第8話 ドワーフの国にて

 ドワーフの国についたあと、しばらくは牢獄のような待合室に案内されて座り心地の良くはない椅子に座らせられた。


「もこもこした素材がないから仕方ないのか?」


「地中なので仕方ないと頷くべきかもしれませんね」


 座り心地が悪いと言っただけで、彫刻やデザインは素晴らしい。俺の自宅に置かれているオブジェと同じような出来栄えだ。もちろん俺の自宅の作成図を作ったのがドワーフなので当然なのだけど。センスはいいが、実用性も加味してほしいところである。


 面白いことに、ドワーフの作品の中には同じ名前だけが彫られていた。どこかで見たと思ったのだけど、この”ドベルク”という名前、俺の自宅を作り出した設計図にも書かれていた。ただ、この絵図を手に入れたのは250年前だ。ドワーフがこれだけ長生きという話は聞かない。人間よりは長命だが、大体100年ほどのはずだ。進化した上位種族である可能性もある。考えられるは、ドベルクは肩書で受け継がれるものということだ。


「それにしても何時間待たせるつもりなんだ?」


「ふ、不敬だと思います!いっそ、ほ、滅ぼしてみてはいかがでしょう?」


 おっと?耳が逝かれたか?この子は国交という単語を辞書で索引するべきだ。エデンは極端な思考をしているのに、残酷な子どものような側面を持っている。それなのに力を持っているのでお目付け役が必須だ。単独任務に出せば十中八九失敗する。知能も低いからね。エルメスやシド、ひいてはフィンもコンビとしては悪くない。フィンは案外賢いしエデンと仲がいいのでよいコンビネーションをしている。


「エデン、かわいそうだろ?まだ5時間しかたっていないのに滅ぼしては流石に・・・でも待たせすぎだよな」


 ふと腕時計を見てみれば5時間もたっていた。国交を結ぶような大切な話し合いは時間がかかるものというのは当然の話である。それも世界最大の組織であるHOMEが相手となったのだから余計に時間がかかるのも無理はない。もっと言えばアポなしでここにきているので、一度こちらが退くべきなのだ。


 どうせ、本物のHOMEの使者なのかを調べている、もしくは護衛として召喚していたアンデッドや魔獣の対処を考えているのかもしれない。だが、はるかに強い魔獣やアンデッドを従える国と友諠を結ぶとなると利点は大きいはずだ。どうせ、俺たちは一度退くなんてことはしないし、無理やりにでも話を進めて形にする。


 俺ならば即断即決で国交を結ぶのだけど。弱者はそうもいかないらしい。弱者らしいというか、弱者たる所以というか、時間が有限ではない俺たちからすれば5時間など瞬きをするようなものだ。でも瞬きするような時間でも俺たちならばあらゆるものを生み出せる。ただ、無駄に時間を浪費したいわけではない。めちゃくちゃ暇なので、早く決断してほしいものだ。


 そして、なんだかんだで日をまたいだ。なんでだよ。なんでだよ、ということもないがせめて誰か遣いを寄こしてほしいのだけど。石室に放置するなんてあんまりな対応をされるとは思わなかった。仕方ないと割り切るしかないのだが、流石に腹の立つ。


「おい!どうなっている!なぜこのような場所に軟禁しているのだ!!国が亡ぶかもしれないのだぞ!!!」


 大きく分厚い扉の奥から大声が聞こえた。口調からするに怒号という奴だね。誰でもわかるが相当怒っている。


 大扉がその質量を思わせないほど簡単に開かれた。そして、現れたのは関所で見た防衛大臣のギルバであった。


「HOMEの使者様方、このような雑なもてなしになり申し開きの使用もございません。未だ国交を結びたいという御意思が変わりないようでしたら、お手数ではございますが部屋を用意しておりますのでご案内いたします」


 ギルバが冷や汗を流しながら血の気の引いた表情をもって陳謝した。ここで責め立ててもよいが、HOMEは評判のいい組織である。部下には如何なる場合があっても怒りの感情を表に出すことを禁じているので、頂点にいる俺が怒りをあらわにするのはバカだ。交渉においてYESマンになれと言うわけではなく、酷い扱いを受けても怒ることは許していない。ならば、俺も我慢せねばなるまい。怒りというのはもっとも無駄な感情であり、怒りをあらわにするということはまだまだ未熟である証拠だ。とはいえ、俺は沸点が低い方なので必死に上辺を繕っているだけなのだ。


「お願いできますか、ギルバ殿」


「喜んで」


 俺はおおらかな態度で応じた。風呂には入りたかったが、俺たちは新陳代謝による汚れはつかない。故に、髪がべたついたり、汗臭くなったりということはない。それに結界により外的要因で汚れることもなくなっている。いつでもラベンダーのごときかぐわしい香りがするのだ。それでも心のリセットとでもいうべき何かが風呂に入ることで得られるのだ。無駄ではない。


 後ろでフィンとエデンが不満げにしているが、俺の対応を見て感情を表に出さなくなる。


「ここです」


 一際大きな両扉。総重量であれば数トンはあるそれを一人の力で開ける。中には席の前で立って待つ4人のドワーフにギルバが加わる。そして、俺は長机の縦の面に設けられた椅子に座る。俺が先に座ることで力関係を暗に示す形となる。俺の後ろに二つの席があり、守護者が座った。守護者は本来背後で直立して居るべきなのだがこれもまたHOMEを尊重してくれたからこそ許された行動だ。ギルバは俺の体面に当たる席に座る。俺は周りを2体の死霊騎士が守られている。一体の狐のような魔獣がエデンの肩に座る。妖子であり、九尾と言われる妖魔である。麒麟よりも脅威度は高い。


「それでは改めて。私は防衛大臣であるギルバです。この度は使者様にお会いでき光栄です」


 対面に座るドワーフはこの国の兵士を統括しているだけあり、立場が高いようだ。やはり軍事力とは発言力なのだと物語っている。


「酒造大臣のギイルです」


 左奥に座るものは酒造大臣らしく、酒好きのドワーフらしい階級だ。酒が好きなドワーフだが、砂漠では酒のもとになるものが少ないため発言力は極めて小さい。俺たちと同盟すれば良質な果実をもとにうまい酒を造れる。


「鋳造大臣のガイドです」


 鋳造ということは、金属加工を統べているということで、発言力は防衛大臣の次に高いと思われる。ドワーフの収入源の大半が金属加工であるためだ。


「建設大臣のミルバです」


 建設大臣は三番目に発言力を持つ。彼は右側の奥に座っている。そして最後、右手前に座る者の紹介で終わりとなる。


「貿易大臣のゴンドです」


 貿易大臣というが、隣国がすべて遠くあり砂漠の砂嵐により通常の貿易が困難であるため、大した働きはできない。名ばかりの大臣といった印象が強い。


「私はHOMEより派遣された外交官の一人でローグです。後ろの二人は私の部下で、この会議において発言することはございません。有意義な会談としましょう」


 俺の一言で、ドワーフたちの顔色は変わる。真面目なものより、もっとまじめな顔へと。俺の言い方は聞き方によっては威圧的にも聞こえるだろう。HOMEという圧倒的優位な立場の人間が、有意義な会議、といったならば当然、優位にいる者の要求をすべて酌んだ形での決着のことを言う。一般的には、だ。確かに、俺だってすべての要求をドワーフたちに強要すればどれだけ楽か知れない。ただ、平等性に賭ける政策をとるべきではないため、そういった話し合いにするつもりはない。実際、同盟を組んだ際に利益を得るのはドワーフたちである。どう転んでもこちらにはいる利益の数倍はドワーフに益のある話になるしかない。


「それではまず、同盟を結びたいという話に偽りないことをここに宣言していただきたい」


「我らHOMEが今まで国を作ってこなかったのは、敵対意思を持つ外部からのあらゆる干渉を絶つためでした。ですが、王国で魔神教団なる組織が興したテロ行為。同じく王国で起きた七使徒によるアンデッド多発による未憎悪の惨劇。この両事件の被害者の中にHOMEの重役が居たのです。どうせ被害を受けるのならば、対抗しうる勢力を築くべきでしょう。ですから、対抗しうる勢力を築くために建国という手段をとるのです」


 半分は本当のことだ。ここに、封魔囚石の解明と解除を組み込んだのが俺たちの作戦だ。技術力を高め、俺のまだ明確に分かっていない目的に適応する力を得るために建国するのだ。


「HOMEが建国・・・本当なのですね?では、なぜ我らドワーフの国と同盟を組もうなどと?」


「私たちはかつてのドワーフ王都より、黒魔術を用いた高層住居の設計図を拝見しました。あの技術力はHOMEですら実現は困難です。ですので、ドワーフの皆様の技術力が必要というだけの話でございます」


 ドワーフたちの顔が曇った。俺だって知っている。いうなればロストテクノロジーを俺たちは求めている。だが、一度手にした技術が完全に失われることなどあろうはずもない。仮に跡形もなく再現の可能性すらなくなったとしても、時間をかければ過去を超えられる。俺たちは寿命がないのだからいつまででもまてる。

 

 ドワーフはかつて、山岳地帯より東側の海洋沿いに国を開いていた。その国は竜種の出現により捨てることとなってから久しい。現在はワイバーンが住処として使っていると聞いている。今の技術力がかつてのものと同じであるならば、貿易を断念することもなく、作物に困ることもなかっただろう。過去の栄光と切り捨てればそれまでであるが、切り捨てるには輝かしすぎる。なにせ、あの設計図を俺にもたらしてくれたのだから。


