。ただ飛んでいる的があったから射抜いただけではあるまいか。


「到着です」


 フィンの言う通り関所の真上に停止した。ローテルブルク山岳地帯は標高の高い山ではなく低い山の連続でなる。高度を落とし、地面に降り立つと砂埃が立った。視界が悪くなるし、咳が出そうになる・・・普通ならね。俺には関係のないことだけど、時より気候変動や地域特有の特色を受容できない体に落胆することがある。


「な、なんじゃおまえら!」


 ドワーフがざわつき、関所に殺到する。麒麟の物珍しさと異様な気配に充てられる者たちもいた。怯えている者と驚愕で動けない者の集まりだ。


「退け、退けといっておるのじゃ!何事か!」


「防衛大臣!」


 防衛大臣ということは、俺があいさつしなければならない階級の人というわけか。考えてみれば外交とか初めてだな。まあ、どうとでもなるか。


「アンデッド!?直ぐに軍を寄こせ!!」


「ちょっとお待ちいただきたい!このアンデッドは私どもの支配下にあります。あなた方に危害を加えることはございません」


 危うく戦争がはじまりかけた。ドワーフに勝ち目のない戦争が。アンデッドは無条件で生者を憎むとされているから、外交には向かないとも思っていた。だがアンデッドすら共に暮らす国という印象を与えれば国としての在り方を口で説明するよりも伝えられることだろうとおもいフィンを連れてきたのだ。


「なんと・・・いや信じられん。信じられんが、納得せざるを得ないか」


 現にアンデッドは沈黙を守っている。信じる信じないよりも、現状がそうなのならばそれがすべてなのだ。


「私どもはHOMEから派遣された使者でございます。防衛大臣様、あなた方の執政会にお目通り願います」


 ドワーフの国は王がおらず、王国という名を冠しているのは遥か昔の名残であるらしい。今は執政会という合議によって指針が決まる。


 太古の時代、といっても500年前から2000年前の話だ。始祖の悪魔や神人、妖魔や精霊といった上位種族のみで世界が構成されていた時代より、竜種は始祖に手を焼いていた。始祖にとって自分の力を試せる存在は竜種しかいなかったため、四六時中、竜種に喧嘩を売っていたのだ。そのおかげで今の地形が形成されたとされるが、中雇わず戦闘があったのならば惑星がもたない。竜種は始祖との戦闘では惑星を維持することに意識を裂かねばならず、単純な戦い以上の労力が必要となる。冥界門から距離を取るようになった。そのせいで、シャウッドに現れるようになったのだ。氷山のことである。それを機に、他国との貿易は途絶え他国にはドワーフの国の内情が伝わらなくなった。


 それ以外でも、ドワーフは強くない上に芸術的な差異には秀でているがそれ以外の技術はない。さらに、ドワーフは作物の実りが少なく他国からの輸入に頼っていた。反面、帰ってくる利益は少なかったため、ドワーフとの国交を可能とする海路も行路は断たれてしまった。


 まとめると、現在は執政会という各分野の長が決議によって国の指針を決めていると言いたいのだ。


「HOMEじゃと!?いや、なるほど。HOMEであれば信じざるを得ないことですな。ですが、少々お時間いただきたい。準備してまいります。その前に、大まかな内容だけお伺いしても?」


「この度HOMEはシャウッドの大森林で国を建てたのです。ですので、あなた方の国と国交を開きたいと考えていたのです」


 ドワーフたちは顎が外れるほど大げさに驚いてしばらく動かくなった。HOMEというのはそれほど大きな組織だということだ。






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