「それは残念です。私たちの技術力は過去のそれに遠く及ばないのですじゃ。かつての王都に行くことができれば、ある程度の再現は可能かもしれないのですが、それももうかないませんでしょうな」


 ミルバが教えてくれる。思っていた通りだが、少し落胆したのは内緒だ。


 ここで一つ考えるべきことがある。俺が動いた以上、同盟を締結しないまま帰ることは許されない。守護者たちになんて言われるかわかったものではない。故に、同盟の締結は絶対条件である。


 まず、同盟の締結は成るだろう。HOMEがドワーフに与えることのできる利点はあまりに大きく、それが可能なだけの力と金がある。ドワーフたちからすれば、絶対に同盟を結びたい。だが、反面俺たちに利益がないからこそ怪しく思えてしまう。ドワーフたちが困惑するのは必然だ。


 それを解消するために、俺は何かを差し出さなければならない。現に今、完全に制御されてはいるが、アンデッドと魔獣がいる。それに関する警戒もドワーフたちは解いていない。


 まとめると、最適解は旧王都の奪還を使役したアンデッドや魔獣を使い成すことだ。


「勘違いしているようですが、HOMEが欲しているのは可能性であってすでにあるものではありません。HOMEであれば可能性を実現することができる」


 俺のセリフにドワーフたちの顔が明るくなった。彼らのすべてが職人だ。種類こそばらばらでまとまってはいないが、鍛造や革細工、彫刻から魔法技術に至るまで千差万別だがその奥底には職人の魂がある。一度失った技術を諦められる者などいない。故に、可能性を実現できる、というセリフに期待せずにはいられない。表情がそれを物語っている。


「その証拠、というわけではありませんが我らの軍勢をもって旧王都を奪還してまいりましょう」


 ドワーフは一斉に唾をのんだ。そして、恐れながらも尋ねる。


「見返りは何なのでしょうか?」


 当然だ。大きすぎる利益を得るにはそれ相応の不利益を覚悟するべきなのだ。ドワーフの国に支払える対価などありはしない。故に慎重に成らざるを得ない。


「現在公にはなっていませんが、シャウッドの大森林にて建国を開始しています。既に一都市としての地盤は完成しています。そこに、あなた方の技術指導員を幾人か用意していただくこと。そして、魔道具を我が国に優先し貿易すること。あとは我が国と貴国の間で転移門の開通。最後に互いの不可侵条約と共同防衛条約です」


 ドワーフたちの顔が明るくなった。その程度の条件でHOMEと同盟関係を結べるのならば、間髪入れずに調印するべきだろう。


「ただ、待ってほしい。そのようなうまい話を直ぐに信じろ、なんて無茶なことだろ」


 やばい、ギイルのその口の利き方は後ろの二人を怒らせるぞ。ちらっと見たが、ぎりぎり耐えている様子。よかった、成長していたんだね。でも本当にぎりぎり耐えているだけだ。


「当然でしょう。シャウッド中立国まで足を運んでいただいても構いませんよ。それに、今すぐ調印しろと言いたいのではないのです。猶予は大体1週間じっくり考えていただきたい。そして、英断を期待していますよ」


 俺は話し終えた、と言わんばかりに口と目を閉ざした。


 ただ、これより一週間の猶予とはいったが現在ドワーフの国はワイバーンに攻められている。これはあくまで予想だ。だが、関所付近に防衛大臣が控えていたことからいつでも軍を動かせるように用意していたのではないかと考えたのだ。


 それに、砂漠での狙撃がかかわってくる。2000キロ離れていてはたとえ遠視を極めたとしても目視することはできない。故に、空を飛ぶシルエットを狙撃しただけなのではないかと考えているのだ。そして、狙撃ルートに旧王都がある。旧王都にはワイバーンがいるため、狙撃はワイバーンを狙っていたのではなかろうか。こじつけではあるが、これが一番有力だ。情報が欠如しているため、これ以上の推測ができないでいる。俺が狙われた理由が分からないから、俺を狙ったというよりもワイバーンを狙ったと言った方が分かりやすい。


「現在我々はワイバーンと戦争している。一週間というのはあまりに短いと思われるので、もう少し譲歩していただけないか」


 やはりそうだね。狙撃の説明ができたわけではないが、俺の推測が的を射ていたのだと分かる。今日は砂嵐が起きたのでワイバーンも帰ったのだろう。ただ、空を飛べるワイバーン相手にドワーフが何をできるというのか聞かせてほしいものだ。


「何を勘違いしているのかわからないですが、旧王都を奪取することもこの同盟には含まれているのですよ?調印すれば、その時点でワイバーンは脅威ではなくなります」


 つまりは、今の戦争に掛けているすべてを取りやめつつ、同盟相手の宣伝もできる。こちらもやりやすくなるし、早く調印してくれないかな。ワイバーンの根城を亡ぼせば、ワイバーンがこの国を攻めようとすることもなくなるだろう。


「その他詳細の打ち合わせと施工期間はいかがしましょう?」


「まとめてあります。ここに私どもの要求と可能な対応をまとめてあります。これをお読みになったうえで、後日別の使者を送ります。そこですべてを決めましょう」


 この流れは調印してくれるのかしら?そうだといいな。


「いや、待て!信じるのか?アンデッドを使役しているような奴らだぞ!?」


「お前はさっきから口の利き方には気を付けんか!HOMEであれば驚くこともないじゃろう!」


「冷静になろうではないか。我らに王都を移すほどの余力は残っておらんし、選択の余地もないではないか」


 ギイルの余りある態度にミルバが責め、ゴンドがなだめる。


「もうよいではないか。我らを救ってくださるのはHOMEを置いてほかにはないのだ。故に私はこの条約締結に賛成だ」


「わしもじゃ」


「俺もだな」


「ガイルはどうなのださっきから何も言うとらんではないか!」


「むきになるでないわ。俺はもとよりこの条約に賛成している」


 というわけで多数派4対1で条約は締結されることとなった。俺がいる前でこんなやり取りをするとは、よほど余裕がないと見えるね。俺から差し出した資料は一人当たり15ページほどではある。字でびっしりだが読みやすいように工夫もしてある。分かりやすい上に、後からでも対応できるようなことしか書いていない。なので、これは後で使者として送る誰かへの丸投げなのだ。ガーラでいいかな、彼女もしばらく仕事して居なそうだし。ガーラはシェリンからのパワハラも受けているみたいだけど、俺の命令が絶対順守されるから一時だけでもパワハラから逃れられるだろう。


 本当はネームドでも忙しい役回りなんだけどね。ガーラは完成された人造人間であるため疲労も感じずスペックも高い。信頼して任せられる。


「それでは、ここにシャウッド中立国とローテルブルク王国との間で同盟を締結することを宣言しましょう」


 俺が差し出した右手に防衛大臣は席を立ち長い距離を小走りになって、右手を重ねる。此れにて、同盟は成った。


 俺は扉を開いて部屋を後にする。そして、まずはギイルの言葉に耐えた二人を褒めておくことを忘れない。


「よく耐えたな。えらいぞ二人とも」


 二人は照れくさそうにしている。


「ロイス様もさすがです。初めから選択肢を与えていないのに、さも選び放題かのように感じさせるとは感服しました」


 出来れば詐欺師のような言い方はよしてくれないか?口に出せば面倒な会話が始まると知っているので声にはしない。実際に、選択肢を与えようともしたがドワーフたちも一択しか用意されていないことを知っていた。


「締結されてしまったから、旧王都を奪還しなければならないのだけど。ワイバーンは乗り物として使えそうか?」


「弱いので、乗り物として使ってもだ、大丈夫だと思います。で、ですがワイバーンは持っていないので詳しくは分かりません」


 もってないの?まあ、麒麟が居ればワイバーンなんて劣等種を使役する必要もないか。かっこいいのにね見た目。エデンは性別がないから男の子にはわかるかっこいいというモノがわからないのか。俺も性別はないんだけど、理解できるよ。


「とりあえず行こうか。旧王都は行ったことあるし、転移できる。ワイバーンはすべて捕縛するように」


「ハ!」「はい!」


 ということで、俺たちは転移門を開き旧王都へといった。


 ※


 旧王都の中には弱い魔力反応が複数。ワイバーンだ。ワイバーンは大きな魔物で、平均的な魔力含有量は多いと言える。人間やドワーフといった種族の数が多いから、世界の平均が下がっている。故に強いとは言えない。良くて交通手段や物流の道具に使えると言ったところだ。


「こいつら、竜種の魔力に充てられてるのか?」


 竜種がこの土地に来たのは300年前だ。300年前にもかかわらず、竜種の濃密な魔力による汚染が続いている。それを知らずにワイバーンが住処とした。いかに魔力適性が高い種族であっても、代々汚染されてきたのだから後遺症が現れるのも無理はない。だからこそ、ドワーフの新王都を狙ったのだ。


「ええ。そのようです。汚染の影響から住処を移そうとしているのでしょう」


 狙撃から逃げているわけではなさそうだ。汚染の影響が出てきたのは最近なのかもしれない。俺が以前ここに来たのは250年前である。250年間のデータがないので何とも言えないが、汚染が深刻化した時期があっているのなら原因として断定できる。


「エデン、こいつらを一匹残らず殺せ。ただお前のスキルで復元できるようにしておくように」


「はい!」


 エデンは麒麟を三体放った。俺たちがローテルブルクまで乗ってきた奴らだ。フーちゃんも弱くはないけど、強くもない。ワイバーン程度に後れを取るほど弱くはないので、力不足ではない。むしろ過剰だ。


「フィンは遺跡の外側に何があるか偵察してくるように。俺は中に入る」


 旧王都の地下にはかつて栄華を極めたであろう証拠となる技術が蓄積されている。300年以上手つかずの技術の宝庫に興味がないわけがない。実は250年前に訪れたのは時の魔神討伐のついでだったので深く探索したわけではないのだ。


 俺は地下に入るべく、砂を退かして入口を探す。魔力を解放すればあたり一帯の砂は霧散するので、手間はかからない。見つけたハッチを破壊して中に入る。


 ―カーン・・・カーン。


 遺跡の奥から鋼を鍛えるような甲高い音が等間隔で響いている。竜種の魔力による汚染は地下まで及んでいたが、地上よりも幾分かましであった。ワイバーンが地下に入らないのは、単に入れる場所がなかったからだろう。降り口が瓦礫まみれだったからね。


 人がいるのか・・・ドワーフかもしれない。ただ、何か違和感がする。いや、かなり異質じゃないか?


 俺は何かを感じ取ったので、魔力感知を発動する。もとより発動していたがより広範囲に影響を及ぼすようにした。すると、奥には一体の強い魔力反応と複数のワイバーンよりも強い反応がある。総数25といったところか。


 ちょっと予想外だね。というよりも、これは危ないかもしれないな。かなり高位の種族だと目される。


「”フィン俺のもとに転移しろ”」


「”ハ”」


 念話でフィンを呼び寄せる。中にある魔力反応の中でフィンよりも強い反応はない。俺でも対処可能だが、其の楽観視で俺は痛い目を見ている。もう相手を舐めないのだよ。


「お待たせいたしました」


「今すぐ、上位アンデッドを5体召喚しろ。後は、周囲の警戒と超位魔法の用意だ」


「承知いたしました」


 ドワーフとの約定の一つに、旧王都の奪還がある。その奪還だが、旧王都の状態は明記していない。土地さえあればいいのか、都市としての形を保った状態でなければならないのか。それを明確にしていないうちなので、超位魔法で破壊したとしてもなんとか、もしかしたら言い逃れできるかもしれない。


 俺は奥へと進む。面白いことが起きる予感がする。なんたって300年前に滅んだ遺跡に住まう謎の生物だ。ワクワクしないはずがなかった。


「よしここだな」


 俺は音のする部屋の前に着た。扉を開ければ、中にはきっと面白いことが待ち受けている。そうに違いない。そうであってほしいからね。期待するのは自由なのだよ。


「開けるぞ。敵意を持った相手がいたならアンデッドに相手をさせろ」


「承知しました」


 俺はフィンの返事を待って扉を開けた。すると、中には鍛冶台がいくつか設けられていた。鍛造のための部屋だと理解するのは難くない。ドワーフの王都で鉄を鍛える音が聞こえるのだからそれはそうだろう、と言えなくもないけどね。だが、すでに滅んだ都市で鉄を鍛えているのは異質だ。


 そして、中では25人全員が鉄を一心不乱に鍛えていた。そして、一際大きな魔力を持つ者が鍛えている金属はなんと伝説級の力を秘めていた。完成すれば間違いなく伝説級の武具となるだろう。なんてこった、エルメスクラスの技術がある。それも鍛造で作れるのだとすれば、エルメスよりも有用かもしれない。


 エルメス以外にこのレベルの魔道具が作れる奴がいるとは思わなかった。それに、この者はドワーフの上位種でしかなく、異常な魔力を持っていると言わざるを得なかった。こいつら、承継者か。


 承継者とは、調停者たる竜種が作り出した生物の原初(始祖やら悪魔の話ではなく、生物の根本が海に生まれた微生物だった的な話です。)のことである。創造された際に調停者から気まぐれに与えられた使命をもとに生きていくのだ。要約すれば、現存する現種族の始原であり宿命を持たされた者たちのことだ。言わば世界によって生み出された生き物たちと言えるな。調停者、裁定者などもそうなのだ。ただ、調停者も裁定者もまだ初代が死んでいないため継承者はいない。勘違いしてはいけないが、作られたのは役職であり個人ではない。


 世界によって指名が与えられた者たちの子孫が継承者と呼ばれる。


「こいつら気が付いていないのか?おーい。おーいって。・・・おーいって言ってんだろーが!!」


 俺はちょっとイラっと来た。こいつらは強いし、それなりのスキルも持っている。仲間に出来ればどれほど有用なのか、言うまでもないだろう。


 ―ガリン!!


 鉄が砕ける音が響いた。そして、其の音を皮切りに、全員の腕が止まる。そして、やっと俺の顔を凝視した。なんか怖いってくらいに俺を凝視しだしたので、身震いしそうだ。


「貴殿は今、俺の作業を妨害した。この損失は計り知れぬぞ?」


 伝説級の鉄を鍛えていた者が怒りの形相で吐き捨てた。まあ、損害と言われても仕方のないほどの損害を出してしまったのは確かだ。なぜならば、砕けたのは伝説級の鉄であったのだから。申し訳ないとは思っているよ。


「さいですか。確かに素晴らしい一品になっただろうが、その鉄よりも俺の話の方が価値があるぞ」


「それを証明できるのか?お前はそれほどの男なのか?」


 証明ときたか。難しいな。口先ではこういったが、証明する手段なんてないぞ。ここで神話級の武器を作ることもできないし、如何したものか・・・。


 ただ、手段がないわけでもない。魔力を大量に消費するため、今の魔力量では一度しかできないがこれならば証明になるだろう。


「お前の頭に触れさえすれば、その武器を完成させてやろう」


「―いいだろう。やって見せろ」


 一瞬迷った後、男は承諾した。


 この男の記憶と武器の完成予想図から、男の手腕を模倣する。そして、それを魔力をもって完全に再現することで完成途上の鉄塊を加工できる。ただ、一人分の記憶を遡るというのは魔力消費が激しく、伝説級の武器を仕上げるのにも大量に消費する。下手をすれば、俺の魔力が尽きるかもしれない。


 今はフィンよりも魔力量が少ないのだ。危険だが、こいつらを仲間に出来る可能性があるのならば危険も承知で実行する価値はある。


「お前がドベルクか!」


「答える必要があるのか?俺の記憶を呼んでいるのだろう」


 記憶をまさぐれば、この男こそ俺の自宅の設計図をしたためた男であり、ドワーフの国を作り上げた人物だということを知った。そして、この異常な魔力量と寿命からかんがみても合点がいった。推定1000歳は超えるだろう。なにせ、竜種によって作られた役職に選ばれたのだ。長寿なのは当たり前のことである。


 記憶をまさぐったことで、完成予想図も手に入れた。そして、最後の過程である加工だ。


「フィン、俺に魔力を供給しろ」


「喜んで!」


 フィンの魔力を借りればノーリスクでできる。フィンの魔力の9割は失われるが俺が動けなくなるよりいい。


 俺は俺の魔力ではなくフィンの魔力を優先的に使った。彼女には俺の魔力を使っている、と思わせる小細工をしながら。面子を守るためにしたことである。


「ドベルクよ、出来上がるぞ。見ておけ」


 俺は砕けた鉄塊を握りしめ、魔力を注ぐ。眩い光が地下を照らし、進化が始まる。もともと伝説級の武器となる予定だったものが、正真正銘に完成する。これをあたかも瞬間的に作り出したモノかのような演技をする。実際はドベルクの蓄積された手腕を模倣せねば実現不可能だったことだ。この模倣も永久的に保持できるものではなく、直ぐになくなってしまう。もったいないことだ。


「な・・・なぜだ!?いや、どうやった!?」


「これが俺の技術だ。魔力がたまればまた同じ等級の武器を作れる。それよりも、お前がドベルクであっているのだな?」


「貴様、俺の記憶を読み取っただろうが!いや、それはいい。―ああ、俺がドベルクで間違いない」


 記憶を読み取っていたのだ間違いないと確信していた。だが、それでも確認せずにはいられなかった。こいつはほしい。どうしても手に入れたい人材だ。


「お前の作り出した近未来的建造物の設計図は見事なものだった。おかげでいい生活ができているよ」


「お前、あの設計図を完成させたのか!?―ウソとも思えないな。まさか始祖の黒マブロとかかわりがあるのか?」


 そこまでわかるのか。確かに、俺が設計図を完成させたというよりもエルメスに与えていたら、完成していたと言った方がいい。それに、エルメスは万年を生きる存在だ。であるから、知り合いである可能性もある。


「俺の配下だ。今は名前も与えている。ドベルク、俺はロイスだ。お前も俺のもとに就け」


 ドベルクが驚愕の顔を浮かべたまま動きを止めた。まぁ原初を配下に出来るものなんているはずもないからな。俺だってエルメスが配下になったこともうれしい誤算だったしね。


「いや待て、俺は今かなり切羽が詰まっているのだ。確かに始祖の黒マブロとともに研究ができるのならば飛躍的な進化も期待できるか。何もなければすぐさま頷いただろうが・・・」


 ドベルクが悔しそうに唸っている。


「何で困っている?俺が梅雨払いでもなんでもしてやるが?対価ってやつだな」


「俺たちが武器を作り続けているのは、300年前に竜種が現れた影響で新しい魔神が現れたのだ。その魔神は時を操りあらゆる攻撃を無効化する。それに対抗しうる武器を作りたかったんだ」


 十中八九、時の魔神のことだな。クロノスタシスという名を持った、時間を操る魔神だ。どこの世界の伝承をもとにしたかは分からないが、時の魔神はほかの魔神と比べて強力だった。それもそのはずだ。生物で唯一時間を操るため、未来からの攻撃も可能だし、未来から過去に影響を及ぼして未来の改変だってできる。勝ち目がなさ過ぎて、俺も50年間戦ったからね。実際は時の流れをいじられたがために50年という年月がかかっただけで、実際の戦闘時間は三日ほどだ。


「時の魔神は俺が滅ぼしたはずだが、蘇ったのか?」


「いやいや、天空にあるキューブはクロノスタシスが生み出したものではないのか?」


「あのキューブは俺が作り出したクロノスタシスを封じ込めるためだけの空間だ。あの中には死体が入っている。それにアイツは過去から未来にも影響を及ぼせる。だからこそ、時間の影響を受けない異空間に監禁しているんだよ」


 またもドベルクの動きが止まった。そりゃ数百年間地下にこもってちゃ分からないだろうさ。こいつは鍛造の技術に特化したせいで頭が悪いのやもしれない。


「あいつは約20年間の時間を操るから、最低でも時間操作を封じた空間に20年以上封印しなければならなかった。当初の俺は何年の時間遡行ができるのか知らなかったから数百年単位で封じることにしたんだ」


「なるほど・・・そうするしかないか。いや、現実的ではないだろ!無理だろうが!」


 確かに今の俺ならできない。だが、封魔囚石を解析できれば実現可能だ。ただ、クロノスタシスは強かったしアイツの持っていた鎌は俺の結界をも破壊することができたから、念には念を入れたかった。今はシェリンに与えているけど、あれは神話級でありながら神器レベルの強さを持っている。


「それで、問題はなくなったな?じゃあ、資料をまとめて一度お前の最高傑作を見に行こうぜ」


「ああ!楽しみだ」


 こうして意図せずドベルクという最高の技術指導員を手に入れられた。


「それで、こいつらは何なんだ?」


 俺はドベルク以外のハイドワーフを指して言った。こいつらは一言も発していないが、ドベルクに見劣りしない魔力量を誇っているし、特有級の武器を作っているように見えた。特有級は本来、手製では作れないはずのものだ。例外としてエルメスと俺ならば作れる。


「こいつらか?長い年月を経て精神が摩耗した結果だ。今は薄弱な精神を犠牲にしながら武器を作っているよ」


 その必要が無くなっても精神が摩耗し失われた彼らに、制止は効かない。死ぬまで武器を作り続けるしかないのだ。


「それは惜しいな。すごく惜しい・・・俺の雑兵に特有級の武器を装備させることができたならば戦力強化は絶大なのに・・・」


「いくらお前さんでも失われた記憶や精神を複製させることは出来まいよ」


 確かに無理だな。完全に失われてしまっているのならば複製は不可能だ。俺の能力の一つである万物をデータとして蓄積し、複製する、という技術があっても無理だ。かつてのデータを持ってさえいれば、それまでの記憶と性格をも複製することができるのだが、今からでは間に合わない。時間遡行も不可能だし、なすすべはないな。クロノスタシスの肉体を完全に解析し自らの血肉に出来るのならば可能性はある。だが、クロノスタシスは時間を操ることができるため俺と同化した際、過去に影響を及ぼしバタフライエフェクトを起こされる可能性もあった。道に力過ぎて、超慎重に成らざるを得ないのだ。


「完全な複製は無理だが、お前の記憶をもとに不完全ではあるが性格を再現することはできる。ただ、俺の魔力も諸事情により封印されて久しいからな」


 前にも言った通り、記憶に干渉するのは大量に魔力を消費してしまう。俺の魔力残量では一人の記憶を再現するのでさえできない。それに、ドベルクから見た彼らの印象を押し付けるようなことであるため、不完全な復活になることは避けられない。性格も精神も欠落したままということは変わらない。


「お前でも敵わない相手がいたということか?」


「ふざけるな!ロイス様が敵わない相手が存在するわけないでしょう!」


 フィンが急にブチギレちゃった。


「なんだお前今まで黙ってたのに、もう少し我慢しておいてくれ」


 フィンはドベルクが俺を「お前」と呼んでいることですら、苛立っていた。気づいていたし、我慢しているうちは不干渉を貫いていたのだけど、悪手だったみたい。


「敵わないから、お前を勧誘したんだよ。それで、俺は国を建ててローテルブルクと友諠を結んだ。その条件として旧王都を奪還することにしたわけ」


「ワイバーンか。あの程度ならば俺でも対処できるが、国は俺たちをここに放置したんだ。まあ、重要な研究資料を失いたくなかったから好都合だったがな」


 怒ってるじゃないか。まあ、彼は王国に尽くしていたのに放置されたのだからその怒りはもっともなのだけどね。


「俺は250年前にここに来たんだが、其の時にはお前と会わなかったぞ?」


「王都を作ってたんだよ。100年くらいかけてな」


 道理で新王都にドベルクという名前が彫られていたわけだ。ドベルクは継承される名前ではなく、この男の固有名であり長命だったがゆえに長年みられるようになったというわけだ。


 名前が知られていないのはドワーフが国交下手だったからだろうな。かわいそうに、影に隠れた才能はまだまだたくさんあるのだろうな。


「そういや、この辺を狙撃して遊んでいる奴がいると思うんだが、知っているか?」


「ああ、このあたりのワイバーンを標的にしている奴が居るのは確かだ。時間帯は凡そ14時くらいだろうか・・・ちょうど今ごろだな」


 やはり俺の予想は外れていなかった。ワイバーンを標的にして何がしたいのかは知らないが、もしかすれば武器の試運転が理由かもしれない。いや暇つぶしという線もある。どちらも可能性としては薄いだろうが、推測するにはこのくらいしかない。いい迷惑ということばじゃ言い表せないぞ。


「”ロイス様、フーちゃんが殺されました。敵はこの地点より東側にある孤島より狙撃したものかと推測されます”」


 噂をすれば何とやらだよ。でもタイミングからして、俺たちを狙っていると言われても納得してしまうな。やはり警戒はしておくべきだ。この大陸の東側には二つの孤島があり南側の島には竜種がいると思われる。もしくは魔神ね。どちらにせよ、付近には容易に近づきたくない。


 ―フーちゃんが殺されたってマジ!?愛着湧き始めてたのに!


「”お前は無事か?無事ならすぐにシャウッドに転移しておけ。俺とフィンは周囲の偵察をした後帰還する”」


「”で、でもそれでは―” 」


「”早くしろ”」


 俺はとりあえず、エルメスに念話を繋ぎ、ドベルクを送り付けることを教えてやる。


「”エルメス、ドベルクを転移させる。新しい仲間だと紹介して回れ”」


「”あのドベルクと出会ったと!?―承知しました”」


 エルメスでさえ驚く人材だな。当然と言えば当然だ。エルメス同等の技術者だし、飛躍的発展は約束されたようなものだ。


 受け入れ態勢は整ったと言っていいし、エデンは直ぐにシャウッドに帰還している。俺としては直ぐにでもドベルクを送ってやりたいのだが、今も上では狙撃が続いている。ワイバーンの魔力反応が消え続けている。エデンはいつまで遊んでたんだよ。


 というか近距離でこの魔力反応を出し続けているのに、竜種は何も言わないのか?おかしなことだ。


「まあいいか、ドベルク。俺の国に送り届ける。気を楽にして受け入れろ」


「ああ、よろしくお願いする。俺の主人よ」


 ということで25人全員の転移を済ませ、俺は地上に出た。貴重資料はすべてフィンに回収させる。


 そのうちに俺だけで、地上を調べ尽くす。


「ワイバーンのほとんどはエデンが駆逐したようだが、残り10体ほどは狙撃で殺されているな。これほど連発できるとは、間違いなく神話級の武器か。脅威なんてものじゃねぇな」


 もし孤島に集落があり、全員が神話級の武器を持っていたならばHOMEを超える戦力を持つと言っても過言ではない。可能性の話だが、孤島に神話級の武器が一つしかないのならば、安易に使わせはしないだろう。まだ、孤島に集落があると確定したわけではないが、嫌な想像はいくらでもできる。


 ―灼熱の熱線が俺めがけて飛んでくる。あらゆる障害物を破壊しながら俺に一直線である。


「勘弁してくれないか?」


 俺は逃げることもできなかったし、とりあえず熱線の残痕から特性や仕組み、効果を読み取り、同じ攻撃を模倣した。それを熱線めがけて放ったため相殺し打ち消すことができた。俺の魔力出力は神話級の武器と同等であるためできることだが、模倣しても放てなければ相殺はできない。


 追撃が来たら、流石にマズいので威嚇射撃をしておく。相手の射程は2000キロ。俺の射程は500キロ程度だが、これは命中精度を損なわずに標的を射抜くとして場合の数値である。俺が本気で演算し、魔法もできる限り動員すれば攻撃射程は1500キロほどまで伸びる。


 あくまでも威嚇だから、命中しなくてもいい。だからこそ、正確には狙わない。


「このあたりか、よくもやってくれたな」


 俺の熱線は威力こそ同程度ではあるものの、特殊な効果までは再現していない。再現には魔力消費が激しい。今は武器を作ったことで残存している魔力も多くはない。


「”フィン、一回帰るぞ・・・いやその前に俺の元に転移しろ”」


「”ハ!” 」


 油断ならない勢力の存在が確定したので、俺は次善策を用意しなければならない。脅威の度合いを調べるのが先決なのだが、生憎俺の召喚した魔物ではこの距離の移動に耐えられない。フィンの用意したアンデッドならば、この距離でも強さに変化もなく消えることすらない。素晴らしい駒である。


「お待たせいたしました」


「お前の出せる一番強いアンデッドを用意しろ」


「一番強い・・・戦闘において最も強いのは最上位不死皇アンデス・ロードです。脅威度でいえば、100万です」


「何体出せる?」


「3体です。出しましょうか?」


 100万が3体か。かなり強いな。フィン個人の脅威度が370万であることを考えると、召喚できる魔物の中では驚異的な強さだと分かるだろう。エデンが120万であることを加味すれば、身体能力だけでいえば守護者クラスに値する。エレガンスよりも弱いが、同程度の強さと考えればいい。


 これを俺の転移魔法で、孤島に運ぶ。明確な座標は分からないが、このレベルの魔物であれば地中に召喚したとしても死ぬことはない。何故ならば、魂性生物であり不死者だからすでに死んでいるということだ。


「・・・強そうだな」


 巨大な曲刀を二本携え、王として恥ずかしくない豪勢な服を着ている。要所が解れ、破れているが、それでもかつての栄華を感じさせる。頭上の王冠は素晴らしい輝きをくすみながらも放っている。本物の王であったかは知らないし彼らが収めていた国があったとも思えないが、それでも華やかさがある。


「用意できたな?では放つぞ」


「ハ!すでに感覚の共有と情報の流入は成っています。いつでもどうぞ」


 三体の強力なアンデッドの足元に大きな転移門を顕現させる。そして、孤島に送り込んだ。もしかすれば転移先が連れている可能性もあるが、大体あっていればいい。これで、最低限の脅威度が図ることができるだろうし、逆にこれ以上の強者を送り込むことも危険だ。故に今はこれだけで満足しておく。


「帰るぞ。今すぐに」


 俺たちは転移によって帰宅した。


 ※


 帰宅してからすぐに、フィンが事の次第を念話で守護者全員に伝えた。そして、ローテルブルクに向かわせる人員を決めなければならない。なのだが、正直話し合い自体はすでに渡してある書面通りに進めればよいので誰を送り付けてもいいのだ。適任なのは、死んでも損失の少ないネームドのだれかだ。死んでも損失のないネームドなんていないのだけどね。


 でも、一番適任なのはガーラしかいないかもしれない。ガーラは戦闘向きではないけど強いし、目ざといため機転も聞く。商業を司る上、HOMEの財政を一手に担っている。多忙を極める彼女を指名すればこちらに利が多いように、細工することもできるだろう。ガーラはかなり忙しいしシェリンからのパワハラにも耐える不憫な立場にいる。心が痛まないわけではないが、なんとか頑張ってもらいたい。


 ドワーフと交易をしてこちらが得をすることはない。形式上、国家と認めてもらいたかっただけであるため、すでに目的は達成していると言っていい。それに、条約を結んでからしばらくは本当の意味での効果は表れない。こちらへの移民は強い種族への恐れから脱却できたときに初めて得を得るし、貿易品に関してはこちらで作れる者の方が品質が良い。


 まず、互いに使節団を派遣する。そして、互いの国のことをよく知ったうえで、相手の国家から移住民が出てきた瞬間が効果の現れだ。ドワーフは弱い種族だからこそ、慎重になって移住しようとする者はいないだろう。だがドベルクを連れて帰ったことを、使節団を送ったときに匂わせれば興味を持つ者も多くなる。しかも、元よりドワーフは少数ではあるが俺の国に住んでいる。HOMEの職員だけどね。HOMEの職員の大半は洗脳を施している。これらのドワーフも例外ではなく、上位ハイドワーフに進化させたのちに洗脳している。自由意志を残したうえで情報漏洩を防ぐ高等魔法だ。


 効果が表れ始めるのは早くとも1から2か月はかかるだろう。もっと言えば一年後かもしれない。貿易は使節団による決議が済めば即座に施工してもいい。こちらとしては、ドワーフに渡して困るものもドワーフからもらってうれしいものもないので、ここを慎重になる必要がない。


「”ガーラ、使節団を自由に組織していいからローテルブルクに迎え。俺の部屋まで書類と転移石を取りに来ることを忘れるな”」


「”光栄にございます。即座に向かってもよろしいでしょうか?” 」


「”ああ。詳しいことは部屋で話そう”」


 ガーラは久々の念話でウキウキ気分なのだろうな。声色が物語っていた。ガーラは友達の娘的な立ち位置だから可愛らしいな、と見てられる。一方で守護者は友達なのに敬語で礼儀を重んじて接してくる意味不明な奴らにしか見えない。友達と思ったことは一度たりともないのだが、たとえ話なので目を瞑ってほしい。


 やるべきことは孤島の脅威に関しての対処だ。とりあえず送り込んだアンデッド三体がどうなっているか、フィンからの報告を待ってから対処すればいい。後は、城下町を見て回るべきだな。


 今は日に日に都市化が進んでおり、今や王国の王都よりも広く先進的であり、高層ビルの建設も進み中腹あたりまでは完成している。既に先進都市だし住みやすい。空気もまだ綺麗だ。


 俺の自宅が大体500メートルの高さであり、高層ビルが250メートルである。法律で250メートルよりも高い建物は建ててはいけないと明記した。都市の一極集中的な権力図を示すにはちょうどいいからだ。現在の進捗でいえば150メートルまでは建設が進んでいる。素晴らしいことだ。ドベルクが加わればより早く、より機能的でより美しいビルになるだろう。これは楽しみだね。もしかしたら俺の自宅を超えられるかもしれない。それはちょっと劣等感を感じるから定期的なリフォームをお願いしようかな。


 扉が三度ノックされる。


 俺は扉を開き、ガーラを迎え入れた。スーツを着た白髪の女性だ。身長は170ほどで女性にしては長身である。彼女は特別製の人造人間だ。人造人間とは人形に意志を持たない疑似魂を受肉させることで作る。その際、疑似魂に覚えさせたい人物の体毛か体液などを混ぜることで性格と演算能力を共有することができる。正確といっても応用の効く動きができないし、命令に準じたことしかできない。


 ただ、ガーラは基になった人物はおらず完全に1から作られたもはや別の種族である。


 ガーラはシェリンの演算能力を引き継ぎ、俺の魔力を注いだ。さらに、エルメスの作った最高傑作の疑似魂を宿す。自らの性格を確立しており、己のスキルや力をも掌握している。柔軟な思考と適応能力を持った信頼できるネームドの一人だ。最高傑作のお気に入りなのだけど、計算では守護者クラスになるはずだった。なぜか情報操作や商業の才能の方が強く表れたが、それはそれでよかった。


「久しぶりだな。お前を作った時以来か」


「ロイス様におかれましても―」


「ああ、いいよいいよ。それで本題なんだけどさ、ローテルブルクと同盟を組むことになったんだ。向こうにはすでに概要を書いたものを渡している」


 俺はローテルブルクで起こったことをすべて話した。狙撃されたことも、ドベルクを迎え入れたことも、条約の締結のこともすべてだ。そして、執政会に渡した書物と同じものをガーラに渡した。


「頑張れよ~まあ、そこまで重要な案件でもないがお前ならば理想通りにしてくれると確信しているよ」


「ハ!ご期待に応えられるように邁進してまいります!!」


 うんうん、と頷いておく。ガーラは優秀なので、現在取り扱っている案件も引き継いで、思った通りの収穫を得て帰るだろう。それに、今の今まで彼女はHOMEの内情だけを司っていた。そろそろ外界に出して経験を積んでもらいたい。此れからは外とのかかわりも大切だからな。


 詳細も伝えたことだし、送り出してもいいんだけど、俺も上司としてするべきことがある。


「はいこれ。先にあげるよ。頑張ってくれたらまた何か用意するから」


 俺は一つの箱を取り出した。それをガーラに渡す。これは別に魔かど道具ではない。ただ、俺が彫刻しただけのものだ。掘られているのはクマである。下手くそだが、これは何も見ずに彫刻したが故である。実物を見ていたら完璧に彫刻することができる。が、俺の素の美的センスは壊滅的であったためにこの無様なクマになったのだ。そのため自作の美術品の価値は無である。だが、配下たちの間では新しい芸術として受け入れられている。というよりもクマとしてではなく新たな未知の生物として見られてしまっている気がする。自分の知らない生き物の彫刻であれば気にもなるだろうね。


「素晴らしい作品です。これほどの褒美に見合う活躍を約束いたします」


 詐欺まがいなことではあるが、俺としてはこれが一番喜ばれるのならばそれでもいいと半ばあきらめている。コストパフォーマンスに優れ過ぎているからね。うん百年前に暇つぶしで作った彫刻が魔道具に匹敵する褒美になるなんて、こんな運のいい話はない。


「それじゃあ、準備して来い。行ってらっしゃい」


「ハハ!」


 ガーラは喜びながら部屋を出た。よし、俺はすでにやるべきことを終えてしまった。後の外交はすべてガーラに任せるとしよう。そうすれば、世界各国が俺たちに手を出せなくなり、協力体制を築くことを優先するだろう。HOMEの名前を出すだけで手が出せなくなるはずなんだけど、この世界には馬鹿がいっぱいいる。馬鹿は相手をよく知らないままちょっかいを出すので油断すべきではない。場合によっては相手を殺し尽くさねばならないかもしれないからね。


 さてと、後はゆっくりと余生を過ごして・・・と行きたいところだがそうもいかない。未だに目先のたんこぶはいくつもある。なにせ、失った記憶と孤島の勢力、あとは建国という難題が控えている。それに余生といっても不老不死の身にそんな概念はないのだし・・・。


「とにもかくにもまずは心を休めるとしよう。糖分が足りてないんだよな~圧倒的に。というか、あいつらももう少しラフに接してほしいものなんだ・・・が・・・」


 俺の意識が薄れる。俺はすべての権能が封じられることを察し、前もって神話級のアイテムを目の前に投げて発動した。ただの防衛システムではあるが、これがあれば守護者に守られているよりも安心できる。なにせ起きた時に心労がたまることがない。


 魔導具が発動されたことを確認すると、忍耐力が完全に尽き眠りに落ちてしまった。そして、ある光景を見た。


 ※


 夢の中には一人の男がおり、その後ろで手を合わせて拝んでいる人間が大勢いた。そして、まるで洗脳されているかのように信仰心に満ち満ちていた。これが記憶であることはすでに分かっていた。故に、あがめられている男が俺であると、結論付ける。見た目は俺と全く同じだ。メイウェルと俺の見た目が全く同じだったし、今まで見てきた夢に出てきた俺も同じだった。そこで気が付くべきだったのだ。


 俺は、三人の仲間たちと神殿の中に消えた。一人はサリオンのような肉体をしており筋骨隆々で槍を持っていた。一人はフィンのようなアンデッドで素晴らしい魔力量を誇っていた。そして、最後は精霊王だと推測された。精霊王はエデンに似ているだろうか。だが、三者とも守護者たちとのつながりは感じられない。転生しているのは俺だけのようだ。この断片的な情報だけで断定することは愚かであるかもしれないが、可能性としては限りなく0に近い。


 すると、50万は居るだろう人間たちはいっせいに手を掲げ始めた。それは世界のすべての人間たちにも言えることだった。目では見ることも叶わないのだが、50万という数字では到底説明のつかないほどの魔力量が集結し始めていた。推測するに間違いない。


 神殿に魔力が集まりはじめる。この世界において人間は決して弱くはない種族なのだろう。というよりも、今俺がいる世界に比べて平均的に弱い。後になって分かったことだが、この時、俺の力になろうと世界中の全人口4億5000万人の人間が神殿に魔力を集中させていた。その総量は膨大であり、神殿がまばゆく光った。その魔力量は、夢の世界では世界を揺るがしかねないほどの力であり、魔法の精度も卓越という言葉では足りないほどのものだった。


 そして、視点は神殿の中へと変わる。


「いよいよですね。バルバトス様」


「ああ、柄にもなく英雄を演じたのにも価値があったよ。お前たちにも悪いことをするな、ガビト、フォンメル、ノタル」


 ガビトは筋骨隆々の武術師であり、フォンメルはフィンに似たアンデッドである。そしてノタルが精霊王だ。夢にいる俺の名前はバルバトスというらしい。


「なに言ってんでさぁ。俺たちの命はあんたに捧げてんでぇ、今更すっよ」


 ガビトはバルバトスに笑って返した。バルバトスはその返答に笑った。口調までサリオンに似ているらしい。


 この世界ではバルバトスは英雄らしい。俺の仮説が正しければバルバトスは数ある前世の一つであり、いうなれば俺自身ということになる。俺が英雄を演じたというのならば確かに、柄にもなく、と言われてしまうだろう。


 推測するに、ノディーの見せてくれた世界の崩壊をまた繰り返すのだろう。恐ろしいことだ。それで宿願とやらが叶うならばそれでいいが、叶っていないのならば虐殺でしかないからね。虐殺なことに変わりはないのだけど。


 ならば、この世界にいるすべての人間の魂を消費した超特大魔法を行使するということだ。その目的はいまだにわかっていない。いずれ、俺も同じようなことをするのだろう。そのための輪廻だとするならば、今の記憶を失った現状にも納得いく部分はある。


「それではバルバトス様。私は先にお別れです。今までお仕え出来て光栄に存じました。妹君にもよろしくお伝えください」


「ノタル、俺のほうこそ礼を言おう。お前のおかげで俺は妹を・・・最後の家族とまた会える」


 バルバトスの顔は不安と歓喜に入り混じっているように見えた。哀れな男だ。過去に縛られているようにしか見えない。決して拭えぬ過去に立ち向かおうとしている者の目だ。ノタルの何と声をかければいいかわからないと言ったような表情も、今のバルバトスには見えていない。見えているのは、この先に出る被害でも仲間の死でもなく、宿願が果たせるかどうかだけであった。


 俺は表情からあらゆる感情を読み取れる。だからこそ、バルバトスがこの魔法で宿願が果たせる可能性が低く、半ば希望的な視点で諦めていることにも気が付いた。次に託そうとしているのか、或いは諦めたのか。であるが、これでは魔力量が足りない。この魔法陣を完成させようとするならば、この世界全ての生物を犠牲にした代償魔法でなければならないだろう。結果として世界のすべてが死に得られる効果と、すべての命をBETして得られる効果は同じではない。バルバトスに制御できるのは4億5000万の人間の命だけであり、そこが限界到達点であった。


 ノタルの体に集められたすべての魔力が注がれる。そして、ノタルの体を媒介にして魔力の核として機能を開始した。その時点で守護者と同格以上の実力を持つであろうノタルの魂は崩壊し完全に死んだ。そして、核となった魔力は増え続ける。2の魔力が1の魔力によって作られるため、増加幅は計り知れない。それを同時に何百何万とくりかえすことにより、急速に膨れ上がる。本来、魔力から魔力を作り出すことは不可能だ。だが、世界に一つだけそれを可能にするものがある。それは核だ。ノタルは己の命を代償に核として進化したのだ。だが、通常ではありえないことだった。核を作り出すことは不可能であり、もともとある核を取り込まねばならない。だが、核を取り込むこともまた不可能だ。


 核というのは、あるいみ竜種と同じであると言える。厳密に言えば、核がより効率的に魔力で満ちた世界を作ろうとして生み出されたのが四つに分割された核であり、これが竜種だ。それが各々進化を経て互いを牽制しあうようになったことで竜種という存在が生まれた。本来、赤子程度の思考能力と演算能力しか持たない核が、分割され不覚にも魂が形成されたのだ。意思を持ったことにより、核は竜種から魔力の無尽蔵な増加という性能をはく奪し、代わりに調停者としての役割を持たせた。数に違いはあれどほとんどの世界で竜種と同じ立場にある者がいる。これは核が無限の活動期間を有しており世界をより効率的に運営しようと、赤子程度の知能で思考し続けた結果であり、その結果によって生じるものである。そのため結果が似通っているのは必然的なものなのだ。


 核を作り出すのは、核でさえも不可能だ。分割するしか手段はない。核というのは、大きさによって働きは変わらない。常に維持するための最善策を、しらみつぶしで思考し続ける。つまり、世界の核に誤認させたとしか考えられない。世界を永続的に維持するためには、ノタルの肉体に核を宿すことが最善である、と誤認させたのだ。核を作り出したのではなく、核をノタルの宿したのだ。


 核一つにつき、世界が一つ形成される。それは、其の惑星だけではなく銀河や宇宙までもが範囲である。つまりは一つのパラレルワールドを形成するという力だ。


 ―おいおい、マジかよ。魔法の詳細に気が付いた俺がもった感想だ。


 俺は驚愕した。バルバトスは、世界の核を代償にした魔法を繰り出そうとしている。核を手中に収めてしまえば、それはつまり世界を手中に収めたことと同義となる。世界を生み出す力を支配したバルバトスは、それを代償に特定の人物を蘇らせようとしているのだ。


 可能なのか?・・・いや不可能だ。命を代償にすれば・・・それでも足りない。核を代償にするには核を司っていなければ不可能だ。まさか、バルバトスは核を持っているのか?核を宿していながら自我を保っているということか。であれば、この世界の竜種はバルバトスであると言える。だが、魔力を作り出す機能を失った核が完全体の核を司ることは不可能なはずだ。


「では私たちもここまでですね。お疲れさまでした、バルバトス様」


「感謝いたします。我が君、長旅でしたな」


「ああ、さようならだ」


 二人が消滅した。大量の魔力は核に吸い込まれ、さらに急速に増大させる。そして、最後にバルバトスの魂を代償に魔法陣は眩く輝いた。そして、完璧に魔法陣は作動する―はずだった。


 失敗しても、成功しても世界は崩壊する。結果、誰かを蘇らせてもすぐに死ぬ。たった一人のエゴにより、世界は滅びそれをなしたものはまた別の世界へと逃げおおせるのだ。


「なぜだ・・・お前はなんで拒むんだ。―いや、お前はいつも・・・」


 男は代償で支払ったはずの魂がまだあることに涙した。そして、世界の崩壊とともにバルバトスは消滅する。夢に何も映らなくなった瞬間に、覚醒が始まる。


 ※


「過去の俺は、あんな狂ったことをし続けている?いや、それこそ過去の俺が否定するはずだ。であればこの先に避けられない何かがあるということか・・・」


 覚醒した瞬間に、俺の頭は全力で演算を繰り返した。だが、やはりあの魔法陣も俺では再現不可能だ。今のままでは、であるが、封魔囚石を解呪したとしても変わらない。おそらく、過去の俺がその手段を確立しているもしくは何かに気が付くイベントが起こるはずだ。


「今の俺も核を持っているのか?だが、だとしたらこの世界の核ではないはずだ。ッチ、次から次へと」


 疑問が尽きない。イライラすることこの上ないし、過去がわからない、という不安もある。俺の今の行動理念は間違いなく過去が関係している。それが解明できないのならば無駄足を踏むことも多いだろう。


「”ロイス様、封魔囚石にヒビが入りました。ロイス様はご無事ですか”」


「”無事だ。分かった―いや、推測だが有力なはずだ。今すぐ俺の部屋に転移しろ”」


「”ハ”」


 その念話が終わった瞬間、俺の目の前にエルメスが膝をついた状態で転移してきた。


「推測というのは何でしょう?」


「今俺は夢を見た。間違いなく過去の記憶だ。そして、このペンダントの違和感もつじつまが合うんだ」


 俺は説明を始めた。まず、ペンダントについて。


 俺はメッキの剥がれたペンダントが高熱を放っていることに気が付いた。そして、このペンダントが神話級でありながら、能力を持っていないことについて理解不能だった。だが、夢を見た際に熱を持っていることから関連性は確定している。


 つまり、ペンダントは過去の記憶を貯蔵している、そして同時にアウトプットするための装置であるという仮説。俺が今まで、数個の世界を犠牲にしてきたのだと断定して話を進める。


 まず、俺がこの世界に生まれてから1500年の時が立っている。そして、世界を崩壊させるのはこれより先であることを考えて、2000年という期間を仮で設けよう。これが、俺の過去にいた世界で存在していた期間の平均だとする。であれば、判明しているだけでも3つの世界を亡ぼしていることから、6000年は経っていることになる。


 6000年分のすべての記憶を魔力に変換して貯蓄しているのならば、長年処理に時間がかかっていたと説明されても納得いく。それが、封魔囚石によって封じられたことで、処理すべきデータ量が減り、急速に処理が加速したのだとしよう。であれば、封魔囚石によって魔力が封じられて以来みる夢について説明がつく。そして、ペンダントと封魔囚石との関連性も示唆できる。


「なるほど、であれば可能性は大いにあるでしょう」


「ペンダントに貯蓄されている記憶は、魔力に変換されて貯蓄されている。俺個人の許容量いっぱいに魔力が満ちていたから、ペンダントの貯蓄が還元されなかったのだとも考えられる」


「ですが、それならば封魔囚石に崩壊が起きていることに説明がつかないのでは?」


「そうなんだ。であるから、ペンダントの処理能力に余裕が生まれ始めたがために、封魔囚石を破壊し新たな記憶を得ようとしているのだろう」


「私もその説を支持します。ですが、そうであるならば封魔囚石の崩壊は是とした方がいいのではないでしょうか?」


 互いが互いの仮説を立てていた。そして答え合わせするかのように可能性と現実性について吟味する。


 重要なのは、封魔囚石が崩壊しているのにもかかわらず、俺に魔力が還元されていないところにある。封魔囚石を銀行に見立てて仮説を立てるならば、封魔囚石から一時的に魔力を得る、そして、それをもとに記憶をよみがえらせる。最後に封魔囚石に魔力を返却しているのではないだろうか、ということだ。


「そこで、これを調べてほしい」


 俺は眠りにつく前に放り投げた自衛用の魔道具をエルメスに渡した。この魔道具は記録機能も付属しており、完全無欠の警備体制を敷けるのだ。これはエルメスが作り出した最高傑作のひとつである。


「これは・・・確かに、夢を見ている瞬間のみ魔力量の増大が見られます。ですが、封魔囚石に返却されているというよりも、消えているように感じます。お体に異変はないですか?」


 俺は自分の体を顧みる。そして、肉体強度が上がっていることが分かった。封魔囚石によって奪われた魔力分俺の防御力も下がっている。10分の一程度の防御力しかない。防御力は魔力量に直結する。また、結界も同じである。だが、かつての魔力量になれた体は、今の枯渇した魔力に合わせて徐々に防御力を削っているのだ。少し増えた魔力は、その異常の補填に充てられている。つまり、一時的に防御力を回復するために消費されてしまっているため、本来回復するはずである魔力量が失われ続けているということだ。


 だが、封魔囚石を完全に解除できれば俺のキャパも回復するため、自然回復により万全の状態に戻るだろう。おそらく、そうなった時が、世界の終わりの瞬間だ。このペースで行けばあと5年未満で完全に記憶が戻る。それまでに封魔囚石が崩壊し、化け物が生まれる可能性もあり、油断はできない状態である。


 ※


 ガーラは久しぶりの勅令に幸福を感じていた。HOMEの内情を知る者にとってロイスからの命令は存在意義の証明であり、至上の幸福なのだ。だからこそ、いかなる命令も失敗は許されず、己が常に進化し主君を飽きさせず、絶望させずと言った変化が求められる。


 ガーラは自身の顔があまりの幸福に歪んでいることに気が付き、すぐさま両頬を数度叩く。赤くはれた頬をさすりながら、ガーラはロイスの邸宅ロイヤル・タワーの廊下をスキップで通り抜けた。


 今回ガーラが賜った命令はたいして難しくはない。既に固まった方針に基づいてドワーフと最終的なすり合わせを行うだけだ。それもドワーフはこちらの要求をまとめた書物を与えている。ドワーフにとって受け入れがたい内容もないことは確認済みであるし、要求を拒まれることはないだろう。ガーラがするのはドワーフの抱いた疑問に対する完璧な回答をして、友好関係を確たるものにすることだけだ。


 そもそもガーラの本文は戦闘や諜報ではない。そちらもある程度は出来るのだが、最も得意なのは取引だ。ロイスの細胞と魔力をエルメスによって我が身の基盤として作られたガーラはなぜか二人の特徴を引き継いでいない。新たな種族として一から、赤子と同じようにオリジナルの特徴をもって生まれたのだ。そのおかげで、HOMEにとってかけがえのない人材になったのだが、それでも自分に力があればと思うことが多かった。それもそのはずで、ガーラに戦闘スキルがあれば守護者としてロイスに仕えられたことだろう。


 今、守護者の末席に居るのはサリオンであり、ガーラがサリオンと同等の戦闘スキルを得ることができればフィンと同等の、下位から三番目の地位に就けたことだろう。分かりやすく言えば、商業に関しては守護者の誰よりも長けている。だからHOMEの運営や資産の管理を一手に担っているのだ。膨大な情報を管轄できるのも、彼女が人造的に作られた、そういった種族として作られたから。


 ガーラは即座に使節団を編成した。何かあったときの、戦闘要員としてのネームドをエレガントと、オリアナを連れる。エレガントは礼儀作法に長けており、末端の使節団員を統制することもできるだろう。それに、オリアナはエルフのネームドでありドワーフからすれば親近感もわきやすいだろう。弱者どうしとして。


 もちろん、エルフといっても幾度か進化を経て”最上位耳長族ハイエンドエルフ”まで至っている。脅威度も25万と低くはない。銀髪で長身、細身で豊満な胸を持ち、美しい顔立ちを持つ絵にかいたような美女だ。武器は美しい純白の弓を持ち、服は緑を基調とした露出度の低い豪華なものを着用している。弓は伝説級の武器で、防具は特有級だ。ネームドすべてに伝説級の武器や防具を与えられるほど数をそろえていない。


 そして、使節団は悪魔を5体―すべて上位悪魔グレーターデーモン―用意し、後はエルフが15名だ。こちらが技術力も資産も上回っているため技術を流入することを目的とした技術者を向かわせることもない。人数は少ないだろうが、これで事足りた。もっと言えば、ネームドの三人だけで事は済むのだが、三重というのは大切なのだ。


 すでにローテルブルクには転移門が施されている。ロイスが設けたものであるため性能も誤作動も予期せぬ事態も起こりはしない。だからこそそれを使えば瞬時に使節団を送り込める。だが、労力を惜しんだだとか、資金を渋っただとか思われることも気に食わない。だからこそ、時間を要して陸路を通るのだ。そのために馬車を作り出す。貴金属をあしらった豪華な馬車を三台用意し、骸骨馬スケルトンホースに引かせるのだ。


 この世界に車や汽車はまだない。作ろうと思えばHOMEにはその技術を再現できる人材がいる。だが、まだ発想がない。


 この使節団はロイスたちと違い、ほとんどがエルフで構成されているため休息が必要となる。馬はすでに死んでいるため、休息の必要はなく常に動き続けるのだが、馬車の中にいるエルフは排泄や食事が必要である。進化により回数は少なく済むが、不要になるまでには至っていない。そのため、5日はかかる長旅となるのだ。


 使節団はこの程度の人選で問題ないだろう。編成も終えたことなので、ガーラは出発に向けた準備を開始する。


「”エレガント様、オリアナの二人をドワーフに向けた使節団の団員に任命します”」


 ガーラは二人に念話を繋いだ。


「”承知しました”」


「”私は呼び捨てなのね”」


 二人はガーラの呼びかけに快諾した。準備ができるまではあと数刻しかない。ガーラはロイスから受け取った概要を丸暗記し、服装を整える。


 いつも漆黒のスーツを着ているガーラは、HOMEの制服に着替える。制服もまた多種存在しているが、今回は胸元にHのエンブレムや金の装飾などがあしらわれている。HOMEの職員でも最高位の者しか着ることを許されないという設定の服である。設定というのも、本当の最高位はロイスでありロイスはこのようなスーツを着ないので、表向きの設定でしかない。


 今回同行する予定の二人もこの服装で揃えている。使節団というのは服装などで立場を明示しなければならない。なので、あらゆるものにHのエンブレムが見受けられる。


「500年ぶりの勅令、絶対に期待に応える!」


 ガーラはスーツの襟を整えて、息巻いた。そして、それは使節団全員に言えることだった。


「よし、行きますか!」


 ガーラは肺一杯に空気を吸い込んで、勢いよく吐いた。



 ロイヤル・タワーから出ると、使節団はすでに待機していた。ガーラは最も豪華な馬車に乗車する。中には、エレガントとオリアナが控えていた。


「今回の任務の詳細を伝えますよ」


「お願いします」


 ガーラは作戦の概要を二人に伝え始める。既にドワーフと同盟を締結したことは念話により共有されている。今回は、その詳細を決める使節団としてドワーフの国に赴くのだ。


「今回は言質を取りに行く、といったようなモノでしょうかね」


「その通りですエレガント様。オリアナも理解した?」


「したわよ!馬鹿にしないで頂戴な」


 ガーラはオリアナがあまり好きではない。なぜならばおバカさんだからだ。ガーラもかなり極端な思考をしているので無能は嫌いなのだ。それに、ネームドはロイスの寵愛を受けていない者もいる。オリアナもその一人で、ネームドの中では肩身の狭い思いをしている。


 ロイスの寵愛とは、ロイスの魔力によって進化を促されることを言う。ガーラはロイスによって生み出されたと言っても過言ではないため、ネームドの中ではかなり地位が高い。エレガントもロイスによって進化した竜人で強いためネームド筆頭だ。


 概要を話し合い、詳細を共有したところで馬車が動き始める。原始的な乗り物にしては乗り心地が良く、出発したことも気が付かないほどであった。


 このまましばらく揺られていればローテルブルクに着く。このメンツで会話が起こることはない。エレガントは静かなことを好むので、目を瞑っているだけ。オリアナは話し合いが終わると早々に眠ってしまった。ガーラは寝たくとも眠くならない種族であるため好きなタイミングで寝られないのだ。高位なものほど眠りから遠のいていく。ロイスやエルメスは最高位の種族に位置しており、眠ることはできない。外的要因によりロイスは記憶を垣間見ることで眠りについているが、それは例外なのだ。


「ッチ、こいついい気なものね」


「オリアナ殿についてあまりいい印象を持っていないようですね?」


 ガーラの独り言にエレガントが返した。


 エレガントはかなり温厚な方で、弱者に関しても見下しはしない。見下しはしないだけで見捨てることには躊躇はないのだが、それだけでもかなり温厚な方だ。そして、仲間に対しては深い情を持っている。仲間同士でいがみ合っていることをよしとはしないのだ。


 だが、エレガントもHOMEに在籍するネームドや守護者たちが弱者に対して抱いている感情は知っている。そのため矯正しようなどという考えはないが、せめて両者との間に会話による歩み寄る機会があっても良いと考えるのだ。


「ええ、そうですね。オリアナはそれなりに強いというだけでネームドになっただけではありませんか。守護者の皆様は何かに突出している天才の集まりで、ネームドもそうあるべきなのです。なのに、こいつは何ができるのですか?」


 エレガントはガーラの本音を聞き悩んだ。


 確かにガーラの言うようにネームドであっても何かの能力に突出していることが多い。例えばガーラは商業に、エレガントは肉弾戦と礼儀作法などといったように。ただ、オリアナは戦闘力を持ってはいるがネームドの中で頭一つ抜けて強いわけではない。中堅クラスだ。それ以外の能力は持っていない。


 守護者の劣化版たるネームドも、守護者の代わりとしてHOMEを運営している。そして、ガーラもエレガントも自分がロイスに似合うように常に進化しようと邁進しているのだ。だが、オリアナは奇跡的に強く生まれただけでネームドになってしまったのだ。忠誠心も他に比べて弱い。そうでなければ移動しているだけとはいえ任務中に居眠りはしない。


「貴方は、オリアナ殿が弱いのが気に食わないのですか?それともだらけて居る様が気に食わないのですか?」


「しいて言うなれば後者ですね。私がこいつを馬鹿だと思っているのは、頭を使わないからです。頭を使えばもっとやれるはずです。でなければロイス様がネームドにこいつの席を設けるはずがありません」


 エレガントはこれに同意した。エレガントは弱いものが嫌いなわけではない。だが、弱いままでいる様が嫌いだ。弱いから嫌いというより、努力しないのが嫌い。ただ雨が降るのを待つ植物のように無気力に生きていては、馬鹿だと言われても仕方ない。根を張り巡らせればもっと効率的に生きることができるし、葉を広げれば日光を得られる。つまり、意欲がなければネームドとして相応しくないということだ。現状に胡坐をかいている者が主君の意に沿える働きができるのか?答えは決まっている。不可能だ。


「ですね。やはり寵愛を頂いている者の方が忠誠心から向上意欲がある。肯定するつもりは微塵もありませんが、それはある意味で仕方ないのではないですかね」


 ロイスから力をもらっているわけではないのだから、忠誠心が低いこともあるだろう。それは仕方ないと、ロイスだって言っていた。ロイスがその身を、其の威厳を知らしめれば何人も忠誠を誓うだろう。だが、ロイスがそうしないというならば、エレガントは何も言えない。いや、ロイスの意図をくみ取るのならば・・・。


「酷ですが、ロイス様はネームドの中に序列を設けておられますよね」


 エレガントの発言にガーラは呆気にとられた。ネームドは序列がある。守護者にも序列があるのだが、あまり意味がない。それは分野に特化した権能を持っているからである。だが、ネームドは守護者の劣化だ。つまり、より序列が意味を持つ。


「それは、私たちの間で競い合い向上心を高めるためではないのですか?」


「確かにそれもあるでしょうが、それならばロイス様がネームド全員に威厳を示さない理由が分かりません」


 ロイスはネームドの中でも主要人物にしか姿を見せない。見せる機会もないが、ロイスの姿を見れば意欲など無限に湧いてくる。それほどの魅力があるのだ。


「おそらく、ロイス様はネームドを使い捨ての道具として扱っておられるのでしょう」


 ガーラはここまで聞いて真意に至る。そして、オリアナに向ける視線を無能を見下す視線から、哀れな小動物を見るようなものに変えた。


「つまり、序列を設けたのはネームドの重要度を示すため・・・。序列の低い者使えない者から使い捨て最終的に序列の高い者使える者だけを残すため、ですか」


 エレガントはガーラの言葉に頷いた。


 序列を設けたのは使い捨てる駒として被る損失を前もって把握することができるから。序列一位はエレガント、二位はガーラで二人はロイスと希に面会している。そのため重要度が高く使い捨てられないと認識されているから。ロイスの姿を見たことがないネームドは使い捨てられるということだ。


 オリアナはロイスを見たことがない。そして、オリアナの序列は下から数えた方が早い。なので重要度がかなり低い。そのうち帝国や魔神教団への調査に赴いた切り帰ってこなくなる、なんてこともあり得る。いや、むしろ可能性が高いのではなかろうか。魔神教団への間者に戦闘力を付与した人造人間を向かわせたがことごとく破壊されている。そのためネームドを送り込もうという話が持ち上がっている。


「流石はロイス様ですね。無駄がない」


 無能を抱えるのは特攻させて相手の力量を計るため。無価値な命を尊い情報に変えるための策でしかないのだ。自分が序列の高いネームドであるから、憐れむことができるしあざ笑うことができる。ガーラは、オリアナへの印象を変え、嫌いな愚図から哀れな愚図として扱うことを決めた。


「同情しますね、本人は気が付くこともないでしょうし」


 当の本人はぐっすり眠っておりこの会話も聞こえていない。そして、エレガントのこの仮説は無情にもロイスの真意と同じだった。ネームドが戦力としてあらゆる相手に対応できるならば守護者などという階級を作りはしない。その場合は、ネームドが守護者となり、ネームドという階級が消えるのだろうけど。


 この会話を終えてからというもの、特段声を発することもなくローテルブルクに到着するのだった。

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